恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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さて、今回の話ですが…中二臭いは褒め言葉です(キリッ)


九校戦編3

あの思い出すのも嫌になる出来事も、九校戦の準備の中で忙殺されていった。

準備ほぼ最終段階であり、昼休みに改めて今年度発行の競技規定を読んでいる時だった。

規定は一通り確認していたが、細則まで読んでいると、その文章の中に思いがけない文章があり、疑問に思ったままそれを口に出してしまった。

 

「皆さん、後述詠唱強化対策ってなさっているんですか?」

「「え?」」

「コウジュツ詠唱ってなんですか?」

 

 

大会備品や九校戦の選手団の発足式の最終チェックをしていた生徒会室はポカンとした雰囲気に包まれた。

 

「ああ、こちらではあまり主流ではないのですね。後に述べると書いて後述です。魔法発動後、魔法力の上乗せを詠唱によって行うんです」

 

「詠唱は古式魔法でよく用いられる手法ですが、スピードが優先される現代魔法が主体の九校戦で使用されるのですか?」

 

市原先輩は私の言葉に疑問を呈した。

 

「魔法の発動速度自体はCADに軍配が上がります。しかし、詠唱術による魔法の強化は本人の力量以上の結果をもたらします」

 

「本人の力量以上?」

 

達也以外はますます訳が分からないという顔をしていた。

 

「詠唱は想子だけではなく、霊子にも作用すると言われている方法です。CAD誕生以前の古式の流派の一部では今まで主流で使っていたくらいですので、古式魔法の家系が多い二高、六高では使ってくると思いますよ」

 

「それって、そんなに驚異的なんですか?」

 

「いえ、使える競技は限られていますね。どうしても時間はかかる手法ですし、棒倒しか、モノリスくらいにしか使われないでしょうが、モノリスコードで遮蔽物の多い場合や、棒倒しで干渉力勝負になったら分が悪いです」

 

 

私は今回の作戦には組み込む予定はなかったが、これは対策を考えておくべきだろう。

しかし、私は対策があるというか馴染みがあるが、この様子ではまず詠唱を使うこと自体目にしたことのない生徒が多いようだ。

 

「今まで使用していなかった理由はなんだ?」

 

深雪が生徒会用の端末で競技場の細則について拡大表示し、その前に生徒会室にいた面々が集まった。

先ほど質問を投げかけたのは渡辺先輩だ。

 

「CADを介さない魔法はどんな危険が伴うか分からないと規制されていたそうです。今回は実験的に解除すると規則欄に追加されていました。実際お見せした方がよろしいですか?」

 

 

魔法競技のかなり補足的な位置に書かれていたため、あまり持つ意味合いは大きくないと考えられているのだろう。

 

禁止だった理由も建前はそうなっているが、本音はきっと古式魔法の秘匿性にあるだろう。

術式を隠したがる家も多く、公開されていない術式も多い。

私の場合、詠唱によって発動プロセスを補助する程度のことなら、家からも禁止はされないだろう。念のために確認を取るが第一、事象を改変できるレベルで詠唱をできる魔法師は現代において一握りだ。

 

「そうだな。規則が変わったのなら知らないでは済まされないし、ぶっつけ本番で相手に使われて対応するより、今多少なりとも知識があった方がいいだろう」

 

市原先輩も神妙に渡辺先輩の言葉に頷いていた。

 

「雅さん、悪いのだけれど準備できるかしら」

「分かりました」

 

 

 

 

 

善は急げというわけで、その日の放課後、急遽アイスピラーズブレイクに出る選手とエンジニアが集められた。

いや、いくらなんでも急ぎ過ぎではないのかという思いも正直ある。ピラーズ・ブレイクは本来出場しない種目であり、私は練習どころかCADすら用意していなかった。

私の力量に期待してくれたのは嬉しいが、七草先輩のいった“準備”の時間はあまりにも短かった。

 

「手加減しないわよ」

「お手柔らかにお願いします」

 

しかも、私の相手に選ばれたのは2年生の千代田花音先輩。

【地雷源】の二つ名を持つ百家の本流、千代田家の血筋だ。

確か、去年の新人戦でもかなりの成績だったと聞いている。

今回も優勝候補として目されており、おそらく今回も得意の振動系術式で来るだろう。

 

