恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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半年ぶりです。

自分の話を読み返しながら、ここの表現重複しているなあ、とか、この展開微妙だったかなあとか、この文章どうやったら出てきたんだ私…、ってなることありますよね。
初回投稿が2015年前でかれこれ10年書いているとは自分でも驚きです。




エスケープ編3

 

結局、達也は伊豆の別荘に帰らず、調布の新居に帰った。

 

達也は記者会見からの帰り道、魔法協会の職員から明日来日するエドワード・クラークとの面会を求められている。

計画の発案者自らディオーネ計画への参加を持ち掛けてくるつもりだろう。

エドワード・クラークとの面会は非公式で非公開なものであり、達也がESCAPSプランを公表したとしても魔法協会としては国からの圧力もあり、ディオーネ計画へ参加させたい意図があるのだろう。

 

魔法協会は国営の団体ではないが、魔法師の国家的プロジェクトという経済的利益、世界の問題である人口増加問題という大看板に飛びついた国会議員をはじめとする国の舵取りをしているお偉方からの声をさばき切れていない部分があるのだろう。

 

魔法協会の会長は数字付きの家の持ち回りで、例年早々大きな問題がないため半ば名誉職のような持ち回りででもできる役であったのだが、ここ数年は魔法師の置かれている立場もあってプレッシャーのかかる役職となっている。

今年は第一高校部活連の十三束鋼の母が勤めているが、魔法師としての立場と政治的立場が交錯するやり取りはそこまで得意ではなさそうだ。

 

また、日曜日にも雫から父であり、ホクザングループの総帥である北山潮の家へと訪問の希望があった。

こちらは、達也のESCAPSプランについて話が聞きたいと予め聞いている。単に娘の友人だから声をかけたというわけではなく、大企業を取りまとめる総帥として有益なビジネスになるかどうか見極めたいのだろう。

 

「魔法協会からは九重家にも話を通してほしいと会いに来たそうだな」

「十三束君のお母さま、随分と参っているみたいよ」

 

十三束の母が、達也に直接アポイントを取るのではなく、九重に接触したのは正直なところ、あまり良い手ではなかった。

魔法師というコミュニティの中でも、古式魔法師は流派ごとに独自の文化があり、閉鎖的なコミュニティではあるが、流派ごとの接触が全くないわけではない。

むしろ狭いコミュニティだからこそ、この手の噂は広まるのが早い。

魔法協会が九重に指図したという構図は、古式魔法師の界隈からすれば、余所者が大きな顔をしていると鼻つまみに合う事だろう。

達也としては知り合いの十三束の母が窮地だとしても、心を痛めることも十三束鋼に申し訳なく思う気持ちも気に掛けることも全くないのだが、礼儀として九重家にも連絡はするつもりではあった。

強い情動を魔法によって奪われたとはいえ、そのぐらいの機微は持ち合わせている。

 

学校が終わった後、達也の初めての帰宅に調布の新居では、深雪は気合が入っていたのか、今までの反動か、随分と手のこもった夕食と対応だった。

 

「雅にも深雪にも心配をかけたな」

 

深雪は達也のいない不安や寂しさに対して雅を着飾ったり、世話を焼いたりすることで解消している節がある。

生まれた時から四葉家の次期当主として淑女教育を受けてきた深雪は、達也と雅の前だけ素直に甘えられる。

自立しているのではなく、精神的な依存先が少ないため、その甘えが極端に見えるだろうが、達也は深雪が喜ぶのであればその我儘やお願いはできるだけかなえてやりたいと思うし、雅も可愛い妹分からの好意はよっぽどのことがない限り断らない。

 

今日も夕食後は深雪によって自宅の風呂で入念にケアをされたのか、髪も肌も指先に至るまで磨かれているのがわかる。

服装も白いふんわりとしたナイトドレスであり、雅の私物ではなく深雪の趣味で購入したものだろう。

丈は長めだが、ひざ下からは透け感のあるレースになっており、普段はあまり見せることのないデコルテ部分も綺麗に見せる作りになっている。

長い髪もゆったりとまとめられているが、絹のようにつややかであり、少しだけ甘い香りがしている。

 

「心配したけれど、深雪は随分と寂しがっていたから深雪との時間も作ってあげてね」

「分かった。だが日曜日の夜には伊豆に戻るつもりだ」

「そうなの」

 

