恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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お待たせしました。
今回も長いですが、お付き合いください。


九校戦編8

・・・九校戦二日目・・・

 

今日も引き続き、九校戦の本選が行われる。試合日程は、男女クラウドボール予選~決勝、男女アイス・ピラーズ・ブレイク予選が予定されている。クラウドでは七草会長が出場し、今年も優勝が確実視されている。

 

クラウドボールはトーナメント方式で行われ、一日で全ての試合を消化する。1セット3分で女子は3セット、男子は5セットマッチで試合が行われる。透明な箱で覆われ、風の影響を受けないコートで低反発のボールが20秒に一個ボールが射出され、最大九個のボールが目まぐるしく飛び交うことになる。相手コートにボールがバウンドすると一ポイント入り、セットごとポイントで勝敗が決まる。

 

ラケットを使用する選手と魔法のみで戦う選手に別れるが、私や七草先輩は魔法オンリーのスタイルだ。その後の試合も考えてある程度の失点は織り込み済みで試合を行うのが通常なのだが、七草先輩はダブルバウンドの単一魔法だけで勝ち上がっていた。

 

身長の割に長い手足と真っ新な白いユニフォーム、少し動けば容易く翻るスコートに特に男性の観客は目が釘付けになっていた。昨日もそうだったが、先輩方には熱心なファンがついているそうだ。ふと疑問に思ったのだが、あの服装は良家の子女としての立場もあるだろうに、誰も咎めないのだろうか。

 

魔法のみの選手でも、ボールがぶつかっても大丈夫なようにサポーターを付けるのが普通だが、七草先輩は持前の魔法力で無失点のまま試合を消化していった。

私の隣には渡辺先輩が座っており、毎年このスタイルだと説明してくれた。確かに単一魔法の方が疲れないかもしれないが、これだけ連続して魔法を発動できるのはやはり十師族相応の実力者だと改めて思い知った。

ちなみに、深雪たちは氷柱倒しの会場で試合を観ているためこの場にいない。エリカたちも桐原先輩が出場する男子のクラウドボールの会場にいる。

 

「君たちも別行動をすることがあるんだな」

「いくら親しいからといって四六時中一緒ではないのですが」

「いや、その、イメージだよ」

 

渡辺先輩は歯切れの悪そうに、そう答えた。

 

「渡辺先輩、魔法師にとってイメージとは現実になるのですが」

「…………達也君も同じことを答えそうだ」

 

答えにはなっていないが、試合が再開されようとしていたのでその話は中断された。

その後分かったことだが、達也も七草先輩に同じようなことを言われたそうで、やっぱり似たもの夫婦だなと笑いを堪えた様子で渡辺先輩が私の肩を叩いた。七草先輩まで同じように堪えきれずに笑い出すものだから、なんとなく居心地が悪く早々に私と達也は氷柱倒しの会場に向かった。

 

生憎と嗜虐されて喜ぶような性格は二人ともしていない。茶化すのは嫌いではないが、それは自分が対象にならない時に限る。だが、似たもの夫婦という言葉が嬉しかったのか、少しだけ締まりのない顔となってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場に到着すると、試合時間が押していた様で前の試合が丁度終わりかけていた。純粋に魔法のみを使用するこの競技は純粋に魔法力が試されると同時に、最後は気力勝負だと言われている。

加えて、女子アイス・ピラーズ・ブレイクはファッションショーと呼ばれている。特に動き回る様なこともないから、女子の服装はかなり個性的だ。一昔前の女子高生の制服に、野球のユニフォーム、はたまたゴスロリファッションまで思い思いの服装をしている。流石に動きを制限される服や公共良俗に反した露出の多い服装で登場する選手はいなかった。

 

対戦が行われていたのは二高と四高で、二高の選手は良く知った燈ちゃんだった。

彼女の得意魔法は振動系と加速系。

加速系で水分子の運動を加速して、融解したところを振動でドカンというのが手法のようだ。

1年生にも関わらず本選出場を果たしたと言うことは、先輩より実力があっての事だろう。彼女も詠唱を使えるが、予選の段階ではまだ出し惜しみしているのか、それとも使う必要もないのか、危なげなく相手陣地の氷を破壊し尽くしていた。

 

試合終了のブザーが鳴るとピースサインを浮かべ私に手を振って来た。水色に金魚柄の浴衣に金魚帯の出で立ちとあって年齢より子供っぽく、笑顔も活発な性格が窺えた。この広い会場で良く分かったなと思いながら手を振りかえす。

