九校戦八日目、新人戦最終日
モノリスコードは本来、今日は決勝リーグが行われる予定だったが、昨日の事故もあり、残っている予選を消化することになった。
一高メンバーは危なげな様子もありながら、達也の武術を取り入れた機動力と吉田君の奇襲に優れた古式魔法、西城君の小通連での攻撃で順調に予選を勝ち進んでいった。
予選で既に別グループだった三高が一位通過をしているため、一高は予選も全勝し、一位突破が望ましい。
一応試合と試合の間には2時間程度の休憩が挟まれているが、連続での試合は選手の負担になる。
特に今日は5試合もこなさなければならず、できるだけ消耗の少ない状態で三高に挑めるように予選から考えていかなければならないだろう。
急ごしらえのチームだが、個々の能力を発揮し、作戦スタッフの予想以上の結果を残している。
もう予選はまだあと1試合残っているが、私は深雪を雫とほのかに任せ、ホテルに一旦先に戻っている。直接会場で応援したかったが、あの人が来るということは嫌な予感がしてならなかった。
ホテルの中でも立ち入り禁止エリア、最上階付近は軍の高官や来賓の特別宿泊室になっている。
目的のフロアで降りると、廊下には陸軍の白い軍服を着こんだ軍関係者が立っていた。
フロアを間違えたかと問われたが、端末で生徒証明書を見せると敬礼をして、ご案内しますと言われ、私はその後に続いた。
案内されたホテルの応接間、それも最上級の部屋に私を呼び出した人物は優雅に座っていた。
「御無沙汰しております、兄上」
私は深く彼に頭を下げた。
軍人は部屋の外で待機しており、この部屋には私と彼の二人だけだ。
「久しぶりだね、雅」
応接室で私を待っていたのは、私の兄で、九重の次期当主だった。
私は兄に促され、顔を上げると対面するようにソファーに座った。
「早速本題だけど、ちゃんと毎日土地のお清めはやっていたようだし、思ったより術自体は大したものではなかったよ。元あった流れに定着させるまでは少し時間がかかるだろうけれど、ここは特別な土地だからね。九校戦が終わるまでには復活しているだろうよ。一応、明日まで様子見だね」
兄の“眼”を持ってすればこの程度の距離など、あってないようなものだ。土地の様子もその場でなくとも読み取り、精霊とも意思を交わせる。
「私が未熟なばかりに、お手を煩わせて申し訳ありません。
ですが兄上がおいでになるなら、それ相応の理由がおありのはず」
「可愛い妹たちを見に来た、ではダメかい?」
涼しげな目元に笑みを浮かべ、小さく首をかしげるその様子ですら気品が漂うのだから美丈夫とは恐ろしい。今世の光源氏と言われた曽祖父によく似て、普段から神々しいまでに美しい兄は、曽祖父と同じく九重神楽の舞手だ。歴代当主の中でも強い力を持ち、幼少期から長兄ではなく次兄である彼が当主として目されていた。
この部屋にも私が入ってすぐに遮音壁が張られ、精霊の侵入防止結界も同時に展開しされている。九重は息をするように魔法を使うというが、それを体現しているのがこの兄だ。
「高校時代ですら出場されなかったのに、このような一件でわざわざ御足労頂くには納得いきません。既に術は解かれ、追加で祈祷が必要であれば東京から太刀川や佐鳥の方々を派遣すれば良い話です。供も連れず、一体どういうおつもりですか」
例大祭での舞台を来週に控え、演者の合わせも大詰めのはずだ。
それをわざわざ欠席し、はるばる富士の麓まで来るのだから何かしら彼でなければいけない理由があるはずだ。それほどまで九重は人手が足りないわけではない。
「理由はこれから行くところで分かるよ」
「どちらへ向かわれるのですか?」
「世界最技巧の翁殿の所へ。僕らと昼食でもどうか、とご招待を受けたんだ」
私は思わぬ言葉に、一瞬言葉に詰まった。
「九島閣下からですか?裏がある様な気がしてなりません」
十師族の長老。かつて世界最技巧と呼ばれた九島烈は九重との縁も深い。
