恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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いよいよ新人戦の開幕です。

関係ない話ですが、寮生活をしている弟と久しぶりに会いました。
第一声は『ちっさ!!え、姉貴こんなに小さかったん?』です。
お姉ちゃん泣きたくなりました。(´;ω;`)
前は姉さん呼びだったのに、何時の間にか姉貴になってる(´;ω;`)
小っちゃいのは認めるけど、お前だってそんなにデカくないだろう!


九校戦編10

・・・九校戦四日目・・・

 

一高でとある噂が立っていた。

 

九重雅に必勝祈願をしてもらうと、試合に強くなるらしい。

 

受けたのはバトルボードに出場した村上や服部、ピラーズ・ブレイクに出場した千代田などだが、こぞって成績上位に入っている。しかも服部に至っては予選の段階から調子が上がっていなかったにもかかわらず、決勝ではまるで重荷が外れたかのように快走していた。

 

嘘か真かさておき、それからというもの、雅は選手に引っ張りだこだった。勿論、それを必要と感じていない人や気休めだと言う人もいたが、呪具事件や摩利の事故もあってからか頼みに来る人は多かった。

 

「お姉様も選手だと言うことを忘れていらっしゃるのではないですか?」

 

深雪が不満げにそう口にした。雅は苦笑いを浮かべ、気にしていないと言う風に笑った。深雪は姉が皆から頼られて嬉しい反面、美しい祝詞を受けることができた者たちが羨ましくもあった。

 

雅は末席とは言え神職の端くれ。九重神宮はその名の通り神を奉り、神に仕え、また古くは神の系譜との婚姻もあったと言われる由緒正しき家系だ。善意で施されている祝詞は通常どれだけ金銭を積んだとこで易々と受けられない代物であり、その筋の者が聞けば泡を吹いて倒れるだろう。

 

「神頼みならぬ雅頼み?」

「雅さんの激励なら御利益ありそうです」

「エリカも美月も止めてよ。私のような若輩が鼻高々にしていたら、笑われるわ」

 

雅は疲れた様子で肩をすくめた。

雅が施しているのは略式簡易な祝詞であり、あくまで気休め程度のモノだ。力ある者が本腰を入れた邪気払い、必勝祈願をしたのなら命運すら変わる。しかしそこまでのレベルであれば魔法と言われている領域に入るため、雅も弁えている。

 

人にとって神様はそこにいらしゃれど存在は見えず、聞こえず、触れられず。されどその加護は大地に染みわたり、息吹は空気に満ち、世界を潤している。

 

そんな世界の一端を見ること、聞くこと、触れること、与えることができるのは古より信仰を続けた九重神宮に連なる者だからなのだ。裏を返せばそれだけ強大な世界への影響力を持っていると気取らせないことが何よりの畏怖すべきことだ。

 

そんな裏事情は花の乙女たち、若者らしい友情の前には出すべきではないと感じている雅は友人たちと年相応に楽しそうに話を弾ませていた。

 

 

 

 

九校戦も四日目。本選は一旦休みになり、今日から新人戦が始まる。

種目の組み合わせは本選と同じであり、今日は男女スピードシューティングと男女バトルボードの予選が行われる。雅やほのかも午後からバトルボードの予選があるが、下手に待ち時間を作って緊張しないようにと試合を観に来ている。

 

これから行われるのは女子スピード・シューティング予選。

達也がエンジニアとして担当する種目であり、これから雫の試合が行われる。一高カラーのジャケットとスキニーのパンツルックは本人の顔立ちも相まってより凛々しく見えた。

 

予選は一人で行われ、決勝トーナメントでは対戦形式となる。

二人で同じ場に魔法を使用する場合の難易度は一人で魔法を使用する場合より数倍上だ。

魔法は物体に付属する情報を書き換えると言う性質上、同じ領域で作用すれば術式同士が相克を起こし、魔法が正しく発動しなかったり、暴発したりしてしまう。真由美のように領域外からも有効エリアの的を打ち砕く魔法と自前の知覚系魔法があるのはまさに例外であり、それが強さの所以でもある。セオリー通りの戦いならば的に直接振動を与えるか、的同士を移動させてぶつけるという手法が取られる。

