恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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この前書いていた弟がゴールデンウイークで彼女を連れてきました。

弟とあまり身長の変わらない可愛らしい御嬢さんでした。

え、私?喪女ですが何か(#^ω^)?


九校戦編14

大会8日目 午後

 

モノリスコード決勝リーグ第一試合はやはり三高の勝利で終わった。

その試合内容はまさに独壇場。一条将輝が敵の陣地までまっすぐ歩いて行って、敵を無力化した。

その間、三高の二人は自陣で待機。

本来であれば一条将輝は中距離からの先制飽和攻撃を得意としており、今回の戦い方は彼のスタイルからは外れている。しかも実質魔法を使ったのは一条だけであり、他の二人のスタイルはある程度推察できても不明な部分が多い。

 

一高も準決勝の九高との戦いで勝利を収めたが、決勝戦は今までのようにいくとは限らない。

しかも遮蔽物のない草原ステージであり、今までのような奇襲作戦も実行しにくい。

達也は多くの制限を受けてこの試合に臨んでいる。殺生与奪の観点で力が強いと言う意味では一条も同じだが、これは試合であり、相手を殺せばいい戦闘ではない。術式解体はまだしも、分解や再生も使うわけにはいかない。

普通の魔法技能が劣っている達也にとってはかなり厳しい試合である。

 

試合前に柔軟をしていると、深雪から達也は決して負けない、負けてほしくないというお願いをされてしまい、勝たなければいけなくなった。彼にとっては深雪のお願いは半ば命令として受け取ってしまう。それ以上に兄として可愛らしい妹に期待されて、どう考えても勝率の低い戦いに勝つしかなくなってしまった。

 

 

「気合は十分そうね」

「雅」

 

試合会場に向かっていると廊下で雅が待っていた。

 

「どうしたんだ、深雪と一緒に会場に行ったんじゃなかったのか?」

「忘れ物があったの」

「忘れ物?」

 

雅にしては珍しいと思いながらも、悠が来ていたのならばそれもあり得るだろうと達也は思った。

 

雅と兄達との仲は良い。雅は年の離れた妹と言うのもあるが、あの家は家族のつながりが希薄化していると言われる現代で嘘のように家族の情が深い。無論、躾や教養は言うまでもないが、兄達は九重神楽の兄弟子でもあるため、厳しい一面も見せている。それも雅は兄弟子として仕方のないことだと知っているし、兄達に惜しみない敬意を払っている。

 

今回は予期せぬ訪問で、呪いの壺やジェネレーターの一件もあり雅も気を張っていたのだろう。試合が終わったら、労わってやるかと頭の隅で達也は思った。

 

「正確には物ではないかな」

 

雅は達也に歩み寄ると結上げていた髪から簪を抜いた。美しく長い髪が重力に従って雅の背に落ちた。雅は簪を自身の目の前で縦に持ち、胸の前に構える。

 

『“我、闘神の血を引く者

この地にありし精霊たちよ

彼の者に武運を

彼の者に勝利を

彼の者に我が守護を

彼の者を救い、支え、護りたまえ

彼の者の鉾となり、刃となり、剣となり勝利を導きたまえ”』

 

 

凛と響き渡った声は空気を伝わり、達也の鼓膜を震わせた。言葉の一つ一つに想子でも込められたように力強く、清廉であった。これは深雪が受けた祝詞と同じかそれ以上の力が込められていた。命運を曲げるほどの力はなくとも、達也には深雪の激励と等しく奮い立たされるものだった。

 

「これは、ますます勝つしかなくなったな」

「どうか、ご武運を」

 

優雅に腰を曲げる雅に達也は行ってくると声を掛けた。先輩に期待され、可愛い妹に応援され、雅からの加護を受け、達也は思った以上に自分の周りには自分に期待してくれている人がいるのだと知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして始まったモノリスコード決勝戦

 

一高の新人戦優勝は既に決勝リーグ出場の段階で決定しているが、だからと言って勝負を捨てる理由はなかった。三高も準優勝が確定しているが、モノリスコードの優勝だけでも欲しいのが心情だ。

 

選手の登場に歓声が巻き起こる・・・・はずだったが、戸惑いの声が多く上がっていた。

達也がCADを3つ携帯していたこともさることながら、目立っていたのは幹比古とレオの二人だった。幹比古は灰色のフードつきのローブ、レオは黒いマントを着ていた。ルール上は問題ない、というか想定されていない携行品に観客だけでなく、無論三高の選手たちにも軽い動揺が走った。

