恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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前回の話、それほどホラーではなかったつもりなのですが・・・

お化け屋敷は笑いながら進み、絶叫系アトラクションも甲高い悲鳴は出ない鯛の御頭でございます。

さて、今回でバカンスは終わりです。
次は生徒会選挙を挟んで、論文コンペ編に入ります。


夏休み編3

全員シャワーと着替えを終えると、リビングに集っていた。

別荘とあって、客室も十分な大きさがあり、個人個人にシャワー室が備え付けられていた。

バーベキューの予定ではあったが、そのような雰囲気ではなくなったため、急遽室内での食事に切り替えられた。

 

「しかし、なんであそこだけあんなに波が高くなったんだ?引き波で引きずられたにしては随分と沖に流されないか?」

 

「美月、なにか見えた?」

 

レオの問いかけに答える代わりに、雅は美月に質問を投げかけた。

美月は一瞬驚いたものの、恐る恐る口を開いた。

 

「はっきりとした姿は分からなかったんですけれど、精霊のようなものが波の中に沢山集まっているのが見えました。ただ、精霊よりはなんだか黒々として気味が悪い様子でした」

「間違ってはいないわ」

 

雅の言葉に全員が目を見開いた。

 

「なにがいたんだい?」

 

幹比古は唾を飲み込んだ。

彼には特別な目はない。神道系の術者であるが、実家は神職ではない。もしこれが悪意のある精霊ならば感知できただろうが、彼にとってはただ波が雅を攫ったようにしか見えなかったのだ。

 

「沈没船よ。登れなかった魂が残っているみたい。沈んだ後に慰霊祭もしてもらえてなかったみたいだから、恨み辛みが溜まっているようね」

「まさか、幽霊…」

「そうとも言えるわ。同じように見える美月ではなく、私を狙ったのは理解してほしかったみたいね」

 

雅は淡々と語った。

そこには襲われた恐怖もなく、ただただ冷静に見えた。

 

「現世(うつしよ)に体はなく、彼の岸にも逝けない。救いを求めているのでしょうね」

 

雅は窓に視線を向けた。

窓の外は濃紺の星空と白い砂浜、黒い海が広がっている。

雅のその目は海の更に遠いどこかを見つめているようだった。

その表情ははどこか儚げで、浮世離れしていた。

繋ぎとめておかなければ消えてしまいそうな、そんな危うさがあった。

 

「救うって言ったってどうするの?」

「死者への弔いの言葉くらい習っているわ。少し準備があるけれど、今日中に終わると思うわ」

「ちょっと、雅だけで片づけるつもり?」

 

エリカはムッとした声で言った。彼女としては今更蚊帳の外は聞き捨てならなかった。

 

「除霊なんて人様に見せられるものではないの。今回は私一人しかいないし、安全は保障できないわ」

 

雅はすっと目を細めた。

その声にエリカは気圧された。雅は決してエリカを下に見ているわけではない。

ここにいる友人たちは確かに皆魔法と言う優れた能力を持ったエリートである。

しかし、それとこれとはまた分野が違う。

彼女が行おうとしていることは彼らにとっては目に見えない存在との戦いだ。

迂闊に手を出せば火傷では済まない。

 

「確かに、そっちの知識はないけれど何もできないわけじゃないわよ。特にミキと美月は役に立つわよ」

 

エリカはそれでも引かなかった。彼女は友人が危険に飛び込もうとしているのに傍観しているだけの弱虫でも腰抜けでもなかった。

 

「うん。九重さんだけの問題じゃないよ。準備とか何か手伝えることがあれば遠慮なく言ってほしい。」

 

幹比古の真意としては、あれだけの事があったのに気が付けなかったのは情けないから、挽回させてほしいという思惑もあった。

 

「お姉様、私もお手伝いいたします」

「そうだよ、雅。ここはうちのビーチなんだから、私が何もしないわけにはいかないでしょう」

 

深雪と雫の言葉に雅は思案した後、困ったように笑った。

 

「分かったわ。色々と準備もあるから、お手伝いは宜しくね」

 

 

 

雅が水垢離をしている際中、残った面々は雅に頼まれた物を作っていた。

雅が用意するように言ったのは、榊と神酒と船と蝋燭。

送り火と送り船だ。

榊と神酒はこの家にある神棚に備えているものの予備があり、直ぐに用意できた。

舟は達也が簡単な図面を引き、レオが森で適当な木を選び加工していた。

のこぎりや釘などはアウトドアのためにと倉庫に置いてあったらしい。

魔法も使えば木の加工も容易だった。

 

