人を救うのもまた言葉であると思います。
およそ2週間の冬休みは終わり、新学期が始まった。
休み中の話題に花を咲かせるA組の中で、いつもと違うのは交換留学で雫がいないこと、USNAから交換留学生が来ていることだろう。
今回は一高だけではなく、二高、三高、魔法科大学にもそれぞれ留学生が来ているらしい。
魔法黎明期の海外交流が積極的な時代ならいざ知らず、現在では魔法師は国によって厳重に“管理”されている。
魔法技術流出予防と一人でも多くの魔法師を確保するために、海外渡航も制限されている。
その流れを断ち切るようにいきなり交換留学となったのは10月31日のあの事件が大きいだろう。
大亜連合艦隊と軍港を一瞬にして地図上から消滅させた大爆発は世界各国を震撼させた。
原因究明が急がれるとともに、魔法によるものではないかという説も浮上している。
現在公式に発表されている十三使徒に続く戦略級魔法師の存在は世界のパワーバランスを一転させる。
その存在に焦っているのは直接的な被害を受けた大亜連合だけではなく、海を渡ったUSNAも危機感を抱いているとのことだ。今回の留学もおそらくそれを見越してきているのだろう。
「どんな人でしょうか」
そんな世界の情勢まで考えてはいないほのかは、少しばかりの緊張と楽しみが混じった表情で私に尋ねた。
「女子生徒らしいわよ」
裏事情を知る生徒、知らない生徒といるが、まだ姿の見ぬ留学生にそわそわと浮き足立っている。
深雪が主席として校長室で顔合わせをしているので、そろそろ戻ってくるだろう。
ほのかに冬休みのことを聞きながら、留学生を待っていた。
ほのかは雫が留学するギリギリまで北山家でお世話になっていたらしい。
雫の留学先はバークレーだそうだ。魔法研究で有名なのはボストンだが、東海岸は反魔法師団体の活動が活発ということでバークレーになったらしい。
HRの予鈴を告げるチャイムが鳴った時、深雪が留学生を連れて教室に戻ってきた。
そのとたん、教室中が言葉を失った。
留学生は深雪と比肩する美少女だった。
光を受けて輝く金髪に空をイメージさせるスカイブルーの瞳。
ツインテールという少々子供っぽい髪型も彼女のスマートな大人びた顔立ちを和らげていた。
黒曜石とサファイヤを並べてもどちらも見劣りしない。
深雪や兄のように整った美貌の持ち主がいるとは意外と世間は狭いものだ。
「なんか、すごくキラキラしてます」
「言いたいことは分かるわ」
とにかく絵になる二人だった。
クラス中が留学生の美貌に見惚れており、入学式の時、深雪の美貌に見惚れていた様を彷彿とさせた。
深雪が教壇の位置でクラスに留学生の紹介をした。
「アンジェリーナ・クドウ・シールズです。皆さん、よろしくね」
太陽のような笑顔に男子だけではなく、女子も色めきだった。
美少女の微笑みとは罪作りであるなと、私は拍手を送った。
リーナの美貌は黙っていれば絵画の中から出てきた天使にも見劣りしないだろう。
だが、生まれた時から吉祥天より美しく魔性の美貌を持つ兄と深雪に囲まれて育ち、光宣君という美少年にも度々会っていた私の眼は随分と肥えている。
私に釣られるようにしてクラス中から割れるような拍手が巻き起こった。
どうやら留学生は好印象でクラスに迎え入れられたようだ。
始業時間も迫っているので、雑談は抜きにして、彼女は席に着いた。
深雪を挟むようにして私と彼女が座っている。
「改めまして、アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。よろしくね。リーナって呼んでください」
「九重雅です。よろしくお願いします」
「光井ほのかです。よろしくお願いします」
席に着いたとき、目が合ったので私とほのかも自己紹介をする。
コーカソイド特有の真っ白な肌と金髪碧眼は近づいてもその美貌に陰りはなかった。
ソバカス一つない顔は陶磁器のように滑らかで白く、金髪は絹を染めたかのように艶やかだった。
深雪とは傾向の異なる美少女は纏う霊子もキラキラとまぶしいものだった。
「端末の使い方はあちらと変わらないと思うけれど、一通り説明するわね」
「お願いするわ」
深雪がリーナに端末の使い方を教えている間、クラスメイト達も質問攻めにすることはなく、遠巻きに見守っていた。
いや、近づけないと言う方が正しいだろうか。
深雪と並んだ姿があまりにも浮世離れしていて入りにくいに違いない。
今日一日、A組は賑やかになるだろうと私も端末を起動させた。
休み時間になれば予想通り、噂の美少女留学生を一目見ようと廊下は生徒で一杯だった。
はじめは1年生だけだったが、しばらくすれば上級生たちも集まっていた。
