恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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見誤った。4月がこんなに忙しいとは思いもよりませんでした。
この休日2日で頑張りました。

私のワードさんは顔文字登録を『かお』で登録しているので、シリアスな場面でも『かお』と打つと(*゚∀゚)とか出てきて、微妙な気分になります。



九校戦編12

九校戦七日目

 

新人戦も四日目となり、いよいよ佳境を迎えてきた。

一高は女子の活躍もあって、新人戦優勝が十分射程圏内だった。

本日行われるのはミラージ・バッドとモノリスコードの予選だ。

ミラージは達也の担当競技であり、朝早くから機材のチェックに出ている。本来であれば深雪も今日出場予定だったが、渡辺先輩の代理として本選に出場することになっているため今日はオフだ。

 

『それで、蜥蜴の目的は判明しましたか?』

『予想通り賭博の胴元だそうだ。レートは本命が一高、次に三高だな』

『嫌な予感が当たりましたね』

 

伝令用精霊を用いて真さんと通信を繋げる。精霊の同調によって行われ、術者以外には会話の内容が漏れることがない便利な術だ。

 

私は今、ホテルのロビーで深雪たちを待っている。今日は別行動を取っており、達也と一緒に早めの朝食を終えた後、本部と競技エリアの見回りを行っていた。

 

到着日の事件以降、本部には偵察用の精霊侵入防止結界を張っている。札と香も併用した設置型魔法だが、それでも毎朝異常がないのかチェックして、正常に作用しているのか確認していいる。土地神の加護を得ているから、一日という長時間の魔法の維持が可能になっている。

 

深雪たちが朝食を終えた後に落ち合うことになっており、私はロビーのソファーで何食わぬ顔で魔法を使っていた。

 

『一高の優勝確定までは妨害があると考えてくれ。“アレ”と“蚕”も投入してくるだろうし、特に蚕は改良版のテストが行われるはずだ』

『既存の防衛策はないものと考えるべきでしょうね』

『ああ。注意は怠るなよ』

『分かりました』

 

精霊の通信を切り、媒体となった紙を懐にしまう。

時計で時間を確認するが、まだ試合開始には十分余裕がある。

 

女子のミラージは予選と決勝の二試合だが、15分×3ピリオドのハードな競技だ。一試合でもフルマラソンに相当すると言われ、それが一日二試合もある。決勝は夕方からであり、選手には7時間程度のインターバルが取られているができるだけ疲労の少ない状態で決勝に臨むことがベストだ。

 

端末を開いてメールを確認するが、未読メールはない。ニュースでも見ようかとしていたところで、こちらに向けられる視線に顔を上げた。目が合うと意を決したように二人の男性が私の前までやって来た。

 

「すみません」

「九重雅さんですよね」

「はい」

 

返事をすれば、緊張した面持ちで二人は丁寧に頭を下げた。

 

「私は第二高校、三年生の南條と申します。家は伊勢神宮の外宮が一つ、豊受大神宮を任されております」

「同じく第二高校、二年の毛利です。厳島神社に連なる家系の者です」

 

二人とも選手だろうが、残念なことに名前に聞き覚えはない。態々家のことを出してきたことに少し引っかかるものがあったが、まだ思惑が分からない。

 

「第一高校、一年の九重雅です」

 

私もあくまで丁寧に座ったままだが礼をした。

 

「九重の姫宮がまさかこのような大会に出ていらっしゃるとは思いもよらず、是非ともご挨拶をさせていただきたいと思い立った次第であります」

 

「遅ればせながらクラウド・ボール、バトルボードの優勝おめでとうございます。御高名なお兄様方にも引けも劣らぬ技量、感服いたしました」

 

年齢的に目上なのは二人なのだが、大げさすぎる敬語を私に使っているところみると、私の家も知っていると思っていいだろう。

 

「私のような若輩が兄と並び賞されることなど恐れ多いことです」

「これはまた御謙遜をなさる」

「誉れ高き九重の桜姫のことは縁もなかった我々も聞き及んでおります。あのように刻印魔法を使い、水霊を呼び出すなど考えもしませんでした」

 

緊張しながらも、頑張って笑みを浮かべようとしている様で大げさな賛辞は後ろの思惑を匂わせた。

 

「私一人ではとてもできなかったことです。エンジニアの先輩方のお力添えがあってのことです」

 

