ようやく一段落つきました。
息抜きにちょこちょこ書いていたのですが、色々あって燃え尽きてしまったので、この時期の復活となります。
大変お待たせいたしました。
いつも通り拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
おぼつかない足でホテルに向かって歩き出す。離れたのはいいが、状況が改善されているわけではなかった。目の前には精霊が飛び回り、霊子の眩しさに目が焼かれそうになる。
「大丈夫か?」
「なんとか…それより、どこか魔法を使っても問題ない場所はないかな?」
どうにか押さえているが、私に当てられたかのように雷の精霊が反応し、パチパチと静電気が発生して空中で小さなスパークを起こす。
文字通り、この場でコントロールしている力が解放されれば大問題となる。
10年前と同じように周囲一帯に電波障害が発生して、電子機器が壊滅状態となるだろう。
「…分かった。少佐たちも来ているようだから、聞いてみよう」
達也は私がここまで干渉力を乱したことを見たことはなく、事態の深刻さを理解してくれた。
「ご迷惑を」
「気にするな。これは俺にとっても問題だ」
彼には申し訳ないと思いながらも、この事態を収拾するには力を借りない訳にはいかない。
達也はすぐさま端末で連絡を取り、ホテルとは少し離れた軍用施設まで向かうことになった。
私の腰を支えながら歩く達也に危害を加えないよう必死に精霊たちを抑えながら、私たちは歩みを進めた。
九校戦は軍関係施設を利用しているが、全ての場所が利用されるわけではない。指令室や軍用の訓練場、機密を取り扱う研究所などはまた別の施設があり、そこは本来関係者以外立ち入り禁止だ。
監視カメラもあり、不用意に近づくと警報が鳴るはずだが、一時的に解除されているようだった。その施設の裏口で待っていたのは予想通り、響子さんだった。
彼女がカメラの映像や警報を一時的に遮断してくれたのだろう。
「雅ちゃん、大丈夫」
「響子さん、すみません。無理を申し上げて」
「顔、真っ青じゃない。救護室に行く?」
私の手を取る前に響子さんは一度、立ち止まった。
電子の魔女と呼ばれる彼女も私同様、電子電磁波などに感受性が高い。今、私の周囲には喚起していないにもかかわらず雷の精霊が集まっており、制御しきれない精霊が時折、パチパチとスパークを散らしている。
「藤林さん、電磁砲を使っても壊れないレベルの地下施設はありますか」
「あるにはあるわよ」
「今すぐ貸していただけませんか?」
達也の申し出に響子さんは少し間を置いた。
「………この状態の雅ちゃんと関係あるのね。分かったわ。本来民間人が入れる場所ではないけれど、今は都合よくウチの隊が使っているからね」
「すみません」
「いいのよ。可愛い魔女の弟子が困っているなら師匠は助けないといけないでしょう」
茶目っ気を含んで笑う響子さんに少しだけ心持が軽くなった。
施設に入ると真っ直ぐに廊下を進み、エレベーターを降りて、地下深くの魔法訓練室に通された。壁も核シェルター並とは言わないが、強固であり、これなら問題なさそうだ。
「皆さん、部屋の外に出て頂けますか?」
「そんなフラフラの状態で、可愛い女子高生を見捨てる大人に見えるか?」
中で訓練をしていた真田さんが気障にそう言うが、今はそんな冗談を言っている場合ではなかった。
「巻き込まない自信がありません。お早く」
「行きましょう」
私が語気を強めて言えば、響子さんに背中を押されるようにして真田さんは部屋の外へと引きずり出された。
二人の気配が遠ざかるのを確認して、私は一息ついた。
視界を埋め尽くすほどの精霊たちのコントロールを外し、サイオンを一気に解放した。
一方その頃、何重もの防弾ガラスで仕切られた観測室では達也と一〇一のメンバーが演習場にいる雅を見ていた。観測室内は緊張の糸が張り詰め、険しい表情が浮かんでいる。
雅が息を吐き出すとサイオン活性を示すキルリアンフィルターが、異様なまでのサイオンを感知する。
最初は小さな雷だった。
それが徐々に規模を増し、雅を中心として部屋中を電気のスパークが蹂躙する。膨れ上がった雷はやがて轟音を立てて、大きな塊になっていく。
「CADなしであの規模の魔法を…」
「驚いたな」
雅はCADを一切使用していない。
ただ集まる精霊に自身のサイオンを与え、活性化させているだけだ。
測定モニターにはその活性のレベルが示されており、部屋に入った時点で異常なほど雅の周りには精霊が集まっていた。
それらの精霊が一気に反応すればどうなるのか。
言わずもがな、力を得た獰猛な龍のごとく、超高圧電流が部屋の中で暴れまわっていた。殺傷ランクA相当、多数を即死に至らしめるレベルの魔法が息つく間もなく展開され続ける。
5分もしなかっただろうか。
次第に雷の規模は小さくなり、やがて収束していった。
雅が一息つくと、観測室の方を向き一礼した。サイオン切れを起こした様子もなく、むしろすっきりとした様子で顔色が良くなっていた。
だが、観測室にいた面々の心中は穏やかではなかった。指令室にいた真田は思わず苦笑いを浮かべ、風間もその目は何か深く考え込むような様子だった。
部屋の中は電流が這いずり回った結果、所々が焼け焦げている。
まるでレーザーでも使用したか、高出力のガスバーナーで焼いたかのように装甲が焼け焦げている部分もある。後日、地上戦の戦略級兵器の開発でもしているのかと軍上層部に問われるほどの惨状だった。
風間少佐からの指示を受けて、私はすぐ隣の観測室へと向かった。
響子さんから暖かい紅茶を差し出され、一息ついた所だった。
「あれだけCADなしで放電して、疲れないのかい?
