恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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まだ試合が始まりません…

今回はオリジナル要素強めです。


九校戦編4

途中で事故があったものの、一高は事情聴取を含めて1時間ほどで事故現場から会場へと向かった。

冷静にバスを停止させた市原先輩、消火を行った深雪、バスとの間に防御を行った十文字先輩、相克の起きた魔法式を吹き飛ばした達也の活躍もあって怪我人なく片付いた。

あの状況で10人近くの魔法式を吹き飛ばしたことに関して、渡辺先輩は疑問に思っていたものの、口には出さなかったので助かったのは心のうちに留めておく。

 

 

バスから降りて荷物の整理のために深雪や達也とホテルに入ると、後ろから視線を感じた。達也も出発時点とは異なる視線に疑問を感じていた。

 

「お兄様?」

「………いや、なんでもないよ」

 

達也はそう言ったものの、明らかに強くなった殺気の籠った視線は私としても気分が良くない。

 

「事故が起こる前ね、深雪と渡辺先輩が私と達也が婚約していることを話してしまったの」

 

達也は予想外の答えに一瞬固まったものの、すぐさま納得したようにため息をついた。

 

「それで、この視線か」

「お姉様に不届きな思いを抱く者を一掃できると思ったのですが…」

 

口を滑らせたのは渡辺先輩だが、深雪が明言しなければ何とでも誤魔化せた。

 

だが、言葉は訂正できない。エリカたちは知っていることだし、知れ渡るのは早いか遅いかの違いだったのだろう。

 

「雅が俺のだと言ったのだろう。悪い気はしないさ」

「………」

「お姉様?」

「狡い人…」

 

彼はどれだけ私に期待させれば気が済むのだろうか。

不覚にもときめいてしまった。あんな優しげな顔で言われてしまえば、もう私は深雪を非難出来なかった。本当に狡い。

 

 

 

 

 

 

達也の話によるとあの事故は意図的なものだったらしい。

何者かが事故に見せかけて一高に対して妨害工作を仕掛けてきたとみて良いだろう。優秀な魔法師を捨て駒にするとは、相手も相当駒数は多いらしい。

 

兄からも“道具”を持って行くようにと言われており、これは確実に今後も何かあると見てのだろう。

 

 

荷物を片づけて、一高の本部に向かう。CADの調整用の機材は機材車両内でそのまま調整できるため、あまり私たちが関わる部分はない。

 

試合の解析用の端末やスポーツドリンク、救急箱など備品の準備があるのだ。本部はホテルから少し離れた演習エリアに仮設のテントが設置されている。仮設と言いってもむき出しの床ではなく、防音と冷房設備が整えられ、高価な機材を置いても問題ないような本格的なものらしい。

 

バスを降りたときは富士の裾野とあって精霊も多く、澄んだ気で満ちていたが、一高の本部に近づくにつれて嫌な気配がしていた。

精霊も弱々しく、黒々しいオーラが漂っている。不信感は強くなるが、術者の気配はない。

悪霊か怨霊でもいるのだろうかと警戒しながら、本部の扉を開けた。

 

 

「失礼、します………ッ」

 

中に入った瞬間、思わず口と鼻を覆った。

 

「お姉様?」

 

鼻の曲がる様な酷い匂いがする。

こんな不浄な気に当てられたのは久しぶりだ。この場所が悪いものの吹き溜まりになっている。夏だと言うのに鳥肌が立ち、身震いがした。

 

「おう、きたか」

 

気さくに渡辺先輩が手を挙げた。

 

「みなさん、何ともないんですか?」

 

本部のテントでは私以外は平然とした様子であり、私の様子に疑問符を浮かべていた。深雪も特に体調が悪いこともなく、心配そうに私の背をさすってくれた。誰もこんな空気が淀み、停滞し、息をするだけで気分の悪い場所にいて、私以外に何もない方がむしろ恐ろしかった。

 

「お姉様、体調がすぐれないならホテルに戻りませんか?」

「こっちは良いから、休んだ方がいいんじゃないのか」

「いえ、大丈夫です。それより、一つ確かめてもいいでしょうか」

 

よほど酷い顔しているのだろうか、渡辺先輩も心配そうに私の元に来た。

 

