恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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あ、ありのままに起こったことを話すぜ。
1話分として書いていたらなぜか1万7千字を超え、2話に分割することになった。おかしいだろう。
ついでにもう一つ分のエピソード入れようとしてたんだぜ(゜Д゜≡゜Д゜)?






来訪者編6

次の日、リーナは学校を休んだ。

あの騒ぎで流石に生徒の一部も気が付いたらしく、大きな混乱にはならなかったが、後処理に追われた。

リーナの方はUSNAのサポートスタッフも校内に入り、混乱に乗じて脱出していた。

パラサイトに憑りつかれていた女性はリーナの知り合いということで尋問があるだろうと思っていたが、特に十文字先輩は問い詰めるつもりはないらしい。

エリカはまだ仲間なのではないかと疑っているようだが、完全な仲間という確証がない以上、下手に手出しはしないとのことだ。

 

あの封印したパラサイトは同日夕方、祈子さんの家で内々に処理された。

処理した者の証言では、霊体の大きさからしていくつか分裂したモノの一つらしい。

封印から逃げた吸血鬼だけではなく、まだ複数の吸血鬼がこの東京近郊に隠れているということだ。

 

達也は吸血鬼対策として八雲(叔父)のところで理の世界への攻撃方法を特訓している。

理の世界に攻撃を行うことは古式魔法師にとって魔性対策としてよく知られていることだが、現代魔法しか知らない者にとって習得することは才能が左右される。

達也は精霊の目というアドバンテージがあるため、3日で情報の次元に攻撃を当てることができるようになったが、まだ決め手になるほどの成功率も威力もないとのことだった。

1週間ほど訓練をしているが、行き詰っているらしい。

だが、深雪からできると全面的な信頼と断言をされてしまった以上、達也は不可能だと言うこともできず、頑張るさと苦笑いをこぼした。

 

 

 

 

 

 

吸血鬼の接触からおよそ1週間

前触れもなく、USNAから持たさされたニュースは朝の情報番組をにぎわせていた。

 

「これは…」

「雫から教えられた情報と同じね」

「ああ」

 

ニュースの中身はとあるUSNA政府関係者の内部告発という体をとっていた。

USNAが朝鮮半島で起きた日本軍の秘密兵器に対抗する手段の開発を魔法師に命じた。

魔法師は科学者たちの警告を無視し、マイクロブラックホールの生成実験を強行。

異次元からデーモンを呼びよせ、これによって日本の機密兵器に対処しようとしたが、管理を離れて暴走した。

巷を賑わせている吸血鬼事件はこれが原因であり、魔法師がデーモンに乗っ取られて、事件を起こしていると報道されていた。

 

脚色は随分とされているが、結論として言いたいのは魔法師排斥だ。

東海岸では随分と人間主義の運動が高まっているというし、デモも発生しているらしい。

 

「圧倒的に魔法師ではない人間が多い以上、世論がどちらに傾くかは明確だな。それより気になるのはニュースソースだ」

 

いくら吸血鬼事件が民間レベルで騒がれているとはいえ、USNAがトップシークレットとして守っている情報だ。それが内部告発という形であれ、漏れ出るのは如何なものだろうか。

軍に本当に告発者がいたのか、可能性は低いが外部侵入したハッカーから情報をリークされたのか、報道の文面からは読み取ることができない。

 

 

達也が考えを巡らせた後、電話機のコンソールに手を伸ばして、中断した。

どこかに確認をとろうとしたのだろうが、何か躊躇う理由があったのだろう。

 

「聞いてみましょうか」

 

少なくともこの程度のソースなら海を隔てていても千里眼には見えるはずだ。

USNAの軍内部の今後の動きも含め、詳細な情報が得られるだろう。

 

「いや、今は良い」

 

達也は迷いながらも首を振った。

家には吸血鬼と遭遇したことはもちろん伝えているが、報告だけであり、その後の対応については私に一任されている。達也に力を貸せとも、迅速に処理しろともいわれていない。

今回の一件は単に七草、十文字だけではなく、四葉も動いている。

彼らの狙いが何にせよ、藪を突っついて蛇ににらまれるようなことはしなくてもよいとのことだった。

 

達也が誰にかけようとしたのかはわからなかったが、戸惑ったところを見ると全面的に彼の味方というわけではなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

