恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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感想、評価きちんと読ませてもらっています。
全てにお返事はできませんが、質問、誤字などありましたら、随時よろしくお願いいたします。




横浜騒乱編4

いよいよ論文コンペの当日となった。

風紀委員として警備隊に組み込まれているのだが、私の持ち回りは会場警備ではなく、達也の警護役だ。

 

会場は十文字先輩を中心とした総合警備隊が警戒に当たっている。

会場の見回りは良いのかと聞いたのだが、煩わしい輩に声を掛けられるよりは司波についていろと十文字先輩直々に言われた。

九重である私が他校生から声を掛けられるのを予防してくれたのだろう。

 

意外にも細かい気遣いのできる十文字先輩に感謝しつつ、私は朝8時から達也たちと会場入りしていた。一高のプレゼンは15時からだが、達也と五十里先輩は実験器具などの警備も含めて早めに会場入りしている。

 

一旦、五十里先輩たちと合流した後、私はロビーで待ち合わせをしていた人物と顔を合わせた。

 

「響子さん、おはようございます」

「おはよう。元気そうで何よりだわ。仲良くやっているようね」

「お蔭様で。先日は狐狩りもお疲れ様でした」

 

響子さんは満足げに笑った。

呂という大きな獲物も捕まえたことで、大よそにして満足のいく狩りだったのだろう。

 

「そこは追い詰めてくれた猟犬に感謝しないとね。今日も真面目にお仲間を引きつれてきてくれたみたいよ」

「あら、それは心強いですね。それに今日は兄二人も来ているんです」

 

正規の警備隊以外に、武装した警察官の姿もあったため、準備は万端のようだ。

兄上が軍に侵攻作戦の事をリークしているのもあり、打てるだけの手駒は動かしてきているようだ。

 

「煉君も悠君も来ているの?」

 

声こそ大きくはなかったが、響子さんは驚きに目を見開いた。

 

「ええ。“仕事”の関係で立ち寄るそうですよ」

 

響子さんは一瞬。緊迫した雰囲気を漂わせた。

兄二人がこの場に来ることの意味を彼女も知っている。

彼女の頭の中にはもしかしたらの杞憂や、念のための保険を使うことになる未来が描かれているのだろう

 

「貴女もお手伝いを?」

「ええ。これでも仕事の端くれは任されていますから」

 

第三者が聞けば、文字通り表の神職としての仕事関係にしか聞こえないだろう。

響子さんは心配そうに眉を下げた。

彼女は【四楓院】も【千里眼】の役割を知っている。

私の身の心配もあるだろうが、これから起きることを案じているのだろう。

 

「九重周辺が騒がしいって聞いたら、ついに紫の上が見つかったって言うじゃない。

しかも京都に続き、こっちも慌ただしくなるのね」

 

響子さんはため息交じりに愚痴をこぼした。

【千里眼】の婚姻はその眼を持って、本人が決定する。

その決定は同じ【千里眼】を持つ者しか異を唱えることができない。

兄の言う紫の上が誰なのか、私にも聞かされていない。

まだあの様子では相手にも伝えていない事なのだろう。

 

「兄はいつも唐突ですから」

「まあ、悠君の事はさておき、二人は控室かしら?」

「ええ」

 

響子さんは軍の技術士官という肩書があるため、九校戦で見事な活躍をした達也を訪ねても問題はない。それに、私が仲介に入れば達也と同じ一高に通う血縁を頼って来たというそれらしい体面もできる。第三者からは青田買いに見えるのだろう。

 

こちらを盗み見る人影にちらりと視線だけを動かした。

 

「彼女には私からお話ししておくわ」

 

響子さんは気にすることはないと視線も動かすことなく、そう言った。彼女も軍人、盗撮されていたことには気が付いていたようだ。

 

「顔見知りの私の方がいいのではないですか?」

「大丈夫。ちょっとお灸をすえるだけよ」

 

そのお灸が火傷にならなければいいが、好奇心で怪我をするなら自業自得だろう。

私と響子さんは達也と深雪の待つ控室に入った。

 

 

 

 

 

 

