本屋さん四軒巡ってようやくめぐり合いました。
どうなるのかなワクワク(・∀・)→(・Д・)→((((;゜Д゜)))
翌日
九校戦は選手とエンジニア、作戦スタッフの50名程度で構成されるが、論文コンペに出場する生徒は3人。
しかし、実際に関わるスタッフ数は九校戦より多い。
魔法理論系や工作系の部活動は実験器具の準備や実験補助に駆り出され、女子有志から準備するスタッフにお菓子やお茶が振る舞われる。
同時に、部活連と風紀委員を中心とした護衛チームは有事に備えて訓練をしている。
連日の慌ただしく、騒がしい毎日の中、準備は着実に進んでいた。
中庭で準備されたテスト実験の場で、エリカ、レオ、幹比古、美月は深雪に促され、見学の輪に加わった。
エリカは足元にある見学者と実験エリアを隔てる白い円が目に入った。
およそ三メートル間隔で二重になっており、円と円の間には雅だけが立ち、実験に携わる生徒三人は一番内側の円の中にいる。
「それより、雅はなにかしているの?」
「産学スパイ対策で、実験器具やCADに向けられる外部電波の遮断をしてもらっているわ」
「それって大丈夫なの?昨日随分と大きい魔法を使ったみたいだけれど」
雅の魔法力は深雪に匹敵する。その雅が倒れるほどの魔法力を行使したとなれば、一日二日で回復するとは思えない。
展開している魔法の規模はそれほど大きくはないが、持続して使うのならばそれ相応に魔法力を使うはずだ。
「私もそう言ったんだけれど、安宿先生からはOKが出ているし、得意魔法の分類だから特に問題ないそうよ」
「ふーん」
雅の得意魔法は電子の放出系魔法。
【電子の魔女】の弟子として仕込まれたテクニックに加え、先天的に電子操作は得意魔法であるため、並大抵のハッカーが仕掛けてきたところでこの防御は崩されないだろう。
「でも、この結界は電波の妨害だけではないですよね」
幹比古は深雪に尋ねた。彼の目は特殊な物を見分けるほど優れてはいないが、精霊の感受性は高い。かつて神童とよばれていた頃を上回る力を身に着けた幹比古にとって、精霊の感知は少し集中すれば精霊の気配をつぶさに読み取れた。
この中庭は普段とは異なり、周囲に精霊の気配が一切しないことは異常だった。ましてや精霊に愛されているとしか言えない雅がいるのにもかかわらず、その場はまるで凪のようで不気味でもあった。
「念のために精霊を遠ざける術式も組んでいるそうですが、そちらは古典部の方がなさっていますよ」
深雪の視線の先に四人も目を向けると、円の外縁で不貞腐れた顔で何やら長い経典を持ちブツブツと口を動かす女子生徒がいた。
「【図書の魔女】かよ」
「うわー」
レオとエリカは揃って顔を顰めた。
「古典部の部長さんですよね。理論でも技術でも凄い方だってきいていますよ」
美月はエリカたちの反応が分からず首を傾げながら問いかけた。
「いや、凄いのは知ってんだけどな・・・」
「その凄いの方向がオカシイのよ」
図書・古典部は高校生ながらにして古典魔法の研究の筋では有名だ。
インデックスに掲載されるような魔法から、歴史の新発見まで、魔法科高校創設当時からある部活とあって名立たる賞や研究結果も挙げてきた。
しかし、ある意味忌避されるようになったのは行橋が入学してからのことらしい。
『火の巨神兵事件』と呼ばれる彼女を話題の人物にさせた事件では、100年前の某アニメに登場する兵器を模していたことからそう言われている。
化生体を使った魔法であり、火の七日間を再現するような魔法ではなかったのだが、如何せんその見た目の派手さに彼女の名は三巨頭とは別に知れ渡っている。
他にも武勇伝もあるが、ここでは割愛する。
「でもこれだけ厳重に警戒していたら、産学スパイだって入り込むすきはありませんね」
