恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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えっと、前回の投稿が2022年5月
皆さま、あけましておめでとうございます。
時の流れが速すぎて、ついていけないまま年が明けました。
少しずつ書いていたのですが、ようやく投稿できる量になりました。
今後も遅筆ですが、どうぞよろしくお願いいたします。


2025/1/5 追記
後半、ショートカットしすぎたので、削除して次へ加筆します。





エスケープ編2

2097年5月29日(水)

 

達也は九重寺の前で自動運転のコミューターを降りた。

時刻は午後6時45分。

指定された時間は午後7時。

場所を指定してきたのも先方であり、元老院四大老、東堂青波との接見に八雲も立ち会うことになっている。

 

達也と八雲は師弟関係ではない。

風間から八雲を紹介された際に、あくまで達也は訓練相手。

八雲も聞かれたことは答えられることと答えられないことがあるという取り決めのもとに九重寺へと通っていた。

体術で言えば、達也は八雲と拮抗する部分も出てきたが、少なくない年月言葉を交わしても、為人(ひととなり)は未だに掴みきれない。

八雲は手に負えない曲者という意識があるにも関わらず、達也は八雲から多くを教わった。

だが八雲は達也に古式の術を説く必要もなければ、義理もない。

付き合いだした当初は何か企みがあるのではないかという疑念を抱いていたが、少なからず達也は自然と八雲に信頼を置くようになっていた。

だがその信頼も東堂青波と八雲が懇意にしているとなれば、警戒心の方が再燃する。

 

 

達也はゆっくりと左右を見渡した。

監視者がいれば牽制するつもりでいたが、どうやらその気配はない。

九重寺のある小高い丘のあたりから尾行の気配が途絶えていたのだが、間違いではなかったようだ。

偶然ではなく、おそらく八雲かその弟子が対処したのだろう。

 

「行きましょうか」

「ああ」

 

今回の対面に当たり、東堂が指定してきたのは達也一人、―――ではなく雅の同伴することだった。

最も達也とは別要件なのか、こちらは丁寧に来訪を願う旨の手紙まで添えられていた。

東堂青波にとって達也は呼びつける相手だが、雅は招待という体裁をとっている。

元老院の重鎮からしてみれば、魔法師として国を支えている十師族すら歴史の浅い、取るに足らない相手であり、指先一つ、声一つで表舞台から姿を消すということもできる。

 

しかし、九重家という名前に対しては、少し勝手が異なる。

政財界に影響を持つという意味では、元老院とも変わらない。

むしろ歴史の長さや地縁のつながりという意味では、おいそれと無視できない存在である。

 

 

 

 

九重寺は小高い丘の上にある。

石段の長さを考慮しても予定より10分以上も早い時間だ。

だが、達也には懸念があった。

 

そしてその予感は的中する。

石段を数段上ったところで雅が足を止める。

 

「達也」

「雅はここで待っていてくれ」

 

雅はCADを待機状態にしていたが、達也はゆるく首を横に振る。

八雲が仕掛けてくるならその対象は達也だ。

警戒しながら石段の先に足を進めると、急に遠近感が狂い、自分が石段より小さくなったような錯覚を覚える。

石段を上るという行為に幻覚の魔法が掛けられ、達也の視界には現実と幻覚の景色が重なって見える。

達也には精神干渉系魔法への適正はない。

精神に侵入しようとする魔法を術式解体の要領で押し返しながら魔法式の記述内容を読み解く。

精神、つまり霊子情報体に働きかける魔法でも、魔法式は想子情報体で構成されている。

魔法の発動が完了する前であれば、相手の魔法に対して防御も干渉も可能だ。

 

おそらく達也でなければ一瞬で幻覚に呑まれていただろう。

達也相手に術が通じなかったという事は、八雲にも分かっている。

分かっていて同じ手を繰り返すほど、八雲は甘くない。

次に取る手段は、

 

「(実体による攻撃)」

 

達也が思考すると同時に左右からカマイタチが襲い掛かる。

生垣も低木もない空間から繰り出されたそれを達也は分解する。

今夜は晴れていて月もあるが、周囲は闇に塗りつぶされている。

攻撃の出どころと術者の所在を分からなくするため、結界のようなものが敷かれている。

この程度で終わるような生易しい術者ではないことを達也は知っている。

頭上から音もなく複数の矢が降り注ぐ。

音を立てない弓矢なのか、音を立てずに射られたものか、いずれにせよ余計な思考は排除し、矢を集合体として分解する。

達也も魔法が作用して気が付く。

矢には実体がなく、情報体を偽る魔法で矢の雨を誤認させられていた。

リーナが得意とする仮装行列と同系統の魔法だが、達也が実体のある攻撃手段をとってくるという思考を読み取られていた恰好だ。

 

