他人に歯磨きしてもらわないとレベル99になれない勇者です   作:きのこ大三元

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第4話「戦士、レベル5の勇者にキレる」

 初戦闘の翌日。

 

 俺は、王都近郊の草原に来ていた。

 

 昨日、王女様に歯を磨いてもらい、レベル99になった俺は、王都近くに現れた魔物の群れをなんとか撃退した。狼型モンスターを横払いで吹き飛ばし、巨人を縦に振っただけで真っ二つにした。王国騎士たちは驚き、王女様は城壁の上で加護の発動を確認し、俺自身も「歯磨き後の勇者は本当に強い」と認めざるを得なかった。

 

 だが、問題はその後だ。

 

 歯磨き後はレベル99。

 歯磨き前はレベル5。

 

 その差が、あまりにも大きすぎる。

 

 昨日の戦闘が終わり、王城へ戻る途中で歯磨きバフは切れた。視界の隅に表示されていた残り時間が0になった瞬間、体の奥に満ちていた力はすっと消え、手足の軽さも、視界の鋭さも、戦闘の感覚も、嘘みたいになくなった。

 

 レベル99の俺は、巨人を真っ二つにできた。

 

 レベル5の俺は、王城の階段を少し急いで上っただけで息が乱れた。

 

 落差がひどすぎる。

 

 だからこそ、確認しておきたかった。

 

 歯磨き前の俺は、実際どれくらい弱いのか。

 

 もちろん、王女様や騎士たちには止められた。

 

「勇者様、単独行動は危険です」

「歯磨き前の状態で魔物と遭遇した場合、対応できない可能性があります」

「最低でも護衛をつけてください」

 

 もっともな意見だった。

 

 だが、俺としても自分の弱さを知らないまま戦場に出る方が怖かった。毎回、都合よく歯磨き後の状態で戦えるとは限らない。時間切れ、奇襲、移動中の遭遇、担当者不在。考えれば考えるほど、レベル5の状態を把握しておく必要がある。

 

 なので、俺は王都の門からあまり離れない範囲で、昨日の戦場跡を見に行くことにした。

 

 建前としては、戦場確認。

 

 本音としては、レベル5の実力確認。

 

 結果から言うと、かなり甘かった。

 

 草原には、昨日の戦いの跡がまだ残っていた。

 

 俺が狼型モンスターを薙ぎ払った場所には、草が横一文字に倒れている。巨人を斬った場所には、地面に細い溝が走り、周囲の土が少し焦げたように黒ずんでいた。あれを自分がやったのだと思うと、今でも信じられない。

 

 腰には、昨日支給された鋼の剣がある。

 

 王国騎士と同じ、普通よりは少し良いくらいの剣。

 

 昨日は軽く感じたそれが、今は普通に重い。

 

 鞘に収まった状態でも、腰のベルトが引っ張られる。歩くたびに、刃の重さが体の横で揺れる。レベル99の時には棒切れみたいだった武器が、レベル5の今ではちゃんと鉄の塊だった。

 

「……昨日の俺、よくこれ振り回してたな」

 

 俺は小さく呟いた。

 

 その時、草むらの向こうで何かが跳ねた。

 

 ぷるん。

 

 そんな音がした。

 

 見れば、青く半透明な塊が、草の上をゆっくり跳ねている。

 

 スライムだった。

 

 異世界の定番。

 

 丸い体。つぶらな目。水まんじゅうみたいな見た目。魔物と呼ぶには、少しだけ可愛げがある。

 

 視界の隅に、文字が浮かぶ。

 

 スライム。

 レベル3。

 

「レベル3……」

 

 昨日の俺なら、視界に入った瞬間に倒せたかもしれない。

 

 だが、今の俺はレベル5。

 

 相手よりは少し上。

 

 それでも、全然安心できない。

 

 スライムが、こちらへ跳ねてくる。

 

 ぷるん。

 

 遅い。

 

 たぶん、遅い。

 

 でも昨日の狼型モンスターみたいに止まって見えるわけではない。ちゃんと動いている。ちゃんと近づいてくる。しかも、意外と勢いがある。

 

 俺は剣の柄を握り、鞘から引き抜いた。

 

 重い。

 

 本当に重い。

 

 昨日は自然に構えられたのに、今日は剣先が少し下がる。腕に力を入れないと、刀身が安定しない。足の位置も、腰の向きも、呼吸の置き方も、何もかも自分で考えないといけなかった。

 

 レベル99の自動補正がない。

 

 今の俺は、ただの素人に少し毛が生えたくらいだ。

 

