二つの頭を持つ巨人が、曲がった片脚を引きずりながら近づいてくる。
右の頭は牙を剝き、左の頭は地面へ落ちていた巨大な骨を拾い上げた。
骨は人間が使う柱ほど太い。
巨人はそれを片手で握り、棍棒のように肩へ担いだ。
暗闇の奥から現れた影も、次第に姿を見せ始める。
六本の腕を持つ獣人型。
全身を黒い甲殻で覆った四足の怪物。
頭部がなく、胸に大きな口を持つ人型。
さらに奥には、まだ複数の足音がある。
どれも正式な名前は分からない。
ここが第四十階層の正規の通路なのか、それとも巨大な骨の下に作られた空洞なのかも不明だった。
「随分集まってきたな」
バンは鞄を背負い直した。
落下の衝撃で紐が少し緩んでいる。
水袋と酒瓶が割れていないことは確認したが、これ以上怪物に振り回されればどうなるか分からない。
クレシューズを伸ばし、鞄の外側へ一節を回す。
身体へ密着させるように軽く固定した。
「これなら落ちねぇか」
二つ頭の巨人が踏み込む。
骨の棍棒が、暗い空洞の天井へ届きそうなほど高く持ち上げられた。
振り下ろされる。
バンは横へ跳んだ。
巨大な骨が黒い地面へ突き刺さり、亀裂が周囲へ広がる。
六本腕の獣人型が、その揺れに合わせて左右から迫った。
三本の腕が上から。
残る三本が、逃げ道を塞ぐように横から伸びてくる。
バンはクレシューズの一節を獣人型の手首へ絡ませた。
そのまま身体を捻る。
六本腕の巨体が前へ引かれ、二つ頭の巨人が振り上げた二撃目の進路へ入った。
骨の棍棒が獣人型の背中へ直撃する。
鈍い音が空洞へ響いた。
二体の怪物が一緒に地面へ倒れる。
「仲間ごと殴ってんぞ」
怪物たちに仲間という意識があるのかは分からない。
二つ頭の巨人は倒れた獣人型を気にせず、再び棍棒を持ち上げようとした。
その隙に、黒い甲殻の四足獣が突進してくる。
背中から、何本もの鋭い角が前方へ傾いていた。
避ければ、背後に倒れている巨人へぶつかるだろう。
バンは動かなかった。
クレシューズを短く戻し、迫ってきた額へ柄を突き出す。
衝突。
地面が大きく揺れた。
黒い甲殻の怪物は六本の脚を動かし、さらに押し込もうとする。
「硬さはありそうだな」
バンの足は動かない。
神器を持つ腕を持ち上げる。
四足獣の前脚が地面から離れ、その巨体が後ろへ傾いた。
バンは腹の下へ足を入れ、一気に蹴り上げる。
黒い巨体が宙を舞った。
空洞の天井へ背中から激突し、突き出していた角が岩へ深く食い込む。
怪物は逆さまになったまま、六本の脚を激しく動かした。
「そこで待ってろ」
胸に口を持つ人型が近づく。
顔のない上半身が裂け、縦に並んだ牙が開いた。
口の奥へ紫色の光が集まる。
バンが片手を向ける。
怪物の体内にある魔石ではない。
開いた口の中で作られている、光の塊を狙った。
「強奪《スナッチ》」
紫色の光が怪物の口から抜けた。
放たれる直前だった魔力の塊が、バンの手元へ引き寄せられる。
胸口の怪物は何度も顎を動かした。
だが、吐き出すはずだった攻撃はすでにない。
「これも取れんのか」
奪った光を握る。
手の中で不安定に揺れていた魔力を、近づいてきた別の巨人へ向けて放った。
紫色の光が巨体の胸へ直撃する。
爆発。
黒い床が紫色に照らされ、巨人の上半身が大きく後ろへ反った。
倒れはしない。
胸の皮膚を焦がしながら、再び歩き始めた。
「自分らの攻撃でも、大して効かねぇんだな」
背後から風が動く。
二つ頭の巨人が、倒れていた六本腕の獣人型を押し退けて立ち上がっていた。
骨の棍棒を横薙ぎに振るう。
バンは跳ばず、身体を低くした。
棍棒が頭上を通過する。
補修された赤い長衣が風圧で激しく揺れた。
振り抜かれた骨は、そのまま胸口の怪物へ衝突する。
牙の並ぶ胸が押し潰され、怪物の身体が壁へ飛んだ。
「また当てたぞ」
二つ頭の巨人が棍棒を戻そうとする。
バンは片手を伸ばした。
巨大な骨が、持ち主の手から抜ける。
宙を滑るように移動し、バンの頭上を越えて空洞の反対側へ突き刺さった。
巨人の左右の頭が、同時に武器の消えた手を見る。
「さっきも取っただろ。覚えねぇのか?」
武器を失っても、怪物は止まらない。
二つの頭が咆哮し、両腕を広げてバンへ走ってくる。
