ほっぺに冷たいものが当たる。手で触って見ると、液体みたいだった。
「ガボボッ!」
顔に思いっきり水が降って来てむせた。
目を開けて首を動かすと正門の方でカズマ先輩や魔法を使える先輩たちが水を黒騎士に向けて発射しているのが見える。黒騎士の足元には、ボロボロになったダクネス先輩が倒れている。
お腹が熱いけど、冷たいような感じがする。首を動かしてお腹に目をやると、横に斬られて中身が見える。
……そうだ、ぼくたちは戦っていたんだ!
お腹がすごく痛い。内臓もちょっとこぼれててあんまり動けそうにない。
お医者さまが言ってた、不用意に臓器に触れてはなりません。汚染を直接内部に取り入れてしまうからです。触るのなら敵のだけにしましょうね。
「よせ! そんな攻撃は無駄だ!」
街の冒険者たちがクリエイトウォーターを黒騎士に向かって放ち続けている。
黒騎士はただの水を作る魔法に対して大げさなくらい大きく動いて避けている。
さっきぼくたちの連撃を最小限の動作で捌いた時のような芸術家さんみたいな動きじゃない。なんでか無駄に大きく避けている。それが弱点か!
……だけど、ぼくには何もできない。
足に力は入らないし、指先もひどく冷たくて武器を握っても黒騎士に当てられそうにない。ステータスが足りなくて上級職になれなかったせいだ。今のぼくには戦うどころか、黒騎士の足を止めることも出来ない。
「当たれ! 当たってくれよ!」
「誰でもいいから早く! 魔力が尽きちゃうわ!」
ダクネス先輩は地面を這って黒騎士にゆっくりと近づいている。
鎧は壊れてインナーも見えているし、長剣も折られて遠くに落ちている。あの黒騎士には何もできる訳ないのに、それでももがこうとしている。
今も先輩たちが水の魔法を撃ち続けている。だけど、一つも当たらない。
ぼくは悔しくて土を握りしめる。その感触が、村で埋められて叱られていた時のことを思い出させてくる。
マザーが言ってた。
命はたった一つだけ与えられた神様からの愛なの。蘇生魔法を使っても蘇れるのは一度だけ。
使い方は神様から強制されていないけど、悔いを残したら勿体ないでしょう。
ぼくは、ダクネス先輩みたいに最後まで諦めたくない! 無駄に終わりたくない‼
動く上半身だけで仰向けだった身体をうつぶせにする。出ちゃった内臓が押されて痛いし気持ち悪い。喉の奥から生ぬるい血がせり上がってきた。
地面に出来た水たまりで、血まみれの口を洗う。口の中へばりついた血が取れて声が出せる。
革職人さんが言ってた、使えるものはなんでも使え。
今のぼくには導きの短剣しかない。それでも、黒騎士の注意を一瞬でもひければいい。
「黒騎士さん! あなたはどうして騎士を辞めたんだ!」
「小僧、まだ息があったのか」
アクア先輩が詠唱を始めた。アークプリーストの聖水なら効果があるに決まってる。その時間を稼ぐしか勝ち目はない。
「今は貴様に付き合っている場合ではない!」
黒騎士はアクア先輩の方へ向き直ってしまった。
その背中目掛けて短剣を片腕で投げる。
なんとか黒鎧に当てられたけど、軽い音を立てて弾かれて足元に落ちた。
だけど、黒騎士は逃げようとしていた足を止めてこっちを見た。
兜に向かって精一杯叫ぶ。
「騎士は背中を見せない! ダクネス先輩はそうした!
あなたは子供の攻撃を背中に食らったんだぞ!
強いくせに逃げるのか! 騎士道からもそうしたのか!
いつまで逃げ続ける! どこまで逃げ続ける! それであなたの無くした騎士道は見つかるのか!」
喉の奥から血が湧き上がってきて咳込む。
「五月蠅い! 死にぞこないが!」
黒騎士の足に倒れたままのダクネス先輩がしがみつく。
ぼくの導きの短剣を逃げようとする黒騎士の足に突き刺している。
「はッ離せ! このド変態騎士‼」
ダクネス先輩はまだ諦めてない。
黒騎士が足を振って引きはがそうとするのに、小さな声を出しながらも抵抗している。
だったら、ぼくは口でもっと注意を引くしかない!
一度血を吐き出して、もう一度叫ぶ。
「目を逸らすな! あなたはダクネス先輩を見習え!
今のあなたは騎士ですらない、ただの首とれちゃった人だ!
心で負けたからって、騎士の鑑のような先輩を変態呼ばわりなんて恥ずかしくないのか!
それがあなたのなりたかった騎士なのか! 死んでも逃げるのか!
ダクネス先輩は今も生きて戦っているぞ! 目指した姿は足元にあるぞ!」
黒騎士が足を止め、ぼくの方に勢いよく振り返る。
「ガキが! さっきから好き勝手言うんじゃない!
いくら子供だからといって、言っていいことと悪いことがあるぞ!