 

 

雫は一つの的も撃ち漏らすことなく、予選の結果はパーフェクト。

能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)と名付けられた魔法は、雫の得意とする振動系の系統魔法である。有効エリアの内部に立方体の仮想空間を生み出し、頂点と立方体の中心に番号を付けた座標を指定する。

 

素焼きの的は競技上必ずその有効エリアを通過するため、変数として入力した座標番号から振動を発生させることで的を砕いている。ただし起動式が長大なため術者にはそれなりの演算スピードと領域が要求されるが、学年トップレベルの実力者である雫なら十分だった。

 

さらにその術式の考案が達也だと聞いたE組メンバーは開いた口がふさがらない様子だった。実戦では射出されたポイントも的も本人の視線の先も一定ではないが、競技ならばそれらすべては同一だ。射撃魔法として実戦応用は効かせにくいが、他者からの妨害を受けることない競技では画期的な魔法である。

 

競技場の隅の方で待機していた達也も結果に満足そうな様子を窺わせた。

 

 

 

 

 

スピードシューティングは午前で女子の予選から決勝、午後で男子の予選から決勝が行われる。女子スピードシューティングの三人は見事予選を通過し、決勝リーグでも他校を圧倒してみせた。セオリー通りのものから型破りな魔法まで、全て達也が関わっていたことは周知の上だ。

最初は二科生なんかがと言っていた先輩方や口には出さないが二科生がエンジニアをすることに対してアレルギーに似た嫌悪感を抱いていた者も予想だにしなかった結果を出されてしまえば、文句は言えなかった。

それを口にしたところで劣等感や嫉妬心を誤魔化すための戯言でしかない。むしろそこまで敵対心を持っていない上級生の先輩方からは賞賛の嵐であり、達也は謙遜しながらも心なしか嬉しくもあり、同時に対応に困っていた。

 

その様子にまるで比例するかのように一高一年男子からの刺々しい視線が増え、それに対して深雪が機嫌を降下させるといった悪循環になったため、二人は早々にバトルボードの会場にとやって来た。

一年生の予選とあって観客はそれほど多くはないが、来賓席にいる人の数が多いと達也は観客席から見ていた。

 

「司波君、こっちです」

 

来賓の事を一旦頭の隅に追いやり、声のした方を向いた。深雪も同じ方向を見ると小さな体を伸ばし、手を振る可愛らしい先輩の隣には本来ここにいるはずのない先輩の姿があった。

 

「渡辺先輩も応援ですか?」

 

先日負傷したばかりの摩利が腕組みをし、憮然とした態度で座っていた。

摩利は二人の言葉に不満げに眉を顰めた。彼女の頭には未だ包帯が巻かれており、制服の下も固定のためのサポーターをおそらくしているはずだ。

 

「達也君はまるで私が来てはいけないみたいな良い方だな。怪我人だが、病人ではないし、激しい運動は禁止というだけだよ。」

 

いらない強がりをしているのではなく、現代医療では骨折程度ならその日の内に退院できる。脳震盪もあったため、検査を含め大事を取って摩利は今日の昼前に退院となった。肋骨以外は問題なく医者も退院許可をだしているし、今後も定期的な検査は必要になるが魔法師生命には支障なかったのは不幸中の幸いだろう。

 

「それで、雅は大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。俺より担当の中条先輩の方が良くご存じでしょう?」

「雅さんのCADはほとんど手を入れる必要はありませんから。流石司波君仕込みの調整です」

 

あずさの裏表の無い言葉に深雪は満足そうにうなずき、摩利はにやりと笑った。

 

「ほう、そうなのか。まあ雅なら達也君のサポートがなくても相当なことがない限り予選突破は間違いないだろうな」

「ずいぶんと買っていらっしゃるのですね」

「当然だろう。妨害のない単純な直線スピード勝負で私を負かしたのはアイツだけだよ」

「へっ?そうなんですか」

 

あずさの驚きの声に摩利は渋々ながら答えた。

 

「単純に魔法の使い方が上手い。そつなく複数の工程をこなすし、視野も広いし、何より判断が早い。本選で私と張れるだろうよ」

 

