他人に歯磨きしてもらわないとレベル99になれない勇者です   作:きのこ大三元

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これが、初めてのオリジナル作品です…
深夜テンションで作成したものになります。
二番煎じだったらすみませんm(_ _)m

投稿しているものが、長編が多いので15話前後で完結予定です。


第1話「女神様、勇者の歯を磨く」

 皆さんは、誰かに歯磨きをしてもらった経験はありますか……?

 子供の頃なら、あるかもしれない。親に仕上げ磨きをしてもらったり、歯医者の診察台で口の中を見られたり、「はい、口を開けて」と言われたり。

 けれど、18歳にもなって誰かに歯を磨いてもらうのは、かなり恥ずかしい。

 

 自分で磨くのとは違う。歯ブラシを動かすのは自分の手ではなく、相手の手だ。

 相手の指先に合わせて口を開け、顎の力を抜き、歯ブラシの毛先を受け入れるしかない。

 子供扱いされているようで落ち着かない。でも、自分では届きにくい奥歯の内側や、前歯の裏側まで丁寧に磨かれる感覚には、どこか安心するものがあるのかもしれない。

 

 もちろん、そんなことを誰かに言ったことはない。言えるわけがない。

 それは俺の中にだけある、どうしようもなく恥ずかしい願望だった。

 

 誰にも知られないまま、忘れていくはずのものだった。

 

「おめでとうございます。あなたは勇者として選ばれました」

 

 目を開けると、そこは白い空間だった。

 床も壁も天井も分からない。ただ、どこまでも白い光が広がっている。

 その中央に、1人の女性が立っていた。

 

 長い銀色の髪。白い衣。優しそうな顔。背後には、ふわりと浮かぶ光の輪。

 どう見ても、人間ではない。どう見ても、女神だった。

 

「……勇者?」

「はい。魔王に脅かされている異世界を救うため、あなたには勇者の加護が授けられます」

 

 異世界。勇者。魔王。女神。

 完全に王道だった。

 高校生だった俺でも分かる。これは異世界召喚だ。

 

「つまり俺は、聖剣とか、最強魔法とか、そういうのをもらえるんですか?」

「いいえ」

「いいえ?」

「あなたに授けられるのは、こちらです」

 

 女神が両手をかざす。白い光が集まり、目の前に神々しい箱が現れた。

 白銀の縁取り。金色の留め具。表面には、聖なる紋章のような模様。

 

 俺は息を呑んだ。

 来た。聖剣か。魔導書か。勇者専用の神器か。

 

 女神が箱を開ける。

 

 中に入っていたのは、歯ブラシだった。

 

「……」

「……」

 

 見間違いではない。歯ブラシだ。

 しかも1本だけではない。

 白い歯ブラシ、神界製らしき歯磨き粉、携帯用コップ、歯間ブラシのようなもの、糸ようじらしきもの、そして丁寧に折り畳まれた説明書まで入っている。

 

 完璧な歯磨きセットだった。

 

「……聖剣は?」

「ありません」

「最強魔法は?」

「ありません」

 

「じゃあ、これは?」

「勇者用歯磨きセットです」

「地獄ですか?」

「勇者召喚です」

 

 女神は真面目な顔で言った。

 冗談ではなさそうだった。

 

「説明します。あなたには勇者の加護があります。ただし、その加護は常時発動ではありません」

「嫌な予感しかしません」

「通常時のあなたは、だいたいレベル5です」

「低い」

 

「普通の人より少し丈夫で、少し運が良い程度ですね」

「それで魔王と戦えます?」

「無理です」

「でしょうね!」

 

 そこははっきり言うのか。

 

「ですが、条件を満たせば、勇者の加護は完全に発動します。発動後のあなたは、レベル99相当。魔王軍と戦える本物の勇者になります」

「条件って何ですか?」

 

 聞きたくなかった。

 箱の中身を見れば、だいたい分かる。

 でも、聞かないわけにはいかなかった。

 

 女神は、ほんの少しだけ言いにくそうに視線を逸らした。

 