響子さんとの話し合いを終え、ホールへと向かった。

響子さんからもたらされた情報はほぼ兄から聞いたものと相違なかった。数日前に兄が情報をリークしているため、霞が関も魔法協会も今頃大忙しだろう。

 

響子さんも要点だけ話すと、早々に通信用の個室に入った。

兄が来ていることを含め、現在の状況を風間少佐に伝達するのだろう。

緊張していても私にできることは現時点ではなく、時間が来るまでは九重雅として警備にあたることにした。

三人でロビーを歩いていると前に一条さんと十三束君が見えた。

 

「司波さん」

「一条君」

 

後から呼び止められ、足を止めると一条君は深雪を見つけると花が綻ぶように笑った。腕には『警備』の腕章が付けられており、総合警備隊の一員だと分かる。

 

「お久しぶりです、司波さん。後夜祭のダンスパーティ以来ですね」

 

深雪に会えたことの嬉しさと、少しだけ緊張を含んだ声だった。

ここまでくればもう確定だろう。

 

私はちらりと達也と目を合わせた。彼も深雪に向けられている感情を理解している様だが、よくあることなので今のところは静観している。

 

「ええそうですね。ご無沙汰しております」

 

深雪はにっこりと笑顔を作ったが、どこか雰囲気は冷ややかだった。

彼女は私が一条君と踊ったことがあまりお気に召さなかったようで、どこか態度は素っ気なかった。

一方、一条君も出し抜かれて魔法を使われたことが苦い思い出となっていたのか、一瞬だけ渋い顔をした。

 

深雪は苛立つ気持ちを隠して、完璧に微笑んだ。

 

「会場の見回りですか?」

「え、ええ」

 

だが、恋は盲目と言うべきか、恋愛経験が少ないと言うべきか、一条君は深雪の微笑みに顔を赤らめていた。

それこそ、絶世の美丈夫と名高き兄と一緒に暮らしている同姓の私ですら見惚れる美貌だ。その微笑みたるや、淡い恋心には強烈だったのだろう。

 

「一条さんが目を光らせてくれるなら、より一層安心です。よろしくお願いしますね。十三束君も会場の警備、頑張ってくださいね」

「は、はい」

「ありがとうございます」

 

二人は揃って背筋を伸ばした。

どうやら、深雪の発破は年頃の少年たちには刺激が強かったようだ。

 

 

 

 

 

午後を前に市原先輩、七草先輩、渡辺先輩が会場に到着した。

本来であればもう1時間ほど遅い時間の予定だったが、事態が変わったらしく、早めに来たそうだ。

 

彼女たちが早く来た理由は関本先輩の一件にあった。

論文コンペの準備中、風紀委員の関本先輩は達也を睡眠ガスで眠らせ、論文のデータを盗もうとした。幸い未遂に終わったが、教職員推薦の風紀委員が犯した失態に教員たちは頭を抱えていた。その関本先輩の尋問を今朝行ったそうなのだが、どうやら彼も平河さんと同様に対外勢力の手が入っていたそうだ。

 

今後の襲撃の可能性も含め、十文字先輩は会場の警備隊に防弾チョッキの着用を指示した。

私と千代田先輩は警護役のため、防弾チョッキの着用はないが、CADを待機状態にしておくよう指示された。

 

 

 

 

 

今回の注目は基本コードの発見で研究筋には名の知れた吉祥寺君だが、一高も三大難問に取り組むとあって注目度は高い。

 

論文の発表は市原先輩。

実験機器の操作は五十里先輩が行い、達也は裏でCADのモニターの切り替えを行っている。

私と千代田先輩はそれぞれ下手と上手で警備についている。

魔法協会のスタッフが発表者たちが不正をしないように裏からも監視しているが、三人は緊張もせず着実に発表を行っていた。

 

 

 

30分間の発表は無事に、終わった。

継続的熱核融合へのこだわりを捨て、断続的核融合炉の実現は『ループキャスト』によって実現された。革新的な発表を行った市原先輩に会場から惜しみない拍手が送られた。

拍手を一身に受ける市原先輩は何時ものクールな表情は崩さない中でも、誇らしさがにじみ出ていた。彼女にとって夢ともいえる道のりに着実に歩みを進めていた。

 