「よし……」

 

 スライムが跳ねる。

 

 俺は剣を振った。

 

 横払いのつもりだった。

 

 だが、剣は思ったより遅く、思ったより重く、思ったより不格好に空気を切った。刀身の先がスライムの体に当たり、青い半透明の体がぐにゃりと歪む。

 

 手応えが気持ち悪い。

 

 斬ったというより、押し潰したような感覚だった。

 

 スライムは草の上を転がり、少し震えた後、光の粒になって消えた。

 

「……倒せた」

 

 倒せた。

 

 倒せたが、全然格好よくない。

 

 腕が少し痺れている。肩にも力が入っている。息も少し上がっている。

 

 レベル3のスライム1体でこれだ。

 

 昨日の巨人が相手だったら、間違いなく死んでいた。

 

「これ、思ったよりまずいな……」

 

 自分で確認しに来たことだが、確認しなければよかった気もしてきた。

 

 その時、草むらの奥から、また音がした。

 

 ぷるん。

 

 ぷるん。

 

 ぷるん。

 

 嫌な予感がした。

 

 草の陰から、青い半透明の塊が次々に現れる。1体、2体、3体。さらに奥から、小さな角の生えた兎型の魔物まで顔を出した。

 

 視界の隅に文字が浮かぶ。

 

 スライム。レベル3。

 スライム。レベル3。

 角兎。レベル6。

 

「いやいやいや」

 

 レベル6。

 

 俺より高い。

 

 しかも、1体ではない。

 

 さっきまで静かだった草原が、急に魔物の気配で満ちていく。昨日の戦いで散った魔力に引き寄せられたのか、それとも単に俺が気づいていなかっただけなのかは分からない。

 

 分かるのは、今の俺が1人だということだけだ。

 

 歯磨き後ではない。

 

 レベル99ではない。

 

 王女様もいない。

 騎士もいない。

 もちろん、今ここで誰かが歯を磨いてくれるわけでもない。

 

 手元には鋼の剣。

 

 状態はレベル5。

 

 相手は複数。

 

 普通にまずい。

 

「落ち着け。落ち着け俺。スライムなら倒せた。角兎は……レベル6だけど、1差ならなんとか……」

 

 角兎が地面を蹴った。

 

 速い。

 

 スライムとは違う。

 

 小さな体が草の間を一直線に走り、額の角がこちらの足元を狙ってくる。

 

 俺は慌てて剣を下ろした。

 

 金属と角がぶつかる。

 

 手首に衝撃が走った。

 

「重っ……!」

 

 たかが兎。

 

 そう思いたかった。

 

 だが、異世界の魔物は普通の兎ではなかった。小さな体から出る突進の衝撃は、予想以上に重い。剣で受けただけなのに、腕が跳ね上がり、足元が少しよろける。

 

 そこへ、スライムが横から跳ねてきた。

 

 体当たり。

 

 柔らかいのに、地味に痛い。

 

 脇腹に当たり、俺は草の上でバランスを崩した。

 

「まずい、これ、かなりまずい!」

 

 俺は剣を振る。

 

 スライムを1体弾く。

 

 だが、角兎がまた回り込む。別のスライムが足元にまとわりつく。剣を振るたびに腕が重くなり、息が上がり、視界が狭くなっていく。

 

 昨日とは別物だ。

 

 昨日の俺なら、魔物の動きが遅く見えた。足場も、敵の位置も、味方の配置も、全部が自然に分かった。

 

 今は違う。

 

 草の揺れに気を取られる。

 足元のぬかるみに引っかかる。

 剣の重さに腕が遅れる。

 1体を見れば、別の1体を見失う。

 

 レベル5。

 

 その数字が、急に重く感じた。

 

「くそっ……!」

 

 角兎が跳ぶ。

 

 俺は剣を構えようとした。

 

 間に合わない。

 

 額の角が、胸当ての隙間を狙ってくる。

 

 その瞬間。

 

 赤い影が、俺の前に割り込んだ。

 

 金属の靴底が、草を踏み潰す。

 

 赤い鎧の脚が、角兎の突進を真正面から蹴り飛ばした。

 

 角兎の体が弾丸みたいに飛び、遠くの草むらへ消えていく。

 

「は?」

 

 俺が間抜けな声を出すより早く、その人影は腰の大剣を抜いた。

 

 赤い鎧。

 肩まで伸びた赤茶色の髪。

 背中に背負った幅広の大剣。

 鋭い目つきと、迷いのない足運び。

 