私達から見れば曾祖叔母、曾お婆様の妹が九島閣下の奥方になる。つまり、閣下は私達から見れば直接的な血の繋がりはない義理の曽祖伯父となるわけだ。
更に九島は更に九重との繋がりを深めたいと考えている。繋がりを強める方法として古来より結婚はその最たる例だ。22世紀を迎えようとしている現代でも、それは変わらず、むしろ魔法師に関しては早くから次世代を求められているほどだ。
「ああ、僕のということも考えられるけれど、あそこには光宣君もいるからね。まだ雅の事も諦めていないと思うよ。彼も満更じゃあないみたいだし、須王に、芦屋に最近だと七草もだったかな?達也はライバルが多いね」
「七草も、ですか?」
須王や芦屋の事は知っていたが、七草については寝耳に水だ。
「うん、あそこの次兄にってね。最近話がきたみたいだから、用心すること。あの御嬢さんはまだ知らないだろうけど、近いうちに彼女を介して接触してくるから」
「わかりました」
「あと、もうちょっと素直になった方がいいよ」
誰に対してとは言わなかったが、少し意地悪そうな瞳は全てを見抜いていた。
「可愛くないのは知っています」
「理解しているのなら、なおさらだよ。六条御所しかり、葵の上しかり、宇治の大君しかり、嫉妬で袖を濡らし、素直になれなかった女性は美しく悲劇的ではあるが、それを妹にさせないように兄としてお節介の一つや二つ、焼きたくもなるよ」
「けど…」
「甘えて良い。頼って良い。素直に気持ちは告げること。確かに彼は多くを背負っているし、未来のために茨を薙ぎ払っていくけれど、雅の思いすら受け止められないほど心が乏しいわけではないだろう。そう言う方面での彼の鈍感さは表情の機微や仕草なんかの知識で補うよう色々教えてきたけど、案外近しいと見えなくなったりするものだよ」
ふんわりと笑う彼の瞳はどこまでも穏やかで、私の不安なんて些細な物だと諭しているようなものだった。
「大丈夫。雅との関わりで彼の心はちゃんと成長している。他でもない、この兄の言葉に嘘はないよ」
兄はそう言うけどれど、怖い。
重い女にはなりたくない。彼の足枷だなんて、それこそ私自身が許せない。それならいっそ都合のいい女でいる方がずっと楽で、本当の心を押しとどめていた方がもし捨てられるようなことがあっても、傷つかなくて済む。
彼のことになるとどうしてここまで弱くなってしまうのだろう。必死に取り繕ったプライドも、兄の前では紙切れ同然の薄いものだった。
「確かに、思い知って、思い知らされて、理解はしていて、認めたくない。彼に課せられた役目がそうさせているのは重々知っているだろう。
だけれど、それでも彼と歩むと決めて、愛されたいと望むのなら、自身の黒い気持ちも認めて、受け入れて、ちゃんと消化すること。表面の絵の美しさだけじゃない、キャンバスの後ろの汚れも傷も愛してくれるのが、本当の愛だよ」
「こんなに汚いのに?」
確かに私はCADの調整ができるから、達也には他の子のエンジニアを任せたが、何も感じないわけじゃない。ここにきて彼の評価は上級生から同学年、他校でも急上昇している。
彼が賞賛されることは素直に嬉しい。しかし、別の感情を、淡い思いを向けている瞳があることは私にとって耐えがたい苦しみとなって胸を襲っている。
ドロドロとした醜い嫉妬心を悟られたくなくて、大丈夫だと笑って見せる。なんて無様で滑稽だろうか。
「作り物の笑顔を張り付けた綺麗で素直なだけのお人形より、ずっと愛おしいよ。一昔前の偉大なる美女の言葉を借りれば、最悪の時を一緒に過ごしてくれないのならば、最高を過ごす価値はないってことだね」
少し茶目っ気のあるように笑う兄に甘えてもいいのだろうかという思いが出てきた。
「大丈夫。曾お婆様が導いた【星巡り】だ。恋人として多少の甘えと我儘をかなえてやるくらいの甲斐性は達也にもあるよ。もしなかったら、深雪ちゃんと一緒に一発殴りに行くから」
「物騒ね」
深雪が笑顔で怒っている場面が想像できてしまい、思わず笑みがこぼれた。
