恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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あの日の茜色の空は血の色によく似ていた。



横浜騒乱編5

戦場に立っていると言うのに私の頭はやけに冴えていた。

躊躇いもなく敵を屠る。

背を向けた相手すら容赦はしない。

 

肉の焦げる臭い

硝煙の臭い。

真っ赤な血と真っ赤な炎

響く雷鳴と絶命の声

銃声にかき消された恐怖の声

畏れ、慄き、怒り、恨み、嘆き、悲しみ、そして息絶えていく。

呆気なく消えゆく命に何の感傷もなかった。

 

『直立戦車が来るよ。剪紙成兵術とソーサリーブースターの併用だから、手強いよ』

「了解」

 

無線で受け取った指示で、ビルの屋上へと駆け上がる。

敵との距離はおよそ100m

相手が視界に入ると同時に、発生させた静電気を直立戦車を天から頭上に向かって打ち抜く。

直径2mほどの穴が開き、直立戦車はその動きを止めた。

 

『お見事。だけどちょっと威力が大きいね』

「感覚が合わない」

『ずっと封じていた反動で持て余しているみたいだね』

 

私の力は、父と二人の兄によって封じられている。

深雪が達也の力を抑えるために約半分の魔法力を割いているのとは違い、私の力は単にコントロールが未熟なせいだ。およそ10年前、京都一帯を原因不明の停電事件にして以来、私の身に余る力は危険なものとして判断された。

今はその枷も一つ外され、更に土地の加護を全面に受け、力が溢れている。

 

ビル影からこちらにロケットランチャーを構えているゲリラが見えた。

敵に姿を見せるなんてお粗末なものだと、CADの引き金を引いた。

途端に体を痙攣させ、泡を吹いて倒れた。

 

自然界で電離は発生しやすい。人体もまた電気信号によって機能している。加えて人体のおよそ6割は水分であり、通電性は高い。外部から強烈な電気を流してしまえば、神経系に大ダメージを与えることができる。

 

しかもここは田舎の山奥ではなく都市部。地下に埋められた電線から電力を持って来れば、あっという間に敵は感電死する。

 

『逃げ遅れた生徒や民間人は無事にシェルターに入ったよ。

一高生が地上に残って警戒してくれているので、そっちは大丈夫。

魔法協会側の義勇軍がちょっと苦戦しているから、支部での援護を任せるよ』

「了解」

 

相変わらず、指揮官としては温い指示に呆れながら、自己加速術式を使って魔法協会の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

国防軍の迅速な対応と予想以上に攻勢を見せている義勇軍の活躍で戦況は日本側に傾いていた。独立魔法大隊が動員され、空からの攻撃で重装備の戦車をはじめとした敵戦力を削いでいった。

 

しかし、中華街の方は魔法協会が主体となった義勇軍が何とか持ちこたえている状況だった。

一条将輝は敵兵を真っ赤に散らせながら、奮闘し、それに協会の義勇軍も援護していた。

しかし、敵の攻撃が機甲兵器から魔法によるものに切り替わり、消耗が激しくなった。

『爆裂』は対象内部に液体に作用する魔法だ。

実体を持たない幽鬼との相性は悪く、苦戦を強いられていた。

上杉のように幽鬼を無力化できる古式魔法師は生憎おらず、領域全体に広く干渉力を作用させることで幽鬼の姿を消した。

ただし、これは一条のスタミナもごっそりと削り取って行った。

 

だが、そんな幽鬼の幻影も一瞬にして、その場から消え去った。

驚いたのは一条だけではない。

敵兵も敵魔法師も状況が飲み込めなかった。

そして驚きの表情のまま、次々と心臓を押さえ、絶命した。

拮抗していた戦況は一気に崩れ、協会側の義勇軍は呆気にとられた。

 

「誰だ」

 

音もなく侵略兵を背後から寸分の狂いなく殲滅させたのは場に不釣り合いな羽織姿の男だった。顔も修羅を模した面で覆われ、直接視線すらわからない。

不気味に風にはためく男に一条は警戒を強め、CADの銃口を向けた。

 

「この姿を忘れたか」

「知らないな」

 