「おいおい、真っ青だぞ。無理はするな」

「お願いします。私の杞憂で終わればそれで構いません」

 

正直、立っているのも辛いが、解決しないわけにはいかない。

ここでようやく兄の言っていた意味が理解できた。

 

「お姉様」

「大丈夫よ、深雪。念のため、私の鞄を持って来てもらっていいかしら」

 

憂い顔で背をさすりながら私に寄り添う深雪に、私は仕事用の道具鞄を持ってくるようにと頼んだ。

念のため持って行くようにとは言われていたが、まさかこんなに早く使う羽目になるとは思わなかった。

 

「分かりました。すぐ戻ってまいります」

 

深雪は私の言葉の意味する所をすぐさま理解し、急ぎ足で本部を出ていった。私と深雪は同室であり、その道具を持って来ていることを説明しているため、迷わず持って来られるだろう。

 

先輩から椅子を勧められたが、一度座りこんだら立てる気がしなかったため遠慮した。道具は深雪に任せるとして、私は吹き溜まりの吹き出しの近くに立った。

 

 

「七草会長、床のこの部分、切り取ってもよろしいでしょうか?」

「床を切り取ってどうするの?」

「酷い死臭がします」

 

鼻が曲がるような悪臭だ。腐敗と血液、汚泥と汚物を混ぜたような、そんな匂いがする。匂いも酷ければ、オーラも黒と紫、錆色と緑青を混ぜ込んだようなオーラをしている。

富士の裾野になぜこんなものがあるのかと疑問に思うが、霊子を見ると鳥の形をとっていた。

 

「死臭?まさか死体でも埋まっているとでも言うのか」

 

死体という言葉に動揺が広がった。

 

「人間ではありませんが、よくないものがあります」

「………分かりました。許可します」

「ありがとうございます」

 

私の言葉に半信半疑だったが、責任は自分が持つと七草先輩は許可を出してくれた。

 

 

 

 

 

 

騒ぎを聞きつけたのか、床は桐原先輩が高周波ブレードで切り取ってくれた。気持ち悪さは相変わらずだが、土地が土地だけに精霊も私の周囲に良く集まってくる。この地の精霊が悪い気を私の周りだけは排除するように働いてくれていた。

 

むき出しになった地面の土を発散の魔法で水分を取り除き、砂に変える。目標の位置まで砂にすると、そこからゆっくりと移動魔法をかけ、手を触れずに埋まっていたものを取り出した。

 

「これは…壺か?」

「あまり近づかないでください。まだ使用されている魔法を停止させたわけではありません」

 

縦50cmほどの壺が埋まっていた。茶色の壺には呪の刻まれた布が巻きつけられ、木の蓋で口がふさがれている

毒々しいオーラが漂っている

 

これは面倒なものを…

内心舌打ちをしたい気分だったが、それどころではない

 

先輩方は予想外の物が出てきたことで、私の言葉がようやく嘘ではない事が分かったようだ。もしこれが単なる呪具ではなく、爆弾だったらと思うとぞっとする。

 

「九重はこれが何か知っているのか」

 

未知の物体に対し、念のため十文字会頭が壺の周囲を囲っている。

見れば見るほど禍々しいものだ。取り出してみてようやく姿が掴めたが、霊子は烏の半身を形取っていた。

 

「おそらく、中に烏の死骸が入っています。烏は墓場鳥、死喰鳥と言われる地方もあり、凶を示すものです。烏は死骸を見せないと言われていますが、それがこの地に埋まっているということは、凶運をこちらにもたらします」

 

随分と古い手法だが、私のように精霊に対して感受性が強くない限り気が付かれない物だ。おそらくこの本部ができる前から埋められていたのか、若しくは一高の本部の設置を狙って埋めたのだろう。

 

「そんなもので、運が悪くなるのか?」

 

「無論ただ烏の死骸を入れただけではそれほどの効果はありませんが、この壺には刻印が施され、悪い気がこの場所に溜まるようになっています。加えて、霊峰の力を受けて術者が仕掛けた以上に力が増大しています」

 

日本屈指の霊峰である富士。

富士には聖域と呼ばれる一方、天への門、黄泉への入り口、樹海はこの世とあの世の交わる場所などと言われている。

つまり、富士の恩恵を受け、霊魂の類も力を得やすい場所である。普通は自浄作用が働くはずだが、ここはあくまで富士の裾野であり、土地神の気配も弱いのかもしれない。

 

