強欲の旅人は神の恩恵を受けない   作:ルクエリシオン

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第92話 骨底の嵐

 二つの頭を持つ巨人が、曲がった片脚を引きずりながら近づいてくる。

 

 右の頭は牙を剝き、左の頭は地面へ落ちていた巨大な骨を拾い上げた。

 

 骨は人間が使う柱ほど太い。

 

 巨人はそれを片手で握り、棍棒のように肩へ担いだ。

 

 暗闇の奥から現れた影も、次第に姿を見せ始める。

 

 六本の腕を持つ獣人型。

 

 全身を黒い甲殻で覆った四足の怪物。

 

 頭部がなく、胸に大きな口を持つ人型。

 

 さらに奥には、まだ複数の足音がある。

 

 どれも正式な名前は分からない。

 

 ここが第四十階層の正規の通路なのか、それとも巨大な骨の下に作られた空洞なのかも不明だった。

 

「随分集まってきたな」

 

 バンは鞄を背負い直した。

 

 落下の衝撃で紐が少し緩んでいる。

 

 水袋と酒瓶が割れていないことは確認したが、これ以上怪物に振り回されればどうなるか分からない。

 

 クレシューズを伸ばし、鞄の外側へ一節を回す。

 

 身体へ密着させるように軽く固定した。

 

「これなら落ちねぇか」

 

 二つ頭の巨人が踏み込む。

 

 骨の棍棒が、暗い空洞の天井へ届きそうなほど高く持ち上げられた。

 

 振り下ろされる。

 

 バンは横へ跳んだ。

 

 巨大な骨が黒い地面へ突き刺さり、亀裂が周囲へ広がる。

 

 六本腕の獣人型が、その揺れに合わせて左右から迫った。

 

 三本の腕が上から。

 

 残る三本が、逃げ道を塞ぐように横から伸びてくる。

 

 バンはクレシューズの一節を獣人型の手首へ絡ませた。

 

 そのまま身体を捻る。

 

 六本腕の巨体が前へ引かれ、二つ頭の巨人が振り上げた二撃目の進路へ入った。

 

 骨の棍棒が獣人型の背中へ直撃する。

 

 鈍い音が空洞へ響いた。

 

 二体の怪物が一緒に地面へ倒れる。

 

「仲間ごと殴ってんぞ」

 

 怪物たちに仲間という意識があるのかは分からない。

 

 二つ頭の巨人は倒れた獣人型を気にせず、再び棍棒を持ち上げようとした。

 

 その隙に、黒い甲殻の四足獣が突進してくる。

 

 背中から、何本もの鋭い角が前方へ傾いていた。

 

 避ければ、背後に倒れている巨人へぶつかるだろう。

 

 バンは動かなかった。

 

 クレシューズを短く戻し、迫ってきた額へ柄を突き出す。

 

 衝突。

 

 地面が大きく揺れた。

 

 黒い甲殻の怪物は六本の脚を動かし、さらに押し込もうとする。

 

「硬さはありそうだな」

 

 バンの足は動かない。

 

 神器を持つ腕を持ち上げる。

 

 四足獣の前脚が地面から離れ、その巨体が後ろへ傾いた。

 

 バンは腹の下へ足を入れ、一気に蹴り上げる。

 

 黒い巨体が宙を舞った。

 

 空洞の天井へ背中から激突し、突き出していた角が岩へ深く食い込む。

 

 怪物は逆さまになったまま、六本の脚を激しく動かした。

 

「そこで待ってろ」

 

 胸に口を持つ人型が近づく。

 

 顔のない上半身が裂け、縦に並んだ牙が開いた。

 

 口の奥へ紫色の光が集まる。

 

 バンが片手を向ける。

 

 怪物の体内にある魔石ではない。

 

 開いた口の中で作られている、光の塊を狙った。

 

「強奪《スナッチ》」

 

 紫色の光が怪物の口から抜けた。

 

 放たれる直前だった魔力の塊が、バンの手元へ引き寄せられる。

 

 胸口の怪物は何度も顎を動かした。

 

 だが、吐き出すはずだった攻撃はすでにない。

 