摩利は雅を十分評価している。

あの淑やかで精錬された佇まいに騙される人も多いが、魔法力も高ければ魔法戦闘力も高い。魔法戦闘、対人格闘を始め実戦慣れしているし、私情に囚われず冷静かつ公平な判断もできる。

摩利は次の風紀委員長の後継に2年の千代田花音を考えているが、雅もいずれは風紀委員長となって欲しいと考えている。無論、達也でも構わないが生徒会からの引き抜きがある可能性も考慮し、早めに雅だけでも押さえておきたいと思っている。

風紀委員は男所帯だが、流石に婚約者持ちの女子生徒に手を出す馬鹿はいないだろうし、むしろ雅に返り討ちにされるのが関の山だろう。

 

 

摩利の心の内はさておき間もなく試合を告げるコールが鳴ると、選手が一斉に位置に着いた。

 

雅は腰まである長い黒髪を結上げ、ひと纏めにしている。普段は制服に包まれている身体が密着したウエットスーツによってしなやかな曲線美を描いている。隣にいた同姓の選手ですら一瞬息をするのを忘れていた。

 

深雪が不健康に見えないギリギリに細く、庇護欲をそそる華奢な体つきだとするならば、雅は磨き上げられ研ぎ澄まされ、必要な所には十分ついているのに余分なものを落とした扇情すら感じさせる出で立ちをしている。実際その清らかな雰囲気に相反する欲を煽る姿に背徳的な考えを浮かんだ男子も会場には少なくない。

 

凛とした面立ちと真剣な瞳に周囲の選手だけでなく、会場でも息を飲む者も多かった。威圧しているわけではないのに、雅だけ他を圧倒する存在感があった。

 

 

今か今かと早鐘を打つ心臓を押さえながらスタートを待ち構える選手たち。スタートのブザーが鳴るとほぼ同時に誰よりも早く雅は魔法を発動し、先頭に躍り出た。

 

「速いです」

「おいおい、飛ばし過ぎじゃないか?」

 

コースは全長3kmの人工水路を三周、およそ15分の競技だ。それだけの時間魔法を使い続ける集中力と風圧に耐える体力が求められる。

しかし、スタートから快走している雅は疲れなどいざ知らず、まだ4分の1すら終わらない段階で後続と距離が開いていた。それもカーブを曲がるたびにその差は広がっていき、一周を終えるころにはほぼ独走状態だった。妨害魔法も視認されない距離まで離されてしまえば効果は薄く、雅相手には意味を成していなかった。

 

「カーブは常にインコースギリギリだが、ほぼ減速魔法は使っていないのか?ボードと体の固定はこの前教えてものにしているようだが、いくら魔法を使って移動しているからと言ってあれだけのスピードでボードを傾ければ普通は遠心力で外に飛ばされるものだぞ」

 

摩利は考え込むように顎に手を当てた。

ラップタイムを見れば、去年の摩利の決勝にも劣らぬスピードだ。

加えてカーブにほぼ減速なしで突っ込む試合風景は迫力があると言えば聞こえがいいが、前日の事故を彷彿とさせる部分もあった。今日は一試合しかないとはいえ、流石に15分も魔法を使い続け、風圧を受け続けるのは体力的にも魔法力的にも消耗する。

雅の安全に加え、後半ガス欠になりはしないかと摩利は心配していた。

 

「カーブの時には魔法を追加で使っているようです」

「あ、収束系魔法ですね」

「収束系?中条、アイツ得意魔法は古式関係だよな」

 

疑問を呈した摩利にあずさが得意げに答えた。

 

「雅さんは現代魔法で言えば収束・放出系の魔法が得意だと聞いています。コースの壁沿いにチューブ状のエアクッションを作り、それに沿って移動することでカーブのギリギリを減速せずに曲がることができます。クッションは通過後に風船のように一点に穴を開けて追い風にもしていますし、風圧も直線ではその圧力を運動エネルギーに変換し、推進力にもしています」

 

「それであのスピードか」

 

摩利は素直に賞賛した。

自分もマルチキャストは得意とするが、発動の切り替え、組み合わせの多さには舌を巻いていた。練習を積んだというより、魔法を使うことに慣れているという気がする。無論、実際にコースを走ったり、魔法を使った妨害など練習はしていることを知っているが、魔法の発動に一切の迷いがない。

