恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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突き付けられた現実は私を置き去りにして進んでいた。




追憶編2

・・・深雪・・・

 

夏休みを使い、私と母、それとガーディアンである兄は沖縄旅行に来ていた。

兄と旅行らしい旅行はこれが初めてで、少し複雑だった。

昨日は夜遅くまで黒羽家の取り仕切るパーティでちょっとだけ憂鬱だったけれど、まだ沖縄旅行、楽しみなことが待っていた。

 

いつもは京都にいるお姉様がやってくるのだ。

お姉様は本当の姉ではないけれど、私にとっては姉のような存在で、よく連絡を取り合っている。同じ学校に友達はいるけれど、家のこともあってあまり深い付き合いにはなれない。

お姉様も魔法師で、御家も歴史がある所で私のちっぽけな悩みだって親身に聞いてくれる。

九重神楽の舞手で【九重の桜姫】とも呼ばれていて、観覧させていただいた舞台に私は涙が止まらなかった。

あれがお姉様にとって、巫女舞の最後だとは非常に残念だった。

あれほど早生まれの自分を恨んだことはなかった。

 

いつもであれば、お姉様はお家のお手伝いで夏は忙しいのだけれど、今年は特別。

少し羽を伸ばしていいと言われた様で、私たちと一緒にバカンスを楽しむことになった。

私達から1日遅れで、昼過ぎに沖縄にやってくる。

今は桜井さんが空港まで迎えに行っている。

はしたないとは分かっていても、どうしてもそわそわと落ち着かなかった。

姉の到着を今か今かと待っていると、窓の外から一台のエレカが家の前に止まったのが見えた。

 

私は慌てて鏡で身だしなみを整えて、2階から玄関ホールへと下りた。

 

 

「お姉様!」

「深雪、元気そうね」

「お待ちしておりました」

 

姉はにっこりとほほ笑んだ。

姉は夏らしい涼やかな水色のワンピースを着ており、長い髪は簪でまとめられていた。

洋服と黒い木の柄と藍色のトンボ玉の簪はお姉様にお似合いだった。

 

「お疲れではありませんか?」

「東京より飛行距離は短いから大丈夫よ」

 

お姉様は私の頭を撫でる。

ちょっと子どもじみているけれど、姉が私の髪を撫でるこの手が大好きだった。

 

「深雪さん、積もる話はお部屋でしませんか」

 

桜井さんに言われ、私ははっとした。

久しぶりの再会に舞い上がってしまったようだ。

 

「そうですね。失礼しました。お姉様、こちらへどうぞ」

 

私がお姉様をリビングへ案内しようとしたところ、丁度あの人が2階から降りてきた。

 

「達也」

 

それは私にも見せた事の無い姉の笑顔だった。

花が綻ぶように、まさに内側の美しさが外側に滲み出るような笑みだった。

茫然とする私を置き去りにしてお姉様はあの人の所へ近寄った。

 

「久しぶり、学校はどう?」

「久しぶり。順調だよ」

「一緒に旅行するのは初めてね。楽しみだったの」

 

お姉様の微笑みにあの人も一瞬頬を緩めた。

あの人が笑った。

ほんの一瞬、だけど確かに雰囲気が変わった。

私はその事実が信じられなかった。

仲の良い二人の雰囲気に二人にフツフツと心の中で湧き上がるものがあった。

 

「お姉様、早く行きましょう。お母様もお待ちです」

 

私は話している途中のお姉様の手を取り、リビングへと向かった。

お姉様はあの人を振り返ったが、あの人は文句も言わず私たちの後ろを着いて来た。

 

 

 

 

 

 

大好きな姉にも一つだけ、許しがたいことがある。

それはお姉様とこの人が婚約者だという事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母様とお姉様とのお茶を終え、お姉様をお部屋に案内した。

無駄に大きな別荘は客室も多く、姉の部屋は私の隣だった。

荷解きを終えた姉とテラスで海を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 

「今日は夕方からセーリングの予定です」

「あら、そうなの。夕日も綺麗に見えると良いわね。深夜様と達也も一緒よね?」

 