普通、あの規模の魔法は一発でサイオン切れ起こしてもおかしくないよ」
真田さんは部屋の惨状を横目に見ながら私に尋ねた。部屋は壁があちらこちら焦げ付き、剥がれ落ちている部分があり、魔法戦闘用の超合金が容易く破損していた。
真田さんは技術士官でもあり、兵器開発にも関わっている。部屋の壁に設置されていたのはロケットランチャーを撃ち込まれても貫通しない装甲であり、魔法戦闘用の部屋がこうも損害を受けたことに衝撃を受けている様子だった。
「いわば決壊寸前のダムだったので、余剰分を発散させただけですよ。もし外で暴発したら、一帯が電波障害を引き起こしていたと思います」
「サイオンの暴走?違うわよね」
響子さんも観測データを見ながら思案していた。
「サイオン供給の過剰です」
「供給って言っても、自分の体のサイオンでしょう?」
「地脈と精霊のサイオンです。コントロールが未熟で申し訳ありません。流石に富士霊域は違いますね」
私の言葉に真田さんは首を傾げ、響子さんは半信半疑で問いかけた。
「じゃあ、まさか土地からサイオンを吸い上げたとでも言うのかしら?」
「ええ。三高にあった呪具を解除したら、地脈の精霊が憑代を求めて私の所に寄って来たんです。元々ここは力のある土地ですから、予想以上に上手くコントロールが効きませんでした」
三高に集められた運気と精霊は憑代をなくし、感受性の強い私の所に逃げ場を求めて集ってしまった。元々一高にあった呪具のせいで、気力が削がれたところに今度は過剰な精霊と霊子に襲われたのだ。過剰にサイオンが与えられれば、いくら私でもコントロールしようにもあの場ではどうしようもなかっただろう。
「大丈夫か、雅」
「ええ」
達也が私の頬に手を添えた。鍛錬で硬くなった掌が私の頬をなぞる。
「顔色も良くなったな」
彼も心なしかほっとした表情をしていた。思った以上に心配を掛けてしまったらしい。
「心配をおかけしました。もう、大丈夫よ」
一通り発散させたので、精霊も散り散りになり、元の場所に戻っていった。これで地脈も少しは回復するだろう。
ごほんとワザとらしく咳が聞えた。音の主は風間少佐で少々居心地が悪そうな、何とも言い難い顔をしていた。
達也の手のぬくもりが離れると、置かれていた状況を理解し、慌てて立ち上がり少佐に向かって一礼をした。
「風間少佐。急な申し出にもかかわらず、一般人の私に施設を貸してくださりありがとうございます」
一般人の私に軍用施設を無断で貸し出したと分かれば、この人の立場上よろしくない。
いくら響子さんがカメラやデータを誤魔化していても、この訓練場の惨状をどう説明するのかという問題を残してしまった。
「構わない。こちらも部屋の強度と言う面ではデータを取れたな。それに、君も無関係とは言えないだろう」
「………そうですね。外面だけではなく電気系統は無事でしたか?」
確かに私も名を貰い、軍とは“無関係”とはいかなくなったのを既知のようだった。
「ああ。これでも魔法戦闘用の部屋だからな。そん所そこらの衝撃ではビクともしないさ。修理と言っても表面だけで済むだろう」
真田さんは肩を竦めながらそうおっしゃったが、修理費と言っても相当高額になるだろう。いくら一〇一が魔法関連で多額の研究開発費を貰っていても、これは予想外の出費になるはずだ。
「本当に、未熟なばかりに申し訳ありません」
急なこととはいえ、達也を始め多大なる迷惑を掛けてしまって恥ずかしい。これは兄達に合わせる顔がない。最近は九校戦の練習ばかりだったから、本格的に基礎訓練のやり直しをしなければならないだろう。
「謝罪はそのくらいにして、本題に入らせてもらってもいいだろうか」
比較的穏やかだった表情から一転、風間少佐は軍人としての顔になった。本題とはつまりあの壺の事だろう。
「特尉から大方は聞いたが、地脈を乱すほどの術者がこちらに来ていたのか」