「待て。では、これは誰かが仕掛けたということか」

「そうでなければここにはありません。術式から見て大陸系の術式だと思います」

「どうしてこんなものがここに…」

 

本部は得体の知れない不安感に包まれていた。誰も足元にこんなものが埋まっているだなんて思いもしなかったのだろう。

 

「一高に対する妨害工作の一つかもしれません。しかも、埋められているのはこれだけではありませんよ」

「なんだと」

「まだあるのか」

 

私の言葉に先輩方は驚愕の表情を浮かべた。

 

「これは悪い気をこの地に留めるもの。この場所から良い気を奪い、悪い気を呼び込むものが少なくとも合せて2つはあるはずです。

それによって地脈の流れを変えていると考えられます」

 

 

土地の力は一定ではない。

多い場所、少ない場所、枯れた場所、溢れる場所、淀んだ場所、澄んだ場所同じ場所に見えても、地脈の流れによって精霊の活性や霊子のレベルは違う。

 

私は運気の流れまでは見通すことはできないが、術式から発せられるオーラはこちらの運気を吸い取り、別の場所に流そうとしているのは感覚的に分かる。今は私が抑え込んでいるが、術式自体はまだ停止していない。

 

「それで、これはどうやって処分するんだ」

「お姉様、お待たせしました」

「ありがとう、深雪」

 

深雪が息を切らせて、本部に入って来た。

その後ろには状況を聞き駆けつけた、達也も一緒だった。

 

「お姉様、御無理はなさらないでください」

「ええ」

 

私は深雪から鞄を受け取ると、持ち手にサイオンを流し込んだ。

見た目は普通のアタッシュケースだが、登録した個人のサイオン波に反応して開錠される特殊仕様の鞄だ。

 

「それは?」

「なぜか持って行くようにと言われた古式魔法の道具です。こんなことに役立つとは思ってもいませんでした」

 

本当に【千里眼】は恐ろしいと同時に心強い存在だった。

 

 

 

 

一旦、場所を外に移して邪気払いをすることになった

塩と祝詞で穢れを軽く祓い、移動魔法を使って壺を本部の外に持ち出す。

本当は神酒も欲しいが、贅沢は言えない。流石に飲まないとはいえ、未成年が酒を所持しているのは外聞が悪いため、今回は持って来ていない。

 

札に墨で刻印を描き、壺の四方に札を貼る。大きめの和紙にも刻印を描き、それを壺の下に敷いて準備は完了だ。

 

 

鞄の中から、9つの金色の鈴がついた神具を取り出す。神事や厄払いに使われるこれには、ありとあらゆる場所に刻印魔法が刻まれている。

鈴を振ると、軽やかな音ではなく、見た目以上に重い音がした。

 

小さく息を吸い込み、壺に向かって鈴を打ち鳴らす。

 

「“其は何ぞ

何ぞここにあるや

ここにありて地脈を乱すものや

誰そ言われてここにあるや

此は清浄の地、富士の腕(かいな)

何ゆえ災、持ち込むや”」

 

鈴の音と共に、地の精霊が喚起され、壺を蛇のように取り巻き締め上げる。それと同時に壺から黒々しい煙が浮かび上がる。

 

「“我が問いに答えよ

地の眷属の怒りを知れ

我がもとに跪き、頭を垂れよ”」

 

壺が中に生き物が入っているがごとく、音を立てて動き出す。

ぎゃあぎゃあと烏の鳴き声が響く。

 

それを“霊子”で押さえつける。

烏が暴れ、鋭い爪と嘴で私が施した術を突破しようとする。

私は更に精霊に与える力を強め、烏を模した術を締め上げる。

 

傍目には鳥の声と鈴の音が響いているようにしか見えないだろう。

しばらく力比べをすると、相手は観念したように大人しくなり、改めて祝詞を読み、塩を撒いた。

火の精霊が使えればもっと確実で良かったが、証拠として残さないといけない以上仕方がないだろう。

 

「九重は何をしたのだ?」

「何か鳥の声が聞こえたんですが…」

「鳥?聞こえなかったわよ」

「私も聞こえませんでした」

「私は聞こえました」

「自分も見えました」

 

