恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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横浜騒乱編はこれで完結です。
次から、おそらく追憶編に入ります。


追加で書き加えた部分があります。



横浜騒乱編6

「な!!」

「なんで、動いているんだ」

 

それは信じられない光景だった。

確かに呂は絶命した。

それは確かな事実だった。

 

不可解な現象に混乱するものの、呂の体が起き上がったのと同時にエリカは刀を構え、レオも戦闘態勢を取った。

狙いをつけて襲い掛かろうとする呂に突如として何もなかった空間から人の姿が現れた。

呂は両腕をクロスするように鋼気功を纏い、乱入者の刃を弾いた。

弾かれた方は少し距離を取り、脇差を腰に戻した。

 

「あれは、四楓院家の紋!」

 

呂と対面しているのは四葉楓の紋の入った白い羽織の青年。

先ほど呂に対して使用した脇差を鞘に仕舞い込み、腰のホルスターから拳銃タイプの特化型CADを取り出した。

 

【人形遣い(ネクロフィリア)】。まさか味方の死体まで兵隊にするのか」

 

青年の言葉を受けてか、周りにいたゲリラ兵たちもむくり、むくりと立ち上がり始めた。一人、また一人と魔法協会に死んだはずの兵士たちが集まり出した。

 

「おいおい、どこのホラー映画だよ」

「安いB級にもならないわよ」

 

レオとエリカは青い顔で軽口を叩きながらもしっかりと戦闘体勢を取っていた。どういう仕組か分からないが、少なくとももう一度厄介な戦闘が始まると言うことだ。

 

「おい、アンタ。これはどういう状況だ!」

 

桐原はたまらず呂と対面している男に問いかけた。

呂の動きは先ほどより精細欠くものの、人間離れしており、絶え間なく青年に襲い掛かっていた。青年は距離を詰められないように牽制しながら、隙を窺っていた。

エリカたちは呂の援護をするために襲い掛かってくる死んだはずの兵士たちを相手にしていた。兵士は虚ろな目をしたまま、銃を撃ち、ナイフで襲ってきた。

 

「死体を人形のように操って兵士にする【人形遣い】がいる。

分かりやすく言えばキョンシーだ」

 

青年は間合いを取りながら、スパークを呂に浴びせた。

呂の体はビクビクと震えはしたものの、それすら意に留めず、青年へと襲い掛かった。

 

「キョンシーだって?!」

 

幹比古は驚愕した。

キョンシーとは古代中国に伝わる死体を動かす魔法だ。

現在では倫理的配慮のため、禁術の一つにも数えられている。

 

死体の軍団は疲れを感じない。

痛みを感じない。

恐怖を感じない。

兵士としてはこの上ない戦力だ。

 

呂クラスの魔法師をベースにすれば、脳に残された記憶を使い、魔法を発動することも可能である。襲い掛かって来た敵をエリカやレオは斬り倒すが、致命傷となるはずの頸動脈を切っても、腕を一本切り落としてもその死体は動きを止めず攻撃を仕掛けてきた。

 

「キリがない」

 

際限なく立ち上がってくる兵士たちにエリカは苛立ちを募らせいた。

 

「ミキ、どうすれば片付くの?」

「術者は今探している。キョンシーと言ってもベースは人間。

胴体を上下で切り離したぐらいだったら、まだ襲ってくる可能性が高い。それこそ原型をとどめないくらいに破壊するか、もしくは四肢を落とせば動けはしないよ。」

 

幹比古は術者の特定を急いでいた。

この状況を作り出している魔法師を倒すことが一番の先決だった。

精霊を喚起して周囲一帯を探すがどこにも術者の姿が見えない。

おそらく術で姿を念入りに隠しているのか、精霊も届かない遠隔から操っているのだろう。

 

「術者はおそらく協会の中に侵入している」

 

呂と対面していた青年は幹比古に向かって叫んだ。

上空からは七草の『ドライブリザード』の援護射撃が降り注ぎ、青年と呂の間に弾幕を張る。

青年の言葉を受け、エリカは幹比古に叫んだ。

 

「ミキ、お願い」

「分かった」

 