「いえ、術式自体は難しく高度なものですが発動自体は容易です。壺の刻印術式などからしておそらく大陸系の術式です。壺自体の魔法は強力ですが、発動自体はサイオンをごく少量流すだけであとは地脈に沿って自動で作用しますので製作者と設置者が別だとしても問題はないでしょう」
私も大陸の術式にまで精通していないが、日本にも似たようなものがある。
地中に何かを入れて運気を集めたり、乱したりする手法は平安時代より前から行われていたことだ。
しかし、今時日本では不確定要素も多く、昔と違って地脈を読む事の出来る術者も少ないため表立って使われることのない手法だ。
「なるほど。僅かでも魔法師としての能力があれば設置自体は可能と言う事か」
「ええ。埋め込んでおけばその後の回収も調整も必要ありませんから、準備と効果が表れる時間を考慮しても気取られにくい手法です」
「しかも、一高から三高に運気が流れるようにした。ただの三高贔屓とみるには、些かキナ臭いな」
「対外勢力が働いている可能性があると見てよろしいでしょうか」
達也も同じく、軍人としての顔をしていた。彼から聞いたが、最近「無頭龍」という国際犯罪シンジケートがこの付近で活動しているのが確認されている。時期的にも九校戦狙いであり、今回の一件も彼らの関与が考えられる。
「その可能性が高いな。藤林、調べを進めてくれ」
「了解しました」
「それから、雅さん。ここは軍事施設だ。ここで見たこと、聞いたことは他言無用で頼む」
「心得ました。こちらこそ、御無理を通していただきありがとうございます。後日、改めてお礼に参ります」
あの部屋の現状は私の財布だけでは無理だろう。心苦しいが、家にいくらか頼むことになりそうだ。
九校戦は明後日、八月一日から行われる。
しかしなぜ二日前に全ての魔法科高校が集められるのか。それは今から行われる懇親会のためだ。会長はいらない腹の探り合いは気が進まないようで、達也もあまりパーティやレセプションという華やかな場は好きではなかった。
「制服が合わないのか?」
「いえ、問題ありません」
乗り気でない、むしろ嫌そうな達也の雰囲気が伝わってしまったのか、摩利から疑問を投げかけられた。
校章が前から見えないといけないからという理由で、半ば無理やり達也は一科生の制服を着せられていた。いくら基本的なサイズは揃っているとはいえ、個人に合うかどうかはまた別だ。
校章がワッペンなら楽なのだが、これは刺繍であり、二回しか着ないのにわざわざ買うのもどうかと思い、達也は学校で用意されていた予備の制服を着用している。
「お姉様が調整してくださいましたから」
「雅が?アイツ、とことん器用というか万能と言うか、家庭的だな」
達也の制服について深雪が嬉しそうに答え、昔で言われたところの“女子力”が高すぎる雅に摩利は半ば苦笑いだ。
達也が試着した予備の制服は一回り小さいものは胴回りが少し窮屈で、また大きいものは余ってしまって見た目が悪かった。
雅は大きい方の制服に糸を通し、達也の身丈に合うように仕立て直していたのだ。
無論、借りものであるため元に戻すのも容易であり、言われなければ裏地であっても仕立ての糸も目立たない。
今や裁縫をできる女子も珍しく、洋服の仕立て直しをできる雅は別の意味で特殊だった。
深雪も刺繍などは淑女の教養として一通りできるが、雅は家の仕事柄必要になるため、和裁まで教えられている。
「何時嫁ぎにいらっしゃっても万全ですよ」
満足げに笑う深雪の言葉に何人かの男子生徒は心の中で血の涙を流していた。
雅の隣には深雪がいつもいるので、雅自身そこまで自分の事を綺麗や美人だとは思っていない。それは彼女の兄も理由の一つだろうが、ここでは説明を省略する。
彼女自身、良くて上の下か中の上程度だと思っている。
京都にいたころは実家との繋がりを持ちたくて彼女の周囲に集まってきている人が多く、また高校に入ってからも基本的に寄ってくる人物は深雪に対して外堀を埋めに来たと思い、穏やかな顔をしていても警戒心は常々持っている。
そうは言っても実際の所、人当たりが良く同学年だけではなく上級生からの信頼も厚い。