 

やぐらの上に上がり、私は競技用にカスタマイズされた汎用型CADを構えた。

今回は時間がなかったため、達也にも調整を手伝ってもらった。

急な決定だったにもかかわらず、1時間とかからずに術式をインストールし、調整を行った技術はさすがだと言える。先輩も相当好戦的かつ自信ありげな様子だが、達也にお膳立てをしてもらって、負けるわけにはいかない。

 

 

今回は試しということもあり、本番の半分、互いに6本の氷柱が用意されている。

 

天気は晴れ。

地面に設置されたそれは夏の暑さ照りつける日差しを受け、少し溶けだしていた。

これなら、あの術式がいいだろう。

 

 

試合の開始を告げる、ランプが点灯する。

赤になった瞬間、情報強化と領域干渉を自陣に展開する。

 

実力を見るためにあえて、一本だけ緩くかけてある。

千代田先輩は甘いと言わんばかりに、そこを狙って私の自陣の氷柱が地面を媒体とした振動によって一本倒された

 

なるほど。

強引で派手な術式だが、干渉力もかなり強固だ

にやりと得意げな千代田先輩には悪いが、私も易々と負けるつもりはない。

 

「“轟の地よ。我、静寂を望む者なり”」

 

「えっ」

 

大地の震動が一斉に止まった

千代田先輩の魔法は地面を直接振動させ、氷柱を砕くと言う力技だ。

彼女の強力な干渉力とキャパシティがあるからこそ可能な手法だろう。

だが、地面そのものが振動できなければ意味がない。大地の精霊が彼女からの魔法を拒否する。

 

 

一方の花音は相当焦っていた。

情報強化や領域干渉ではない。魔法が発動しても防御されているのではない

「強制停止」の魔法とも違う、まるで大地そのものが振動を拒んでいるようだった。

 

反撃するよりも先に冷静にこちらを見据える一年生に鳥肌が立った。

一瞬の油断だ。だがその油断が大きかった。

 

 

「“日輪の光よ。

注ぎ、集まり、融解させよ。業火も生むその力、我が前に示せ”」

 

 

上空から降り注ぐ日の光を相手陣地中央に集約する。

氷柱から3メートルほど上空に出来たそれは、まるで小さな太陽なようだった。地の精霊と火の精霊が活性化され、魔法を強化していく。

 

「“日の輪の加護、大地の加護、我が鉾となれ、我が盾となれ”」

「なによ、これ」

 

花音はあまりのまぶしさに目を腕で覆っていた。

氷の表面は鏡のように反射し、更に日の光を強める。

 

「“不動たりて守りたまえ

爛々、煌々として蹂躙せよ

その力、今ここにありて我に従え”」

 

 

一瞬にして光が6つに分裂し、氷がまるで光学レーザーで切り裂かれたように縦真っ二つ位に割れていき、6つの氷柱全てが轟音を立てて、地面に倒れた。

 

 

千代田先輩は大きく目を見開き、茫然としていた。

離れて見学していた選手たちも同じく、茫然としていた。

唯一にっこりと誇らしく笑っていたのは深雪と、満足そうな達也であり、半数以上が事態が飲み込めていなかった。

 

「流石はお姉様です」

「CADも問題なかったみたいだな」

 

頭を抱えるばかりの選手とスタッフを横目に、雅はやぐらを降りた。

 

「ちょっと待ってくれ。一旦整理させてくれ」

 

渡辺先輩がまず質問を投げかけ

 

「後述詠唱と言ったな。つまりこれは詠唱無くして実現しない干渉力の強化ということか」

 

「そうですね。千代田先輩は振動系を使用されたので、まず自陣の地面への領域干渉、情報強化を行いました。一方、こちらが攻撃で使用したのは日光を収束させて熱線のように使用しました。

それぞれ、詠唱によって効力は増強されています」

 

氷柱を倒した魔法自体はそれほど珍しいものではなく、収束・発散の応用だ。

だが威力自体は軍関係者もびっくりの高出力である。

 

 

「花音は実際戦ってみてどうだったんだ?」

 

「びっくりですよ。詠唱が進むにつれてどんどん干渉力が上がってるんですよ。普通の干渉力強化なんてレベルじゃないです!」

 