達也は二の足を踏むことなく、五感を研ぎ澄ませ、石段を上へと駆け上がる。

前方で気配が揺らぐ。

衣ずれの音、香の匂い、闇の外でかすかにとらえた輪郭。

階段の上と下。

不利なのは下段にいる達也だ。

実体の所在を把握された八雲はスピードをつけて、石段を駆け下りる。

位置関係の不利をなくすべく、達也は駆け上がるスピードを乗せた前蹴りを八雲に振るう。

上体を屈めて避けた八雲を飛び越え、上段に位置する。

だが、八雲に対して背を向けた格好だ。

背後から迫りくる突きに対し、フラッシュキャストを使用した移動魔法で回避する。

早いだけが取り柄のフラッシュキャストだが、近接において数センチの差が勝敗を分けることもある。

振り返りざまに達也の手刀が八雲の首をとらえ、八雲の拳が達也の脇腹に、互いに寸前で静止された。

 

「随分と手荒なお迎えですね、師匠」

「そろそろ時間だ。行こうか。閣下は既にお待ちだよ」

 

達也は時計に目を落とした。

時間は5分ほどしか経過していない。

たったそれだけの時間で達也が八雲を撃退できたとは思えない。

雅が一切手出しをしていないのは分かっている。

おそらく八雲に時間調整をされたということだ。

少なくとも達也は周囲に被害を出さない範囲で本気であった。

しかし、八雲の方には時間を気にする余裕があった。

少しの口惜しさと共に八雲にまだ及ばぬ自分の実力を思い知る。

 

「本当に手荒なこと」

 

雅が静かに石段を上がり、達也の隣に立った。

隠し立てもせず雅は非難めいた眼を八雲に向ける。

 

「これから人とお会いするのに埃のたつようなことはご遠慮ください」

 

雅はCADを操作すると達也の服についた細かな汚れと皺を伸ばした。

髪の毛も来た時のように乱れなく、丁寧に櫛が通された自然な形に仕上がっている。

『再生』を使用しても同様の結果は得られたが、素直に雅の魔法を受け入れた。

 

 

 

九重寺に入ると、達也と雅は別室に通された。

雅が通された部屋は無人で、八雲の門人が茶を用意して退出した。

先に達也と東堂との対面が行われるようだ。

達也は東堂からESCAPESプランの発表とマスコミにトーラス・シルバーの存在を公表すること、およそこの2点について了承を得ることが目的だ。

達也は相手がいかに大物だろうと揺るがない胆力を持っている。

今回提示するESCAPESプランは構想としても、USNAから発表されたディオーネ計画より現実的であり、経済的な効果についても高い。

なにより魔法師が兵器としての役割から解放されるという達也を形作る想いの一つだ。

ここが分水嶺。

雅は静かな部屋でただ待っていた。

 

 

時間にして15分程度、八雲が案内する形で部屋にスーツ姿の男性が入る。

剃髪にオーダーメイドの高級スーツ。

年齢の割にがっしりとした体格にどんぐり眼と灰色の太い眉。

 

「このような時間にご足労いただき、痛み入る」

「この度はご招待いただき、ありがとうございます」

 

雅は年配へ敬った言葉遣いをしているが、九重家と東堂家とではどちらの方が上、という事はない。

東堂は元老院の中でも発言力の強い家の人間だが、九重を軽視するほど耄碌していない。

政財界に顔が利くのはどちらも同じ。

経験で言えば、東堂の方が海千山千、駒遊びの経験は多い。

しかし九重を相手にするときは、若人のような気概と緻密な下準備を要する。

例え孫ほど離れた年月の差があろうとも、東堂が高圧的に出ることはない。

 

「対面するのは初めてのことでしたかな」

「私の初めての奉納舞の際にお出かけいただいたと伺っております」

「今でも鮮明に覚えております」

 

幾度か招かれた九重の神楽舞の舞台。

鮮烈という言葉を、身に染みて感じたのはまさにその舞台であった。

東堂はその家系が正しければ日本でも古い霊能者の一族の出である。

最も、東堂青波にも眼力というべき「目」の一種を異能として保持しているが、それを磨くより術者を統べる家としての道を歩んできたため、制御はそれほどできるわけでもない。

だが経験が合わされば、器を見る目には曇りはない。

東堂をもってしても、どうにも底がのぞけない者は存在し、目の前にいる二十歳にも満たない少女もそうであった。

 