基本的には敵を作りやすい達也の緩衝材となったり、深雪も兄が絡んだ場合には人が変わるため雫やほのかをはじめとしたA組では唯一のストッパーとなっている雅を頼りにしている。
また風紀委員からも新歓や春の襲撃事件で披露された知覚系魔法の腕前を評価され、一部の生徒は武の方でも腕が立つと知っている。
どちらかといえば人柄はいいが、仕事柄上どうしても荒事が多く、馴染みにくい風紀委員会に物腰の柔らかい雅がいたことで女子生徒からも安心されている。
長々と語ったが、基本的にモテるのだ。
深雪は高嶺の花、深窓の令嬢、稀代の美少女かつ新入生総代とあって未だに遠巻きに見られることが多い。勇気を持って話しかける生徒もいるが、基本は彼女のアルカイックスマイルにやられ、尚且つ鉄壁の兄と義姉がいる。
深雪は無理でも雅ならばと淡い期待と憧れを持つ男子生徒も少なくはない。
一年生からは同学年にしては落ち着いた雰囲気に惹かれ、上級生からは一歩引いて周りを立てる様子に好感を持たれている。
高校に入ってから実際に告白をされたことはまだないが、雅に思いを寄せている生徒がいるという噂の一つや二つ、達也や深雪の耳にも入っていた。
「それで、その達也君の嫁は大丈夫なのか?」
“嫁”という言葉に一瞬達也は顔を引きつらせ、他の生徒もギョッとしていたが、ここで反論しても摩利の嗜虐心を煽るだけと彼は知っているので、額面通り質問に答えるだけにした。
「言うなれば船酔いに近いようなものだったみたいですよ。今は回復して、専門家と連絡を取っています」
無論、船酔いと例えるのがこの場合適切ではないことを達也は知っている。しかし、雅から余計な不安感を周囲に与えないようにと釘を刺されており、やむなく船酔いという表現を使っている。
「専門家?」
慌てる様子も恥じらう様子もない達也の反応に若干面白くなさそうな表情で摩利は聞き返した。
「流石に地脈を乱されたので、ある程度修復をしなければならないそうです。持って来ている道具だけではそれが不可能なので、その筋の方に依頼をしているところです」
雅の持ちこんでいた道具は基本的に厄払いの道具だけである。そのため地脈を正常にするためにはまた新たに呪具を埋め込むか、相応の術者が地脈を修復するしかない。
しかしながらこの七月、八月は夏祭りやお盆が控えている。
魔法科高校生にとってメインは九校戦だが、寺社仏閣関係はそちらの準備に手を取られている。特に霊的にも活発になるのがお盆の時期であり、霊能関係の問題が出現しやすい時期でもある。
心霊スポットを興味本位で見て回る愚か者はいつの時代にもいるため、まれに本当に霊傷を受けた者のために、除霊や厄除け等々の仕事も舞い込んでくる。
魔法が体系化されたとはいえ、未だに古式魔法の一部や霊能現象は完全に解き明かされていないのである。
見えない故にそれを恐れ、見えない故に干渉されても対抗できず、見えない故に過ちを犯す。
本格的に超常現象を相手に出来る霊能者は現在の日本において希少な存在であり、古くから化け物退治にも関わって来た九重の系譜は師走と並びこの時期は大変なのだ。
それゆえ、一高と三高のことは他の案件と優先順位を考慮しても、今の所大きな問題はなく、少なくとも今日はこのままだと達也は雅から聞いている。
彼女の家ならこのこと自体を見透かして、今回の事は別の仕事を終わらせてからでも出来ると判断したため、雅に道具を持たせていたと推測できる。
いずれにせよ、壺の解析も五十里と鎧塚によって処理されたため、達也に出来ることは現時点ではなかった。
懇親会は選手だけでも360名を超え、裏方を入れると400人を超える。それ相応に広い会場となり、スタッフも臨時で雇われた学生が多く見られた。
実家のコネを使ったエリカや幹比古もバイトとしてこのホテルに宿泊しており、美月やレオは裏方の仕事をしていると分かった。関係者とはこのことだったらしい。
エリカが幹比古を探しに行くと、入れ替わるように深雪を探しに雫とほのかがやって来た。他の一高メンバーはというと、一年生同士で集まり、こちらを窺っていた。
