恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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お久しぶりです。2月中に更新したかったのですが、3月ギリギリの更新になりました。

18巻発売されましたね。これから読みますが、楽しみです(・∀・)


来訪者編10

バレンタインから一夜明けた2月15日

校内は浮ついた雰囲気から奇妙な困惑に変わっていた。

 

なんでもロボ研所有の3H(人型家事手伝いロボット)が魔法を行使したのだという。

朝からその噂を聞き、電子金蚕のようなSB魔法の可能性を含め、私たちは先輩方に呼ばれていた。

最も呼ばれたのは私と達也と古式魔法に精通している吉田君と、特殊な目を持つ美月だけだったのだが、生徒会として問題を解決する責任があると深雪が同行を申し出ると、エリカと西城君も便乗したため、大所帯となった。

 

五十里先輩から事の詳細を聞くと、なんでも自己診断プログラムを実行した3H・タイプP94、通称「ピクシー」は既定の手順通りに診断を終えた後、なぜか学校のサーバーにアクセスを始めた。

ピクシーの自己診断自体に異常はなく、通常であれば再びサスペンド状態に戻るはずだったが、それがなぜか学校の生徒名簿に不正アクセスし始めたのだった。

サーバーはすぐさまそれを感知し、検索を止めるべく指令が送られた。

その命令に従ってアクセスを止めるべきはずのピクシーはなぜか拒否できてしまった。

結局サーバーへの無線アクセスを強制的に切ることでピクシーは停止した。

 

何者かがピクシーを不正操作した形跡はなく、監視カメラには表情を変えないはずのピクシーが嬉しそうに笑っていたのだというから、謎は深まるばかりだった。

その後、廿楽先生が調べてみたところ、高濃度の想子が電子頭脳の部分から観測されたらしい。

加えて霊子もピクシーから観測されたため、電子頭脳の解析を含め、その原因究明のために私たちは呼ばれた。ロボ研のガレージでは設備が不十分なため、メンテナンス室にピクシーを移動させ、解析することになった。

授業は中条先輩の会長権限で出席扱いになるそうだが、やや気が引けた。

現在、自走式の台車に取り付けられた椅子に座っているピクシーはサスペンド状態であり、特に異常は感じられない。

 

「雅、それは?」

「妖魔の封印のためのものよ」

 

吉田君とエリカが机の上に置いた箱を訝しむように見ていた。

これは祈子さんがパラサイトの校内侵入以降、古典部の部室に置いていたものだ。

真言の刻まれた桐箱は素人目にも普通ではないものかよくわかるのだろう。

 

箱を開け、中に入った赤い紐2本取り出しす。

太さは私の親指ほどで、長さはおよそ10m。

紐には木札がいくつかつるされており、全て封印のための印が墨で刻まれている。

二本の紐をピクシーの両手首と両足首に結び付け、反対側の端は私が握っている。

 

「すでに見た目だけでアウトな気がするが・・・」

 

西城君がぼやくようにピクシーを見ながらそう言った。

確かに美少女型ロボットと赤い紐の組み合わせは、倒錯的な雰囲気があることに否定はしない。

 

「へえ、あんたの好みってあんな感じなんだ」

「んなわけねーだろ!」

 

西城君とエリカの漫才をBGMに私は準備を整えた。

これは万が一暴れた場合の対策であり、サイキックも私の意思一つで封じることができる。

吉田君には精霊除けの結界を張ってもらい、パラサイトがこの前のように乗っ取りを企てた場合の対処にあたってもらうことにした。

 

 

「ピクシー、サスペンド状態を解除」

 

達也と私以外は結界の中に入り、結果を見守っている。

ピクシーの音声認識は正しく作動しているようで、スムーズな動作で立ち上がった。

 

「ご用でございますか」

 

やや機械的な音声がピクシーのスピーカーから発せられる。

私は目を凝らしてピクシーの電子部分頭脳の部分を見つめる。

電子的な感応性の高い私は機械関係についても響子さんに仕込まれた部分もあり、それなりに得意としている。

 

「今朝午前7時以降の操作ログと通信ログを閲覧する。その台の上に仰向けで寝て、点検モードに移行しろ」

「アドミニストレイター権限を確認します」

 