 視界の隅に文字が浮かぶ。

 

 戦士。

 レベル72。

 

 高い。

 

 めちゃくちゃ高い。

 

 少なくとも、今の俺とは比べものにならない。

 

 赤い鎧の戦士は、大剣を片手で振った。

 

 横薙ぎ。

 

 それだけで、スライムがまとめて吹き飛ぶ。続けて踏み込み、残った角兎を大剣の背で叩き落とす。動きに迷いがない。敵の位置を確認し、足場を選び、俺に近づかせないように魔物を処理していく。

 

 あっという間だった。

 

 俺が息を整える前に、周囲の魔物はすべて光の粒になって消えていた。

 

 草原に残ったのは、倒れかけた俺と、赤い鎧の戦士だけだった。

 

「……助かりました」

 

 俺がそう言うと、戦士は大剣を肩に担ぎ、じろりとこちらを見た。

 

「お前が勇者か?」

「はい。一応」

「一応じゃねえ。王国が召喚した勇者だろ」

「そうです」

 

 戦士は俺の顔を見て、腰の剣を見て、足元の草と消えかけた魔物の光を見た。

 

 それから、低い声で言った。

 

「レベルは?」

「今は5です」

 

 戦士の眉が跳ねた。

 

「は?」

「歯磨き前なので」

「歯磨き前?」

「説明すると長いんですが、俺は他人に歯を磨いてもらわないとレベル99になれなくて」

 

 戦士は一瞬、完全に止まった。

 

 風が草原を抜ける。

 

 赤い鎧の金具が小さく鳴る。

 

 数秒後、戦士は深く息を吸った。

 

「……よし。そこは後で聞く」

「はい」

「今はそれより先に言うことがある」

 

 戦士は一歩近づき、俺の胸当てを指で突いた。

 

「レベル5で前に出るな!」

 

 怒鳴られた。

 

 草原に、ものすごく真っ当な怒声が響いた。

 

「す、すみません」

「謝るくらいなら来るな! 昨日、ここで魔物が出たんだろうが! 戦場跡に1人で来て、レベル3のスライム相手に息を切らして、レベル6の角兎に殺されかける勇者がどこにいる!」

「ここに……」

「開き直るな!」

 

 正論だった。

 

 完全に正論だった。

 

 王女様や騎士たちに止められた時点で、やめておくべきだった。

 

 戦士は俺の鋼の剣を見て、さらに顔をしかめる。

 

「剣の持ち方も危なっかしい。足運びも素人。防具の使い方も分かってない。お前、歯磨き後は強いらしいが、歯磨き前は本当にただの素人に近いな」

「言い方はきついですけど、事実です」

「事実だから言ってるんだよ」

 

 戦士は大剣を背中に戻し、俺の周囲を一度確認した。新しい魔物の気配がないことを確かめてから、王都の方へ視線を向ける。

 

「私は、王国の勇者パーティ募集に応じて来た戦士だ。前衛担当として招かれた。最初の依頼は、城を抜け出した勇者を探すこと」

「抜け出したわけでは」

「護衛を置いてきた時点で同じだ」

「はい……」

 

 また正論だった。

 

 この戦士、口は悪いが判断は早い。

 

 レベル72。

 

 それだけの数字に見合う実力がある。さっきの魔物の処理を見れば分かる。戦場で何を見るべきか、どこに立つべきか、誰を守るべきかを一瞬で判断していた。

 

 前衛担当。

 

 その言葉が、妙にしっくりきた。

 

「で」

 

 戦士は俺を見る。

 

「お前は、歯を磨かれたらレベル99になるって話だったな」

「はい」

「昨日、巨人を斬ったのもその状態か」

「はい。王女様に歯を磨いてもらった後です」

 

 戦士は額に手を当てた。

 

「情報量が多いな……」

「俺もそう思います」

「王女に何をさせてんだ、お前は」

「俺がさせたわけではないです。必要だったんです」

「必要なのが一番面倒だな」

 

 戦士はしばらく黙っていたが、やがて大きくため息をついた。

 

「確認する。今ここで、お前はレベル99になれるのか?」

「歯磨きセットは持っています。ただ、誰かに磨いてもらわないと無理です」

「自分では?」

「虫歯予防にはなります」

「聞いてねえ」

 

 戦士の目が細くなる。

 

「つまり、戦闘前に誰かが磨く必要がある」

「はい」

「効果時間は?」

「約30分です」

「短い」

「俺もそう思います」

「そのくせ、切れたらレベル5」

「はい」

 