お姉様は期待を込めた目をして、少し照れくさそうに私に尋ねた。

私はこの目を知っている。

同級生の女の子たちにも同じ目をした子がいる。

それはまさしく恋する乙女の瞳だった。

 

「ええ、そうですが…」

「深雪は不満なの?」

 

歯切れの悪い私の言葉にお姉様は少し寂しげに笑った。

お姉様にこれだけの思いを寄せられているがあの人だと思うと、腹が立って仕方なかった。

 

「よりによってどうしてお姉様の御相手があの人なんですか。お姉様には悠お兄様のような方がお似合いです。少なくともあの人はガーディアンで、お姉様には相応しいとは思えません」

「どうして、と言われても私には達也以外を選ぶという考えはないわよ」

 

私の不満にお姉様は当然のようにそう言った。

あの人とお姉様は婚約者だ。それも生まれて1か月もしない内に婚約が決まり、今もそれは継続している。

 

「なぜですか!!お姉様ならば十師族直系の家でも恐れ多いほどの方です。それがなぜあの人をお選びになったのですか。御家に言われての事ならば、深雪はお姉様のお味方を何時だってしております」

 

あの人もお母様の子で、私の兄。四葉の血を引く存在だから、きっと九重もそれを目当てにしているのだろうと使用人の誰かが口にしていた。

叔母様は二人の婚約に関して口は出さないし、今後どうなるかもあの方の裁量次第だ。

 

だが、私にはあの人とお姉様は不釣り合いにしか見えなかった。

どう考えてもあの人にとってお姉様は身分不相応の高貴な方なのに、お姉様は使用人同然に扱われるあの人に恋をしている。

あの人もまんざらではなさそうな様子が私には腹立たしかった。

 

「深雪」

 

一言、名前を呼ばれただけ。

それだけなのにお姉様の目が私を射抜いた。

諭すように柔らかなのに、黒曜石のような黒々とした瞳に思わず背筋が伸びた。

 

「も、申し訳ありません」

 

お姉様の怒りを買ってしまった。

折角のバカンスなのに、私は何をしているのだと私は頭を下げた。

あれも、これも、きっとあの人のせいだと心の中で悪態をついた。

 

「顔を上げて、深雪。私は怒っていないわよ。貴方が私のことを思っているのはよく分かるわ。それでも家同士のことだからとか、決められた相手だからなんて絶対言わない。私は本当に幸せなことよ」

 

お姉様はゆったりと言い含めるように私の髪を梳いた。

 

「深雪は、お姉様のことが分かりません」

 

頭をあげても、お姉様のことを真っ直ぐに見ることはできなかった。

 

一体あの人のどこがいいのだろう。

『術式解体』以外、大した魔法も使えない。

想子の保有量は多くても、魔法技能はとても優秀とは言えない。

そのため、身体技能を磨くことでガーディアンとしての地位を得ることができた。

弱ければ四葉の中で生き残ることはできない。

そんな兄の事を私はほとんど知らない。

家の中でも他人同然に生活しているし、四葉の血を引いていても使用人と変わらない扱いを受けている。それがあの歴史ある九重家に認められ、婚約者となっている。

 

私にはお姉様の気持ちも、九重と四葉の考えも理解できなかった。

 

「きっと分かってくれると信じているわ。私を思ってくれるのならば達也を大切にして頂戴。

貴方が達也をどうしたらいいのか分からないのなら、私が大切にしたいと思う相手だから大切にしてくれたらいいの。兄妹と思うなと言われても、私には貴方も彼も掛け替えのない存在なの」

 

お姉様は悲しそうな顔をしていた。

そんな顔をさせてしまって、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。

姉は確かにあの人の事を思っている。

そこまで言ってもらえる兄が羨ましくて、大好きなお姉様を取られた様で悔しかった。

 

「…分かりました。お姉様がそこまで言われるのでしたら、努力します」

 