誰がこんな変態に憧れるか! 頭おかしいんじゃねえの‼」
「セイクリッド・クリエイト・ウォーター!」
アクア先輩の詠唱が終わり、天から川が落ちてきた。ぼくはその流れに運ばれていく。
……マザー、ぼくは勇者になれなかったよ。だけど、頑張ったよ。
まろびでる腸を見ながら、意識を失った。
―――――
「ソラさん」
優しい女の人の声がする。
目を開けると、周りは暗かった。だけど、ぼくと目の前の女性の周りだけははっきりと見える。
「ソラさん、ようこそ死後の世界へ」
長い綺麗な銀髪に、ウィンプルを被った女性がぼくに話しかけてくる。
なんだか、本気の時のマザーよりも神々しい感じがする。アクア先輩にも並ぶかもしれない。
豪華そうな椅子に座り、祈るように手を合わせている。
「私は、女神エリス。あなたに新しい道を案内する存在です」
またかぁ……。
―――――
「この世界でのあなたの人生は、終わったのです」
……そういえば、さっきは大けがをしたまま大量の水に流された。
周りを見渡しても、ぼくとこの人しかいない。
「生まれ直して赤子からやり直すこともできます。
辛いようであれば、死後の世界にとどまることもできます」
うぅん……これはアクア先輩よりも重症かもしれない。
こんなお医者さまの施術室や木こりさんの解体小屋みたいな場所まで用意して、相当気合が入った人みたいだ。
「あの、何があったのかよくわかんないですけど……止めた方がいいですよ」
「はい? ……ああ、まだ状況が理解できていないのですね。
あなたは果敢にも魔王軍幹部に挑み、最後まで力を振り絞って戦い抜いたのです。
その後は街の冒険者たちによってデュラハンは討伐されました。
その勇気、確かに見届けましたよ。よく頑張りましたね」
女性がこちらに優しく微笑んでいる。
アクア先輩は、ぼくが女神であることを否定しようとすると怖がるようになってしまった。だから、そういう人に直接言うべきではないんだと思う。ちょっと変わった人でも、根はアクア先輩みたいに優しいかもしれないし、すごい力を持っているのかもしれない。
……
「そうなんですね。ところで、なんで銀髪なんですか?
エリス様は絵画だと灰色の髪だったり、様々な髪色ですけど白髪だって聞いたことありません!」
「ふふっ、それは私に直接あった方が少なく、その時の記憶をはっきりと覚えられる方があまりいないからです。
絵画では、白色は汚れやすく、表現が難しいから使われないのかもしれませんね。
ソラさんはエリス教徒でないと仰っていましたが、よく勉強しているんですね」
なんてことだ、この人無敵だ……。
完全に自分のことを女神エリスだと思い込んでいる。アクア先輩も自分の女神設定を忘れることがあったりするのに。
最強呪文を使っちゃう? でもクリス先輩に怒られたしなぁ。
それとも農民さんみたいなアクシズ教徒のふりをしようか?
「……えっと、ここって暗いし静かですけど、退屈じゃないですか?」
エリス教徒ならあんまりこういう怪しい場所に居ないはず。マザーはむしろ、村の怪しい場所を探っていた。こういうのは、内緒の実験で使うような場所だからエリス教徒じゃないはず。
「心配しなくても大丈夫ですよ。これでも、神様ですから」
ぼくにウインクを飛ばしてきた。
アクア先輩みたいにすごい実力のせいで思い込んじゃった訳じゃなさそうだ。
この人はそうじゃない、分かってやってるんだ。つまり、何かは決まってる。
どれだけ恐ろしい相手だとしても、立ち向かう勇気をダクネス先輩が教えてくれた。
手を閉じたり開いたりしてみる。椅子から立ち上がって、ステップを踏んでみる。
ぼくにはあの黒騎士さんは救えなかった。
だけど、ダクネス先輩の姿が堕ちた騎士の心を呼び起こしてくれた。だからぼくの話も聞いてくれた。そして、彼が街を壊すような非道を働く前に先輩たちが止めてくれた。
力が足りなくても、無駄じゃなかった。
「どうか……しましたか?」
拳をまっすぐ突き出す。
黒騎士さんは魔王軍幹部なのに、無力な人々を殺そうとはしなかった。
城に何度も爆裂魔法を撃ちこまれても、暴れるんじゃなく律儀に忠告していた。
なにより、ぼくを子供じゃなくただ一人の戦士として手加減せずに戦ってくれた。
魔王から解放された騎士様の力をぼくに分けてください‼
少しだけ、指先が温かくなった気がする。なんだか、行ける気がする!
「マザーも、農家さんも、アクア先輩も、みんなが言ってた!
悪魔倒すべし‼ 魔王しばくべし‼」
素手で神を騙る悪魔に殴り掛かる。勇者は絶対にあきらめない‼
髪色はアニメ二期の肖像画を参考にしました(告解室のシーン)。
御本尊のものとはかなり違う色合いで描かれていましたため、実物と世間一般との間に乖離があるのではと考えました。原作でそれに関する設定を見逃していたら申し訳ありません。
ファクトチェックガバガバなんですか⁉