恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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おかしい
私は1話分を書いていたんだ。
それがどうして半分にしても1万字を超えるのか(; ・`д・´)
ようやくイチャチャできると思ったら文字数だけ増えて話は進んでません


来訪者編8

「どうですか」

「随分と進行しているよ」

 

兄は秀麗な眉を顰めた。

重々しい口ぶりは私を心配するものであった。

 

「皮肉なものだね。神に仕える僕らが、神に近づけば近づくほど気に入られ、人の世から離される。魅入られれば長くはない」

 

かつては神通力、神力とも呼ばれた力はいまだに存在する。

魔法力とは別に高僧や上位の神祇官などは強い霊力を授かる。

それらは悪鬼悪霊羅刹から身を守るためのものであると同時に、唾付きの印だ。今世は無事でも来世が短命になったり、魂ごと輪廻の輪から外され持ち帰られる。

兄は私に宿るその力の度合いを見ていた。

 

「分かっているよね」

「ええ」

 

そう遠くない未来、私は舞うことができなくなってしまう。

それはあらかじめ決められたことであり、数か月の差異はあれど、きっとあと数年のことだ。

回数は両手の数はあるだろうが、きっと数えるだけしかない。

 

「20歳の春、そこが最大限の譲歩だそうだ」

 

あと4年、もうすぐ春がくるので最大3年と少し。

 

「それまでに達也が選ばなければ、君は桜を見ることはできなくなるだろう」

 

短い人生になるかもしれない。

言外に兄はそう告げた。

 

それもそうだ。

13歳の夏、私の命は一度彼岸まで行こうとしていた。

それが今まで無事だったほうが不思議なくらいだ。

あと何度、舞うことができるのだろうか

あと何度、彼に思いを伝えることができるのだろうか

あと何度、私は・・・

 

「それでも、私は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

とあるバレンタイン前の日曜日

 

年明け前に約束をしていた達也と雅のデートだったが、当初の予定とは異なる様相となっていた。

 

「急に悪かったね」

「とんでもないです。お兄様たちが気兼ねなくお出かけできるのであれば私も幸いです」

「後で達也が怖そうだ」

 

二人は約束を交わしたはいいものの、雅の舞台やパラサイトの一件もあり、随分と遅くなっていた。

ようやく日程が合い、深雪も快く二人を見送るつもりだったが、悠が京都から東京まで来ることになった。

雅に直接会って話があるということなので、重大なことである可能性が高いと三人は言葉にはせずともよく理解していた。

それほど話自体は長くはなく、せっかく来たのだからと深雪が悠を誘い、昼を4人で食べ、午後から達也と雅、深雪と悠で別行動になっていた。

 

4人がやってきたのは都心の複合施設。若い女性をターゲットにしたショップだけではなくファミリー向けの遊具施設、劇場や映画館も併設されている。

 

日曜日ともあり人も多いが、その中でも目もくらむような絶世の美少女と美青年の二人組はそこだけ浮世離れしていた。

男性も女性も二人が通り過ぎると、思わず振り返り、小声で話をしていた。

二人とも生まれた時から人の視線を集める容姿をしているが、流石に今日の視線は煩わしい思いをしていた。

悠は普段の和装から、ジャケットとタートルネックの冬らしい装いをしている。どこかの雑誌のモデルより整った顔立ちときれいな立ち姿はただ歩いているだけでも人目を引いていた。

 

こういった日はどこかの芸能事務所のスカウトや雑誌のスナップ写真が行われているので、騒ぎ立てられても面倒な事態になる。

 

「深雪ちゃん、ちょっと手を貸してもらっていいかな?」

 

普段、深雪は人除けを名目に達也に恋人のふりをしてもらいショッピングを楽しんでいるのだが、今回はその役目を悠がしてくれるのだと思った。

 

「はい」

 