「一高は良いスタッフをお持ちだ。よろしければ、ミラージの会場までお供させていただいてもよろしいですか」

 

「エンジニアもそうですが九重神楽について是非とも教えて頂きたいこともありますし、お許しいただけますか」

 

「申し訳ありませんが、友人を待っておりますし、お互い今は競い合う者同士。いらぬ不安を学友に与えることは貴方がたとしても不本意なことでしょう」

 

精々挨拶程度なら良かったが、まさか観戦まで誘われるとは随分と積極的なことだ。

やんわりと断ったが、彼らは曖昧に笑うだけで引く様子を見せない。

連絡が来たと適当に言い訳を付けてこの場を離れようと思ったが、それを妨げた者がいた。

 

 

「南條先輩、毛利君」

 

二人は肩を大げさにあげ、驚いたように後ろを振り向いた。

 

「芦屋…」

 

二人の緊張がこちらまで伝わって来た。

いや、緊張より恐怖も入り混じった雰囲気であり、芦屋さんは嫌なほど薄ら笑いを浮かべていた。顔は笑っているが、目は笑っていないとはこのような表情を言うのだろう。

 

「これは、雅さん。おはようございます」

「おはようございます、芦屋さん」

「バトルボード、並びにクラウドボール優勝おめでとうございます。

本来でしたらもっと早くにお祝い申し上げたかったのですが、学校の(しがらみ)というのは煩わしいものです」

 

芦屋さんは二人をまるでいない者かのように、二人の間を割って入り私に近づいた。二人は怖気づいたかのように、一歩私達から距離を取った。

 

「ありがとうございます。此方のお二人に御用があったのではないですか」

「ええ。お二人は後で、お話がありますのでお時間を頂けますか」

 

にっこりと笑っているのに、声は殺伐としたものであり、二人は顔を真っ青にさせた。

 

「あ、ああ」

「分かった…」

「では、また」

 

彼は無言でここから去れという視線を二人に送った。冷徹な瞳は二人を萎縮させ、足早に二人は立ち去る羽目になった。

 

 

「朝からお手を煩わせ、申し訳ありません。二人には十分注意しておきますので、どうか私の顔に免じてお許しください」

 

丁寧に腰を折った彼に私は首を振った。

 

「顔をあげてください。許すも何も、少しお話をさせていただいたまでのことです」

 

「貴女はいつもお優しい。・・・ですが私は貴女から向けられる微笑みを私以外の男には認めたくないのです」

 

ふうと吐き出されたため息は思わず女性が顔を赤らめたくなるほど色気があるのだろうが、私にはまったく響かなかった。

ここまであからさまにアピールされて、気が付かないほど鈍い感性はしていない。正直、人目もあるロビーでやめてほしい。

 

「まあ、お上手ですこと」

「本心ですよ。貴女の心を占めている者がいると考えるだけで、私は息もできぬほどの嫉妬に駆られるのです。しかも、貴女のなんたるかを知らない不届き者たちが思いを寄せるなど許せるはずがありません」

 

彼の瞳は静かに嫉妬の炎に燃えていた。ああ、本当に厄介だ。これが単に家のためや、本人の野心だけならこうも戸惑うことはなかっただろう。

 

「雅さん、私は「お姉様」

 

恋焦がれる声に、凛とその場を制したのは深雪の声だった。

 

「遅れて申し訳ありません」

「深雪」

 

深雪は怒りを抑え込み、こちらに向かって歩いてきていた。水精があたりの空気を冷やそうと活性化していた。

 

「お話し中に失礼します。先に吉田君たちが席を取ってくれているそうですので、試合会場に参りましょう」

 

芦屋さんを睨みつけたその表情は今まで見た事の無いくらい冷徹で、今にも吹雪が襲いそうな勢いだった。

 

「ええ、そうね。芦屋さん、では失礼します」

「名残惜しいですがまた、いずれ」

 

眉を下げ寂しそうな表情で芦屋さんは私を見つめた。そのように熱のこもった目で見られても、私は応えるつもりは微塵もなく、表情を変えずに立ち上がった。深雪は私の手を取ると、芦屋さんを一瞥し、その場を足早に立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変だったわね」

 

エリカは場をほぐすように肩をすくめて笑った。

 