 

息をするかのように複雑な過程をそつなくこなす後輩の才能に対する嫉妬ともし怪我がなければなどという後悔の念が生まれる。

自分の事故が妨害によるものだった可能性も聞かされている。苛立つ反面、細工に気が付けなかった自分が情けない。だが、そんな気持ちを持ったところで自分の怪我が今すぐ治るわけでもない。自分にもまだできることがあると心を落ち着かせていた。

 

 

雅のレースは2周目以降はスピードを落としていたが、それでも既に半周は差がついていた。その後も独走。選手以外からの妨害もなく、余力を残して予選突破には十分すぎるタイムだった。

 

その次に行われたほのかも光波振動系魔法による妨害魔法で予選突破。

新人戦女子は初日からスピードシューティングの表彰台独占とバトルボード予選突破の幸先の良い結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

九校戦五日目

 

今日の種目は男女クラウドボールと男女アイス・ピラーズ・ブレイクの予選だ。優勝の期待がかかっている試合前の雅の控室には真由美と鈴音が応援と様子見に来ていた。

 

「雅ちゃん、その格好で出るの?」

「そうですが、可笑しいですか?」

「いいえ、似合っているわよ」

 

大会二日目に披露した真由美のウエアは白のポロシャツと短い丈のスコートだった。胸元のボタンも少し外し、動けばアンダースコートが見えるような代物だった。

クラウドの場合、男子は特に校章が分かれば細かなユニフォームの規定はなく、女子は白というテニスを踏襲した色指定になっている校章がついた各高校揃いのユニフォームを着用することが多い。

 

一高は会長の方針もあって、基本的なルールさえ守れば各自自由となっている。

ただし女子はスコートね、と訳の分からないルールを半ば真由美に強制され、ため息をついた女子が数人いた。無論、雅もそれに入る。

魔法オンリーで動き回らないとしても、ボールに当った時のためにプロテクターをするのが一般的だ。他校は半ズボンスタイルが多い中、雅は白のポロシャツの下に黒の長袖インナーを着込み、スコートの下もアンダースコートではなく、ランニング用のレギンスを着用している。真由美とは異なり、顔と手の他に露出がほぼないのが特徴だ。

 

「達也君は観に来ないの?」

「今日はピラーズ・ブレイクの予選ですから、あちらにかかりきりだと思いますよ」

「雅ちゃんは残念じゃないの?いくら自分で調整できて、深雪さんが望むからってエンジニアを譲るだなんて。それも自分以外の女の子を担当させるって内心穏やかじゃなかったりする?」

 

雅の応援には鈴音と真由美が来ていた。エリカたちも応援には来ているものの、選手でもないため観客席にいる。達也は朝から出場選手三人の調整に追われており、試合をモニターで見る暇もあるかどうかさえ分からない。最初からそれは分かりきったことであり、雅はそれに対して不満も不安も一切言わなかった。

 

傍から聞けば冷めた間柄にも聞こえなくはないが、達也も深雪も雅の実力を十分知っており、朝の短い時間の中でできるだけ時間は作っていた。最も深雪にすれば二人と一緒にいられる時間は足りないぐらいだが、雅は気にかけてくれることだけで十分だった。

 

選手控室は落ち着いた雰囲気であり、試合前の殺伐とした緊張感もない。

むしろ冗談をいって和ませようとする余裕もある。

 

「会長」

「だって、達也君も雅ちゃんもドライなんだもの」

 

一緒に来ていた鈴音は隠す様子もなくため息をついた。

真由美の性格は3年間で少なからず理解しているつもりだが、試合前に余計なことを言わなくても良いだろうと思っている。この程度で崩すようなことはないと知っていながらも、大事な優勝候補にあまりプレッシャーやいらない心労をかけるのは頂けない。

 

「確かに二人とも嫉妬心とか執着心とかに縁が薄そうですが、あまり言葉が過ぎると後輩に嫌われますよ」

 

「表に出にくいだけですよ。七草先輩の立場を考えれば、少し失礼かもしれませんが可愛らしいことです」

 