幹比古は目の前にいた敵を魔法で吹き飛ばすと、協会内に入った。

彼の脳裏に浮かんだのは美月の姿。

深雪と一緒にいるならばいいが、敵が内部に侵入している以上、安全な場所はない。

焦る気持ちを必死に抑えながら、幹比古は探索用の精霊を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陳祥山(チェン・シャンシェン)は魔法協会内部に侵入し、データ入手を行おうとしていた。

彼が発動した『鬼門遁甲』は方位に特化した精神干渉系の術式。

相手の意識を逸らすことなどこの術の基本だった。

電子金蚕を使ったカードを端末に接触させ、鍵システムを強制解除する。

通常の方法以外でロックが解除されたため、警報が鳴り響く。

しかし彼は余裕だった。

協会関係者は術によって彼を見つけることはできないし、10分程度の時間があれば十分だった。

 

 

易々と協会に侵入すると、彼は冷気を感じた。

薄暗い部屋の中にいたのは、笑みを携えた少女だった。

 

「司波深雪・・・」

「あら、私をご存じということは最近お兄様に付きまとっていたのは貴方だったのですね」

 

絶世の美貌はこの上なく冷たい微笑みを浮かべていた。

 

「なぜここにいる。私の術が通じなかったのか」

 

陳は自分の術が破られたことに驚きを隠せないでいた。

否、何か話でもしていなければこの少女に飲みこまれてしまうと無意識のうちに怖れていた。

 

「貴方が人の感覚の方位を操っているのならば、360°全てに気を配っていればいい話です。幸いこちらには見えないものが見える魔法師もおりますし、術によって見えないことにされていたあなたも見ることができたのです」

 

既に手の内がばれていたのかと陳は奥歯を噛んだ。この少女を手早く潰さねばと思うのに、思考は徐々に鈍くなっていた。

 

「貴方がいなくなれば、しばらくは静かに過ごせますね」

 

冷徹なまでに可憐な笑みを携えた瞬間、陳は寒気ではなく、自分の体温が低下し、身体が動かなくなっていることに気が付いた。

 

「私もずいぶんと上達しましたのですよ」

 

その言葉を耳に、陳の意識は闇へと沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

深雪がほっと一息つくと協会側に連絡を取った。

低体温に陥って行動不能にした陳を拘束するためだ。

 

待ち構えていた協会側の職員に陳を引き渡すと、深雪は美月のいるモニタールームに向かった。

 

陳の術は映像媒体にも有効な様で、美月がいなければ深雪は陳の姿を認識することができなかった。幸いにして無事に捕獲できたし、友人たちもそろそろ戦闘を終えていることだろう。

深雪は廊下を進んでいると錆鉄のような匂いが鼻についた。

 

CADは手に所持したまま待機状態にし、警戒を続ける。

息を殺し、身体を隠して廊下の曲がり角の先を見ると、そこにはずるずると足を引きずるゲリラ兵の姿があった。

視認して座標は確認できたので、CADから起動式を呼び出し、ゲリラたちの体温を下げてしまう。これが普通のゲリラ兵ならば深雪の姿を見る前にその足を止めるはずだった。

 

だが、そのゲリラたちの足は止まらない。

魔法が正しく発動している感覚はあるが、全く効いていない。

深雪に一瞬焦る気持ちはあったものの、すぐさま意識を切り替え、『ニブルヘイム』で物理的に凍らせることでようやくゲリラたちは足を止めた。

 

警戒しながら廊下の角から移動し、ゲリラたちを直接確認する。

薄暗い廊下で先ほどはしっかりと分からなかったが、どの兵も銃弾に打たれた跡や、酷く怪我をしていた。中には致命傷となっている傷もあるが、どれも先ほどまで動いていた人だった。

気味の悪さを覚えながら、急いで合流しようとしたところで不意に気配を感じ、振り返った。

 

「誰ですか」

 

足音もなく背後に忍び寄っていた相手を深雪は睨みつけた。

 

「大丈夫かい、深雪ちゃん」

 

だが、彼女の予想に反してそこにいたのは悠の姿だった。

 

「悠お兄様?」

「そうだよ」

 

白い四楓院家の羽織を身にまとった悠が悠然と立っていた。両手を挙げて、敵意がないことを示しながら悠は深雪に近寄った。

 

