高校生活2日目
現代社会では渋滞、通勤ラッシュという言葉はほぼ死語に近い。
鮨詰めの満員電車から、都市部では管制制御型のキャビネットが主流になっている。
二人乗りと四人乗りの二つのタイプがあり、目的地を入力すれば最寄りの駅まで自動で案内してくれる。4人乗りの場合、2席×2で向かい合うように設計されている。
私たちが住む場所から学校までは30分ほどで、そこからは徒歩で学校に向かう。
深雪が最初、私と達也が隣に座るべきだと進言していたが、結局はローテーションで一日ごとに席は変えることにした。
今日は私と深雪が一緒に座っている。朝から、深雪の顔が少し暗い。
家を出るまではそうでもなかったのだが、どうしたのだろうか?
「深雪?」
「………昨日、あの人たちから連絡がありました」
怒りを押し込めた声で深雪は言葉を紡いだ。あの人ということは達也の戸籍上の両親からだろう
あまり深雪は父親と義母を好いていない。むしろ毛嫌いしている。
妻の死後、わずか半年で再婚するような父親だ。しかも、結婚してからもずっと愛人宅に居座っていたような男でもあり、好かれる理由の方がない。
「お兄様の方にはご連絡がありましたか」
「いや、なかったよ」
「そうですか…」
室内の温度が急激に低下した。感情の暴走で魔法の制御が上手くできず、深雪の干渉力が働いている。室内の空調が暖房設定を起動し始めたため、達也がその魔法を打ち消した。
「取り乱してしまい、申し訳ありません」
申し訳なさそうな深雪の肩を私は抱いた。
落ち着いたように取り繕ってもなお、その手はしっかりと握りしめられていた。
「会社を手伝えと言う親父の意見を無視して、進学したんだ。アテにされていたと思えば、腹も立たんよ」
達也は優しく、握りしめられていた深雪の手を取った。
「それに、俺は雅の所からお祝いを貰えただけで十分だよ」
「本当に、お姉様の御実家にはお世話になっております」
深雪は少しだけ申し訳なく、けれど本当に嬉しそうに微笑んだ。
敬愛する兄を大切にしてくれる私の実家の事を深雪も好いてくれている。昨日も連絡の電話が家の回線の方に掛って来た。
「烏滸がましいのだけれど、もう一つの家族のように思ってもらえたらうれしいわ」
「烏滸がましいなんてとんでもないです。お姉様の御実家はとても素晴らしい方々ばかりです」
深雪は語気を強め、そう言った。
「入学の祝いのお返しをしないといけないな」
「そうですね。お祝いの品も頂いていますし、お返しはどうしましょうか」
私の実家からは入学祝として、深雪には化粧用の筆一式。
達也には万年筆とボールペン、腕時計がそれぞれ贈られている。
どちらも家の方で古くから贔屓にしている職人さんのオーダーメイドだ。
二人ともとても喜んでくれたのは私も嬉しかった。
それと3人で暮らすのだからと、日本茶の茶器と茶葉もつい先日贈られてきたばかりだ。
「そこまで気を遣わなくてもいいわ。こちらの好意だもの」
「ですが、いつも私たちは頂いてばかりで申し訳ないです」
「確かに、深雪だけではなく俺にもいつも丁寧にお祝いを送ってもらっているからな。俺はあまりその方面には詳しくはないから、深雪が選んでくれないか?」
「昨日、お礼は言ってくれたでしょう。それで十分よ」
見返りを望んで、贈り物をしているわけではない。丁寧に使ってくれるだけで、お礼となる。
「お姉様の御実家ですもの。そう言うわけには参りません」
深雪は意気込んでいた。さっそく、端末を取り出して、嬉々としている。ここまで言われて好意を無下にすることもできないし、私も深雪からの意見に耳を傾けた。
昇降口
一科生と二科生では教室に向かうための階段も違う。
そのため、入り口の時点で達也とは別行動になる。
深雪はやはり名残惜しそうに足を止めていた。
迷惑にはなっていないが、何時までもここで立ち止まっていたらやはり人目にはつく。
「やはり私では不足のようね。舞い上がっていたのが恥ずかしいわ」
いかにも恋人らしい雰囲気を出しそうな二人を見比べた。
「お姉様…?」
「私も、そろそろ妹離れするべきかしら」