一条の脳裏に少なくともこんな男の姿はない。

こんな印象の強く、尚且つ嫌に背中の寒くなるような男を一条は知らなかった。

 

戦慄していた。

音もなく相手を殺した魔法に、一条は何もできずただ見ているだけだった。

 

「まあ、十三の時なら余裕もなかったか。佐渡以来だな、一条の坊」

 

佐渡という言葉に炎燃え盛る佐渡の地に降り立った白い羽織の後ろ姿を思い出した。

宣戦布告もない、沖縄の大亜連合の襲撃と時を同じくして行われた侵攻は島民の多くを殺害した。

 

一条将輝も父と同じく義勇軍に加わったが、助け出された島民たちは口ぐちにこういった。

 

土地神様がお怒りだ。

鬼が地獄から侵略者を落としに来た。

うわ言のようにつぶやく島民に、カウンセリングを行った者たちは集団ヒステリーのように幻影でも見たのだろうと結論づけていた。

 

だが、一条は戦場で間違いなく彼らを見ていた。

真っ赤に燃える大地に立つ、白い羽織と鬼や狛犬、鳥や猿などの面をつけた者たちの姿をしっかりとその目に焼き付けていた。

 

「四楓院家の…」

「【焔】だ」

 

声はそう老けてはいないように感じた。

成人しているだろうが、それほど成熟した年齢でもない。

 

「コレから指示をもらえ」

 

【焔】と自称した男は将輝にイヤホン型の無線を投げ渡した。

一条はそれを片手で受け取った。

 

「【千里眼】からの指示が来るはずだ。現場での指揮は任されるだろうが、戦況はそれから適宜伝えられるだろう」

「分かりました」

 

一条は周囲の警戒を怠らず、耳にイヤホンを装着した。

 

「あと、言い忘れたが一条の坊。魔法へたくそだな」

「んな!」

「燃費悪いし、戦い方も知らない新兵か?

爆裂がお家芸だとしても戦術と戦略を知らないんじゃないよな?」

 

同胞のいる中華街内部に逃げ込もうと兵たちが戦車を連れて攻撃を仕掛けてきた。

 

【焔】が特化型の銃口の長いCADを構えると、歩兵は次々と真っ赤な鮮血を散らした。

眼球破壊

銃のみの爆発による手や顔の火傷と損傷

空気も利用した全身の熱傷魔法

一条が戦車を片づけている内に焔は数十人いた歩兵を一瞬にして屠ってしまった。

 

「今の爆裂ですよね」

 

一条は信じられないと言った表情で【焔】を見ていた。

確かに『四楓院』が戦う姿を見たのは二度目だが、あの時はそんなことまで悠長に観察する余裕がなかった。

だが代名詞ともいえる秘術をいとも簡単に使われたのだとしたら、それを無視することはできなかった。【焔】は大したことではないと言いたげな雰囲気だった。

 

「一条の秘術だが、そもそも四楓院が十師族のどの家とも家系的つながりがあることを忘れてないか?」

 

十師族はこの100年で出来た家系だ。

その中には四楓院の分家から嫁いだものや、四楓院家に嫁入りした家もある。

いずれにせよ、日本最高の魔法師の血統と言われるのが四楓院だ。

一条は人知れず、背中に感じる悪寒を拭い去るように自身を奮い立たせた。

 

「スタミナを無視した戦い方は長期戦では不利だ。

普段は優秀な参謀がいるみたいだが、策も練れない大将になるなよ」

 

【焔】は中華街の門の前に立った。一条が見据えた背中には四葉楓の紋

その背中はやけに広く見えた。

 

「お前は【将】だろう。武の道を行くなら極める覚悟を持てよ」

 

【焔】の言葉に一条は手を握りしめた。

確かに、今の自分では戦力にはなるが、効率は悪い。

今回はたまたま運よく敵兵には屈しなかったが、相性の悪い相手も自分より術を上手く使える者もいた。歯を食いしばるようにして、一条は【焔】の背を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

横浜ベイビルズタワー

魔法協会関東支部の屋上に羽織を着た二人組の男がいた。

 