風紀委員も見物人に混じって周りに目を光らせているし、なにより深雪と雅の目の前で達也に手出ししようものならどんな未来が待っているのか言うまでもないだろう。
「まあ、物理的に手出ししてきたなら分かりやすいけれど、ハッキングや透視ってなれば感知系の能力がないと難しいからね」
エリカは仕方ないかと肩をすくめた。
「あなたたちも来ていたのね」
「あ、さーやと桐原先輩も来ていたんだ」
見学者の中で警備に回っていた桐原と壬生は一番前の見学者の列に出てきた。
「なんだ、千葉も見学か?」
「そうですけど、なにか?」
確信犯というか、からかいたがるエリカといつもそのネタされている桐原の間にはバチリと火花が散り、美月はおろおろと二人をなだめた。
「エリカちゃん、そんな喧嘩腰にならなくても…」
「そうよ、桐原君。1年生が後学のために見学するのは良いことよ。
彼女たちは司波君の友人でもあるんだし、そんなに邪険にする必要はないでしょう」
彼女からの言葉に流石の桐原も一瞬言葉に困った。
「さっすが、さーや。どっかの頭の固い人とは違って、優しいー」
それにエリカが悪乗りするものだから、彼の怒りはこみ上げてくるばかりだった。折角下手に出ていれば、この後輩は一々茶化さなければ気が済まないのだろうかと拳を握りしめた。
「千葉、てめえ。追い出されたいのか?」
「えー、私、誰がだなんて言ってませんよー」
きゃっきゃとはしゃぐ同級生と先輩を余所に、口も出さず深雪はただ達也の実験が始まるのを見守っていた。
実験の第一段階は無事終了。
湧きあがる生徒たちだったが、当事者たちはこれがまだ第一段階とあってぬか喜びはしていなかった。
まだ組み立てる器具が残っているため、バラバラと持ち場に見学者は散って行った。達也は実験結果について鈴音たちと話しており、雅は行橋と話していた。
「ん?」
エリカは雅の目が一瞬鋭く、見学者の一人に向けられた気が付いた。
その視線の先を辿ると一人のお下げ髪の女子生徒がいた。
「あの子・・・」
「おい、壬生」
偶然にもエリカと同じ女子生徒を見つけた沙耶香はその場を去る彼女を追いかけた。苦々しい顔で走り出した沙耶香はエリカと桐原も訳が分からず追いかけた。
一通り完成しているだけの実験器具の試運転を終え、私は保健室に向かっていた。
安宿教諭に許可は貰っていたとはいえ、メディカルチェックを受けることが前提となっていたためだ。私からしてみれば息をするかのように簡単な作業だったのだが、傍から見ればかなり消耗する魔法らしい。
呼び鈴を押してから入室の案内を待つ。
「あら、丁度良かったわ」
「何事ですか?」
少し間を置いて、ドアを開けて出てきた安宿教諭は少し困ったように眉を下げた。中に入ると、千代田先輩と五十里先輩、それに例の女子がいた。
「雅ちゃん、どこか怪我でもしたの?」
「いいえ。安宿教諭に来るように言われていたので」
ベッドに座っていた例の女子は私の顔を見るなり、鋭い目つきで睨みつけてきた。
「ああ、一昨日振りですね。車で迎えに来ていたのはお友達でしたか?」
彼女はハッと目を見開き、狼狽えた。
「貴女、まさか監視していたの?」
「今日もずいぶんと楽しげな玩具を預かっていたみたいですけれど、随分とお顔が広いんですね」
私がそう言うと彼女はぎりりと手を握りしめた。
彼女があの実験の最中、非合法のハッキングツールを使っていたことは感知している。
無論、結界の前では無線の電波は一切通さないから彼女の持っていた機械はただの玩具にしかならなかったようだ。
ただの学生が非合法のハッキングツールを持つには何かしら理由がある。
一学期の壬生先輩のように良いようにテロリストたちに利用されている可能性もある。追跡していた式神を通して見えたあの黒服たちもそおそらく海外の工作員か何かだ。
「それで、盗み出してどうするつもりだったのかしら?