最初は遠巻きに見ていたクラスメイト達もリーナの側に来て質問をするようになった。
リーナの持前の明るさ、気さくさもあって、彼女の周りに人は絶えなかった。
今日の昼はひとまず私達と食べることになったが、明日以降の約束も既に取り付けられているようで、人気者は大変だと感じた。
達也に一人分追加で席の確保をお願いして、私たちは食堂に向かった。
達也を含めたE組の4人と合流し、リーナを紹介する。
予想通り、達也以外の3人は均整のとれた顔立ちを茫然と見ていた。
昼食はいつも通り和やかに始まった。
周りの視線もあるが、ほとんど好奇心から来るものであるし、深雪がいる時は大抵注目されているためそれほど気にはならない。
「そう言えば、リーナは九島閣下と親戚なのか。確か閣下の弟がUSNAに渡って家庭を築いたと記憶しているんだが」
達也が気になっていたことを代表して聞いた。
魔法師の国際結婚が奨励されていた時代もあり、魔法師でハーフやクオーターは珍しくない。
エイミィや西城君がそうだろうし、逆に海外に渡った日本人も少なくはない。
魔法師以外の国際交流も盛んで、帰化した外国人も珍しくない世の中となっている。
「良く知っているわね。私の母方の祖父が九島将軍の弟よ。雅とも親戚になるのよね」
「そうなのですか、お姉様」
聞いていないとムッとした批難の目を深雪から向けられる。
確かにリーナの発言は間違いではないが、受け取り方としては誤解を招くものだった。
「私の曾祖母の妹が九島閣下の奥様だから、私とリーナは遠縁でも血縁はないわよ」
「えっと、リーナと雅は血がつながってない親戚ってこと?」
家系図を思い浮かべるように上を見ながら、エリカが言った。
「ええ、そうよ」
九重に外国の血が入るなんて、それこそ天地が引っくり返るような出来事だ。
婚姻の際には家系調査は念入りにされるが、あくまで九重本家と縁を結ぶ家だけで、その嫁ぎ先の親類の婚姻まで口出しする権利はない。
九島家の婚姻に関しても当時の風潮からすれば珍しくはないことであり、それで九重がどうこうするわけでもない。
『パレード』が流出したとなれば少々気がかりだが、当主からどうするか言明されていない以上思案する以上の事はする必要がない。
「意外と世間って狭いわね」
「私もそう思うわ」
エリカの発言には同意する。
特に魔法師の世界は絶対数が少ないので、何かしらの縁があることが多い。
今回も数奇な巡り合わせだ、と思いたいが時期が時期だけに裏を感てしまう。
私の家に関してそれ以上の事は気にはなっている人もいたが、家系の詮索はマナー違反だとよく分かっているため、好き好んで空気を乱す人はいなかった。
リーナが留学して一週間がたち、彼女の実力はクラスの垣根を越えて知れ渡ることになった。
一緒にいる深雪と並んでも見劣りしない、対比するような金髪とサファイアの瞳を持った美貌も相まって、その勢いはとどまることを知らない。
美貌もさることながら、その魔法力も彼女を有名にする一因となっていた。
今はリーナと深雪が実験用の装置の前にいる。
クラスメイトだけではなく、わざわざ見学に来ている自由登校になった3年生も二人の勝負の行方を見ていた。リーナの魔法力は同学年だけではなく先輩の間でも有名になっており、こうして先輩が見に来ることは初めての事ではない。
渡辺先輩と七草先輩も来ており、目が合うと軽く手を振られたので礼を返した。
A組で行っている実験は細いポールの上にある金属球の支配をどちらが奪えるのかというゲーム性の高い実験であり、それゆえ単純な魔法力が示される。
「カウントはリーナが取っていいわ」
「OK」
向き合う二人の目は真剣そのものだった。
「3・2・1」
リーナのカウントに合わせ、二人同時にコンソールに手をかざす。
「「GO!!」」
二人は掛け声と共に据え置き型のパネルインターフェイスCADに指を滑らせる。
発動速度は目視ではほぼ同等か、ややリーナが優勢。
座標となった金属球で干渉力がぶつかり合い、眩いサイオン光輝が実験室に広がる。
なまじ目を覆えば防げる感覚ではなく、外からの魔法干渉の抑制の弱い生徒は首を振ったり、目をしばたたかせたりしていた。
光輝は一瞬で消え、金属球はリーナの方に転がった。
「あー、また負けた」
「ふふっ、これで二つ勝ち越しよ」
盛大に悔しがるリーナに、余裕ではなくどこかほっとしたような深雪。
この実験、同学年では私と深雪の実力が頭一つ以上出ているため、必然的に毎回深雪と組んでいた。
この噂を聞きつけた新旧生徒会のメンバーに試合を申し込まれたが、圧勝してしまい申し訳ない気持ちになったのはつい最近の事だ。
