他人に歯磨きしてもらわないとレベル99になれない勇者です   作:きのこ大三元

16 / 16
第11話「第一の四天王、勇者を研究対象にする」

王国式歯磨き講習会が終わって、数日が経った。

 

 王都では歯磨き用品が売れ、兵士は奥歯を気にし、神官は口腔ケアを祈りと結びつけ始めている。そして俺は、相変わらず歯磨き勇者と呼ばれていた。

 

 名前は広まらず、条件だけが広まる。

 

 勇者伝説として終わっている。

 

「勇者、ぼうっとするな」

 

 街道を歩きながら、戦士が言った。

 

 今日の目的地は、王都北西にある古い魔導遺跡だった。近くの村で魔物が増え、夜になると奇妙な光が漏れるらしい。先に向かった王国の調査隊は、途中で魔物に阻まれて撤退している。

 

「魔王軍関係ですか?」

「可能性はあるわね。魔力の集まり方が不自然よ」

 

 魔法使いは杖を肩に担ぎ、僧侶は森の奥を見た。

 

「村の方々も怯えていました。急ぎましょう」

「敵なら斬る。装置なら壊す。勇者は前に出るな」

「最後だけ毎回入りますね」

「必要だからだ」

 

 正論だった。

 

 遺跡は苔に覆われ、壁も階段も崩れかけていた。中央の広場には魔法陣が描かれ、その周囲で小型魔物が倒れている。

 

 死んではいない。薬か魔法で、動きを止められているようだった。

 

「実験跡ね。魔物の強化か制御だと思う」

「趣味が悪いな」

 

 戦士が大剣へ手をかけた直後、広場の奥から乾いた拍手が聞こえた。

 

「素晴らしい。噂通り、勇者一行が来た」

 

 石柱の陰から、一人の男が現れる。黒い外套、白い手袋、片眼鏡。腰には薬瓶や器具が並び、細身ながら周囲には重い魔力が満ちていた。

 

 視界の隅に文字が浮かぶ。

 

 魔王軍四天王。

 研究者。

 レベル82。

 

 高い。

 

 そして今の俺は、レベル5。

 

 かなり無理だった。

 

「四天王……」

 

 僧侶が息を呑み、戦士はすぐに俺の前へ出る。

 

「魔王軍か」

「その通り。戦闘より研究を好むが、四天王の一人ではある」

 

 研究者は俺ではなく、背中の箱を見た。

 

 勇者用歯磨きセット。

 

「それだ」

 

 目が嫌な輝き方をした。

 

「歯磨き前はレベル5、歯磨き後はレベル99。効果時間は約30分。他者による口腔ケアで発動し、担当者や道具によって反応が変化。膝枕状態では追加効果」

「情報が多い」

 

 魔法使いの表情が険しくなる。

 

「噂以上に調べてるわね」

「複数の村と宿場町で同じ証言が出た。ありえない現象だからこそ、研究する価値がある」

 

 研究者は俺を指した。

 

「少し捕まってもらおう」

「嫌です」

「拒否が早いな」

「研究されたい勇者はいません」

 

 研究者は首を傾げた。

 

「命は取らない。歯磨き前後の魔力差、精神状態、担当者差、道具差、姿勢差、発動速度、効果時間、出力変化を記録するだけだ」

「嫌な項目が多い」

 

 研究者だけは長い。

 

 魔法使いが俺の前へ立つ。

 

「研究なら私もしてる。敵に渡す必要はない」

「魔力感応式の精密ブラシを使う魔法使いか。磨き残しを許さないと報告にあった」

「そこまで広まってるの!?」

「君の資料も見たい」

「見せない」

「なら、勇者ごと確保する」

 

 研究者が指を鳴らした。

 

 魔法陣が光り、倒れていた魔物たちが一斉に起き上がる。強化されたスライム、角兎、牙猪。体へ管を埋め込まれた個体までいた。

 

「魔物を実験に使ったのですか」

「大切な研究材料だ」

「……許せません」

 

 僧侶の声が低くなる。

 

「勇者、下がれ」

「はい」

 

 戦士に言われるまでもなく下がった。レベル5で四天王と強化魔物の前へ出る気はない。

 

「本当に前へ出ないのか。発動前は護衛が必要、と」

「観察するな!」

 

 魔法使いの氷弾を、研究者が障壁で受け流す。

 

 強化魔物が動き、戦士が牙猪の突進を止めた。魔法使いは角兎を押し返し、僧侶の結界が俺を守る。数が多く、普通の魔物よりしぶとい。

 

