恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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本日は2本投稿予定といいつつ、日付を跨いでしまいました。
本編は1話前です。

このの話は、まったく本編に関係ないですので、読み飛ばしてもらっても構いません。
一部、創作の刀剣と刀剣が乱舞するネタが出てきますが、ご存じない方でも読めるようにはなっています。

内容は、九重神楽の話と本編でどこに入れようか悩んだ末、書ききれなかった話の二部構成です。
特に前半は完全に趣味です。


幕話

<一般人による九重神楽レポ>

 

私の珍しい体験を残しておきたいと思う。

要約すると叔母の名字を継いだら、推しの実家の氏子になって、九重神楽を観てきた話だ。

 

当方、華の独身貴族。

平日は仕事、休日は推しの舞台とゲームに費やす日々。

母の妹、つまり叔母がとある珍しい苗字を継いでいる関係で、戸籍上、叔母の養女になった。

かなり歴史は古くて、男子が生まれにくいのか、婿養子や親族の養子縁組で継いできた名前らしい。

今時そこまでして残す必要があるかと言われたら、まあそうなんだけど、響きがカッコいいのと叔母とは年の離れた姉がいる感じで付き合ってたし、私には姉と兄がいて、三人目の末っ子だからっていうのもあって、割と前々から話は上がってた。

まあ、叔母が割と話の合う女子で同種だったのも大きい。

お互い布教に余念がないよね。

とりあえず、名前だけ変わって、結婚した?とか聞かれたけど、苗字継ぐために養子になったという話題ができたぐらいだった。

 

 

そして、本題。

私の最近の推しに、刀剣が乱舞する某ソーシャルゲームがある。

2010年代から2020年代の復刻らしいが、ドはまりして、ミュージカル、舞台、登場する刀剣の所蔵されている美術館巡りに生活が潤っていた。

推しがいる生活っていいね。

客のしょーもないミスも、いやみったらしい上司の小言も推しが待っていると思えば、給料がしゃべってると思って聞き流せた。

 

叔母は地域のお祭りとか行事にきちんと出席したり、役もやってて、小さいころからちょくちょくお祭りがあるたびに出かけていた。

今回はそれを死ぬほど感謝した。

そして心の底から伯母の養子になったことを誇りに思った。

 

私の最推しは、三条派の流れを組む刀剣で、国宝指定されている「蘇芳丸」

別名、瑠璃丸

いや、蘇芳って赤だけど、別名瑠璃丸ってどういうことと思った諸君、ここポイント。

蘇芳丸はもともと、名前の通り蘇芳色の拵えだったんだけど、戦場で人を切りすぎてさらにその色が刃にまで乗り移ったといわれるぐらいよく切れる刀だったらしい。

戦場で出番がなくなると、持ち主の手を切り再び刃を赤くするっていう妖刀扱いで様々な武将の手を渡ってきた刀だった。

それが江戸時代に入ってすぐに九重神宮に奉納された経緯があって、奉納の際に拵えを一新して瑠璃色の柄巻に黒の鞘、蘇芳の色は下げ緒だけになったらしい。

去年は蘇芳丸の国宝指定記念で特別展示されて、会いに行ってきたが、まごうことなき美しい刀だった。

とても数百年経っているとは思えないほど、鋭さと輝きに満ちていて、レプリカを持たせてもらったら、まあずっしりと重い。

これをさらに重い鎧を着て振り回していたとおもうと、なおさら感動する。

 

そんな蘇芳丸の実家ともいうべき九重神宮には、九重神楽というものがある。

神楽ってなんぞ?っていう人はうぃき先生に聞いてね。

九重神楽の特徴はなにより魔法が使われていること。

しかもCADとかいう機械なしでの魔法。

魔法使える人って腕輪の機械をちょちょっと操作すると魔法が使える程度の知識しかなかった私はこの時点で???