 

準備を終えると、雅が現れた。

白いシャツに白いスカート

長い髪は高い位置で結上げ、目元には赤い戦化粧を施していた。

口紅は引いていない。

化粧も目元の赤だけだ。

それなのに雰囲気がこれまでとは恐ろしく違った。

 

畏怖

 

それほどまで彼女の気は張り詰めていた。

能面のように表情のない顔はいっそ恐ろしいまでに美しかった。

 

「雅さん…」

 

友人たちはここでようやく理解した。

彼女が戦おうとしているのはそういうものなのだ。

 

 

 

別荘のビーチに雅たちは来ていた。

雅は波打ち際におり、それ以外の面々は幹比古が張った結界の中にいた。

雅は準備してもらったものを海に流した。

 

雅は3度、音を立てずに忍び手で柏手を打った。

無音で行うのは死者の霊を無暗に祓ってしまわないための作法だ。

 

舟は沖へと進む。

蝋燭の炎が海面を薄らと照らしている。月明かりのない暗い夜だ。

 

雅の口から祭詞が奏上される。

仏教では御霊が死後に極楽浄土に逝くのに対し、神道では家の守護神となる。

しかし、今回御霊は現世を彷徨ったまま、人を巻き込んでしまった。

浄土にも逝けず、守護神となる家もない。

祭詞で現世との縁を切り、彼岸に行くための舟を用意し、あの世へと渡すための祭詞を奏上しているのだ。

 

雅の口から紡がれる祭詞は海風の吹く砂浜でも響き、耳に心地よく残る。女性にしては低い声で紡がれる祭詞に身が震え、力強い声に圧倒された。

 

海上にあった舟は波に流されていたはずだが、一点で留まっている。

蝋燭の炎は煌々と燃え、新月の水面を照らしていた。

長い祭詞をよどみなく奏上し続けると炎が一気に燃え上がった。

雅は玉串を流すと、達也たちも結界から出て順に玉串を流す。

蝋燭の炎が消えると、船は暗い水平線に消えていった。

全員で忍び手を打ち、葬送は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

雅の膝が崩れ落ちるよりも早く、達也は雅を支えていた。

 

「お姉さま」

「ごめんなさい。少し疲れたわ」

 

一人で立とうとするが、足には力が入っていなかった。

暗くて良く分からないが、顔色があまり良くない状態だった。

 

「あんなに魔法を連続で使用して大丈夫なはずありません!!」

 

深雪はぽろぽろと涙をこぼしていた。雅は申し訳なさそうに深雪の涙を指で掬った。

 

「もしかして詠唱?」

「正解よ、雫」

 

自分たちが聞いていた祭詞は詠唱による術式。

詠唱による術式は声にサイオンを乗せて、精霊を喚起する古式魔法の一種だ。

雅が詠唱を続けていたのはおよそ1時間。その間、ずっと魔法を使い続けていたことになる。

昼間の事を加味しても、消耗することは間違いなかった。

 

「普通は廃れて、忘れられてなくなるはずのものが偶々残っていて、うちは古式魔法の中でもそれが顕著なだけよ。お蔭で今回みたいに影響も受けやすいのだけれどね」

 

雅は流石に疲れたようで、ため息をついた。

本来であれば精進潔斎をこなし、祭祀用の服装で準備を整えて行うものだ。

正式な手筈を踏んでいない以上、多少強引な部分もあったのだろう。

魔法の使い過ぎで足元がおぼつかないため、昼間と同様、問答無用で雅は達也に抱きかかえられ運ばれていた。

 

「まさか一日で2回も達也に抱えられることになるなんて…」

 

雅は顔を手で覆っていた。彼女としては友人の前であろうと、なかろうとこれだけ達也と密着しているのは羞恥心以外の何物でもなかった。

 

「もう達也のところ以外にはお嫁にいけない」

「他にやるつもりも無いから安心していい」

 

雅がため息交じりにそう言うと、達也はしれっとそう返した。

 

「えっ………」

「ん?」

 

予想外の返答に雅は顔を赤らめ、達也は雅の反応が分からず首をかしげた。

 

「惚気ね」

「珍しいな」

「お兄様ったら、もう………」

 

エリカ、レオは友人の意外な姿に生暖かい視線を向けていた。

深雪にいったっては恍惚とした表情で二人を見ている。達也の無自覚もここまで来ると天然ものだと言いたくなる。

 