魔法師協会や軍関係者ではない、九島烈のSPに連れられて、私たちは彼が試合を観戦しているVIP席に案内された。本来であれば制服姿の私がここに入ることは外聞が悪いだろうが、閣下直々の御呼び出しに口を滑らす者はいないだろう。
「お久しぶりです、九島烈様。本日はお招きいただきありがとうございます」
兄がまず挨拶をし、同じように私も頭を下げた。
「そんなに堅苦しくなくていい。馴染みとして爺の話し相手になってくれればいいんだ。雅も久しぶりだね」
「御無沙汰しております、閣下」
「九島のお爺ちゃんでも、構わないぞ」
齢九十を超えても尚その名を知る者は彼を畏れ、軍事関係にも強いパイプを持っている。私には親戚と言う関係より、油断ならない相手という印象が強い。
「お戯れを。私はもう稚児ではありませんよ」
「そうだね。君も美しい子に育った。いくら星巡りがいようと、君に好意を寄せるものは多いだろう」
「閣下の元までそのような噂が流れてしまっているのだとしたら、お恥ずかしい限りです」
きっと彼の情報網の事だ。深雪が一高選手に私達の事を広めた初日の時点で、既に彼は私の星巡りが誰なのか目星をつけているだろう。
彼の家の事までは調べられるかは分からないが、深夜様と真夜様はこの方の下で魔法の練習をしていた過去があるため、達也のことも知っている可能性もある。
好々爺に見えて、実際は魔法の黎明期からこの国を支えた人物である。一筋縄ではいかないことは分かっている。
「光宣は君が出場すると知って、楽しみにしていた。私も君の活躍が見れて良かったよ。刻印魔法と障壁魔法、どちらもよく工夫を凝らされていたね」
満足げに笑う閣下に私は再び深く礼をした。
「このような若輩の身に閣下からお褒めの言葉を頂き、身に余る思いでございます」
挨拶はこのくらいにして、続きは料理を食べながらと言うことで席に着いた。
朝のビュッフェのレベルも十分高い方だが、昼に出された料理は来賓用とあって殊更贅沢だった。贅沢と言っても私達に配慮して精進料理だったが、使われている食材はどれも良質なものだった。
「さて君から見て、この九校戦はどうかい?」
食後のお茶を前に、閣下は本題を切り出した。
「九島様ともあれば、ある程度は推察なされているのでしょう」
閣下の問いかけに兄は優雅に返事をした。
「一高に何者かが悪意を持っていると考えていていいのかな?」
「ええ、その線が濃厚です。出発時の事故、深夜の工作員、埋められた壺。全て同一犯とみて良いでしょう。加えて、明るみになっていませんが組み合わせの確率変動も行われているはずです。今回の対戦相手の当たりの悪さについても、それは大会側が意図して組み合わせていますね」
「ふむ、なるほど…軍用施設と魔法師協会に入り込むとはいやはや、敵も侮れんな」
声は笑っているように聞こえるが、鋭い瞳の奥は静かに怒気を孕んでいた。
「魔法師協会側は特に、金で動いた可能性が高いですね」
「では協会側に内通者、もしくは工作員がいると?」
「壺も会場の設営や下見をする協会関係者なら容易に設置することが可能でしょう。
どの選手と当たるか、同様にウイルスでも入れれば簡単に変更できるはずです」
「君が言うのであれば絶対なのだろう」
なぜ部外者である兄がここまで事情を理解しているのか。
九重は現代魔法、引いては十師族とは基本的に不干渉の姿勢を取っている。達也はそれこそ例外だが、本来であれば俗世と距離があるのが神職としての在り方だ。
しかしながら、九重は裏の名で動く場合について、政府高官や軍の一部、十師族の当主にはその意味が知らされている。たかが100年程度の現代魔法の歴史に比べ、1000年を超える九重の魔法は未だに系譜以外には再現不能な異能として継承されている。継承できるのはまず当主としての実力と器がなければならず、たとえ兄弟だとしても年功序列は関係ない。実際曾祖母も女の身でありながら九重の当主であり、長兄も次兄が当主であることを納得している。
「尻尾は、CADの事前チェックで判明しますね。明日のミラージ本選の前に発覚しますので、閣下にもご協力いただけると助かります」