悠が差し出した手に深雪は手を重ねた。

その手は女性が嫉妬しそうなほど美しくも男性らしく、筋張っていた。

恋人のように指を絡めたりするわけでもなく、重ねて繋いだだけの手から伝わる体温に深雪はどこか落ち着かなかった。

兄以外の男性に触れられることなどほとんどないことに加え、魔性のごとき美しい悠に触れられていると思うと、深雪は自然と鼓動が早くなった。

深雪はいわゆる面食いというわけではないが、平均以上どころか間違いなく神様に祝福されたとしか考えようのない美形が隣にいて緊張しない女性などいないと若干混乱する頭で結論付けていた。

 

隣を歩く悠は深雪のそんな感情などきっとお見通しで、ただ優しく微笑むだけだった。

この笑顔は達也()深雪()に向けるものと同じだったので、深雪としてはどうも子供に見られているようで少し癪だった。

 

 

手を繋がれていることに少し慣れ始めたころ、歩いていくにつれて深雪はあることに気が付いた。

 

「悠お兄様、これは?」

 

今まで自分たちに向けられていた視線がなくなった。

自分たちが通り過ぎても振り返られることもなければ、こそこそと見られることもない。

自分たちの存在が見えていないわけではなく、人とぶつかることはないが注目されすぎることもない。

 

「小野先生だったかな?君の所にも認識阻害のスキルを持つ人はいるだろう。その類だよ」

「サイオンレーダーに引っかからないのですか」

 

これがもし光波系の隠遁術式なら深雪も多少なりとも事象改変の予兆は感じ取れるし、鬼門遁甲のように精神に働きかけるものであるのならば深雪も秋に経験済みだった。

だが、どちらもサイオンレーダーに感知され、すぐさま魔法師の警察官が駆け付ける事態になる。

 

「霊子的な操作だから、違法にはならないよ」

「霊子的な操作?」

 

霊子は情動を司っている粒子だとされている。それがどのようにして認識疎外を行っているのか、深雪は見当が付かなかった。

 

「詳しい説明はできないけれど簡単に言えば、視界に入りにくくするってことかな。超記憶の持ち主でない限り、すべての風景や通りすがっただけの人の顔を記憶しながら歩いているわけではないだろう。

だが、目を引く存在、例えば目的地の看板だったり、路上で演奏しているミュージシャンだったり、何かしら自分の中で目的意識があったり、引き寄せられる要素、この場合は音楽だったり人垣だったりがあると、自然とそちらに目が行く」

 

「引き寄せられる存在ではなく、まるで通り過ぎる風景の一部として私たちが周りには見えているということですか」

 

「その通り」

 

よく出来ましたと言わんばかりに悠はにっこりと笑った。

深雪にとっては便利な術式であり、興味はあったが、目立たないとはいえ魔法に関する話は避けた方がいい。それ以上に術式について詳しく聞くことはマナー違反でもあり、深雪は大人しく術の恩恵に甘えることにした。

 

 

 

 

 

 

二人は一通りウィンドウショッピングを楽しんだ後、水族館に併設されたカフェに来ていた。

店員は二人の美貌に驚き、定型通りのあいさつも噛みながら席に案内した。

 

店内にも水槽がいくつもあり、クラゲや熱帯魚などの小さな海の生き物が展示されていた。

薄暗い店内もあって、二人が入店してもそれほど騒ぎになることがなかったのは都合がよかった。慣れたこととはいえ、よくもわからない他人からじろじろと好奇な目を向けられることは気分の良いことではなかった。

通されたのも奥の席で、通路を通る客からも見えにく場所になっているのも好都合だった。

ケーキと飲み物を頼み、二人は一息をついていた。

 

「今日はありがとうございました。お兄様たちお二人だけの時間ができてよかったです」

「恙無く上手くいっているようだね」

 

悠がその気になれば、二人の行動どころか会話内容の詳細までその目で見ることができるが、流石に妹のデートシーンを覗くような無粋な真似はするつもりはない。深雪の様子からそう予想したまでのことだった。

 