鈴音の苦言に雅はいつも通り穏やかに微笑んだ。

 

「か、可愛らしい?」

「ええ。十師族、七草家直系の長女。第一高校生徒会長に、九校戦3連覇の期待。私はそのお立場を推し測ることしかできませんが、重圧は感じていらっしゃると思います。そんな中、笑顔でチームを引っ張っていく。中々ストレスの絶えない環境ではあります。それを消化するために、達也さんや服部先輩をからかうという行動に出ているのでしょう。そう考えると、私が言うのも失礼ですが、年相応で愛らしいことだと思いますよ」

 

予想外の言葉に真由美は間の抜けた表情となっていた。

 

「お美しい方でもいらっしゃいますから。今回の大会でも好奇の目に晒されているのを感じていらっしゃるでしょう。期待は重すぎるものだと思いますが、それを乗り越えてしまえるほど会長の才覚は未熟な私でも十分理解できます」

 

水の様に滑らかに溢れ出す賛辞に、真由美は徐々に顔を赤くしていた。

確かにストレスの捌け口に後輩男子を茶化したり、手玉に取ってみるようなことしていることは真由美自身も理解していた。大体の被害者は服部だが、最近では達也もターゲットになっている。

 

「九重さん」

「何でしょう」

「その辺にしてあげてください。会長が羞恥心で死にそうですから」

 

雅はその理由も理解した上で、その真由美の行動を可愛らしいと称した。

後輩にそれを咎められるでもなく、まるで自分が酷く子供じみていると指摘されているようで真由美は羞恥心に駆られていた。

 

「七草先輩は私程度の賞賛には慣れていらっしゃると思ったのですが、意外です」

「誰でもそこまで面と向かって褒められれば照れますよ。それに、会長の“趣味”まで理解されているのですからね」

「ああ、もう。雅ちゃんの馬鹿!」

「すみません」

 

 

 

 

 

試合前とは思えない雰囲気に気が緩むのではないかと些か心配したが、コートに出れば雅の雰囲気はまさに強者のソレだった。

肩に力が入りすぎるわけでもなく、自身の力に驕っているわけでもない。

 

ただ集中しているだけ。呼吸を少し整えるだけで、雅は試合前に既に相手に苦手意識を植え付けていた。ただでさえ初出場で緊張する九校戦で相手は動じず、静かにただ自分を倒す時間を待っている。

対戦相手にとっては生殺しも良い状態だ。いっそ今すぐ殺せと言いたくなる気持ちを相手はぐっと堪えていた。

 

「あらら。呑まれちゃってるわね」

「九重さんは試合慣れというより、こういった場慣れもしていますね」

「私もそう思うわ。それよりユニフォームは規定通りだけど、あれだけ露出がなくて暑くないのかしら?」

 

雅は試合開始直前までは丈の長いクーラージャンパーを着込んでおり、体型すらわからない状況だった。真由美たちは着替えてすぐの状態の時間帯に来たためユニフォームを見ているが、雅があそこまで露出を嫌がるとは思っていなかった。

 

「…当校のユニフォーム全般、九重さんはあまりいい顔をしていませんでした。理由を聞いてみたのですが、会長はご存知ですか?」

「なんて言ってたの?」

 

鈴音はいつも通りの分かりにくい表情で冷徹に言い放った。

 

「はしたない、とおっしゃっていましたよ」

 

その言葉に真由美はしばし固まり、閉口した。

 

「………保守的なのね、雅ちゃんは」

 

辛うじて出た声は覇気もなく、随分と小さかった。

 

「バトルボードも試合直前までジャンパーを着込んでいたようですし、露出や体のラインが分かる様な服は好まないようですね」

「あれだけスタイルも顔も良いなら、恥ずかしがるような要素はないんじゃないの」

 

雅は九重寺での訓練に加え、普段から舞の練習は欠かさない。

魔法の持久力と個人の演技力、体力を求められる九重神楽は一曲だけで普通の魔法師が地に這いつくばるほど消耗する。九校戦ではミラージ・バッドがフルマラソンに相当する疲労と言われるが、それで済むなら易いことといわれるほど難易度が高い。