私以外には負ける事の無い深雪がリーナ相手になんとか勝ち越している状況であり、それだけリーナの魔法力は卓越している。
少なくとも基礎単一系の発動速度は私と同等であり、今回は深雪が発動速度以上に干渉力で上回ったためどうにか勝てた状況だ。
「すごいですね」
隣で二人の勝負を見ていたほのかがぽつりとつぶやいた。
ほのかは光のエレメンツ、魔法発動時のサイオン光にも敏感だ。
そのほのかから見ても二人の魔法力は圧倒的だったのだろう。
「深雪の作戦勝ちだけれど、基礎単一系だけでみれば、実力はほぼ拮抗しているわね」
私とリーナの戦績も似たり寄ったりだ。お互い魔法構築速度には自信を持っており、大抵スピード勝負となる。
今の戦績は私が勝ち越しているが、リーナも負けじとくらいついてくるから私もつい熱くなってしまう。贅沢な言い方かもしれないが、張り合う相手がいるということは悪くない環境だった。
「あ、始まるみたいですよ」
もう少し勝負をするようで、この後4回実験を行い、深雪の二つ勝ち越しで勝負を終えた。
あちらこちらの生徒に引っ張りだこだったリーナと留学当日以来のお昼を一緒にすることになった。
「大人気ね、リーナ」
「ありがとう。皆さん良くしてくれるわ」
エリカの褒め言葉にあっけらからんとリーナは答えた。
照れたり、下手に謙遜せず飾らない言葉は私たちに目新しく映り、民族性はあれど彼女の魅力の一つなのだろう。
「リーナはUSNAを代表してきているからすごいだろうと思っていたけれど、まさか深雪さんや九重さんに匹敵するとは驚いたよ」
吉田君は私と深雪を見ながらそう言った。
「驚いたのは私のほうよ。深雪と雅には勝ち越せないし、ほのかには総合力では勝っていても精密制御では負けるわ。私も魔法の発動速度には自信があったけれど、基礎単一系での構築スピードでこれだけコテンパンにされたのは初めてなのよ。さすが魔法技術大国・日本ね」
リーナは少々オーバーアクション気味にそういった。
リーナの話では向こうの高校でも負け知らずだったのに、日本で互角の実力をもつ魔法師がいることに驚かされたとのことだった。
人口規模は違えど、魔法師の比率は日本は世界トップクラスを誇る。婚姻による因子が大きい魔法師において、比較的婚姻統制をしやすい風土があったこともあるが、それ以上に技術の進歩が目覚ましい。その中でも深雪は間違いなく同世代の中では頭二つは抜き出ているだろう。
その深雪と張り合うリーナも間違いなく規格外の魔法師だった。
「見てなさい。必ず留学が終わるまでに勝ち越してみせるんだから」
「リーナ、実習は実習であまり勝ち負けにこだわらなくてもいいと思うわ」
熱くなったリーナを深雪がやんわりとたしなめるが、リーナはせっかくゲーム性の高い実験なのだから勝負にこだわったほうがいいと臆せず言った。
こういったところも私たちには目新しい光景だった。
その後、達也にもたしなめられ、リーナも自分が勝負に熱くなっていることを認めた。
その際、若干エリカからシスコン発言があり、空気を変えようと達也は話を切り出した。
「話は変わるが、アンジェリーナの愛称は『アンジー』だったと思うのだが、記憶違いか?」
達也の質問は決して不自然な物ではなかった。
だが、リーナの顔には一瞬の動揺が見え隠れした。
「いいえ、でもリーナと略すことも珍しくないわよ。エレメンタリー、えっと小学校の同じクラスにアンジェラって子がいて、その子のあだ名がアンジーだったのよ」
「なるほど。それでリーナは『アンジー』ではなく『リーナ』と呼ばれるようになったのか」
リーナの動揺など一切気に留めなかったといった雰囲気で、達也は納得といった風に首を縦に振った。
金曜日の夜、司波家で週1回のCADのメンテナンスを受ける。
4月からの慣れた作業だが、達也の前で下着になるのは流石にいつまでたっても慣れなかった。
正確な測定をするために、できるだけ肌を覆うものが少ないほうがいいとは分かっているとはいえ、羞恥心がなくなるわけではない。
深雪には勝負下着で挑んでみてはどうかとアドバイスされ、2,3点デザインが派手なものを贈られた。
ただでさえ緊張する私にそんなものを着る勇気はなく、箪笥の奥で眠っている。
いつも通りスムーズに計測を終え、素早く浴衣を着なおす。
最近は肌寒くなってきたので、ガウンも羽織り、計測値を眺めている達也の隣に座る。
汎用型の整備は達也に任せているが、特化型は私も最近調整できるようになってきた。
特化型CADは命を預けるものだから、特に念入りに整備をしている。
今回は両方の整備をする予定だが、測定値を眺める達也の横顔が心なしか曇っていた。