「これも取れんのか」

 

 奪った光を握る。

 

 手の中で不安定に揺れていた魔力を、近づいてきた別の巨人へ向けて放った。

 

 紫色の光が巨体の胸へ直撃する。

 

 爆発。

 

 黒い床が紫色に照らされ、巨人の上半身が大きく後ろへ反った。

 

 倒れはしない。

 

 胸の皮膚を焦がしながら、再び歩き始めた。

 

「自分らの攻撃でも、大して効かねぇんだな」

 

 背後から風が動く。

 

 二つ頭の巨人が、倒れていた六本腕の獣人型を押し退けて立ち上がっていた。

 

 骨の棍棒を横薙ぎに振るう。

 

 バンは跳ばず、身体を低くした。

 

 棍棒が頭上を通過する。

 

 補修された赤い長衣が風圧で激しく揺れた。

 

 振り抜かれた骨は、そのまま胸口の怪物へ衝突する。

 

 牙の並ぶ胸が押し潰され、怪物の身体が壁へ飛んだ。

 

「また当てたぞ」

 

 二つ頭の巨人が棍棒を戻そうとする。

 

 バンは片手を伸ばした。

 

 巨大な骨が、持ち主の手から抜ける。

 

 宙を滑るように移動し、バンの頭上を越えて空洞の反対側へ突き刺さった。

 

 巨人の左右の頭が、同時に武器の消えた手を見る。

 

「さっきも取っただろ。覚えねぇのか?」

 

 武器を失っても、怪物は止まらない。

 

 二つの頭が咆哮し、両腕を広げてバンへ走ってくる。

 

 倒れていた六本腕の獣人型も立ち上がった。

 

 胸口の怪物は、潰れた胴を歪ませながら壁から離れる。

 

 天井に角を突き刺していた四足獣も、自分の重さで岩を崩し始めていた。

 

 さらに暗闇の奥から、三体の大型種が姿を見せる。

 

 細長い腕を地面へ着けた巨人。

 

 全身を白い棘で覆う獣。

 

 巨大な鋏を二つ持つ虫型。

 

 空洞の入口らしき場所まで、怪物の巨体で塞がれていく。

 

「まだ来んのか」

 

 魔石を奪っても、鞄には入らない。

 

 一体ずつ魔石を砕くこともできる。

 

 だが、この数を相手に同じ動きを繰り返すのは面倒だった。

 

 バンはクレシューズを握り直す。

 

 四つの節を長く伸ばした。

 

 神器の先端が暗闇の奥まで届き、大きな円を描く。

 

 怪物たちが一斉に距離を詰めた。

 

 二つ頭の巨人が両拳を振り上げる。

 

 六本腕の獣人型が左右へ回る。

 

 鋏を持つ虫型が、バンの胴を挟み込もうと前へ出た。

 

「まとめて片づけるか」

 

 クレシューズを振るう。

 

 一度ではない。

 

 目で追えないほどの速度で、何度も回転させた。

 

「キリング・ストーム」

 

 四節棍の軌道が消える。

 

 代わりに巻き起こったのは、巨大な暴風だった。

 

 空洞に積もっていた白い骨の粉が、一斉に宙へ巻き上げられる。

 

 クレシューズの超高速の回転によって生まれた無数の鎌鼬が、怪物たちへ襲いかかった。

 

 二つ頭の巨人の皮膚へ、何本もの斬撃が走る。

 

 片方の角が切断され、振り上げていた腕が途中で裂けた。

 

 六本腕の獣人型も、正面から暴風を受ける。

 

 太い腕。

 

 肩。

 

 胸。

 

 岩のような皮膚が、無数の刃によって次々と切り刻まれた。

 

 黒い甲殻の四足獣が天井から落ちる。

 

 硬い外殻は最初の数撃を弾いた。

 

 だが、同じ場所へ数え切れない鎌鼬が集中する。

 

 表面へ細かな傷が増え、やがて甲殻そのものが砕けた。

 

 白い棘を持つ獣の全身から、折れた棘が暴風へ巻き込まれる。

 

 鋏を持つ虫型は両腕を盾にしたが、硬い鋏ごと身体を斬り裂かれた。

 