まさか海外に高く売りつけるつもりだったのかしら」
「別に。貴女に応える義理はないですよ」
彼女は苦々しく顔を逸らした。
どうやら私の事は良く思われていないらしい。
「じゃあ、風紀委員長として聞くわ。平河千秋さん。なぜパスワードブレーカーなんてものを持っていたの?壬生さんには何かが欲しいわけではないと言ったみたいだけれど、何が目的なのかしら」
パスワードブレーカーが使えなくて逃げ出したのは知っているが、どうやらそれを壬生先輩が追いかけていたようだ。
実験の途中で戻ってきたエリカや西城君もなにやら不服そうな感じを漂わせていたから、一悶着あったらしい。
「データ自体が目的ではありません。私の目的はプレゼン用の魔法装置の作動プログラムを書き換えて使えなくすることです。
パスワードブレーカーはそのために借りました」
「当校のプレゼンを失敗させたかったのかしら」
千代田先輩の顔には怒りが滲んでいた。
彼女にとっては大切な五十里先輩の大舞台を壊そうとしていたことに腸を煮えくり返していた。手の早い千代田先輩にしてはよく耐えている方だ。
無論、私も怒っていないはずがない。
「違います。私は失敗したらいいだなんて思っていません。
悔しいけれどあの男はその程度のことあっという間にリカバリーしてしまいます。ただ、アイツに一泡吹かせたかった。何日も徹夜で作業してダウンしちゃえばいいと思ったんです。だって、アイツばかり良い思いをするだなんて許せるはずがないじゃないですか」
平河さんの目には涙が滲み、次第に嗚咽を漏らしだした。
顔を覆って泣き出す彼女に千代田先輩は困ったように五十里先輩を見た。
五十里先輩は何か考え込むようにして、ベッドの脇のスツールに座った。
「平河千秋さん。君のお姉さんは平河小春先輩だね」
五十里先輩の優しい声掛けに彼女は顔を上げた。
「小早川先輩のことを君は司波君のせいだと思っているのかい」
「だって、そうでしょう。アイツは小早川先輩の事故を防げたのに何もしなかった。そのせいで姉さんは責任を感じて…」
彼女は手を膝の上で握りしめて、私を睨みつけた。
「貴女だって見ているだけで何もしなかったくせに」
呪詛を込めたような低い声だった。
「小早川先輩のCADに細工されていたのを発見したのは九重さんだよ。彼女がいなければ本番で墜落という可能性だってあったんだ」
「発見したけど未然に防止はできなかったじゃないですか。案外貴女も大したことないんですね」
あざ笑うかのように彼女は笑った。歪んでいる。
妄執に取りつかれ、霊子は歪に黒く淀んでいる。
「もしあの事件で二人に責任があるとするならば、同じエンジニアとして技術スタッフ全員の責任だよ」
「笑わせないでください。姉さんにも分からなかったんですよ。
直前に仕込まれた魔法に勘付いたのはそこの女だけ。その後にあの男も妹のCADに仕掛けられた魔法を見破っていたんでしょう。そもそも相手の手法は分かっていたなら、予備機まで防御用の刻印を入れておくべきだったんですよ」
五十里先輩が悔やむように紡いだ言葉を真っ向から彼女は否定した。
カッとなって立ち上がった千代田先輩を五十里先輩は手で制した。
「選手の人数と競技数を考えて、それは不可能だよ」
「でも、姉はそのせいで推薦を取り消されたんですよ」
「平河先輩が推薦の取り消し?」
千代田先輩は初耳だったようで、彼女の言葉を繰り返した。
「電子金蚕の事は一般の生徒には伏せられていますよね。
小早川先輩のことは結局、平川先輩の調整技術不足ってずいぶんと心にもない言葉を投げかけられたのでしょう。箝口令も出されていましたし、反論もできず平河先輩は随分と苦しまれたみたいですね」
魔法協会に海外のスパイが入っていた事件だ。
生徒たちには箝口令が敷かれており、電子金蚕は一切伏せられている。
平河先輩は今年3年生で大学入試が控えている。
成績優秀者は学校推薦があるが、まだ推薦者は内定段階だ。
平河先輩は推薦がもらえるほど優秀だったが、現在学校を休んでいるため推薦の可能性も取り消されてしまったようだ。
「貴女に姉さんの苦しみの何が分かるのよ」
平河さんはベッドから立ち上がると、私のブレザーに掴みかかった。