 

時計を確認すると、もうじき時間だ。

会場は10分の短い間にデモ機の入れ替えが行われている。

この10分が一番スタッフにとっては忙しい時間になる。

 

「達也、先に出ているわね」

「ああ。こっちは大丈夫だ」

 

一瞬達也の手が私を引きとめるかのように、ゆるく触れた。

瞳が一瞬揺らいだように見えたが、私は気が付かないふりをして微笑んだ。

 

「深雪を、みんなをよろしくね」

「………ああ」

 

言いたい言葉を押し込めて達也は首を縦に振った。

その様子は、まるで私が彼に愛されているかのような錯覚を覚える。

 

彼が本当に深雪だけしか世界にいらないのだとしたら、きっと彼は私を喜び勇んで送り出すはず。私が敵を屠れば屠るほど深雪の安全は守られる。

まるで私の身を案じる様子は、少なくとも彼の世界に私という存在は少しでも色を残せているのだろう。

 

これから血だまりの世界に身を投じると言うのに、私の心はそれだけで天にも昇る思いだった。

 

かつて文豪はI Love you.を『私、死んでもいいわ』と訳した。

彼の貴婦人は将来を誓った相手に『今日を限りの命ともがな』と詠った。

今ならその気持ちも解る気がした。

こみ上げる思いを振り切るために私は彼に背を向けた。

 

 

 

 

認識阻害の術を掛けながら控室に入った。それと同時に、人除けの結界を張った。

既にプレゼン最後の三高を残すだけであり、控室は無人だった。

 

ロッカーに隠していたアタッシュケースを開け、戦闘服に着替える

防弾用のインナーは着てきている。

防弾チョッキとプロテクターを付け、上から家紋の入った白い羽織を着こみ紐を結ぶ。

羽織には魔法が掛りやすくなる刻印が刻まれており、薄い布に見えて魔法師が使えば高度な鎧となる。

 

左耳に無線端末を装着し、最後に鬼の面をつければ、四楓院家守護職【鳴神】になる。

 

 

時計を確認すると15時35分。

あと2分ほどでこちらにも攻撃の部隊が到着する。

戦地に立つのはこれが2度目だ。

国内の小競り合いには混じったことはあるが、侵略者との戦いは3年前の沖縄戦以来だ。

そっと面の下で目を閉じて、息を整える。

 

“彼女”が相当お怒りなのか、精霊たちが殺気立っている。

 

あと1分

再度、装備した拳銃型のCADを見つめる。

ここに入っているのは人を殺すための術式だ。

私に授けられた四楓院家の秘術

“彼女”の力の権化

それを使うことの意味と重さは理解している。

 

引き金を引くことにためらいを覚えてはいけない。

容赦などしたらこちらが命を落としてしまう。

残り30秒

 

『パレード』を展開し、短髪の青年をイメージする。

これで誰も私だと気が付かない。

 

CADの安全装置を外し、轟音と共に私は外に飛び出した。

 

 

 

協会から手配された正規の警備員たちは対魔法仕様のパワーライフルで次々となぎ倒されていく。訓練は所詮訓練かと、思った以上に使えないと心の中で悪態を付きながら遠距離からライフルを撃ち落としていく。

ライフルを暴発させたため、何人かは指や腕がちぎれていった。

上がる悲鳴を余所に、私は腰に差した脇刺しを抜き、ゲリラの頸動脈を切り裂いた。

鮮血が降り注ぐ前に、次のゲリラに突進する。

ゲリラは恐怖が浮かんだ顔でコンバットナイフを出してきたが、第三者によって後ろから心臓が串刺しにされ絶命した。

 

混乱を極めた残り5人ほどの敵に照準を定め、高圧電流を流し込んだ。

ものの数分で敵はいなくなり、ロビーには血の海が広がっていた。

 

私は援護をしてくれた相手を振り返った。

 

「表の掃除は終わったぞ」

 

