他人に歯磨きしてもらわないとレベル99になれない勇者です   作:きのこ大三元

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第12話「第二の四天王、歯磨きの力を認めない」

第一の四天王、研究者を王国へ引き渡してから、魔王軍の動きが変わった。

 

 それまでは各地で魔物が増え、魔力溜まりが発生する程度だった。十分に困るが、被害は散発的だった。

 

 だが、研究者が捕まってからは違う。

 

 魔王軍は明らかに、こちらを見て動いている。

 

 特に俺を。

 

 歯磨き前はレベル5。歯磨き後はレベル99。効果時間は約30分。他人に磨いてもらわなければ、加護は発動しない。

 

 その条件が、敵にも知られてしまった。

 

 最悪である。

 

「勇者、歯磨きセットの確認はしたか」

 

 街道を歩きながら、戦士が言った。

 

「歯ブラシ、歯磨き粉、コップ、白い布、予備の獣毛ブラシ。全部あります」

「よし」

 

 僧侶は俺の体調を確認し、魔法使いは背中の箱へ視線を向ける。

 

「敵に狙われるかもしれない。なるべく体から離さないで」

「歯磨き粉が戦略物資になってる」

「実際そうでしょ」

 

 否定できなかった。

 

 聖剣ではなく、歯磨きセットが命綱。

 

 勇者伝説として、やはり何かがおかしい。

 

 今日の目的地は、王都と北方の村を繋ぐ山道だった。魔王軍らしき影が現れ、商人の荷馬車も薬草運びも止まっている。

 

 山道へ入ると、空気が変わった。冷たい風が岩場を抜け、道の中央には壊れた荷車の車輪が転がっている。

 

 魔物の気配は少ない。

 

 むしろ、不自然なほど静かだった。

 

「いるな」

 

 戦士が大剣へ手をかける。

 

「魔力反応は一つ。かなり大きいわ」

 

 魔法使いも杖を構えた。

 

「強敵ですね」

 

 僧侶の言葉に、俺は背中の箱を握った。

 

 強敵。

 

 つまり、歯磨きが必要である。

 

 山道の先、開けた岩場に一人の男が立っていた。

 

 黒い鎧、大きな槍、魔王軍の紋章が入った外套。研究者のような不気味な軽さはなく、立っているだけでこちらを押し返すような圧がある。

 

 視界の隅に文字が浮かんだ。

 

 魔王軍四天王。

 武人。

 レベル88。

 

 研究者より高い。

 

 そして今の俺は、レベル5。

 

 差がひどい。

 

「来たか、歯磨き勇者」

 

 男は低い声で言った。

 

「魔王軍にも、その呼び方で広まってるんですね」

「名より条件が先に届くとは、奇妙な勇者よ」

「俺もそう思います」

 

 武人は槍の石突きを地面へ当てた。

 

「我は魔王軍四天王が一角。武をもって魔王様に仕える者。先の研究者とは違い、実験にも観察にも興味はない」

 

「研究者よりは話が早そうね」

「だが、強い」

 

 魔法使いの呟きに、戦士が返す。

 

 武人は俺を見た。

 

「貴様の噂は聞いている。仲間へ口腔を委ね、奇妙な儀式によってレベル99へ至るという」

「儀式と言われると、余計に恥ずかしいんですが」

「だが、我は認めん」

 

 武人の声が山道へ響いた。

 

「そのような儀式で得た力など、真の強さではない!」

 

 真正面から言われた。

 

 分からなくはない。

 

 歯磨きで強くなるなど、普通に考えれば変だ。戦士も最初は困惑したし、魔法使いも理屈が分からないと言っていた。

 

 正統派の武人に認めろという方が難しい。

 

「貴様自身が鍛え、積み上げた力ではない。他者に磨かれ、加護へ頼る。それで魔王軍に挑むというのか」

 

 槍先がこちらへ向く。

 

「真の強さとは、己で掴むものだ」

 

 たぶん正しい。

 

 少なくとも、かっこいい。

 

 普通の勇者なら、ここで修行や覚醒の話になるのだろう。

 