達也は校長から出席しなくてもA評価で卒業できるよう授業の受講も実技も免除されている。

実際、入学前から達也は第一線で活躍している魔法工学の才能を持っている。魔法科大学への入学も単位が保証されていて、達也の知識量であれば明日が試験も問題ない。

通学する必要はないのだが、いくら水波という護衛がいたとしても深雪をそばで見守ることができるに越したことはない。

だが、達也がESCAPSプランを発表したことにより、今後の新ソ連とUSNAの出方が分からない以上、もう少し様子を見た方よいと達也は考えている。

 

「深雪が寂しがるわね」

「ああ」

 

落胆するだろうが、達也に早く帰ってきて欲しいとは深雪は口にはしないだろう。

寂しさを紛らわせるように、また雅にべったりとなりそうだ。

 

「―――雅は?」

 

週末は神楽の稽古や準備にスケジュールが密な雅は、今までは自宅同士の距離が近かったから一緒にいる時間も取れていた。

だが、達也が伊豆で表立った行動を自粛していることにより、深雪たち以上に会える時間がかなり少なくなっている。

今日は深雪が雅との時間を譲ってくれているが、雅の性格からして深雪に譲ることが多い。

 

思っても見なかった質問だったのか、雅は伏し目がちに達也にもたれかかった。

 

「会いたかった」

 

小さく聞こえた答えに達也は雅を抱きしめた。

想いが通い合ってからも、雅が達也に甘えてくるということはそう多くない。

あったとしてもかなり控えめで、積もり積もった達也の長年の無自覚の責任であり、古傷のように雅の心にブレーキをかけている。

抱きしめた柔らかい体とあたたかな温度に達也の体からも自然と力が抜ける。

問いてみたものの、達也も同じく足りなかったものをようやく自覚する。

 

「雅」

 

雅の頬に手を滑らせ、視線がかみ合う。

以前はもっと長い時間会えないことが普通だったのに、いつの間にかそばにいることが当たり前になっていた。

縋りつくように雅が達也の胸に手を置き、目を閉じて顔を上に向ける。

 

ゆっくりと唇を重ねる。

最初は長く、そのあとは何度も柔らかさを確かめるようにやさしく口づける。

時折漏れる吐息が徐々に甘さを帯びてきているようだから、離れがたくなる。

途中、うっすらと目が開けられれば、潤んだ瞳と視線が交わり、恥ずかしげにまたぎゅっと目を閉じられる。

久しぶりというのもあるだろうが、いつまでも初々しい反応に達也の方も加虐心がくすぐられる。

 

唇を離すと、次は無防備にさらされた細く白い首筋へと滑らせる。

雅から小さな戸惑いの声が聞こえるが、そのまま徐々に下に下がるように何度も唇を落とす。

跡は残せないが、目の前の白い肌はあまりにも甘美な毒だった。

鎖骨をなぞるように音を立てて何度も音を立てて吸い付くと、雅の体が小さく震える。

 

「達也」

 

か細い声で名前を呼ばれ、顔を見つめると頬は羞恥で桃色に染まり、潤んでいた瞳はさらに熱を持ったかのようだった。

背筋が泡立つような色気を帯びている。

達也はさきほど口付けたところをなぞるように指先を滑らせる。

雅がまた小さく息をのむ。

これ以上なにかするつもりはなかったが、期待と羞恥と不安に揺れた瞳に、達也の天秤も傾きかけていた。

見せつけるつもりはないが、次はこの白い肌に似合いのネックレスを贈ろうと達也は決めていた。

 

 

 

 

 

 

6月8日(土)

 

深雪と水波は達也のいる伊豆の別荘へ、雅は京都の実家に帰っていた。

雅も達也のところにいたいのが本音だが、今月末に控えた夏越の祓に向けて稽古と準備をしている。

夕食後の時間、雅は兄である悠の部屋に来ていた。

 

「少し風向きがよろしくないね」

 

達也がFLTでESCAPES計画について会見して、およそ1週間が過ぎた。

世間に対するディオーネ計画とESCAPES計画については、賛否両論が繰り広げられているが、まだディオーネ計画への賛同する論調が強い。

 

「達也が窮地に陥ると?」

「中心は彼だけど、こっちの方でもちょっと厄介なことになりそうだ」

 

ここで言う風向きが計画だけの話なのか、達也の身にまた危険が迫っているのか、問い詰めても明確に悠は答えないことは分かっていた。

 

「雅はむしろ東京にいてもらった方が、何かと都合がいい」

「分かりました」

 