「どうしたの?」
どこか数値の異常でもあったのだろうか。
体調は悪くないし、精神的にも落ち着いていると思う。
最近は古典部の研究発表の準備で忙しいが、メイン発表者でもないため根を詰めすぎていることはないはずだ。生データを見るが、サイオンの活性化など数値は良かった。
「いや、余裕を持って設計したつもりだったが、CADの処理能力が雅の魔法力についていけなくなっている。深雪もそうだったから、リーナが来ていい刺激になっているみたいだな」
達也は調整画面に表示を切り替える。
私の問題というより、エンジニアとして達也の頭を悩ませるようだ。
「確かにUSNAを代表しているとはいえ、予想以上だったわ」
私と深雪はお互いに高め合っていたからどうにか勝ち越せているが、ここにきてリーナという存在は新たな刺激になっているのだろう。
ライバルらしいライバルがお互いしかいなかった分、リーナの存在は確かに私たちの勝負心に火をつけていた。
遠慮なく本気で実力をぶつけられることは日々の成長につながっているのだろう。
私も深雪も普通の高校生レベルの魔法師だとは思っていない。
それは実力を同じくするリーナもまた然り。
「達也はリーナがシリウスだと考えているの?」
昼休みの質問は不自然な問いかけではなかった。
灼熱のハロウィンの一件以降、スターズが動いているという話は耳にしている。
実力主義のUSNAなら高校生だろうとスターズ入りしている可能性はある。
名は体を表すというように、『リーナ』という愛称は『アンジー・シリウス』との関係を隠す意味合いがあるのかもしれない。
「その可能性が高いと思う。だが、シリウスは大物過ぎる」
「彼女が来訪者なのかしら」
「可能性が高いが、単純すぎないか?」
兄は年が明ければ来訪者があり、私たちとも浅からぬ縁となると言っていた。
だが、リーナを来訪者だと決めつけるのは早計な気がした。
あの兄ならば、そんな単純な言い回しは使わない。
言葉遊びは彼の十八番であり、含みを持たせた表現など呼吸をするかのように紡ぐ。
問題なのは来訪者が浅からぬ縁となること、つまり深くかかわる人物や物事である可能性が高い。
敵対するか、味方になるかはまだわからない。
「どのみち、今はまだ様子見ね」
「それしかないな」
向こうがシリウスとしての尻尾を見せても、明確に敵対することがなければこちらとしても手出しをする必要はない。達也も私もそのような指示を互いの家からされているわけでもなく、あくまで自由裁量の範囲内のことだ。
「リーナが仮にシリウスだとして、リーナは諜報役に向いているとは思えない。
USNAの切り札というべきシリウスを隠れ蓑にして、本隊は別に動いているはずだ」
「シリウスが動くほどの大物事件・・・」
その時、私の脳裏に兄の別の助言が頭によぎった。
「『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを覗き込んでいるのだ』
これってどういう意味だと思う?」
「ニーチェの『善悪の彼岸』か」
解釈は訳者によって異なるが、ここで意味する深淵は人間の心の最奥部にある、哲学者たちがあえて掘り下げることをせずに隠しつづけてきた「より深い洞穴」「広大で異様で豊饒な世界」、つまり深淵があるとされている。
だが、日本における深淵は別の意味を表している。
日本政府が対外的に公表している戦略級魔法師は五輪澪、その魔法名と二つ名は【
水面を球状に数十km規模で陥没させる魔法であり、潜水艦、揚陸艦など海上兵器には天敵の魔法だ。
共通点といえば『十三使徒』という点があるが、直接対決するどころか、会うことすらまずないだろう。
彼女は日本の戦略の切り札。
虚弱な体質を鑑みても、常に監視と護衛が付けられている。
迂闊に手出しをして外交問題に発展するリスクを考えればUSNAとしても利はないはずだ。
「その言葉が悠さんの言葉遊びなら何かしら意味があってのことだろう。USNAの情報も注意してみておくよ」
「そのほうがいいわね」
取り越し苦労で済むならそれでいい。
横浜事変のように危機的状況なら直接言ってくるはずだから、今回はそこまで大きな規模のものではないかもしれないし、まだ動きを見せていないだけかもしれない。
仮初の友人とはいえ、リーナと敵対する状況はできれば避けたいとは、私も随分と甘くなったものだ。
今回は少し短めです。
低速ですが、頑張って更新はしていきますので、よろしくお願いします。
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