片方は立ったまま広く戦場を見渡している、九重悠。

四楓院家次期当主である彼は戦場に10人ほどの部下を引き連れて、指令を下していた。

白皙の美貌と涼しげな目元には穏やかに見える表情とは裏腹に燃え滾るような瞳が戦火を映し出していた。

 

もう片方はライフル型のCADを構え、スコープを覗き込んだままの男だ。

長い髪を緩く束ね、糸のような細い目をしている。

 

「んー、そろそろ面倒な敵が来るかな」

「別働隊ですか」

「そうそう。厄介な虎君と人形遣いだよ」

「へえ。【人形遣い(ネクロフィリア)】が一緒とは面倒ですね」

 

二人ともまるでモニター越しに戦場観戦をしているかのような、緊張感のない口調だった。

年齢は悠の方が年下だが、序列で言えば、悠は当主に次いで2番目の権限を持っている。

 

平河千秋を襲撃しようとした呂は雅の手によって重傷を負った。

しかし、病院から留置所に搬送している途中で何者かによって護送車が襲われた。

護送車に呂の死体はなく、軍本部は包囲網をすぐさま敷くことになった。

お蔭で今回の襲撃にも迅速に対応できたのだが、軍の面目は丸つぶれだろう。

 

「一高の御嬢さんたちが手伝ってくれるだろうから、データの入手まではいかないよ」

「おや、あえて侵入させるんですか?」

「克人君を引き戻してもいいけれど、あれはあれで戦ってもらった方が士気も保たれるからね。あ、ゲリラが民間人を人質にとるよ」

「狙撃完了ですよ」

 

まるで、そこにあるものを取ってくれと言わんばかりの簡単な口調で10kmを超える狙撃は行われていた。

立っている男の方は渡る広大な戦場を的確に把握し、それを狙撃手も伝え、攻撃を的中させる。

本気を出さなくとも日本全土を見渡せる【千里眼】と呼ばれる悠の視界はこの戦場は全域を俯瞰で見下ろすことができた。

 

土地の加護を受け、傍らに控える狙撃手もまた七草家のお家芸である『魔弾の射手』を使用し、座標を作り出していた。

有視界外から仲間が次々に狙撃される様子に侵略兵たちは顔を青ざめさせた。

いくらビルの陰に隠れていようが、民間人に紛れ込んだ格好をしていようが、関係なく、一人、また一人と戦場から消え去ることとなった。

 

「ちょっとは協会も危機感を抱かないと後々面倒だろう。今回は運よく私たちがいて、運よく武装していて、運よく助けてあげたけれど、自衛手段くらいもう少し強化してほしいよね」

 

「おや、その自衛手段を紙切れのようにあしらって義勇軍の指揮官をしている貴方が一番危険なのではないですか」

 

「非常事態だから黙認されるよ。こんな若造に良いように使われたから頭の固い文官は喚き散らすかもしれないと思えば少し面倒だけれどね」

 

やれやれと【千里眼】の男はため息をついた。

 

「【鳴神】、中華街が片付いたら協会に戻ってきて。虎を片づけても【人形遣い】が来るよ」

『了解』

 

無線から聞こえた声は男にも聞こえるアルトの声だった。

パレードを展開している雅は声もその姿も全てが偽りで出来ている。

彼女の友人も彼女を知る敵も戦場を駆け抜ける鬼を九重雅だと認識することはできない。

 

「【焔】は中華街にいる引きこもりを捕縛しておいて。

逃げられたらマーカーだけでも付けておいて」

『了解』

 

【焔】に指示を出すと、悠はくるりと戦場に背を向けた。

 

「ちょっと下に行くから、狙撃は協会周囲と中華街だけでいいよ」

「おや、殲滅しなくてもいいのですか?」

「掃討作戦は軍にさせればいいよ。敵も撤退し始めたから、そろそろこっちも引き上げを始めるよ」

「了解しました」

 

狙撃手の男は群がり出した敵の第二部隊に向け、狙撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警戒チームとして戦っていた一高メンバーは七草真由美が用意したヘリに搭乗していた。

五十里と桐原はゲリラによって瀕死の重傷を負わされたが、それは達也の魔法で一瞬のうちに無傷の状態となった。

摩利は深雪に達也の使った魔法はいつまで保たれるのかと尋ねた。

 

