キャベツの襲撃の後、ぼくのお仕事は少しだけ変わった。
冒険者たちはあまりクエストを受けなくなり、ぼくが出来るようなモンスター配送は滅多になくなってしまった。噂では魔王の幹部のモンスターがいるせいで、蛙といった普段街の近くにでる敵が出ないらしい。
モンスターの代わりに、依頼品をギルドから届けるお仕事が増えた。
キャベツや、クエストで要求された魔物の部位、それからキャベツ。街の裏道も覚えられてきた。
だけど、前みたいにモンスターと遭遇しなくなったせいで、あんまり経験値が増えている気がしない。代わりに、無駄に敵感知と潜伏をつかって、熟練度だけは成長させられた。
「ギルドから来ました! キャベツ十樽の配達です!」
「随分……小さい子が来たねぇ。樽の数は……足りているね」
「サインお願いします!」
「はい、どうぞ。
それとこれ持っていきな。うちで作ってるキャベツの漬物だよ。まだ漬かりが浅いけど美味しいよ」
「ありがとうございます! ギルドのみんなで分けます!」
「緊急! 緊急です!
冒険者各位は正門に武装して集まってください! 繰り返します!」
遠くから、拡声の魔道具の音がする。
キャベツの漬物の瓶を返す。
「ごめんなさい! 漬物は持っていけません!」
「頑張んな、怪我しないようにね」
―――――
正門に着くと、既に冒険者たちが集まっていた。
隙間を通って前に出ると、正面に一騎の騎士がいた。
漆黒の鎧に身を包んでいるが、騎士とその愛馬の首は無く、兜を片手に抱えている。
爆裂先輩だけが前に出ている。
「我は紅魔族にして、この街随一の魔法使い!
爆裂魔法を撃ち続けていたのは、魔王軍幹部の貴方をおびき出すための作戦でした。
こうしてまんまと一人でこの街まで出てきてしまったのが、貴方の敗因です」
すごい! 頭脳派だ!
……それより、あの黒騎士は魔王軍幹部。道理で、コックさんみたいな威圧感があるわけだ。
馬に乗っているから落馬させるとして、どう倒す。ぼくには拳と短剣しかない。
運び人さんはデュラハンのことは教えてくれなかった。ということは、あの人が興味を持たないアンデッドか悪魔。プリーストの人を守らなきゃ。
「フンッ、まあいい。俺はお前らごとき雑魚にちょっかいをかけにこの地に来たわけではない。しばらくはあの城に滞在することになる。これからは爆裂魔法は使うな。いいな?」
黒騎士は馬を反転させて帰ろうとしている。
「無理です。紅魔族は一日一回爆裂魔法を使わないと死んでしまいます」
……そうだったんだ。門番さんにも教えてあげよう。そろそろ捕まえて留置所にしまおうか本気で悩んでいた。
「嘘をつくな!
どうあってもやめる気はないということだな。
俺は魔道に堕ちたが、元は騎士だ。弱者を刈り取る趣味はない。だが、」
黒騎士の兜から目が光る。背筋がぞわぞわして、自然と手が震える。
「余裕ぶっていられるのも今のうちです。先生! お願いします!」
爆裂先輩はすごい。あんな相手にも怖がらないで主張してる。
「しょうがないわね。魔王の幹部だか知らないけど、この私がいる時に来るとは運が悪かったわね!」
アクア先輩が走り出した。先端につぼみが付いた杖がどこからともなく現れる。
「あんたのせいでまともなクエストが受けられないのよ! 覚悟はいいかしら!」
爆裂先輩の横にアクア先輩が並ぶ。
「ほう、アークプリーストか。駆け出しの街にしてはなかなかだ。
だが、仮にも俺は魔王軍幹部の一人。そう簡単に浄化されるほど落ちぶれてはいない」
なん……だって……。
アークプリーストなら、アンデッドだろうが悪魔だろうがどんな相手も浄化できるんじゃないのか。マザーが言ってた。
……魔王軍幹部。どうやって倒せばいい……。
黒騎士の手に怪しい光が集い始める。
「そうだな、ここはひとつ、紅魔の娘を苦しませてやるか」
「私の祈りで浄化してあげるわ!」
黒騎士の人差し指が爆裂先輩に向けられる。
背中がぞわぞわして、気持ちが悪い。
「間に合わんよ。汝に、死の宣告を。お前は一週間後に死ぬだろう」
そこへ白い鎧に身を包んだ騎士が割り込んだ。
「ぐう……うわぁあああ!」
ダクネス先輩だ!
カズマ先輩が駆け寄っていく。ぼくもいかなくちゃ! ……足が動かない。
「結束が固い冒険者には、むしろこちらの方が堪えそうだな」
あいつ……わざとか!