 戦士はもう一度、深く息を吐いた。

 

「分かった。実戦では絶対にレベル5で前に出すな。お前は歯磨き後に前へ出る。それ以外の時間は、後ろに下がれ」

「勇者なのに?」

「勇者でもだ。死んだら終わりだろ」

 

 その言葉は、かなり重かった。

 

 さっき死にかけたばかりだから、余計に刺さる。

 

 勇者。

 

 世界を救う人。

 

 でも、レベル5のまま前に出れば、普通に死ぬ。

 

 戦士は、それを感情ではなく実戦の話として言っている。

 

「分かりました」

 

 俺が頷くと、戦士は少しだけ表情を緩めた。

 

「分かればいい。帰るぞ。王女も騎士も心配してる」

「はい」

 

 俺は剣を鞘に戻し、戦士と一緒に王都へ向かって歩き出した。

 

 草原を抜ける間、戦士は周囲を警戒し続けていた。俺の歩く位置を自然に後ろへ下げ、自分が前に出る。魔物の気配がすれば、視線だけで牽制する。さっきまで俺が1人で見ていた草原とは、まるで別の場所に感じた。

 

 前衛がいる。

 

 それだけで、こんなに安心感が違うのか。

 

「ところで」

 

 俺は歩きながら聞いた。

 

「戦士さん、名前は」

「名前は後でいい。まずは城に戻って説教だ」

「まだ続くんですか?」

「当たり前だ。レベル5で戦場跡に出る勇者なんて、説教1回で済むと思うな」

「ですよね……」

 

 王都の門が見えてくる。

 

 門の前には、王国騎士たちが集まっていた。その中には、俺を探していたらしい騎士と、青ざめた顔の侍女、そして城壁の上からこちらを見下ろす王女様の姿もあった。

 

 王女様は、俺が無事だと分かると、胸元に手を当てて安堵したように息を吐いた。

 

 それを見て、申し訳なさが胸に刺さる。

 

 勝手に出たわけではない。

 

 だが、心配をかけたのは間違いない。

 

「勇者様!」

 

 門の内側から騎士が駆け寄ってくる。

 

「ご無事ですか!」

「はい。すみません、少し危なかったです」

「少しではありません」

 

 隣の戦士が即座に言った。

 

「かなり危なかった。レベル5の状態で複数の魔物に囲まれていた。あと少し遅ければ怪我では済まなかったぞ」

 

 騎士たちの顔色が変わる。

 

 王女様も城壁の上で固まった。

 

 俺は小さく頭を下げた。

 

「すみません」

 

 戦士は腕を組み、俺を横目で見る。

 

「謝る相手は私じゃない。お前を支えるために動いてる連中だ」

「……はい」

 

 正論が重い。

 

 この人、たぶん味方としてはかなり頼れる。

 

 ただし、かなり怒る。

 

 王城へ戻ると、王女様が広間で待っていた。

 

 昨日と同じ赤い絨毯。

 高い天井。

 並ぶ兵士たち。

 

 ただし、今日の空気は昨日とは違う。

 

 昨日は勇者召喚と歯磨き条件の困惑。

 

 今日は、レベル5の勇者が勝手に危険を確認しに行って死にかけた件の反省会だった。

 

「勇者様」

 

 王女様が静かに言った。

 

「はい」

「ご無事で何よりです」

「すみませんでした」

「今後、歯磨き前の単独行動は禁止です」

「はい」

 

 即答した。

 

 戦士が隣で頷いている。

 

「それで」

 

 王女様は戦士の方を見る。

 

「あなたが、勇者パーティ募集に応じてくださった戦士ですね」

「はい。前衛担当として参りました。到着早々、勇者を拾うことになるとは思いませんでしたが」

「ご迷惑をおかけしました」

「いえ。むしろ、早めに弱点を見られてよかったです」

 

 戦士は俺を指さした。

 

「この勇者、歯磨き後は化け物みたいに強いんでしょうが、歯磨き前は前線に出してはいけません。装備を持たせても、足運びも剣の扱いも素人です。戦術としては、歯磨き後の30分をどう使うかを前提に組むべきです」

 

 王女様は真剣に頷く。

 

「やはり、専門の前衛が必要ですね」

「必要です。というか、必須です」

 

 戦士は迷いなく言った。

 

「勇者本人に自覚が足りません」

「反省してます」

「なら、次から勝手に出るな」

「はい」

 

 俺は小さくなった。

 

 勇者なのに。

 

 昨日は巨人を真っ二つにしたのに。

 

 今日はレベル72の戦士に本気で叱られている。

 