余裕の表情で薙刀を担ぐ兄がいた。

彼も私と同じように四楓院家の紋が入った羽織と仮面を着けている。

 

「何人か通している」

「そりゃ、お前の手柄がないとだめだろう。ついでに肩慣らしだよ」

 

薙刀に付いた血を払い、兄は仮面の下で淡々と指令を出した。

 

「正式に命が下った。指令は魔法協会並びに魔法師の保護、それと外敵排除だ」

「了解」

「相当、お冠だぞ」

 

仮面の下でも兄が苦笑いを浮かべているのが分かった。

 

「援軍でも寄越してくれるの?」

「さっさと夷狄(いてき)を片付けろ、だとさ」

「そう言う事か」

 

それが“あの方”の意思ならば仕方がない。

臣下としての役目を尽くすのが守護職の務めだろう。

 

ロビーからコンペ会場の外に出ると、ミサイルが飛んできていた

兄は空中でそれを全て爆破させる

私は破片がこちらに飛んでこないように障壁を展開した。

煙が晴れるとあちらこちらから火の手の上がる街の様子が見えた。

 

「そうは言っても、しっかり加護は付けてくれたぞ。ついでに、京都にも工作員が向かっていたんだが親父らと鬼子もいるぞ」

「それは不運ね」

「こっちも10人規模で守護職を用意している。軍が掃討作戦に移るまでが仕事だな」

 

既に軍と警察に根回しはされている。

正規部隊が到着するまでが私たちの仕事。

一番の危機さえ乗り越えれば後は物量にものを言わせた炙り出しだ。

 

「状況は前に説明したのと大差ない。ゲリラを含め、1000人規模の攻撃だ。

ある程度、情報はリークしていたがまだ潰しきれてないな。

港の警備も提言はしたが、袖にされた結果だ。小笠原周辺で待機していた追加兵は既に駆逐したと報告が入った。こりゃ、今期政権も危ういな」

 

四楓院家の千里眼は文字通り、未来さえ予知できると言われている。

この状況になる前から、既に潜伏していたゲリラは公安を使って内々に排除していた。

それでも敵兵が減って1000人単位とはこれは骨が折れそうだ。

兄は軽口をたたいているが目はしっかりと追加兵に向いていた。

ロケットランチャーまで持ち出してきたが、兄は銃口の長い特化型に持ち替えて次々と爆破させていく。

 

「それで、本命は?」

「狙いは魔法士協会と今いる雛鳥たち、本命は協会の情報だな。そっちもウチの人間が入っている」

 

こちらに向けられた部隊は片づけた。

会場も混乱しているだろうが、中は中で優秀な人がいるため落ち着いて行動しているだろう。

深雪たちが心配だが、それに後ろ髪を引かれている場合でもない。

自己加速術式を使いながら移動し、攻撃してくるゲリラ兵を絶命させていく。

 

「あと、一個制御を外していいと許可が下りた」

 

二人で自己加速術式を停止し、足を止める。

そこまで許可が出るとは驚いた。

 

「親父と嵐さんが公安と政府にキレてたぜ」

 

一旦、二人でビル影に身を潜める。兄は数珠を手に持ち、私の額に手をかざした。

 

『“封じられしイザナミの系譜の力よ。雷獣の角、今ひとたび解き放たれん“』

 

封印媒体に使われていた黒い数珠がはじけ飛んだ。

抑制されていた魔法力の枷が外れ、身体が軽くなる。

同時に地の底から湧き上がる様な怒気を感じた。

この様子なら敵は無事に地獄へ行くことすらできないのだろう。

 

『やっほー』

 

気の抜けた声が無線機から聞こえてきた

 

「兄上…」

『戦況はこちらから随時伝えていくね』

 

私の呆れ声を諌めるように、語尾に星でも飛んでいそうな場違いな明るい声だった。

この状況下で呑気なものだと驚きを通り越して呆れていた。

だがこの余裕も彼の目があってこその態度なのだろう。

 

『とりあえず、【鳴神】は直進。市民の保護が遅れている。

(ほむら)】はそのビル周囲のゲリラ排除を任せる。

高校生たちの保護は対応済みだから問題ないよ』

 

