構想としてはかなり先まで進んでいるのですが、如何せん書きたい場面が多くて大変です。
オリジナル展開多めで今後も行きたいと考えています。お暇つぶしにでもお付き合いいただけると嬉しいです。
・・・三日目夜・・・
渡辺先輩の意識も戻り、検査の結果大きな後遺症なども出ていないと聞いた。ただ肋骨骨折を伴っており、当然激しい運動となるミラージ・バットは棄権となる。
一高ブレーンも優勝候補と予想していた千代田先輩が準優勝となり、三高と一高の点差が更に縮まっていた。今も七草先輩を中心に作戦スタッフと共に今後の作戦を練り直しているらしい。
検証はこちらに任され、五十里先輩と鎧塚先輩に加えて吉田君と美月も部屋にやって来た。
達也は病院の付添から帰るとすぐに渡辺先輩の競技の検証を行い、夜になって先輩方も検証に加わってくれた。吉田君と美月は達也が聞きたいことがあると呼んでいる。
本来だったら五十里先輩に付き添って千代田先輩も一緒に来ただろうが、準優勝のショックにまだふさぎ込んでいるらしい。健闘したとは言うものの、それは結局負けたことに対する慰めにしかならないのだろう。
「こちらを見てください」
達也がモニターを操作すると事故直前の様子がモニターに映し出された。七高のオーバースピードと不用意に沈んだ渡辺先輩のボード。これらは一高に対する妨害工作だと達也は結論づけていた。
「水面の陥没は水中から発生していることが分かりました。その方法ですが、どうやら精霊魔法を使い、ボードを水中に引っ張ったようです」
「精霊魔法だって?!水中に妖魔か何かが仕込まれていたのかい?!」
吉田君が驚きの声を上げる。化成体は、一般的に霊的エネルギーを可視化させたものであると言われている。サイオンの塊を土台に幻影魔法で姿を作り、物質に干渉する加重、加速、移動魔法などで肉体を持っているかのように見せている。偵察や攻撃にも用いることができ、水魔もその一種だ。
しかし、水魔を潜りこませれば魔法協会や選手が気が付かないわけではない。
「いや、そうであれば大会役員が見落とすわけがない。細工をされていたのはボードの方だ」
達也が画面を切り替えると渡辺先輩が使用していたボードが拡大して映し出し出された。事故後大会側にボードは回収されてしまっており、一高の手元にはない。
競技中の映像からどうにかボードの先端付近の背面が映るものがあり、その映像を確認する。スローモーションにして再生すると、一瞬だけ謎の刻印が浮かび上がっていた。大きさにして直径10cmにも満たない円状の刻印だ。
「地脈を使いボードに示された刻印を目印にして魔法が発動したようです。術者は既に取り押さえられており、軍関係者に引き渡されました」
「ひょっとして雅さんが?」
美月と吉田君が真っ青な顔で私を見ていた。
あの場で私が会場の外に出ていったことは彼らも周知のことだ。軍関係者が出てきたことはこの場で初めて知らせることであり、先輩方も驚きを隠せないでいた。
「結果的に取り押さえたのは軍の方です。取り調べの結果はこちらに渡してもらえるよう交渉してあります」
取り調べの進捗状況は分からないが、相手は訓練された術者なので早々に口を割ることはないだろう。精神系魔法の使用は硬く禁じられてはいるが、取り調べや自白では密かに用いられている。
渡辺先輩に至っては空気中で微量の香を調合し、相手の嗅覚を支配し、“合法的に”自白させることもできる。軍には取り調べのスペシャリストもいるだろうし、裏で手を引いている者とその目的が分かるのも時間の問題だろう。
私の話はさておき、確認のため五十里先輩がもう一度映像を再生していた。
「じゃあ、渡辺先輩が標的にされたってことかい」
「七高の選手と同時に棄権に追い込むことが目的だったようです」
達也が再び画面を切り替えると、渡辺先輩と七高選手の去年の記録が映された。タイムから計算するとカーブで減速するタイミングで七高選手が加速すれば、渡辺先輩と衝突する計算になる。