九重の方でも何か動きがあるようだが、雅の出番はなさそうだ。

 

「さて、そろそろ時間かな」

 

悠が部屋に備え付けられたディスプレイを起動し、司波家へと通話をつなぐ。

数コールののち、画面には達也と深雪が映し出された。

 

「こんばんは、深雪ちゃん、達也」

「こんばんは、悠お兄様」

「ご無沙汰しています」

 

二人とも自宅のため、制服から自宅用の服になっているが、深雪は雅や達也だけのときと少し異なる。

四葉家へ連絡するときよりは華やかなデザインで、お化粧もしているようだ。

通話とはいえ、婚約者である悠に会うのだから、あれこれ悩みながら選んだのが想像できる。

 

「中々面白い会見だったよ」

「恐れ入ります。そちらにも取材などご迷惑をおかけしました」

「構わないよ」

 

月曜日に達也がトーラス・シルバーであるというリークが入ってから、四葉家から九重家に向けて先んじて連絡は入っているし、達也からも迷惑をかけることになると一報が入れている。

改めて謝罪する必要はないが、達也は丁寧に腰を折った。

 

「日本政府は魔法協会を通じて未だに君にディオーネ計画への参加するように圧力をかけてきているようだけれど、経済界は君の計画を支持するだろう」

「楽観視はしていませんが、既に計画への協力についてお声がけいただいているところもあります」

 

計画を発表して間もないが、ESCAPES計画に興味を示し、達也に接触してきたのは雫の父である北山潮だった。

彼は日本でも有数の実業家であり、ホクザングループ総帥だ。

会見が終わった週の日曜日に雫を通じてアポイントがあり、達也はESCAPES計画へのプレゼンを行ったそうだ。

魔法工学の知識や技術はあっても、実際の雫の父と面会して現実的な採算が取れる形での資源の取り出しについて協力が得られることについては、達也にとって大きな前進だっただろう。

彼を窓口にして、複数の大企業が計画に興味を示しており、九重にも繋ぎを依頼する話は上がってきているらしい。

いくら日本政府が達也にディオーネ計画への参加を求めているとはいえ、政界と財界のつながりは深い。

FLT単独の事業ではなく国内の有力企業が乗り気でいるなら、日本政府や議員たちはその意向は無視できない。

おそらくここにも東堂の意向が絡んでいる。

 

「インド・ペルシア連邦も金星開発より恒星炉計画への支持とみて良さそうですね」

「一科学者の意見ですが、少し意外でした」

「あそこは人口問題も抱えているからね。100年後の移住より、自国民を飢えさせないことの方が優先されるだろう」

 

金星開発計画は、増え続ける世界の人口に対応するという目的がある。

世界的な戦争で一時的に人口は減ったが、現在はまた増加の傾向にあり、いずれ地球のキャパシティに限界が訪れると警鐘が鳴らされている

特にインド・ペルシア連邦は戦前から人口増加のスピードが著しく、増え続ける人口に対して食料とエネルギー問題は喫緊の課題だ。

その他の国々は大亜連合を含め、まだ旗色を示していない所も多い。

 

「ディオーネ計画か、ESCAPES計画か。魔法の平和的利用をどちらも表向き打ち出しているが、同じ魔法師が同時に計画に携わることはできない。そうなれば、後出しじゃんけんで、宣伝効果はESCAPES計画の方が優勢だね」

 

ディオーネ計画は金星の開拓という計画上、宇宙空間への滞在が増える。

一方、ESCAPES計画は海水からの水素の生成という点で海に近い場所での作業がメインだ。

計画自体は両立しうるものであるが、それに携わる魔法師自体はどちらかの計画にしか付くことはできない。

 

「それは思ってもない効果でした」

「君としてはまだ計画を公表するには時期早々だったかい?」

「いえ。卒業後とは思っていましたが、元々構想していた計画ですので、後は現実的な話を詰めていく段階になります」

 

達也としてはディオーネ計画に参加しないための代替案と思われるのは不服ではあるが、世間一般がそのような反応をしようとも既に計画は動き出している。

達也はディオーネ計画自体を否定はしていない。

裏の意図として意にそぐわない、または危険な魔法師を地球外任務に就かせるという裏の意図があったとしても科学者が未来を構想することは何時の時代も行われてきた。

ただし、いくら達也が国内外からディオーネ計画に参加を求められようとそれはあくまで他人の夢であり、協力しなければならない理由はない。

 