「そうね」

 

会場に着くまで深雪と雅に声を掛ける不届き者が後を絶たなかった。

深雪単体でも注目度は非常に高いのだが、そこに雅が加わればまさに大輪の花が二輪咲き誇っているようなものだ。互いに互いの美しさを引き立てあい、並び立つ二人の様はまさに眼福だった。

 

深雪は先ほど雅が絡まれていたことで殊更機嫌を更に悪化させ、男子は遠目で見るに止まるようになった。しかし雫や美月も間違いなく美少女であり、そこに清廉さと高貴さを兼ね備えた目もくらむような美少女がいれば煩わしい蛾が寄ってくるのは仕方のないことだとエリカは牽制役を買って出ていた。

 

それでもめげない男子に深雪の機嫌は急降下の一途だった。

 

周りの助けてくれという視線に雅は仕方なしに自分と深雪に認識阻害魔法をかけた。自身の存在を視界に入れないのではなく、視界に入れても違和感なく空気に溶け込むと言う簡易なものだ。

その際に術の効果をあげるために雅と深雪が腕を絡めて、手を握るという特典が付いたので、深雪の凍てつきそうな怒気は一気に春爛漫の上機嫌となった。兄だけでなく、姉と手を繋ぐことは深雪にとって兄と同じくらい嬉しいことであった。

 

ちなみに間近でその様子をみていた友人たちはなんだか見てはいけない物を見てしまったような、背徳的な感覚に襲われていた。

 

 

「それにしても雅にはやけに家が云々っていう男子多くなかった?」

「…ああ、それは仕方ないわ。私に家の名前を売っておきたいのでしょう」

 

雅は慣れていると言った雰囲気で、あまり先ほどの事も気に留めていないようだった。

 

「雅さんの家は確か神社でしたよね」

 

「お姉様の御実家は由緒正しく、格式高く、お姉様自身も九重の桜姫と謳われる素晴らしいお方なのですから上辺に囚われて目が眩む愚か者もいるのです」

 

美月のちょっとした確認に応えたのは深雪で、その言葉はやはりどこか怒気を含んでいた。

 

「で、でも雅さんには達也がいるしな。他の奴らなんてきっと目じゃないぜ」

「そ、そうですよ。深雪さん。雅さんには達也さんという立派な方がいらっしゃるじゃないですか」

 

必至にフォローするレオと美月に深雪はますます語気を強めて言った。

 

「そのお兄様がしっかりしていないから、このような事態になるのです。お姉様がいらぬ噂を立てられることになったら、お兄様とて少し考えて頂かなければなりませんね」

 

普段は兄と姉に全身全霊で敬愛を注いでいる深雪がここまで兄に対して怒りを露わにしているのは珍しい。八つ当たりにも近いのだが、それを口にする愚か者はここにはいなかった。

当然いつ吹雪くか分からない状態に、友人たちの救いを求める瞳はやはり雅に向けられていた。

 

「深雪」

「はい、お姉様」

「九校戦が終わったらデートしましょう」

「「「「え!!」」」」

 

驚く友人たちなど目もくれず、深雪は嬉しそうに破顔した。

 

「デートですか?」

「ええ。誕生日に貰ったサマードレスのお店も行ってみたいし、夏物の小物もチェックしたいの。九校戦前はテストと準備であまり時間がなかったから、夏休みはゆっくりお買い物をしましょう」

 

深雪は先ほどの怒りはどこへ行ったのか不思議なほど嬉々とした表情に変わった。

 

「私が選んだ服を着てくださるのですか」

「貴女の望むままにね。ただし、露出の多いものは勘弁してね」

「ええ、勿論です。深雪は今から楽しみでなりません」

 

呆気なく上機嫌になった深雪に友人たちは驚きを隠せなかった。

なぜ買い物に出かけることだけで深雪の機嫌が直るどころか女神ですら逃げ出すほどの笑顔になるのか。

 

単に二人が出かけるといっても洋服を見て回ったり、お茶をしたりするにとどまらない。まず着ていく服のコーディネート、化粧にネイル、髪のセットも全て深雪が甲斐甲斐しく雅の世話を焼く。至高の作品を作り上げるかのように、頭の先からつま先まで万遍なく深雪の手が入る。