「お兄様がご自身のお気持ちをいつまでたっても認められないのは、少々もどかしくはあります。あれではお姉さまが報われません」

「達也にはどれだけ自分が緩んだ顔をしているのか、一度カメラに収めてみせるべきじゃないかな」

「そうですね。あれだけ特別だと目が物語っていても、自分では見られませんから」

 

クスクスと二人で声を潜めて笑いあう。

どこからどう見てもお似合いのカップルで、ケーキセットを持ってきたウエイターも思わずトレー片手に固まるほどだった。一人だけでも奇跡的な美形が二人も揃うと、たとえ薄暗い空間でもそこだけ眩い光が散っているような感覚を覚えていた。

正気を取り戻したウエイターから注文した品を受け取り、深雪は紅茶、悠はコーヒーのセットを味わいながら、近況を話し合っていた。

 

 

 

 

話は学校のことを中心に、話題は達也と雅の関係についてが多かった。

ケーキも食べ終え、話も一通り終わると、悠は微笑みを絶やさないまま問い掛けた。

 

 

 

「深雪ちゃん、心配なことがあるのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

射干玉(ぬばたま)のような黒い瞳が私を見た。

吸い込まれそうなほどに黒く美しい瞳はまるで心の奥底まで見透かされているようだった。

一瞬兄と姉がいるので、何も心配はないと言おうと思った。だが、この方を前に私の薄っぺらい仮面など無いも同然の存在だった。

 

「時折思うのです」

 

私は落ち着くために、ぬるくなった紅茶を口にした。冷めて渋みが出ているが、落ち着くにはちょうど良い刺激だった。

 

「私がお兄様を解放することが、お姉様とお兄様が幸せになれるのだと

けれど、私はそうすることができないのです」

 

これは懺悔だ。

 

「お兄様とお姉様の事を私は誰よりも敬愛しております。ご結婚なさるのであれば、私は心から祝福いたします。けれど、私は一人になってしまう。それが堪らなく、恐ろしいのです」

 

これは誰にも打ち明けたことのない、心の内だった。

 

「二人の幸せを望んでいながら、二人を縛り付ける。私はそんな私が許せないのです」

 

二人のやさしさに甘えている。兄が自分から離れられないことをいいことに、姉が兄同様私も大切にしてくれていることに、縋り、甘え、守られ、救われている。

 

兄をガーディアンの身分から解放し、姉と普遍的な幸せを築かせてあげられるのは自分だけ。

それを知っていて、理解してなお、私は二人を手放せない。

それは甘えだと、我儘な独占欲だと自覚していた。

兄がどれほど深く自分のことを考え、身を粉にしてくれているのに、私は自分が孤独になることを恐れている。

 

本当なら墓場まで持っていくと決めていた思いだった。

それを敬愛する悠お兄様に話してしまった。

呆れられたかもしれない。

蔑まれるかもしれない。

愚かだと糾弾されるかもしれない。

 

深雪は静かに水槽の青の水を見た。

大海原にいるはずの魚たちは水槽のという小さな箱庭の中で守られている。敵に襲われることなく、何もしなくても餌が与えられる。

小さな偽りの海の中で完結する世界は果たして本物の命の営みだと言えるのだろうか。

 

 

「その感情は自然の事だよ。あの家で君が後ろ盾のないまま、生きていくにはあまりにも孤独だ」

 

悠お兄様は最初に問い掛けた時と同じ、静かな微笑みを浮かべたていた。

 

「だけれど、君には雅も達也もいる。甘えも、弱音も、努力も、幸せも、君といるから分け合える。君がいたから達也は生きる理由を見いだせたのだし、君がいたから達也は守られている」

「私がお兄様を?」

「そうだよ」

 

私はいつもお兄様の背中を見送るだけだった。

その体がどれだけ傷つこうと、どれだけ困難にさらされようと、お兄様は立ち上がる。

私を守るために、何があったとしても。

危険な目にあわせて、我儘を聞いてもらっているばかりの私がお兄様を守っているとはどういったことだろうか。

 