先輩や同級生は離れた位置で見学しており、先ほどの精霊を感じ取れたり、鳥の鳴き声が聞こえたりしたのも半数だろう。

ここにいる魔法師は良くも悪くも現代魔法に特化した者が多い。

それゆえ、活性化された精霊を感じ取れるが理解はできておらず、意見が分かれたのも精霊に関する感受性の度合いだろう。

 

「開けても問題ない程度に邪気払いをしました」

「妙に手慣れているな」

 

渡辺先輩は薄気味悪そうに壺を見ていた。

若干顔も青いので、彼女も何かしら感じた方なのだろう。

 

「高校生にもなれば“手伝い”の一つ二つさせられるものですから」

「そう言うことにしておこう」

 

家の事を根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、今はこちらの方が優先であり、渡辺先輩はそれ以上追及しなかった。

 

「これは開けられる状態なんだな」

「気分を害されると思いますので、見ない方がよろしいかと」

「ここまできて確かめない訳にはいくまい」

 

十文字先輩が四隅を囲っていた防壁を解除した。

 

「では女性は少なくともお下がりください。きっと気分の良い物ではありません」

 

私は分かってしまったが、術者に対しても嫌悪感を持つような術だ。

よくこんなものを作ったのだと思うし、正直精神を疑う。

 

 

邪気払いも完了し、中身の開封に関しては鎧塚先輩がその役目を買って出てくれた。曰く、体調の悪い後輩にこれ以上の無理は先輩としてさせられないらしい。男前である。

 

鎧塚先輩は入念に手袋とマスクをして呪のついた布を外し、木の蓋を開けた。

 

「これは…」

「烏、なのか」

 

私も思わず顔を顰めた。

中には4羽の烏。足をくくられた状態で壺の中に押し込まれていた。

しかも身が縦に裂かれていたり、目が抉られていたり、羽が折れていたりする。

 

「生き埋めですね。その方が効果は高かったのでしょう」

「惨いな」

 

祓ったとは言え、それは術式だけだ。

死体が持つ死臭や媒体そのものを消去したわけではない。

 

達也も術式を凝視していた。彼は作業車で機器の点検をしていたため、深雪に言われるまで本部にある異変に気が付かなかったようだ。古式の魔法とはいえ、事象改変を伴うものではないし、霊子ならば彼の目にも捕えられない何かが働いているだろう。

 

「ひとまず、大会運営委員を呼びましょう。雅さん、大丈夫ですか」

 

七草先輩が神妙な面持ちで、そう言った。

 

「ええ、ご心配ありがとうございます」

 

辛いが、術式自体を止めてしまったので問題ない。気持ち悪さはまだ残っているが、心配そうに私の周りに漂う精霊が周りの気を浄化してくれるのでまだ何とかなっている。

 

「お姉様、こちらにどうぞ」

「ありがとう」

 

流石に一度座らせてもらうことにした。

深雪は温かいお茶を用意したり、体調を気遣ってくれたりと甲斐甲斐しく私の世話をしてくれていた。彼女に心配をかけ、泣きそうな顔をさせてしまったのは申し訳ない。

 

達也は鎧塚先輩や五十里先輩と術式の検分をしていた。

 

私の実家や伯父の影響で古式魔法についても達也は一般に比べて知識は多い方だ。

五十里先輩は刻印術式で有名な家であるし、鎧塚先輩は古典部で憑きの物を取り合った経験があるため、3人に任せて問題ないだろう。

 

 

 

先輩方の予想以上に深刻なこの事態に大会側にも知らせることとなった。

大会委員会側は知らないことだったようで当然焦っていた

最初は何かの間違いでは、と言われたが十師族の二人がいる手前、その名前を持って言われてしまえば一大会委員ごときではどうしようもできない。

 

「それで、九重が言うにはまだこの辺りに何か埋まっているのだな」

 

「今の所、感知できたのはこれを除き、4つです。不自然な地脈の流れがありましたので、そこだと思われます」

 

精霊から聞いた話だと、まだこの術式は終わっていないそうだ。

あくまであれは核であり、核をとっても周囲の術式は微弱ながら影響を及ぼすそうだ。

 

「検分をしたいのだが、よろしいか」

「わ、分かりました」

 