例えるなら、水深100mを潜ろうと思ったら普通の人は潜水艇、機械を使う魔法師はスキューバダイビングの装備、九重神楽の演者は素潜りという状態らしい。

 

わけわからん、という人、私もそうだった。

文章に書き起こしても、わからん。

そして何より分からなかったのが、私が九重神楽を観ることができたということだ。

 

雅楽ファンのみならず、九重神楽の観覧ってかなり貴重だということは舞台オタやってる私も知っていた。

一般にはチケットが出回らないすべて九重神宮からの招待制。

しかも1年に同じ舞台が行われることはまずないし、年間通して全国で10回あるかないかの超プレミアムチケット。

それが叔母の手元に来た。

新しいご縁があった(=私が養子になった)なら、おいでという意味合いのお手紙があったが、この段階で家族全員白目剥いてた。

 

父「これ、詐欺か。振込口座は(;゚Д゚)」

叔母「お義兄さん、本物です。あと招待なので無料です」

母「この子のお着物なんて成人式以来あったかしら。ドレスコードは書いてないけど、何がいいの(;´・ω・)」

叔母「こっちで着物を用意します」

姉「イケメン神主がいるところじゃん(*‘∀‘)」

叔母「撮影禁止です」

兄「お前(私)、今年事故にあうとか、病気にあうとかないよな(; ・`д・´)」

叔母「むしろ厄除けになります」

私「お空きれい(´▽`)」現実逃避

叔母「当日も晴れるといいですね」

 

叔母が終始冷静だったので、なんとか当日の服とか準備とかできたけど、人間びっくりすると思考止まるね。

なにより今回の神楽の演目が蘇芳丸だったんだよ。

そう、私の推し。

マイ フェイバリット 刀剣 蘇芳丸

 

ゲームのキャラから入ったけど、今回の神楽はまったくゲームとは関係ない演目。

せっかく招待してもらったとはいえ、神楽なんて理解できるかとか、いくら推してる刀剣が主体でも解釈違い起こすかもなんて心配していた私よ、気を強く持て。

お前は当日、しばらく席から立てなくなる。

そしてハンカチは厚手を持っていけ。

レースの可愛いやつなんぞ、ウエットティッシュにしかならねえ。

 

舞台の客席は本当に少なくて100席あるかないか。

野外の席だったけれど、見事な青空。

始まる前から空気に飲まれそうになってたんだけど、舞台が始まったらそんなことは忘れた。

 

まるで刀を打っているかのような、太鼓から始まり、澄み渡るような笛の音。

流れるような琴の音が重なっていくのに合わせて、舞台に一人の男の子があがった。

白い狩衣姿。青年には満たない少年と大人の狭間のようで、清廉なのにどこか色香もある。

ゲームのビジュアルは、無口で不愛想な赤髪の青年だったんだけど、黒髪を緩く一つに束ねた赤い瞳と赤い爪の少年も解釈一致過ぎてまずここで涙が出そうになった。

 

シャラシャラと鈴が鳴るごとに、刀を振るう様子は本当にきれいで、だけど、どんどん白い狩衣が赤く染まっていく。

全体が薄いピンク色から朱色、赤色と濃くなって少し黒みの入った蘇芳色に変わる。

真っ白無地だったのに、いつの間にか蘇芳色に花菱亀甲があしらわれた豪奢なものなっていた。

舞台で着替えたわけじゃないし、照明の色も変わってない。

 

敵を軽々と切り裂き、刀としての本分を全うすることに誇りを持っているようだった。

なんか本当に血まみれで痛々しく見えた。

本当は肌も汚れていなければ、着物も破けたわけでもないのに、ただ最初は無垢だった瞳が何も映していない瞳になっていて、ただ深く傷ついている。

この時点で涙腺はかなりやばかった。

 

赤黒く衣が染まったころ、音楽も太鼓だけが小さく鳴っていた。

蘇芳丸が衣を翻して背を向けた。

その先に瞬きの間にいなくなりそうな、この世に存在しているのか存在していないのか疑うほどの美女がいた。

確かにそこにいる圧は感じるのに、ただただ美しすぎて脳が処理しきれない。

舞台に立っている以上、人であるはずなのに人と同じ目と鼻と口があるのに人には見えないほど美しい顔立ちをしている。

しかもいつ舞台に上がったのか、全く分からなかった。

ほんの一瞬、ほぼ死角のないのない開けた舞台の上で、天上の美がそこにあった。

数々のイケメンと美女を舞台で見てきたけど、その存在からしてこれ以上ないほど美麗な人は存在しないだろうと思えた。

自分の語彙力がないことがこれほど恨めしいことはない。

演者というか、その主神役の人は若いけど、佇まいも雰囲気もまるで1000年前から姿を変えていないような時の長さを感じる不思議な人だった。

美しいというより、麗しく、神々しく、この人のためだけに緑は萌え、鳥はさえずり、花は綻ぶ。

ただ舞台を右から左へ移るだけで、ただ一言も発しないまま、自分と視線も合わないまま、気圧され、息をのむ。

その存在に気圧されるのに視線は逸らすことができない。

 