必然的に鍛え上げられてはいるが、女性特有の美しい曲線を維持したままなのは全身が無駄なく、バランスよく鍛えられているからなのだろう。

それが白と黒のユニフォームによって一層際立たせられている。

 

さらに雅は客観的に評価しても美しいと言われる美貌である。

人々の美の極みを極め天文学的な奇跡のバランスで成り立った生来の美少女が深雪であれば、雅は内側からにじみ出る高貴さが自身の整った美貌を際立たせている。言うなれば黒漆の漆器。艶やかに光を反射するそれは漆を何度も塗られては削り、塗り重ね、磨きあげられた美しさだ。

笑顔であれば親しみも持てるのだが、無表情であればいっそ畏怖を与えてしまうほどの美しさ。

 

似ている様で異なる二人の美少女はその魔法力でも他の追随を許していなかった。

 

「会長とは違って不特定多数の、それこそ司波君以外の男性の視線は嫌なんじゃないですか」

「なによ、それだと私がまるで露出狂みたいじゃない」

 

慌てて反論した言葉は真由美が思っている以上に上ずっていた。真由美にとって『はしたない』という言葉は少し堪えた。別に男性の視線を集めたたいがためにあの服装だったわけではないし、試合では一歩たりとも動かないから多少露出度が高くても問題ない。

 

ただ、ちょっとばかり後輩の反応が鈍かったのは頷けないが、それも雅の相手ならば納得の事だ。

彼は真由美を色目で見ることは一切なかった。それもそうだ。神に愛されたのか悪魔と取引したかのように美しい妹が献身的に隣にいて、手を出すことを躊躇わせる高貴さと女として滲み出る美しさを孕んだ婚約者がいれば自分など眼中に入るわけもなかった。

 

「現代のドレスコードから言えば、九重さんの反応の方が普通だと思いますよ」

 

鈴音の言葉に真由美は閉口するしかなかった。

あからさまな露出がないだけに想像欲をかきたててしまう。丁寧に整えられた烏の濡れ羽色の黒髪は長く腰まで伸ばされており、後ろ姿だけでもため息が出そうなほど美しい。今は高い位置でポニーテールにされ、歩くたびにしなやかに揺れている。

日本人離れした深雪の白い肌と比べても見劣りしない吸いつくように整った柔肌は日焼けを知らないかのような印象を受ける。黒い髪に隠されていた真っ白な項は男心をくすぐり、肌を守る布の奥を暴きたいという欲求を与える。

もしもそんなことを口にしたり、実行しようものなら真夏に氷像と成り果てることは言うまでもない。

 

 

 

試合に関しても文句は付けることなどできない圧勝だった。

雅の雰囲気に呑まれてしまったせいか相手の動きも鈍く、危なげなく勝利を収めた。

しかも失点はゼロ。文字通り、その場から一歩も動かずに試合を制してしまった

 

使用した魔法はなんと障壁魔法。

クラウドボールでは今まであり得ない魔法だった。

 

雅はボールの回転を瞬時に判断すると、ボールの直径と同じサイズの立方体を出現させ、相手のボールを弾き返した。この魔法の厄介な点はラリーすら続けさせてくれないことだ。

ボールが地面に落ちると失点だが、障壁を当てる位置によってボールを無回転にされたり、極端に前に落とされたり、回転がかかり出鱈目な方向にバウンドするのだ。当然照準は定まらないし、ラケットを使用する選手はコート内を全力で走りまわされる。相手が何処に打とうが、どんなボールだろうが全て返される。

 

障壁魔法はボールを弾き返すだけの強度だから、消耗も少ない。さらに場にいくつか残った障壁のせいで、狙えるコースも限定されてくる。

意図的に消していく場合もあったが、規模は小さいとはいえ、複数の障壁を維持する魔法力はモニターで見ていた十文字も唸らせていた。

 

知覚系魔法なしに多数のボールの回転を瞬時に判断して魔法を展開させるそのスピードと動体視力にも驚かれていた。得意魔法を除き、雅の魔法発動速度は深雪を上回り、魔法の発動スピードを求められる競技はまさに適正だった。

 

 