 怪物たちの咆哮が、風の音に呑まれていく。

 

 岩壁へも無数の傷が刻まれた。

 

 突き出していた巨大な骨が切断され、白い破片となって嵐の中を回る。

 

 バンはクレシューズの軌道を細かく変えた。

 

 背中の鞄へは、鎌鼬を一つも近づけない。

 

 怪物だけを暴風の中心へ入れ、次々と魔石まで切り裂いていく。

 

 一体の巨人が灰へ変わる。

 

 続いて、六本腕の獣人型。

 

 黒い甲殻。

 

 白い棘。

 

 巨大な鋏。

 

 暗い空洞を埋めていた大型種が、次々と灰へ変わっていった。

 

 最後に残った二つ頭の巨人が、片方の腕を失いながら前へ出る。

 

 二つの口から同時に咆哮を上げ、暴風へ逆らって歩いてきた。

 

「最初に落ちてきた奴か」

 

 バンはクレシューズの回転を止めない。

 

 先端の一節だけが軌道を変えた。

 

 暴風の中を走り、巨人の二つの首へ何度も巻きつく。

 

 バンが引く。

 

 二つ頭の巨体が前へ倒れた。

 

 そこへ、残る三節が連続して胸を打ち抜く。

 

 皮膚。

 

 骨。

 

 魔石。

 

 すべてが一瞬で砕けた。

 

 巨人の身体が黒い灰へ変わる。

 

 空洞に残っていた咆哮が消えた。

 

 バンはクレシューズを止める。

 

 暴風も次第に弱まり、巻き上げられていた白い粉と灰が地面へ降り積もっていった。

 

「これなら一気に終わるな」

 

 周囲に魔石は残っていない。

 

 すべて鎌鼬によって砕かれている。

 

 ドロップアイテムらしい爪や甲殻もいくつか落ちていたが、暴風を受けて傷だらけだった。

 

 鞄にも空きはない。

 

 バンは拾わなかった。

 

        ◇

 

 静かになった空洞で、出口を探す。

 

 天井には、落下してきた大きな穴が見えた。

 

 その周囲から白い骨が何本も突き出している。

 

 クレシューズを伸ばせば、元の道へ戻ることはできるだろう。

 

 だが、怪物たちが現れた暗闇の奥から、僅かに風が流れてきていた。

 

 落下してきた穴から吹き込む風ではない。

 

 さらに奥へ続く隙間がある。

 

「戻るより、こっちの方が早ぇか?」

 

 正しい道とは限らない。

 

 それでも風が通るなら、完全な行き止まりではない。

 

 バンはクレシューズを縮め、暗闇の奥へ歩いた。

 

 大型種が出てきた場所には、巨大な骨が折り重なっている。

 

 その隙間を抜けると、斜め上へ続く細い亀裂が見つかった。

 

 人間が通るには十分な幅がある。

 

 ただし、鞄を背負ったままでは何度か岩へ引っ掛かった。

 

「狭ぇな」

 

 鞄を一度下ろし、身体の前へ抱える。

 

 酒瓶の入っている中央部分を岩へぶつけないように進んだ。

 

 亀裂は途中で二つに分かれていた。

 

 右からは冷たい風。

 

 左からは、何かが地面を擦る音が聞こえる。

 

 バンは右を選んだ。

 

 しばらく上ったところで、天井が低くなる。

 

 這うほどではないが、頭を下げなければ進めない。

 

 クレシューズの先端で前方を確かめながら歩く。

 

 やがて白い骨ではなく、黒い岩で塞がれた場所へ着いた。

 

 岩の隙間から光が差している。

 

「向こうに出られそうだな」

 

 バンは岩へ手を当てた。

 

 押す。

 

 最初は動かなかった。

 

 少し力を込めると、黒い岩全体へ亀裂が走る。

 

 崩しすぎれば、反対側に何があるのか分からない。

 

 バンは最も大きな岩だけを掴み、手前へ引いた。

 

 人の身体が通れる穴が開く。

 

 先に鞄を押し出し、そのあとを追って外へ出た。

 