一息その女の人が息を吹きかけると、蘇芳色の衣は瑠璃色に生まれ変わった。

一度、刀が鞘に納められる。

鞘も赤いものから、黒い拵えに代わっている。

腰を低く落とし、横一文字に刀が抜かれる。

まるで祈るような刀の舞だった。

そうだよね。

赤って本当は厄除けと祝いの色だもんね。

妖刀といわれても、もとは守り刀って呼ばれてた時もあったんだよね

 

 

 

人か、神か

妖か幻か

化粧か、化生か

私は、何を見たのだろうか。

私は何かを観たのだろうか。

私は生涯、あの美しいものを忘れたくはないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

とある週末の昼下がり

 

「わざわざ、出向いてもらってありがとう」

「退院が決まって良かったわ」

 

雅とエリカは、都内の警察病院に来ていた。

警察官として任務中にケガをした者や警察関係者の家族が病気になった場合に利用するほか、一般の診療も受け付けている。

総合病院としては規模の大きい方であり、入院施設や緊急外来など機能は多岐にわたる。

 

「まだまだリハビリよ。一回筋肉が落ちると取り戻すのは大変みたいで長くかかりそうよ」

 

エリカの兄、千葉寿和もここに入院していた。

今年の1月に起きた十師族会議の会場へのテロ事件を契機に、捜査に当たっていた彼と相棒であり千葉の門下生でもある稲垣は首謀者と接触し、千葉寿和は九死に一生を得たが、もう一人の命は踏みにじられた。

 

「ただ、前みたいに警察で魔法師としてやっていくのは難しいみたい」

「そう」

 

命があっても諸手に喜べるわけではなかった。

エリカは表情こそ暗くはないが、笑みを浮かべるような余裕もないのか、ただ前をみて歩いている。

 

「死んでもおかしくない術だったって、八雲さんは言っていた」

 

淡々とした声だった。

明るい廊下を進む足はどこか泥がまとわりついているような重さを感じていた。

 

「実際、何度か心臓が止まって蘇生してって本当に生死の境を彷徨ってた」

 

エリカが学校帰り何度か見舞いに来た時も、心拍が低下し、医師に病室を追い出されるようにして、ただ廊下に立っているだけしかできないこともあった。

普段は信じていない神様に祈った。

死んだらただじゃおかない!アタシが殺してから死ね!と掴みかかる勢いで叫んだこともあった。

次兄と一緒に永遠にも思える夜を明かしたこともあった。

昇りゆく朝日を見ながら、ああ息をしていると肩をなでおろしたことはもう数えてもいない。

 

「妙に明るく取り繕ってさ、アタシに対して、変な説教いれたり、門人と詰まんない猥談してたり、まあ普段どおりだって見せたいだろうけど、バレバレ」

 

以前のような底のない泥濘を何日も歩かされたような重い足取りではないけれど、気が進まないのは確かだ

それでも今日エリカは雅を連れてくると約束してしまったのだ。

たとえ憎たらしい長兄でもその約束を違えるつもりはなかった。

 

「剣を握れないわけじゃない。けど、千葉の剣術はできない」

 

体の一部を無理やり剝ぎ取られたような喪失。

向き合うべき己の形がなんであるかさえ、分からなくなるような空を掴むような孤独。

 

きっと剣術を奪われるというのはそんな感覚だ。

任務だから仕方ない。

警察官だから危険はつきもの。

そんな理不尽をエリカは許すことができなかった。

大なり小なり、エリカは達也に巻き込まれていたけれど、それは自分の手が届く範囲で自分が決めたことだった。

達也を責めるつもりもない。

 

強さが足りなかったのだ。

千葉の剣術は万能ではない。

なによりエリカは何もできない自分が腹立たしかった。

理不尽に巻き込まれても理不尽をはねのけるほどの強さがなかった。

そのことが何よりエリカの中で沸々と煮えていた。

後輩の侍郎を鍛えているのもそのためだった。

突然の理不尽に巻き込まれていても太刀打ちできる強さを持ってほしかった。

自分自身の鍛錬にも最近熱が入りすぎていることも、鬱陶しいレオの視線で理解していた。

 

