他人に歯磨きしてもらわないとレベル99になれない勇者です【完結】   作:きのこ大三元

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第19話「魔王との決着」

 魔王の間は、不気味なくらい静かだった。

 

 青白い炎が黒い石壁を照らし、広間の中央には俺たちと魔王しかいない。兵士は下がらせてあるらしく、外から戦闘音も聞こえなかった。

 

 玉座から立ち上がったのは、黒髪に赤い瞳、角、翼、尻尾、そして鋭い牙を持つドラゴン娘。

 

 見た目だけなら若い女性だ。

 

 魔力だけなら、四天王全員をまとめても届くか怪しい。

 

「勇者。ここまで来たことは認めよう」

 

 魔王は階段を下りながら、俺たちを順番に見た。

 

「四天王を退け、兵を必要以上に殺さず、なぜか歯や牙まで治療して回った」

「最後だけ勇者らしくないですね」

「貴様のせいだ」

 

 即答だった。

 

「研究者は加護の研究。武人は戦闘前儀式。補佐官は軍全体の口腔管理。牙獣将は魔族用歯ブラシの改良案まで持ち込んだ」

「順調ですね」

「順調と言うな」

 

 後ろで魔法使いが笑いを堪えている。

 

 魔王はそれを睨んだあと、声を低くした。

 

「だが、それと戦争は別だ」

 

 空気が変わる。

 

「人間と魔族の間には、土地も資源も恨みもある。歯ブラシ一本で消えるものではない」

「そこまで万能だとは思ってません」

「それでも戦を止めろと言うのか」

「はい」

 

 迷わなかった。

 

「戦わなくていい理由が、少しずつ増えましたから」

 

 研究者とは戦ったあと話せた。武人とは力を認め合えた。補佐官とは兵士の健康について協力し、牙獣将とは魔族の牙を守る方法を考えた。

 

 全部、始まりは歯磨きだった。

 

 締まらないけど、変わったものはある。

 

「一部だけだ」

「一部でも、前よりは多いです」

 

 魔王の赤い目が細くなる。

 

「甘いな」

「よく言われます」

「死ぬぞ」

「それも、よく言われます」

 

 戦士が後ろで小さく頷いた。

 

 たぶん本当に何度も言われている。

 

「なら、その甘さが余の前でも通じるか試してみろ」

 

 魔王の翼が開いた。

 

 次の瞬間、魔力が爆発する。

 

「来るぞ!」

 

 戦士の声と同時に、魔王が消えた。

 

「右!」

 

 魔法使いの指示で剣を向ける。

 

 爪と聖剣がぶつかり、腕が痺れた。受け止めたはずなのに、そのまま足元の石が割れる。

 

 重い。

 

 続けて尻尾。

 

 身を沈めてかわすと、魔王は翼を打って上空へ逃げた。

 

「飛べるの、ずるくないですか!」

「魔王に公平さを求めるな!」

「正論!」

 

 上から魔力弾が降る。

 

「結界!」

 

 僧侶の光壁が受け止めた隙に、俺と戦士が左右へ分かれる。魔法使いの氷が魔王の着地点を狭め、そこへ俺が踏み込んだ。

 

 レベル99。

 

 三人共同仕上げのおかげで体は軽い。

 

 それでも、魔王は強かった。

 

 爪、翼、尻尾、炎。全部が速く、一撃が重い。四天王の誰か一人の長所を伸ばしたというより、全部を高い水準で持っている。

 

「悪くない」

 

 俺の剣を爪で受けながら、魔王が笑う。

 

「歯を磨かれた後だけはな」

「そこは言わなくていいです!」

 

 青黒い炎が飛ぶ。

 

 剣で割り、横へ抜ける。

 

 その瞬間、魔王が右の牙を噛み締めた。

 

 わずかに顔が歪む。

 

「右ね」

 

 魔法使いも気づいた。

 

「力を入れるたび、牙の根元の魔力が乱れてる」

「言うな」

「図星なんですね」

「言うなと言った!」

 

 尻尾が飛んでくる。

 