「身内で達也の味方になれるのは君だけだ。それが達也の心をどれだけ救っているのか、守っているのか、もっと自信をもっていいよ」

 

悠お兄様は迷いなくそう言われたが、私にはその自覚も自信も持てなかった。

 

「・・・そう、でしょうか」

「深雪ちゃんに嘘は言わないよ」

 

確かに悠お兄様の言葉は肝心なところを隠すことや言わないことはあっても、嘘だけはついたことがなかった。冗談めいた分かりやすい嘘はあっても、それが人を傷つける結果となったことは私の知る限りない。

 

「あと、君の不安の一因として周りの将来の相手が次々と決まっているのもあるんじゃないかな」

 

姉と兄の婚約関係は前々からだが、煉太郎さん、悠お兄様も相手が決まり、私の相手だけがなんの兆しも見えない。

そして自分にはその決定権もない。

叔母の頭の中にはいくつか候補がある、もしくはある程度決めているかもしれないが、顔も知らない相手との婚約など考えるのも嫌で仕方なかった。その指摘はすとんと私の胸に落ちてきた。

 

「大丈夫。君の星巡りも案外近くにいるものさ」

 

茶目っ気たっぷりに悠お兄様は片目を閉じた。

千里眼ならばもしかしたら私の相手も知っているのかもしれない。

だがこの場でそれを聞いても何処の誰かはきっと教えてはくれないだろう。

 

それでいい。私の未来はお兄様たちと歩んだ先にある結果なのだから。

 

「悠お兄様がそうおっしゃるのであれば、大丈夫ですね」

 

ふと、この方の星巡りはどのような方なのだろうかと思った。

この世を照らす光源氏にふさわしい、春のように儚く美しい紫の上。

きっと選ばれたからにはどこまでも清廉で美しい方なのだろう。

一瞬、私が悠お兄様の隣に立つ姿を想像した。

けれど、それはあり得ないことだった。

 

悠お兄様の星巡りは“最近”見つかった。

私との出会いは私がまだお母さまのお腹にいるころからだ。

その時既に千里眼としての力をお持ちだったから、私がそうではないことを知っている。

―――少しだけ、この方の隣に立てる女性が羨ましかった。

きっとその二人ならばどこまででも美しく幸せな世界を築いていけるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、深雪と悠と別れた達也と雅はショッピングモール内を歩いていた。

バレンタイン直前の週末とあり、どこもかしこもイベントに合わせてプレゼントのフェアやラッピングなどが華やかになっている。

14日が平日であるため、デートと洒落込んでいるカップルも少なくなかった。

もちろん、それには達也と雅も入っているのだが、深雪や悠のように特別人目を引くわけでもないので、普通通りの買い物風景だった。

 

「どこか行きたい店があるか」

「それならチョコレートを見に行ってもいい?」

 

雅は今年手作りをすると達也は聞いていたので、道具や材料はすでにそろえてあるはずだ。

そこから導き出されたのは急に必要になった分だ。

 

「悠さんか?」

「正解。来るならもっと事前に言っておいてほしかったのだけれど、あげないとそれこそ後で拗ねるのよね。毎年すごい量をもらっているのにね」

 

雅はわざとらしくため息をついた。仕方ないとは思いながらも、あきれ顔だった。

達也が知っている限り、悠の人気は神格化され、信仰の対象にされているとも言われるほどだ。

深雪は女子だからか、誰に渡すのかで周りは賑やかだったが、悠はもらう側だ。本人だけでなく、九重神楽を知っている者からしたらそれこそ一世一代の機会だ。

 

「呆れるほどすごいのか」

「二高では一部の生徒が取りまとめて全員でチョコレート一箱っていうルールが決まっていたのだけれど、裏では内緒で渡してくれって紙袋二つでは収まらないほど頼まれたわ。」

 