そしてそれは深雪の自己満足に留まらず、ひいては達也のためである。誰よりも高貴な姉を敬愛する兄のために着飾る誉れを頂けることは深雪にとって何よりの褒美だった。

 

しかも深雪と雅が出かけると大概雅が深雪の着せ替え人形になる。

無論、達也の意見も参考にするが率先してコーディネートを考えるのは深雪であり、時にはポケットマネーでポンと大きな買い物をしてしまう。ちなみにその際の出資金は主に達也からだというのは言うまでもない。

 

甘やかしてあげること、尽くさせてあげることが何より深雪の喜ぶことだと雅は良く理解していた。流石はあの兄妹のストッパーだと友人たちは無言で顔を突き合わせ、頷いていた。

 

 

 

 

 

ミラージ・バットはスバルもほのかも無事予選突破。決勝戦は6人で戦うことになるので、同じ学校から2人出場が決まったことはまたしても快挙だった。

 

決勝は夜なので、それまでスバルもほのかもホテルで睡眠カプセルを使用して休息を取っている。

 

今頃はモノリスの予選が行われているだろうが、生憎達也にはそれを観戦する義理はない。深雪と雅は本部で観戦するだろうが、達也が応援したところで士気が下がると容易に想像できる。

 

初日から何かと忙しかったので、休憩のためにホテルに一人戻ってきていた。エレベーターを待っていると、一瞬だけ空気が揺らぐ感覚がした。

 

「誰だ」

 

咄嗟に精霊の目を発動させると、蝶の形をした式神が達也に近づいているのが見えた。

 

「案外聡いな。流石は九重八雲の弟子といったところか」

 

廊下の奥から現れたのは二高の制服を着た男子生徒。背は標準より少し高いくらいだが、柔和な顔立ちに反して鋭い目つきが特徴的だった。

 

「随分と不躾な術だな」

「へえ、術式の種類まで分かるようだな。九重に選ばれただけのことはあるのか」

 

二高の生徒が手を伸ばすとふよふよと蝶は方向を変え、彼の指に止まった。無論、普通の蝶ではない。偵察用の式神の一種だ。

 

「司波達也。FLT社長、椎葉龍郎の長男。第一高校1年E組。二科生初の風紀委員。九重八雲に武術の手解きを受けている。

魔法実技の成績は味噌っかすだが、理論に関しては学年トップ。

九校戦では手がけた選手全員が今の所表彰台入りを果たしている。

表の経歴だけ見れば君は天才だね」

 

「なにが言いたい」

 

達也の視線は鋭く、声は硬く、明らかに敵に対するものだった。

達也の威圧にひるむことなく芦屋は上辺の笑みを深めた。

 

「聡い君なら言わずとも分かるだろう」

「芦屋家きっての天才術者に聡いとは、光栄だとでも言っておこうか」

 

彼のことは達也も少なからず知っていた。

 

芦屋充(あしやみつる)。第二高校二年、生徒会副会長。

日本の陰陽師の家系で二大勢力と言われているのが芦屋と安倍であり、どちらも平安時代から続く古式魔法師の中でも古い家系だ。

それ以前にも八雲から注意を受けていた人物でもある。

 

芦屋が達也の言葉に目を細め、懐に仕舞っていた扇子を開くと、周囲に認識阻害の結界が展開された。無論、これは完全に人の認識から存在を隠す高度な術式だった。もしここで達也が刺されたとしても、周囲を歩く者たちは何事もなかったかのように通り過ぎる。

 

「彼女から手を引け」

 

芦屋は周囲を舞っていた蝶を掌で握りつぶした。顔から笑みが消え、空気が凍えた。

 

「九重の桜姫がどれほどの存在か、知らないわけではないだろう。それとも単に成金が高貴なる血を求めて九重に近づいたのか」

 

「成金に媚びる九重だと思っているのか。それとも先々代の目が節穴だったとでも言いたいのか?」

 

達也の声も底冷えのするほど聞く者からすれば恐ろしい怒気を帯びていた。

 

「威を借る狐とは、小さい男だ」

「はて、狐はどちらかな」

「狐か。あながち間違ってはいないが、そうなればお前は差し詰め卑しい泥棒猫といった所か」

「まるで俺が雅を奪い取った様な言い草だな」

 

