横に居た棟梁さんにゆすられる。
「おい! しっかりしろ!
ボーっとしてたら、ろくな仕事が出来ねえぞ!」
棟梁さんがぼくの頭を撫で始める。
「……怖いか。全てを踏みつぶす古代兵器がこれから来るんだ。
お前も覚悟してここに来たんだろう。だったら腹くくれ、やることやるぞ」
蜘蛛のような大型兵器デストロイヤー。古代に作られて、暴走して文明を滅ぼしたとされている。
きこりさん、狩人さん、衛兵さんが村に来る前に挑んだけど、倒すどころか撃退すらも出来なかったって言ってた。鋼鉄の巨体に魔法障壁まで貼られているせいで、一切の攻撃が通らなかったって。
「ぼくは……知りませんでした……」
天災みたいなものだ。そんなの、子供でも知ってる。
戦うなんて無駄だ。足を止めることも出来ない。逃げる以外に何ができるっていうんだ!
「棟梁さんはどうして! ……どうして、足場を作ってるんですか」
「そりゃあ、大工だからだ。
お前は冒険者だろ。無理なんてする必要はねえ。
ここから居なくなっても誰も文句は言わねえよ」
棟梁さんが膝をつく。そしてぼくの目線と合わせて、両肩に手を置いた。
「俺は、俺たちはこの街には……夢を見させてもらってる。
だから、やれることをやりたい。大工仕事で止められないとしても、この街を見捨てて逃げるなんて真似は出来ねえよ。
せめて、世話になった奴等が逃げる時間くらいは稼がなきゃカッコわりぃだろ」
立ち上がり、ぐしゃぐしゃにぼくの頭を撫でてくる。
「手前勝手に気に入って、手前勝手にやってんだ。
誰かを無理やり付き合わせたりしねえよ。お前は好きにすればいい。
やぐらから降りろ。棟梁命令だ」
ぼくの首筋が掴まれる。そのまま、やぐらから放り投げられた。
落ちている最中も棟梁さんと目が合い続けていた。
芝生の上に叩きつけられて、息が漏れる。
ぼくは……。
―――――
地面に叩きつけられた後も、なんだか立ち上がる気になれなかった。
そのまま転がって空を見続けていた。大工さんたちの叫び声が聞こえる。
しばらくすると、大勢の足音がこっちに近づいてきた。
上半身を上げると、多くの冒険者たちが集まっていて、工事で作った柵の内側で待機している。街の人だけじゃなく、先輩たちも逃げないんだ。
だけど、柵の外、離れた街道の真ん中に人が立っていた。
あそこだと引きつぶされちゃう! こっちに連れて来なきゃ!
その人の元に走って近づく。
―――――
「危ないですよ!」
「ソラか。お前こそ後ろに下がっていろ」
街道の真ん中でダクネス先輩は剣先を大地に刺し、遠くに見える機動要塞を睨みつけている。
「先輩もです! どれだけ固い人間だって、あれには勝てません!
一緒に後ろに行きましょう!」
「私はこの街の住人を守らなければならない。例え、その者たちに知られなくともだ」
「無駄です! ダクネス先輩じゃ止められません! 黒騎士にも負けてました!