レオと幹比古自身は野次馬的な視線を感じているのか、居心地が悪そうな様子だった。達也に泣きごとを言っても、自分は前衛でそんな動きにくいものは邪魔だからと一掃されてしまった。レオは今頃大爆笑しているであろうクラスメイトに対して、恨めしそうに唇をかんだ。

 

 

 

一方の観客席

雫、ほのか、深雪、雅といったA組女子メンバーは観客席の一番いい位置を確保していた。

 

「いよいよですね」

「ええ」

 

ほのかは緊張している様子だったが、雅は試合開始前だと言うのにモニターではないどこか別の場所に視線を向けていた。

 

「お姉様、いかがなさいましたか」

 

雅の視線を辿るようにしながら、深雪が問いかけた。選手の登場とは別のざわめきがその場には広がっていた。

 

「ああ、珍しい方が来賓席にいらっしゃるのよ」

「珍しい方?」

 

雫とほのかが眼を凝らすとそこには大会役員と九島烈がいた。初日の挨拶で見かけて以来だが、彼は毎年観戦に来ているからこの会場にいてもおかしくはないが雅には何か別の思惑があると思えて仕方なかった。

 

「九島閣下がこっちで観戦って珍しいね」

「そうなの」

「大体VIP用の部屋で観戦していると思う」

 

雫は毎年会場で観戦しているので、九校戦にも詳しい。雫の記憶にある限り、来賓席までわざわざ観に来たのは今回が初めての事だと言う。

 

「三高を見に来たのかな?」

「きっと達也さんだと思うよ」

 

ほのかの問いかけに雫が冷静に答えた。確かに彼の立場なら達也がどれだけ『一条』相手に戦えるのか見ておきたいのは理解できた。

様々な思惑もはらみながらも、試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

 

 

最初は挨拶代りの遠距離魔法の砲撃合戦。

達也は準決勝と同じ二丁拳銃型CAD、一条は拳銃型の特化型CADで攻撃を繰り出していた。二人の距離はおよそ600m。その距離をお互いに歩み寄りながら詰めていた。視認すら難しい距離で確実に攻撃を当て続ける様子は観客を沸かせた。

だがしかし、当の本人たちは互角とは言えない戦いとなっていた。

現在は挨拶かわりの攻撃だが、一条の攻撃は一撃一撃が相手を倒すのに十分な威力を内包しているにもかかわらず、達也の攻撃はあくまで牽制以上に意味合いはなかった。事実、一条が無意識に展開している情報強化の防壁に阻まれる程度のモノだった。

その結果、達也はますます防戦一方にならざるを得なかった。

 

達也が準決勝とは違う魔法をわずか2時間足らずで変えてきたことに吉祥寺は驚きながらも、予定通り残りの二人を倒すために動き始めた。

吉祥寺が走り出したと同時に、達也は300メートルの距離を疾走した。

魔法の発動に物理的な距離は影響されない。

魔法師が遠いと思えば発動は困難になり、魔法師ができると思えば魔法は長距離だろうが発動する。事実、軍では衛星とリンクした映像で魔法を発動させる実験は古くからおこなわれてきた。

史実にはまだカメラもないような戦国の世で数キロ離れた敵陣に落雷を起こしたと言われる術者もいるとされている。

 

しかし、物理的な距離が近くになれば魔法発動は容易になる。

それだけ視認で照準が付けやすくなるのだ。

達也は『術式解体』で一条が放つ圧縮空気弾が顕在する前にそれらを打ち砕く。事象改変を感じることのできる魔法師はその吹き荒れるサイオンに感嘆し、キルリアンフィルターを通じて映し出されたSFのような風景に観客たちは手に汗を握っていた。

 

 

 

一条の攻撃を達也がギリギリのところでさばききっているのを横目で窺いながら、吉祥寺はレオと対峙していた。

一高のモノリスまでおよそ100mの距離。

後衛の二人が着込んでいる怪しげなマントとローブがなんなのか、未だ検討は付いていなかった。

吉祥寺がレオに『不可視の弾丸』を放つために照準を付けた。

だが、レオはマントを脱ぎ棄てるとそれを硬化させ、壁のように自身を覆い隠した。

吉祥寺は思わず舌打ちをした。

『不可視の弾丸』は視認しなければ発動できないというデメリットがある。遮蔽物のない草原ステージではうってつけの魔法なのだが、遮蔽物を作り出されてしまえば直接レオの体を視認することはできない。