だから私もこんな素直じゃないことを言ってしまう。

昨日だって桜井さんに言われたのに、この天邪鬼な口は何時だって生意気な事しか言えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄は本土より日の昇っている時間が長いらしく、夕日にはもう少し時間がかかりそうだった。コバルトブルーの海はキラキラと夏の日差しを受けて光り輝いていた。

 

舟は8人乗りのセーリングヨットで、操舵主とその助手の人、私達で乗組員は7人となった。

操舵手の話によれば、運が良ければクジラやイルカも見ることができるらしい。

低気圧が接近している様で、少し風が強いが上陸まではしないので天気は荒れないそうだ。

遠ざかる景色を見ながら、隣に座る達也を盗み見た。彼は熱心に帆船の操作を見ていた。

 

「お姉様、見てください」

「なにかしら」

 

私の視線が達也に向いているのに気が付いたのか、深雪は私の手を引いた。

深雪は私が達也と話すことをあまり快く思っていない。

可愛い独占欲ではあるけれど、せっかくの旅行なのに達也と話せないのは残念だと言う気持ちが強い。

私も毎日の稽古であまり自由な時間はなく、達也も日夜訓練と勉強だそうでとても忙しくしている。連絡は許されているが、それも週に1度あるかないかのことだ。

 

 

ため息を笑顔で隠し、深雪と共に船旅を楽しんでいた。

頬を撫でる風は優しいが、どこか精霊が落ち着かない。

沖縄自体初めて来たが、来てからずっと後ろ髪を引かれるような、誰かに呼ばれているような気がする。

慣れない土地で本土と精霊も違うのだろうかと考えるが、精霊魔法は問題なく使えた。

注意深く海面を見ていると、精霊たちが私に悪意を伝えた。

それは船尾側から近づいてきていた。

 

「桜井さん、達也」

「なんですか」

「なにか、いませんか?」

 

私の発言に二人は警戒を強めた。

言葉は少なかったが、その何かが単なる海の生物ではないことを二人は気が付いていたようだ。

 

緊張感が肌を刺す。

操舵主の助手は必死に無線で叫んでいる。

聞えた言葉の中には潜水艦という文字があり、雰囲気からして国防軍ではなさそうだ。

沖縄という位置を鑑みても、おそらく大亜連合の潜水艦が領海侵犯をしているところに出くわしてしまったようだ。

 

「お嬢様、雅、二人とも前へ」

「分かっています!」

 

深雪は高圧的な物言いで達也に席を譲った。

深夜さんも桜井さんに守られるように船頭側にきている。

 

「くそっ、通信が・・・」

 

通信妨害を受けている様で、助手の人も操舵主も顔は厳しく、焦りが浮かんでいた。

 

「見せてください」

「お嬢ちゃん!」

 

私はポーチに入れていた汎用型のブレスレットタイプのCADを腕につけ、キーを指で叩く。

通信障害は電波によるジャミングである可能性が高い。発信源もそう遠くなければ解除するのは容易だ。

 

「これでどうですか」

「やってみる」

 

助手の人が港の管制に通信を繋げた。

どうやら通信障害は無事取り除かれたようだ。

 

 

船尾の方を見ればCAD片手に桜井さんが魔法を海面に叩き込んでいた。

 

「深雪」

「お姉様」

 

私は震える深雪の肩を抱いた。

彼女は信じられない物を見るように達也を見ていた。

きっと彼が魔法を使ったところを見たのだろう。

この旅行で彼女の中で何かが変わっている。

私はそう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

港の管制室でいくつか話を聞かれ、私たちは別荘に戻ることになった。

夕食後、私が達也の部屋で話をしていると、達也が不意に部屋の窓の外を見た。

 

 

「誰か来たの?」

「ああ」

 

外を見ると、白い軍服姿の男性が二人、家の前に立っていた。

 

「今日の潜水艦の事で事情を聴きに来たのでしょうね」

「俺と桜井さんで話すから、雅は部屋に戻っていてくれ」

「私も行くわ」

 

達也は渋っていたが、私は是非とも顔を合わせたいと思っていた。

 

「あの軍人さん、顔なじみの人なのよ」

 