 

 

 

 

 

別荘のリビングに戻り、黒沢女史が淹れたお茶で一息ついていた。

お茶には詳しい雅や深雪納得の味ではあったが、レオは茶より茶菓子に舌鼓を打っていた。

 

「けどさ、私ビックリしたんだけど」

 

エリカがマカロンを口に運びながら言った。

 

「確かに私もこんな事態になるなんて思わなかったわ」

 

雅が困ったように笑った。確かに海に入ってはいけないことは知っていたが、まさか沈没船があるだなんて予想もしていなかった。先の大戦で戦艦の多くも海に沈んだが、大抵戦後に供養はされている。供養もされていないのか、はたまた不十分だったのか、いずれにせよ彼の岸に御霊は渡れたのだから、ひとまずは安心できた。

 

だが、エリカは首を横に振った。

 

「そうじゃなくて、達也君よ」

「お兄様が、ですか?」

「そうそう。あんな必死な表情の達也君なかなか見れないわよ。雅ってやっぱり愛されているわね」

 

にんまりと笑った顔に達也は面白くなさそうな顔をしていた。

 

「エリカ、それは今更よ。お姉様とお兄様の仲はたとえ海神だろうと引き裂けないということが証明されたわ」

「あらあら、お熱いことで」

 

深雪は満足げな様子で、エリカは呆れたように笑っていた。

深雪は兄が姉のことを人並み以上に大切にしているのを良く理解しているし、それを兄がよく理解していないのも知っていた。

 

兄は未だに姉のことを深雪のために大切にしていると思い込んでいる。

それ以上の感情はないと言い聞かせている。

雅を海中から助け出した際にあれだけ感情を露わにした達也に深雪は不謹慎ながら少し嬉しくもあったのだ。

 

「二人とも淡泊なんだろうとはおもっていたけれど、ちょっと意外だったわ。九校戦もあったことだし、これは二学期が大変ね。」

 

二人の関係性が一高生に知られた以上、達也の周りが今まで以上に賑やかになることは容易に想像できる。どこにでも噂好きの人はいるもので、部活に入っているエリカやレオなどは根掘り葉掘り聞かれることだろう。

 

「そうかしら。ほのかはどう思う?」

 

雅は何の気なしにほのかに話題を振った。

迂闊だったとしか言いようがないが、雅は疲れてる頭ではそこまで配慮する余裕もなかった。

 

「私ですか?そうですね。達也さんは確かにカッコいいですし、強いですし、私もそんなところが好きですけれど」

「え、ほのか…?」

「なに、雫?私変な事・・・・・・・きゃあああああああ」

 

ほのかは自分の発言を意識していなかったのか、茫然とする友人たちに首をかしげた。

そして言葉を思い返すと、顔を真っ赤にして立ち上がり、外へと飛び出した。

雫は慌てて、ほのかを追いかけて行った。

 

 

リビングに残された面々は何とも言えない雰囲気だった。

達也にはどうするのだと言う視線が投げかけられており、非常に心地が悪かった。

達也はいくら好意に鈍感だとしても今日一日の行動やあの発言を無視できるほど、鈍くはない。

九校戦の時も薄々と感じていたが、達也はほのかが何も言わなければ黙っているつもりだった。

 

「達也、二人を追いかけて。夜目が利くのは達也でしょう」

 

雅は淡々とそう言った。

その顔には怒りも悲しみもない、能面のような冷たさもない、いつもと変わらない表情だった。

 

「………分かった。」

 

達也は少し思案したものの、返事をしないわけにはいかないと部屋を出ていった。

達也が出ていった部屋では誰もが動かず、言葉を発しなかった。

 

 

 

 

リビングの窓から達也が走っている背中が遠ざかるのが見えた。

 

「いいの?」

 

エリカの声は心配と若干の怒りを孕んでいた。

婚約者である達也をああも簡単に送り出したことに腹を立てているのだ。

プライベートビーチとはいえ、混乱している状況なら思わぬ事故も起こるかもしれないし、昼間の一件もある。

ひとまず落ち着かせるにしても、迎えに行くのはレオや幹比古でもよかったはずだ。

 

「決めるのは達也よ」

 