深雪は静かに首を振り、淡々と答えた。

それは治癒魔法ではなく『再生』という魔法。

この神のごとき魔法に達也の演算能力は取られているのだと彼女は言った。

何十倍もの痛みを凝縮させて『再生』を深雪の願いで使ってくれた達也に、深雪自身一番後悔していた。

 

 

暗い雰囲気の中、美月がぽつりと言葉を漏らした。

 

「…雅さんは大丈夫なんですか?」

「お姉様は大丈夫です」

 

深雪は断言した。

この場に雅がいないことは会場から出た時点で分かっている。

所在を問う友人たちに深雪も達也も“大丈夫”という言葉しか返さなかった。

それは暗にどこにいるかは言えないという事だった。

ここで美月が改めて深雪に問うたのも、自分たちはこのまま安全に逃げることができるだろうが、所在不明の友人が優しい彼女には気がかりだったからだ。

 

「けど、どこ行ってんだ?この状況で一目散に逃げ出したって柄でもないだろう」

「どこかに避難していればいいけれど、深雪さん所在が分かっているの?」

 

レオと真由美の言葉に深雪は再度、首を横に振った。

 

「すみません。私の一存で、お姉様についてお話しすることはできません」

 

彼女は指が白くなるほど、その手を握りしめていた。

声こそ抑揚がないものの、その目は悲しみと心配で押しつぶされそうになっていた。

兄も戦場に出ている上に、姉もその所在ははっきりと分からない。

だれよりも一番不安なのは深雪だった。

深雪の様子に誰も言葉を発することはできなかった。

 

 

 

突如として雷鳴が響いた。

現在、上空に雲はあるものの、おおむね晴れている。

強い事象干渉の気配を感じ真由美はマルチスコープで地上を見た。

戦車を率いたゲリラ部隊に一人で立ち向かう白い羽織を着た鬼面の青年がいた。

 

背中には四葉楓。四楓院家の家紋が描かれている。

 

「四楓院…」

「えっ!」

「四楓院家が出てきているんですか?!」

「四楓院家?」

 

首を傾げる者もいたが、古い家系や数字持ちはその顔を青ざめさせた。

四楓院といえば所在は正確ではないが、日本屈指の古式魔法使いとして知られている。

日本の歴史の影に四楓院ありと言われるほど長い歴史のある家だ。

四楓院家は国内での争いや、権力闘争には興味がない。

しかしながら、対外勢力の侵攻にはその名を聞かずに終わることはないと言われている。

それが出てきたということはかなり意味のある戦場だったと言うことだ。

不意に幹比古の頭に一つの考えが浮かんだ。

 

「司波さん、もしかしてだけれど九重さんは四楓院家に縁ある身じゃないのかい」

「九重さんが四楓院家に?」

 

戦慄する五十里に幹比古は重く口を開いた。

 

「そうとしか思えないんだ。精霊魔法、刻印魔法、歩法による術式。古式魔法をあれだけ息をするかのごとく使いこなしていた。縁がないと言われる方が可笑しいんだ」

「じゃあ、雅が千里眼だって言うの?」

 

清廉な気配を身にまとい、誰よりも高雅な雅が裏の世界の番人、『四楓院』とは想像できなかった。

確かに魔法力は深雪に匹敵し、古式魔法の造形は煌々の世界には収まらない。

彼女が四楓院として戦場に加わっているのならば、この場にいないのも説明が付く。

 

「お姉様は四楓院家の【千里眼】ではありません。それだけははっきりと申し上げることはできます。それ以上の事は、どうかお許しください」

 

深雪は丁寧に頭を下げた。

深雪の絞り出すような声にヘリの中はざわついた。

 

 

誰もがかける言葉を探している中、美月は「えっ!」と驚きの声をあげた。

 

「どうしたの、美月?」

 

深雪はできるだけ柔らかく尋ねた。

 

「あ、あの。野獣のようなオーラが魔法協会の方から見えて・・・」

「野獣?」

 