達也のその時はきっと、ハトが豆鉄砲を食らったようだと言うのだろう。

私はそれが可笑しくてクスクスと笑った。

 

 

 

 

二人でリビングに下りると、そこには涼しい顔でお茶を出す桜井さんがいた。

上手に隠しているが、不服そうな様子が窺えた。

 

「風間の小父様、沖縄で演習ですか?」

「おや、雅さん。君も来ていたのか」

 

私の姿を捉えた風間さんは一瞬鋭い視線となったが、すぐさま柔らかい人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。

 

「ええ。司波家のお誘いを受けまして、お邪魔しております」

 

私自身、自分の家の立場と価値をよくよく言い聞かされている。

何が起こらずとも私がいるだけで風間さんがあれこれ思案してしまうのも仕方ないことだろう。

 

その後、深夜様と深雪が降りてきて、話をすることとなった。

 

 

 

達也曰く、魚雷自体が発泡弾だったようだ。

スクリューをダメにして生け捕りにするつもりだったらしい。

電波障害は私の魔法で解除させたが、魚雷を分解したのは達也の魔法だ

 

「兵装を断定するには根拠として弱いが」

「無論、それだけではありません」

「他にも根拠があると?」

「はい」

「それはなんだい?」

「回答できません」

「・・・・・・・」

 

達也は真っ向から回答拒否を申し出た。

それは彼の目を持ってすれば可能なことだが、その事実を告げる必要はない。

その後、深夜様がそろそろ終わりにしてはどうかと拒絶の意思を示したことで風間さんはソファーから立ち上がり、この家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日は接近した低気圧の関係で、朝から天気は荒れ模様だった。

マリンスポーツやショッピングにも向かない天気であり、どうしようかとリビングに集って検討をしていた。

 

「どうしようかしら?」

 

深夜様がチョコンと首を傾げる。

仕草が子どもらしいというか、彼女の見た目の幼さを助長する。

桜井さんの方が若いのだが、どうしても深夜様の方が年下に見えてしまった。

 

「そうですね。琉球舞踊の観覧などどうでしょうか。衣装の着付け体験もできるそうですよ」

 

桜井さんがディスプレイを起動し、コントローラーを操作し、案内を呼び出した。

予約や事前申し込みもいらないようで、気楽に参加できるようだ。

 

「面白そうね。深雪さんと雅さんはどう思いますか」

「私も良いと思います」

「私も観てみたいです」

 

深夜様は私と深雪に尋ね、達也に意見は仰いでいないところが少し寂しい。

ちらりと達也を見るが、彼の顔つきに特別変化はなかった。

深夜様は桜井さんに車の手配を頼むが、この講演は女性限定らしい。

必然的に達也は観覧できない。

 

「達也、今日は一日自由にして構いません。確か昨日の大尉さんから基地の見学に誘われていましたね。丁度よい機会ですし、訓練に参加させてもらえるかもしれませんよ」

「わかりました」

 

深夜様は自由にとは言いながらも、達也に基地に行くように命じた。

彼にとってあまり休暇は休暇らしくないようだ。

 

「あの、お母様」

「なにかしら」

「私も兄さんと、ご一緒してもよろしいでしょうか」

 

これは私も達也も驚いた。

深夜様は深雪が急にこんなことを言い出したため、訝しげな視線を向けていた。

深雪は二、三度視線を彷徨わせた後、理由を述べた。

 

「えっと、私も軍の魔法師がどんな訓練をしているのか興味がありますし、ミストレスとして自分のガーディアンの実力は把握しておく必要があると思います」

 

深雪の解答にしばし、深夜様はじっと考え込んでいたようだった。

深夜様は深雪の同行を許した。

ただし、四葉関係者と分からない様に達也に深雪の事をお嬢様と呼ぶことを禁し、兄弟として振る舞うよう命じた。

これには深雪も一瞬ドキリとしたようで、小さく肩を上げた。

 

「雅さんは私と沖縄舞踊を観に行きましょうか。」

「私もご一緒してよろしいのですか?」

 

深夜様がこういいだすことは意外だった。

てっきり私も空軍基地の見学に行くように言われるのかと思っていた。

 

