午後の早い時間、ルナさんに次のお仕事を頼まれた。
「今度は湖まで走って行って、檻の回収をお願いします」
なにか漁でもしているのかな。漁と言えば農家さんが言ってた。
置き網漁ではアクア様への舞を捧げると豊漁になるんじゃ。だから、アクシズ教の舞は誰もが覚えるもんじゃぞい。みんなやってることじゃし、あくまで漁の一環じゃから、マジで釣果が変わるから。マザーには内緒じゃぞ。
あんまり覚えてないけど、出来るかな?
「カズマさんたちが湖の浄化のために檻を持っていきました。今朝馬車で運搬しましたが、その……少し心配なので回収をお願いします。ほら、ソラさんも乗馬スキルの訓練になりますよ。
あの檻はモンスター捕獲に使う高価な道具なので、壊れていたとしても持ち帰ってきてね。
できるだけ丁寧に壊れないように気を付けてね」
なんで檻で浄化できるんだろう? だから高価なのか!
―――――
地図を頼りに森の中を駆ける。
ギルドの馬はとても賢い子でぼくの後をしっかりとついてきてくれた。
ぼくが余計なモンスターを跳ね飛ばして進んでいくうちに、なんだか清浄な気配がしてきた。
そっちの方向に向かうと、一面に透き通る湖が広がっていた。
「カズマ先輩! クエストどうですか?」
「おっ、ソラじゃん。どうした? クエストならもう終わったよ」
「もう終わらせたんですか! すごい!
ルナさんから檻を持って帰って来るよう頼まれました! メッチャ高いらしいですね!」
「……あぁ、それなら湖の中に……」
カズマ先輩の指さす方に目を向けると檻が浅瀬に置かれていた。
近づくと、中にアクア先輩が居た。なんで? 悪いことしたの?
アクア先輩はなんだか虚ろな目をしている。ところてんスライムを禁止された時の村長さんみたいだ。
「アクア、話し合ったんだが……今回の報酬は全部お前のでいいから」
「そうだぞ、三十万エリスが全部お前の物だぞ」
「今回は全てアクアのおかげでしたからね」
先輩たちがアクア先輩に言葉をかけている。
「……檻の外の世界、怖い……。このまま連れてって……。
このまま街まで連れてって……」
なんだか分からないけど、大変だったんだろう。じゃあ、出来るだけ急いで運んであげなきゃ。
「はい! 分かりました!」
檻の鉄格子を掴んで、頭上に担ぎあげる。アクア先輩が鉄格子越しに降ってきた。
「馬鹿! もっと丁寧に扱ってやれ! アクアは凹んでるんだぞ!」
「ごめんなさい!」
「うおっお! その状態で振り回すな! 物理的に俺が凹むわ!」
―――――
馬車に檻とアクア先輩を積んで街まで持ち帰る。少し前に乗馬スキルを取ったから、馬の扱いも出来るようになった。
村ではよく馬に蹴られたり振り回されたりしていたから、なんだか成長を実感できた気がする。
街までの道中は、あんまり会話が無かった。アクア先輩が落ち込んでいるのもあったけど、不思議な歌を歌ってたからずっと聞いていた。
「ル~ル~ル~、囚われめ~が~み~。きっと~このまま~奴隷になるよ~♪」
「おい、アクア。そろそろ歌を止めてくれ。目立つんだよ。
ただでさえ、ボロボロの檻に女を入れてるから視線が痛いんだよ。というか、いい加減出ろよ!」
「女神様‼ 女神様じゃないですか‼」
突然鎧に身を包んだ青年が檻に掴みかかった。そのまま鉄の檻を腕力だけでこじ開ける。
「こんな所で何をしているのですか女神様‼」
「私の仲間に馴れ馴れしいぞ。貴様、何者だ」
ダクネス先輩が青年の肩を掴む。青年も檻から手を離した。
よかった、これ以上檻がボロボロにならない。
―――――
女神と呼ばれたせいかアクア先輩が元気を取り戻して、こじ開けられた部分から自分で出てくれた。
ミツルギキョウヤ先輩はアクア先輩から魔剣を貰ったとか、なんで檻に閉じ込められていたか、カズマ先輩がアクア先輩をこの世界に連れて来たとか言ってた。
ちょっと剣幕が激しすぎて怖い。ヤバイ時のお医者さまみたい。都会だと吊るす訳にもいかないし……。
「アークプリーストにアークウィザード、それにクルセイダー。君は上級職のこんな優秀な人たちがいるのに、アクア様を馬小屋で寝泊まりさせて恥ずかしいと思わないのか?」
馬小屋のことをそんなに悪く言わないで欲しいな。馬糞置き場できのこを育てさせてもらえるから、食費が浮くんだよ。
「君たち、これからはソードマスターの僕と一緒に来るといい。高級な装備品も買いそろえてあげよう」
いいなぁ。武器とか値段は高いし、いい物になるとオーダーメイドかダンジョンの宝になっちゃうからぼくには手が出ない。それに、カズマ先輩と年齢は変わらなさそうなのにもう上級職。
「すごい! その年なのに上級職! それにお金持ち!」
カズマ先輩以外の三人は距離を取って話し始めた。なぜかぼくもアクア先輩に抱えられて連れていかれた。
「ナルシスト入ってる系のヤバイ人なんですけど。あの人、本気で引くんですけど」
あの人だけはアクア先輩を女神って認めてくれるのに苦手なんだ。
先輩的には信者のえり好みがあるんだ。本物のアクア様ならどんなに変わったアクシズ教徒でも受け入れてくれるのに。
「あの男は生理的に受け付けない。受けるのが好きな私だが、あいつだけは殴りたくて仕方がないのだが」
ダクネス先輩も好きじゃないんだ。色々買ってくれるらしいのに。
鎧とか凹んだら毎回修理費がかかるんじゃないの?