「どうしてここに…」

「大事な“お仕事”だよ」

 

悠はにっこりと笑った。

血なまぐさい死体を前に、何とも場違いな微笑みだった。

 

「深雪ちゃん、ちょっと手伝ってもらっていいかな」

「なにをですか?」

 

 

悠はそっと深雪を自身の背に隠した。

 

「初めまして、【人形遣い】」

 

悠は廊下の先に向かって声を掛けた。

 

「初めまして、【黄泉の鬼】」

 

深雪は第三者の登場に緊張感を強めた。

廊下には人影はない。

術を使って姿を認識させていないのか、物理的に隠れているだけなのか。いずれにせよ【千里眼】の目の前ではその姿を認識させないことは不可能だと深雪は理解していた。

 

「見逃しては貰えないのかな」

 

悠が人形遣いと称した男の声はやや芝居がかっており、戦場というその場であえて不釣り合いなように演じているようだった。

 

「残念ながらできない相談だね」

「ならば仕方ない」

 

ずるり、ずるりと足を引きずるような音が廊下に響いた。

二人のいる廊下の角に追い詰めるように二方向から新たなゲリラ兵が現れた。

どの兵も目は白濁しており、服にも血が滲んでいる。片腕のない物、目の潰れているもの、いずれもまともな姿をしている者はいなかった。

 

「これは・・・」

 

深雪は思わず口元を覆った。

死体が動いている。

そうとしか思えない光景だった。

腐っていないだけましなのかもしれないが、乾かない血の臭いが臭覚を刺激した。

 

【人形遣い(ネクロフィリア)】。死体を操って戦う趣味の悪い大陸の古式魔法師だよ」

「愚劣な」

 

深雪は姿の見えない敵に嫌悪感がした。いくら術だとしても味方の兵を死んでも尚使うとは深雪には言い難い不快感を覚えた。

 

「おや、趣味の悪いとは酷い言い方ですね」

「人形に任せてさっさと退散しなかったのですか?」

「そう考えていましたが、気が変わりました。貴方たちも一緒にコレクションに加えましょう。出来るだけ綺麗な姿で死んでください」

 

狂気じみた男の言葉に深雪はしびれを切らした。

 

「深雪ちゃん、容赦はいらない」

「勿論です」

 

悠と背中を合わせ、深雪は死体となった兵に『ニブルへイム』を発動した。

死体となっているならば慈悲はいらない。

体の芯まで凍らせた状態で無理やりにでも体を動かせばその体は砕ける。死体の兵士たちは皆、その場で物言わぬ氷の彫刻となった。

 

「なに?!」

 

人形遣いの驚愕の声が聞え、深雪は悠の方に振り返った。

悠の方はただ、扇を横に振っただけだ。それだけで死体兵たちは皆、動きを止め、その場に崩れた。

人形遣いの苦々しげな声が聞えた。

 

「貴様、何をした!」

「君との縁を切らせてもらったよ」

「くそっ」

 

死体兵の一番奥に【人形遣い】と呼ばれる男は控えていた。

スーツ姿の青年はどこにでもいるこれといった特徴のない顔をしていたが、その顔は焦燥が浮かんでいた。

多数を制御する関係上、媒体と術者の距離はそれなりに近くなければならない。

無様に背を向けて逃げる男に悠は容赦なく扇を構えた。

彼がひとたびそれを振れば鎌鼬が発生し、男の首を刈り取った。

 

「演技の下手な三下さん、さようなら」

 

その言葉を最後に人形遣いの男はなすすべなく地面に転がる自分の胴体を見る羽目となった。痛みを脳で知覚する前に、彼は完全に絶命した。

 

 

 

廊下の惨状を目の当たりにしながら、悠は無線を繋いだ。

 

「はい」

『焔だ。すまないが、引きこもりには逃げられた』

「マーカーは?」

『それはばっちりだ。少なくとも1年は消えない』

「じゃあ、結果は上々だね。部隊まとめて引き揚げさせて」

『了解』

 

悠は死体に見向きもせず、敵を凍りつかせた深雪を見た。

廊下を埋め尽くすサイオンの煌めきは彼女の力の強さを表している。

霊的物質も知覚できる悠の目には強烈な輝きを持つ霊子も見えていた。

 