「おそらく七高にも何かしら仕掛けがされて、加速と減速の切り替えが起きていたのでしょう」
「七高に裏切り者がいたっていうことかい?」
五十里先輩からの質問に、達也は首を振った。
「七高側にCADを見せろと言っても一蹴されるでしょう。おそらく大会委員会に工作員が紛れ込んでいる可能性が高いと思います」
部屋の中がギョッとした雰囲気に包まれた。皆一様に絶句していた。
「お兄様、CADは各校で厳重に管理しています。いついかなる時にCADに細工をしたのでしょうか?」
深雪が達也の言葉を疑うことはないが、更にその先の考えを求めた。
「CADは一度大会側にレギュレーションチェックで引き渡される」
「おそらくその瞬間に何かしら精霊を潜りこませたのかもしれないわ」
バトルボードであった事故で感じた精霊は二つ。
一つはおそらく七高選手に仕掛けてあったものだ。
コースの壁に阻まれて直接視認はできなかったが、ここは土地神様のいらっしゃる場所だ。彼の方に尋ねるまでもなく、土地の加護を受けた私の精霊に対する感受性は上がっている。
精霊が反応した数自体は少ないが、目に起きた効果は大きい。
術者が七高選手に術を発動させた形跡もなかった。
「精霊による妨害か・・・」
「あ、電子金蚕じゃないか?」
悩ましげに考え込む五十里先輩に鎧塚先輩が思い出したようにつぶやいた。
「電子金蚕ですか?」
達也ですら聞き覚えのない単語に首をかしげた。
「知らなくて当然だろうな。かなり前の東シナ海での戦争で使われた精霊魔法の一種だ。有線回線を通じて電気回路に侵入するタイプの魔法で、システムをいくらチェックしたところで発見されない。
俺も詳しくは知らないが、一連の妨害魔法が大陸系だったんなら古いもの好きのあの国はまだ使ってんじゃないか?」
「よく御存じですね」
達也は素直に賞賛した。軍事作戦の一部である情報を一般市民の彼がそのようなことを知っていることに対する驚きも含まれていた。
「俺、進路希望は霞が関の背広組。もしくは陸軍の司令官。とりあえず防衛大に進む予定だ」
「なるほど」
祈子さんによると鎧塚先輩は古今東西の軍事戦略に詳しいと聞いている。
兵器関係や数々の戦略や戦術にも造詣が深い。実家で所蔵していた軍記物を彼に貸し出したこともあるが、本当に軍事作戦や戦略的思想においては同世代以上リードした知識を持っている。
「電子回路に侵入するならシステム用のアンチプログラムも無意味ってことだよね」
「具体的な対策をどうしていたかは覚えてないが、伝手があるんなら分かるんじゃないか?」
鎧塚先輩はちらりと私の方を見た。引き渡した術者から情報を得られないかということだろう。若しくは取り調べを行った軍と取引か何かができないかと目論んでいるはずだ。
私達もまだ試合が残っている。大会委員側に手引きをする者がいるのならば、早急に対策を整えなければならない。
大方の検証が終了したころに、軍関係者から呼び出しがあった。
達也たちは電子金蚕に対する調べものと対策を引き続き話し合っているだろう。
電子金蚕についてはこちらの交渉カードの一つとなるだろう。厳重なセキュリティチェックを終え、ホテルとは離れた軍施設に案内される。私だけではなく、場に居合わせた真さんも同席している。
「二人とも夜分遅くに済まない。真君は久しぶりだね。活躍は聞いているよ」
応接室と呼ぶには少し味気ない造りの会議室に通されると、そこには風間少佐と響子さんがいた。
「お久しぶりです、少佐。こちらこそお忙しいところわざわざ時間を作っていただき感謝いたします。」
真さんが一礼すると風間少佐は神妙な面持ちで口を開いた。
「まず、報告だ。取り押さえた術者は精神を焼き切って自害した。その結果、我々が彼から得られた情報はごくわずかとなってしまった」
これは少なからず驚かされた。これだけ軍関係者が見張っているのにも関わらず魔法を使って自害できたことは予め失敗も織り込み積みだったと言うことだ。