 

【焔】は長兄の仕事名だ。彼もまた彼女に与えられた戦うための術式を持っている。

 

会場に残る友人たちの姿が一瞬脳裏に浮かんだ。だが会場に残された高校生たち、とくに一、二、三高には対人戦闘にも慣れた精鋭が揃っている。武装したゲリラだろうが、魔法師だろうが、身に降りかかる火の粉くらいはふりはらうことができるだろう。

納得させるだけの理由を頭の中で思い浮かべ、焦れる心を押さえつけた。

 

 

『こっちで防衛ラインと全体の指示はするよ。サトリが援護射撃もしてくれるから、背中は任せてね』

「「了解」」

『さあ、ここがどこの土地か分からせてやろうか』

 

無線越しに聞こえた兄の声は楽しげな声色の裏に怒りを孕んでいた。

 

兄の言葉と共に、精霊たちが私たちの周りに付き従う。

これも彼女から与えられた加護なのだろう。

 

私と兄はそこで別れ、敵の殲滅に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三高は会場から少し離れたバスの駐車場に来ていた。

日帰りできるようにバスを手配していたのが功を奏したのか、シェルターや避難船より近い位置にバスは置いてある。

 

だが、相手のロケットランチャーがバス後方に当り、タイヤはパンクした。幸いにして軍用車両と同じ素材を使っているバスは多少のダメージを負ったものの、運転は問題なく行える。

吉祥寺を指揮官として急いでタイヤの交換を行っている最中、一条はまさに敵を殲滅する勢いで攻撃をしていた。

 

 

「一条、少しは手加減しろ!!」

「黙ってください、先輩」

 

三高はバリケードを築きながら敵に応戦していた。

特に前線で敵を率先して屠っていたのは十師族が一角、一条家次期当主である一条将輝だった。

 

一条家の代名詞であり、秘術とされる『爆裂』

対象物の液体を一瞬で気化させる魔法。

気化した血漿は筋肉と皮膚を突き破り、鮮血を散らす。

真っ赤な花を躊躇いなく引き金を引いて作り出す一条将輝の横顔はまさしく戦争を経験した戦士だった。クリムゾンの真の意味をしった三高生も敵もまた一人、二人と士気を大いに下げ、前線から離脱していった。

 

「止めなくていいぞ、一条」

「上杉先輩」

 

そこにただ一人一条の隣に立つ生徒がいた。

先輩の意地か、それとも実戦経験があるのか、一条にはどちらでもよかった。

 

「そこまで得意じゃないが、援護してやる」

「ありがとうございます」

 

将輝が使っている術式が液体を沸騰させる術式と判断できた者がいたのか、相手は早々に攻撃方法を切り替えてきた。

実体はあるが、生き物ではない。

想子をベースに作られた幻影を術者が展開し始めた。

幽鬼とも呼ばれるそれらは、大陸の精霊魔法の流儀を組んでいる。

 

「ここが、大陸でなくて残念だったな」

 

幽鬼隊で攻撃を繰り出してきた相手に、上杉は懐から経典を取り出す。

詠唱より作り出された領域は魔法の展開そのものを阻害し、化生体を霧散させた。

 

「干渉力の領域展開じゃないですよね」

「説明求めんな。敵に集中しろ」

 

一条の問いかけに、上杉は次の詠唱を開始した。

幽鬼隊も阻まれたことで敵に焦りが見え始めた。無線で何やら指示を仰いでおり、援軍を呼ばれても厄介だと一条は早々に決着をつけることにした。

 

たかが高校生と舐めていたゲリラたちは焦りを覚えていた。

援軍を呼ぶために無線を繋いだが、電波が悪いのか通じない。

そうしている内に敵は体が熱いと感じ始めた。喉の渇きを訴え、痛みを感じるころにはすでに遅く、次々と地面に倒れていった。

 

『叫喚地獄』と呼ばれるその魔法は分子を加速させ、液体の温度を徐々に上昇させていく魔法だ。蛋白質は変性すれば元には戻らない。茹で卵が生卵に戻らないのと同じ原理だ。

情報強化の防壁を持たないただの兵士はあっという間にその数を減らした。

 