「紅魔族の娘よ、そのクルセイダーはお前の代わりに一週間後に死ぬ。
フフッ、お前の仲間はそれまで死の恐怖に怯え苦しむことになるのだ。
そう、貴様のせいでな」
衛兵さんが言ってた、騎士なんてなるもんじゃない。
一度なっちまえば、辞めた後でもその心が残っちまう。だから、道に背いて、目を背けても、罪悪感からは逃れられない。……そんな奴を見かけて、止められるなら止めてやってくれ。……逃げた私からのお願いだ。
ダクネス先輩が剣を杖にして立ち上がる。
「なんてことだ……。貴様は、この私に死の呪いをかけて、”解呪してほしければいうことを聞け”、つまりはそういうことなのか!」
「ふぁっ?」
ダクネス先輩は同じ騎士として止めたいんだ!
だったら、ぼくも怖がっていちゃダメだ! 勇者は見て見ぬふりをしない!
自分の動かない足を何度も叩く。それでも、変わらない。
「くっ……呪い如きで屈したりはしない……しないが。
どうしようカズマ! 見るがいい、あのデュラハンの兜の奥にある嫌らしい目を!
私をこのまま城へ連れ帰り、呪いを盾に凄まじいハードコア変態プレイを要求する変質者の目だ!」
「えっ……」
ダクネス先輩の言っていることは難しくて分かんない。だけど、酷いことをしようとしているんだと思う。今も先輩の背中は激しく上下している。
あの黒騎士より怖い人なら村に何人もいた。なのになんで、ぼくは動けないんだ!
「私の体は好きにできても、心までは自由にできるとは思うなよ!
魔王軍幹部に理不尽な要求をされる女騎士とか……。ああ! どうしよう! どうしようカズマ!
ギリギリまで抵抗してみるから邪魔はしないでくれ。では、行ってくるゅ‼」
ダクネス先輩は黒騎士へと大股で進んでいった。
とても困っているみたいなのに、最後は呂律もうまく回らなくないくらい怖いのにその身を差し出そうとしている。
「きちぃ……」
ダメだ!
「そんなの、騎士様の戦い方じゃない‼」
思い切って声を出したら、足も動き出した。
駆けだして先輩たちの元へと急ぐ。
「えっ……」 「ふゅん……」
―――――
「小僧、出しゃばると寿命を縮めるぞ。雑魚には用はない。俺は一刻も早く帰りたい!
俺の元まで紅魔族の娘が来れたなら、呪いを解いてやる。いいな!
お前たちに、果たしてたどり着くことができるかな?」
馬を翻し、高笑いをする黒騎士。
「そんな穴熊戦法が騎士道に沿った戦い方なのか!
ダクネス先輩は仲間を守ったぞ! あなたは好き勝手して帰るのか⁉
同じ騎士を見て、恥ずかしくないのか⁉」
カズマ先輩の横に僕も並ぶ。短剣を構える。
「あれぇ……この流れで俺が責められるの……」
「そうよ! そうよ! アンデッドなんて脳から魂まで腐り切っちゃってるのよ!
子供にすら論破されちゃって恥ずかしくないんですか~、プークスクス!」
「五月蠅い! とにかく、一週間以内に来い! それと爆裂魔法を止めろ! 帰る!」
転移魔法で消えてしまった。
―――――
プレッシャーがなくなった平原で、爆裂先輩が口を開く。
「ちょっとあのデュラハンに爆裂魔法を打ち込んで、ダクネスの呪いを解かせてきます」
カズマ先輩がその横に駆け寄る。
「俺も行くに決まってるだろうが。そもそも、俺も毎回一緒に行きながら幹部の城だって気付けなかったマヌケだしな」
「じゃあ、一緒に行きますか。城にはアンデッドもいるでしょう。となると、武器は効きにくいですね。私の魔法を頼りにしてくださいね」
「よせ、二人とも私のために危険を冒さなくていい」
「ぼくも行きます! 三人ならできることも広がるはずです! アンデッドでも足さえ捥げば動きを制限できます!」
「よし、必ずダクネスの呪いは解いてやるからな。だから、」
「セイクリッド・ブレイクスペル!」
アクア先輩の杖から聖なる光がダクネス先輩に降り注ぐ。
「あああーっ!……あぁ~」
ダクネス先輩の表情が次第に柔らかくなっていった。
高位の呪いは滅多に解けないって、マザーが言ってた。
「「「えっ」」」
「この私にかかれば、デュラハンの呪いなんて楽勝よ。
どうどう? 私だってプリーストっぽいでしょう?」
「すごい! アクア先輩すごい! マザーより強そう!」
門の側にいた冒険者たちもこちらへ駆け寄ってくる。