 

「ごめんね。雅に聞かせることじゃなかった」

「いいえ。話してくれてありがとう」

 

雅がすべきは状況への謝罪ではない。

それはエリカも理解している。

独白にも似た胸の内を、少しでも吐き出せたのはきっと相手が雅だったからだ。

 

 

 

エリカの兄が入院していたのは、魔法的な損傷を負った患者が入院する病棟の個室だった。

魔法による損傷は肉体的だけでなく、精神面も大きく関わってくる。

一定基準を満たす魔法師以外にも魔法的な素因を持つ者は、ふとしたきっかけに魔法が使えなくなることがある。

まだ医療的にも発展途上な分野であり、専門の医師もまだ少ない。

 

エリカが一声かけてから、病室のドアを開ける。

以前は病室の前に千葉の門下生が自主的に警護を行っていたが、現段階では襲撃の脅威は少ないとして千葉家当主から過剰な見舞いはしないように言い含められている。

病室には千葉寿和ひとりだけがいた。

 

「おはよう、今日は態々出向いてもらって申し訳ない」

 

顔色は悪くないようだが、病衣姿でもわかるほど筋力が落ちているのが伺えた。

 

「それにこんな格好で済まない」

「いいえ。お構いなく」

 

エリカは、病室に入ったものの、ドアのすぐ手前に立っていた。

まるでいつでも出ていけるような、もしくは誰かが入ってきたときに即時対応できるような立ち位置だった

 

寿和はエリカに一度視線を送るが、エリカは応じるつもりもなく、小さく顎でしゃくった。

さっさと話せと言いたいのだろう。

寿和は跳ね返りの強さは今に始まったことではない者の、ほぼ初対面の雅の間に入ろうとしない様に内心ため息をついた。

ベッドに手をつき、立ち上がる。

寿和が相対している少女は、妹のエリカと同い年だ。

そう知ってはいても、立ち姿なのか雰囲気なのか、容貌に反して十は上に感じさせる。

できるだけ背筋を伸ばし、まっすぐに頭を下げた。

 

「この度は、有難うございました」

 

今日はこのために雅をエリカに呼んでもらっていた。

 

「使われた護符は、本来エリカに手渡されたものでした。図らずも私の手元に一時置いたものでしたが、幸運にも生きながらえることができました」

 

どのような術式が使われたのか、どのような仕組みが働いたのか、寿和には理解できなかった。

ただ、漠然と八雲の口ぶりからも自分が使うには分不相応の力が働いたことと、それで雅がいずれ不利益を被るかもしれないというのは理解できた。

単なるお守りの体裁をしていても、おそらく量産できるようなものではない。

 

「この恩は忘れません」

 

ほんの偶然だ。

エリカの気まぐれであのお守りを渡されていなければ、おそらく自分はすでに灰になっていた。

訳もわかないまま命を落とし、部下のように敵に傀儡として死体を使われていた。

 

「頭を上げてください」

 

静かな声が病室に響いた。

 

「感謝のお言葉、承りました」

 

雅はなにも語らなかった。

怒りも悲しみも同情もその顔には見られなかった。

あまりにも波のない表情に、寿和は勝手に自分が許されたいと思っていたことに気づき自嘲(じちょう)する。

 

「いずれ力が必要になれば、千葉一門何なりと」

「ちょっと、一門じゃなくて、まずアンタが先にどうにかしなさいよ」

 

ようやく出てきたいつものエリカの非難めいた声に、どうにか持ち直す。

 

「おいエリカ、今キマってたのに」

「はいはい。言われなくても、雅の頼みだったらいつでも手を貸すわ」

「心強いわ」

 

寿和がどんな言葉を述べたとしても、とっくに彼女の中でのケリはついているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

差しさわりがあってもいけないからと殊勝な物言いをしてみせて、エリカは雅を病室から連れ出した。

予定は終わったので今日はもう帰るだけだった。

消して帰り際に見た、尻もちをつくようにベッドに座り込む兄から目を背けたかったわけではない。

病院のエントランスまで差し掛かると、雅がふと足を止めた。

 

