恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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今回は深雪と達也視点です

それぞれの思いについて少しでも伝えられたらと思います。


特別な人

・・・深雪・・・

 

私には血の繋がった兄と血の繋がらない義姉がいる。

姉は兄の婚約者で、そう遠くない未来本当に私の義姉となる。

 

姉と兄の朝は早い。

姉は寝る時間こそ私と同じか、少し早いくらいだが、兄はいつも私より遅くに寝て早くに起きている。

 

今日も兄と姉は八雲先生の所へ修行に行っているだろう。

以前は一緒に手解きを受けていたが、今の私では足手まといにしかならない。

 

姉は凄い。

あの華奢で繊細で、美しい姿からはまるで想像できないほど身体能力が高い。

幼少期から神楽と武術を嗜み、先生にもお墨付きをもらっている。

それは家の都合もあってのことだが、それは彼女の覚悟があって初めて成り立つ。

 

それだけではない。

料理一つとっても、裁縫の一つをとっても、華道も茶道も姉と私では姉の方が優れていることが多い。それは掛けてきた時間の長さもあるだろうが、なにより料理に関しては兄も姉の味付けの方が好きな様子だ。

あまり口には出してはいないものの、兄は姉が料理した時の方がご飯の進みが良い気がするのは気のせいではないはずだ。姉曰く、母乳に始まり3歳までほぼ同じものを食べてきたのだから、個人の嗜好はあるだろうが味覚が似て当然との事らしい。

 

 

正直、ちょっとだけ悔しい思いもある。

 

 

魔法に関してはほぼ拮抗しているが、特に遠距離からの攻撃力は姉に軍配が上がる。

十師族直系と匹敵する実力をその身に宿しているのだ。

それはあの家に名を連ねる者なら、さりとて珍しい話でもない。

あの家はそうあるべくして、そう宿命づけられてきたのだ。

 

幼少期

私が今よりずっと幼くて何も知らない子どもだったころの話だ。

 

兄はお姉様の母、桐子さんに育てられた。

誕生日が10日ほどしか変わらない兄と姉は双子のように育てられたと聞いている。

 

私の母は魔法師として才能がないと告げられた兄に絶望し、兄を実の子と思えなくなったそうだ。

もし、兄が四葉で育てられていたのならば、きっと兄は私にここまで尽くしてくれることも、優しくもしてはくれなかっただろう。

母さえ見限った子を四葉が真っ当に育てられたとは思わない。

例え母の施術を受けたとしても、それはきっと心の底で暗い思いとなって残っていたはずだ。

 

 

兄は愛されている。

姉からも、九重の両親からも、その家族からも。

無条件に、利益も、思惑もなく、純粋な愛情をきちんとその心に刻み込まれている。

ただ、人として、子どもとして大切にされ、守られ、愛されていた。

 

それがどれだけ奇跡的で、どれだけ幸福なことで、だからこそ今、私たちと共に笑えるのだと兄は語っていた。

 

無論、私も兄の事を愛している。

この思いは兄妹愛以上にはなることはないが、それでもこの思いは愛なのだと思う。

 

それでも、姉には敵わない。

生まれながらに決められた相手だなんて決して姉は言わなかった。

曾祖母が達也を選んでくれたことが何よりの幸福だと常々口にしていた。

 

揺らぐ事の無い、絶対の信頼と愛情。

例え兄が姉に対して、信愛以上の想いを抱けなくても、姉は兄の全てを知って受け入れた。

兄と、私達と歩むために決めた覚悟を私は推し測ることができない。

 

姉と兄は比翼連理。

兄と姉が共に過ごしてきた時間はきっと私よりも長いかもしれない。

生まれたときから、互いに寄り添い、分かち合い、共に歩んできた。

 

私はもうほとんど覚えていないが、私の遊び相手にと言われ姉と過ごした記憶もある。

本当の姉だと信じて止まなかったころだ。

何でも出来て、何でも知っていて、美しく、可憐で、愛らしく、神様のようで、私の世界の一つだった。

 

桜の舞い散る中での神楽は筆舌しがたいほど美しく、まるでおとぎ話のようだと思った。

ただ、ただ桃源郷のような夢舞台に私は九重神楽の虜だった。

 

 

 