壮年の大会委員は上の役員の様で、顔を赤くしたり、青くさせながらも同意を示した。

 

「ただ、一高のテント周囲だけではないのです」

「まだ他の場所にもあるというのか」

「はい3つはここの周囲にありますが、一つは別の方向にあります」

 

精霊の話を踏まえ、休んでいる間に少し感覚を伸ばしてみると、予想以上にここの地脈は意図的に歪められていた。

此方は運気を奪われる方。ならば運気を集めている物もあるはずだ。

その場所が分かれば犯人の意図も分かるだろう。

 

「こんな惨いものがまだあるのか」

 

「いえ、少なくとも地脈を変えるための指向性をもった術式だと思います。少なくとも、誰かが地脈を操ってまでしたいことがあるのでしょう」

 

「先にその3つを探すか。九重、行けるか?」

 

「大丈夫です」

 

未だに心配そうに私を見つめる深雪を安心させるために、頭を撫でてやり、荷物を持った。

 

「七草たちは明日以降の準備を進めてくれ」

 

「分かったわ。鎧塚君と五十里君は悪いけれど、そちらは任せたわ。

二人とも、大会前だから準備を終えてからでいいわ。

残りは任せたわ、十文字君、九重さん」

 

「司波、お前はこちらに来い」

 

「分かりました」

 

解析を続けていた達也も一緒に呼ばれた。

深雪もと申し出たが、彼女にあのような不浄なものを見せるのは私としても心苦しいので、当日心配なく競技に臨めるよう準備を任せた。深雪は申し訳なさそうなのと、残念そうな様子だったが、彼女は自身がいても古式魔法に関して何かできるわけでもないと理解している

 

「お兄様、よろしくお願いします」

「ああ」

 

十文字先輩が気を使ってくれたのか、達也の同行は私にも心強かった。

 

 

 

 

 

 

大会委員と回った結果、感知した場所に両手に乗るほどの大きさの箱が埋まっていた。

空間把握を得意とする十文字先輩によって、箱は地中から取り出された。私が指定した場所から寸分たがわず、見えない地中に魔法を行使するのは流石と言えた。

念のためと言うことで、干渉装甲もその箱の周りに張ってもらっている。

 

およそ地中1メートル下にあるそれは、陰の気には黒い血まみれの箱。

陽の気を流す場所には白い箱が埋まっていた。

どちらも念入りに邪気払いをし、中を検分する。

陽の気には動物の爪らしきものが入っていた。

陰の気のものには縦に裂かれた烏の半身が押し込められるように入っており、またもや気分を削がれた。

 

「こちらは虎の爪ですね」

「虎の爪?」

「陽の代表格であり、虎は権力の象徴でもあります」

 

白い箱には丁寧に処理の施された虎の爪が入っていた。

黒い箱とは違い、これは装飾品のような様相だ。

 

「あと一つはどこにあるのだ」

 

取り出したのは全部で3つ。

あと一つまだ残っている。

 

「それが………」

「どうした?」

 

言い淀む私に十文字先輩の視線が刺さる。

 

「おそらく、三高の本部のある位置なんです」

「三高の?」

 

「はい。陽の気が一番集まっているのがそこです。不自然なほど地脈が集合していますので、あれでは飽和状態を起こしてしまいます」

 

「陽の気が飽和するとどうなるのだ」

 

「人間も陰陽併せ持つ存在です。それが片方に傾くと、体調や運に変化が現れます」

 

なにも運気があればいいという訳ではない。

人は分相応の運気でなければ、破滅する。

 

盛者必衰。

不用意に手にした力は、破滅への階段を自らの上り、転がり落ちるのを待っているだけだ。

 

「それほど地脈に左右されるのか」

 

達也の疑問は十文字先輩も同様に感じていたことの様だった。

 

「ええ、一高も地脈の上にあるし、ここは更に土地が特別だからよ」

 

栄える場所は元々地脈が太かったり、活発な場所が多い。

一高は普段から魔法を使っている場所であり、例え感じ取れないレベルだとしても魔法師と土地で相互に関係している。

 

更に霊峰富士は一高の比ではない。太古から続く信仰と霊場としての機能により、その土地の力は国内屈指だ。

 

 

 

