すずめの戸締まり 〜幼なじみと閉じ師 の旅~ 作:陽HARU
常世の扉をくぐった瞬間、世界は一変した。
すべての時間が溶け合ったような、広大な草原が広がっていた。空は星と夕陽と朝の光が混ざり合い、不思議な輝きを放っている。すずめは蓮の手を強く握りしめ、草太の椅子を抱えたまま一歩を踏み出した。ダイジンとサダイジンが先導するように飛び回っていた。
「ここが……常世……」
すずめは息を飲んだ。遠くに、幼い頃の自分が立っていた。草原を彷徨い、母の名を呼び続け、疲れ果てて蹲っている姿。
すずめはゆっくりと近づき、幼い自分を抱きしめた。
「もう、泣かないで。大丈夫。私はちゃんと大きくなったよ。母さんは……もういないけど、環ちゃんがいて、蓮がいて……そして、草太さんとも出会えた」
幼いすずめは涙を浮かべながら、すずめを見上げた。
「お母さん……?」
すずめは優しく微笑み、亡くなった母の面影を重ねながら言った。
「本当は分かってたよね。母さんはもういない。でも、私はここにいる。あなたはこの先、ちゃんと生きていくよ。人を愛して、愛されて……光の中で大人になるよ」
幼いすずめは静かに頷き、すずめから三本足の椅子を受け取った。
その瞬間、過去と現在の時間が繋がったような感覚がすずめを包んだ。
さらに奥へ進むと、凍てついた要石となった草太がいた。
すずめは駆け寄り、必死に要石を引き抜こうとした。ダイジンが加勢し、サダイジンが巨大化して迫り来るミミズを食い止める。
「草太さん……! 待ってて!」
草太の声が、かすかに聞こえてきた。
「すずめ……ありがとう。君に会えて、俺は……死にたくないと思った。生きて、教師になりたい……君の笑顔を、もっと見ていたい」
蓮はすずめのすぐ後ろで支えながら、声をかけ続けた。
「草太さん、諦めないで! すずめがここまで来たんだ。一緒に帰ろう!」
要石がゆっくりと動き、草太の体が溶けるように元の姿に戻り始めた。ダイジンは力尽き、「鈴芽の手で、元に戻して」と言い残し、自ら要石となった
サダイジンの力で空中に転移したすずめと草太は、最後のミミズの先頭に要石を打ち込み、すべてを鎮めた。
常世が静かになり、草原が美しく輝いた。
草太は人間の姿で、すずめの前に立っていた。長い黒髪が風に揺れる。
すずめは草太に駆け寄り、強く抱きついた。
「草太さん……おかえり」
草太は優しくすずめの背中を抱き返した。
「すずめ、ありがとう。君のおかげだ」
蓮は少し離れたところでその光景を見守っていた。胸に複雑な想いがよぎったが、すぐに微笑んだ。
「草太さん、無事でよかった。すずめ、よく頑張ったな」
旅から帰ってきた翌朝、宮崎の港町はいつも通りの穏やかな一日を迎えていた。
すずめは少し寝不足の顔で家を出て、いつもの場所で待っている蓮に駆け寄った。
「蓮、おはよう……なんか、まだ夢みたい。昨日まで常世にいて、今日から普通に学校……」
蓮は微笑みながら、すずめの頭を軽く撫でた。
「俺もまだ実感がないよ。でも、環さんが『今日はちゃんと学校行きなさい』って釘を刺してたからな。行こうぜ」
二人は自転車を並べて学校へ向かった。
教室に入ると、クラスメートたちの視線が一気に集まった。
すずめと蓮が数日も学校を休んでいたことは、すでに大きな話題になっていた。
「すずめー! どこ行ってたの? 急に休んで、心配したよ!」
「蓮も一緒に休んでたよね? 二人でどこか旅行? デート?」
女子グループがすぐに囲んできた。
一人の女子がニヤニヤしながら蓮を指差す。
「蓮、すずめと一緒にいなくなって、結局どうなったの? 告白したんでしょ? もう彼氏彼女?」
蓮は珍しく顔を赤らめ、慌てて手を振った。
「いや、違うって……ちょっと大事な用事があって、一緒に……」
すずめも頰を赤くしながら、隣で小さく頷いた。
「う、うん……大事な用事。蓮がずっと一緒にいてくれて、助かったよ」
クラス中がざわついた。
男子の一人がからかい半分で叫ぶ。
「大事な用事って何!? 駆け落ちかよ! 蓮、お前すずめと逃げたのか? 環さんに怒られてなかった?」
別の女子が笑いながら突っ込む。
「蓮、椅子みたいにすずめを守ってたんでしょ? 『幼なじみ彼氏』全開じゃん!」
蓮は頭をかきながら、照れくさそうに笑った。
「守ってたっていうか……すずめが危なっかしいから、放っておけなかっただけだよ。環さんにもちゃんと連絡入れてたし……」
すずめは蓮の袖を軽く引っ張り、助け船を出した。
「本当に、二人で大事なことを片付けてきたの。詳しくは……内緒。でも、蓮がいてくれてよかった」
休み時間になると、いじりはさらに加速した。
友達が蓮の机を囲み、
「蓮、すずめと何日も一緒にいて、進展あった? 手繋いだ? キスした?」
蓮は完全に赤面し、珍しく声を荒げて誤魔化した。
「ば、ばか言うな! そんなんじゃないって……」
すずめは隣の席で顔を両手で覆いながら、くすくす笑っていた。
「もう、みんなやめてよ……でも、蓮がいてくれて、本当に心強かったよ」
放課後、二人はいつものように一緒に自転車で帰った。
港沿いの道を並んで走りながら、すずめがぽつりと言った。
「学校でいじられるの、ちょっと恥ずかしいけど……嬉しいかも。旅の間、ずっと三人で(草太さんの椅子も)だったから、普通の学校生活が新鮮」
蓮は自転車を少しゆっくり漕ぎながら、隣ですずめを見た。
「俺もだよ。草太さんのことは心配だけど……すずめとこうして普通に帰れるのが、一番安心する。
これからも、毎日一緒に登校して、放課後一緒に帰って……幼なじみ彼氏として、ちゃんと戸締まりしてやるよ」
すずめは笑顔で頷き、蓮の手を自転車を走らせながら軽く触れた。
「うん。約束ね、蓮」
港町の夕陽が、二人の影を長く伸ばした。
旅の記憶は胸にしまい、明日からの日常が、再び始まる。
草太さんからの連絡が来る日も、きっと遠くないだろう。