私は寂しそうな声でため息を付き、先に進んだ。
深雪の慌てた顔と達也の申し訳なさそうな顔が見えた。
「お姉様、お待ちください!お兄様、また後程」
深雪は一礼して私の後を追いかけてきた。
基本的には深雪に甘い私だが、単に甘やかしすぎない様にも気を付けている。こんな風にちょっと意地悪も言ったりするのだ。勿論、信頼されているからこそできることでもある。
「お姉様」
少し急ぎ足で深雪が私の隣に並んだ。私も一旦、足を止める
昔のように学校に下駄箱と言うものはなく、そのまま下足で入ることができる
無論、私も早足でその場を去ったわけでもないから差はそれほどなかったので、深雪もすぐに追いついてきた。
「御気分を悪くしてしまったでしょうか?」
深雪はいつにもまして憂いた表情をしていた。
その表情ですら、比較的近くにいた男子達が顔を赤らめている。
その男子を一瞥しながら、再び歩き出し、階段を上る。
「そう思うの?」
「私が我儘なばかりに、お姉様のお心に憂いを抱かせてしまったことは大変申し訳なく思います………」
「あら、いじらしいこと」
くすりと笑うと深雪は少し拗ねたようだった。
普段は何重にも押しとどめた感情を私たちの前ではより豊かに素直に見せてくるのは満更でもない。むしろ、この場で他の不特定多数の男子に見せることが勿体ないくらいだ。
「私もちょっと意地悪だったわ。それに達也だって、口には出さないけれど一緒にいたいという気持ちは同じだと思うわ」
「本当ですか」
心配そうにしている深雪は僅かに高い、私を見上げた
「私、貴方に隠し事はしても嘘は言わないわ」
ちょん、と深雪の桜色の唇に人差し指を乗せた。
「お、お姉様」
「せっかく新しい生活が始まったのよ。きっと楽しくなるわ」
「はい」
深雪はまるで花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「………百合か」
教室に入ると、にぎやかだった様子が水面のように静かになった。
皆、深雪に見惚れているのだろう。
席はすでにID交付時に番号を受け取っているので、指定の端末のある席に座る。今時、氏名順ということもないが、私は運よく深雪の右隣だった。
「先に、履修登録を終わらせてしまいますか?」
「そうね。まだ開始時間まで余裕があるし、終わらせてしまいましょうか」
学校用端末を起動し、履修システムを呼び出す。
私と深雪は今時珍しいと言われるキーボード入力タイプだ。
勿論、達也の影響でもあるし、中学までは学校でもそちらが使用されることが多い。
隣の席から物珍しそうな視線が投げかけられる。
この学校用端末は脳波アシストや視線ポインタも導入されているが、個人的にはあまり好きではない。
一年生の段階では登録科目数も必修科目数も多いが、選択科目は少ない。
履修登録はシラバスを予め見ているので、登録自体はそんなに時間がかかるものではなかった。
私が少し先に終え、深雪が情報端末を閉じた。
「必修はすでに登録されているのですね」
「慣れない生徒のために初学期だけは登録してくれているみたい。
ただ、二学期以降はすべて自主登録だそうよ」
「そうなのですね」
知り合いの先輩からある程度、学校の事は聞いていたからそれほど今の所、困ることはなさそうだ。今日はまず履修登録、学校概要説明、カウンセラーの紹介が行われた。
残りの時間は、学校の施設見学の時間に当てられている。実習棟や実験の見学がメインだ。
各自好きに回ることもできるが、先生が引率してくれるコースもあるらしい。
「どうされますか、お姉様?」
「深雪はどうしたい?」
「先生について見て回ろうかと考えています」
「では、そうしましょうか」
開始時間を確認すると、そろそろ教室を出た方がいいだろう。
「あ、あの」
「何かしら」
「私たちも一緒に良いですか?私、光井ほのかって言います」
「北山雫。よろしく」
先ほど私たちの履修登録を見ていた二人だ。どうやら話しかける機会をうかがっていたらしい。
深雪がちらりと私の表情を窺う。私はそれに小さく頷いて、了承の意を伝える。
