一話の目安はどのくらいが良いのでしょうか?
とりあえず、5000字程度で区切りを付けています。
入学式は恙なく終了した。
生徒会長もいわゆる美少女と呼ばれる人だったが、深雪はそれを上回る。
町を歩けば、老若男女問わず振り返る稀代の美少女。
白い肌に桜色の唇、艶やかな黒髪。均整のとれた顔立ちに、服の上からでも分かるスタイルの良さ。そして見惚れるような、いや見惚れる所作。
案の定、会場はあまりにも美しい新入生代表に息を飲み、その答辞に耳を傾けていた。
深雪がこのような場に緊張し、ミスをするとは思わない。
しかしながら、深雪の挨拶は些か緊張した。所々“皆等しく”とか“勉学以外にも”とか危ない言葉が入っていて驚いたのだ。
一科と二科の意識の差はどうしてもある。
一科は自分が優れていると鼻にかけ、二科は劣っていると落胆し、見下されたと差別を恨む。たかが入試の差だと思うが、さりとてここでは明確な線引きなのだろう。実際、講堂から移動している間にも「スペアなのに」なんて心無い言葉も聞かれた。
深雪の答辞は聞く者が聞けば怒り心頭のことだろう。しかし内容自体、差別を助長するものでもないし、どちらが優れていると明言したわけでもない。むしろ仲良くしましょうという言葉を上手く包み込んでいる。この容姿と雰囲気も相まって、賞賛こそされ批難は間違いなくないだろう。
答辞が終わると会場は割れんばかりの拍手に包まれた。私も惜しみなく、拍手を送る。
深雪と目線が合い、微笑み返す。きっと達也も誇らしく思っていることだろう。
入学式が終わるとIDの交付がある。その後はHRだが、こちらの出席は自由だ。入学式前に、達也と今日はどこかで食べて帰ろうかという話をしていたから深雪にも伝えなければならない。
私は早い段階でIDを受け取り、列から離れると深雪がタイミングよく交付場所にやってきた。彼女は一年生を代表してIDを既に受け取っている。時間をみてこちらにやって来たのだろう。
達也が一緒にいないため、彼はまだIDを貰っていないかもしれない。
「お姉様、お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、丁度いいところだったわ」
「私はA組でしたが、お姉様はどこのクラスですか?」
少し緊張した面持ちで深雪は聞いた。こんなことでドキドキしているなんて、可愛らしいと思うだなんて身内贔屓だろうか。
「同じクラスよ」
「本当ですか」
嬉しそうに深雪が顔を綻ばせた。
「ええ。よろしくね」
「勿論です。お姉様と同じクラスだなんて光栄です」
「ありがとう。私も深雪と同じクラスで嬉しいわ」
一科はAからDまで4組あるが、入試成績の順位でAから配置されているのではなく、各クラス入試成績によって均等に割り振られているはずだ。主席と次席が同じでも良いのかと思ったが、調べてみたら過去にもそのような例があったようで問題はなさそうだ。
「それと新入生代表の答辞、素晴らしかったわ」
「ありがとうございます。お姉様にそう言っていただけて、光栄です」
「私も自分のこと以上に誇らしいわ」
軽く髪を梳いてやると、少しだけ気恥ずかしいように顔を赤らめた。
うん、可愛いらしい。
だが、少し意識を外に向けると、こちらに向けて話したそうにしている生徒が何人か垣根を作っていた。
「そういえば、どうしてお兄様は遠くの席だったのですか」
「ああ、それは「司波さん、新入生代表の挨拶素晴らしかったです」
「まさに完璧でした」
「ありがとうございます」
垣根の中から、私の言葉を遮るように一人の男子が話しかけてきた。
深雪は一瞬、顔を顰めたが誰も気が付いていない。直ぐにいつもの人当たりの良い笑みを浮かべた。
一人が話しかけると人垣が私たちを中心にして形成された。
男子だけではなく、女子も私たちを取り囲んでいる。まるで集中砲撃のように四方八方から深雪に対し、賞賛の言葉を次々と掛けられる。
深雪が賞賛されるのは嬉しい反面、行き過ぎたお世辞は逆に苦痛だ。そんな中で深雪は笑顔を崩さず、絶え間なく賛辞を受けている。
しかし、笑顔の下で少しずつ対応に疲れているだろう。一人一人は短時間でも、続けば長いし、そろそろ時間も気になる。