倒れていた六本腕の獣人型も立ち上がった。
胸口の怪物は、潰れた胴を歪ませながら壁から離れる。
天井に角を突き刺していた四足獣も、自分の重さで岩を崩し始めていた。
さらに暗闇の奥から、三体の大型種が姿を見せる。
細長い腕を地面へ着けた巨人。
全身を白い棘で覆う獣。
巨大な鋏を二つ持つ虫型。
空洞の入口らしき場所まで、怪物の巨体で塞がれていく。
「まだ来んのか」
魔石を奪っても、鞄には入らない。
一体ずつ魔石を砕くこともできる。
だが、この数を相手に同じ動きを繰り返すのは面倒だった。
バンはクレシューズを握り直す。
四つの節を長く伸ばした。
神器の先端が暗闇の奥まで届き、大きな円を描く。
怪物たちが一斉に距離を詰めた。
二つ頭の巨人が両拳を振り上げる。
六本腕の獣人型が左右へ回る。
鋏を持つ虫型が、バンの胴を挟み込もうと前へ出た。
「まとめて片づけるか」
クレシューズを振るう。
一度ではない。
目で追えないほどの速度で、何度も回転させた。
「キリング・ストーム」
四節棍の軌道が消える。
代わりに巻き起こったのは、巨大な暴風だった。
空洞に積もっていた白い骨の粉が、一斉に宙へ巻き上げられる。
クレシューズの超高速の回転によって生まれた無数の鎌鼬が、怪物たちへ襲いかかった。
二つ頭の巨人の皮膚へ、何本もの斬撃が走る。
片方の角が切断され、振り上げていた腕が途中で裂けた。
六本腕の獣人型も、正面から暴風を受ける。
太い腕。
肩。
胸。
岩のような皮膚が、無数の刃によって次々と切り刻まれた。
黒い甲殻の四足獣が天井から落ちる。
硬い外殻は最初の数撃を弾いた。
だが、同じ場所へ数え切れない鎌鼬が集中する。
表面へ細かな傷が増え、やがて甲殻そのものが砕けた。
白い棘を持つ獣の全身から、折れた棘が暴風へ巻き込まれる。
鋏を持つ虫型は両腕を盾にしたが、硬い鋏ごと身体を斬り裂かれた。
怪物たちの咆哮が、風の音に呑まれていく。
岩壁へも無数の傷が刻まれた。
突き出していた巨大な骨が切断され、白い破片となって嵐の中を回る。
バンはクレシューズの軌道を細かく変えた。
背中の鞄へは、鎌鼬を一つも近づけない。
怪物だけを暴風の中心へ入れ、次々と魔石まで切り裂いていく。
一体の巨人が灰へ変わる。
続いて、六本腕の獣人型。
黒い甲殻。
白い棘。
巨大な鋏。
暗い空洞を埋めていた大型種が、次々と灰へ変わっていった。
最後に残った二つ頭の巨人が、片方の腕を失いながら前へ出る。
二つの口から同時に咆哮を上げ、暴風へ逆らって歩いてきた。
「最初に落ちてきた奴か」
バンはクレシューズの回転を止めない。
先端の一節だけが軌道を変えた。
暴風の中を走り、巨人の二つの首へ何度も巻きつく。
バンが引く。
二つ頭の巨体が前へ倒れた。
そこへ、残る三節が連続して胸を打ち抜く。
皮膚。
骨。
魔石。
すべてが一瞬で砕けた。
巨人の身体が黒い灰へ変わる。
空洞に残っていた咆哮が消えた。
バンはクレシューズを止める。
暴風も次第に弱まり、巻き上げられていた白い粉と灰が地面へ降り積もっていった。
「これなら一気に終わるな」
周囲に魔石は残っていない。
すべて鎌鼬によって砕かれている。
ドロップアイテムらしい爪や甲殻もいくつか落ちていたが、暴風を受けて傷だらけだった。
鞄にも空きはない。
バンは拾わなかった。
◇
静かになった空洞で、出口を探す。
天井には、落下してきた大きな穴が見えた。
その周囲から白い骨が何本も突き出している。
クレシューズを伸ばせば、元の道へ戻ることはできるだろう。
だが、怪物たちが現れた暗闇の奥から、僅かに風が流れてきていた。
落下してきた穴から吹き込む風ではない。
さらに奥へ続く隙間がある。
「戻るより、こっちの方が早ぇか?」
正しい道とは限らない。
それでも風が通るなら、完全な行き止まりではない。
バンはクレシューズを縮め、暗闇の奥へ歩いた。
大型種が出てきた場所には、巨大な骨が折り重なっている。
その隙間を抜けると、斜め上へ続く細い亀裂が見つかった。
人間が通るには十分な幅がある。
ただし、鞄を背負ったままでは何度か岩へ引っ掛かった。
「狭ぇな」