「私は勇者の発動が見たい」

 

 研究者が再び指を鳴らした。

 

 魔法陣から黒い鎖が伸び、戦士の足、僧侶の結界、魔法使いの杖へ絡みつく。

 

「さあ、誰に磨いてもらう?」

 

 嫌な質問だった。

 

 戦士は足を取られ、僧侶は結界維持で動けない。魔法使いも杖へ絡んだ鎖を解除している。

 

 担当者がいない。

 

「またこの流れですか!?」

 

 ハルト村でもあったが、今回は目の前に村娘はいない。いるのは魔王軍四天王である。

 

「私が磨いても構わないぞ」

「絶対嫌です」

「敵側担当時のデータが取れる」

「言い方が最悪です」

 

 戦士が鎖を引いた。

 

「勇者、時間を稼げ!」

「レベル5で!?」

「後ろにいろ!」

「どっちですか!」

 

 魔法使いの杖から青い光が走り、鎖が砕ける。

 

「私がやる!」

「魔法使いさんが?」

「敵に磨かせるよりマシよ!」

 

 魔法使いは精密ブラシを取り出した。

 

「立ったまま短縮版。口を開けて」

「敵が見ています」

「私だって見られてるわよ!」

 

 僧侶が結界を強め、戦士が魔物を抑える。俺は観念して口を開けた。

 

 魔法使いの短縮仕上げは、発動に必要な場所だけを正確に通していく。普段より短いが、雑ではない。

 

「動かないで」

「研究者が見ています」

「だから早く終わらせるの」

 

 研究者は記録板へ書き込んでいた。

 

「敵前短縮式精密仕上げ。発動前から魔力変化あり」

「実況するな!」

 

 魔法使いと戦士が同時に怒鳴る。

 

 短い歯磨きが終わり、俺は口をすすいだ。

 

 胸の奥で光が弾ける。

 

 レベル99。

 

 研究者が息を呑んだ。

 

「本当に跳ね上がった……」

 

「観察は終わりです」

 

 俺は剣を抜き、地面を蹴った。

 

 強化牙猪を弾き、角兎の群れを薙ぎ払う。戦士も鎖を引きちぎり、魔法使いは魔法陣を焼いた。僧侶は、倒れた魔物を守るように結界を広げる。

 

「可能なら、殺さずに止めてください」

「やります」

 

 俺は剣の腹で魔物を叩き、戦士は峰打ちで倒した。魔法使いの拘束魔法が残った個体を止める。

 

 研究者が制御杖へ手を伸ばした瞬間、俺は一気に間合いを詰め、それを弾き飛ばした。

 

「速い」

 

 紫色の煙が広がる。

 

 だが、レベル99なら魔力の流れが見える。煙の薄い場所を抜け、背後へ回った。

 

 剣を突きつける。

 

「終わりです」

 

 研究者は両手を上げた。

 

 そして、なぜか笑っていた。

 

「素晴らしい!」

「降参してください」

「発動前は護衛必須。敵前短縮式でも発動可能。発動後は四天王級を上回り、仲間の指示に即応。出力制御も――」

「長い」

 

 魔法使いが額を押さえる。

 

「面倒なタイプだわ」

「魔法使いさんより?」

「私より面倒」

 

 研究者は剣を向けられたまま俺を見た。

 

「もう一度、発動条件を観察させろ」

「嫌です」

「担当者別の比較を」

「嫌です」

「道具別でもいい」

「嫌です」

「敵側担当時の発動可否を」

「絶対嫌です」

 

 研究者は真顔になった。

 

「なら、磨かせろ」

 

 広場が静かになった。

 

「斬るか?」

「待ってください」

 

 戦士を止め、僧侶が前へ出る。

 

「降伏しています。まずは魔物を助けましょう」

 

 魔法使いは研究者を睨んだ。

 

「実験に使ったことも、勝手に記録したことも許さない」

「共同研究なら?」

「しない」

「助手として」

「しない」

「歯磨き担当候補として」

「もっとしない」

 

 研究者は少し考える。

 

「信頼が発動条件に関わるなら、まず信頼構築からか」

「始めないでください」

 

 研究者は倒れた魔物を見回した。

 

「強化解除薬がある。戻せる個体もいる」

 

 僧侶の表情が変わる。

 

「本当ですか?」

「自分の実験体の状態は把握している」

「信用できないわ」

「なら監視しろ」

「言われなくてもする」

 