昔は理不尽に姉になぜ兄なんかの婚約者なのだと憤ったこともあった。

四葉の中にも兄と姉の婚約に疑問を持つ者もいる。

黒羽の小父様は四葉との婚姻なら文弥君はどうか、だなんていつも姉に勧めていた。

 

四楓院家直系。九重神宮の姫宮。

どの家からも喉から手が出るほどそのネームバリューは高い。

 

四楓院を四葉に繋ぎとめるための種馬だなんて、信じがたい言葉を兄に浴びせた者もいる。

姉のことを四葉の借り腹だなんて揶揄した愚か者もいた。

無論、その者たちは即刻叔母様に処断されていた。

 

私を守ってくれるのが兄ならば、姉は兄と共にある剣であり、鞘だった。

私が兄をガーディアンとしての役目から解放しない限り、きっとこれからも、そうあり続けるのだろう。

 

私だけが兄を普通の人に戻してあげられる。

私だけが兄と姉にごく普通の幸せを与えることができる。

それにもかかわらず、私はそれができない。

 

きっと私は手放したくないのだ。

兄も姉も、二人とも。

 

何と強欲だろうか。

自分でもこの薄暗い感情に呆れてしまう。

それでも、きっと兄も姉も喜んで私といてくれる。

 

そう思えても心の底では怯える自分がいる。

もし、兄が私のガーディアンではなくなれば、姉とどこかに消えてしまうのではないだろうか。

そう思えて仕方がないのだ。

 

 

 

 

・・・京都某所・・・

 

「我らは伊耶那美(イザナミ)の系譜」

 

「我が軍門に入る覚悟はあるか」

 

「我らは楔」

 

「我らは鉾」

 

「我らは盾」

 

「我らはこの地の守護者」

 

「主はその名を頂くに相応しきものか」

 

「主の力は何のためにあるか」

 

「主は誓うか」

 

「平穏な世のために」

 

「安寧の礎となることを」

 

「その身を捧げると誓えるか」

 

ろうそくの炎だけが立ち上る、薄暗い空間

白い装束に鬼の面。

異様な気配のその場には一人、背を伸ばし前を見据える少女がいた

 

 

「我が身、生まれし時から雷神の血を引く者。戦神の子

我が宿命、我が本望

我は望む

我が名に誓う

我は真にその名を継ぐに相応しき者なり」

 

「……………よかろう」

 

「主を軍門に加える」

 

「よろしいでしょうか、我らが主様」

 

「勿論じゃ」

 

「では、主様より名を賜る」

 

「主の名は―――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・達也・・・

 

偉大なる連休(ゴールデンウィーク)と昔は呼ばれた5月の連休も、今ではごく普通の平日となっている。

仕事もフレキシブルな自宅勤務や自由な時間設定となり、公共交通機関だけではなく、会社や自宅も機械化も進み、人の手はほとんど家事や移動に掛らなくなった。

時間に追われることは今でも少なくはないが、西洋社会から驚かれた過労死という言葉は死語になりつつある。

 

季節は桜も散り、若葉の緑がまぶしい5月となった。

5月6日の今日は雅の誕生日だ。

 

帰宅後は深雪が腕によりを掛けますと言って、楽しげにキッチンに向かっていた。

お二人は2階で待っていて欲しいと言われたので、楽しみにしながら俺の部屋で待っている。

深雪も気を使って、二人っきりの時間を作ってくれたのだろう。

 

 

制服から普段着に着替える。

当初は思った以上に嫌気のさしていた二科生の制服も、今では慣れたものだ。

クローゼットに制服を掛けておけば、後は勝手に機械が皺を伸ばし、簡単なクリーニングを行う。

何処の家庭にも一般的な装置だ。

 

端末でニュースをチェックしていると、部屋の扉がノックされた。

雅だろうと思って扉を開けると、予想外の姿だった。

 

 

「似合わない、かな?」

 

扉を開けた先には、少し時期には早いサマードレス姿の雅がいた。

 

家の中だとなぜか露出の増える深雪とは違い、雅は基本的には何時来客があっても問題ない様な上品な服装が多い。

 

スカートも膝丈まで、ショートパンツ、ミニスカート、肩口の大きく開いた服なんて以ての外らしい。

 