「私を使おうと言うのかい?」
目上の者を使うというのではなく、この十師族であり、九島の当主を使うという問いであった。面白そうな様子で笑う九島に兄は困ったような笑みを浮かべてみせて、静かに首を振った。
「私のような若輩が閣下を使うなどとは恐れ多いことですよ。ただ、懐かしいものと面白い人物がいますので、お楽しみ頂けると思います」
不遜とも取れるお願いだが、九島閣下は満足げに楽しみにしていると頷いた。
決勝ステージは正午から行われ、第一試合は三高対八高の試合だ。
達也たちはその後に試合なのだが、試合観戦のために少し早めに昼食を食べ終えていた。
風紀委員長である摩利とエリカの兄である千葉修次との逢瀬にエリカが遭遇したことと、エリカが深雪に対してブラコン発言をしたことで達也は少々気疲れを感じていた。
あの時の深雪の様子は筆舌しがたいものだったと美月は後々語った。
時間に余裕をもって移動しようとしていたが、達也と深雪の端末に同時に連絡が入った。
「あ、もしかして本部から呼び出し?」
「いいえ、本部からではないわ。今、お姉様のお兄様がいらしているそうなの」
「えっと、雅のお兄さん?」
エリカの問いに深雪は肯定を示し、嬉しそうにふんわりと微笑んだが、達也は来訪を告げるメールに一瞬眉を顰めた。既に高校を卒業した九重の次期当主が直接出向いてくるだけの理由があるのかと推察することは自然なことだった。
「雅の競技は終わったのに?」
「ええ、そうなのだけれどお仕事でいらしているそうよ。お姉様が友人を紹介したいそうだから、皆も一緒にどうかしら?」
美月とエリカは友人の分類に自分たちが入れてもらえていることを面と向かって言われたことに少し気恥ずかしそうにしていた。
「それじゃあ、雫とほのかも呼ばないとね」
「吉田君と西城君も呼びましょうか?」
美月の問いかけは達也に向けられたものだったが、達也は思考を巡らせた。確かに自分の友人として紹介することに何ら抵抗はないが、試合前と言うのが気にかかった。
「エリカ、幹比古から九重について何か聞いているか」
達也は自分より付き合いの長いエリカにその判断を仰ぐことにした。
達也の言葉は言い換えれば、吉田はどこまで九重を知り、距離感を取っているのかということだ。
エリカとしてはは幹比古を紹介することを渋っているのかと眉を顰め、ぶっきら棒に答えた。
「さあ。私が知っているのは割と世間一般的なことで、古い家だってことくらいよ。もし幹比古が会って絶望するような人なら早めに会っておいた方がいいんじゃないの」
「エ、エリカちゃん」
慌てる美月にエリカは達也から視線を逸らさずに言った。
「達也君、大丈夫よ。かつての捻くれたミキならともかく、今の状態は達也君が良く知っているでしょう」
エリカは幹比古がかつて神童と呼ばれたころの状態に戻っていることを知っている。それ以上に魔法を使えるようになっていることを千葉の『眼』は見抜いていた。だから後は本人がそれを自覚するだけなのだ。
「分かった。悪いことを聞いたな」
「いいのよ。勝つためにプレッシャーになるかもしないって心配してくれたんでしょ」
エリカはいつもの明るい調子で笑った。
気の置けない友人の様子に達也はふと笑みがこぼれた。
繋がった縁は案外心地いいものだと感じていた。
ホテルの自室で昼食を取っていた幹比古とレオを呼び出し、8人と言う大所帯になった。
ホテルのロビーで待ち合わせていると、美月は不意に何か大きな気配を感じた。何の変哲もない廊下の先に何かいるような、悪い物ではないが、何か大きな存在がいるような胸騒ぎのする感覚だった。
もしかしたら何か魔法が仕掛けられているのではないかと美月は恐る恐る眼鏡を外した。曲がり角から人影が現れたと思ったら、美月の目に光の洪水が襲い掛かった。眩い白い光の中に極彩色の光の球が飛び交い、視界を埋め尽くした。
「きゃっ」
美月は思わず眼鏡を落し、目を塞いでしゃがみこんだ。