五十里先輩と千代田先輩の二人で引き離そうとするが、どこにそんな腕力があったのか彼女の手は緩まない。
「アイツも貴女もムカツクのよ。何でもできるふりして、自分からは何もしない。あの人がそう言っていた。本当は魔法だって使える癖に二科生になって無能な人を嘲笑っているんだわ」
妄執に囚われ、恨みをまき散らす瞳はどこか空虚だった。
これは春の壬生先輩の一件のように催眠か何かを掛けられている可能性が高い。深く探るために手を伸ばしかけたその時、彼女の体に小さな衝撃が走った。
「はいはい、そこまでよー」
緊迫した空気とは裏腹にのほほんとした声で、平河さんの体から力が抜けた。倒れる平河さんを安宿教諭が受け止める。
「先生、安静の仕方としてはいささか乱暴では?」
「興奮して他害の恐れがあったなら仕方ないわよ」
後遺症は残らないだろうが、柔らかな顔で留める手法は少々乱暴な魔法だった。私は緩んだネクタイを締め直し、上着の皺を手で伸ばした。
「ひとまず彼女は附属病院の方で診てもらうわ。
親御さんには私から連絡しておくから、五十里君と千代田さんは準備に戻ってもらって大丈夫よ。九重さんは念のため、ちょっと残ってもらっていいかしら」
「分かりました」
先生の申し出に千代田先輩は不服そうだったが、五十里先輩に制止されそのまま大人しく退出した。
「さてと、貴方の方のチェックも済ませてしまいましょうか」
診察室に移動し、テキパキと準備をする先生の横で私は椅子に座らされて待つ。
「問題ないと思いますよ」
「問題ないなら問題なしでいいのよ。何かあってからは遅いからね」
簡易的なサイオン測定の後、いくつか問診をされたが、安宿先生はうんうんと頷いていた。
「貴女は元々サイオンの回復が早いのね。
一日で倒れるほど使っても、またほぼ最大量まで戻っているもの。
普通これだけの量を回復させるなら、少なくとも3日間安静にしていないとだめよ」
サイオン測定の結果を見るが、いつもと変わらない数値だった。
元々九重神楽の練習で、魔法を使い続けることは慣れている。
小さいころからの稽古、稽古の日々で回復力の高さだけは取り柄だった。
「『術式解体』を連発できる司波君もサイオン保有量は凄いから、二人ともそこは似ているのね」
「総量は彼の方が多いと思いますよ」
実際の測定値は知らないが、先天的に持っている量は深雪も達也も相当多い。現代魔法ではサイオンの保有量で才能の優劣は付かないが、CADの性能が良くなる一昔前なら達也も世間一般でいう『優秀な魔法師』だったことだろう。
それよりここで達也の話題が出てきたことについての方が問題だ。
「貴方たちの婚約話は私の所まで回ってきているのよ。ふたりとも上手くいってる?」
「おかげ様で、恙なく清く正しくお付き合いさせていただいていますよ」
「あら、そうなの。お互いの家にお泊りなんてしないのかしら」
のほほんとしていながら、保険医としての職務には忠実のようだ。
「深雪もいますから、時々遊びに行くことはありますよ。ただ、先生が考えていらっしゃるようなことは何も」
「司波君は自制が上手な様ね」
暗に私と達也の間に肉体関係がなかったのか確認したかったようだ。
世間一般の男子高校生はこの時期が一番昂りやすいというから、先生も少し気になっていたところなのだろう。
次兄の婚約者も未だ決まらない中で、私と達也の婚姻が先行するのは外聞が悪い。
全く興味がないのかと言われれば嘘になるが、身体を繋げることが愛の全てではない。身体だけ満たされていても、心が伴わなければ一夜の遊びで済まされる。だから自分から強請るような下卑たマネもしない。
「先生のご心配は杞憂ですよ」
「それならいいわ。いくら私たち魔法師が早婚を求められていても、困ることがあれば相談に乗るからね」
「ありがとうございます」
にっこりと笑う安宿先生は私の答えに満足した様で、そのまま準備に戻って良いことになった。
先生も職務の一環として聞いているのだが、保健室を出た後にため息をついた私も悪くはないはずだ。
その日の帰り道
西城君とエリカはいなかったが、千代田先輩と五十里先輩がいつものメンバーに加わった。平河さんの暴走について、ほのかは憤慨し、雫は驚きを通り越して呆れていた。