雅は瞳を伏せた。

彼を縛っているのは深雪との主従だけだ。

雅との関係は所詮、名義上のものでしかなく、四葉に対抗しうる後ろ盾としての意味だ。

いくら雅が達也を愛そうとも、彼には雅を愛する心がない。

深雪以外に対する感情は白紙化されている。

およそ10年間、嫌と言うほど雅はそれを味わってきた。

愛情と言う名で達也を包むことはできても、彼から友愛以上の手を伸ばされることはない。

 

それでいいと自分を納得させてきた。

都合のいい女でいよう。我儘を言わない。彼にとってせめて大切だと思いたい人でいよう。

涙で枕を濡らすたび、何度も決意してきた。

それでも達也と過ごすたびに、触れあうたびにあふれ出す感情は泣きたくなるほどの愛しさだった。

 

九重と四葉の関係も知らないほのかが、純粋に達也個人を好きでいることは、雅にとって堪らなく羨ましかった。

雅が達也に向ける感情は恋と呼ぶには重すぎて、愛と呼ぶには息苦しい。

様々な思惑が絡まりすぎた関係の中で、雅が達也に向ける思いだけは一途だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の日の出は早い。

東京よりさらに日の出のは早いこの島では、4時半を回るころには地平線がぼんやりと明るくなり始めていた。達也が目を覚ましたのは偶々だった。

普段の鍛錬でもこれほど早いことはない。

それでもなぜだか目が覚めてしまい、カーテンを開けると砂浜には人影があった。

達也は上着を羽織ると、静かに外に出た。

 

 

 

「早いな」

「達也もね」

 

達也が砂浜につくと、雅は精霊を集めていた。

雅にとって呼吸をすることと変わらない精霊喚起は日常の一つだった。

 

「昨日あれだけ魔法を使ったんだ。休んでいなくていいのか」

「ぐっすり寝たから大丈夫。思ったほど疲れは残っていないわ」

 

サンダルから覗く足には昨日の傷もなく、砂浜と同じ真っ白な肌があるだけだった。

あれは物理的な傷ではなく、霊傷のようなもので本人の霊力次第で治せるものだった。

 

二人はしばらく、ゆっくりと何も言わずに砂浜を歩いていた。

波の音が静かな朝によく響き、涼しげな海風が吹いていた。

 

「・・・・・気にならないのか」

 

達也がほのかと雫を連れて別荘に戻ってきた頃には雅は既に部屋で休んでいた。

どうやら深雪が無理やり寝かしつけたらしい。

きっとあの場にいては雅もほのかにも悪いと思ったのだろう。

 

「ほのかが告白した。達也はそれを断った。その事実だけでいいのよ。

それに、全てを告げて断ったわけではないのでしょう」

 

確かに事実だけ言えばそうだ。

淡々とした言葉に、怒りも悲しみも無いように感じた。

揺るがない背筋の伸びた雅が達也の隣にいるだけだ。

 

「時々思うの。薔薇の名が薔薇ではない別の名でも香りには変わりはないのにね」

 

雅は足を止めて、達也を見上げた。静かな瞳は達也を真っ直ぐに映していた。

 

「捨てられる名があるのなら、今すぐにでも。

だが、新たな寝床が棺桶になるのならば、深雪を泣かせてしまうな」

 

達也の返答に雅は意外そうな顔をしていた。

 

「分かったのね」

「シェイクスピアだろう」

 

シェイクスピアの名作、ロミオとジュリエットの一節だ。

二人の間にあるのは大きすぎる家の名前だった。

二人を縛る関係もまた、家が決めたことだった。

 

「これでも、かなり妬いているのよ」

 

先ほどの表情も嘘のように、雅は泣きそうなのに笑った。

気丈に振る舞う姿に達也はいつも騙されている

そんな顔をさせてしまうのは、その後ろに報われない感情があると知っているからだ。

そしてその思いに応えることは自分はできないでいた。

雅に思いを告げられて、決して短くない時間が過ぎた。それでも達也は未だに自身の中の感情に名前を付けかねていた。

 

 

朝日が昇り出した。水面は太陽に照らされ、輝いている。

 

「達也」

 

雅は光を背に浴び、より一層その笑顔は眩しく見えた。

 

「好きよ」

 

たった三文字に込められた雅の思い。

朝の静かなビーチに雅の声はより澄んで聞こえた。何度目かも分からないほどの告白は、狂おしいほど愛しく彼のことを好いていると声は語っていた。

 

達也は応えるかわりに雅を抱き寄せた。

そうすることしかできない自分を誤魔化すように、腕に力を込めた。

 

 

 

 

 