ピクシーの視線は本来、達也の胸元に提示されている管理者IDを見るべきなのだが、なぜか達也の顔に視線は固定されている。達也は顔パスの機能にも登録されていないし、虹彩認証機能はこの距離での実用化はされていない。

 

ピクシーが笑顔を浮かべ、ミツケタ、と小さくつぶやき、台車から降りた。

瞬間、私と達也は1歩大きく下がった。

私は紐にサイオンを注ぎこむと紐はピクシー本体を雁字搦めにし、地面にうつ伏せにして押さえつける。手足も拘束し、さながら赤い芋虫状態になって顔だけは嬉しそうに笑って達也を見上げるピクシーは顔を顰めるほど不気味だった。

 

しかもその瞬間、買い物を終えた深雪と千代田先輩が戻ってきてしまった。

部屋の中心には地面に這いつくばるように縛られたピクシー。

部屋中に薄ら寒い空気が漂い始めた。

 

「お兄様・・・」

「へえ。司波君ってそんな趣味があったんだ」

「非常に不名誉な誤解です」

 

ロボットとはいえ、仮にも美少女の姿をとったピクシーの緊縛された様子は事情を知らない者が見たら仕方のないことだろう。

 

「雅、外してくれ」

「いいの?」

「攻撃の意思はなさそうだ」

 

十中八九、ピクシーの電子頭脳にパラサイトが巣食っていることは間違いないだろうが、前回とは違い荒々しい感覚はしない。

前回は明確な攻撃意思を持っていたが、今は達也に対して熱のこもった視線を送っているように見えなくもない。

その姿は作り物のはずなのに、感情が伴うような姿は異様だった。

私はもう一度サイオンを込め、術を解除する。

手足に紐はつけたままだが、雁字搦めの状態から解放されたピクシーは静かに立ち上がった。

 

「ピクシー、モード変更のコマンドは取り消す。その台座にもう一度座れ」

「かしこまりました」

 

今度は素直に命令に従ってピクシーは台座に座った。

 

「美月、ピクシーの中に何かいないか見てくれ。幹比古は美月がダメージを追わないようにガードしてくれ」

「は、はい?」

「なにか憑いているのかい」

 

いきなり指名された美月は虚を突かれた声をあげ、吉田君は無意識に声を潜めていた。

遠回りの聞き方だが、彼の中に確信めいた推測があるのだろう。

 

「この前取り逃がしたパラサイトだと思うけれど、この前とは様子が違う感じがするのよ」

 

私にわかることは攻撃性がないことと、達也だけを例外視していることだけだ。

 

美月は恐る恐る眼鏡をはずしてピクシーの胴体部分をみていた。

胴体部分というより、電子頭脳の当たりを見ていた。

美月の目が見開かれた。

同時にピクシーが笑顔の表情を作る

普通は初期設定の微笑寄りの無表情だが、にっこりとまるで人間のような笑みを浮かべていた。

 

「・・・います。パラサイトです」

 

エリカや吉田君はその言葉にすぐさま身構えていた。

 

「危険性はないのよね」

「ええ。このパターンは・・・」

 

美月は悩んだ様子で後ろを振り返った。

そこには待機している深雪、エリカ、ほのか、吉田君、西城君、五十里先輩、千代田先輩、中条先輩の8人がいる。

美月はピクシーとほのかの間を何度か視線を行き来させた。

 

「このパターン、ほのかさんと似ています」

「え!!わたし?!」

 

ほのかはいきなり自分の名前があげられたことに驚愕していた。

ほのかは先日、2体のパラサイトが潜入していた時にはパラサイトと鉢合わせをしていない。校内に潜伏している可能性はあったが、気配が微弱すぎて私も祈子さんも探し出せなかった。

ほのかは学校のどこか、正確にはこのピクシーの近くにいた際に何かあったのだろう。

 

「パラサイトはほのかさんの思念波の影響下にあります。正確にはほのかさんの思念をパラサイトが写し取ったか、『想い』を焼き付けたような感じです」

 

美月はきっぱりと断言した。

 

「ほのか、ロボ研の近くにいた心当たりは?」

「ロボ研の近くにいたことはありますけど、何かをしただなんてことはありません」

 

私がそう尋ねるとほのかはややきつい口調で反論し、反射的に目を背けた。聞かなくてもわかる後ろめたいなにかがあったのだろう。

ピクシーになにかをした、ということではなくロボ研の近くでなにかをしていたかということに対してだろう。

 