「他人に、歯磨きをしてもらうことです」

 

 分かっていた。

 分かっていたが、実際に言われると破壊力が違った。

 

「……自分で磨くのは?」

「通常の歯磨きです。虫歯予防にはなりますが、勇者の加護は発動しません」

「そこはちゃんと虫歯予防なんですね」

「歯磨きは大切ですから」

 

「急に普通のことを言わないでください」

 

 女神は説明を続ける。

 

「重要なのは、他者にケアされることです。相手の手に合わせ、力を抜き、委ねる感覚。それが、あなたの勇者の加護を起動させる鍵になります」

「やめてください」

「はい?」

「分析が的確すぎます」

 

 顔が熱い。

 

 違う。俺は別に、そんなに強く願ったわけではない。

 ただ少し、想像したことがあっただけだ。誰かに丁寧に磨いてもらうのは、自分で磨くのとは違うんだろうな、とか。歯ブラシの毛先が自分では届きにくいところまで入ったら、恥ずかしいけど少し安心するのかもしれないな、とか。

 その程度だったはずなのに。

 

「まさか、それが勇者特典に反映されたとか言いませんよね?」

「反映されました」

「言った!」

 

「あなたの魂に刻まれていた願望と、勇者の加護が妙な形で噛み合ってしまったようです」

「噛み合わないでほしかった……!」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 勇者。魔王。異世界。レベル99。

 そこだけ見れば王道だ。

 だが、そこへ至るための手順があまりにも終わっている。

 

「なお、歯磨き後の効果時間はおよそ30分です。おおむね1戦闘分ですね」

「短いですね」

 

「また、追加条件として、膝枕状態で歯磨きを受けた場合、精神安定、加護出力上昇、効果時間の軽い延長が確認されています」

「設定を追加しないでください」

「膝枕歯磨きは追加バフです」

「単語が終わってるんですよ!」

 

 膝枕。歯磨き。追加バフ。

 どれか1つならまだ耐えられたかもしれない。3つ並ぶと完全に終わっている。

 

「本当に俺、勇者なんですか?」

「はい。あなたは勇者です」

「歯磨きされないと戦えないのに?」

「はい」

 

「膝枕だと追加バフが乗るのに?」

「はい」

「勇者って何なんですか?」

「世界を救う人です」

 

「答えだけは王道なんですよね……」

 

「では、実演しましょう」

「何をですか?」

「チュートリアルです」

 

 女神は、箱の中から白い歯ブラシを取り出した。

 柄には金の線が走り、先端の毛は淡く光っている。いかにも神聖な道具という雰囲気はある。

 ただし、歯ブラシだ。

 

「初回は私が担当します。異世界へ送る前に、加護の発動を確認しなければなりません」

「本当にやるんですか?」

「やらないと、あなたはレベル5のままです」

「それは困りますけど……!」

 

「では、口を開けてください」

 

 女神の声は優しかった。

 優しいのに、内容があまりにもおかしい。

 

 俺は観念して、少しだけ口を開けた。

 

「もう少し開けてください」

「……はい」

「力を抜いてください。歯ブラシが当たりにくいです」

「すみません」

 

「謝らなくて大丈夫です。初めてですから」

 

 初めて。

 その言葉で、さらに顔が熱くなる。

 

 歯ブラシの毛先が、前歯に触れた。

 

 自分で磨く時とは違った。動かしているのは自分ではない。

 女神の指先に合わせて口を開ける。顎の力を抜く。舌が歯ブラシを避けないように、少し奥へ引っ込める。

 それだけなのに、妙に恥ずかしい。

 

「勇者さん、舌に力が入っています」

「言わないでください」

「磨きにくいので」

「はい……」

 

 従ってしまった。

 その瞬間、負けた気がした。

 

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

 自分では適当に済ませてしまう場所を、丁寧に見られている。

 前歯の裏側や奥歯の内側まで、女神の歯ブラシがゆっくり届いていく。

 それは子供扱いされているようで、情けなくて、なのに少し安心する感覚だった。

 