 だが、俺は違う。

 

 歯磨き前はレベル5。このまま挑めば、最初の一撃で終わる。

 

「戦士さん」

「なんだ」

「俺、磨かずに勝てます?」

「無理だ」

 

 即答だった。

 

「相手はレベル88。今のあんたじゃ一瞬ね」

「勇気と無謀は違います」

 

 魔法使いと僧侶も迷わない。

 

 全員正しい。

 

 そして、逃げ道はない。

 

「ならば磨かずに来い。弱さを受け入れ、それでも立つなら、多少は認めよう」

 

 武人が槍を構えた。

 

「ふざけるな」

 

 戦士の声が低くなる。

 

「レベル5の勇者を強敵の前へ出すことを、勇気とは呼ばない。ただの自殺だ」

 

「前衛の女。磨かれねば戦えぬ勇者を守ることに、疑問はないのか」

「ない」

 

 戦士は即答した。

 

「こいつは弱い。歯磨き前は、本当に弱い。だから前へ出すなと何度も言っている」

「なら、なぜ従う」

「磨けば強い。そして、必要なら恥を飲み込んで頼む」

 

 戦士の声はまっすぐだった。

 

「それも戦う覚悟だ」

 

 俺は少し驚いた。

 

「勇者、頼め」

 

 僧侶も静かに頷く。

 

「誰かに頼ることは、弱さだけではありません」

 

 魔法使いは顔を少し赤くして、そっぽを向いた。

 

「仲間に委ねて発動するなら、それを使うのは当然でしょ」

 

 いつもの三人だった。

 

 俺の条件に困惑し、ツッコミ、管理し、それでも必要な時には歯ブラシを握ってくれる。

 

 頼むのは、何度やっても恥ずかしい。

 

 だが、ここで頼まなければ戦えない。

 

「戦士さん」

 

 俺は息を吸った。

 

「俺の歯を、磨いてください」

 

 戦士は短く頷く。

 

「よし」

 

 実戦用ブラシが取り出された。短時間仕上げ用の、少し硬めの歯ブラシだ。

 

「本当に、その姿を敵前で晒すのか」

 

 武人が問う。

 

「晒します」

 

 声は少し震えた。

 

 それでも逃げなかった。

 

「恥ずかしいです。できれば見ないでほしい。でも、俺はこれをしないと戦えない。歯磨き前の俺は弱いから」

 

「口を開けろ」

「はい」

 

 武人が見ている中、戦士の急速仕上げが始まった。

 

 前歯、犬歯、奥歯。発動に必要な場所を、迷いなく短く通していく。

 

「動くな」

「……はい」

「噛むなよ」

「はい」

「変な顔をするな」

「無理です」

「耐えろ」

 

 いつも通りだった。

 

 そのいつも通りが、今は頼もしい。

 

 武人は笑わず、ただ険しい目で見ていた。

 

「すすげ」

 

 俺は口をすすぐ。

 

 その直後、胸の奥で光が弾けた。

 

 手足が軽くなり、視界が澄む。槍先の動き、足の位置、鎧の隙間まで見えた。

 

 レベル99。

 

「これが、俺の戦い方です」

 

「よかろう。その歯磨きで得た力ごと、我が武で打ち砕く」

 

 戦士が下がり、僧侶は結界を張る。魔法使いも杖を構えた。

 

 次の瞬間、武人が踏み込んだ。

 

 速い。

 

 槍の一撃を横へ避け、剣で軌道を弾く。腕へ重い衝撃が走った。

 

 レベル99でも、軽い相手ではない。

 

「なるほど、速い。だが、力に振り回されている」

 

 突き、払い、足元への薙ぎ。槍が休みなく迫る。

 

 技がある。

 

 重さがある。

 

 正面から鍛え上げた、本物の強さだった。

 

「腰が高い! 力で受けるな、流せ!」

 

 戦士の声に従い、槍を斜めに流す。

 

「呼吸を乱さないでください」

「左足に魔力が寄った! 次は突きよ!」

 