「美月!」
「柴田さん」
エリカと幹比古が大丈夫かと寄り添い、幹比古は警戒のために札を取り出した。
だが、その意に反して現れた人物にその場にいた者たちは呼吸が止まった。美月の前に一人の男性が膝を付き、眼鏡を拾い上げた
「すまない。お嬢さん、大丈夫かな?君には少し辛かっただろう」
美月は目の痛みが引き、恐る恐る目を開けるとそこには柔和に微笑む一人の男性がいた。
美月も他の者たち同様に息が止まる思いだった。
天上の美を集約させ、今世に産み落としたかのように麗しい青年が目の前にいた。驚きすぎると悲鳴さえ上がらないのだと美月は夢見心地の中で感じていた。
「良い目をお持ちだが、少しこの土地は辛いだろう。きっとその目が役に立つ機会があるよ」
青年の美しい指が眼鏡のフレームをなぞった。
あれほどまで光で覆い尽くされていた美月の視界はいつの間にか少し眩しい程度のいつもの世界に戻っていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
美月は眼鏡を受け取り、いつものように身に着ける。
開けた視界はなぜだかいつも以上に美しく見えた。
立ち上がるために差し出された手を見て、美月はようやく事態が飲み込めたのか顔を真っ赤にして立ち上がった。
「だ、大丈夫です。ありがとうございました」
美月は顔から火が出そうな思いで頭を下げた。にっこりと笑う麗しい青年に女性陣だけではなく、男性たちも性別を超えた美しさを感じ取っていた。
「雅の知りあい?」
何とも言えない雰囲気の中、雫がいつもの口調で雅に問いかけた。彼とこの場に一緒に来ていたのだが、衝撃的な出会いに誰も聞けずにいた。
「驚かせてごめんなさい。次兄よ」
「え、お兄さん?!」
「そんなに驚くかしら?」
驚くに決まっている。
元から知っていた深雪と達也以外はこれほどまで美しい男性がいるのかと思った。
藍色の着物に黒い帯、羽織まで着込んだ着物姿の青年は着物が似合っているとか様になるというのではなく、その方のためだけに作られたような芸術性を感じさせた。
背は達也と変わらないくらいだが、姿勢の良いすらりとした出で立ちは様になっており、ここが座敷ならば更に似合いの場となっただろう。微笑む姿も気品にあふれ、一目で上流階級の出身かそれに比肩する教養のある者だと理解できた。
「はじめまして、ご友人の方々。私は九重
小さく頭を下げた悠に釣られるように、友人たちも自己紹介をしていった。
深雪を見たときもあまりの美しさにこんな美少女は二度といないだろうと思ったが、まさかこれほどまでの美丈夫が雅の兄だとは世間は狭いのだろう。
「妹と可愛い義妹がお世話になっている様で、これからも良くしてやってほしい」
「は、はい」
「勿論です」
反射するようにほのかと美月は大きく頷いた。その様子に可愛いねと言いたげな様子でまた微笑むものだから、正直女子たちは心臓が持たない気がしてならなかった。
その後、達也を少し貸してほしいと言われ、雅たちは一足先に会場に向かった。何でも男同士の話し合いというやつらしい。
悪戯っぽく笑う様も絵になったが、達也には裏を感じさせる一言でもあった。
ホテル1階の会議室。
それほど大きくはない部屋だが、許可を得ていないはずの悠が易々と入れたのはコネとしか言いようがないだろう。今回も仕事という名目で来ているため、クライアントが存在するはずだ。
「観にいらしていたのですね」
「別口の仕事で霊峰に用事があったのと、雅を助けてくれたお礼をしてきたところだよ。大丈夫、君が想像している人の意志はあるけれど、今は純粋にOBとして応援に来ただけだから」
達也が想像している人物は二人。
一人は九島烈
彼はこの大会の来賓の中でも軍や魔法師協会とのつながりが強く、また九重の直系から嫁を貰っている。一高周辺で起きる事件について、彼の人が雅のことを気にかけていたとしても不思議ではない。
もう一人は四葉真夜