深雪は雅にもっと挑戦するべきだと熱弁しており、このサマードレスを買った時も少々企んだ様子だった。

白を基調とし、スカートの部分と襟には細かな刺繍が施されている。

ウエスト部分で少しくびれ、ふんわりとスカートの裾が広がるタイプのワンピースだ。

少々値の張るものだが、深雪との共同購入ということで今朝プレゼントしたものだ。

 

深雪は誰よりも先に渡したかったようだ。

流石に今の時期に半袖は早すぎるのもあるが、萌黄色のカーディガンと薄手のタイツは深雪に対する細やかなる反抗心だろう。

膝上のスカートには慣れず、雅は少々気恥ずかしい様子だった。

 

「いや、綺麗で驚いた。深雪より先に見て、怒られてしまいそうだ」

「ありがとう。深雪は達也に真っ先に見せるために今朝贈ったのでしょう?」

 

深雪の考えならお見通しという訳だ。

何時までも戸口で立ち話ということで、部屋の中で一息ついている。

 

深雪が夕飯作りに精を出しているにもかかわらず、お茶を入れてきてくれたのだ。

その時の深雪は着替えた雅を見て、感嘆を浮かべていた。

言わずとも分かるが、抱き付いて言葉の限りの賛辞を尽くしていた。

深雪は嬉しくて仕方がなかった様子だ。

ひとしきり愛でた後、深雪はさらに嬉々として夕飯作りに戻っていった。

 

雅は少々気疲れしたようだが、満更でもなさそうだった。

 

 

「久しぶりの実家はどうだった?」

「相変わらず。でも、拝命の儀は流石に緊張したかな」

 

雅の家は特殊だ。

魔法師が表舞台に登場する以前から魔法を使い、それを受け継ぎ、秘密裏に発展させてきた。

古式魔法の大家で、元祖ともいわれる家の直系。

表は神職だが、裏はこの国の根幹と深くかかわっている。

 

「それで、名前はどうするんだ」

 

「学校ではそのまま九重を名乗る予定よ。

仕事名は【鳴神】になりました」

 

「なるほど。ぴったりだな」

 

「安直と言えば割と安直ね」

 

彼女の長兄は【焔】、伯父は【嵐】、他にも【織姫】【鐡】【玉造】と“家業”や“役職”にちなんだ名前を持つ者がいる

 

仕事名を貰うことは一族として実力と才能を認められ、責任のある立場となったことを示す。

 

「でもよかったのか?【舞姫】も貰える可能性があったのだろう」

 

 

彼女が拝命したのは守護職【鳴神】。この国の鉾となり、盾となり、刃となるための仕事だ。

 

その名を貰うために彼女は血反吐を吐くような訓練をしている。

才能ある者がなおその才能を伸ばすために、努力を重ねる。

 

それは全て家のためだけではない。俺たちと歩むためだと知っている。

 

「確かに憧れていた時期はあるけれど、私は姫より達也と共に守るための剣の方がずっといい」

 

 

雅は俺たちの事も知った上で覚悟をしている。

俺たちが歩もうとしているのは平坦な道ではない。それでも雅は供にあると言ってくれた。

 

「雅」

「はい」

「苦労を掛けるな」

「いいえ。二人と一緒にいることは私が望んでいることですから」

 

幸せそうに微笑む彼女から視線が逸らせなかった。彼女は後悔など一つもしていなかった。

 

「達也さん」

 

俺をまっすぐに見つめ微笑んだ。

 

「お慕い申し上げております」

 

俺は返事のかわりに彼女に唇を重ねた。目を閉じて受け入れる雅。

 

少し触れるだけのそれで、雅は顔をほのかに染めた。

静かに俺の胸に寄りかかってきたので、背に手を回して抱きしめる。

雅は嬉しそうに、幸せそうに、だけれども泣きそうに笑うのだ。

 

雅のことは好きだ。だが、決して男女の恋愛感情ではない。

信愛と友愛でしかない。

 

そう思うことができないのは、俺が一番知っている。

 

 

残酷なことをしている。

そう理解していても、この温もりを手放すことは考えたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




愛されなくては愛せない。

愛されていても愛せない。

愛しているけど愛されない。

形が見えないからこそ不安定で移ろいやすく、不安を紛らわすかのように人は名前を付けることで見えないものを縛るのでしょう。

人との関係性はまさにそうで、友人、知人、恋人、家族
人を繋ぐのは心と名前なのだと思います。


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