二科でも流石にIDの交付は終わったころだろう。
「そう言えば、司波さん達はこれからどうするんだい。皆でこれから食事に行こうかと言う話をしていたんだ」
「ごめんなさい。先に帰る約束をしている人がいるので」
私が断りを入れるが、その程度では怯まなかった
「じゃあその人たちも一緒にどうだい?」
初日から随分と食い下がってくる。単に親睦のために誘っているだけに見えるが、目的は深雪だ。特に、あわよくばお近づきになりたい男性が多いようだ。
「あまり大人数での移動も大変でしょう?ご厚意は有難いのだけれど、またの機会にしませんか」
「このくらいの人数、大丈夫だと思うよ」
「初日で緊張していらっしゃる方も多く見受けました。また明日以降、自活の時間は十分ありますので今日は失礼させていただいてもよろしいですか?」
笑顔は時に牽制になる。
笑顔は盾であり、鉾であり、そして恋の麻薬である。今回は防壁である。
少し気圧されたのか、仕方なさそうにその男子たちは引き下がった。
兄の言葉は偉大であるとこの時思った。
「そうか…分かった。其れじゃあ司波さん、九重さん。また明日」
「また明日」
「はい、失礼いたします」
軽く一礼して、その場を後にした。
人垣から離れると、予想以上に自分でも気を張っていたことに気が付いた。
「お姉様、ありがとうございます」
深雪は小さく私にお礼を言った。
「お礼を言われるほどの事ではないわ」
内心、私もあの場で素直に引いてくれて安心した。
「いいえ。お姉様がいらっしゃったからです。私だけではあのようにお断りできなかったと思います」
深雪は昔からこの容姿もあり、人に囲まれることが多い。単純に好意のある人、下心のある人、良からぬことをたくらむ人。慣れているからといって疲れないわけではない。それでも不快感を表に出さない様子はさすがだと言える。
あれだけお世辞の集中砲火に晒されたらたまったものではないだろう。
「答辞は緊張したのかしら」
深雪の頬に触れる。少しだけ恥ずかしいのか、深雪が視線を逸らした。
「深雪はお兄様の賞賛だけあればいいものね」
「いいえ、違います」
直ぐに否定されたことに少し驚いた。敬愛している兄の賞賛を深雪が喜んで受け取らない理由はないはずだ。
私が首をかしげると深雪は当然のことのように自信を持って言った。
「お兄様とお姉様の、ですよ」
先ほどとは違って、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「まあ、可愛らしいこと」
少しだけ予想外の言葉に二人で笑いあい、二科生のID交付場所に行った。
深雪は二科生のID交付場所で達也を見かけると、嬉しそうに駆け寄った。
「お兄様」
「深雪」
後ろからは達也に対して一科生の冷たい視線が注がれる。不愉快な気分になるが、今の優先順位はこちらだ。背後からの棘のある雰囲気を無視して、私も足を進める。
「お待たせしまして、申し訳ありません」
「いや、待っていないよ」
達也は私の後ろをみて、抜け出せなかったのだと判断したようだ。
深雪がそのような状況になったことは彼からすれば容易に想像できる。
しかし、深雪は達也と話していた二人を見て、にっこりとほほ笑んだ
「お姉様という方がいらっしゃるのに、さっそくクラスメイトとデートですか?」
なにも含みはありませんよという笑顔だが、寒気を二人は感じ取ったらしい。実際に気温が下がるのも時間の問題だろう。
確かに、美少女の笑みは時として凶器だ。私はこの程度で腹を立てることはないのだけれど、深雪は私以上に独占欲が強い。
達也は小さなため息を隠して、深雪を諌めるように言った。
「そんなわけないだろう。深雪、その言い方は二人にも失礼だろう。
この二人はクラスメイトだ」
深雪は兄に諌められたことで少しだけ肩を落とした
「申し訳ありません」
その様子がいじらしくて少しだけからかいも込めてフォローした
「深雪はお兄様と離ればなれになって寂しかったのですよ」
「お、お姉様」
「深雪は私と同じクラスだったのに、私では不足だったかしら」
頬に手を当てて、ため息をつく。私が少し大げさに言うと深雪は必死に否定した。
「そんなことありません!!