結局、先輩じゃなくて水が倒したらしいじゃないですか!」
「ふみゅ……。
だとしても、私は騎士の矜持にかけて人を守る責務がある」
「でも……」
先輩がこっちに振り返る。少しだけ、頬を赤くしている。
「守ることを生業とする者として、どうしても譲れないものがある。不可能だとしても、諦めることだけは出来ないんだ」
片手で優しく頭を撫でてくる。
だけど、ガントレットのせいでゴワゴワしてる。
「それに、私が止められなくてもいいんだ。仲間たちが攻略の算段を立てている。
ソラ、一人で何でもできる必要は無い。攻撃が当たらないなら、その分盾になればいいんだ。だから、お前は離れておけ。この場には私一人でいい。その方がいい」
この街の人たちは、みんな覚悟を持っている。ぼくだけが足りていない。
棟梁さんたちも、冒険者の先輩たちも、勝つために立っているんじゃない。
誰かのためにどんな敵にでも立ち向かっていくんだ。
全員が勇気を持っていたんだ。だから、勇者なんて職業はないんだ。
頭に乗せられた手を掴んで、その手をどける。そして、先輩の目を見つめ返す。
「ぼくもここに居させてください! ぼくは勇者を諦めたくないんです!」
ぼくはまだそんな勇気を持てない。今もみんなで逃げた方がいいと思ってる。
だけど、その姿を見ていれば何かが掴める気がする。それからは逃げたくない。
―――――
山を越す程の鋼鉄の蜘蛛が大地を踏み荒らす。
このままでは、アクセルの街を踏みつぶし、これまでの通り道と同じ荒野へと変貌してしまう。
巨蜘蛛の侵攻ルートの先に、街を背に一人が立っている。
剣を大地に突き刺し、背筋を伸ばして揺るぎもしない。
騎士の矜持を胸に、仲間を信じている。
きっと、勇者と呼ばれる人はそんな人だ。
覚悟を抱いて、誰かよりも先に出る勇気を持った人だけがなれるんだ。
ぼくは、弱い。
今も何もできずに膝が笑っている。
ここに居ても、巨大な化け物の足が止まるまで何もできない。
その後だって、何ができるか分からない。
だけど、この光景から目だけは逸らしたくない。
どんな終わり方だったとしても、聖騎士の覚悟を覚えていたい。
もしぼくが死んじゃっても、女神様にちゃんと伝えたいんだ。
―――――
デストロイヤーが近づくにつれて大地が大きく揺れる。ぼくは立っていられなくて、大地に膝をついて短剣を立てる。頭が揺さぶられる。刃からも振動が伝わり、柄から手が離れてしまいそうだ。
それでも先輩の背中を見ていたい。顔だけはなんとか上げ続ける。
「セイクリッド・ブレイクスペル!」
ぼくたちの背後から頭上を通って清浄な光が機動要塞にぶつかる。こんな強い神聖魔法は見たことない。マザーのなんて比べ物にならない。衝突した余波だけで身体が地面に押し付けられて苦しい。
それでも、デストロイヤーは巨大な八本脚で大地を掴んで、押し戻されないよう抵抗している。
機動要塞の魔法障壁とアクア先輩の魔法が押し合って、うるさいくらいに軋みを上げている。一際高い音が響いた後、アクア先輩が押し勝って結界が壊れた。代わりにデストロイヤーを押しとどめていた魔法が消え、再びアクセルの街へと歩き始めた。
「次が来るぞ! ソラ、耐えろ!」
「はい!」
先輩の言葉を受けて、短剣を地面にもっと深く突き刺して伏せる。
蜘蛛による大地の揺れと、強大な魔法が放たれる前の大気の揺れがぼくたちを包む。
「「エクスプロージョン!」」
また正門の方から二本の光が飛んできた。それらはデストロイヤーに衝突し、爆発した。
暴風と熱線、そして閃光で何が起こっているのかなんて分からなくなる。
気が付いたら、ぼくは空に飛ばされていた。
それでも、何とかもがいてダクネス先輩の方を見る。先輩だけは、元の位置に立ち続けている。飛んでくる残骸にも、巻き起こる土煙の嵐にも負けず、ただ背筋を伸ばしている。先輩の後ろだけは飛んでくる物も汚れもない。
だけど、まだ機動要塞は止まってない。
装甲の一部がはがれ、足運びがおかしくなっている。街道に設置された塀や柵は吹き飛ばされていくけど、機動要塞の速度を少しずつ落とそうとしている。ついに機動要塞の足が空回って、地面へと倒れ込む。大きな音が出て、空にいるぼくにまで衝撃が伝わってきた。
それでも、大地を削りながら街へと近づいてくる。建築すらされずにただ集めて置かれただけの資材を押しのけていく。木や布、よく分からないものまでが吹き飛んでいく。勢いが弱まっていき、そしてダクネス先輩の眼前で完全に動きが止まった。
すごい……最後まで退こうとなんてしてなかった! 騎士すごい! 先輩すごい!
「ぐべっ!」
冒険者たちが集まっている所に、ぼくの背中が叩きつけられた。痛い。