 

 

その後、深雪たちと合流し、スタッフ用のモニタールームに入った。

深雪や雫たちは新人戦で同じ競技に出場するのだから入っても問題ないだろうが、私は競技も違うし辞退しようとしたのだが、千代田先輩に来いと言われてこの場にいる。

 

ついでに村上先輩の事を聞いていたのか、必勝祈願を迫られた。

彼女の場合、邪気も吹っ飛ぶようなオーラの持ち主なのだが、五十里先輩にも申し訳なさそうな顔で頼まれてしまえば断るわけにもいかず、略式だが祝詞をあげた。自信たっぷりな様子で満足げに笑っていたので、良しとすることにした。

千代田先輩の試合は倒される前に倒してしまえ、のスタイルで地面を媒体とした振動系魔法で次々と氷柱は壊れていった。

 

私が試合をしたときは半分不意打ちな様なもので、これが本来の実力なのだろう。試合が終わって満面の笑みを浮かべて、こちらにピースサイン向けており、五十里先輩も嬉しそうに手を振っていた。

 

千代田先輩の思いばかり強いと思ったが、五十里先輩もきちんと千代田先輩を想いっているのが伝わって来た。お似合いのカップルで、積極的で素直な千代田先輩が少しばかり羨ましくもあった。

 

「五十里先輩、少々よろしいですか」

「なんだい?」

「先ほどの試合にいた二高の彼女、詠唱の使い手です」

 

私は一つの懸念を伝えておくことにした。

おそらく燈ちゃんと千代田先輩は確実に対戦することになる。

少ししか試合は見られなかったが、燈ちゃんの実力で言えば優勝を取っても間違いない。

魔法オンリーより武術を組み合わせた方が彼女のスタイルには適しているのだが、単に魔法だけでも十二分に強い。細かい制御は苦手としていたが、氷柱は壊せばいいだけなので精密なコントロールより、いかに威力を収束させて無駄なく魔法が発動できるかが鍵になるのだろう。

 

「二高って一年生で出てきていた彼女だよね」

 

五十里先輩は試合前の調整で彼女の試合自体はあまり見ていないだろうが、一年生が出場しているとあって記憶にはあるようだ。

 

「ええ。元々干渉力は強いですし、詠唱も使用可能です。得意魔法は振動系と加速系魔法ですので、地面を媒体とした振動の停止は彼女にとっては得意分野です」

「一年生がわざわざ試合に出てくるなら、それ相応の実力があるはずだよね」

 

五十里先輩は悩ましげに顎に手を当てた。

ちなみに詠唱を使った私と千代田先輩の対戦成績は私に軍配が上がっている。私も自分の練習があるのであまり試合ができたわけではないが、それでも何度も彼らの頭を悩ませてきた。倒される前に倒してしまえばいいとは言うが、比例するようにではなくピーキーに干渉力が上がる詠唱術式は対応がどうしても後手になりがちだ。

 

「二高は実力主義で、一年生でも上級生より優れていれば新人戦ではなく本選に出場できると聞いています」

「知り合いなんだっけ?」

「ええ。彼女に関して言えば干渉力は強いですが、発動速度はそこまで速くありません。先手必勝で詠唱が完成する前に倒しきることが先決ですが、先輩のスタミナ次第ですね」

 

今日見た限り、千代田先輩の様子は問題なさそうだ。初日から飛ばしすぎないようにと注意しているくらいであり、CADを含めた仕上がり自体は全体的に上々のようだ。二校のエンジニアがどのくらいの実力を要しているのか早々に判断はできないが、詠唱は正直CADのスペックはほぼ関係ない手法だ。

 

「ちなみにあっちのスタミナは?」

「おそらく、得意魔法だけなら千代田先輩以上にタフです」

「当るとしたら決勝リーグか。厄介な相手になりそうだね」

 

困ったように五十里先輩はいうが、どことなく挑戦者の気合を窺わせていた。私達はさておき、似たもの夫婦はここにもいたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・九校戦三日目・・・

 

一高は誤差の範囲で予定通り勝ち進んでいるが、三高が予想以上にポイントを伸ばしてきているらしい。七草先輩の二種目優勝があったとはいえ、男子クラウドボールの不振などによって予定より獲得ポイントは少ないようだ。

 

今日はアイス・ピラーズ・ブレイクの予選・決勝とバトルボードの準決勝・三位決定戦・決勝が行われる。今日の結果によって順位に変動が起きるかもしれない重要な日でもある。