ジェネレーターに関しては真さんから少し教えてもらったが、人為的に後天的に調整された魔法師であり、薬や手術によって人の命令を忠実に聞くようにされているそうだ。
倫理や人道なんて存在しない手法だ。
情報を割らせないために自害を強要することなど容易いのだろう。若しくは予め軍関係者に捕まった場合の対応は命令されていたのかもしれない。どちらにせよ気分は良い話ではない。
「ごく僅か、ということは何かしらの情報は得られたと言うことですね」
確認を含めて、私は風間少佐に尋ねた。
「ああ。被疑者と接触していたのは大会前日に忍び込んでいた賊だった。術者はほぼ間違いなく無頭龍の一員だったのだろう」
「これほどまで高校生の大会に狙いを絞っているのはなぜですか?」
「それに関してはまだ調査中だ。だが三高贔屓にしていること、一高を貶めようとしていることは判明している。何かしら賭け事でも裏で行っているのかもしれない」
「確かに、今年の予想では一高のぶっちぎり優勝が最有力ですからね。三高を勝たせればその分の配当は大きい」
真さんに視線を向けると目があった。
九高の会長である彼の口から一高の優勝を語るのは少し複雑な心境ものぞかせた。
真さん一人なら数字持ちに引けを取らない実力を持っている。
しかし、四から九高は全員が魔法の実習を教員に指導してもらえるが、実力的には一から三高に一歩遅れていると言われている。九校戦は団体戦であり、彼一人の活躍だけでは総合優勝は厳しい。
「賭け事であると決めつけるのも些か早急だ。可能性としては将来ある魔法師を潰す目的もあって可笑しくない」
「確かに、国防を担う若者の芽を摘むには良い機会でしょう。ついでに言えば衆人環視の場で魔法事故を見せれば反魔法師団体にとっては良い餌になるでしょうね」
皮肉も込めた真さんの言葉に風間大佐も肩を軽く竦ませた。
反魔法師団体は魔法師は人間ではないと言う人間主義を大義とした団体だ。魔法師はその歴史上、戦争とは切っても切り離せない存在だ。
“兵器”として生み出された、人間とは別の“種族”だなんて言い方をする者もいる。
1000年以上も前から魔法は存在するのに馬鹿馬鹿しい考え方だが、大なり小なり非魔法師にはそう言う考え方を持つ人もいる。魔法師や魔法関連の事故があるたびにその意見は活性化し、彼らの活動も活発化する。
「その点に関しては現段階では問題ありません。世論的にもスポーツに関する事故は付き物という意見が大多数です」
真さんの質問に答えたのは響子さんだった。
事故からまだ一日も立っていないが、ゴシップなども調べ上げるとは仕事が早い。
九校戦は青少年のスポーツ競技だ。裏事情はさておき、社会的に大きな損害を与えたわけでもなく、毎年多数の観客、視聴者を集める一大イベントだ。人間主義の団体も表立って活動しにくい部分もあるだろう。
「今後も一高に対して妨害工作は行われると考えてよろしいでしょうか」
「敵が一高の優勝を妨害しようとしているのならば今後も何かしら策を練ってくるだろう。侵入者の一件で警備のレベルは上げているが、内部の工作員に関してはまだ調査中だ。」
「風間少佐も魔法協会の身内に敵がいるとお考えなのですね」
「頭の痛いことだが、その線が濃厚だ」
ため息交じりに風間少佐はそう言った。
軍と魔法協会は同じ組織ではないため、干渉が過ぎると多方面に余計な波風を立ててしまう。縦割り社会の弊害でもあるだろう。
響子さんに淹れてもらった紅茶で一息ついた。
これからが本題だ。
「風間少佐は電子金蚕をご存知ですか」
私はここでカードを切った。
「電子金蚕?確か東シナ海で大亜連合が使用した精霊魔法だったか。
機器の電子回路に潜りこむ厄介な魔法だったと記憶している」
「一高で事故の検証を行ったのですが、おそらく電子金蚕が使われた可能性が上がりました。七高のCADや渡辺先輩のボードが運営側に調査目的で引き取られてしまっているので、こちらから動くことはできません。電子金蚕に対してなにか技術的な予防策を講じる手立てがありますか?」
「電子金蚕ですね。少々お待ちください」