「深雪ちゃん、モニタールームまで送るよ。僕らは後処理もあるから、深雪ちゃんは先にお帰り」

「お姉様は御無事なのですか?」

「外で死体となった呂の相手をしていたけれど、そっちは吉田の次男君が操っていた人形遣いを倒してくれたから片付いたみたいだよ。怪我もしていないし、大丈夫だよ」

「そうですか」

 

深雪は片腕で自身を抱いた。

悠はトントンとあやすように深雪の背を叩いた。

 

「よく頑張ったね、深雪ちゃん」

「悠お兄様…」

 

深雪は緊張していたものが一気に解放された感覚になった。

今まで張り詰めていた思いを悠の前で無様に吐き出してしまいそうで涙が出そうだった。そんな姿は見せられないと深雪は気丈に首を振った。

悠もそんな深雪の気持ちを理解してか、ゆっくりと肩を抱いて廊下を進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪が悠と合流するより少し前、幹比古は協会内部に放った精霊を通じ、【人形遣い】と呼ばれる術者を探していた。

おそらくあれだけの数の兵士と死してなお強力な戦力となっていた呂を操るには、近くで操作をしている可能性が高い。

 

「ミキ!」

「エリカ、レオ?!」

 

幹比古が三階への階段を上がっていると、後ろから声が掛けられ、幹比古は足を止めた。そこは自分を送り出したはずのエリカだった。

 

「四楓院のヤツが相手も複数だから追えって言われてきたのよ」

 

エリカとレオ、幹比古が並ぶと三人で足音を消して走り出した。

敵が中に侵入している以上、どこにいても気が抜けない。

 

幹比古は感覚を最大限に尖らし、エリカとレオもまたあちらこちらに目を光らせていた。

 

 

異臭が鼻につくと、二人は揃って廊下の角に身を潜めた。

途端に銃弾が廊下を埋め尽くす。

 

「見つかったか!」

「キョンシー兵も鈍くても銃ぐらいは引き金を引けばできるからね」

 

エリカは舌打ちをしながら、反撃の機を窺っていた。

獲物は既に脇差に切り替えてきている。先ほどまで使っていた「大蛇丸」は『秘剣:山津波』を発生させるためのデバイスだ。

刃渡りは140cmほどあり、室内での戦闘には向かない。

 

レオもまた「薄羽蜻蛉」を待機状態にして、腰に差した状態にしている。5m規模に伸びるカーボンチューブは長さを調節できるが、それを使用した室内向きの戦闘訓練までは行っていない。

今は使い慣れた音声認識型のCADのみだ。

 

銃弾の雨が横を通り過ぎる中、幹比古は『鎌鼬』を発生させ、ゲリラを切り刻んだ。

幹比古が精霊と視覚同調をすると手足、首の切れた死体があった。

鉄の臭いが狭い廊下を伝わって幹比古たちの元にも伝わって来た。

 

「助かったわ。ミキ。これで敵がいるって言っているようなものだからね」

 

エリカは勝気な笑みを浮かべた。獲物を目の前にした猛禽類のような鋭い目つきだった。

レオもまた獲物を前に鋭い目をしており、幹比古は気を引き締め直した。

 

「ミキの魔法で扉を吹き飛ばしたら、私とコイツで突撃して仕留めるわ。中にもさっきのキョンシーはいる?」

 

「いや、中にはいないよ。術者は確かにいるけれど、こちらにはまだ気が付いていないみたい」

 

幹比古はドアの隙間から精霊を送り込んだ。

表の戦闘に集中しているのならば、都合がいい。

 

三人は扉からやや距離を取り、息を殺した。

エリカが目線で合図を送ると、幹比古は突風でドアを内側に吹き飛ばした。それと同時にエリカとレオが突入する。

 

扉を壊した衝撃で視界が晴れない中、いち早く敵の姿を捉えたのはエリカだった。

相手が小型銃を取り出すために懐に手を入れるより早く、エリカは脇差で敵の男の喉を掻っ捌いた。血しぶきが舞い、もう一人いた術者の照準が合う前にレオが敵を殴り飛ばした。

 