雅の話では悠が在学中のころは高校内部での統率が取れていたが、雅に頼めば渡せるとあって毎年雅もかなりの量を預かっていた。

そもそも、統率が必要なほど悠を取り巻く状況は特殊だったのだろう。

時期九重家当主とあってその伴侶が決まっていない状況では、彼の唯一になりたいと思う女子は決して少なくはなかったはずだ。

あの見た目に加えて、人当たりもよく、尚且つ魔法力も優れているとあれば誰もが一度は可能性があるかもしれないと思うのは年頃の少女らしい淡い夢なのだろう。

 

「メッセージカードだけならチョコと一緒に託けたり、個人的に本人にカードを渡すのはOKになっていたから、それでガス抜きはしていたらしいわ」

 

本来はバレンタインとは西洋の文化であり、九重にとっては異教の文化でもある。それでも宗教の垣根の低い日本、それも若者にとっては一大イベントであることに変わらなかった。

 

「芸能人みたいだな」

「ある意味芸能に携わっているから、間違いではないかもしれないわね」

 

それもそうかと達也は納得した。

悠は魔法科高校卒業後、大学には通わず、九重で神職として勤めている。

彼目当てに参拝をしたり、祈祷を頼みに来たりする者も少なくないことは事実であり、時代が時代ならば神として崇められていただろう。

それほど九重の中でも悠は特別な位置にいた。

 

 

 

 

雅と達也が向かったのは輸入物を中心とした取り扱いを行っている酒店だった。

人の多いショッピングモールにも関わらず、店内は賑やかというより随分と落ち着いたものだった。店内にはワインのサンプルが並べられており、ナッツやシャンパングラスなども置かれていた。

店の雰囲気からはチョコレートを取り扱っている様子には見えなかった。

 

「普段はネット販売が中心だけれど、この時期だけは店頭販売もしているそうよ」

「そうなのか」

 

先日、大学の研究発表で共演したのが九重神楽の流派を組む太刀川の者で、行橋祈子の従兄に当たる人物だった。

日枝神社には毎年多くの奉納品が運ばれ、その中にはお酒も多い。

酒宴も付き合いであることから随分とお酒に精通しており、銘柄だけではなく酒の肴や洋酒のチョコレートも詳しく、雅は彼からこの店を教えてもらったのだった。

 

 

二人がチョコレートのショーケースを探していると、女性店員が笑顔で出迎えた。

 

「お客様、バレンタインにこちらなど如何でしょうか。新発売のチョコレートリキュールの試飲でございます」

 

差し出された小さなグラスにはチョコレートリキュールが注がれていた。

生クリームかミルクと混ぜてあるのか、チョコレートにミルクを混ぜたような色をしていた。

 

「すみません、未成年ですので」

「大変失礼いたしました。落ち着いた雰囲気がお似合いなので、てっきり大学生かと」

 

店員の接客(リップサービス)を受けながら、チョコレートの入ったショーケースを見せてもらった。

 

「家族用にお酒の入っているチョコレートでおすすめはありますか」

 

「そうしましたら、こちらのボンボンショコラの詰め合わせなど如何でしょうか。オレンジリキュール、シェリー酒、ラム酒、コニャック、日本酒、焼酎の6種類のアソートとなっております。チョコレートもすべて違う調合となっており、香高いお酒の風味と甘いチョコレートの両方を味わうことができます」

 

店員は試食用の半分にカットされたチョコレートボンボンを取り出した。

普通、高級チョコレートの専門店では試食を行わないが、店に人は少なく、バレンタインデーとあって特別なのだろう。

チョコレートを指でつまみ、一口で口の中に入れる。

カカオの多いビターチョコレートと香高いオレンジリキュールの風味が通り抜ける。舌の上でガナッシュがトロリととろけ、後味はオレンジの風味でさっぱりしている。

おそらく細かく刻んだオレンジピールも入れてあるのだろう。

お酒の辛みはなく、純粋に香りだけがよく残されていた。

 

味は上々。悠もお酒は好きな部類なので、これは気に入るだろうと雅は思った。

 