「痛いからって八つ当たりしないでください!」

「痛くない!」

「その会話、牙獣将でもやりました!」

「余とあれを一緒にするな!」

 

 強く噛んだせいで、今度は明確に動きが止まった。

 

「ほら!」

「黙れ!」

 

 また炎。

 

 威厳はある。

 

 反応だけは牙獣将と同じだった。

 

「勇者様!」

 

「分かってます!」

 

 正面から押すだけでは勝てない。

 

 なら、いつも通り仲間に頼る。

 

「魔法使いさん、右側の魔力を見てください! 僧侶さんは戦士さんの補助!」

「了解!」

「はい!」

「戦士さん!」

「言われなくても分かっている!」

 

 戦士が正面から突っ込む。

 

 大剣と爪が激突し、その瞬間、魔法使いが叫んだ。

 

「今!」

 

 魔王の右顎へ力が入る。

 

 魔力が乱れる。

 

 でも牙は狙わない。

 

 俺は足元へ聖剣を叩き込んだ。

 

 床が砕け、魔王の体勢が崩れる。開こうとした翼を戦士が大剣の腹で押さえ、僧侶の拘束魔法が脚へ絡みつき、魔法使いの氷がもう片方の翼を止めた。

 

 踏み込む。

 

 聖剣を振り上げる。

 

 魔王の目が、まっすぐ俺を見る。

 

 振り下ろした。

 

 ――止めた。

 

 刃は、首のすぐ横。

 

 あと少し動かせば届く。

 

 広間が静まり返った。

 

「……なぜ止める」

 

「勝ったからです」

 

「余はまだ生きている」

 

「だから何ですか」

 

 魔王の眉が動いた。

 

「殺さなければ、また戦うかもしれん」

「その時はまた止めます」

「簡単に言うな」

「簡単じゃなかったですよ」

 

 息は切れているし、腕も痛い。

 

 三人がいなければ、まず勝てなかった。

 

「でも、俺は魔王を殺すためだけにここまで来たわけじゃありません」

 

 剣を下ろす。

 

「最初は、魔王を倒せって言われて来ました。でも途中で四天王と会って、魔族の兵士とも話して、少し変わったんです」

 

 敵にも生活がある。

 

 飯を食う。眠る。部下を心配する。

 

 そして歯も痛くなる。

 

「魔王様も同じです」

「余も?」

「牙、痛いんですよね」

 

 魔王の顔が固まった。

 

「今そこで戻るのか」

「大事なので」

「余の敗北を歯の話で締めるな」

 

 怒られた。

 

 でも僧侶は普通に前へ出る。

 

「勇者様の言う通りです」

「僧侶まで」

「戦争はすぐに答えを出せなくても、痛みを我慢する必要はありません」

 

 魔王が少し引いた。

 

「余は負けたばかりだぞ」

「はい」

「その相手から牙の治療を勧められている」

「健康とは別問題です」

 

 僧侶は強かった。

 

 魔法使いも杖を下げる。

 

「それに、魔王軍全体で歯や牙の問題が出てるんでしょ。魔王本人が『手入れは弱さじゃない』って認めれば、隠す兵士も減るんじゃない?」

 

 魔王は答えない。

 

「兵は上を見る」

 

 戦士も大剣を下ろした。

 

「魔王が隠せば、部下も隠す」

 

 青い炎だけが揺れている。

 

 やがて魔王は立ち上がり、翼を畳んだ。

 

「……余の敗北だ」

 

 はっきり言った。

 

「勇者。貴様の力だけに負けたとは思わぬ」

「俺もそう思います」

 

 戦士、僧侶、魔法使いを見る。

 

「一人だったら無理でした」

 

「潔いな」

「事実なので」

 

 魔王は少しだけ笑う。

 

「だが、他者の力を借りることも含めて、貴様の強さなのだろう」

 

 胸の奥が少し熱くなった。

 

「ありがとうございます」

「調子に乗るな」

 

 すぐ戻った。

 