二日目は一日目のことを払拭するかのように、深雪は全力で達也と雅に甘えていた。

ほのかも、断られることは理解していたのか、少し吹っ切れたように遊んでいた。

雅は今日も砂浜で楽しげに遊ぶ様子を眺め、時折波打ち際での遊びに参加していた。

 

 

 

バカンスを満喫し、バーベキューも楽しみ、充実した一日となっていた。

しかし、お泊りに欠かせないのが夜更かししてのおしゃべりであり、醍醐味であった。

 

「んじゃ、普段は聞けないあれやこれ、語っちゃってください」

「いえーい」

 

エリカの明るい声に雫の淡々とした声が応じた。

部屋に集っていたのはエリカ、美月、雅、雫の女子4人だった。

深雪は昨日の事で悶々としていたことと、今日はしゃぎ過ぎたことで既にベッドに入って夢の中だ。ほのかも昨日のことで寝不足であり、睡魔に負けて同じく夢の中だ。

 

「んじゃ、まず馴れ初めから」

 

エリカはマイクを持つふりをして、雅に話を強請った。

夜に女子が集まれば、話の内容は恋バナか愚痴だと相場が決まっている。

意外なことに雫も興味津々の様子だった。

 

「馴れ初めね…深雪と達也って年子でしょう?

お母様も体力的にきつかったみたいで、私の家に達也が預けられることが多かったの。」

「へー、じゃあ幼馴染ってこと?」

「そうとも言うわね。小学校になってからは、連絡は取り合っていたけれど年に数回会う程度よ」

 

ふむふむとエリカと雫は頷いていた。

 

「生まれながらの婚約者って言っても、雅は達也君のどこに惚れたの?

幼馴染から男子として意識するようになったのはいつ?」

「あんまりいつからとか、明確にはないかな?気が付いたら好きだったってことなんだと思う」

「なんだか素敵ですね」

 

美月の言葉に雅はありがとうとお礼を言った。

美月自身、自分が恋愛の話を振られることは苦手だが、興味がないわけでもなかった。

特に純愛と言うものは憧れるし、身近に恋人同士である雅と達也話は興味があった。

 

「じゃあ、もうちょっと際どい質問しちゃおうかな。ズバリ、ファーストキスはいつ?」

「エ、エリカちゃん」

「あ、私も気になる。そもそも達也さんってキスするの?」

 

真っ赤になる美月とは対照的に、雫とエリカは前のめりになって話を聞き出そうとしていた。

今までの質問は特に顔を赤らめることなく答えていた雅は流石にこの質問には頭を悩ませていた。

 

「答えなきゃダメ?」

「うん」

「聞きたい」

 

エリカと雫は即答だった。

あの淡泊な達也が雅と深雪だけに対しては甘い。

しかも雅とは婚約者であり、雅は実家が京都なのにわざわざ一高を受験したほどだ。

これで達也がなにもしていないとは言えない。

むしろこのような美人を目の前にして何もない方がおかしい。

 

「あんまり言いたくないけど、事故なの」

「へ、事故?」

 

渋々口を開いた雅にエリカは思わず聞き返した。

 

「組手をしているときに私がバランスを崩して、倒れ込んで、ぶつかったって言い方の方が合ってるのかな」

「・・・なんか、一昔前のラブコメみたいな展開ね」

「むしろ少女マンガだと思う」

「それね」

 

苦笑いを浮かべるエリカに雫がぽつりとつぶやいた。

表情が分かりにくいが、雫も少し意外に思っているようだった。

 

「んで、ファーストキスはともかく、普段から達也君はキスとかしてくれるの?

むしろもう全部美味しく頂かれちゃった?」

「エリカちゃん、それは流石そこまで聞くのは良くないよ」

 

美月は顔を赤らめながらエリカを諌めていた。

結婚前に婚前交渉をしない女子が増えたとはいえ、女子高校生であればその手の話にも興味が出てくる。それが朴念仁と言われる達也だろうが、清純そのものに見える雅だろうが気になるものは気になる。

 

「私今朝見たよ。達也さんがぎゅーって抱きしめてたよね」

 

雅が答えるより早く、雫が爆弾を投下した。

雅が思い出していたのは今朝のこと。

あれを見られていたのかと思うと、雅は顔に熱が集まった。

昨日抱えられているところを友人たちに見られたのは、まだ仕方ないと自分を言い聞かせることができる。しかし、今朝の事は事故でもなければ怪我でもない。

 