 研究者は拘束されたまま、魔法使いの監視下で処置を始めた。薬を使い、制御管を外し、魔法陣を止める。すべては救えなかったが、いくつかの魔物は元の状態へ近づいた。

 

「命を弄ぶ研究はやめてください」

「魔王軍では成果が求められる」

「それでもです」

 

 僧侶の静かな言葉に、研究者は少し黙った。

 

 だが、すぐに俺を見る。

 

「ふざけた条件で強くなる割に、戦い方は真面目だな」

「条件と戦い方は関係ありません」

「他者へ委ねる加護だから、仲間の声が出力へ影響する可能性もある」

「全部研究にしないでください」

 

 魔法使いが小さく唸った。

 

「仮説としては、少し分かるのが嫌」

「魔法使いさん?」

「少しだけよ」

 

 研究者は嬉しそうに笑う。

 

「なら、やはり観察を」

「必要ありません」

 

 研究者は王国へ連行することになった。

 

 四天王を生きたまま運ぶのは危険だが、魔物の強化解除や魔王軍の情報を持っている。戦士は警戒を続け、魔法使いは器具をすべて取り上げ、僧侶は傷ついた魔物の状態を確認した。

 

 研究者本人だけが上機嫌だった。

 

「王国に着いたら、もう一度発動を」

「嫌です」

「前後の魔力差だけでも」

「嫌です」

「歯ブラシの種類別比較を」

「嫌です」

 

「黙らせるか」

「お願いします」

 

 魔法使いが拘束具へ沈黙魔法を加えた。

 

 研究者の声が消える。

 

 助かった。

 

 だが、地面へ指で文字を書き始めた。

 

『観察希望』

 

 しぶとい。

 

「敵側まで巻き込まれ始めたわね」

「魔物の処置に協力したことは事実です」

「油断するな。敵だ」

「分かっています」

 

 俺は拘束された研究者を見る。

 

 俺を捕まえ、研究しようとした魔王軍四天王。そのはずなのに、最後には「磨かせろ」と言い出した。

 

 敵側まで歯磨きに巻き込まれ始めている。

 

 嫌な流れだった。

 

「勇者。次からは情報を渡すな」

「俺が渡したわけではありません」

 

 僧侶も表情を引き締める。

 

「魔王軍に条件が知られました。今後は対策される可能性があります」

 

 魔法使いは指を折った。

 

「発動前を狙う。担当者を拘束する。歯磨きセットを奪う」

 

 急に現実的な脅威になった。

 

 俺は背中の箱を抱え直す。今までは恥ずかしい神器だったが、敵に狙われるなら命綱である。

 

「気をつけます」

 

 研究者が、また地面へ文字を書いた。

 

『保管方法も重要』

 

「黙っていてください」

 

 声は出ないのに、うるさい。

 

「でも、保管方法は見直した方がいいわね」

「乗らないでください」

「必要だから言ってるの」

「王国へ戻ったら管理を見直す」

「消毒と予備の整理も必要ですね」

 

 話が広がっていく。

 

 敵の研究者が加わったことで、俺の歯磨き管理はさらに厳しくなりそうだった。

 

 世界を救う旅は進んでいる。魔王軍の四天王とも、ついに接触した。

 

 ただし、最初の四天王は俺を倒すより研究したがり、最後には歯磨き担当候補になりかけた。

 

 おかしい。

 

 だが、これが俺の旅なのだろう。

 

 歯磨き前はレベル5。歯磨き後はレベル99。

 

 敵にまで条件を知られ、研究対象にされる勇者。

 

 俺は空を見上げた。

 

 異世界の空は、今日も綺麗だった。

 

 その下で、拘束された四天王が新しい文字を書いている。

 

『次は私のブラシ案を試したい』

 

 俺は見なかったことにした。




次回予告
 
第二の四天王
「歯磨きで得た力など、真の強さではない!」
 
勇者
「言いたいことは分かります」
 
戦士
「だが、磨かないとレベル5だ」
 
僧侶
「勇者様には必要なケアです」
 
魔法使い
「発動する以上、戦力として使うべきね」
 
第二の四天王
「そのような儀式で得た力、我が武で打ち砕く!」
 
勇者
「儀式と言われると、余計に恥ずかしいんですが」
 
次回、第12話
「第二の四天王、歯磨きの力を認めない」
 
勇者、今度は歯磨きで得た強さそのものを否定される。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。