「どう?」

「いいんじゃないか」

 

達也も未成年と言いつつ、ガーディアンの訓練の一環として酒は飲まされているので味の良し悪しは多少なりともわかる。

雅は二つ返事にアソートのボックスを2つ購入し、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に出ていくつか店を見て回っていると、なにやら精霊が少し騒がしかった。敵意ではない。

しかし、見過ごすには大きな騒めきだった。

兄が近くにいるときはこのような反応を示すことがあるが、姿は見えない。達也もやや体に力が入っていたので、なにか感知したのだろう。

 

「おそらくリーナだ」

 

達也や兄のように前を向きながら後ろを把握する目はないが、訓練によって監視の目くらいには気が付けるだけの感覚は養っている。

意識を後ろに伸ばすと角の建物から私たちから見ている気配があった。

 

「どうする?」

 

リーナは元々監視役には向いていない魔法師であり、ターゲットに気が付かれただけでまずお粗末としか言えないだろう。

サポートスタッフもいるかどうかわからない中、むやみに私たちから会いに行くのも憚られる。

 

「普通に買い物をしていればそのうち向こうも諦めるだろう」

「そうね」

 

今日はただ純粋に買い物に出かけただけだ。

折角の二人きりなのに残念だという気持ちは口にしなかった。

そんな私の気持ちを汲んでか、達也は私の手を握った。

知り合いが見ているのにと思いながらも、私は達也との距離を少し縮めた。

 

 

 

その後もリーナの分かりやすい尾行は続いていた。

本当に何をしに来たのだろうかと問い詰めたくなる。

おそらく私たちの行動に目を光らせておけと上からの指示があったのだろうが、流石に無駄なところに神経を使わなければならず、いささか面倒に感じていた。

 

「達也、ちょっとお灸をすえてもいい?」

「そうだな。いい加減、あっちも疲れてきただろう」

 

達也も意図もわからず分かりやすい尾行に嫌気がさしてきたようで、私の提案に乗ってくれた。

一端お手洗い入り、達也と別れる。

達也はそのまま近くのベンチで待機し、私は入ったほうとは反対側の出入り口から外へ出る。

 

足音も気配も消してリーナの後ろに回り込む。

リーナはカフェテラスの陰でお茶を飲みながら達也を見ていた。

変装のつもりか、ツインテールにしている長い髪は降ろされ、大きなサングラスをかけている。だが、サングラスでも隠せない美貌は人目を集めていた。幸か不幸か、声をかけるような勇者はいないようだ。

 

リーナは達也に気を取られているため背後の私には全く気が付いていなかった。スターズの総隊長ともあろうものが、随分と警戒心が薄いのではないかと他人事ながら心配になる。

 

 

私は彼女の後ろを通り過ぎて、空いた彼女の正面の席に座った。

 

「こんにちは、リーナ」

「み、雅」

 

リーナは急に座った私に驚き、飲みかけのコーヒーがむせていた。

 

「大丈夫?」

「平気よ」

 

咳込みながらリーナは私を睨んだ。先ほどまで監視していた対象が目の前にいるだなんて、思いもよらない事だろう。

彼女の中ではいろいろと言い訳の理由を考えているはずだ。

 

「私、リーナにストーカーの趣味があったとは知らなかったわ」

「たまたま居合わせただけよ!」

 

リーナはすぐさま否定した。一瞬目が泳いだのを私は見逃さなかった。本当に私たちを監視していたらしい。

 

「今日は、深雪はどうしたのよ」

「私の兄と行動しているわ」

 

彼女の中では私たちは三人セットで考えられているのだろうか。

それに彼女の会話は私と達也が歩いていたのを見たと裏付けるような発言で、墓穴を掘っていた。

 

「やあ、リーナ」

「は、ハーイ、達也」

 

私の隣には達也が立った。リーナの前に座った、彼はこちらに向かって歩いてきていたのだ。リーナは私に気を取られたことで達也から目を離してしまったため、話しかける距離まで接近されても気が付いていなかった。