強烈な一撃によって男は強化ガラスに頭から突っ込み、ガラスに血をまき散らした。泡を吹いて倒れる男は頭蓋の形が変わっており、ぴくぴくと白い目を剥いて体を痙攣させていた。

 

 

男の体が動かなくなったのを確認すると、三人がガラス越しに下の様子を見た。どうやら呂とキョンシー兵の姿も止まっており、この人物たちが術者に間違いなかったようだ。

 

「終わったな」

 

レオは長い溜息をついた。

 

「四楓院のヤツも去って行ったから、大丈夫なんじゃない?」

 

エリカはやれやれと刃を仕舞い込んだ脇差の柄で肩を叩いた。

 

「深雪と美月を迎えに行きましょう」

「ああ」

「そうだね」

 

三人が窓から離れ、部屋から出ていこうとしたその時、【人形遣い】の死体が背後から三人に襲い掛かった。

エリカが脇差から刃を取り出すより早く、レオが防御態勢を取るより早く、幹比古が札を構えるより早く、2つの【人形遣い】の死体は首と四肢を打ち抜かれ、物理的に止められた。

 

「倒したはずなのにまだ動くのかよ!」

「それより、狙撃よ!」

 

エリカは一旦部屋の外まで二人を押し出した。

情報改変の反応は部屋の中であった。

つまり、狙撃主がどこから狙っているか分からないが、相手は自分たちの有視界外から狙撃が可能ということだ。

 

しばらく部屋の外から様子を窺い、緊張を張り詰めていたがその後、一向に攻撃はなかった。

 

「援護射撃だったってことか?」

「そうだと思う。死んでも動き出したのはきっと、自分にも死後に動き続ける術を掛けていたからじゃないかな」

 

幹比古は身震いをさせながらそう言った。

あの時援護射撃がなければ自分たちは何かしら怪我を負っていた可能性もあった。

無意識に手を握りしめながら、今度こそ三人は美月と深雪を迎えに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風間は指令室の一角でモニターを見ながら戦況を把握していた。

 

「強いな、イザナミ部隊は」

 

まさに鬼が現れたと称するほどその実力は浮世離れしていた。

戦場に不釣り合いな真っ白な羽織と面。

 

 

『特務部隊 イザナミ』

 

特尉ばかりで構成されるその部隊は実質、軍属とは言えないが国防の一翼を担っていた。

いや、一翼ではない。

この国の守護の根幹とも言っていいだろう。

見えるもの、見えないもの。この国への害悪を排除するための部隊だ。

 

彼らの名が軍上層部に知れ渡ったのは35年前の対馬の侵略事件。

自治軍の急襲を受けた島はなすすべなく、虐殺の対象となりかけていた。

それを救ったのがイザナミ部隊だった。

当時を生き延びた人は語った。

神風がこの地を護ってくださったと。

実際、イザナミ部隊がいなければ住民が7割以上虐殺されていたと言われており、拉致された人も救出不可能だった。

当時の状態で被害を最小限に抑えられたのは彼らがいたからだと今でも語り継がれている。

鬼の面や戦場に不似合いなはずの羽織姿が次々に敵を屠っていった。

鬼が歩けば骸が転がると言われるほど一騎当千の奮闘だった。

 

「イザナミ部隊、撤退を始めました」

「了解した。そのまま下がらせろ」

「よろしいのですか」

 

部下からの質問に風間は小さく首を振った。

 

「上層部は五月蠅いだろうが、姿を掴むべき相手ではない。しかるべき話し合いはその内、上の方がするだろう」

 

歴史の影に四楓院家あり。

国内の争いには関せず、外国からの侵略があれば一切容赦はしない。

魔法が古式魔法を除き100年ほどの歴史なのだとしたら、四楓院家の家系は古く神話の時代まで遡る。魔法師としての特性は血縁によるところが大きいと言うが、それを体現しているのが四楓院家だ。

 

まるで呼吸をするように魔法を使う。それだけ四楓院家は魔法師としての血をどこよりも強く受け継いできた。

直系筋に男児が生まれれば、我が娘をとの声が上がり、女児が生まれれば、我が家にと声が上がる。

そうして脈々と血縁による強化を行って来たのが四楓院家である。

たかが100年の技術は未だ数千年にも及ぶこの国の守護を司る一族には敵わない。

 