「地鎮祭が必要なら遠慮なく声をかけてくれ」

「分かりました」

 

達也としてはそれほど必要性を感じていないのだが、だが今回の計画の出資については一部四葉家以外の企業も入ることになっている。

大企業の幹部やCEOの中には信心深い者も多くいるため、九重家が執り行った地鎮祭という事であれば安全性について口出しされる機会は減るだろうという悠の配慮だった。

 

 

「悠お兄様、そちらはお変わりないでしょうか」

「ああ。少し汗ばむ日も出てきたけれど、大祖母様も姪っ子も元気だよ」

 

2月に生まれた姪は、すくすくと成長し、少し人見知りもするようになってきた。

月に何度か会っているはずの雅が抱き上げると不満そうな顔をするようになったので、少し寂しく感じている。

 

「それは良かったです。皆様にもよろしくお伝えください」

「ありがとう。姪もそうだが、人の子の成長は近くで見ていても早いよ。ああ、そういえば達也が2歳のころだったんだけど、その年齢のブームにもれず、電車が好きでね」

 

悠がふと思い出を語ると、深雪は目を輝かせ、達也は言葉に詰まっていた。

達也は母の手によって魔法演算領域に手を加えられたことを含め、それ以前の幼少期の記憶は記憶というより他人の記録を朧気に理解しているという感覚に近い。

一般的には幼少期の記憶も強い記憶であれば、ある程度成長しても覚えているものもあるようだが、達也はすべての記憶が深夜の魔法によって記憶から記録にされている。

 

達也の幼少期の養育は九重によって行われていた。

成長の具合を確かめ、訓練をつけるために定期的に四葉のもとに戻されていたが、悠や雅とは兄弟のように育てられていた。

基礎的な情操教育や社会性というのは四葉ではなく九重の庇護のもと、達也には身についたものだ。

九重の秘とされていない悠たちの稽古にも立ち会わせ、一緒に学ばせていたため、四葉の苛烈な訓練も達成できるよう育成されていたため、乳児ほど手がかからなくなったとしても四葉に完全に戻されることはなかった。

四葉内部としてもいつ爆発するか、コントロールもできるか定かではない不安定な状態の子どもを手元に置いておくべきか悩んだ上の判断ともいえる。

 

 

様々な思惑が絡んで達也は生活を悠たちと共にしていたが、達也と悠の年齢差は5歳あり、当然達也や雅が覚えていない幼少期のエピソードも悠は覚えている。

 

「部屋中に線路をつなげて、長く連結した電車を走らせてじっくり眺めてご満悦だったんだ」

「まあ、可愛らしい」

 

隣から向けられる深雪の微笑みに達也は少し居座りの悪さを感じていた。

 

「記憶にないです」

「おや、残念だ。ちなみに雅はその線路を片っ端から壊すのが楽しかったようで、よく達也と喧嘩していたよ」

「お姉様とお兄様が喧嘩ですか?」

「今度、こちらに来た時に写真を見せるよ」

「楽しみにしています」

 

九重には達也の幼少期の写真が残っている。

何度か達也も見たが、その写真の風景を覚えているというより、写真そのものを覚えているので、そのことがあったのだろうという印象が強い。

だが、深雪としては達也が大切にされていたという事がなにより嬉しいようで、深雪が喜ぶのであれば、達也としては自分の感情は二の次だった。

 

「達也」

 

悠の声が少し低くなる。

 

「そちらは明日、天気が優れないようだ。早めに休む方がいい」

「……わかりました」

 

口ぶりからして、何か達也に危機が迫っているという事だろうが悠が明確に何かを言えないことは理解している。

深雪と水波を送迎してきた執事の花菱からは国内の動きはなく、逆にチャンドラセカール博士の会見以降、USNAと新ソ連の反応がないことが不自然ではあるが、今のところ受け身で対処するという現状だ。

千里眼の異能は万能ではない。

完全にその異能について達也は把握しているわけではないが、その目は未来さえ見通すと言われている。

悠自身も何が起こるかまだ見えないのか、それともそれ以外の理由で口にできないのか現状、判別ができない。

窓の外は黒い雲が夜空を覆っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

神職の朝は早い。

季節によっては日が昇るより前に起床し、一日のお勤めを始める。

梅雨時期ともあって、昨晩降った雨が地面を濡らしている。

雅は薄暗い外でほかの神職と同じように雨でぬれた落ち葉を掃除しながら、今日の予定を確認していた。

午前中は各種その直々に応じた祭祀、参拝者の対応があるため、神楽の稽古は早朝か夕方以降に行われることが多い。

今日も朝拝の後、短い時間を使って打ち合わせがある予定だった。

 