 

残念ながら試合時間の都合で先輩方が出場する試合を全て見るのは不可能であり、どの競技を観に行くのか選ばなければならない。渡辺先輩からは絶対来いと私も達也も言われているが、同じ生徒会の服部先輩を深雪が観に行かないわけにはいかない。

会場と会場はそれなりに距離があり、どうしたものかと達也と思案していると慌てた様子で七草先輩が私たちに駆け寄ってきた。

 

「雅ちゃん、達也君、ちょっと来て!」

「どうされました、七草会長」

「説明は後でするわ。いいから早く」

 

予想より強い力で私は腕を引かれ、達也はそれに着いて来た。もしかしてまた古式魔法の妨害工作でもあったのだろうかとお互い顔を引き締めた。

 

 

 

 

 

七草先輩に作業車両の中に連れ込まれると、そこには服部先輩とエンジニアの先輩が悩ましそうにモニターを見ていた。

 

「どうしたんですか。先輩方はそろそろ試合が始まりますよね」

 

達也が訝しげに眉を顰めた。デバイスの規定チェックの時間を考えても、あまり時間がない。先輩方もそれは言われるまでもなく分かっている様で、焦燥が浮かんでいた。

 

「時間がないのは分かっているわ。今からできることも限られているし、達也君にはソフトのごみ取りをお願いしたいの」

 

昨日の試合で達也は臨時のエンジニアとして七草先輩に付いていた。

先輩は自身でCADを調整できるため、達也がすることはほとんどなく、ソフトのごみ取りを行った程度の事らしい。CADのソフト自体アップデート前のファイルの残骸は残りにくいようにできているが、それでも完全ではない。そう言ったものを取り除くことによって、起動式の展開速度がわずかながらに向上する。それでも普通は気が付かない程度の事らしいが、七草先輩は流石と言うべきか感付いたらしい。

 

 

それはさておき、服部先輩の事だ。

服部先輩を担当する先輩も先輩としての意地もあるだろうが、三連覇がかかった大事な大会に背に腹は代えられないと言うことで、七草先輩が達也を呼んだそうだ。

これで達也が呼ばれた理由は分かったが、一緒に私まで呼んだ理由が分からない。説明されている間に、監視の式神やこちらに向けられた悪意がないか密かに探っていたが、そのような危険性もない。

 

「雅ちゃんは必勝祈願をお願いね」

「私まで必要な事でしたか?」

「人事を尽くして天命を待つ。やれることはすべてやったのなら、運気ぐらい神頼みもしたくもなるわよ」

 

七草先輩は小さく肩を落とした。

服部先輩は特にバスの一件や呪具の事件以降、あまり調子が良くないそうだ。幸い怪我人も出ず、大きな事故にはならなかったが結果的に何もできなかったことは、副会長として何か思うところがあったらしい。

 

目を凝らすと、彼を取り巻くオーラはいつもより弱々しい。体調面というより心理面から来ている様だった。安請け合いするものでもないのだが、致し方ないだろう。

 

俯いた服部先輩の前に立ち、私は柏手を一度鳴らした。

音に弾かれるようにして服部先輩が顔を上げた。

 

『“水面の戦乱

速きことを求める勝負事

風よ、彼が味方となれ

水よ、彼を支えたまえ

戦神の加護、彼を導きたまえ

神風が彼にあらんことを

我は祈り、申し立て奉る”』

 

祝詞に言霊をのせ、彼の様子を窺っていた邪気を払う。幸いにも簡単な言霊で払える程度のものだったので、大した悪意もなかったのだろう。

 

「改めてするまでもないですが厄除けと必勝祈願です。初日の厄は完全に祓われていますよ」

「あ、ああ」

 

服部先輩は半信半疑の様子だが、信じる信じないはその人次第だ。

見えないものを見えると言えば気味悪がられ、あるはずもない物があると少数が言えば異端だと糾弾される。結局私が感じている邪気や運気も知らない人、理解できない人、受け入れられない人にしてみれば戯言なのだろう。七草先輩に頼まれたとはいえ、受け取るかどうかは本人次第だ。

 

 

達也の仕事も終わったようで、CADを手にした服部先輩は目を見開いていた。どうやらあの短時間でソフトのごみ取りだけではなく微調整までやってしまったらしい。流石にその調整速度にエンジニアの先輩だけではなく、七草先輩までもが呆気にとられていた。