「残存兵力の掃討は鶴見と藤沢の部隊に任せる。サードアイの準備をしろ」

「了解しました」

 

見据えたモニターに既に白い羽織姿の男たちはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い板張りの部屋に、向かい合うのは一組の男女。

上座には女が御簾越しにくつろいでいた。

一方、冠をかぶり、和服の礼装を来た男の方は板張りに正座し、頭を垂れていた。

 

「此度の出撃、大儀であった」

 

艶のある女性の声だった。御簾越しであるので、顔は分からないが、どこか言い知れぬ気品が溢れていた。

 

壮年の男は再度頭を低くした。

 

「恐れ入ります」

「【鳴神】も【焔】も次期【千里】もよう働いてくれたようじゃのう」

「貴方様から加護を賜りまして、皆の者は奮迅いたしました。

こちらに鉾を向ける大陸はもうじき灼熱に焼かれることでしょう」

「ああ。あの大黒天の小僧か。人の欲望は恐ろしき力を望むものじゃのう」

 

色気の混じった息交じりのその声は呆れと鼻で笑ったかのような侮蔑を含んでいた。

 

「それが人の業にございますれば、また償うのも、癒すのも人の領分でございます」

「そのように硬い顔をせずとも良い。他の者と違って小僧を排す気はない。妾はこの国を荒らすことがなければそれでよいのじゃ。【鳴神】も付けておるなら、早々に暴走はせぬじゃろう。まあ、泣かせるようなことがあれば妾は黙っておらぬぞ」

 

クスリと御簾の奥で真っ赤な唇が弧を描いたように見えた。

光源の少ない室内では、姿ははっきりとしないが、男には緊張が走った。

 

「アレを妾も気に入っておる。いくらそなたらが結んだ縁とて、妾の気紛れで切ってしまうやもしれぬぞ」

 

パチンと御簾の中で扇子を鳴らした。

男の背には冷や汗が伝っていた。

 

「これからも励めよ」

「はっ」

 

再度男は頭を下げた。

女が立ち上がると、部屋を照らしていたろうそくの明かりが消えた。

そこには最初から誰もいなかったかのように静まり返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叔母との通話を終え、深雪はソファーに体を沈めた。

行儀が悪いと言われるかも知れないが、今は家に誰もいない。

兄は対馬要塞に向かっていると連絡が入った。明朝には帰れると言うことで、先に休むように言われていた。

 

しかし、深雪には兄の言いつけに従って体を休めることはできそうになかった。ひっそりと静まり返る家の中はどこか寂しく、兄と姉が恋しかった。

 

深雪が見てきたのは、まさしく戦場だった。

血が吹き出し、人が倒れ、人を殺す。

自分が殺めた命に深雪は一人震えていた。

 

時刻は深夜近くになっていた。

不意に家のインターホンが鳴った。

兄や姉が帰ってきたのならばインターホンはならない。

恐る恐る深雪はドアホンを確認するとそこには悠と雅の姿があった。

深雪はすぐに開けますと言い、玄関に向かった。

 

 

 

 

玄関のカギを解除し、中から扉を開ける。

 

「お姉様、ご無事ですか?」

「ええ、大丈夫よ」

 

深雪は目に涙を浮かべ、雅に抱き付いた。

雅は疲労の色は濃かったものの、目に見える傷は一つもなく、しっかりと自分の足で立っていた。深雪の背を撫でる手には傷一つなかった。

 

「深雪ちゃん、雅を休ませてあげて良いかな?」

「ですが・・・」

 

雅は深雪を抱きかかえたまま、兄を窺い見た。兄がいる手前先に休むのが申し訳ない気持ちと、達也が帰っていないのに深雪一人で待たせるのは忍びないという気持ちがあった。

 

「お姉様、顔色もすぐれませんし、今日はお疲れでしょう。深雪は大丈夫ですので、お休みください」

 

深雪は涙声でそう言い、雅から離れた。余程疲れているのか、雅もそれ以上のことは言わず、部屋へと入って行った。

 

 

 

雅が部屋に向かった後、リビングで悠は深雪が淹れたお茶を飲んでいた。日本茶にしようかと深雪は尋ねたのだが、偶には紅茶が飲みたいと二人でカフェインの少ない紅茶を飲んでいる。