 現れたのは、巨大な頭蓋骨の内側だった。

 

 外から見れば空洞に見えていた眼窩の奥へ、下の亀裂がつながっていたらしい。

 

「こんな所に出んのか」

 

 頭蓋骨の眼窩から外を見る。

 

 第四十階層の巨骨地帯が広がっていた。

 

 ただし、落下する前にいた場所とは違う。

 

 遠くに、額へ三つの穴を持つ頭蓋骨が見える。

 

 教えられていた目印だ。

 

 その顎の下には、下へ向かう坂がある。

 

「近くまで来てんな」

 

 戻るより早かったらしい。

 

 バンは鞄を背負い直し、巨大な眼窩から外へ飛び降りた。

 

        ◇

 

 三つの穴を持つ頭蓋骨の周囲には、大型種の姿があった。

 

 四本腕の巨人が一体。

 

 地面へ伏せている黒い毛の獣が二体。

 

 骨の橋の上には、巨大な虫型もいる。

 

 先ほどまでなら、現れた怪物を倒していたかもしれない。

 

 だが、《キリング・ストーム》で十分に戦った。

 

 鞄には魔石を入れる余裕もない。

 

「今はいいか」

 

 バンは呼吸と足音を消す。

 

 身体から漏れる気配を断った。

 

「絶気配《ゼロサイン》」

 

 大型種の視線がバンから外れる。

 

 黒い毛の獣は鼻を動かしたが、すぐに顔を伏せた。

 

 四本腕の巨人も、骨の棍棒を引きずりながら別の方向へ歩き出す。

 

 バンは怪物たちの間を抜けた。

 

 今度は崩れそうな骨の上へ乗らない。

 

 黒い地面と、太さのある骨だけを選んで歩く。

 

 三つ目の頭蓋骨へ着く。

 

 中央から割れた顎の下に、確かに下り坂があった。

 

 入口の周囲には、何本もの鉄杭が打ち込まれている。

 

 その一つへ、四十一の数字が刻まれていた。

 

「やっと見つけたな」

 

 《絶気配》を解き、坂へ入った。

 

 第四十一階層へ下りるにつれて、周囲の巨大な骨が少しずつ減っていく。

 

 代わりに黒い岩壁が増え、その表面へ白い筋が何本も走っていた。

 

 骨が岩の中へ埋まっているようにも見える。

 

 坂の終わりには、広い谷が待っていた。

 

 両側を黒い崖に挟まれた、長い一本道。

 

 崖の表面からは、巨人の腕や脚に似た白い塊が突き出している。

 

 天井は遥かに高い。

 

 灰色の光が届かない場所には、巨大な影がいくつも動いていた。

 

「まだ墓場が続いてんのか」

 

 足元の地面には、新しい靴跡が残っている。

 

 複数の冒険者が、この谷を先へ進んだらしい。

 

 壁には矢印も刻まれていた。

 

 バンはそれに沿って歩き始める。

 

 谷の途中。

 

 右側の崖から、低い音が響いた。

 

 白い筋が動く。

 

 岩へ埋まっていると思っていた巨大な腕が、ゆっくりと崖から抜け始めた。

 

 指。

 

 手首。

 

 肘。

 

 その奥には、岩壁と同じ黒い皮膚を持つ巨人の上半身が隠れている。

 

「壁じゃなかったのか」

 

 巨人は崖の一部へ擬態していたらしい。

 

 閉じていた目が開く。

 

 さらに反対側の壁でも、別の白い腕が動き始めた。

 

 一体ではない。

 

 谷の両側から、岩壁に埋まっていた大型種が次々と身体を起こしていく。

 

 バンはクレシューズを肩から下ろした。

 

「下に行くほど、寝起きの奴が増えんな」

 

 最初の巨人が崖から身体を剝がす。

 

 大量の岩が谷へ降り注ぎ、一本道を埋め始めた。




第92話までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は第四十階層の巨骨地形の下へ落下したバンが、大型種に囲まれた状況で《キリング・ストーム》を使用しました。 また、公開情報の限られた未詳深層域のため、モンスターへ独自の正式名称は付けず、外見や特徴で表現しました。
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