マントを盾にするようにして、横から小通連の刃が襲い掛かる。

すぐさま移動魔法を使い、後方に大きくジャンプすることで回避した。

だが吉祥寺が空中にいる瞬間、突風が彼を襲った。吉祥寺はそれに流されることで威力を軽減し、ダメージなく着地した。

 

視線を向けると灰色のローブを着た幹比古がいた。先に厄介な後衛を潰そうと『不可視の弾丸』で照準を定めるが、幹比古の姿がぶれた。

 

「幻術?!」

 

二重、三重とぶれてあたりに姿をくらます幹比古の体をかすめるようにして『不可視の弾丸』は通過した。厄介なと唇をかむ吉祥寺の脳天に小通連の刃は飛来した。

明らかに回避不能な攻撃に、反射的に吉祥寺は目をつむった。

 

 

 

「ぐあああ」

 

だが、響いた苦痛の声はレオからだった。

達也を相手していた一条がレオのあたりの空気を爆破させ、レオは直撃を受けて倒れ込んだ。魔法の効力が切れたことで、小通連の刃は重力に従って落ちるだけの金属の刃となった。

 

「将輝!」

 

助かったと吉祥寺は一言かけ、CADのコンソールに指を滑らせた。

 

「くっ」

 

動揺したのは幹比古も同じで咄嗟に受け身も取れず、横に向かって落ちた。

吉祥寺が発動した加重系魔法により、幹比古は重力に引き寄せられ地面に縫い付けられた。普段の何倍もの重力が彼の身に降りかかり、息も出来ず、酸欠で頭がぼうっとしていた。

 

 

一条の気が吉祥寺の方向に逸れた一瞬。その一瞬で達也は一条との距離をわずか5mの距離まで縮めた。迫りくる達也に一条は戦慄した。

それは戦場を駆け抜けた兵士としての勘か、魔法師としての反射か、人としての生存本能か。

咄嗟に発動した魔法は18連発の圧縮空気弾。

明らかにレギュレーションを越える威力の魔法が達也を襲った。

 

達也は『術式解体』でそれを迎撃した。

術式解体は射程が短い以外にも弱点がある。

弱点と言うべきか、これは全ての魔法に共通するが魔法は術者のサイオンを消費する。

特に『術式解体』は相手の魔法式を力ずくで吹き飛ばす魔法だ。

強引に吹き飛ばすためには、一発で膨大なサイオンを消費する。

加えて魔法式にも強度がある。魔法力の強い魔法師の放つ魔法式はそれだけ改変を受けにくい性質がある。

並の魔法師にとっては一日掛けても作り出せるかどうかのサイオンを、達也にとっても少なくはないサイオンを大量に圧縮していた。

 

それが18発分

14発はどうにか間に合い、消し去ることができた。

しかし残った4発の圧縮空気弾が達也の身に襲い掛かった。

威力を抑えていても、地面を大きく抉るほどの威力。今は全ての弾の殺傷性が上がっている。直撃では大けが必須の魔法で一条の目の前には派手に土ぼこりが上がり、視界を遮った。

 

一条は臍を噛んだ。

彼自身、魔法発動直後に規定違反以上の出力で魔法を発動させてしまったことに気が付いていた。

しかも明らかに直撃コース。

レッドフラッグは上がっていないが、反則を犯したことは彼自身よく理解していた。そして相手に大怪我をさせてしまったことも。

 

動揺した中、立ち上る土煙の中で相手を探すが人影はない。

悔やむ一瞬の隙に一条の顔に前方から黒い手が伸びてきた。

反射的にその手を避けると、耳元でまるで音響手榴弾のような爆音が響いた。

 

 

 

混乱し、揺れる頭の中、一条は立ち上がって何事もない様な達也を見た。まさかと思うが、思考は黒く塗りつぶされ、身体は地面に倒れた。

 

 

吉祥寺は混乱した。

轟音の先で、倒れているのはまさしく自分の相棒。

そして達也は膝こそついているが、その目はまだ死んでいなかった。

将輝が負けた。

吉祥寺を動揺させるには十分な事実だった。

 