あり得ないと千代田先輩は未だに驚きを隠せない様子だった。

 

「たしかに、あれだけ干渉力が強化されるのは厄介だな。花音が一発でやられるとは思ってもみなかった」

 

不意打ちであり、一瞬とは言わないが、あれだけあっさりと優勝候補が倒されたことは先輩方にも衝撃だったらしい。

 

「使用する魔法や流派が違えば詠唱も異なります。

ですが、基本的に棒倒しに使われる技術は系統魔法ですし、それに対応した詠唱は各流派持ち合わせています。基本は干渉力の強化ですが、中にはCADの同時操作のような並行での使用をする人もいます。

此方の場合、片手間ですのであまり強い事象改変はおこりません。

ですが、使い方を工夫すれば工夫はさらにできますね」

 

「具体的な対策はありますか?」

 

続いて市原先輩を質問を投げかけたが、対策と言っても今更古式魔法の対策は無用の長物だろう。

 

「干渉力を上回るしか今の所実用的な対策はないですね。若しくは詠唱を始める前に早期決着を図ることです。あとはそれぞれの魔法特性によると思います」

 

「こちらも詠唱で対抗はできないのか?」

 

目には目を

歯には歯を

詠唱には詠唱を

対抗手段としては尤もらしい考え方だろう。

 

「その詠唱を覚える時間があるなら練習に当てた方が効率的ですね。

難易度的に言えば、CADの同時操作より少し簡単か、もしくは同等と言われていますので、今の段階からでは些か遅すぎます。詠唱自体使える人数が少ないため、対戦で当たるかどうかも分かりませんし、確実な戦法を取る方が建設的だと思います」

 

「CADの同時操作と同程度ってことは、雅はそれができるっていうことだろう?」

 

「私の場合、古式を先に学んでCADを使う魔法を後から学んだので、それほど抵抗がないんです。詠唱系の古式流派ではどちらかと言うと、それが一般的ですよ。特に二高は古式魔法の名家が揃っていますので、もし使える相手と当たったら厄介ですね」

 

「これは一度考慮すべきですね」

 

市原先輩や五十里先輩はモニターの数値を見ながら小さくため息をついていた。

この段階で詠唱という彼らにとってほぼ未知の領域である魔法は、ある意味現代魔法に特化した故の弊害だろう。最も、私の家のようにこれだけ現代において古式魔法を使う方が少数派だとは言える。

 

「ちなみに、雅ちゃん。出場選手の中ではあなた並に詠唱による強化ができる選手はいるの?」

 

七草先輩も選手団代表としてこの場に来ていた。

詠唱自体は古典部の公開実験の中でも行われているが、あれは事象の改変がメインだったので、干渉力強化に使われるなどと誰も思っていなかったのだろう。

 

「私並になるか分かりませんが、何人か詠唱を使うことのできる家の名前がありました。彼らならあの程度の詠唱なら造作もないと思います。私が存じ上げない方でも、既に詠唱の練習をしていれば使用される可能性はあります」

 

各校既に選手のエントリーは終わっており、他校のメンバーの中には私も見知った名前が多くあった。同じ流派の人物もおり、使うかどうかは別として実力は認められている者たちばかりだった。

 

「花音、やばいぞ。もしかしたら今からでもお前から九重にエントリー変更になるぞ」

 

「なんでですか!

確かに不意はつかれましたけど、次は負けません。九重さん、もう一回やるわよ」

 

「馬鹿、本来出場選手でなければ練習もしていない九重に負けたんだぞ。それで本番詠唱ができる相手に当ったらどうするんだ」

 

「勝ちますよ。今度はもっと早く倒します」

 

 

私に噛みつかんばかりの勢いの千代田先輩を五十里先輩と渡辺先輩がなだめていた

選手の中でもエントリー変更の話が出る中、それを遮ったのは達也だった。

 

「俺は今からのエントリー変更は必要ないと思います」

 

「司波君?」

 

「今から焦って練習をするより、確実に上位を狙うのならば堅実に今までの練習を積み重ねることの方が重要でしょう」

 

「私もそう思います。詠唱を実用レベルで使いこなせる選手はそう多くない事ですし、それ以上に本番に向けた調整を行う方が先決です」

 