響子さんが端末を操作すると電子金蚕に関する資料が表示された。
「現在、この魔法を使うのは大亜連合の一部です。侵入対策としては精霊を寄せ付けない魔法を施すことですが、これは刻印術式の結界で応用可能です。万が一潜りこんだ場合は電子回路の総点検が必要になりますので、これは時間がかかります。どの電子回路、魔法式に作用するスイッチに潜んでいるのか発動するまでほぼ分かりません。あくまで電子金蚕は発動しなければ精霊としての活性を示さない弱い魔法です。潜りこんでいる電子金蚕を見つけるにはかなり感受性の高い術者が必要でしょう」
「その結界については技術提供していただけるのですか?」
示された資料には肝心の刻印の結界に関する記述はない。
まだ電子金蚕と決まったわけではないが、対抗策は持っておくに越したことはない。
軍が無理ならば、別の伝手を頼るしかないだろう。
「すみません。電子金蚕が変化していると言うことはありませんか」
電子金蚕の話では口を噤んでいた真さんが熟考した上で問いかけた。
「どういうことですか」
「魔法の発展と共に当然古式魔法、精霊魔法も進化しています。新型の電子金蚕や新たな回路やシステムに潜りこむ精霊魔法があるのではないですか?」
「この場でその魔法が使用されたかもしれないということですか」
「あくまで仮説です。ですが彼の国とて古さばかりに固執している愚者ではないでしょう」
「新型の魔法の実験にされていると?」
風間少佐の顔つきが一段と険しくなった。
「格好のパフォーマンスの場でしょう?効果的に用いられれば魔法師の戦力を脅かす軍略兵器になり得る可能性がある。無論、CAD以外の電子機器も危ないでしょうね」
航空戦闘機、巡洋艦、陸上戦闘兵器。
大よそ原始的な武器以外の近代に発展した機械類は電気を用いる。それが原因不明に使えなくなれば、戦場は一気に混乱する。小さな精霊が戦況を左右しかねない兵器になり得るのだ。
「真君も中々の考えを持っているな。すぐにでもウチに欲しいくらいだ」
「防衛大にでも推薦していただけますか?」
二人とも冗談を言ってはいるが、新たに出てきた可能性に私は混乱した。電子金蚕だけならまだしも、それ以上に厄介な魔法の可能性がここにきて現れてしまった。響子さんはこの間にも電子金蚕に関する情報を集めている。
「明日以降、一高の点差次第では更なる強硬策に出てくる可能性もあるやもしれん。気を付けてくれ」
少佐の硬質な言葉に、二人揃って了解の意を示した。
優勝候補潰しとなると、私や深雪、その友人たちも標的となる可能性がある。精霊魔法はこんなことに使うためにあるのではないと私は一人、苛立ちを抑え込んでいた。
機密保持のためにいくつかの事項を確認し、私と真さんは響子さんに連れられてホテルに戻ってきた。ロビーまで送ってくれた響子さんと別れ、真さんも明日の準備があるからと部屋に戻っていった。
私は飲み物でも買おうと自販機を探していると、不意に後ろから声を掛けられた。
「お待ちください」
体ごとそちらに向けると、馴染みの顔だった。少し早歩きで近づいてきた彼は嬉しさを隠しきれないといった様子で微笑んだ。
「こんばんわ、雅さん」
「こんばんは。お久しぶりですね、芦屋さん」
彼は陰陽師の名門、芦屋家の直系で次期当主として指名されている年齢は一つ上の高校二年生で、古くから九重とも親交がある。
私が名字で呼べば、彼は整った顔に憂いを浮かべてみせた。
「これは寂しい。私と貴女の仲です。どうぞ充(ミツル)とお呼びください。まさかこのような場でお会いできるなんて思いもしませんでした。二高にいらっしゃらないのは残念でなりませんが、こうして選手として出場されていると知ったときは、舞い上がってしまったのですよ。表だって応援できないのが残念でなりませんが、明日からの試合も楽しみにしています」
「ありがとうございます」