「吉祥寺、避けろ!」

 

パニックになりかけた頭に響いたのは味方の声だった。吉祥寺の頭上には雷撃が迫っており、咄嗟に避雷針の術で雷を地面に逃がし回避した。先ほどまで自分が重力魔法で押さえつけていた幹比古がよろよろと立ちあがっていた。

どうやら先ほどの爆音で魔法を中断してしまったらしい。

 

まだ倒れていなかったのかと感心する反面、吉祥寺は幹比古に向かて『不可視の弾丸』を放った。

だがそれも先ほどと同様に、幹比古の輪郭がぼけ、多数の人影に見えた。当らない攻撃に徐々に吉祥寺は苛立ちを募らせていた

 

一方の幹比古は息をするのも苦しかった。加重を掛けられ肋骨が折れているのではないかと思うほどであり、頭もまだ酸欠状態から抜け出ていない。それでも状況はしっかり確認していた。

達也が一条を倒した。だが、彼のコンディションも良くなさそうだ。

レオはまだ立ち上がれそうにない。

ここは自分が何とかするしかない。

 

ここまで達也にお膳立てしてもらった。

ボーイの真似事など名家の神童にさせるには辛い待遇から、一高代表の一選手として押し上げて、決勝まで勝ち残ってきた。

このまま達也だけの力だと思われるのは癪だった。

それは魔法師としての幹比古のプライドだった。

自分の実力でここにいること。

自身を這いつくばらせたカーディナル・ジョージ程度、自分が倒してやろう。高慢なまでに幹比古は自分に言い聞かせた。

 

そして幹比古は大型携帯端末型CADのコンソールに指を滑らせた。

幹比古が入力した魔法は五つ。

地面を叩きつける動作と共に地面が割れ、吉祥寺に迫っていた。実際には加重系魔法で地面を割っているのだが、手で割れたように吉祥寺は錯覚してしまった。

それを回避するように吉祥寺が魔法を使って上空に飛んだが、なぜか草が足に絡みついて動くことができなかった。草が意思を持っている動いたように纏わりつき、吉祥寺は一瞬混乱する。

現代魔法に関する知識の多い吉祥寺にとって、古式魔法で定義された曖昧な魔法、風の方向性によって草を絡みつかせるという思考には至らなかった。

強引に魔法の出力を上げ、上空に逃れようとする。

足元は陥没したように抉れ、草がまるで自分を地面に引きずり込もうとするかのように錯覚した。

その錯覚から逃れるようにして、吉祥寺は跳躍の術式に全力を注いだ。本来ならば、そうする必要などなかった。

 

一瞬幹比古の姿を吉祥寺が見失うと同時に、上空から雷撃で撃ち落とされた。幹比古が発動した魔法の四つは布石。

そう理解する前に吉祥寺の意識はなくなっていた。

 

 

「この野郎!」

 

まだ一人、無傷の敵がいる。

幹比古は地面に手を付いたままの姿勢で動けなかった。

迫りくる土砂は『陸津波』。本来の威力よりは随分と小さいが、それでも魔法力も体力も残っていない幹比古は避けると言う選択肢すらできなかった。

 

結局負けてしまったかと諦めかけたその時、目の前に黒い壁ができた。それはレオが使っていたマントだった。

 

「はああああああ」

 

いつの間にか起き上がっいたレオは武装デバイスを振り回し、飛翔物体で三高選手を横殴りにした。三高選手が起き上がれないのを審判が視認すると、そこで試合終了のブザーがなった。

 

 

「勝ったのか?」

「ああ…」

「勝った?」

「やったあああああああ」

 

観客席は勝利を確認するように、歓声が沸き上がった。

だがそんなお祭り騒ぎも一瞬

観客席の最前列でポロポロと涙を流す深雪と深雪の肩を優しく抱いている雅を見て収まった。

達也は心配ないと少し疲れたように手を振り、深雪は無言で頷いていた。

その様子をまるで励ますかのように周りからは徐々に拍手が送られて行った。

それに呼応するかのように観客席からは暖かい拍手が送られた。

予想外に温かい声援を受け、達也たちはどこか気恥ずかしさも覚えていた。

 

 

 

 

 




原作との変更点
一条の放った空気弾16発→18発
この理由は後々語ります。



前回分の誤字脱字訂正まだ終わってない。゚(゚´Д`゚)゚。

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