結局決勝まで、失点はゼロ。

相手は雅が一セット取るだけでほぼ棄権に追い込まれる状況であり、もはや1年生のレベルではなかった。決勝は例年以上に満員となり、立ち見も出ていた。相手も決勝まで勝ち進んできたとあって粘ったが、結局一セットも取れずに雅の前に膝を着いた。

 

全試合無失点での優勝は七草真由美に次いで二番目の快挙となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・大会五日目 午後・・・

 

午前中から行われていた女子ピラーズ・ブレイクの予選はエイミィと雫もそれぞれ得意とする砲撃魔法、共振破壊によって無事を突破した。

これから優勝の大本命、深雪の試合となる。

 

「良かった、間に合った」

「お姉様」

 

雅が選手控室に入ると、五十里、千代田、摩利、真由美の4人が応援に駆け付けていた。雫たちもエリカたちと観客席で応援すると言っていたため、この場には来ていない。雅は優勝後、メディカルチェックを早々に終え、シャワーを浴びると昼食もそこそこに深雪の元へと駆けつけた。

 

「雅ちゃん、優勝おめでとう」

「ありがとうございます、千代田先輩」

 

花音はピラーズ・ブレイクで一年生に敗北すると言う苦い結果にへこたれていた時もあったが、持ち前の負けん気で翌日にはいつもの調子を取り戻していた。無論、そこには五十里と言う婚約者のフォローがあったと言うことは言うまでもないだろう。

 

「頼もしい応援団だが深雪、緊張しすぎるなよ」

 

達也の言葉に小さく吹き出す先輩がいたが、おそらく過保護だと思われたのだろう。

 

「大丈夫です。お兄様とお姉様がついていてくださるのですから」

 

この兄と姉にしてこの妹ありと言うべきか、深雪には先輩方の期待より何より兄と姉のために勝利を捧げてみせようと意気込んでいた。

 

「深雪」

「はい」

 

雅は懐から簪を取り出し、深雪の前に立った。簪は初日から付けている厄除の神具の一つ。普通の魔法師が手にしたところで精々お守り程度にしかならないが、彼女が手にするだけで悪鬼を滅する力を持つ。

 

妨害工作がいつ、どのように行われるかもわからない。CADに細工するだけではなく、外部からの侵入もあり得る。憂いは少しでも取っておくべきだと雅は感じていた。

 

深雪は姿勢を正し、静かに目を閉じ僅かながら頭を下げた。その頬は微かに桃色に染まり、姉の祝詞を受けることに対して歓喜していた。二人の様子はどこか浮世離れしており、先輩だけでなく達也までも息を呑みその姿を見ていた。

 

『“氷雪の名を持つ者

その名のもとに我が愛しき子に力を与えたまえ

霊峰の地に住まう精霊たちよ

水の精霊、凍原のごとくその身を凍てつけ

火の精霊、烈火のごとくその身を燃やせ

彼の者の勝利の礎となれ”』

 

雅の口から紡がれた言葉は静寂の中で空気を震わせ、耳に残った。

鈴を転がしたような愛らしい声でも、小鳥の鳴くような可愛らしい声でもなく、水が沁みこむように淑やかで美しく落ち着いた声だった。

 

言葉には言霊が宿り、声には力が宿る。花音や真由美は雅が選手に対して祝詞をあげていたところを見ているし、花音に至っては直接受けている。

 

だが、今回のコレとは比べ物にならない。

感覚的にしか捕えられない何か特別なもの。神聖だとか神憑りだとか神々しいという言葉を通り越し、無意識のうちに畏れ、小さく体を震わせた。

 

この瞬間、ここにいる誰もが確信した。深雪の優勝は絶対揺るぎないと。

 

 

 

 

 

 

茫然とした空気も試合時間が近づけば落ち着き、深雪は控室からステージへと向かった。深雪が櫓(やぐら)に上がり、ステージに姿を現すと会場は喧騒に包まれた。

 

「そりゃ驚くよね、あれは…」

 

花音の驚くは似合いすぎて驚くという意味の言葉だった。

達也と雅からすれば、なぜそこまで驚くのだろうかという具合であり、認識の齟齬があった。

深雪の姿は白の単衣に緋色の女袴。一般的には巫女さんと言われる姿だが、本人の美貌と相まって神々しいまでの美しさを演出していた。長い髪は緩く下の方でリボンで結われ、静かに試合を待つ佇まいは相手選手だけでなく観客も呑まれていた。