 僧侶と魔法使いの声も届く。

 

 俺は一人で戦っているわけではない。

 

 歯磨きで力を得て、仲間の声で動く。

 

 武人の槍をかわし、懐へ踏み込む。剣と槍がぶつかり、火花が散った。

 

「仲間の声に頼るか」

「はい。俺一人では、ここまで戦えません」

「勇者がそれを認めるか」

「認めます」

 

 剣を振り、武人が受ける。

 

「俺は歯磨き前ならレベル5です。強敵相手には普通に死ぬ。だから、磨いてくださいと頼みます。教えてくださいと聞きます。助けてくださいと言います」

 

「恥を捨ててでもか」

「捨ててません」

 

 俺は踏み込み、剣を横へ払った。

 

「恥ずかしいままです!」

 

 刃が鎧へ当たり、金属音が響く。

 

「敵前で磨かれるのは最悪です。噂も広まって、歯磨き勇者と呼ばれています。それでも使います」

 

「なぜだ」

「使わないと守れないからです」

 

 村を、街道を、仲間を守らなければならない時がある。

 

 その時に、恥ずかしいから嫌だとレベル5のまま逃げるなら、それこそ勇者ではない。

 

「だから頼みます。仲間に。俺の歯を磨いてくださいって」

 

 山道へ風が吹いた。

 

 武人は静かに笑う。

 

「妙な覚悟だ」

「俺もそう思います」

「だが、覚悟ではある」

 

 槍の穂先へ黒い炎が灯った。

 

「よかろう。その覚悟ごと受けてやる」

 

 武人が突っ込んでくる。

 

 先ほどまでより速く、重い。

 

「正面から受けるな。踏み込め!」

「落ち着いてください」

「今! 右が空いた!」

 

 三人の声が重なった。

 

 俺は踏み込み、槍の軌道をずらして武人の懐へ入る。剣の柄で鎧の継ぎ目を打ち、崩れたところへ剣の腹を叩き込んだ。

 

 武人が吹き飛び、岩壁へ叩きつけられる。黒い炎が消え、槍が地面へ落ちた。

 

 勝負は決まった。

 

 武人は片膝をつき、やがて低く笑う。

 

「……見事」

 

「まだ動くなら、次は私が相手をする」

 

 戦士が前へ出たが、武人は首を横へ振った。

 

「不要だ。勝負はついた」

 

「降伏してください」

 

 僧侶が近づく。

 

 武人は俺を見た。

 

「歯磨き勇者」

「その呼び方は、できれば」

「なら、勇者よ」

 

 初めて、歯磨きが外れた。

 

「貴様の力を完全には認めん。歯磨きで得た力が真の強さかと問われれば、今も疑う」

 

 正直だった。

 

「だが、恥を飲み込み、弱さを認め、仲間に頼り、それでも前へ出る覚悟は見た」

 

 武人は頭を下げる。

 

「その覚悟は、武人として認めよう」

 

 胸の奥が少し熱くなった。

 

 戦士が頷き、僧侶が微笑む。魔法使いはそっぽを向いた。

 

「今日の勇者は、少しだけかっこよかったんじゃない」

「少しだけですか」

「少しだけ」

 

 それでも嬉しかった。

 

 僧侶が回復魔法をかけると、武人は一瞬拒もうとしたが、すぐに受け入れた。

 

「敗者が意地を張っても意味はない」

「研究者より話が早いな」

「先の男と一緒にするな。あれは魔王軍でも変わり者だ」

「敵にもそう思われてるのね」

 

 魔法使いの呟きに、武人は槍を支えに立ち上がった。

 

「次に会う時、我はさらに強くなっている」

「再戦するんですか?」

「当然だ。貴様がどれほど仲間との連携を磨いたかも見る」

 

 少し嫌だが、悪い言葉ではなかった。

 

「ただし、一つ問う」

「何ですか」

「戦士の歯磨きは、あれで最速なのか」

 

 空気が止まった。

 

「何だと」

 

 戦士の眉が動く。

 

「敵前仕上げとしては速い。だが、奥歯への入りが少し粗い」

 