自分から求めたわけではないが、達也は抱擁なら厭うことなくしてくれる。

応えられない代わりに、慰めであるかもしれないが、雅はそれ以上を望まないようにしていた。

雅は赤く染まった顔を抱きかかえていたクッションに埋めて隠した。まさか見られていただなんて露にも思わなかった。

 

「海に飛び込んで泡と消えたい」

「人魚姫みたいなこと言わないでよ」

 

ケラケラと笑うエリカはこの調子だとキスまでいっているかすら怪しい雰囲気だと思った。

 

そうして二日目の夜は更けていった。

 

 

 

 

一方、そのころの男子部屋でも似たような話題となっていた。

 

「なあ、達也。ぶっちゃけ雅さんとはどこまで進んでんだ?」

「ぶっ!!」

 

レオの直球の質問に幹比古は飲んでいるお茶が気管に入り、咽ていた。

男子も3人で部屋に集っていた。正確にはレオに誘われて、夜更かしをしているという言い方が正しい。

 

「それを知ってどうするんだ?」

 

達也は呆れたようにため息をついた。

この手の類は先輩方からも受けてきたが、いざ友人にも聞かれると返答に困った。

 

「どうするっていうか、単なる興味だ」

 

レオはしれっと言い放った。

 

「実際、達也と雅さんの婚約はなにか理由があるのか」

 

雅は日本有数の名家の出であり、魔法師のコミュニティ以外からの婚姻申込みも多いらしい。

それが生まれながらにして婚約とは意図があっても不思議ではなかった。

 

「好奇心は猫を殺すぞ」

「退屈は人を殺すぜ?」

 

達也の鋭い視線に飄々とレオは応えた。

伊達に幾度か危ない場面を切り抜けたことがあるため、肝は据わっていた。

 

「母親同士が友人で、予定日も近かったから男女であれば結婚させようと約束していたらしい」

「一昔前のドラマみたいな展開だな」

 

レオは今時そんな珍しい婚約もあるのだと意外な気持ちだった。

一方の幹比古は達也の答えだけでは足りない気がしていた。

古式魔法の大家。神職としても高位にある九重が母親同士の約束だけで婚姻を決めるということは、疑問が多すぎた。

 

「んで、幼馴染だったんだろう。どこまで進んでんだ?」

 

レオの目は答えるまで逃がさないぞと語っていた。

なぜこうも人の恋愛事情が気になるのか達也にはイマイチ理解できなかった。

 

「幹比古、女性が神職としてあるための一般的な条件はなんだ?」

 

幹比古は不意に問いかけられ、一瞬肩を上げた。

 

「えっと、現代は昔の決まり事とは違うだろうけれど、未婚の女性であることだよね」

 

昔は巫女とは神に仕える身であり、神に奉仕する立場であった。

故にその身は純潔でなければならず、婚姻は愚か恋愛も禁じられていた。

現代では法律も変わり、仏教徒も神道教徒も肉食の禁はなく、婚姻の自由なども認められている。

 

「では未婚とはどんな状態を指していたか分かるか?」

「それこそ九重神宮ができたくらいの昔をいうのならば、未婚は…あ!!」

 

達也の発言の意図に気が付いたのか、幹比古は顔を赤らめた。

九重神宮は格式高く、歴史も古いため昔ながらの風習も残っている。

 

「おい、どういうことだ?」

 

一人話についていけないレオは不満げに幹比古に理由を求めた。

幹比古は申し訳なさそうに視線を達也から逸らした。

 

「つまり、その…達也が九重さんとの関係性を進ませればそれは婚約ではなく、婚姻になるっていうことだよね」

「ああ」

 

未婚とは言ってしまえば処女だ。純潔を散らすことは婚姻と同じであり、達也がもし雅に手を出せば、婚約者から晴れて夫に格上げされる。

 

レオは達也を信じられないような目と同情を込めて見ていた。

あれだけの美人がいるのに手出ししようものなら、婚姻待ったなしなのだ。

現代は女性が結婚まで貞操を貫くことは普通でも、男性は昔も今も経験のあるなしは一種のステータスだ。

ましてや達也は婚約者という将来が決められた相手がいたとしても、欲望のままに求めることはできないのだ。

 

達也は自身の性質上、そう言った欲も薄く、別段困るようなことではない。

しかし、世間一般から見れば達也の境遇は生殺しそのものであり、レオは無言で達也の肩を叩いた。

 




達也「解せぬ(´・ω・`)」

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