両者の間には火花ではなく、冷徹な吹雪が吹き荒れていた。若しくは真剣勝負の張り詰めた空気のような、一触即発の雰囲気だった。

 

 

にらみ合いが続く中、突如として結界全体に罅が入り、砕け散った。

すぐさま臨戦態勢を取る二人の前に、結界を破った人物が姿を見せた。

 

「おいおい、ホテルのロビーで逢引か?」

「マコさん、冗談やとしてもおもろないで」

「梅木の三男に鬼子か。随分乱暴な挨拶だな」

 

黒曜石の数珠を付けた梅木と特化型とみられるグローブ型CADを構えた燈がいた。

 

「こんな場所で結界まで張っとる方が場違いやで。てか、毛利さんと南條さん死にそうやったで」

「さあ、なんのことだ?」

「いけしゃあしゃあと、相変わらずの狐面が」

 

ケッと吐き捨てるように燈は睨みあげた。

同じ学校とは言え、仲がいいとは限らない。

むしろこの二人は九校戦の試合に関しては本気で勝つために協力はしていたが、それ以外の場面では基本的に周りが冷や汗をするほど憎まれ口を叩きあっている。

 

「もうじき二高の試合だ。作戦スタッフの副会長がいつまでも本部を離れているのはどうかと思うが?」

「それは貴方もでしょう」

「俺はこれから行くから良いんだよ」

 

梅木も芦屋も生徒会役員であり、あまり本部を離れるわけにはいかない。

芦屋は興味が失せたという風に、踵を返した。立ち去る際に達也を睨んでいたが、それを一々気に留めるほど達也の精神は繊細ではなかった。

 

 

 

「災難だったな」

「ありがとうございます。助かりました」

 

苦笑いを浮かべる梅木に達也は小さく頭を下げた。

 

「狐野郎は昔っからみやちゃんに盲目で、近づく男は全員容赦ないからな。面倒な相手に目付けられたな」

 

不愉快な様子で燈は辺りに塩を撒き始めた。塩は清めの効果があると古くから言われているが、好戦的な燈が持ち合わせているのが少し意外だった。

 

「雅の立場は理解していますよ」

「なんや、腹立たんのか。アイツ、みやちゃんに惚れ込んどるで」

 

雅に迫る男がいると言うのに、その冷めた態度はなんだといいたげな様子に燈は達也を見上げた。

 

「腹は立ちますよ。ただ言い寄ったとしても雅が靡くとも思いませんし、九重を無視して手出しするほど彼は愚かではないでしょう。俺にあれこれ言ったとしても、精々負け犬の遠吠えですから気に留めません。実害が出るならそれ相応の対処をさせてもらいますよ」

 

達也の淡々とした口調から発せられた刺々しい言葉に、燈と梅木は一瞬気を取られたが、揃って強気な笑みを浮かべた。

 

「なんや、自分。案外黒いな」

「流石は当主に見出されただけはあるな」

 

梅木と燈に笑いながら少々強く背を叩かれたが、達也は別段悪い気はしなかった。

惚れた弱みに付け込んで、雅を裏切れないようにしている。

あの家に対抗するには自分と妹だけでは足りず、彼は高校と言う場を使って地盤作りをしている。自分でも悪い男だと達也は乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也がホテルで休んでいる間、事件は起こった。

モノリスコード予選。一高対四高の試合で、四高がフライングで発動した破城槌で一高選手は重傷を負った。破城槌は室内で人がいる環境ならば殺傷ランクがAに格上げされる。

四高は失格。一高選手は瓦礫の下敷きとなり病院に運ばれて手当てを受けている。少なくとも三日は絶対安静だが、魔法師生命に関わる様な怪我ではないことがせめてもの救いだった。

 

予選の途中だったので、このまま一高が棄権となれば新人戦の優勝は三高の結果次第となる。

三高には十師族の一角である一条家次期当主、一条将輝と魔法理論研究者の中ではその名を知らぬ者はいないと言われる天才、吉祥寺真紅郎の二人がいる。

当然、モノリスコードは三高優勝と目されている。

昨日の時点で新人戦準優勝以上は確定しているが、ここまでの成績を残したのならば優勝したいという意見が多数だった。

 