 

「確かにあれはあたしでも気後れするかもしれん。・・・達也君はもしかしてそれも計算の内か?」

「魔法儀式の衣装としては一般的だと思いますが?」

「・・・達也君のお家は神道系?」

 

摩利からの質問に対して、達也が答え、再度真由美が質問をした。

 

「雅の家がそうですよ。あの装束も雅が以前着ていたものです」

「確かに、雅ちゃんも似合いそうね」

 

真由美は達也の後ろに控えている雅を見てそう言った。

彼女たちは雅について深くは知らない。九重八雲が寺の住職であり古式魔法にも造詣が深いため、神道か仏教関連だとは思っていた。

 

普段は深雪も含めた三人でいることが多いが、こう達也と雅が一緒にいるところを見ると摩利と五十里は内心納得していた。この二人は自然なのだ。まるで長年連れ添った、生まれながらにしてそうあるべきだと言われても納得するような雰囲気だった。

 

「細部は少し深雪に合せて整えていますよ」

 

あの巫女装束は雅のために作られたものだが、今後雅が着る機会は少ない。実質箪笥の肥やしがここで日の目を見たことになる。

あの巫女装束は結婚式などで新婦の身の回りの世話を任された時や神事の手伝いとして着ていたことはあるが、厳密に言えば巫女は神職ではない。だからこそ正月は学生がバイトでできたり、食事などに関しても規則が緩い。

 

巫女の所以は呪術を行うシャーマンとしての祖もあるが、古くは人身供物としての意味合いもあり、巫女服姿に頭に熨斗を付けている神社もある。九重神宮では神職見習いや手伝い等の衣装となっている。

 

あの装束は【織姫】によって心血注いで縫われ、裏地に厄除と神隠し防止の呪いが万遍なく刻まれ、雅が何度か着用し、さらに祝詞を捧げられたことで目に見えない神気を纏っていた。

これで如何なる妨害があろうとも深雪の安全は守られている。

規定チェックに引っかかりそうなものだが、残念ながら服に対してはその対象ではない。盲点と言えば盲点なのだろうが、あくまで護身用の術式。

氷柱が直接飛んでくるようなことが起きなければ、あくまで巫女装束は巫女装束に過ぎない。

 

 

強い光を宿した深雪の瞳に会場全体からため息が漏れ、会場は既に試合を観戦する雰囲気ではない。

 

誰もが深雪の一挙手一投足に注目し、試合開始を今か今かと待ちわびていた。ライトの光が点灯し、赤、黄色、青と変わった瞬間、深雪はCADに指を滑らせた。相手が魔法を発動するより圧倒的に早く、かつその事象改変の力はすさまじい物だった。

 

「これは、まさか・・・」

氷炎地獄(インフェルノ)だと・・・」

 

摩利や真由美が驚くのも無理はなかった。

中規模エリア系振動系魔法に分類されるそれは、エリアを二分し、運動や振動などのエネルギーを減速し、その余剰エネルギーを加熱をすることでエネルギーの収支を調整する熱エントロピーの逆転魔法だ。A級ライセンスの課題として出題され、受験生を苦戦させる高等魔法ですら深雪にとってはごく普通に使える魔法だった。

 

達也と雅は不測の事態に備え、モニターと競技場を隈なく見ているが、どうやらその心配も無用だった。空間は既に摂氏200度まで加熱され、相手の氷は瞬く間に解け出し、ひび割れていた。相手も必死に冷却魔法を発動するが、干渉力の差に焼け石に水状態だった。

 

深雪は氷炎地獄をキャンセルし、新たな魔法を発動させると、相手の氷は一瞬にして木端微塵に砕け散った。急速冷凍された氷は内部に気泡を多く含む粗雑なものであり、空気の収束と解放により脆くなっていた氷は跡形もなくなった。

 

こうして一高女子は他校の選手のみならず、大会関係者、観客も注目することとなった。

 




※摩利の退院日を一日早くしています。

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