奇策に対する対策より、まずは正攻法で確実に上位進出を目指す方が理に適っている。

むしろ既に詠唱を使いこなせる相手に詠唱で挑むより、こちらも別の種類の奇策を仕掛ける方が効果的だろう。結局詠唱対策については十文字先輩から古典部に協力要請をすると言うことで話がまとまり、各自練習に戻ることになった。

 

「けど、悔しいからもう一回勝負よ」

「いい加減にしろ」

 

未だに悔しそうな千代田先輩は渡辺先輩に軽く頭をはたかれていた。

その後も私を見かけるたびに彼女から勝負を持ちかけられることになったのは、予想外の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九校戦は例年富士裾野の軍用演習場で行われる。

立地の関係上、遠くの九高から現地入りし、調整をする。

 

一高は大会前の懇親会当日に現地入りするのが通例となっている。

集合時間は既に過ぎたが、バスはまだ発車していない。

 

七草先輩が家の都合で遅れるそうで後から別に行くという連絡があったが、2時間程度なら待つと十文字先輩と渡辺先輩が決めたことで待つことになっている。

 

技術スタッフは狭い資材を積んだ車両であり、尚且つ達也は出席確認のために外に出ている。

 

七草先輩しか遅れていないため、わざわざ外で待つ必要はないとは思うが、全員が一科生で尚且つ未だに敵対心を向けられるのは彼としては居心地が悪いのだろう。

 

その様子に、深雪が不満げな様子を浮かべているのは言うまでもなかった。静かに怒っている深雪にほのかや雫も困っており、私に助けを求める視線を投げかけた。

 

「深雪。少し、席を外すわね」

「はい」

 

私が立ったことで二人からの視線がより強くなったが、仕方がない。

 

私はバスの外に出ると、日傘をさした渡辺先輩と制服をきっちりと着込んだ達也がいた。遅れると分かっていながら二人とも律儀なことだと思う。

 

「どうした、雅」

「真夏のこの時期に外はお辛くありませんか?」

「何だ、それは?」

 

私は一枚の札を地面に張り付けた。精霊に命令を下すと、地面から涼しい風が吹き抜け、周囲の気温が快適温度まで低下した。

 

「会長がいらっしゃるまでは涼しいと思います」

 

「そうだった。君は古式魔法まで使えるんだな。障壁もなしに屋外で冷却魔法とは古式魔法も侮れないな」

 

渡辺先輩は興味深そうに地面に張った札を眺めていた。

日差し避けの魔法も組み合わさっているから、実際の気温以上に体感温度は下がっているだろう。

 

「実家では古式が主流でしたから。大会前ですのでお疲れの出ない様にしてくださいね」

「ありがとう」

「助かる」

 

二人に念のためにお茶の入ったペットボトルを渡し、私はバスの中に戻った。

 

 

 

 

 

 

深雪の雰囲気に何とかしようとほのかが声を掛けていたところだった。

 

「深雪、何か飲む?」

「大丈夫よ、ほのか。私はお兄様のように炎天下で待たされていたわけではないもの」

「外も冷却してきたからしばらくは大丈夫よ」

 

ほのかの助けてと言う無言のメッセージを受けながら、私は深雪の隣に座った。

 

「お姉様、おかえりなさいませ」

「なんか札みたいなのを使っていたのは見えたけど、何してたの?」

 

雫は窓際なので先ほどの私の様子を見ていたようだ。

 

「簡単に言えばあの空間だけ冷房機能が効いている状態ね。室内と変わらないくらいの状態にはなっているわ」

 

「普通の冷却魔法ではないのですか?」

 

「それだと術者が魔法をかけ続けなければならないでしょう?