「エリカ」

「なあに」

「カフェラテが飲みたいわ」

「えっ?」

 

雅がカフェに寄らないかと提案することはあっても、自分の要望を直接的に表現した珍しい言い方に思わずエリカは聞き返した。

 

「精進期間が明けたから、チョコレートのたっぷりかかったドーナッツとかスコーンとかでもいいわね」

「なに、どうしたの?」

 

そんなに心惹かれるメニューでもあったかと、病院に併設されたカフェテリアの方に視線を向けた。

 

「………ああ」

「私が先にお話しした方がいいかと思って。多分、お兄さんにお誘いあるかと思うから」

 

そこにはエリカが何度か顔を見かけた女性がいた。

 

あっち(国防軍)に?」

 

エリカは眉を顰めながら問い返した。

二人の視線の先には、国防軍所属の魔法師、一〇一大隊所属の藤林響子がいた。

 

「魔法は使えなくても、魔法を使った作戦立案とか需要はあるって聞いたことがあるから。エリカはもしかして、これからのこと聞いている?」

「まさか。ただ、彼女がそのつもりで来ているなら、雅に任せるわ。アタシが話しかけたらケンカになるだろうから、テイクアウトにしてちょっと散歩してくる」

 

エリカは渋い顔をしながらも、了承した。

 

「飲み終わったら連絡してもらってもいいかしら」

「OK。そうしましょう」

 

エリカも飛び切り甘いものが欲しい気分だった。

 

 

 

 

「―――響子さん」

 

声をかけられて、はっとした表情で響子は顔を上げた。

 

「あら、雅ちゃん」

「ご無沙汰しています。ご一緒しても大丈夫ですか」

「久しぶりね。どうぞ」

 

待ち合わせの相手もいなかったので、響子は雅のために空いた椅子を引いた。

 

「今日は誰かのお見舞い?」

「ええ。響子さんもお見舞いですか?」

「そんなところ」

 

実際にはお見舞いにこれから行く予定にしていたが、踏ん切りがつかなくて漠然とコーヒーを飲んでいただけだ。

そのコーヒーも大した量は減っていない。

 

「迷っていらっしゃるようですね」

「雅ちゃんに千里眼は無かったと思うけれど、そんなに顔に出ていいたかしら」

「私が分かるくらいには」

 

実際、響子は雅が声をかけるまで存在に気が付かなかった。

士官としていくら病院とはいえ周囲に気を配っていたつもりだったが、どうやら全く集中もできていなかった。

 

「ちょっとある人に新しい仕事のお誘いをする予定なんだけれど、必要なことだって割り切りたいんだけど、割り切れなくてね」

 

見舞いは今日が初めてではない。

魔法を理解した後方人材というのは貴重だ。

リクルートに上司の許可も取っている。

優秀な人材であることは重々承知している。

警察官として日常の騒動からテロまで前線で活躍していた彼ならば、警察官としての経歴は軍での活動に生かされる。

職務だと言い聞かせても、出てくるのはため息ばかり。

唯一、この後に差し迫った予定もないことだけが幸いしている。

軍人失格となんども自分を罰する言葉を心の中で吐き続けた。

 

許しがほしいのか、それとも誰かにその感情の名前を告げてほしいのか、以前悠に問われたことがあった。

同情なのか、昔の思い出を重ねているのか、それとも恋だとか愛だとかになりかけた淡い感情なのか

全てであるようで、どれも違っているようで、単純な言葉にはしたくない。

その葛藤が、足をこの場に縛り付けていた。

 

「先ほど、エリカのお兄さんのお見舞いに行ってきたのですが」

 

なにげない会話をするように雅は響子のために言葉を選んでくれていた。

 

「道を提案することは悪いことではなさそうです。今はまだ、受け入れられなくても言葉は残ります」

 

励まされているのだと気づいた。

10歳近くも年下の子に背中を押されていた。

行くべきだと言われた気がした。

 

「そうね。ありがとう」

 

多分、上手な顔で笑えてはいなかった。

 






感想、誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
全て読ませていただいてます。
読み返しては元気をもらってます。

甘い話も書きたいですが、甘くて苦しいのも書いていて楽しいです。


更新速度は速くはないですが、頑張っていきたいと思います。
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