三校の本部前に向かいながら、私はまた気分の悪さを感じていた。

達也も私の変化に気が付いたのか、支えるように背をさすってくれる。荷物まで持ってもらって申し訳ないが、ここはここで地脈が異様な場所だ。

 

「三高には俺と大会委員から説明しよう」

「お願いします」

 

十文字先輩と大会委員が行った。どうやら、この状況でも大会前に流石に本部には入らせてもらえないようだ。

 

本部から少し離れた位置で達也と二人、待機する。

実際の物を見ていないので、こちらが言いがかりをつけて偵察に来たとも取れる。最も十文字先輩がいるにもかかわらず、そう考える方はよっぽど猜疑心の強い人だともいえる。

話は難航している様子だった。

 

「分かりました。では、2年の上杉を呼んでもらえますか」

「知り合いか?」

「はい」

「お呼びですか、お嬢」

 

テントの入り口から、待ってましたと言わんばかりにひょろりとした男子がやってきた。

 

「初めまして、一高の方々。第三高校2年、上杉謙十郎信介です」

 

見た目は細いがこれでも剣術の名手として知られている。

彼は母方の祖母の家系であり、九重寺にも縁がある人物だ。どことなく飄々としており、笑い方が伯父に似ているのが癪に障るが、そうも言ってはいられない。

 

「お久しぶりです。早速で悪いけれど、一つ頼まれてくれませんか?」

「話は大方聞きましたけど、マジっすか」

 

十文字先輩がどこまで深く説明したのかは分からないが、彼は半信半疑の様子だった。

 

「そうでなければ、大会前の忙しいこの日にこんなことはしていないわ」

「それもそうですよねー。分かりました、やりましょう」

「ありがとう。

ここから真っ直ぐ13m、その位置に立ったら、右を向いてさらに3m30cm、立ち止まった位置の直径1m以内、深さ1mの位置に壺が埋まっている筈よ。調べてちょうだい。その壺自体は触って大丈夫だから」

 

ここまで近くに来れば僅かに壺から発する電磁波や霊子を捕えることも容易だ。例え地面に埋まっていようともそれは分かる。

 

「あい分かりまして候。ちょっと話付けてきます」

 

少し演技がかったように彼はテントの中に戻っていった。

壺を取り出すまで時間がかかるだろうし、その間、私たちは外で待機だ。

 

「壺を触っても大丈夫なのか?」

「陽の気だから、一高にあったものとは違って触っても害はないわ」

 

少しだけ足元がふらついた。富士の裾野だからと言って甘く見ていたようだ。

 

「辛いか?」

「少し……けど、これが最後ですから」

 

一高とはここは逆であり、力が集まりすぎて気持ちが悪い。私がこの場に来たせいもあるだろうが霊子だけではなく、精霊も活性し始めている。おびただしい光の洪水に飲まれながらも私は何とか立っていた。

 

 

達也がさり気なく、私を支えるように後ろに立った。

その優しさに甘え、少しだけ寄りかからせてもらう。

 

「俺たちには感じ取れないが、地脈が乱れるとそこまで不調を来すのか」

 

十文字先輩にとって地脈は馴染みのない概念であり、疑問に感じて当然だろう。

魔法師として才能があることと、感受性が強いことはまた別である。

私は使用する魔法の都合上、幼少期からの訓練もあり、感受性は高い方だ。しかし、制御しているにもかかわらず、これだけ乱されてしまうのならば鍛錬が足りないと兄に怒られるだろう。

 

「いえ、普通はここまで気分を悪くするようなことはないのですが、土地が土地ですので、悪いものはさらに悪く、良いものはさらに良く、総じて魔法の効果が強まっているんです」

 

「先ほど、壺と言っていたが、ここにはあの箱が埋まっているのではないのか」

 

「ここには不自然なほど、陽の気が集まっています。つまり、一高に仕掛けられたものとは反対の陽の気が集まる物が置いてあるはずです」

 

どいうやら陽の気を集めていたのは三高であり、彼らにとっては運気上昇をもたらす作用がある。しかし、それも意図的に集められたものだ。自然なものとは違い、どうしても綻びが生じる。

 

 

 

10分もしない内に上杉が苦々しい顔でテントから出てきた

 

「ありましたよ、壺と箱」

「中身は虎の手?」

 