それを時間設定と地脈を利用した古式魔法で継続して発動できるようにしたの」

 

「じゃあ、魔法をかけ続けなくても魔法が発動したままになるんですか?」

 

「そうね。想子の供給は地脈の精霊が行っているから、魔法師はスイッチ機能のようなものね。温度の設定は札の魔方陣がやってくれて、それにのっとって精霊が作用しているわ」

 

基本的に質量保存の円環理論を使った魔法だ。

水の精霊と風の精霊がその場の空気を冷却し、余分な熱量はその精霊のエネルギーとなる。

熱エネルギーは太陽光から出ており、術者は魔法発動のための精霊喚起だけを必要とする。

日光避けは単なる収束系の応用でありこちらは現代技術として確立されているものを、術式に一体化して入れ込んだだけだ。

殆どが既存の魔法であり、それを組み合わせただけだがインデックスが掲載を検討している段階にあると聞いた。

 

 

「それって、とてつもなく凄いことなんじゃないですか?」

 

持続魔法は現代魔法の課題の一つでもある。設置型魔法式の導入や術式の効率化によって術式の発動時間は伸びつつある。

しかしながら、魔法はあくまで一時的な事象を改変するものであり、永続的な効果は望めない。魔法式を保存して発動を継続させる方法は研究されているが、未だに成功した例はない。

 

「定期試験の後に発表された新しい魔法よ。開発は図書・古典部の共同ね。少なくとも難題と言われてきた飛行魔法ほどではないけれど、使い方次第では応用の幅は広いわ。現段階では古式の術式のままだから、体系化が今後の課題ね」 

 

「お姉様も開発に関わられたのですよね」

 

「私はほんの触りの部分よ」

 

実家にも似たような術式はあったし、念のため確認したところプロセスが違うため公開しても問題ないとなった。

ただ、精霊への感受性が強いことと地脈を読める才能が必要になるため、まだ現代魔法への応用には程遠い魔法である。

 

 

「九重さん、そのことで少しお話をいいですか?」

 

市原先輩は私に話しかけてきた。

 

彼女も今回の研究には多少興味を持っている様子だった。

魔法理論において3年生の中でも特に優秀と聞いているし、論文コンペに向けての研究は重力制御型熱核融合炉の技術的な課題の解決らしい。彼女の追及している研究でも設置型魔法を使用する機会があるのだろう

 

「ええ、私にお答えできる範囲でしたらどうぞ」

 

深雪も幾分か穏やかになったことだし、私は市原先輩の隣に座って彼女からの質問を受けていた。

途中で鎧塚先輩も巻き込まれ、サブスタッフとして市原先輩に協力している平川先輩と五十里先輩も参加してミニ討論会となった。

 

後から聞いた話だが、理論が苦手な生徒は日本語なのに日本語が分からないとぼやいていたらしい。

 

 

 

 

 

 

その後、七草先輩が到着し、バスは目的地に向けて出発した。

雫のフォローもあって、深雪の剣呑とした雰囲気も収まり、下心のある生徒たちはここぞとばかりに深雪に話しかけていた。

あまりに群がる男子達に渡辺先輩がついに切れ、深雪と私を彼女たちの後ろに、私たちの後ろには十文字先輩が睨みを利かせるという席順になった。

深雪も顔には出さなかったが、流石に逃げられないバスという状況下で話したくもない相手と話をするのは苦痛だったようだ。

 

「席は余ってるのにどうして別なのよ」

 

生徒たちは夢の中に飛び立っていたり、話に花を咲かせたりと思い思いの行動をとっていた。

ちなみに前にいる千代田先輩は五十里先輩と別なのが気に食わないそうで、隣に座る渡辺先輩に盛大に愚痴を零していた。噂には聞いていたが、本当に一時も離れたくないらしい。渡辺先輩は流石に呆れて疲れた様子が窺えた。

 

「お前、少しは雅を見習ったらどうだ。あいつも同じく婚約者が別にもかかわらず、文句ひとつ言わないぞ」

 

「え!!!

雅ちゃんって婚約者いるの?!」

 

私の前の席に座っていた千代田先輩が立ち上がり、後ろを振り向いた

 

「千代田先輩、バスの中でいきなり立たれると危ないですよ」

 

「いいから答えなさいよ。

誰よ、誰!!

手伝いスタッフの方にいるの?