後は服部先輩が人事を尽くすだけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩方と別れ、急いで女子バトルボードの会場に向かう。席は深雪たちに確保してもらっているが、競技時間ギリギリになってしまった。席に着くと、ほぼ息つく間もなく試合を告げるランプが点灯した。

 

先行したのは渡辺先輩。しかし追い上げる七高も速い。

聞けばこの組み合わせは去年の決勝カードらしい。

決勝に進めるのは三人中一人だけだ。どちらも優勝候補とあって水面が荒く波打っており、これは魔法を打ち合っている証拠だ。

渡辺先輩がカーブを曲がった瞬間、どこかで精霊が活性化したように感じた。

 

「え!?」

「オーバースピード?!」

 

鋭角になったコースの所で死角となったため直前の動作は見られなかったが、微かに精霊が何かを起こした気配を感じた。七高の選手がカーブの手前で減速ではなく加速し、渡辺先輩の方向に突っ込んでいった。

後からの気配を察知してか、渡辺先輩は魔法と体術の複合により高速で180°のターンを行った。そして飛んでくるボードを吹き飛ばし、七高選手を受け止めるために魔法を準備させていた。

 

ここまでわずか数秒

魔法技術もさることながらこの危機的状況に臨機応変に対応してみせた。それに驚かされたが、まだ危機的状況には変わりない。

受け止める準備をしていたところにまたしても精霊の反応があり、それと同時に渡辺先輩のボードが沈んだ。ただでさえ寸分も狂うことを許されない状況下で、足場が不安定になったことにより魔法発動の時間がずれた。

向かってきていたボードは弾かれたが、七高選手が真正面から飛んできた勢いを殺せず、衝突に巻き込まれるようにしてコースの壁にぶつかった。

 

会場に悲鳴が響き渡る。

中止を告げるフラッグが上がり、観客はざわめきだした

私と達也は思わず立ち上がってみると、渡辺先輩は七高選手と壁に挟まれるような状況であり、意識もないようでぐったりとしていた。

 

「行ってくる。お前達は待て」

「分かりました」

 

達也ならばガーディアンとしても簡単な外科治療を行えるだけの知識と技術がある。

スルスルと人垣を縫ってスタンドの前に行く達也とは反対に、私は意識を深層に沈める。真っ暗闇の中で糸を引くように精霊が戻っていく場所がある。

私は人の流れに逆らうようにして静かに会場の外へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

糸を手繰り寄せるように精霊の気配を探り、会場の外に出ると、真夏にもかかわらずロングコートを着込んだ細身の男性がいた。

精霊が悪意に反応するように私の周りで活性化する。私の姿を視認すると相手は背を向けて走り出した。おそらく妨害を行った術者とみて間違いない。

 

私も魔法を使って追いかける。

向こうは銃も所持していたのか、後ろ手で銃弾を放ってきた。

放たれた銃弾を移動魔法で逸らし、火の精霊によって銃を内部で爆破させる。素早く銃を手放した術者はダメージを受けることなく、逃走のスピードを上げた。

 

 

背後からの魔法の気配がすると鎌鼬が何重にもなって術者に襲い掛かる。しかしそれも自己加速術式によって術者は更に逃走のスピードを上げたことで回避された。

 

「真さん!」

「あいつが妨害してきた野郎だな。どこの流派だ」

 

私達も魔法を使って速度を上げた。

この制服、本当に動きにくい。激しい運動をするために作られた物ではないので、機能性は優れていると言っても限度がある。相手もそれなりの術者のようで距離が中々縮まらない。

 

「五行を用いた大陸系の魔法師ですね」

 

術者には焦りの感情もなにも見られない。場数を踏んでいるにしてもあまりにも感情が平坦すぎる。おそらく何らかの手術か術式で感情がコントロールされているのかもしれない。走りつけていると、相手の姿が揺らいだ。

 

「幻影魔法?!」

「猪口才だな」

 

直ぐさま精霊の支配を奪い、相手の幻術を無効化する。

ここの土地で私に精霊魔法で勝てる術者はいない。この土地の加護を受けた私にとって相手の精霊を御することなど息をするより容易いことだ。

 

術者は逃走が無理だと判断したのか体を反転させると、式神の紙を放った。

だがそれも化成体として姿を現す前に、媒体となる呪符を燃やす。

呪符も情報体の塊ではあるが、それ以上の魔法力を加えてやれば術式そのものを無効化することも可能だ。燃やされたことに気を取られた一瞬の隙を見て、真さんが加速をつけて術者の鳩尾を殴り飛ばした。