「今宵は言祝ぎをお伝えできればと思い、お招きした次第であります。

この度は九重悠様、九重雅様、それぞれに良き縁がありましたことをお祝い申し上げます」

「ありがとうございます。東堂様からのお祝いの言葉、兄も喜ぶことと思います。

至らぬ点もありますが、今後もどうぞお頼みもうします」

 

雅は青波に丁寧に頭を下げた。

雅の言葉に東堂は笑みを深める。

 

「進んで修羅を行くか」

 

祝いの言葉に見えて、達也との婚姻は東堂のお墨付きを得た以上、逃れられないものとなった。

抑止力は、使わせないから抑止力である。

触れてはならないもの(アンタッチャブル)、それは四葉の代名詞であり、今後は達也の代名詞ともなり得る。

世界の脅威となり得る者の伴侶は、自ら裸足で茨の道を行くようなものだ。

 

「東堂様は達也に抑止力としての力をお望みということでしょうか」

「左様」

「伺うに達也はそれを了承したということでしょう」

 

唇の端をわずかに釣り上げた。

 

「あやつ、予想以上に壊れておったが、案外青い」

 

東堂は八雲から出された茶を飲み干す

 

「極端に歪よ。並みの者では妹背となれまい」

 

いっそ眩しさすら覚える10代の気概と展望、それに不釣り合いな濃密な死線を潜り抜けた戦闘能力を保持した四葉の魔法師。

それが清流のごとき気品とこの国有数の歴史を持つ家の特別な美しい娘と思いを通じ合っている。

 

「九重は千里を見透かすというが、お主も数奇な星に生まれたものよ」

「よき星巡りに恵まれたと思います」

 

神仏にも似た笑みに、東堂青波は八雲の拙い茶の代わりを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りのコミューターの中、二人はしばし無言で過ごしていた。

 

「達也、私について何か言われた?」

 

達也も雅も互いにどんな会話をしていたのか、詳細には把握していない。

八雲の管理下では、人払いの結界と耳封じの結界が施されているため、漏れ聞こえることもない。

だが、雅は東堂が達也を気に入ったように見えた。

計画についても了承を得ていると言っていた。

あの手の御仁は接見の場で言わないことや隠し玉はあったとしても、嘘をつくタイプではない。

となると達也自身のことというより、それ以外のことでとなると呼び出した雅についてのことと捉えられる。

 

「…………すまない。答えられないというより、俺自身が雅に聞かせたくない内容だ」

 

顔に出したつもりはなかったが、達也の気が張っていることを雅には伝わってしまったのだろう。

 

「分かったわ」

 

雅は達也の方に少し体を傾けた。

普段から姿勢の良い雅が姿勢を崩して、達也に体を預けた。

甘えているようで、これは達也の方が慰められている。

 

 

 

 

達也から東堂への説明は滞りなく、ESCAPESプランの説明もトーラス・シルバーとしての身を明かすことも了承を得られた。

日本という国が他国からの干渉を受けない抑止力としての役割を求められたことも、苦痛を感じるほどではない。

経済的な重要ファクターとして魔法師が重用され、真に兵器としての役割から解放される、それを望みながら自らはそこの立場から逃れられない矛盾も理解している。

そもそも達也は深雪がその役割から解放されることを第一にしてきた。

そのために力をつけたと言っても過言ではない。

深雪以外のことは些末と言っても良い。

いくらか深雪以外にも感情が割けるようになったとはいえ、根の部分はそのように達也は加工されている。

この思考が雅や深雪の顔を曇らせる原因とは分かっているので、口にはしないようにしているだけだ。

 

抑止力としての役割を求められ、達也がそれを是とした後、東堂が退出の間際に足を止めた。

 

『そういえば、九重の直系筋、あれほど良い(はら)もあるまい』

 

おそらく達也の反応を見るために言われた一言。

だが無視するには軽くない言葉だった。

爆発的な怒りを抱いたのは一瞬。

達也は東堂退出の折に畳に額が付くほど、深々と頭を下げていた。

双方の表情はうかがえない。

微塵もにじませるつもりはなかったが、東堂は僅かに口元を上げ、鷹揚に頷いているようだった。

むしろ達也の反応に気分を害するどころか楽しんでいるような素振りだった。

 

魔法師はおおむね早婚だ。

魔法が体系化されたからおよそ100年。

世代を重ねるごとに優秀になると言われている魔法師は、総じて次世代を早く求められる。

達也たちのように才覚が明らかになる前からの婚約は珍しくても高校生の内から婚約者がいたり、選定をしている家は魔法師に限ればよく聞く話ではある。

 