「みんな達也さんにどう接したらいいか分からないんですよ」
「なんだそれは。俺は番犬か」
自分が「異端」だと感じている達也もさすがに、馴染みにくい雰囲気に晒されるのが心地いいわけではない。
普段なら雅が間に入って緩衝材となっているのだが、まだこの場には来ていない。
しかも、雅との関係が判明してからというもの、彼に向けられる殺気は増すばかりだ。無論、本当に殺意を持っているわけではないが、害意には鋭い彼にとっては気が休まらない場でもある。
「ばかばかしい。同じ一年生で今はチームメイトなのにね」
竹を割ったように断じたのは、千代田花音であり、五十里啓と共にこちらにやってきた。
「分かっていてもままならないのは人の心だよ、花音」
「それは時と場合によるでしょう、啓」
「どちらも正論ですがこの場合、もっと簡単な方法がありますよ。
深雪、皆の所に行ってきなさい。チームワークは大切だよ。ほのかと雫もまた後で。」
「…分かりました」
3人とも少し不満そうだったが、その辺は大人しく達也の言葉に従って他のメンバーの元へと向かった。あまり良く知らない同級生といるよりも、達也といる方が有意義であり、心理的にも好ましいのだが、少女たちも達也の意図を理解していた。無論、納得はできていないのが二名ほどいるのは達也も気が付いていたが口に出すようなことはしなかった。
「後回しにしただけじゃない」
「この場合は良いんですよ。時間が解決してくれることもありますから」
彼自身が孤立することは一向に構わないが、深雪たちが巻き込まれるのであれば別問題だ。それに彼にとっては同級生の幼稚な嫉妬じみた視線程度に心は動かされることはなかった。
「それで、司波君はどうするの?」
言い負かされて少々ムッとしたように花音は達也に尋ねた。雅との一件から彼女の事は知っているが、改めて相当な負けず嫌いのようだと達也は思った。
「あそこで捕まっている雅を助けに行きますよ」
達也が視線を入口付近に向けると、つられるように二人の視線もそちらを向いた。
そこには5人の他校生と会話をしている雅がいた。
制服もバラバラであり、学年も学校もまとまりはなく、一見どのような繋がりがあるかは推測しにくい。上級生の二人は見知った顔のある一方、達也は知らない顔が多かったが関係性は容易に推測できた。
「雅ちゃん、体調大丈夫そうなの?あと他校生ばっかりだけど、知り合い?」
「あの場から離れて休んだら持ち直したようです。
話しているのはおそらく雅の親戚関係か家の仕事の関係でしょう」
表向きは神社という仕事柄に加え、九重は京都でも有数の名家、名門であり、雅の顔はかなり広い。古い家でもあるため、親戚関係も幅広く、たった三代でも辿れば全国各地に親類が存在することになる。当然、この九校戦に出場できるレベルの同世代の親戚や友人も少なくない。
「元気になったのならそれでいいわ。新人戦の要だもの。しっかり体調を整えてもらわなくちゃ。あと、にこやかに談笑しているようにしか見えないけど助けるって?」
傍から見れば雅は二高の女子と和やかに談笑しているようだが、長い付き合いの達也は雅が笑顔の下に苛立ちを覚えているのが分かった。深雪も巣窟で育まれたというべき天使も悪魔も逃げ出す笑顔を武器とした対人スキルは持ち合わせているが、雅もまた多くの人波に揉まれてきたため人当たりの良さそうな笑顔を作り出すことくらい容易だ。
「雅は元々京都住まいですから、二高ではなく、一高に来たのでとやかく言われていると思います」
「ひょっとして司波君と一緒にいるため?雅ちゃんもやるわね」
先ほどの仕返しか、花音はニヤニヤと笑っていた。
「………では、失礼します」
達也にとって花音の指摘はまさに図星であり、下手に反論するより、あちらの方が優先だと頭を切り替え、二人に目礼をした。
「うん、またね」
「お姫様を助けに行ってらっしゃい」
ニコニコと笑う五十里と花音に別れ、達也は雅の元へと足を進めた。