残った魔法師に将輝が照準を定めるより早く、敵は遠方からの狙撃で心臓ごと打ち抜かれた。

 

「どこから…」

 

一条はその狙撃に目を見開いた。

情報改変の気配は感じたが、援護射撃だとしても遠すぎる。

少なくとも肉眼が捕えられる位置にはいない。

味方か敵かも分からない攻撃に一条は緊張を強めた。

 

「目に見える敵はひとまず片づけた。さっさと撤退するぞ」

「俺は残ります。」

 

上杉の提案を一条は敵のいた場所から目を逸らさず首を振った。

 

「なんでだよ、将輝!」

 

バスの修理を終え、一条たちを呼びに来た吉祥寺が叫んだ。

 

「ジョージ。俺は一条家次期当主として、十師族として魔法協会に対する責任があるんだ。

ジョージは皆を連れて撤退してくれ」

「僕も残るよ」

 

食い下がる吉祥寺に一条は振り返りすらしなかった。

 

「まだあの攻撃が援護と決まったわけではない。

ジョージがいれば俺も安心して義勇軍に参加できる。上杉先輩も三高をお願いします」

 

「いくぞ、吉祥寺」

「上杉先輩!」

「見誤るな。お前が判断を遅らせれば巻き込まれるのは他の生徒だぞ」

 

温和な上杉の一喝に吉祥寺は言葉に詰まった。

確かに、ここで意地を張って言い合っても三高の生徒を危険に晒すだけだ。

吉祥寺はそれを良く理解している。

自分の我儘と親友の信念。

戦場の中でもそれを判断できるだけの理性は残っていた。

 

「必ず、勝って帰ってきてよ」

「ああ。みんなは任せたよ、参謀」

「分かったよ、将輝」

 

自分に背を向け、戦場に目を向けたままの親友の背中に吉祥寺は語りかけた。

親友から託された役目を果たすため、吉祥寺はバスに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一条将輝が義勇軍に加わる少し前の時間

達也は風間少佐率いる独立魔法大隊に出動を命じられ、完成したばかりのムーバル・スーツに着替えた。

防弾、耐熱、緩衝、対BC兵器仕様に加え、簡単なパワーアシスト機能の付いたそれは達也が設計したものだ。

ベルトのバックル部分に装着されたCADには7月に完成した飛行魔法の術式も組み込まれ、移動は元より空中からの狙撃も可能となる。

達也は自分が設計した以上の出来栄えに対して、製作に当った真田を賞賛した。

 

一通り満足げに握手を交わした真田に時間がないと風間は目で諌め、本題を切り出した。

 

「既にイザナミ部隊がかなりの数は減らしている。

【千里眼】から入電が入り、義勇軍の指揮は彼が取ることが決まった。

特尉は柳と合流してくれ。現在、水穂埠頭で敵と交戦している」

「了解しました」

 

達也はバイザーに柳の位置情報を呼び出し、トレーラーの外に向かった。

 

「特尉、“あの子”も出ているのか」

 

達也が飛行ユニットを起動させる前に、風間が渋い顔で声を潜めて達也に尋ねた。

 

風間の言葉が誰を示しているのか、達也は直接的な名を出さなくても理解していた。

 

風間がコンペの発表会場に現れ、状況を説明したあの場に雅の姿はなかった。八雲を師とする風間と雅は兄妹弟子の間柄になる。

それこそ彼女の事を年端もいかない幼いころから知っている風間からすれば、年齢的にも娘を戦地に送り出す心境なのだろう。

 

「それが【四楓院】ですから」

 

達也は自分にも言い聞かせるように、小さくそう言って飛行CADを起動させた。深雪の身の安全は達也の守護によって守られている。それはどれだけ距離が離れようと、干渉力の制御を外された今でも働いている。

 

しかし、達也には【千里眼】のスキルはない。

雅の身の安全は案じることしかできないのである。

達也は迷う気持ちを振り払うように飛行速度を速めた。

 

 

 


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