「貴女が京を離れ、東下りまでなさって婚約者の元に行かれたとお聞きした時は引き裂かれるような気持でした。いくら私が愛した桜姫様が最早手の届かない場所に行ってしまったのだと、袖を濡らす日々。たった半年の事なのに桜のない京など永久の冬のようでした」
まるで息をするかのように端正な顔立ちから発せられる言葉は、鈍感な者でも気が付くような恋心を匂わせた言葉だった。芦屋家もまた私に対して婚姻を申し込んでいる家の一つである。
家系も平安時代まで遡れるほど長く、陰陽師では安倍と並び称される古式魔法の名門の一つであり、達也がいなかったら私の婚約者候補だったのかもしれない。
彼の家からはいくら私に婚約者がいると知っていても、毎年のように誕生の祝いと四季折々の贈り物をしてもらっている。受け取れないと言っても、こちらの気持ちだからと諦めずに丁寧な手書きの手紙まで添えてくるのだから彼も大概だ。どう転んだとしても【星巡り】は切れやしないし、私が彼の気持ちに応えることは生涯あり得ない。
「冬の京は澄んだ空気も、控えめな雪化粧も美しいでしょう」
「ええ、無論。ですが、やはり花の盛りこそ心揺さぶられるのですよ」
にっこりとした笑顔の後ろにはやはり情熱を携えた恋情が見え隠れしていた。
目は雄弁に私に対する想いを語っていた。手に入れられないから燃えるとも言われたが、私としては早急に諦めて良い人を見つけてくれることを祈るばかりだ。好意を告げられて、好かれていることは決して悪いことではないはずだが、正直参っている部分もある。
「今宵、再び相見え、やはり貴女様への尽きることない気持ちを思い知らされました。濡れ枕のもとで見た夢の貴女など霞がかかっていた様で、今なら篝火に焼かれる愚かな虫の気持ちが分かる気がします。この胸を燃やす貴女への恋情に焼き殺されてしまうのなら本望ですが、やはり貴女を私だけの舞姫にしたいと思うのは男の性でしょうか」
一歩、彼との距離が縮まり、私に手が伸ばされる。
やんわりと微笑んで牽制するが、彼には逆効果だった。
「貴女がお許しいただけるのであれば、このまま攫って「このアホ!!みやちゃんに何しとんねん」
触れあうほどの距離まで彼の手が伸びたところで、怒号と共に彼の頭に向かって缶ジュースが投げられた。彼は振り返りざまに片手で難なくそれをキャッチした。
「二高の副会長が大会も終わってもないのに他校の女子を口説くな、ド阿呆。大体何年片思い続けとるねん。略奪婚なんて死んで詫びても許さんで」
般若を携え、今にもCADを発動しかねない様子の燈ちゃんが仁王立ちしていた。
「略奪だなんて人聞きが悪い。最終的に彼女が誰を選ぶのか、だろう?」
ふっと燈ちゃんを見て芦屋さんは鼻で笑った。
私に話しかけていた甘ったるい声ではなく、意地の悪そうな顔をしている。どちらかといえばこちらの顔の方が彼の本性だ。私の前では何重にも猫を被っているのを知っている。
「いけしゃあしゃあと言いやがって、はっ倒すぞ」
「口が悪いな、鬼っ子」
「狐野郎に言われたかないわ。人畜無害そうな甘ったるい蜂蜜顔の癖にめっちゃ胡散臭いねん」
忌々しく吐き捨てるように燈ちゃんは私の腕を取った。
「胡散臭いとは失敬な。品のない鬼子には風雅の一つも分かるまい」
「お生憎様。こちとら元から花より団子や。雅ちゃん、明日試合やろ。さっさと休みや」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
チッといった舌打ちの音は聞こえなかったことにした。
「では、芦屋さん。遅い時間ですので、失礼します」
「ああ。せめて夢の通い路にでも君に出会えることを祈るよ」
「うわ、くっさ。イケメンだからって調子こいとるな」
辟易と燈ちゃんは芦屋さんを嗤った。私の手前とあってか、眉を一瞬顰めたものの何重にも猫をかぶり直し、苛立ちを隠して芦屋さんはその場を後にした。
京都から離れたとしても煩わしい関係は続くものだ。今度帰省した時にでも安井金毘羅宮で悪縁でも断ち切って貰う方がいいのかもしれないと私は人知れずため息を零した。
達也さん、ライバル登場です。