「……これ、本当に勇者の儀式なんですよね?」

「はい」

「変な趣味とかじゃなくて?」

「少なくとも、世界を救うための正式な手順です」

 

「少なくともって言いました?」

「動かないでください。磨き残しになります」

「はい」

 

 また従ってしまった。

 

 しばらくして、女神が歯ブラシを離した。

 

「はい。通常歯磨き完了です」

 

 俺は渡された携帯用コップで口をすすいだ。

 口の中を水が通り、歯の表面がいつもより滑らかになった気がした。

 

 その直後、体の奥で何かが弾けた。

 

 手足が軽い。視界が澄む。体の中に、今まで存在しなかった力が満ちていく。

 

「……これが」

「勇者の加護です」

 

 女神が指を鳴らす。

 白い空間に、石でできた人形のようなものが現れた。

 

「神界製の試験用ゴーレムです。軽く叩いてみてください」

「軽く?」

「はい。軽く」

 

 俺は恐る恐る拳を握り、試験用ゴーレムの胸を軽く叩いた。

 

 次の瞬間、ゴーレムが粉々になった。

 

「……」

「……」

 

 白い破片が、さらさらと床に落ちる。

 

「本当に発動しましたね」

「女神様も少し驚いてません?」

「少し」

 

「今、想定以上だった顔をしましたよね」

「腹立たしいほど勇者です」

「評価が独特」

 

 だが、力は本物だった。

 

 歯磨き前はレベル5。

 歯磨き後はレベル99。

 その説明が、誇張ではないと分かってしまった。

 

「では、追加条件も確認します」

「まさか」

「膝枕です」

「やっぱり」

 

 女神は、どこからともなく白い長椅子を出した。そして、当然のように腰を下ろす。

 

「こちらへ」

「本当に必要ですか?」

「追加バフの確認です」

「世界を救うためですか?」

「世界を救うためです」

 

 その言い方はずるい。

 

 世界を救うため。

 そう言われると、断りにくい。

 

 俺は、ぎこちなく女神の前に座った。それから、ものすごく慎重に体を倒す。

 後頭部が、女神の膝に触れた。

 

 柔らかい。

 温かい。

 近い。

 

 終わった。

 いろいろな意味で終わった。

 

「力を抜いてください」

「無理です」

「抜かないと、追加バフの検証ができません」

 

「検証って言葉で誤魔化さないでください」

 

 女神が、少しだけ真面目な声で言った。

 

「勇者さん。あなたが恥ずかしいのは分かります。ですが、その恥ずかしさを飲み込んででも、誰かに頼ることができるなら、それは立派な勇気です」

「……勇気」

 

「自分1人で何でもできる人だけが勇者ではありません。助けてほしいとお願いできることも、きっと勇者に必要な力です」

 

 ずるい。

 急に良いことを言う。

 

 歯磨きと膝枕の話をしているはずなのに、なぜか少しだけ胸に響いた。

 

「……お願いします」

「はい」

 

 2度目の歯ブラシが、前歯に触れた。

 

 膝枕の状態では、さっきよりも逃げ場がなかった。

 後頭部を女神の膝に預けているせいで、首の力が少しずつ抜けていく。視線は上を向き、口は自然と開いたままになる。

 

 恥ずかしい。

 恥ずかしいのに、少し落ち着く。

 情けないのに、どこか安心してしまう。

 

「勇者さん」

「……はい」

「嬉しそうですね」

「言わないでください」

 

「すみません」

「謝るくらいなら言わないでください」

 

 女神は少し笑った。

 それでも手は止めない。

 

 やがて、2度目の歯磨きが終わる。

 

 口をすすぎ、体を起こした瞬間、先ほどよりも静かな力が全身に満ちた。

 体が軽い。頭が冴える。心臓の鼓動が落ち着いている。

 力が溢れているのに、変に昂ぶっていない。

 

「確認できました。膝枕歯磨きには、精神安定、加護出力上昇、効果時間延長の追加効果があります」

「最悪な有用性ですね」

「非常に実用的です」

 