「ぜひ、よろしくお願いします。私は九重雅。仲良くしてくださいね」
「司波深雪です。お姉様共々、よろしくお願いします」
丁寧に深雪は腰を折った。
この所作は一朝一夕では身に付かない。
単に容姿だけでなく、すべての所作が美しいのが深雪の素晴らしいところの一つでもある。
「はひっ」
「こちらこそ」
緊張しすぎて光井さんは赤くなっていた。
北山さんも顔には出にくいタイプの様なのだが、深雪の丁寧な所作に少し驚いたようだ。
4人で教室を出ようとした時に、男子の集団も一緒についてきた。
目線をそちらに投げかけると、纏め役のような男子が話しかけてきた。
「司波さん、九重さん、僕たちもいいかな」
「ええ。目的は同じでしょう。そろそろ行きましょうか」
「はい」
彼らも先生の講義付きの学内紹介を希望しているようだ。
一々、確認する理由はおそらく、深雪に対して下心あっての行動だろう。
私たちが先生について回ろうと決めると、クラスの大半が着いてきた。先生の講義も魅力の一つだろうが、ほとんどの目当てが深雪だろう。
大所帯で施設見学を進めていく。
一流の魔法師育成を目的とするだけあって、設備は十二分に揃っている。
各種実験用機械や魔法薬学実験室、化学実験室、工学系のラボ。
CADの自動調節器も常設されおり、学生が個人で使うことができる。
個人的には図書館の古典文献が楽しみだ。
先生の案内が終わった後、各自で施設を見て回ることになった。
各自と言われたが、大半が深雪と見て回りたいと思っているようだ。
深雪に次々とどこを見て回るか声をかけているが、深雪から質問するとみんな顔を見合わせてだんまり。
深雪の出方を窺っているのか、聞くだけ聞いてあまり考えていなかったのか。
どちらにせよ、助け船を一度出した方がいいだろう。
「そんなに一度に声をかけられたら深雪も困ってしまうわ」
あくまで口調は柔らかく、困ったように笑う。
「あ、ごめんなさい」
「すみません」
彼らは自分たちの行動に気が付いたのか、少し羞恥心に駆られていた。
「工房の方を見に行きませんか?
今からだと後ろの方からの見学になってしまうかもしれませんが、魔工技師志望の方や部活動に入られる方は今後使用する機会が多いと思いますよ」
「そうですね。そちらにしましょうか」
「ええ、是非行きましょう」
深雪が同意を示すと、森崎君(移動中に自己紹介された)はまるで自分で決めたかのように先頭を歩いていた。
彼は少し、私の苦手なタイプのようだ。
工房見学では達也たち二科生が前の方にいたため、不満そうな一科生が愚痴を言っていた。
順番は順番だし、遅れてきた方が後ろにいるのは当然だろう。
一科生だから優先的に前に行かせろだなんて、まるで幼稚園のように並びましょうと言われなければできない子供のようだ。一緒にいる集団の中にも森崎君達の横柄な態度に嫌気を感じているような雰囲気があった。
そうこうしている内にお昼時となった。
「北山さんたちはお昼ご飯をどうする予定ですか?」
「特に決めてないよ」
「カフェテリアはもう混みはじめていると思いますし、午後も加味して今から行った方がいいでしょうね」
腕時計を確認すると、そろそろ移動した方が無難だろう。
「お姉様、お昼は別なのですよね」
深雪が寂しさを隠せない様子で言った。
確かに、この状況で置いていくのは酷だろう。
しかし、あくまでクラスメイトだ。選民意識の高い人達もいて少し不安だが、甘やかさないのは深雪のためでもあると言い聞かせる。
「ええ、ごめんなさい。また午後からご一緒させてもらっていいかしら」
「勿論です」
早く帰ってきてくださいねと幻聴が聞えた。実際、そのような顔をしている。
まるで主人が出かける前の子犬のような愛らしさだ。
「また、午後ね」
ぎゅっと手を握ったあと、微笑みかけてしばしの別れを告げる。
後ろ髪を引かれる思いで、私はその場を後にした。
行間ってこのくらいでいいんですかね。
ハーメルンで投稿して気が付いたんですが、私の場合、一文が短いですね・・・
ある程度、行間があった方が見やすいとは思いますがページがやけに白い気がします…