 

やっぱりこの子は甘いところが多い。

 

「せっかくだし、別の店で話をしないか。ここのコーヒーは口に合わなかったんだろう」

 

確かにリーナのコーヒーはほとんど減っていなかった。

猫舌の可能性があるとしても、冷めたコーヒーは風味が飛んで本来のおいしさとはかけ離れている。

達也の誘いはみはきっとリーナにとって悪魔を前にした審判に他ならなかっただろう。

リーナは笑みを引きつらせながら達也の意見に頷いた。

 

 

 

 

 

 

私の家も長年お世話になっている茶屋がこのモールに出店したとDMが贈られてきた。

今までも東京のデパートで委託販売している場所はあるが、直営店はこのショッピングモールに1月に出店したばかりだった。

お茶の販売だけではなく、ちょっとしたカフェスペースもあり、外国の方にも配慮して掘りごたつとなっていた。

新調したばかりであろう畳のイグサの香りが茶の香りと相まってとても落ち着く雰囲気となっていた。

 

私と達也から尋問を待つばかりのリーナは腹を括ったのか、ツンケンしながらも私たちについてきた。

店内はお茶の時間帯で人が多かったものの、席にはすぐに座ることができた。リーナは苺大福、私と達也は季節の生菓子セットにした。

 

「今日、リーナは何をしに来たの?」

「特に目的はないわ。たまには息抜きも必要でしょう」

「そうね。もうすぐ期末試験もあるし、最近は忙しかったものね」

 

何で忙しいかなどリーナには言わなくてもわかっているだろう。

吸血鬼事件は解決していない。

日本に潜伏している吸血鬼が殲滅されない限り、今後も被害は拡大するだろう。

 

お茶とお菓子が運ばれてきて、ひとまず一息つくことにした。

リーナも私もピリピリしていたのではお茶がおいしくなくなってしまう。

寒椿の練り切りを楊枝で切り分けて、口にする。

甘すぎない上品な甘さが口の中に広がる。

流派にもよるがお茶を食べてから抹茶をのむのがお茶事の一般的な作法なのだが、リーナは先に抹茶をのんでいた。

茶室ではなくここはカフェであるため、お茶席のルールは持ち込まなくていいだろう。

 

「あ、おいしい」

 

リーナが思わず声を漏らした。どうやら本格的な抹茶初挑戦のリーナも納得の味だった。

 

「いい茶だな」

「そうね」

 

普段、抹茶は口にすることが少ない達也でもわかる名店に恥じないいい茶だった。

 

抹茶の風味は口にする前からたち、菓子に合わせて濃い目に点てられている。渋みはなく、旨みの濃い茶だった。

 

だが、おかしな点があった。

明らかに値段に合わない。

詳しい品名はわからないが、抹茶もこの値段で提供されるべき抹茶ではないくらい高級品だ。

器も工業品ではない一つ一つ手焼きの茶器であり、金沢の方の窯元の作品だった。オープン記念かもしれないが、確認する術はない。

 

「生菓子もいいけれど、抹茶アイスクリームやチョコレートも人気があるわね」

「そうなんだ」

 

リーナが甘いものと聞いて目を輝かせた。こういったところは年相応の可愛い面が見られる。

 

「上司へのお土産にどうかしら」

 

「私はあの人の好みはよくしらないのよね。女性だから甘いものは好きだと思うけれど、そもそも好みは知らないの」

 

「そうなのね。和三盆のクッキーはコーヒーにも合うからちょうどいいんじゃないかしら」

 

リーナに命令を下すことができる人物。軍属に女性が少ないのはどこの国も変わりないことであり、まして上級将官となればUSNAでも限られてくる。彼女たちの指揮系統に関してあまり知識がないが、この言葉で達也はある程度検討が付いただろう。四葉にリークするかどうかは彼に任せればいい。

 