朝、いつもより少し早く学校の最寄り駅についた。

学校までは一本道であり、降りる乗客のほとんどが魔法科高校生または教員だ。

3人で改札を出たあたりで待っていると、遠くからでも人目を惹く見事な金髪が見えた。

その表情はどこか暗く、朝から覇気がなかった。

顔をややうつむいたまま改札から出てきたリーナは達也と私を見るや否や、一目散に踵を返し、改札口へ戻った。

 

「おはよう、リーナ」

「・・・・おはよう、深雪」

 

だが、改札の方には深雪が素早く待ち構えていた。

 

「人の顔を見て逃げ出すとはどういう了見だ」

「あ、アハハハハハ」

 

リーナは乾いた笑いを浮かべた。

どうやら反射的に逃げ出してしまったようで、笑ってごまかすことにしたらしい。

 

「まあ、無駄話をして遅刻する理由もないからな。歩きながら訊いても構わないか」

「え、ええ」

 

話題は同然、今朝のニュースについてだった。

リーナも見たようで、その顔は不服げな様子が浮かんでいた。

 

「どこまで本当なんだ」

「肝心なところは全部嘘っぱちよ。表面的な事実だけ押さえてあるからタチが悪い。情報操作の典型だわ!」

 

リーナは不満を爆発させていた。私たちが事情を知っていて話しても問題ないという相手だから、溜まっていた鬱憤を消化させているのだろう。

 

「やはり世論操作か」

 

リーナの言葉に達也は納得したようだったが、リーナはその態度が理解できなかった。

 

「やっぱりって?」

「いや、単なる推測だ。それより、表面的な事実関係は正しいんだな」

「・・・そうよ!」

 

リーナは不本意丸出しで吐き捨てるように言った。

まるでUSNAの魔法師全てが悪として報道されているかのようなニュースに腹を立てているのだろう。もしかしたら彼女にとっても寝耳に水だったのかもしれない。

 

「あの内容なら当然機密扱いになっていただろうが、外部の人間から調べられたのか」

「・・・・・・・・・『七賢人』よ、たぶん」

 

苦々しく流麗な眉をひ潜めながら、リーナはポツリとそう答えた。

 

「『七賢人』?ギリシャ七賢人と関係あるのか」

「The Seven Sages を名乗っている組織があるのよ。詳細はUSNAも尻尾をつかめていないわ」

 

USNAが正体を掴めていない組織ということで、私たちは驚いた。

 

「USNAの組織なんだろう。それが正体不明なのか」

「あるのよ。悔しいことにね。七賢人って組織もあっちから名乗ってきたことだし、分かっているのはセイジの称号をもつ7人の幹部がいるってことだけなのよ」

「賢人か。そのままだな」

「だから、いったじゃない」

「ちょっと、リーナ。お兄様に当たらないでちょうだい」

 

怒り心頭のリーナに深雪が冷ややかに釘を刺した。

深雪の指摘は話題と的外れであったが、言葉に詰まったリーナはぶつぶつと何かつぶやいていた。

ここからは推測と今までのかかわりからの判断らしいのだが、七賢人は人間主義といった狂信的な存在ではないそうだ。

どちらかといえば愉快犯的な存在で、USNAがその情報に助けられたこともある。

どのような手段を用いて情報を仕入れてきたのか、情報の出どころは不明だが、その情報が外れたこともない。

 

 

『七賢人』

USNAの機密情報を盗むことができる存在。

父や兄ならもしかしたら正体を知っているかもしれない。

 

千里眼は九重の歴代当主のみがもつ異能だが、それが海外にもある可能性は否定できない。

物理的な距離を無視して情報を把握できるこの異能は情報システムを介さずに情報を仕入れることが可能だ。異能であるため、科学技術では太刀打ちできないのがこの能力の強みである。

 

「リーナ、もう一つ確認してもいいか」

「・・・なに」

 

校門までもう少し距離があったが、達也は質問を切り上げることにした。

リーナも真面目な表情をしていた。

 

「パラサイトをこの世界に呼んだのは意図したことか」

「いいえ。本気でそう言っているなら、私、怒るわよ」

 

怒ると言いながらもすでにリーナは怒っていた。その対象は達也ではなく、別の対象に向いていた。

 

「私はすでに『感染者』を4人も処分しているのよ。これが誰かの仕組んだことだったのなら、私は許さないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナは朝から気分が優れなかった。

体調が悪いとか、気分が憂鬱というわけではなく、とにかく腹の虫の居所が悪かった。

イライラとした気持は自分に出番がないことを理詰めで言い聞かせ、納得させ、落ち着かせていた。

 