一方、美月と吉田君は少しだけ平河さんに同情的だった。
深雪はというと、怒りを一瞬だけ見せたものの、この程度の事で兄の成功は揺らがないと表面上は落ち着いていた。
「それなら、放っておいても大丈夫ですね。
先輩方は俺を狙った嫌がらせに巻き込んでしまい、申し訳なかったです。
セキュリティの方は無線形式のもので敗れるほど軟なものは組んでいませんし、あの場では雅もいましたから」
「いや、セキュリティは心配していないし、装置の方もロボ研と共同で監視しているから問題ないと思っているよ。ただシステムクラックが効かないとなると、彼女はもっと暴走しないかと思ってね」
五十里先輩は悩ましげに眉間にしわを寄せた。
「やっぱり平河先輩から言ってもらった方がいいのかな」
「それはあまりいい方法ではないと思います。姉妹とは言え先輩には関係も責任もありませんから。それに、ちょろちょろしているのは平河姉妹の妹だけではありませんから」
達也の言葉を受け、皆の表情が強張った。
不審な人影はないが、吉田君と五十里先輩はサイオンの微かな揺らめきを感じ取ったようだ。
「やっぱり護衛を付けるか?」
千代田先輩は感知こそできなかったが、五十里先輩の表情を見て達也の言葉に偽りがないことに気が付いたようだ。
「視線は煩わしいですが、校内では全てシャットアウトされていますし、向こうから手出しをする気配はありません。それに雅、今潰しに掛っただろう」
「あら、なんのこと?」
とぼけてみせるが、達也は戒めるように少し語気を強めた。
「今の所見ているだけだ。あまり刺激するな」
「家まで付いてこられたら迷惑でしょう」
私がしたのは上空で待機していた化生体の烏を同じく烏に擬態した式神で壊しただけだ。
現代魔法では魔法と使用者の間には逆流防止のシステムが必ず組み込まれている。しかし、古式魔法の中には術の威力を高めるために術式とのリンクを継続している場合もある。
学校を出たときから監視の目は付いてきていたので、念のために式神を放って迎撃できる態勢を取っていた。
静かに探っていれば化生体と術者の間にリンクがあったので、それを辿って術者に直接攻撃を仕掛けた。これで術者の位置も大方特定できた。
ちょっとだけ、呪詛返しのような術式も入れ込んだが精々3日寝込むようなものだ。
吉田君が何かを感じ取ったのか上空を見上げた。
「ひょっとして、あの烏かい?」
吉田君に釣られるようにして皆が上空を見上げた。
肉眼では見えにくい高度にまでいるため、私は式神に命じて近くの屋根にまで降下させた。
「良く見えましたね」
「いや、なんとなくだけど・・・・」
吉田君は目を白黒させながら私の作った式神を見ていた。
彼が使う式とはまた術式が異なるため、興味があるのかもしれない。
「やっぱり、司波君の護衛に雅ちゃんは付けましょう」
千代田先輩が改めてそう言った。
「感知できるのが雅ちゃんしかいないなら、なおさら付いてないとダメでしょう」
「ですが」
「お兄様、ぜひお姉様に護衛についてもらいましょう」
千代田先輩の発言を深雪は嬉々として肯定した。
「相手が素性も分からない敵で、古式魔法を使ってくるのだとしたらお姉様がいてくださったなら万全です。勿論、お兄様が十分御強いことは知っておりますが、お姉様も揃えば発表までの護衛に死角はありません」
深雪の思惑としては、少しでも私と達也が一緒にいる時間を増やしたいのだろう。
私のシフトには主に市原先輩の護衛が含まれているため、最近は一緒にいる時間も減ってしまった。それを危惧してか、気を利かせてか、一緒にいるための口実を作りたいのだろう。
「よろしく頼む」
「はい」
達也は深雪のお願いとあってか、はたまた煩わしい監視の目に辟易していたのか、千代田先輩の提案に乗ることにした。
後で深雪にはケーキでも買ってお礼をしなければと私は緩む頬を堪えようとしていた。
京都
薄暗い畳張りの巨大な部屋は薄暗いろうそくの明かりだけが揺れていた。
上座には九重の当主が座して集まった者たちを見渡していた。
続いて左には天から授けられたごとき美貌を持つ美麗な青年、九重悠
右には無骨ながらに腰の落ち着いた青年、九重煉太郎が座していた。