「神楽とはまた違うでしょうけれど、勉強になると思うわ」

「ええ。ぜひご一緒させてください」

 

沖縄舞踊に興味はあったし、軍施設に立ち入ることは私の家の関係上褒められたことではない。思いがけない申し出に私は賛同することとなった。

 

「お姉様は、お母様と行かれるのですか?」

 

だが、深雪は絶望した目で私を見ていた。

きっと達也がいれば私も付いてくると思っていたのだろう。

 

「深雪さん、二人だけで何か不都合でも?」

 

深夜様の言葉は『ないわよね』と副音声が付きそうな有無を言わせない物だった。

深雪も自分が言いだした手前、ここで意見を変えるわけにもいかなかった。

 

「………いえ、ありません。失礼しました。」

 

深雪は不服そうながらも達也と施設見学に向かった。

 

 

 

 

 

車の中で私と深夜様は隣に座り、公演が行われる会場へと向かっていた。車内には私と深夜様、桜井さんの3人が座っている。

 

「深夜様、お気遣い有難うございます」

「あら、なんの事かしら」

 

コテンと深夜様は首を傾げた。

素知らぬ顔をしているが、この方は色々と考えてくれている。

 

「私を軍の基地から遠ざけてくださったことです」

 

京都の九重を知る人物がどこまでいるか分からないが、私が軍関係施設に顔出しすれば親戚や従事の神官達は良い顔をしない。

神職として表向きの争い事からは遠い位置にいなければならない。

そんな私の立場を理解して、深夜様は私を誘ってくれたのだ。

 

「たまたまそうなっただけよ」

「ですが、結果的に助かりました」

「お礼は九重神楽で良いわ。深雪さんが珍しく大興奮だったのよ」

 

深夜様はにっこりと笑った。

見る者を魅了する魔性の笑みだった。

魅入られそうになるのをぐっと堪え、私も笑みを浮かべた。

 

「まだ男装舞の練習をしているところですので、お恥ずかしながら御見せできるようなものではありません。ですが、近いうちにご覧いただけるよう精進いたします」

 

男装舞を始めたのはこの5月に入ってからで、まだ3か月しか練習していない。今までと同じ部分もある一方、剣の使い方や歩法など初めて覚えることも沢山ある。人前で披露できて、尚且つ舞台に上げてもらえるのは秋以降のことだろう。

 

「そう。楽しみにしているわ」

 

深夜様は笑みを深めた。

この方と一対一で接することに若干の苦手意識はある。

私や深雪には厳しくも優しいが、達也には一切の愛情の欠片も見せてはいない。血の繋がった息子としては認識しているが、深雪のガーディアンとして相応しいか目を光らせている。

私にはそれがどうしても辛かった。

 

親子の形はそれぞれだと思う。

十師族やそれに連なる家、私のような特殊な家は特にそうだ。

深雪は少しずつ彼との距離を近づけようとしている。

おそらく深夜様もそれを知ってはいるが、咎めるようなことはしていない。

 

この旅行がきっかけとなって少しでも家族の距離が近くなればいいと私は願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄に来て2日目の朝

 

ベッドから起きて時計を確認するといつもと同じ5時だった。

夏の日差しを遮るカーテンをあけると、天気は朝から夏らしい晴天となった。

台風は無事に過ぎ去ったようだ。

身だしなみを整え、2階の部屋からキッチンへ下りる。

まだみんな起きてくる時間ではないし、水でも貰ってから少し鍛錬に出かけることにした。

キッチンに繋がる扉に手を掛けると、中に人の気配を感じた。

 

「おはようございます」

「おはようございます、桜井さん。お早いですね」

 

まだ日も昇り始めたころだと言うのに随分と早くから、桜井さんは起きていた。

 

「今日は少し朝食を凝ろうと思って早起きしました」

「そうなんですか」

「雅ちゃんはお散歩、というより運動かしら?」

 