鞄を一度下ろし、身体の前へ抱える。
酒瓶の入っている中央部分を岩へぶつけないように進んだ。
亀裂は途中で二つに分かれていた。
右からは冷たい風。
左からは、何かが地面を擦る音が聞こえる。
バンは右を選んだ。
しばらく上ったところで、天井が低くなる。
這うほどではないが、頭を下げなければ進めない。
クレシューズの先端で前方を確かめながら歩く。
やがて白い骨ではなく、黒い岩で塞がれた場所へ着いた。
岩の隙間から光が差している。
「向こうに出られそうだな」
バンは岩へ手を当てた。
押す。
最初は動かなかった。
少し力を込めると、黒い岩全体へ亀裂が走る。
崩しすぎれば、反対側に何があるのか分からない。
バンは最も大きな岩だけを掴み、手前へ引いた。
人の身体が通れる穴が開く。
先に鞄を押し出し、そのあとを追って外へ出た。
現れたのは、巨大な頭蓋骨の内側だった。
外から見れば空洞に見えていた眼窩の奥へ、下の亀裂がつながっていたらしい。
「こんな所に出んのか」
頭蓋骨の眼窩から外を見る。
第四十階層の巨骨地帯が広がっていた。
ただし、落下する前にいた場所とは違う。
遠くに、額へ三つの穴を持つ頭蓋骨が見える。
教えられていた目印だ。
その顎の下には、下へ向かう坂がある。
「近くまで来てんな」
戻るより早かったらしい。
バンは鞄を背負い直し、巨大な眼窩から外へ飛び降りた。
◇
三つの穴を持つ頭蓋骨の周囲には、大型種の姿があった。
四本腕の巨人が一体。
地面へ伏せている黒い毛の獣が二体。
骨の橋の上には、巨大な虫型もいる。
先ほどまでなら、現れた怪物を倒していたかもしれない。
だが、《キリング・ストーム》で十分に戦った。
鞄には魔石を入れる余裕もない。
「今はいいか」
バンは呼吸と足音を消す。
身体から漏れる気配を断った。
「絶気配《ゼロサイン》」
大型種の視線がバンから外れる。
黒い毛の獣は鼻を動かしたが、すぐに顔を伏せた。
四本腕の巨人も、骨の棍棒を引きずりながら別の方向へ歩き出す。
バンは怪物たちの間を抜けた。
今度は崩れそうな骨の上へ乗らない。
黒い地面と、太さのある骨だけを選んで歩く。
三つ目の頭蓋骨へ着く。
中央から割れた顎の下に、確かに下り坂があった。
入口の周囲には、何本もの鉄杭が打ち込まれている。
その一つへ、四十一の数字が刻まれていた。
「やっと見つけたな」
《絶気配》を解き、坂へ入った。
第四十一階層へ下りるにつれて、周囲の巨大な骨が少しずつ減っていく。
代わりに黒い岩壁が増え、その表面へ白い筋が何本も走っていた。
骨が岩の中へ埋まっているようにも見える。
坂の終わりには、広い谷が待っていた。
両側を黒い崖に挟まれた、長い一本道。
崖の表面からは、巨人の腕や脚に似た白い塊が突き出している。
天井は遥かに高い。
灰色の光が届かない場所には、巨大な影がいくつも動いていた。
「まだ墓場が続いてんのか」
足元の地面には、新しい靴跡が残っている。
複数の冒険者が、この谷を先へ進んだらしい。
壁には矢印も刻まれていた。
バンはそれに沿って歩き始める。
谷の途中。
右側の崖から、低い音が響いた。
白い筋が動く。
岩へ埋まっていると思っていた巨大な腕が、ゆっくりと崖から抜け始めた。
指。
手首。
肘。
その奥には、岩壁と同じ黒い皮膚を持つ巨人の上半身が隠れている。
「壁じゃなかったのか」
巨人は崖の一部へ擬態していたらしい。
閉じていた目が開く。
さらに反対側の壁でも、別の白い腕が動き始めた。
一体ではない。
谷の両側から、岩壁に埋まっていた大型種が次々と身体を起こしていく。
バンはクレシューズを肩から下ろした。
「下に行くほど、寝起きの奴が増えんな」
最初の巨人が崖から身体を剝がす。
大量の岩が谷へ降り注ぎ、一本道を埋め始めた。
第92話までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は第四十階層の巨骨地形の下へ落下したバンが、大型種に囲まれた状況で《キリング・ストーム》を使用しました。 また、公開情報の限られた未詳深層域のため、モンスターへ独自の正式名称は付けず、外見や特徴で表現しました。