 

「夜分遅くに申し訳ないね」

 

少し眉尻を下げて微笑む姿に深雪は静かに首を振った。

 

「いえ。それよりどうしてこちらに?」

「雅がいくら無事だったって言っても、君は姿を見るまでは安心できないと思ってね。それに、こんな夜に女の子を一人にしておけないよ」

 

悠は深雪の瞳を真っ直ぐ見ていた。

図星だったためか、それとも深雪でさえ緊張する絶世の美丈夫の柔らかい微笑みのためか

いずれにせよ深雪は紅茶に手を付けて自分を落ち着かせた。

 

「あら、キザですね」

「キザで良いよ。刈り取った重みに必死に耐えている子を無視できるほど、薄情ではないよ」

 

深雪は黒曜石のように黒い悠の瞳に見入ってしまった。

自分の心中を言い当てられてしまったのもあったが、必死に取り繕っていたものが揺らいだ気がした。

 

「君の選択は間違っていない。けれど忘れてはいけない。その重みが僕らが生きている理由でもあり、使命でもあるんだ」

 

深雪はソーサーにカップを下ろした。

なにも深雪にとって人の命を奪うことは初めての事ではない。

あの四葉の家にいた時もそうだし、沖縄の時だってそうだ。

だが、決して心地いいものではなかった。

仕方ないと割り切ることはできても、何時だって命を凍らせるときは必死に奥歯を噛みしめていた。今日だって、一人で家にいるのは不安で、寂しくてたまらなかった。

 

「泣いてもいいよ?」

「いいえ、大丈夫です」

「そう。じゃあ、隣にいてもいい?」

「はい………」

 

悠は深雪の座るソファーに腰を下ろした。

深雪の手を優しく包むその手はやはり男の人のもので、すっぽりと深雪の握りしめられた手を覆ってしまった。触れる手の温度はどこまでも優しくて、深雪はそっと悠の肩に顔を埋めた。

 

深雪は悠を(達也)に重ねているのかもしれないと頭の片隅で感じた。

ほのかに香る気品ある香りは確かに兄と違ったけれど、鼻につくような嫌な物ではなく、悠にならば似合いの香だった。

悠に申し訳ない気持ちもありながら、深雪は優しい温もりに縋った。

 




書こうかどうか迷ってる話。
『王立魔法科学院 劣等生の騎士』

設定
・西洋ファンタジー風
・魔法がファンタジーとして成立する世界
・十師族が納める十の領と九つの王立学院と、一つの王立大学
 学院は男女でクラスが分かれている。
 1年は共通学科。
 2年生から、魔法師コース、騎士コース、錬金術師コースに分かれる
・魔法は王家門閥貴族階級の者が多い。
・そこに通う子女は名門の貴族、お嬢様が多い。
・従者も通うことができるが、かなりの難関なので余程実力がないと無理。学院内では下民と謗られることもある。

登場人物設定
・深雪:第4領秘蔵の娘。男女通じて学年トップの魔法使い
    身分を偽り、九重の親類として学院に通っている。
    安定のシスコン、ブラコン

・達也:錬金術師志望。深雪の従者として入学。
    深雪と同じく身分を偽って入学している。雅の婚約者
    裏では謎の凄腕錬金術師として名を馳せている。
    騎士コースの先輩も一発で片づける凄腕。    

・雅 :王家縁の神殿の娘。家柄は王家に準ずる。達也の婚約者。
    巫女としてあがめられている。

・エリカ:騎士コース志望の女子。
     妾腹と姉になじられて、家出するように学院に入学した。

・美月:錬金術師志望のちょっと変わった目を持つ女の子。学院の癒し。
・レオ:移民の祖父を持つ、騎士コース志望。
    血の気が多いので、よく魔法師志望の坊ちゃんと喧嘩沙汰。
・幹比古:あまり有名ではない神殿の次男坊。魔法神官志望

・七草真由美:第7領の領主の息女。仮面パーティが好き。
・十文字克人:第10領の時期領主。王立騎士団に入団予定。

・一条:第1領の時期領主。学院交流会で見かけた深雪にフォーリンラブ
・吉祥寺:自称参謀。錬金術理論では有名な発見をした天才。


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