 

移動魔法と硬化魔法、更に加重系魔法の応用したその一撃は文字通り成人男性を宙に浮かせた。空中で着地のために反転したところを更に追い打ちをかけるように上空から私が雷撃を食らわせる。

 

全身がけいれんした術者は膝を着いた。だが意識があるようで、こちらに向かって手を伸ばしてきた。

 

「タフだな」

 

真さんが追撃を加えようとしたところで、援軍が現れた。

細い針が何本も術者の体に刺さり、完全に動きを封じた。

 

「間に合ったようね」

「響子さん」

 

私服姿の響子さんが避雷針を片手に構えていた。

真さんは戦闘体勢を緩め、地面に這いつくばる術者を見下ろした。

 

「“コレ”はなんですか」

 

サイボーグのように強化された肉体。無駄な感情をそぎ落とした精神。人間であれば気絶必至の雷撃であったにもかかわらず意識があったのはまず強化人間か何かとみて間違いないだろう。

 

「ジェネレータよ」

「ジェネレーター?」

「噂には聞いてましたけど、これがそうなんですか」

 

聞き覚えのない単語に私は首を傾げたが、真さんは苦々しげに倒れた術者を一瞥した。

 

「流石は真君。大亜連合の事情には詳しいのね」

 

大亜連合という言葉が出たと言うことは、大陸系の術者という予測は外れていなかったようだ。

真さんの実家は九州は福岡、大宰府に位置する。

九州は古くから大陸の侵攻を受けてきた土地だ。

彼も四楓院家守護職の任を拝命しており、九州地区の防衛に当っている。侵攻を受けやすい土地柄、大陸の情報に関しては私より詳しい。

 

「無頭龍の一員であることは間違いありません。ひとまずこちらで預かります」

「分かりました。詳しいことが判明したらまた連絡いただけますか」

「ええ、勿論よ。ご協力感謝します」

 

敬礼をした響子さんに少し遅れて二人で敬礼を返す。

傍目に捕えたジェネレーターは苦しみながらも未だに私たちに攻撃の意思を示していた。

命令に従うように人道を無視して作られた魔法師。その存在に言いようもないほど嫌悪感を覚えた。

 

 

 

渡辺先輩にはいち早く現場に駆け付けた達也と責任者として七草先輩が付き添って行った。

一高生徒も混乱した様子だが、十文字先輩の一声で安定を取り戻しつつあった。やはり三年生という支柱は大きな存在であった。

 

私は念のため、五十里先輩と共にアイス・ピラーズ・ブレイクの技術者席に来ている。

万が一、一高に対する古式魔法での妨害に備えての事だ。

響子さんを通じて軍の警備も増やしてもらっているが、七高選手に行った妨害方法が分からないため、注意しすぎることはないだろう。

 

決勝の第二試合のカードは二高の燈ちゃんと一高の千代田先輩。

予想通り、燈ちゃんも決勝まで問題なく駒を進めていた。

 

「千代田先輩の状態は?」

「渡辺先輩の事故で少し混乱はしたけど、大丈夫。むしろ穴を埋めるように優勝する気満々だよ」

「落ち込むかと思ったが、むしろ燃えていたよな」

 

部屋には私の他にもエンジニアの五十里先輩と作戦スタッフの鎧塚先輩がいる。

やぐらが上がり、選手が登場する。

片やボーイッシュな半袖半ズボン姿の千代田先輩。

片や愛らしい浴衣姿の燈ちゃん。

どちらも闘志がみなぎった顔つきをしている。

 

「実質、この試合が今回の決勝リーグの行方を左右するだろうね」

 

五十里先輩も緊張しているのが窺えた。

燈ちゃんはこれまで詠唱無しに勝ち進んでいる。

千代田先輩は予選もあまり消耗せずに勝ち、スタミナも十分でこの決勝の舞台に立っている。

サイオンの活性を示すキルリアンフィルターや先輩のバイタルなどの数値を示したモニターも問題ない。会場に悪意を示す精霊がいないか隈なく見張るが、今の所なんの徴候もない。

 

張り詰める空気の中、試合を告げる赤のランプが点灯し、ふたりは表情を引き締める。赤から黄色、そして青のランプが点灯し、ブザーが鳴ると二人はほぼ同時に魔法を発動した。

 