そして、代理選手として白羽の矢が立ったのは達也だった。

達也は当初、自分はエンジニアとして登録されており、一年生男子の中には一試合しか出場していない選手もいる。加えて、二科生の自分が出場すれば現在修復しつつある一科、二科の確執を再燃させる可能性があるとして拒否した。

 

しかし、十文字からリーダーである七草が提案し、他の3年生も同意した。

十文字は“弱者の立場に甘えるな”と言った。選ばれたからには責任がある。エンジニアとして選ばれたとしても、一高代表には変わりない。

横暴だが、責任は3年生が取るから全力を尽くせと言っているのだ。

達也はそれを受け入れた。

 

 

残りのメンバーだが、レオと幹比古が選ばれた。そこで不満も出たが、達也の実力で選んだと言う言葉に十文字は興味深そうに笑みを深めた。

 

 

 

 

突然の出場要請にレオも幹比古も正直戸惑っていた。なにせ自分たちは準備どころか、選手のエントリーすらされていない。だがそれも、結局は十文字先輩も七草会長も了承していると言うことで、諦めたようだった。

 

達也はレオのCADと武装一体型デバイスである『小通連』をレオに合せて調整し、次に幹比古のCADのアレンジをしていた。

全てマニュアル調整で、尚且つキーボードオンリーという珍しい手法に幹比古は驚いていた。

だが、幹比古以上に驚いて画面を見つめていたのは達也と同じエンジニアのあずさだった。幹比古のCADにインストールされた魔法はお世辞にも古式魔法を現代魔法の式に翻訳機で翻訳したような不自然さがある。それを調整するだけならあずさにでも可能だ。

 

だが、達也がやっているのは起動式のアレンジではない。術式を読み解き、術の発動に必要なエッセンスを抽出し、新たに起動式を構築している。これがどれだけ高度な事なのか、少なくともあずさにも、そして並の魔工技師ですら不可能なことだった。

食い入るように見つめる二人の視線を背中に感じながら、達也は自分の任された仕事に取り組んでいた。

 

 

 

幹比古の調整が始まって30分を過ぎた頃だろうか、来訪を告げるチャイムが鳴り、幹比古とあずさは揃って肩を飛び上がらせた。

 

「だ、誰でしょう」

「あ、僕が出ます」

 

内心、驚いてしまった不甲斐なさにドキドキしながら、幹比古はインターホンに応対した。モニター越しに見えたのは制服姿の雅で、幹比古とあずさは胸をなで下ろした。

 

「雅さん、こんばんは」

「こんばんは、中条先輩、吉田君。達也もお疲れ様」

「ああ」

 

達也は一旦手を止めて、雅の方を振り返った。時間は確かにないが、小休憩するには良い時間だった。

 

「本部のシステムはいいのか?」

「ええ。後は市原先輩が引き継いでくださったから、大丈夫よ」

「後でチェックに行く」

「それなら私が行くので、司波君はこっちに集中してください」

 

あずさはとんでもないと言わんばかりに、椅子から立ち上がった。

 

「わ、分かりました」

 

達也はあずさの勢いに素直に首を縦に振った。

あずさとしては流石にこれだけの調整をして、まだ自分のCADの調整が残っているにもかかわらず、余計な負担を後輩に強いるわけにはいかなかった。

 

 

「私は見ない方がいいかしら」

 

雅は調整を再開した画面から視線を逸らしながら言った。

CADなら見られても構わないと幹比古は達也に言ったが、術について別の流派である雅に知られることに抵抗がないかという問いでもあった。

 

「いや、むしろ九重さんからもアドバイスがあればもらえないかな。

君のCADも達也がアレンジして古式魔法を取り入れているんだろう。」

 

「ええ。昔からお世話になっているわ」

 

「九重はいい技師を見つけたね」

 

お世辞ではなく、幹比古は素直に達也を賞賛した。達也のエンジニアとしての技術は言うまでもなく、早々に達也の才能に目を付けた九重には感嘆を通り越して茫然とした気分にもなった。

 

幹比古の言葉に雅は本当に嬉しそうに微笑んだ。

運が良かったで片づけるには彼は出来過ぎている。自身のCADはまだ使っていないが、普段古式魔法のアレンジを行っているのならばその慣れた手つきも納得だった。

 