壺を開けていたことは、霊子の増加でテントの外からも見て取れた。

 

「正解です。お嬢、千里眼でもあったんですか?」

「あったら今頃もっと大変でしょうね」

 

一瞬千里眼という言葉が引っかかったが、彼らには悟られてはいないだろう。

 

「それもそうっすね。アレ、害はないんですよね?」

 

「今のところはないわ。三高に優勝してほしい誰かが一高から運気を奪っていったという線が強いでしょうね」

 

「地脈を乱すって言ってましたけど、今後どうするんですか。ただ埋まっていたものを取り出しただけじゃあ無理っすよね」

 

彼も古式魔法の家としてそれなりに古式魔法には通じている。

しかし、どちらかといえば戦闘向きの術式であり、このような呪術関係にはそこまで知識がないようだ。

 

「乱れた地脈を直すには現状、私だけでは無理ね。専門家を呼びます。

ですが、お盆の前で忙しいですから時間があるのかどうかも分かりません。今日明日は少なくともこのままでしょう」

 

「んじゃ、三高には強運、一高には悪運ってわけですか」

 

不謹慎だが、彼は自分の所に害がないと分かって安心したようだった。

 

「そうともかぎらないわ。勝手に地脈を乱して、移動させた、不自然な運気よ。何もしないままだったら大会期間が終わった途端、ツケが回ってくるわよ」

「マジっすか」

「虎の手を使っていても、実際は猿の手って言えば分かるかしら?」

 

不用意に手にした力は破滅をもたらす。その力は絶対ではない。自分のものだと過信して、仮初に過ぎない力に溺れてしまえば、待つのは転がり落ちる坂の下だけだ。

 

「うわああ。それって、どうなるんですか」

「躁状態、多幸感ばかりの人が出たら要注意ね」

「お嬢、お力を貸していただけませんか?」

「術を取り出した以上、これ以上悪化することはないわ。気休めに経でも読みあげなさい」

 

項垂れる上杉に、少々口調がきつくなってしまった。どうにかしたい気持ちはあるが、こっちも自分と自分を取り巻く精霊を押さえるだけで精いっぱいなのだ。

 

「そうします………」

「すみません、少しよろしいですか」

 

ため息をついた上杉の後ろから現れたのは、小柄な男子生徒だった。

 

「三高1年の吉祥寺です。先ほど、掘り出したもので少しお話をよろしいですか?」

 

三高の吉祥寺真紅郎

彼が噂のカーディナル・ジョージなのだろう。13歳にしてカーディナル・コードを発見した天才として知られている。

 

「今日中に解決していただきたいのですが、何やら話が長引いているようでしたので。改めて、状況を整理したいのでこちらにどうぞ。席を用意しました」

 

「先ほどは断られたが、大会前に入っても大丈夫なのか?」

 

「ええ。流石にウチの生徒が誰一人として気が付かなかったことですし、一高としても早期に問題を解決したいのでしょう。三高の会長からも許可をもらいました」

 

どうやら事態の深刻さを理解したのか、三高側も話を聞いてくれることになったようだ。

だが、この場所にはあまりいたくない。せき止められていた地脈と運気が流れ出し、霊子の波に溺れるような感覚だ。

 

「すみません、十文字会頭。雅の体調が思わしくないので一度、戻ってもよろしいですか」

「でも…」

 

体調は最悪だが、私がいなければ説明もままならないだろう。

だが二の句を紡ぐ前に、達也と目が合った。

思った以上に彼は有無を言わせない様子で私を見つめており、これは私が大人しくしているべきなのだろう。

 

「ああ。三高の会長には俺から話をつけよう。すまないが、一番詳しい者が術の影響を受けている。俺の分からない範囲は持ち帰る形になるがいいか」

 

「ええ。流石に体調が悪い女性を引きとめておくほどこちらも狭量ではありませんよ」

 

「申し訳ありません…」

 

「競技に支障をきたしては元も子もない。司波、任せたぞ」

 

「はい」

 

達也に支えられながら私はその場を後にした。

 




感想・評価ありがとうございます。
とても励みになっています!

残念ながらしばらく更新停止します。
月末には再更新できるように頑張りたいです。
感想もお返事出せないと思いますが、読むだけはできると思いますので、気が付いたことがあれば何でもご連絡ください。

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