達也と深雪の叔母にして、世界最強と呼ばれる魔法師の一人だ。
彼女もまた雅のことを娘のように可愛がっているそうで、雅から彼女の着せ替え人形になったことがあると聞いたときは軽く眩暈を覚えたほどだ。自分や深雪が目立つことは彼女にとって、決して良いことではなく、悠の来訪は忠告の意味合いもあるのかと達也は推察していた。
身構える達也に悠はいつもの調子で切り出した。
「地脈は戻したよ。けれど警戒は怠らないようにした方がいい。あまり良くないものもこの地は招きやすいから」
「それは何かこの大会で起きると?」
達也の問いかけに悠は良くできましたと言いたげな笑みを浮かべ、肯定した。
「霊峰富士の領域だ。また十中八九起きるだろう。実際、大会前にも、今回も色々あっただろう。用心するに越したことはないね」
「では、大会側にも工作員が入り込んでいるのですね」
達也の問いかけは疑問ではなく、あくまで確認だった。
「そうだね。かなり閣下はご立腹だったよ。君も彼の人に目を付けられないよう気を付けるんだね」
「それは【千里眼】としての忠告ですか」
九重には裏の名が存在する。
【千里眼】はその裏の名を示すものの一つでもあった。
文字通りこの国くらいならば人工衛星など使わずとも見渡すことができる。それも通常の人に見えるものから見えないものまで、ありとあらゆることを見通せる。
それがどれだけ恐ろしいことなのか、同じく視覚系の異能を持つ達也はよく理解していた。
「そう思ってくれてもいいけど、可愛い義弟がエンジニアとしてどの程度やれるか見ものだと思ってね」
「可愛いだなんて思ってもいらっしゃらないでしょう」
「君たちの星巡りは切っても切れなさそうだから嫌なんだよ」
達也が皮肉を込めてそう返答すると、端正な顔が困ったように眉を顰め、笑った。
達也と雅の縁は先々代の九重当主が結んだ。彼女もまた【千里眼】と呼ばれる眼を持っており、一目見て達也が魔法師として欠陥があることを見抜いた。未来まで見通すと言われる千里眼に達也と雅の婚姻を持ちかけた際には四葉は紛糾したらしい。
達也には呪いにもにた魔法が施されている。
妹しか家族として愛することができない、一生大切だと思えるのは深雪だけという呪いだ。魔法を使えるようにするための演算領域を確保するために感情を白紙化した。それが深雪を護るためのものであり、自分があの家で生きるための方法だった。
そんな自分を憐れんでか、母にさえ疎まれ、忌まわしい力を持って産まれた自分に九重は雅と分け隔てなく育ててくれた。深夜のことは母だと認識しているが、母だからと言って甘えることもなかった。
達也の知る慈愛は全て九重から受けたものだった。深雪を妹として大切だと思えるのも、きっと九重で無償の愛を注がれていたからだと考えている。
人は知る。人は学ぶ。
人は人を見て知る。人を見て学ぶ。
人とは不思議なもので、たとえ必要な栄養を与えられ、必要な世話をされていたとしても、心を育てられないと体も育たない。
情緒、発達、社会性。
そう言ったものは人の中でしか学べない。
同い年の雅がいたことと、教育熱心だった九重の家庭で達也は人並み以上の幼少期を過ごしていたことに間違いはない。欠陥魔法師として生まれた自分がどんな立場に置かれるのか、【千里眼】がそれを見ていないわけではない。
それなのに雅を愛せない自分の許嫁に選ぶとは何とも皮肉なものだと思う。九重が見誤った可能性もあるが、九重の思惑を達也はまだ知らされていない。聞いてもこの兄もきっと誤魔化すか、まだ時期ではないと言うだろう。
それでいい。少なくとも雅との関係は手放すには惜しいほど、達也には心地いいものだった。
達也が会場に向かった後、九重悠は自宅に連絡を入れた後、帰ろうとしていたところで気になる相手を見つけた。少し憂鬱そうな様子に好奇心が勝り、声を掛けた。
「こんにちは、千葉の麒麟児君」
後から気配もなく声を掛けられ、千葉修次は思わず飛びのいた。半径3mの近接戦闘において、5本の指に入ると言われる実力者だ。それが全く反応もなく迫られたのだから、本能的に回避しようとするのは剣士としての性でもあった。