昼休みを終えるころには冷静さをいつも通りとは言わないながらも、随分と普段通りに振舞うことができていた。

自分は感情のコントロールが向いていない。

上官にも指摘されたリーナの弱点でもあった。

仮面のように、本物と見まごうばかりに仮装行列を展開することができたとしても、心までは誤魔化せない。いくら規格外の魔法力と戦略級魔法の使い手であっても、16歳の少女。

上からも多少はまだ多めに見てもらえていた。

 

ランチタイムを終え、教室にリーナは戻っていた。

席はまばらではあるが、真面目な日本人らしく半数が席についていた。

A組は深雪や雅もいるせいか、特に真面目な生徒が多いというのはリーナの感想だった。

 

「あら、雅は?」

 

リーナは予鈴が鳴っても姿の見えない雅の所在を深雪に尋ねた。

 

「お姉さまなら今日は大学の研究に呼ばれているから午後からお休みよ」

「大学の研究?」

 

リーナは首を傾げた。雅が部活動で古式魔法の研究をしていることは知っているが、わざわざ大学の研究まで出向いて手伝っているのだろうか。

 

「放課後、中庭で古典部との合同研究があるからリーナもどうかしら」

「ああ、そうなの。大学の研究に呼ばれるってことは、雅って相当優秀なのね」

「お姉さまの優秀さは私が改めて言うまでもないけれど、分野が特殊であるから、そもそもの研究人数が少ないそうよ。USNAはどうなのかしら」

 

達也と同じように滲み出るような愛しい瞳をしながら深雪は説明した。

深雪は雅に幻想を抱いているというか、神聖視している。

深雪の思いは崇拝まではいかないが、彼女たちの間には一種の花園を感じていた。

リーナはそんな態度も織り込み済みだという風に、深雪の問いかけに答えた。

 

「研究者がいないわけではないと思うけれど、どちらかと言えばUSNAは魔法の軍事利用が主だから私も詳しく知らないわ。EUの方が古式魔法の研究は盛んだったはずよ」

 

リーナが知っている知識は現代魔法に偏っている。パラサイトのことも事件が発生してから聞かされたことであり、リーナは古式魔法といいう存在は身近ではなく、その研究というものには多少なりとも興味があった。

 

「私も行ってもいいのかしら」

「ええ。生徒会は優先的に入れてもらえるから、安心してね」

 

リーナも一時的とはいえ生徒会メンバーに入れられているので、席は確保されているらしい。

 

「楽しみにしておくわ」

 

研究テーマなど詳しく聞きたかったが、生憎とチャイムに邪魔をされ、放課後までの持ち越しとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になり、深雪、リーナ、ほのかは発表が行われる中庭に移動していた。大学の発表を高校の敷地でやることは珍しく、多くの生徒が集まっていた。

深雪たちは生徒会役員なので、直接会場で発表を見ることができるが、入りきらなかった生徒のためにライブビューイングも行われている。

 

いつもの中庭には大掛かりな舞台が組まれていた。地上から2メートルほど高く作られた木組みの舞台があり、上手には神社のようなセットがある。また、舞台後方には赤く細長い絨毯が敷かれている。

さらに舞台の前にはしめ縄で囲われた席があり、ゴザに赤い座布団が敷かれ、神酒と柏が供えてあった。

 

 

これからどのような実験を行うのか聞かされてないリーナは首を傾げた。

 

舞台が建てられているのは室外という場所ではあるが、聴衆の席は透明なイベント用の囲いがされているため室内と変わらず温かかった。

前方には移動が可能な巨大スクリーンと、発表用の演説台が置かれていた。席は当然というべきか、達也たちE組のメンバーもいた。

 

「お兄様、お待たせしました」

「待ってないよ。俺たちの実験が早く終わったから、先に来られただけだから」

 

3人分の席は確保されており、達也たちの前に3人は座ることになった。

 

「あら、リーナ。久しぶりね」

「ええ、久しぶり」

 

エリカはにこやかに微笑みながら眼だけは挑戦的にリーナを睨みつけた。

エリカは先日の一件について根には持っていないが、本人を目の前に能面のように感情を出さないというわけにはいかなかった。

美月と幹比古はハラハラと心配しながら今にも火が付きそうな様子を見守っていた。

エリカとリーナは暫し睨みあっていたが、先に折れたのは意外にも仕掛けたエリカだった。

 

「まあ、今は良いわ。雅の舞台の前に水を差したくないからね」

「そうね」

 

リーナも大人しく席に着いた。

ここで事態を大きくするのは得策ではなく、何より人目がありすぎた。

 

「随分とカメラも来ているわね」

 