「撃っていいですか? 撃っていいですか?」
そういえば、結局爆裂先輩の名前を聞いてないや。
「満場一致で貴方のパーティには行きたくないみたいです。じゃ、これで」
カズマ先輩が手を上げて、ミツルギキョウヤ先輩に背中を向ける。他の先輩たちも歩き始める。そろそろダクネス先輩はぼくを下ろしてくれないかな。
ミツルギキョウヤ先輩がカズマ先輩の前に回り込んだ。素早いなあ。やっぱり、上級職だからかな。
「アクア様をこんな境遇に置いておけない。勝負をしないか。
僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら何でも一つ言うことを聞こうじゃないか」
他人を勝手に実験材料にする運び人さんみたいだ。……もしかして、こういう人って都会だと嫌われる?
「よし乗った。行くぞ!」
「ちょ、まっ!」
カズマ先輩がいきなり斬りかかった。そのままスティールを発動し、魔剣を奪い取る。先輩の腕はその重さに耐えきれず、剣の腹をミツルギキョウヤ先輩の頭に叩きつけた。
ぼくはアクア先輩の腕を振りほどき、仰向けに倒れたミツルギキョウヤ先輩をつついてみる。反応がない。
目蓋をめくり、瞳孔を確認する。ダイジョブ、生きてる。
顔を横にして、首元を楽にする。
「カズマ先輩の勝ち! すごい! スティールが上手!」
「へっ……言いたい放題言いやがって。チートなんかで調子に乗るから、最弱の冒険者にも負けるんだ」
―――――
横から女性たちの声がする。
「卑怯者‼ 卑怯者‼ 卑怯者‼」
「この最低男! グラムを返しなさい!
その魔剣はキョウヤにしか使えないんだから!」
「えっ、マジで?」
「魔剣グラムはそのイタい人専用よ。他の人が使えばそこそこの剣って感じになっちゃうわ」
使えるには使えるんだ。専用武器……持ってるだけで、強そうな感じがする。
「まあ、せっかくだし貰っておこう」
カズマ先輩が魔剣を持って歩き始めた。
柄も凝ってるし、ぼくにとっては大剣だし相性がいいかも。特殊な武器なら頑丈そうだし、敵に奪われても能力が上がる魔法の武器でもない。それに、魔剣って響きがいいよね。
三千エリスくらいで売ってくれたら買おう。
「こんな勝ち方、私たちは認めない‼」
先輩が足を止めて、手をワキワキさせ始めた。
「真の男女平等主義者な俺は、女子供相手でもドロップキックを食らわせられる男」
その程度で済ませるんだ。かなり優しいと思うけどなぁ。
あんな威力だけで隙だらけな技、カウンターを食らいに行くようなものじゃん。マザーなら、そのまま相手を叩き落す。ぼくはその後吊るされたし。
先輩は更に指を細かく動かして見せつけている。すごい! 吟遊詩人さんみたいだ!
「手加減してもらえると思うなよ? この公衆の面前で俺のスティールが炸裂するぞ」
「クリス先輩相手にやったやつだ! ぱんつをギルド中に公開して尊厳と有り金全部奪う必殺技だ!
クリス先輩が禁術に指定したのに、また見られる!」
楽しみだ! ぼくもああいう戦わずに済ませる戦法を覚えたい!
カズマ先輩は高笑いをしながら、更に激しく繊細な指運びを見せつける。
「さあ、覚悟はいいか」
「「いやぁあああ‼」」
二人の女性は走り去ってしまった。
仕方がないから気絶したままのミツルギキョウヤ先輩を檻に寝かせて運ぶ。ギルドで受け取ってもらえるかな?
「いや、捨ててけよ」