「貴方は九重の光源氏・・・」
「その言い方、好きじゃないんだ。九重悠。同い年だから、どうぞよろしく」
千葉修次も九重悠の噂は聞いていた。
九重神楽の名手であり、類まれなる美少年。
今では着物の良く似合う美丈夫だが、これで神職の狩衣を着ればどれほど様になったことだろうか。九校戦では戦うことはなかったが、その実力は嫌と言うほど二高出身の同期に聞かされた。あれが少なくとも敵ではなくて良かったと口を揃えて言っていたのを良く覚えていた。
「千葉修次です。何かご用でしょうか」
「暗い顔をしていたからね。少し気になったんだ」
まさか見ず知らずの他人に心配されるほど、自分は悪い顔をしていたのだろうかと修次は心配になった。くすくすと人当たりの良さそうに笑う悠は人間関係なら力になれるよ言った。その美貌も合わさって、話してもいいのではという気持ちになってしまった。
「その、一つ聞いてもいいでしょうか?」
「なにが知りたいんだい」
「その………」
「ああ、恋人との相性ね」
修次の言動で分かったのか、悠は微笑ましい様子で核心をついた。
「高いよ、対価は。と言っても、金銭的な高さではないけれどね」
「金銭的ではない…?どういうことですか」
一瞬何か仕事か依頼を持ちこむためだったのかと修次は身構えた。
「占いの対価は何も金銭だけで取引していないということだよ。どこまで占うかによるけれど、今回はそうだね…タイのお土産でも後日送ってもらおうかな」
「それでいいのですか」
修次の予想だにしなかった対価に呆気にとられてしまった。
「勿論。その代り、品物はこちらが指定するからね」
「分かりました」
「じゃあ、今日は簡単に姓名と生年月日の占いでいいかな」
「お願いします」
修次は照れくさそうに端末に入っている摩利の名前と生年月日を見せ、自分の生年月日を教えると悠はにっこりと笑った。
「縁は良好。現段階に道に石はあるが、岩はない。気持ちは恥ずかしがらずに伝えるべきだね」
占いに入りそうな水晶やタロット、万年図も何も見ていない。名前と生年月日だけで分かるものだろうかと不思議に感じる部分もあったが、少なくとも千葉の中でも『眼』のいい修次を騙しているようには見えなかった。
「つまり、それは?」
「将来的に多少躓くこともあるけれど、行き詰る様なことや、乗り越えられない障害はないってこと。相性はいいよ」
「本当ですか」
悠にそう言われたことで修次は思わず大きな声が出た。
妹と摩利の一件があっただけに少々不安に駆られていたが、九重にそう言われたことでなんだか御利益がある様な気がしていた。
「占いは取引だ。九重の名に懸けて嘘をつかないよ」
優美な笑顔に詐欺師でも名乗れるのではと思うものもいるだろうが、他人の命運を知る占いがどれほど重い契約か悠は理解していた。
名前と生年月日でその人の前世、今世、来世の運命程度、【千里眼】である彼には見通せた。細かい未来はそれこそ道具を使った方が詳しく出るだろうが、この二人には必要のないことだった。
上機嫌で修次は悠と別れたが、九校戦後にタイに戻って土産を調べたがそれが王家縁の品で紆余曲折なんとか譲り受けることができた。安易に値段を確認せずに頼んだ自分も悪いが、九重の占いは安くないと思い知らされた修次であった。
キャラ設定
九重悠(ここのえ はるか)
女の子みたいな名前は厄除のため
雅の5歳年上の兄。早生まれで、来春20歳
学生時代も今も崇拝者がいるほどの美丈夫
付いた名前が『九重の光る君』
九重の次期当主で、神楽では専ら女役なので、男だと知った観客はこぞって血の涙を流している。男役をすれば女性は狂喜乱舞。
神楽の腕前は稀代の天才と呼ばれた曽祖父譲り。
意外と仕事はしっかりしているが、それ以外の部分で割と自由人なので長兄の胃を痛める存在。
容姿のイメージは刀剣乱舞の青いおじいちゃんをちょっと若くした感じです。