桜井さんは私の服装を見て、そう言った。

沖縄という気候を考慮して、通気性と速乾性の良い半袖シャツと7分丈のジャージだ。

朝のこの時間は普段境内の掃除か朝の修行に加えてもらっている。

夏休みだからといって怠けて、身体を動かさないと舞台を下ろされてしまう。

 

「朝食より前には戻ってきます」

「ええ。気を付けてね」

 

お水を一杯貰ってから、桜井さんに行先を告げ、玄関に向かった。

しっかりと靴ひもを締めていると、階段を下りる音が聞えた。

もう一人どうやら誰か起きてきたようだ。

 

振り返ればそこには達也がいた。彼もなにか運動をするのか、動きやすい軽装だった。

 

「鍛錬か?」

「そうだよ。」

「俺も行こう」

 

彼も日頃から訓練を欠かしていないので、休みだからといってそれを怠ることはないのだろう。彼との手合せは久しぶりで、胸が高鳴った。

 

「お手柔らかにね」

「こちらこそ」

 

朝から一緒だなんて、今日はいいことがありそうだ。

 

 

 

 

近くの砂浜で準備運動をしてから、組手をする。

ゆっくりと動作を確認しながら行う組手は集中力とゆっくり動かすための筋肉を使う。

早く動かすことは反動で出来るが、ゆっくりした動作は筋肉と柔軟性、バランス力を要する。

ゆったりした舞の多い神楽では、このような練習も取り入れられている。

 

ゆっくりとした動きの次は素早い動き。同じ型を徐々にスピードを上げて行う。

達也も私も額からは汗が流れ出ていた。

朝とは言え夏の日差しは容赦なく私達に降り注いでいた。

水面が太陽の光を反射し、輝いている。

吹き抜ける海風は涼しく、少しだけ熱さを軽減させた。

 

型の訓練が終われば、最後に実戦形式の勝負をすることになった。

一撃一撃が重い達也に私は防戦一方だった。

隙を見て反撃をするが、軽くいなされてしまう。

距離をとっても達也の方がリーチが長いので、不利となる。

 

距離を詰めて懐に潜りこんで掌底で顎を狙うが、ギリギリの所で避けられる。

少しだけバランスが崩れたところに足を掛けて引き倒す。

達也は半身になって片手を付き、空いた手足で蹴りの攻撃に移る。

その蹴りを避けずに足首を掴み、力を流すことで達也を地面に倒した。

 

「大丈夫?」

 

手を伸ばしたが、達也は大丈夫だと自分で立ち上がった。

ちょっと悲しかったが、負けた相手の手を借りたくないのだろうと都合のいいように考えた。

 

「強いな」

「力だったら達也の方が上だよ」

「いつも俺は転がされているんだが」

「九重仕込みは伊達じゃないのよ」

 

達也の背中についた砂を払う。

お互いに護身術を越えるレベルで体術を仕込まれている。

今日はあくまで組手の延長だったから、私が勝てたが、武器あり、殺傷ありなら確実に達也に軍配が上がるだろう。

 

「軍の風間大尉とも知り合いなんだろう」

「そうだよ。東京の伯父の所で時々一緒に訓練しているから、私の兄弟子になるよ」

 

風間さんは東京の伯父の元で忍術、体術の訓練をしている。

古式魔法師の出自だそうで、その縁あって九重で修業をしている身らしい。

 

「達也は昨日軍の訓練に参加させてもらったんでしょう。どうだった?」

「面白かったよ。CADも貰ったから調整しているところだ」

「後で見せてくれる?」

「いいよ。雅のCADも調整しようか?」

「いいの?」

 

自分の道具は自分で調整、整備できるようにというのが九重(ウチ)の方針ではあるが、流石にCADのシステムは難しい。

自動調節器による調節はどうもしっくりこなくて、どうにか方法を模索している最中だ。

達也ならば魔法理論や工学に関する知識は人並み以上にあるので、私にとっては喜ばしい申し出だった。

 

「ああ。折角だし、練習させてくれないか」

「勿論」

 

達也が一瞬微笑んだ。

その笑みだけで私の心臓は高鳴るの。

これが恋なのかと火照る頬を夏のせいだと言い訳にした

 

 

 




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