会場の後方には記者とカメラが結集していた。

20社ほどだろうが、魔法師関係の学術誌ならともかく、大衆向けの大手メディアも取材に訪れていた。

 

「魔法関係以外のメディアも来ているな」

「これって普通なの」

 

リーナの問いかけに達也は首を振った。

 

「いや、大学関係者やその手の研究を取り扱っている企業や魔法関連の広報誌ならともかく、大学教授の発表、しかも古式魔法の研究にこれほどメディアは集まらない」

 

彼はトーラスシルバーの名前で魔法研究をしており、発表は会社の人間がプレゼンをするのだが、発表の場にどのようなメディアが来ているのかは聞き及んでいた。だから今回の異様さが分かり、しかも軍事目的や産業と直接結び付かない古式魔法は、普段は見向きにもされない分野だ。

だからこそ、今回の集まりように裏を感じていた。

 

「なにか意図することがあるということでしょうか」

 

ほのかは心配そうに後ろのメディアを盗み見た。

自分たちが発表や会見をするわけではないが、記者たちの雰囲気は決して魔法師に対して好意的なものではなく、居心地の悪さを感じていた。

 

「発表そのものか、もしくは魔法師について問い詰めたい連中もいるんだろう。今朝ニュースがあったとはいえ、随分とスクープがほしいようだな」

「なにそれ。あいつら発表の邪魔をしに来たってこと?」

 

エリカは殺気を込めた刃のように鋭い視線を記者に飛ばした。

何人か記者が身震いしたので、美少女の、それも怒りの表情は威力があるのだろう。

 

「邪魔はしないさ。いくらか難癖は付けられるのは発表者もこの状況なら織り込み済みだろう」

 

日本では大規模なデモや抗議運動は発生していないが、今後の動きによっては人間主義の風潮が日本でも高まる可能性がある。

ただでさえ横浜事変と、朝鮮半島での爆発で世間はまだ落ち着いていないというのに、吸血鬼を招いたのが魔法師の落ち度となればそれ見たことかと鬼の首を取ったようにメディアは騒ぎ立てている。

今回の研究発表は殺傷性のない魔法であり、世間の風潮を荒らげるようなことはないとは思うが、記者は恰好の機会を逃すはずがないと達也は踏んでいる。

ハイエナのように学生研究にたかるメディアに達也も確かに嫌悪を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

会場には徐々に人も集まり、開始時刻前にはすでに満席になっていた。

生徒会役員だけではなく、風紀委員も万が一の事態に備えて待機している。

メディアが多数来ている以上、スパイの可能性も否定できない。厳重にチェックされているが、盗撮機器などの精度は年々向上しており、人の目でも警戒は必要となっている。

 

ピリピリとした緊張感の中、最初の発表は一高の図書・古典部だった。

壇上には一人の女子生徒が登場し、一礼をして説明が始まった。

 

「今回、私たちが行った研究は古式魔導書の解読と再現です。元となった文献は図書・古典部所蔵のもので、解明されず放置されていたものでした」

 

スクリーンには古ぼけた紺色の表紙の魔導書が映し出された。

表紙には金字でタイトルらしきものと、丸と直線で描かれたいくつかの図形が重なり合うように描かれている。

 

達也にはこの本に見覚えがあった。四月、風紀委員室で埃をかぶっていた魔導書の写しがこれと酷似していた。原書が図書部にあったことは聞いていたが、どうやらそれが解析されたらしい。

 

「文章は全てこのような特殊な文字をしていました。まずこの文字自体、既存の魔法言語学にあてはまるものではありませんでした。

文節が一定の区間で区切られており、いくつか共通した単語らしき存在も確認できました」

 

映し出された文献の文字は所々擦り切れているが、原型はとどめている。

いくつかの文字が映し出されていくが、作者の癖のある文字なのか、既存の魔法言語学にあてはまるものではなかった。

 

「これらが何を意味した言葉なのか。いくつかの既存の解析方法を試した結果、答えは鏡にありました。こちらは16世紀以降西洋で使われていたテーベ文字の一つAです」

 

スクリーンに映し出されたのはアルファベットのyのような形をした文字だった。それが映像のなかで上下反転にされ、さらに鏡のように左右に反転された。

 

「この魔導書は魔女の間で使われていたテーベ文字を上下反転し鏡文字にし、さらにそれを一定の法則で順番を入れ替えてありました。これが置換に用いた表です」

 

テーベ文字とはラテン語をベースにした西洋魔導書に用いられてきた文字だ。独特の形をもつテーベアルファベットと英字アルファベットの置換表がスクリーンに表示される。

 