下座には屈強な面持ちの男達や、優男、華奢な女性、老齢の者など、およそ少年少女以外の者は一通り揃っていた。
年齢に共通点はないが、一様に皆現代では見かける機会も減った和服姿だった。
「やれやれ。我が妹は相変わらず甘いな」
悠は妹の緩んだ表情を思い出し、笑みを浮かべた。
彼が持つ異能【千里眼】は京都と東京間という短い距離をいとも容易く全てを見通すことができた。
春の一件も、夏の九校戦もモニターなど見なくても彼にとってはどこで何が起きているのか知ることはそれこそテレビのチャンネルを切り替えることと変わらないくらい簡単なことだった。
「泳がせていた獲物はそろそろ釣れるのだろう」
「藤林の御嬢さんは狐狩りをしてくれるそうだよ」
煉太郎が渋い顔で聞くと、悠は楽しげに和服の袖で口元を隠した。
その目はにんまりと笑っており、見慣れているはずの下座にいる者たちでさえ言い知れない恐ろしさを感じた。
美麗なものが怒ると怖いとは昔から変わらない教えらしい。
冷や汗をかく重臣たちはそれを紛らわせるかのように口を開いた。
「さっさとこちらで巣穴を潰してしまえばいいものを、相変わらず政の人間は保守的だ」
「表で片づけられる敵は大人しく表の人間に任せればいい。
それにある程度危機感がないと動かないものだ」
「確かに痛みを知らぬ若者にはいい薬になるやもしれんな」
「だが領域を荒らされたとあってはあちらの面目もあるまい」
ここにいる者たちは10月30日
横浜で行われる論文コンペディションで何が起きるのか“知っていた”。
「事実ここが大きな転換点になるでしょう。世界のパワーバランスが大きく崩れるほどに」
静かに悠の声が重臣の間に広がった。
「ほう。やはり嵐の目はあの小僧か」
「ええ。そのための我が妹です。ああ。この一件に関してはあの方の了承も得ています」
“あの方”という言葉に一同が反応した。
皆、嬉しそうに目を輝かせた。
「それならば久々に暴れられると言うものだ」
「これだけ揃うことは珍しいですねえ。前は沖縄と佐渡でしたか」
「中華街も一緒に潰して膿は出しきったほうが良いのではないか?」
血気立つ臣を抑えるように上座から声がかかった。
「あまり性急に進めてはこちらが目立ちすぎる。我らの任の領分は弁えておけ」
「けれど中華街に飛び火してもこの場合、怒られはしませんよねえ」
にやにやと何かをたくらむ様子の眼鏡の男に当主は本来の目的から外れなければ構わないと許可を出した。
「して、若様よ。紫の上は見つかったのかな?」
悠の祖父より高齢の男性は笑みを浮かべながらも、腹の中では自分の孫を悠の妻にと長年進めてきていた。
他の者たちも次期当主の伴侶として、家柄も魔法力も相応しい者を一族から選り抜いてきた。
現当主の妻は全く一族とは関係ない関東の人間であり、婚姻を目論んでいた者たちにとっては苦杯を飲んだ経験がある。
次代こそはと機を狙っている家は少なくない。
悠は愛おしげに笑みを浮かべた。
「迎える手筈は整えておりますよ。今は少しずつ思いに色を付けているところです」
【千里眼】の相手は【千里眼】自身が見つける。
運命の赤い糸も、運命を結ぶ糸も自ら見つけ出すのが【千里眼】の役目だ
20年を過ぎても相手を見つけない次期当主に分家の老人たちはしびれを切らしかけていた。
「それは僥倖」
「おや、それはどこのお嬢様でしょうか」
「いつまでも次代様が独り身では私どもも落ち着いて腰を据えられません」
「あの方もお楽しみでいらっしゃることだ」
しかし、腹の内ではどこの娘か皆探りを入れていた。
次期当主と恋仲だと言う噂はいくつも上がっても、それは周りのでっち上げに過ぎない。
突然の発表に焦りを出さなかっただけ、ここにいる者たちの面の厚さがうかがえる。
「そう遠くないころに、皆さまにもお伝えいたしましょう」
不敵に愛おしげに笑う悠にいよいよ本格的にこちらも忙しくなると重臣たちは新たな策を巡らせていた。
・
感想・評価、毎回読ませていただいています。
嬉しいご意見、厳しいご意見、全てありがたいです。
お返事は申し訳ないのですが、希望者のみにしたいと思います。
予想以上に忙しくて、中々時間も取れない状況です。
誤字・脱字の指摘もあればお待ちしております。