 だが、悔しいよりも、納得の方が強かった。

 

 実際、あのまま角兎の突進を受けていたら危なかった。

 

 勇者の加護は強い。

 

 だが、常時ではない。

 

 レベル5の自分を守るための仲間が必要だ。

 

 それを、今日の失敗で嫌というほど理解した。

 

「それと」

 

 戦士が、少し言いにくそうに視線を逸らした。

 

「歯磨きの件だが」

「はい」

「必要なら、戦闘前に私もやる」

 

 広間の空気が、少し止まった。

 

 王女様が瞬きをする。

 

 騎士たちも、神官たちも、微妙な顔で戦士を見る。

 

 戦士は赤い鎧の腕を組んだまま、かなり不機嫌そうに言った。

 

「勘違いするなよ。趣味じゃない。レベル5で前に出られるよりは、歯磨きしてレベル99になってから前に出てもらった方が百倍マシだからだ」

「言い方はきついですけど、ありがとうございます」

「礼はいい。戦闘前の手順として割り切る。それだけだ」

 

 文句を言いながらも、やる。

 

 この人は、そういうタイプなのだと分かった。

 

 王女様は少しだけ安心したように頷く。

 

「勇者様の歯磨き担当については、今後正式にローテーションを組む必要がありますね」

「ローテーション」

 

 俺は思わず呟いた。

 

 嫌な単語が出てきた。

 

 歯磨き担当ローテーション。

 

 世界を救うための作戦会議で出る言葉ではない。

 

 だが、王女様も戦士も真剣だった。

 

「他にも、勇者パーティ募集に応じた者が数名おります」

 

 王女様が言った。

 

「回復を得意とする僧侶と、魔法支援を得意とする魔法使いです。現在、到着手続きと簡単な確認を行っています」

「他にもメンバーがいるんですね」

「はい。勇者様が単独で戦う必要がないよう、王国として支援体制を整えます」

 

 その言葉はありがたかった。

 

 ありがたかったが、同時に少し怖かった。

 

 前衛担当の戦士。

 回復担当の僧侶。

 魔法支援担当の魔法使い。

 

 普通なら、頼もしい勇者パーティの完成に近づいている。

 

 だが、俺の場合は少し違う。

 

 仲間が増えるということは、俺の事情を知る人が増えるということだ。

 

 つまり。

 

 俺が、他人に歯を磨いてもらわないとレベル99になれない勇者だと知る人が、さらに増える。

 

 考えた瞬間、胃が少し重くなった。

 

「勇者様」

 

 戦士が言った。

 

「はい」

「次にレベル5で前に出たら、引きずってでも下げるからな」

「分かりました」

「それと、戦闘前に必要なら、ちゃんと言え」

「何をですか」

 

 戦士は、ものすごく嫌そうな顔で言った。

 

「歯を磨いてください、だ」

 

 広間に、微妙な沈黙が落ちた。

 

 王女様は真面目な顔を保とうとしている。

 騎士たちは必死に視線を逸らしている。

 神官たちはなぜか少し神妙な顔になっている。

 

 俺は頭を抱えたくなった。

 

 昨日、女神様に言われた。

 

 誰かに頼ることも勇気だと。

 

 今日、戦士に言われた。

 

 レベル5で前に出るなと。

 

 どちらも正しい。

 

 どちらも、正しいのがつらい。

 

「……分かりました」

 

 俺は小さく頷いた。

 

「次からは、戦闘前にちゃんと頼みます」

 

 戦士は満足そうではなかったが、ひとまず頷いた。

 

「ならいい」

 

 こうして、俺の勇者パーティに、最初の仲間が加わった。

 

 赤い鎧の戦士。

 

 気が強く、口が悪く、実戦優先で、レベル5の俺に本気でキレる前衛担当。

 

 そして、必要なら文句を言いながらでも、俺の歯を磨くと言ってしまう人。

 

 頼もしい。

 

 頼もしいのに、今後がものすごく不安だった。




次回予告
 
僧侶
「つまり、勇者様は戦闘前に口腔ケアが必要なのですね」
 
勇者
「言い方がだいぶ医療寄りですね」
 
戦士
「いいから頼れ。レベル5で前に出られるよりはマシだ」
 
僧侶
「これは治療です。恥ずかしがることではありません」
 
勇者
「恥ずかしいものは恥ずかしいです」
 
次回、第5話
「僧侶、これは治療ですと言い張る」
 
勇者、今度はお姉さん僧侶に口腔ケア扱いされる。
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