「置換後の文章から解明したのは、これはとある魔法研究の成果だということでした」

 

スクリーンが再び魔導書の表紙に切り替わる。

 

「表紙のこの図形は魔法陣であり、構造だけ描かれ、肝心な文字列がありません。そこに魔導書の中にある説明通りに文章を順にあてはめていくと、このような図形になります」

 

表紙の図形に文字があてはめられていき、完成したのは一昔前に流行った黒魔術のような奇怪な魔法陣だった。大円の内側に小円が4つ、それを繋ぐように四角が置かれ、さらに45度ずらした四角形が刻まれている。

中央には二重の円があり、図形のいたるところには細かな解析前のテーベ文字が刻まれている。

 

「この魔法陣によって発動するのは基礎単一系の跳躍術式と減速魔法ですが、一般的な刻印術式のようにサイオンを送り込むのではなく、自動でスキュームする機能が入っています。これは今年7月に発表されたトーラスシルバーの飛行術式のデバイスに使われているものと同じ手法であり、魔法師はイメージによって跳躍を可能にします」

 

ここで一人の男子生徒が舞台袖からステージに上がる。

その手には30cm四方の金属製のプレートを携えており、聴衆に分かるように掲げて見せた。そこにはスクリーンに映し出されているものと同じ魔法陣が刻まれていた。

 

男性生徒はステージ中央にに刻印を刻んだプレートを設置し、ステージ端まで下がる。少し加速をつけて走り、プレートを右足で踏み込むとふわりとその体が宙に浮いた。

もちろんCADは身に着けておらず、事象改変の反応はプレート部分を起点として発生していた。

男子生徒は3mほど飛び上がると、跳躍したスピードの10分の1のスピードでゆっくりと降下した。

 

「跳躍距離は1mから最大25mまで可能であり、着地も組み込まれた低率減速魔法で安全性は確保されています。

低率減速もある程度調整でき、降下速度も変更可能です。今回は会場の設計上、3mに設定しています」

 

魔法師である生徒たちにとっては見慣れた光景だが、後方に控えていた記者たちからは小さな歓声が上がった。

 

「魔法名は『グラスホッパー』

魔法事体は既存ではありますが、この魔法の特徴はCADを操作するという作業を省いていることです。魔法師はイメージだけで魔法発動が可能であり、加えて刻印術式でサイオンの自動スキューム機能は現在発表されておらず、今後ほかの系統魔法への応用も期待されています」

 

古典部の発表が終わると拍手が送られた。1年生グループが中心として開発したという点を見ても、称賛される内容だったのだろう。

 

 

 

「ねえ、達也君。これって、どんなことに役立つの?」

 

拍手を送るエリカが隣に座る問い掛けた。

 

「魔法競技系のスポーツでは使えそうだな。サバイバル系の競技ならトラップになるだろうし、軽新体操なんかにも使えるんじゃないか?」

 

あのように持ち運びできるほどのサイズならば安価で量産は可能であるし、メンテナンスの必要も既存のCADほど必要ない。

古式魔法の長所は細かな整備を必要としない点であり、それを有効に生かしている。

 

「1年生であそこまで研究できるのね」

 

リーナは感心した様子だった。

 

「USNAこそ研究はどうなの?」

「学生がやる研究なんて精々教授の手伝いや学生発表のレベルよ」

 

USNAは基礎研究、または軍事利用の応用が基本であり、学生レベルで本格的な研究をしているのはよほど才能のある魔法師だけだ。

そういう意味では研究熱心な日本人の性格も相まって、日本の研究分野は恵まれていると言えるかもしれない。

 

「そういえば、雅さんは出ていませんでしたが、裏方でしょうか」

 

美月が観客の間を除くように雅の姿を探していた。

 

「お姉さまは大学の研究だから、この後出られるわ」

 

先ほど発表をしたのは1年生を中心としたチームであったが、雅の姿はなかった。研究発表は単に壇上で発表をするだけではなく、裏方も大きくかかわっている。

研究の規模にもよるが、基本的に裏方の支援なく研究は成功しないと言われているほど重要な役割を持っている。

 

「そうだったんですね」

 

今回は大学の研究チームとの合同発表会であり、いわば高校の発表は前座のようなものだ。古典部の発表も発表としては十分な成果と評価を得られるものではあったが、大学の研究は専門性、魔法の難易度合わせはその上を行く。

 

会場は本命である大学の発表を待ちわびていた。




続きます。

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