達也としては自分がまだ技術者として有名になる前から世話になっている九重には頭が上がらなかったし、むしろ殆ど率先して仕事をさせてくれたことには感謝しきれない。

いくら雅の存在があったからといって、早々に部外者である達也に秘術のあれこれを任せるのは相当の反対があったことは知っている。だからこそ、達也は九重から与えられた仕事の期待に応える以上の仕事をするつもりで挑んでいた。

今回、ここでそれが役に立つとはなんだか不思議な縁だと感じていた。

 

 

キーボードをたたく音をBGMに雅は神妙な面持ちで切り出した。

 

「吉田君には不安を煽ることになるけれど四高のフライング、事故ではないわ」

 

幹比古は雅の言葉に驚き、一瞬言葉に詰まった。

 

「フライングじゃないって、どういうことだい」

「遅延発動術式によるCADの誤作動よ」

「まさか外部から魔法を仕掛けられていたのかい」

「ええ。発見が遅れたのは私の責任ね」

 

悔しげに手を握りしめる雅に、あずさはすぐさま否定の言葉を入れた。

 

「雅さんのせいじゃありません。あの時、一高本部の端末にウイルスが送り込まれました。しかもただのウイルスじゃなくて魔法を使った攻撃だったので、対応に雅さんも入ってもらっていたんです。その間に試合が始まってしまって、森崎君達が巻き込まれたんです」

 

幹比古はまたもや驚かされた。事故があったことは知っているが、ウイルスの件は初耳であり、しかもそれがつい先ほどのことだ。

 

現代社会はインターネット犯罪には特に厳しい。

一高でも情報管理は徹底されているし、本部にも選手の名簿や重要な魔法に関するデータが入っているためセキュリティは高い。それを攻撃されたとあっては本来ならば大騒ぎのはずだ。

 

「雅さんのハッキングの交戦は本当にプロなみで、魔法を使った攻撃にも関わらず迎撃用のクラッキングまで仕掛けて相手を追い詰めていくさまは圧巻でした。

あの有名な【電子の魔女】もびっくりですよ。急ごしらえでその後作ったファイアー・ウォールも高校レベルじゃなかったですし、あれは先生に話して学校にも導入すべきですよ」

 

「あの、中条先輩。少し落ち着いてください」

 

雅に食いつかんばかりの勢いのあずさに、幹比古はいたたまれなくなって声を掛けた。あずさははっと自分の発言と行動を想いだし、顔を真っ赤にさせて椅子に座って、恥ずかしそうに体を小さくしている。

 

 

幹比古のCADを達也は宣言通り一時間で終わらせた。

その後、自分の競技用のCADを調整し、幹比古は実際に新たに調整されたCADを使ってみることとなった。演習場はエリカのコネで確保しているため、場所には困らない。

 

ここには幹比古の手助けをしてくれる精霊も豊かにいる。

後はどれだけのことを幹比古自身ができるかどうかにかかっている。

 

車を出ると、幹比古は目を見開いた。

あたり一面の精霊が活性していた。

一瞬誰かが攻撃か偵察用の精霊を送り込んだのかと警戒したが、悪意を感じるものは一切ない。むしろここに来てから一番と言えるほど空気は澄み渡り、力強い精霊の息吹を感じた。

 

自分には精霊を視認する特殊な目は持たないが、波長は感じ取ることができる。一体何があったのだろうかと、足を止めて振り返るとそこには当然のように達也と雅とあずさがいるだけだった。

 

だが、車を出て雅だけ雰囲気が違った。

通常では人としてあり得ない神気のようなものを帯び、精霊が彼女のそばに侍っているのが感じられた。この飛び交う精霊の波長はおそらく雅からもたらされているのだと理解すると、幹比古はぞっとした。

 

精霊に好かれやすいと彼女は言っていたが、そうではない。

精霊を使役する吉田の術式とは異なり、彼女はまるで何もしていない。ただそこにいるだけで、精霊は彼女を寵愛する。

 

「九重さん、君は…」

 

震える声で、幹比古は口を開いた。

まさか神霊の血族なのかという問いは喉の奥に飲み込んだ。

スッと雅の目が少しだけ細くなると、周囲の精霊は今まで通りに戻った。まるで今までの精霊が夢うつつのものであったかのように、自然に、息をするように彼女は精霊を操った。

 

ああ、これが古式魔法の至高。

九重の系譜なのかと幹比古は戦慄した。

 

 

 


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