それとも応援に駆けつけてくるの?」

 

好奇心ではつらつとした顔で私に迫る。彼女とはあの一件以降、仲良くさせてもらっており、話しかけられることが増えた。殆どが勝負を持ちかけられることが多いが、時々盛大な惚気も聞かされることがある。そんな千代田先輩は五十里先輩と婚約しており、校内でも有名なカップルとなっている。

 

原因となった渡辺先輩を見ると、申し訳なさそうに手を合わせていた。

ちらりと深雪に助けを求めれば、にっこりと深雪は微笑んだ。

嫌な予感がする。

 

「お兄様ですわ」

 

………ブルータス、お前もか

 

「嘘、司波君?!」

 

バスの中にその声が大きく響いた。

聞き耳を立てていた人達以外にも、伝播しているのが分かる。

 

「マジかよ」

「え、司波兄が…」

「嘘だ…」

 

それぞれ別々の話をしていたにも関わらず、バスの中にはざわめきが広がり、それと同時に私たちの会話に聞き耳を立てられているのが分かる。

 

 

「深雪」

 

「あら、今更ではありませんか。お姉様とお兄様が天より高く、海よりも深く想いあっていることは事実でしょう」

 

深雪の明言に再びバスの中がざわめいた。

 

 

 

 

「付き合ってるだけじゃなくて、婚約……」

「え、これ、夢」

「残念ながら現実だ」

「ちくしょううううううう(小声)」

「うわあああああああああああ(小声)」

「え、お前九重さん派だったの?」

「おのれ、司波兄め・・・・」

 

男子からの声は聞えなかったふりはしたが、あまり気分のいいものではなかった。

 

未だ目を白黒させながら千代田先輩は私に聞いた。

 

「雅ちゃん。司波君とクラスも違うなら尚更、一緒にいたいと思わないの」

 

「千代田先輩は五十里先輩と達也が乗っている車がどの機材を積んでいるのか、ご存じですか?」

 

「機材?」

 

「ええ。お二人は棒倒しで使う機材を乗せた車にいらっしゃいます。

機材の最終チェックにも余念がありませんでしたよ。それって千代田先輩や深雪を大切にしたいと思う表れではありませんか?」

 

 

先ほどの不満げな様子から一転、千代田先輩は嬉しそうな表情を浮かべた

 

「そうなのかしら」

 

「ええ。実際、搬入の時からとても気を配っていらっしゃるようでしたよ」

 

「もう、啓ったら」

 

「お兄様も仕方のない人ですね。私ではなくもっとお姉様に気を使っていただかなければ、愛想を尽かされてしまいますね」

 

「私は深雪を大切にしない達也なんて想像できないのだけれど」

 

 

どうやら千代田先輩だけではなく、別行動に不満を持っていた深雪も私の言葉に満足したようだった。

にこにこと満足げな深雪は私から見ても愛らしく、この場に達也がいないのは勿体ないと感じた。

 

 

 

不意に袖を引かれると、通路を挟んで反対側の雫が袖を持っていた。

 

「雅、婚約って今初めて聞いたんだけれど」

 

雫とほのかがまだ目を丸くしている。エリカたちには話していたが、そう言えば雫たちには話したことはなかった。

二人ともなんとなく、私と達也が交際していることは知っていたが、婚約までは予想外だったようだ。

 

「ごめんなさい。話したつもりだったのだけれど、雫たちにはまだだったみたいね」

「じゃあ、雅さんって達也さんと結婚するんですか」

 

ほのかが視線を彷徨わせ、顔を真っ赤にさせていた

婚約という話題は初心な彼女たちには少々重い話題だったようだ。

 

「勿論です。お姉様にはお兄様、お兄様にはお姉様しか考えられないもの」

 

深雪が私以上に自信たっぷりに、なおかつ嬉しそうな様子で明言した。

 

「私が愛想を尽かされない限りはそうなるわね」

「ありえません。それこそ、天が落ちるようなことです」

 

深雪は先ほどの笑顔とは一転、私の言葉に一際真剣な顔をして言った。

 

「お姉様はもっと自信を持つべきです。お姉様がどれほど、お兄様に想われ愛され、大切にされているかをご理解ください」

 

深雪はそう言うが自信と言われても、彼は私に友愛以上の感情を抱いていない。

それは理解している。

だからこそ、彼は深雪のためにも私と私の家を繋ぎとめるための“恋人らしい”行動をしてくれているのだ。

 

恋は人を愚かにすると言うが、まさに滑稽だ。

利用されていると知っていても、それでも彼らといたいと思う私は相当末期なのだから。

 

 

 

 

 

 




理性で恋ができるのならば、

理性で本能を押さえられるなら、

恋なんて存在しない。
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