幹比古が精霊を喚起して地上を見ると、そこには魔法協会の職員と戦う呂の姿があった。

近接戦闘世界屈指の実力者かつ、今回平河を襲撃した相手とあって、ヘリの中は緊張感に包まれた。

摩利が戦う意思を示し、エリカとレオに応援を要請した。

二人とも当然だと言わんばかりに目をぎらつかせていた。

他のメンバーはそれぞれ周囲のゲリラ兵の相手と内部に侵入した敵の排除に別れることとなった。

 

ヘリで降りられる場所を探していると、副操縦席に座っていた名倉が真由美に無線を渡した。

首を傾げる真由美だが、名倉の顔が有無を言わせないほど緊迫していたので、素直に受け取った。

 

『こんにちは、七草真由美さん』

「誰かしら」

 

身構える真由美に投げかけられたのは落ち着いた女性の声だった。

雅の声色とも違い、少し艶のある大人の女性の雰囲気を漂わせていた。

 

『四楓院家の【千里眼】です。ヘリを下げるなら協会のヘリポートをどうぞ。プロテクターを用意しましたので、戦われる方はどうぞお使いください』

 

真由美はどうしてそれをと言いたげだったが、一呼吸おいて虚勢を張った。

 

「あら、流石は【千里眼】。何でも御見通しということね」

『ごめんなさい。これだけ近くで自分のことが挙がっていたら、つい気になってしまいますからね』

 

クスクスと笑い声でも聞こえてきそうな雰囲気だった。

何を考えているのか分からない。相手の姿が見えてこない。

声色は確かに女性だが、現代技術では機械を通して声を変えることなど造作もない。

しかし、これは七草家が所有するヘリだ。

盗聴対策は万全だし、易々と入り込めるような無線でもない。

きっと名倉は録音して声紋を取るだろうが、きっと何重にも誤魔化しが入っているのだろう。

少なくとも今は敵ではないと判断した真由美は彼女の提案に従うことにした。

 

「ご助言感謝いたします」

『それではどうぞ、ご武運を』

 

無線が切れると同時に真由美はどっと冷や汗が噴出した。自分の親が怒った時にも感じた事の無い言い知れぬ恐怖。まるで深淵を覗きこんでしまったような感覚だった。

 

「真由美、大丈夫か。千里眼に何を言われたんだ?」

「大丈夫よ。ヘリを下ろせる場所を教えてもらったのと、協会からプロテクターを用意してくれるそうよ」

 

真由美は心配させまいと笑顔を作った。

ほんのわずかの時間だったのにあれだけ緊張したのはいつ以来だろうかと一人震えそうになる手を握りしめていた。

 

 

呂剛虎は病院で痛手を食らわされた摩利に向いていた。

好戦的な彼は3人相手でも経験の差によって勝っていた。

吹っ飛ばした3人に留めを刺すべく走り出した瞬間、頭上に拳大のドライアイスの塊が降り注いだ。

それを掌底で迎え撃つとうとした呂だが、そのドライアイスは二酸化炭素に戻り、帰化膨張の衝撃で呂の体はのけ反った。

その気道に二酸化炭素が侵入し、肺にまで到達した。

急激な酸素濃度の低下と二酸化炭素濃度の上昇で呂の体は地に倒れた。

『ドライミーティア』と呼ばれる七草真由美の持つ殺傷性のある魔法だ。

世界屈指の近接戦闘魔法師は遠距離精密射撃を持つ少女によってとどめを刺された。

 

吹き飛ばされた3人に五十里たちが駆け寄る。

3人ともプロテクターの効果もあり、無事だった。

 

「ひとまず外の部隊は倒したし、中の深雪さん達の所に向かいましょう」

 

真由美の提案に従い、呂の脇を通って協会内に足を向けた時だった。

それは魔法師としての勘か、戦場にいるために張り詰めていた感覚か、

嫌な雰囲気を感じ取った幹比古は呂の姿を振り返った。

 

「幹比古、どうしたんだ」

 

足を止めた幹比古にレオは緊張を孕んだ声で周囲を警戒した。

 

「いや、少し嫌な感じがしただけだよ」

 

もしかしたら自分も気を張り詰めすぎていて間違えたのかもしれないと幹比古は首を振った。

だが、その感覚は裏切らなかった。

 

 

動かないはずの、死んだはずの呂の体がゆっくりと動き出し、立ち上がったのだった。

 

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