「分かる」

「魔法使いさん?」

 

 戦士のこめかみが引きつる。

 

「お前、戦闘中に見ていたのか」

「相手の準備を見るのも武人の務めだ」

「歯磨きを?」

「戦闘前儀式だろう」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 武人まで、歯磨き担当の評価を始めた。

 

「確かに、改善の余地はあるかもしれません」

「僧侶まで」

 

 戦士は大剣を肩へ担いだ。

 

「帰ったら練習する」

「するんですか」

「お前を早く戦える状態にするためだ」

 

 やはり真面目だった。

 

「次は、より完成された儀式を見せてもらおう」

「見せません」

 

 武人は聞いていないようだった。

 

 第二の四天王は、その場で拘束されなかった。

 

 研究者のように王国へ運ぶには危険すぎる。本人も魔王軍へ戻り、敗北を報告するつもりらしい。

 

「魔王軍へ戻れば、貴様はさらに警戒される。発動前を狙う者、歯磨きセットを奪う者、担当者を封じる者も出るだろう」

 

「予想通りね」

「発動前の護衛体制を整える必要があります」

「磨いている間の前衛配置を見直す」

 

 三人が即座に対策を始める。

 

「磨かれる前提の作戦が、どんどん本格的になってません?」

「命に関わるからな」

 

 全員が頷いた。

 

 もう逃げられない。

 

 武人は槍を担ぎ、山道の奥へ歩き出す。去り際に振り返った。

 

「勇者よ。力の由来だけが強さを決めるのではない。何のために使うか。それも武の一部だ」

 

「はい」

 

「だが、歯磨きという儀式名は、やはり締まらんな」

「最後にそれ言います?」

 

 武人は低く笑い、山道の奥へ消えた。

 

「厄介な相手だった」

「ですが、勇者様の覚悟を見てくれました」

「歯磨きの力は認めないけど、勇者の覚悟は認めた。筋は通ってるわね」

 

 俺は、敵前で戦士に頼んだ時のことを思い出した。

 

 口を開け、歯ブラシを受け入れ、恥ずかしさを飲み込んで頼む。

 

 普通なら、勇者らしくない。

 

 でも、それで誰かを守れるなら。

 

 俺にとっては、それが勇者の戦い方なのだろう。

 

「勇者。次から急速仕上げを見直す」

「本当にやるんですね」

「粗いと言われたままでは癪だ」

 

「そこなの?」

「そこだ」

 

 魔法使いが笑い、僧侶も頷いた。

 

「では、三人で手順を確認しましょう」

「三人で?」

 

「私が魔力反応を見る。僧侶が顎と歯茎への負担を見る。戦士が時間を詰める」

「俺は?」

 

 三人がこちらを見る。

 

「磨かれる」

 

 知っていた。

 

 第二の四天王は、歯磨きの力そのものを完全には認めなかった。

 

 だが、恥ずかしさを飲み込み、仲間に頼り、それでも前へ出る覚悟は認めた。

 

 歯磨き前はレベル5。歯磨き後はレベル99。

 

 その間にあるのは、恥ずかしさと、仲間に頼る勇気。

 

 たぶん、それが俺の勇者らしさなのだろう。

 

 できれば、もう少しかっこいい形がよかった。

 

「第三の四天王、口腔ケアですねと即理解する」

 

魔王軍側にも、理解の早すぎる世話焼きが現れる。




次回予告
 
第三の四天王
「つまり、勇者様には戦闘前の口腔ケアが必要ということですね」
 
勇者
「理解が早い」
 
戦士
「敵なのに早いな」
 
僧侶
「とても整理が上手な方ですね」
 
魔法使い
「敵よ。感心しないで」
 
第三の四天王
「加護発動、体調管理、歯ブラシの保管、担当者の交代制……管理項目が多すぎますね」
 
勇者
「敵ですよね?」
 
次回、第13話
「第三の四天王、口腔ケアですねと即理解する」
 
魔王軍側にも、理解の早すぎる世話焼きが現れる。
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