魔法師の才能は遺伝の傾向が強い。

賛否あるとしても達也や雅の才能を引いた子であれば、豊富な想子を保持し、魔法師として優秀な子が生まれるだろうという推測は(かた)くない。

直接的な言葉にされたことはないが、達也も雅もそうすべきというのが真夜の意見だろう。

『再生』または『分解』の才能が継がれる可能性を危惧する者は四葉にもいるだろうが、九重の名を持っていた雅に無理を強いればどうなるか分からない愚か者はいない。

 

万事整えられた達也の隣にいるための立場。

九重はこれを“星巡り”と呼んでいる。

果たしてどれだけ紡がれた(意図)なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

5月31日(金)

 

達也は予定どおり記者会見を行った。

時間帯は授業時間であったため、生徒会室で録画していた映像をみんなで見ることになった。

達也も会見後に学校に来ていたのだが、流石に気恥ずかしいのか、雅たちと入れ替わるようにして図書室へと移動していった。

会見ではトーラス・シルバーが、ハードウェアを担当する牛山欣治(うしやま きんじ)とソフトウエアを担当する達也の二人からなるチームの名称であることが公表され、それと同時にチームの解散も宣言された。

牛山はCADの開発を続けるが、達也は重力制御による熱核融合炉を実用化し、エネルギー供給分野の新規事業に携わることとなる。

当然、トーラス・シルバー自体、チームの名称であるため達也がディオーネ計画へ参加することはないし、USNAの国家科学局のエドワード・クラークが直接達也に参加を求めているわけではない。

今後、達也が仮に参加を求められていたとしても恒星炉の事業責任者となり、既に動き出しているため参加することはないと明確に否定した。

 

そして放課後。

カフェテリアに集まり、話題になったのは当然、会見についてだった。

 

「達也、見たぜ」

「科学分野の記者を連れてきていただろうけれど、あまりに稚拙な質問だったね」

 

レオと幹比古が達也を労った。

恒星炉の安全性と安定性を心配する者のために、海上基地やどこかの島を建設予定としていることに対して、魔法師の独立国家を作るつもりかと質問を投げかけたり、魔法師が非魔法師を支配するような構図になるのではないかと言った言い掛かりめいた言葉が記者から向けられていた。

 

「バカの相手、お疲れ様」

 

エリカが皮肉っぽく笑った。

会見は生中継だったため終始淡々と冷静に回答していた達也に対し、傍からは記者の方が勝手にヒートアップして大人気なく恥をさらしていたように見える。

 

「エネルギー生産プラントの建設か。なにか言いやすい略称とかないのか」

「非公式だが、ESCAPES計画という略称がある」

 

達也が続けて、頭文字の正式名称を伝える。

会見では、計画の正式名称は日本語でしか公表されていない。

後々FLTから出される公式プレスで海外向けの名称も披露されるだろう。

 

「察するにエスケープに合わせて、言葉を組み合わせたってことか。何からの脱出なんだ」

「軍事利用からの」

 

今まで楽し気に話していたレオが真顔になった。

 

「……そういうことか」

 

レオは調整体魔法師としての血を引いている。軍事利用からの脱出が兵器であることを強制されている魔法師の宿命からの脱出であることを悟ったようだ。達也の言葉に他のメンバーも神妙な顔つきにいなっている。

 

「そういうことだ」

 

達也は計画の意図を隠さなかった。

 

「ぜひとも成功させなきゃね」

「大丈夫でしょ、達也君なら」

 

しんみりした声で幹比古が言い、エリカが明るく振舞った。

 

「場所の選定は始めているという事でしたが、いつごろから実際に建設を始められるんですか」

 

場の空気が和やかになったことで、美月が具体的な話を切り出した。

 

「計画はもうスタートしている」

「え?じゃあ学校には?」

「今までどおり出席は免除されているが、もう少し落ち着いたら学校には通うつもりだ」

 

水波がいるとはいえ、達也としては深雪の護衛という側面は切っても切り離せない。

むしろディオーネ計画の参加を辞退し、ESCAPES計画を公表したことにより危険が増す可能性も捨てきれない。

今回の会見で世間がどう動くのか、しばらく様子を見てから通学を再開することになるだろう。

 

「そうなんですか。よかった……」

 

大げさに胸をなでおろすほのかに、単なる心配以上の感情が見え隠れするが、深雪も雅も目くじらを立てることはしなかった。

達也と一緒に学校に通えることは、二人にとっても喜ばしいことだからだ。

 

 

 

 









本日見た夢では、この小説が職場の管理職にばれるという目覚めの悪いものでした。
現実にならないことを祈るばかりです。

とはいいつつ、甘いやつ書きたい。
よいシチュエーションは思いついたので、記憶があるうちに文字おこしをしたいなあと思います。
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