燈ちゃんの魔法は地面を媒体として振動させ、千代田先輩の氷柱にヒビを入れた。一方、千代田先輩は燈ちゃんの陣地の氷柱を一つ、完全に振動で破壊した。

どちらも得意とする振動系魔法。

責め続ければ不利なのは燈ちゃんだ。

魔法に関してはほぼ同レベルだが、試合に関しては千代田先輩の方が優勢だ。それは先輩としての意地でもあり、単に競技に掛けてきた経験の差でもあるだろう。

 

 

早々に燈ちゃんは切り札を持ちだした。

 

『“神域に住まう精霊たちよ、かしこみ、かしこみ、申し上げる”』

 

声を張り上げると、場の精霊たちが一斉に彼女の声に反応した。

サイオンを乗せた声が場の空気を変貌させる。

予想通りの展開に、千代田先輩は魔法の展開、発動スピードをより加速させる。詠唱が完成しきりる前に倒せばまだ勝ち目はある。

 

『“八大地獄の火の海よ、煉獄に焼かれ、焦土と化せ

八寒地獄の氷の世界よ、冷徹なる吹雪に凍土と化せ”』

 

だが、振動系魔法の強化ではなく、燈ちゃんが使用したのは火と水の精霊魔法だった。

会場からも驚きの声が溢れている。片や焦熱、片や極寒を中心で綺麗に分け、作り出している。

空気ごと熱せられた氷柱はじわじわととけだし、ヒビの入っていた一本を倒壊させた。千代田先輩が休む間もなく攻撃を続けるが、燈ちゃんの陣の氷柱は冷気で強化され、容易には倒れない。地面には強制停止も同時に展開しているのだろう。

 

「インフェルノ?!」

「まさか!あれはA級ライセンスの試験に出題される高等魔法だよ」

 

鎧塚先輩はガラスに張り付きフィールドを眺め、五十里先輩は深刻そうにモニターに視線を落とした。

 

「いえ、違います。あれは精霊の活性化です」

「「精霊の活性?」」

 

「インフェルノは一方のエネルギーを減速し、余剰エネルギーをもう一方に流すことで灼熱と極寒を作り出す領域魔法です。

一方あの魔法は火の精霊と氷の精霊に干渉し、それらの精霊の分布を意図的に変えて、活性化させています。領域内部の温度変化をもたらしています。インフェルノと同じように物理的に温度が上昇していますので、情報強化では防げない点がこの魔法の優位な点です。

発動プロセスが分子の運動を利用するか、精霊を利用するかですので、結果は同じでも使用された魔法は異なります。さらにこの魔法力を上回るだけの魔法力に加え、精霊に干渉する力がなければこの状況は覆せません。」

 

モニターを見ると千代田先輩のエリアは摂氏100度を越え上昇し続けていた。先輩も焦っているのが目に見えて分かった。

 

『“祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響き有り

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す

奢れるものも久しからず

ただ春の夜の夢のごとし

猛きものはついに滅びぬ

一重に風の前の塵に同じ”』

 

千代田先輩が意地をみせ、どうにか冷やされ硬度を増した相手の氷柱を砕き、燈ちゃんの陣地の氷が残り二本となった。

 

『“瓦解せよ”』

 

だが、勝ったのは燈ちゃんだった。

溶け出した氷が得意の振動系で一気に崩壊した。

 

会場は興奮冷めやらぬ様子で歓声を送っていた。

燈ちゃんは疲れた様子も見えたが、それ以上に達成感に満ちていた。

 

千代田先輩は悔しそうに手を握りしめていた。五十里先輩も力及ばずと悔しそうだったが、試合会場からは目を逸らしていなかった。

 

「二高の選手の詠唱、平家物語だよな。それで魔法が強化されるのか」

「詠唱とは精霊に対する祈りがもととなっています。信仰心と声にサイオンを乗せることができれば可能です。この時期が時期ですから精霊の反応も上々だったようです」

「時期?」

「お盆を前に精霊は活発になっていますから、術も発動しやすかったんでしょう。加えて、氷を作る水も霊峰の力を得た水でしょうから作用の効果は相乗されています」

「古式魔法も奥が深いな」

 

鎧塚先輩が映したモニターには、急速にサイオンが活性していた状況が示されていた。

 

「逆に言えば、安定はしていませんね。時期や土地によって左右される術もありますから、一律に魔法を発動することはできません。その幅をどう調整していくかは術者の実力です」

 

燈ちゃんが二勝、千代田先輩が一勝、三校の選手が勝ち星なしで本選女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグの結果は一位 二高、二位 一高 三位 三高となった

 

 

 


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