「そういえば、雅のこの前の研究発表はすごかったわ。あんなに使い方もあるんだなんて驚いたし、化粧で随分と変わるのね」

「厚塗りだから毎回大変なのよ。達也にはすぐに見破られたみたいだけれど、リーナだって変装は得意でしょう」

「あれを見破れる達也がおかしいのよ」

 

じろりとリーナは達也を睨みつけた。と言っても本気で怒っているわけではなく、悔しさ半分、それを認めるの半分といったところだろう。

 

リーナに探りを入れつつ、お茶会は30分程度で終了した。

話題はUSNAの学校生活やバレンタインのことについてであり、魔法に関することは一般の人もいる場面では不愉快に取られることもあるので控えた。

リーナの話によるとどうやらUSNAにも日本独自の文化として知られているらしい。リーナは誰かに渡すつもりはないらしいが、目が泳いだので、14日が楽しみになった。

 

店から出る前にいくつかお土産を買って帰ることにした。

 

「すみません。注文をしてもよろしいですか」

「かしこまりました」

「6番、7番の抹茶を50gずつと10番のほうじ茶を100gお願いします」

 

隣にいたリーナが私の注文にギョッとしていた。

ショーケースに並んだお茶は確かに抹茶を知らない人が量と値段を見れば驚く値段だろう。

抹茶の値段もピンキリだ。普段から飲めるようなものから、特別な日のための高級茶まで、生産地やメーカーによってその差は大きい。

 

「紅茶だって自販機に売られているものから、専門店のものまで様々でしょう」

「そうだけど、日常でそんなに抹茶って飲むの?」

「これはお土産用よ」

 

伯父のところにはチョコレートを深雪と連名で渡す予定にしている。

甘いものは好きな人だが、生臭坊主といってもお茶事などの素養は深い人だ。普段からお世話になっているし、このくらいの奮発はしてもいいだろう。

 

私が会計をしていると、店の奥から壮年の男性が出てきた。

従業員とは違い、奥ゆかしい色合いの渋柿色の着物を着こんでいた。

 

「九重様」

 

従業員の反応からおそらく店主、もしくはそれに準ずる立場なのだろう。私を見て顔が分かるということは京都の方の店であったことがあるかもしれないが、生憎記憶にはなかった。

 

「おいしいお茶をごちそうさまでした」

「いえ、ほんの気持ちでございます。これからもどうぞご贔屓にお願いいたします」

 

お互いに深々とお礼をして、店を後にした。

袋をみると、注文していないはずの焼き菓子まで詰められていた。

 

「雅、知り合い?」

「茶屋自体は京都にもあるから知っていたのだけれど、店主の方は初対面よ。向こうは私を知っていて、サービスされたから知らんぷりはできないわよね」

「サービス?」

 

リーナは何のことかわからず、首を傾げた。

彼女にとってはどの点が値段以上のサービスかわからなかったようだ。

 

「席に運ばれたお茶、たぶん私が買った値段くらいのモノよ。他のお客さんにはどうしているのかわからないけれど、お菓子付きでメニューの価格で出すには赤字になるわ」

 

抹茶の品目まではわからなかったが、安い抹茶の味ではなかった。

点て方も機械任せではなく、人が点ててあり、水もよかった。

私を九重と知った店主がサービスしたということ以外考えられない。

 

「そうだったのね。私には違いが判らなかったわ」

 

「日常的に飲んでいれば味の違いは多少なりともわかって来るわよ。せっかく日本に来たのだから、大統領のティパーティには劣るかもしれないけれど、お茶席でも設けましょうか。面倒なボディチェックもないわよ」

 

私の言葉にリーナは顔を引きつらせた。

 

「雅、いい性格してるわよね」

 

笑顔を浮かべているものの、蟀谷に青筋でも浮かびそうな表情だった。多少なりとも皮肉は通じたようだった。

 

 

 

 




本日のハイライト

リーナがデートに割り込んだと知った深雪のブリザード(氷の女王様)

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