「戦争について、すぐ全てを止めるとは言えぬ。人間側にも魔族側にも条件はある」

 

「分かっています」

 

「だが」

 

 魔王は玉座へ戻る途中で足を止めた。

 

「話し合いは受けよう」

 

 一瞬、誰も声を出さなかった。

 

「本当に?」

「二度言わせるな」

「はい」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 ここまで来た意味はあった。

 

「では」

 

 僧侶が明るく言った。

 

「まず牙の状態を確認しましょうか」

 

「なぜそうなる」

 

「戦闘が終わりましたので」

 

「休戦交渉が先ではないのか」

「痛みがある状態では集中できません」

 

 魔王が黙った。

 

 魔法使いが小さく笑う。

 

「諦めた方がいいわよ。僧侶、こういう時は強いから」

「なるほど」

 

 納得された。

 

 俺は聖剣を鞘へ戻す。

 

 その瞬間、全身から力が抜けた。

 

「あ」

 

 膝が落ちる。

 

「勇者!」

 

 戦士に肩を支えられた。

 

「大丈夫です」

「加護が切れたのね」

 

 魔法使いが確認する。

 

「完全にレベル5」

 

 魔王がこちらを見る。

 

 さっきまで互角に戦っていた相手が、急に弱くなった。

 

「……本当に落ちるのだな」

「はい」

「そこまで極端なのか」

「はい」

 

 少し引かれた。

 

「では、もう一度戦うには?」

 

 全員が黙った。

 

 嫌な流れだ。

 

「勇者」

「はい」

「答えろ」

 

 逃げられない。

 

「誰かに歯を磨いてもらいます」

 

 沈黙。

 

「……また?」

 

「またです」

 

「今、三人がかりで磨かれていたばかりだろう」

「効果時間があるので」

「不便すぎないか」

「俺もそう思います」

 

 初めて魔王と完全に意見が一致した。

 

 戦士が俺を近くの椅子へ座らせる。

 

「決着はついた。再発動までは必要ない」

 

「ですね」

 

 僧侶も頷いた。

 

 ところが、魔法使いが魔王を見る。

 

 嫌な予感がした。

 

「でも、せっかくだし」

「何ですか」

 

「魔王が磨いても、加護が発動するか確認できるんじゃない?」

 

 止まった。

 

 俺も。

 

 魔王も。

 

「魔法使いさん」

「本人同士が同意すれば問題ないでしょ」

「確かに、条件確認としては意味がありますね」

 

 僧侶まで考え始める。

 

「僧侶さん?」

 

 戦士も腕を組んだ。

 

「魔王の力加減を見る価値はある」

 

「戦士さんまで?」

 

 魔王の顔が引きつる。

 

「待て」

 

 全員が見る。

 

「なぜ余が」

 

 声が低くなった。

 

「魔王たる余が」

 

 さらに低くなる。

 

「勇者の歯など磨かねばならんのだ!」

 

 声が広間へ響き、青い炎が大きく揺れた。

 

 その直後。

 

「……っ」

 

 魔王が右顎を押さえる。

 

 僧侶がすぐに近づいた。

 

「大声は控えてください」

 

「……」

 

 魔王が黙った。

 

 決着はついた。

 

 戦争も、ほんの少しだけ終わりへ動き始めた。

 

 なのに次に始まりそうなのは、魔王による勇者の歯磨きだった。

 

 世界を救う最後の一歩として、本当にそれでいいのだろうか。

 

 たぶん、今さらだった。




次回予告
 
魔王
「なぜ余が勇者の歯など磨かねばならん!」
 
魔法使い
「比較実験よ」
 
魔王
「余は研究者ではない!」
 
戦士
「力加減を見る」
 
魔王
「戦士まで乗るな!」
 
僧侶
「まず手を洗ってください」
 
魔王
「もう手順が始まっている!?」
 
勇者
「俺の同意は?」
 
全員
「取ります」
 
勇者
「そこは大事なんですね」
 
次回、第19.5話
「魔王様、勇者の歯を磨く」
 
魔王、最大級の屈辱へ。
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