雅が異変を感じたのは、日の出からしばらくした午前5時ごろ。

言いようのない不安を感じ、東の空に目を向ける。

何かがおかしい。

何かが起きている。

肌がひりつくような焦燥。

直接こちらに向けられたものではないが、雅に縁付くなにかが危険にさらされたような、そんな感覚だった。

東となると考えられる場所は一つ。

雅は周りの者に持ち場を離れることについて詫びを入れてから、悠のもとへと向かった。

 

 

「ああ、来たね」

 

悠は朝拝や祭祀に使用する品々を準備する部屋に一人でいた。

九重家の次期当主は悠だが、神職としての経歴はまだ浅いため、境内の掃除も祭祀の準備や片付けなども行っている。

悠は雅が持ち場を離れて自分を訪ねてきたことに疑問はないようだった。

 

「失礼いたします。先ほど、東の方で大きな何かがありましたか」

 

漠然とした質問だったが、雅が感じ取れたものをこの兄が分からないわけがないという信頼があった。

 

「入りなさい」

 

雅が部屋に入ると、悠は消音の結界を張った。

 

「時間があるわけではないから、簡潔に。伊豆の方で大規模な魔法の衝突があった」

「では、達也たちが」

「最後まで聞きなさい。攻撃は新ソ連の『トゥマーン・ボンバ』、十三使徒が達也の暗殺に乗り出したようだ。死者はいないよ」

 

戦略級魔法が日本国内に向けて行使された。

それだけで宣戦布告と等しい魔法だ。

しかも軍事施設を対象としているのではなく、敵の目的が達也の暗殺にせよ、民間人と民間施設を標的とした攻撃ともあれば、国際社会からの非難も免れない。

だが、それが新ソ連からという根拠を日本が示せるのか、という点は怪しい。

死者は、という言い方が気になったが、雅はまだ話の続きを待っていた。

達也がいる以上、どんな怪我を負ったとしても、『再生』の魔法がある限り、死というものからは遠ざかる。

兄が冷静を保っている以上、深雪にも被害はなかったとみるべきだろうか。

 

「達也の対処は間に合わなかったが、守護者(ガーディアン)のお嬢さんが無理をしたようだ」

「水波ちゃんが………」

 

桜井水波は調整体魔法師だ。「桜」シリーズと呼ばれる四葉家の調整体は、対物・耐熱シールドに魔法適性を持つように作られている。

いくら魔法師として障壁魔法に特性があったとはいえ、不意打ちの攻撃では魔法の強度や定義など咄嗟にはできない。

あいまいな定義な魔法をかけ続けることは、術者にとって負担になる。

しかも水波の障壁魔法は同一領域に重ね掛けすることで強を保ち、障壁を維持している。

それが戦略級魔法ともなれば、短期間に莫大な負担が魔法演算領域にかかることになる。

 

魔法師にとって精神領域内にあるとされる魔法演算領域は魔法行使に欠かせない領域であり、ブラックボックスである。

そこが焼き切れるとなれば、単に精神面だけではなく、肉体面への影響も大きい。

回復させる方法もまだ確立されていない。

 

「このことを知っていたのですか?」

「命には関わらないということは理解していたよ」

「ですが」

 

そのあとの言葉を雅は続けられなかった。

達也に警戒するよう助言はできたとしても、それがいつどこでどのようにあるのかまで、見通していたかは分からない。

 

「この攻撃はあくまで一つの契機だ」

「これがまだ始まりに過ぎないと?」

「新ソ連はともかく、少し厄介な虫が海外からも来るよ」

 

虫と聞いて思い出すのは寄生虫(パラサイト)だ。

あれはUSNAのマイクロブラックホールの実験を介してこちらの世界にやってきたと聞いている。

あれだけUSNAの魔法師にも被害を与えたその実験が繰り返されるという事だろうか。

 

「長引くのは覚悟しておいた方が良い」

 

結界が解除されると、外からは雨の落ちる音がしていた。

 





今年、もう一回の投稿は厳しいかもしれないですが、待ってくださる方がいるならできるだけ頑張りたいです。
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