深雪はお姉様と同じクラスで大変うれしく思っております」
「私もよ」
よしよしと頭を撫でてやると、嬉しそうに顔を綻ばせた。
ちらり達也を見ると苦笑いを浮かべ、二人の女子は呆気にとられている。
「自己紹介がまだでしたね。初めまして、九重雅です」
「司波深雪です。よろしくお願いします」
深雪と私は先ほどの事もあり、丁寧に腰を折った。
「柴田美月です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「私は千葉エリカ。よろしく。深雪と雅って呼んでいい?」
「ええ。どうぞ。司波だとお兄様と同じですもの」
「私もそちらの方が嬉しいわ」
私と深雪の反応に、二人とも少々意外だったようだ。
「ひょっとして深雪も雅も意外とフランク?」
「エリカは見た目通りなのね」
「ちょっとそれ、どういうことよー」
先ほどとは違い、媚びへつらう様子のない二人の様子に深雪は安堵と好感を抱いたようだ。
「見た目通り、可愛らしく利発そうで素敵な方ということよ」
「へっ?あ、ありがとう」
エリカはあまり褒められ慣れていないのか、私がそう言うとあさっての方向を見ながらお礼を言った。私も、一科生二科生と下らない枠組みにとらわれていない二人の対応が嬉しい。
これからどうしようかという話を進めようとしたところで、外野のざわめきが大きくなった。
どうやら後ろから誰か来たようだ。
「それより、生徒会の方がみえているがいいのか」
「七草会長」
振り返ると入学式前に声をかけられた七草会長が副会長を連れてやってきた。
「また会いましたね、九重さん、司波君」
柔らかく七草会長は笑みを浮かべた。しかし、後に控えている副会長の顔は若干険しい。一科生と二科生が一緒にいることに疑問に思っているのか、総代である深雪が二科生といることを快く思っていないかのどちらかだろう。
「深雪に何か、お話があるのですか?」
おそらく生徒会の打診か何かなのだろう。新入生総代は毎年、生徒会に入って学校運営の基礎を学ぶと聞いている。
「大丈夫ですよ。今日は挨拶だけをさせてもらっただけですから。それに、先約があるようでしたらそちらを優先してください」
「会長!」
副会長が会長の言葉に驚くとともに、こちらを睨みつけてきた。
「また後日、ゆっくりとお話しさせてくださいね」
そんな様子を無視して、七草会長はその場を後にした。副会長は去り際に、達也を睨みつけていた。どうやら彼は選民意識が高いようだ。
二人の姿が見えなくなると、深雪は憂いを浮かべた。
「すみません、お兄様。私のせいでお兄様の心象を悪くしてしまいました」
「お前が謝る必要はないよ」
俯く深雪に達也は優しく微笑みかけ、頭を撫でてやる。深雪もそれを恍惚とした表情で受け入れる。まるで恋人同士のような甘い雰囲気に美月は顔を赤くし、エリカは茫然としていた。
遠くからこちらを観察している一科生の方からも、驚愕の様子がうかがえた。
「二人とも、大丈夫かしら?」
「は、はい」
「………ねえ、いつもああなの?」
「そうよ」
美月は顔を赤らめ、エリカは私の言葉に顔を引きつらせた。初心な二人には、あの様子は些か刺激が強かったのかもしれない。数年前の私ですら、想像できなかった深雪の変わり様だ。私としては嬉しい変化でもあった。
その後、エリカの誘いで学校近くのフレンチカフェテリアで食事をとることになった。
女子が4人もいれば話に花が咲く。時折、達也にも話を振りながら夕方近くまで話し込んでいた。
「初日から良い人に巡り会えたわね」
「ええ。二人ともいいお友達になれそうです」
深雪も人に嫌われるような性格はしていない。むしろ蝶よ花よと寄ってくる人の方が多い。
私の場合、京都にいたころはどうしても“家”とのつながりを持とうと子どもながらに寄ってくる人も多かった。
それが親に言われての事だろうとしても、小学校からそれが続けば嫌にもなる。
掛け値なしに接してくれる友人。
そんな生活を私たちは待ち望んでいたのだ。
…5000字ってあっという間ですね。