「認めたくない」

「ですが、強いです」

 

 女神が再び指を鳴らす。

 今度は、先ほどより大きな試験用ゴーレムが3体現れた。

 

「どうぞ」

 

 俺は息を吐いた。

 そして、1歩踏み出す。

 

 1体目。

 2体目。

 3体目。

 

 拳を振るうたび、ゴーレムが砕けた。

 自分でも信じられないほど、体が動く。

 怖いくらいに強い。

 

 これなら、確かに魔王軍とも戦えるかもしれない。

 ただし、その前に誰かに歯を磨いてもらう必要がある。

 代償が恥ずかしすぎる。

 

「これで、あなたは正式に勇者です」

 

 女神は、歯磨きセットを俺に渡した。

 

「説明書も入っています。効果時間は通常で約30分。膝枕状態で磨かれた場合は、多少延長されます。自分で磨いても加護は発動しません。他人に磨いてもらってください。相手の同意は必須です。無理強いはいけません」

「そこはちゃんとしてるんですね」

「当然です。勇者ですから」

 

「勇者って何なんですか」

「世界を救う人です」

「歯磨きで?」

「歯磨きで」

 

 女神は最後まで真面目だった。

 

 俺は、箱を抱えた。

 

 聖剣ではない。盾でもない。魔導書でもない。

 勇者用歯磨きセット。

 

 これが俺の神器。

 これが俺の希望。

 これが俺の、最悪に恥ずかしい使命の象徴だった。

 

「女神様」

「はい」

「俺、本当にこれで世界を救うんですか?」

「はい」

 

「途中で心が折れそうなんですけど」

「その時は、誰かに頼ってください」

 

「歯磨きを?」

「歯磨きを」

 

 白い光が俺の足元に広がっていく。

 異世界への転送が始まっているのだろう。

 

「勇者さん。あなたなら、きっとできます」

「根拠は?」

「歯がきれいです」

 

「そこですか」

「大事なことです」

 

 女神が微笑む。

 

 俺は、歯磨きセットを抱きしめたまま、白い光に包まれていく。

 

 世界を救う覚悟は、まだない。

 魔王と戦う実感も、まだない。

 

 ただ1つだけ分かっていることがある。

 

 これから俺は、誰かにお願いしなければならない。

 

 世界を救うために。

 勇者の加護を発動させるために。

 レベル5の普通の人から、レベル99の勇者になるために。

 

 恥ずかしさを飲み込んで、こう言わなければならない。

 

 俺の歯を、磨いてください、と。

 

 次に目を開けた時、そこは王城の広間だった。

 

 赤い絨毯。高い天井。並ぶ兵士たち。祈りを捧げる神官たち。

 正面には、きらびやかなドレスを着た王女らしき女性が立っていた。

 

 彼女は、期待に満ちた目でこちらを見る。

 

「勇者様……!」

 

 兵士たちがざわめく。神官たちが深く頭を下げる。

 王女が1歩前へ出る。

 

「どうか、この世界をお救いください!」

 

 俺は、腕の中の箱を見た。

 

 勇者用歯磨きセット。

 歯ブラシ。

 歯磨き粉。

 携帯用コップ。

 神界製歯間ブラシ。

 説明書。

 

 まずい。

 

 この人たちにも、説明しなければならない。

 

 俺は異世界に召喚された。

 勇者として選ばれた。

 女神から加護を授かった。

 

 聖剣はない。

 最強魔法もない。

 

 あるのは、1本の歯ブラシ。

 

 そして、世界を救うために誰かに歯を磨いてもらわなければならないという、最悪に恥ずかしい使命だけだった。




次回、王国へ召喚された勇者。
 
王女
「勇者様、どうか世界をお救いください!」
 
勇者
「その前に、かなり大事な説明があります」
 
王女
「大事な説明、ですか?」
 
勇者
「俺は、歯磨きしてもらわないとレベル5です」
 
王女
「……はい?」
 
次回、第2話
「王女様、勇者の条件に固まる」
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