「美月、ほのかが意図してやっていたわけではないのだろう」

「あ、はい。意識的なものではなくて残留思念に近いものだと思います」

 

パニックになりそうなほのかを諫めるように、達也は美月に確認した。

 

「残留思念ってことは、光井さんが強く思った何かが偶々近くを漂っていたパラサイトに写し取られてピクシーに憑依した?もしくはピクシーに憑依していたパラサイトに光井さんの想いが焼き付けられた?」

 

吉田君のつぶやきは思考をまとめるためのものであったが、ほのかは心当たりがあるようで顔を赤らめていた。両手で顔を覆っているが、その表情を隠しきれてはいない。

 

「祈子さんが強い思いをパラサイトに与えると甦るといっていたから、ほのかの意識が呼び水となったのかしら」

 

 

 

『その通りです』

 

どこからか聞こえてきた声は耳からではなく、脳に語り掛けてくるようだった。それは本人ではなく、本体からもたらされたテレパシーだった。

 

『私は彼女の彼に対する強い想いで覚醒しました』

「能動型テレパシー?」

「残留想子の正体は魔法ではなく、サイキックだったようですね」

 

中条先輩の言葉に対して、達也がピクシーの前に進み出た。

 

「音声によるコミュニケーションは可能か」

『音声を理解することは可能です。ただ、この体の発声器官を操作するのは難しいのでこちらの意思伝達はテレパシーを使わせてください』

 

ピクシーの音声は内部スピーカーから発せられる。

機械的な音声信号をスピーカー(外部出力装置)に送ることは今まで人間の体を使っていたのと勝手が違うのだろう。

 

「それにしても我々の言語に随分と通じているようだが、どうやって修得したんだ」

『前の宿主より知識を引き継いでいます』

「お前はやはりあのパラサイトか」

パラサイト(寄生体)。私たちは確かにそのようなモノです』

「宿主を変えることができるようだが、今まで何人を犠牲にした」

『犠牲。その概念には異論があります。何人かという質問には答えられません。私はそれを憶えていない』

「憶えていないほど複数だということか」

 

達也の尋問にピクシーはよどみなく答えていく。

誰も口をはさむことはしなかった。

 

『違います。我々が宿主を移動する際に引き継ぐことができるのは宿主のパーソナリティをかい離した知識だけです。パーソナリティと結び付いた知識は移動の際に失われます』

「なるほど。前の宿主がどんな人物だったかはわからず、その人数も不明ということか」

『その通りです。貴方の理解は正確だ』

 

質問以外にも感想を述べることができる。

想った以上にパラサイトは思考能力としては優れているのだろう。

単に宿主に依存するだけならウイルスや細菌と変わりない。

吸血鬼事件の一件を鑑みても、ある程度知能を持っていた、知能を利用していたと考えるのが筋だろう。

 

「お前たちに感情はあるのか」

『我々にも種の保存の欲求があります』

「つまり自身の保存に対する善悪の感情は存在するということだな」

 

パラサイトが侵入したあの事件では私と祈子さんは一言かけただけで襲われた。こちらが明確に悪意を向けたわけではないが、彼らにとっては私たちの存在はすぐさま敵と判断するに値したのだろう。

 

「ここでお前の感情の有無を論じるつもりはない。お前のことは何と呼べばいい」

『我々には個別の名称がありませんので、この体の個体名称であるピクシーとお呼びください』

「電子頭脳から知識を引き出させるのか」

『この個体を掌握してから可能ですが、個体名称については貴方が先ほどそう呼んでいました』

「では、ピクシー。お前は我々に敵対する存在か」

『私は貴方に従属します』

 

その言葉に達也は一瞬思考を巡らせ、後に問いかけた。

 

「俺に?なぜだ?」

『私は貴方の物になりたい』

 

ピクシーの目が一層情熱的に達也を見つめた。

 

『私は彼女、個体名「光井ほのか」のこの思念によって覚醒しました』

 

声にならない悲鳴が後ろから漏れた。言うまでもなくほのかのものだ。

振り返ってみると深雪とエリカが二人掛かりでほのかの口を押えて、今にも暴走しそうなほのかを押しとどめていた。

特にエリカは口角をあげ、ニヤニヤと嬉しそうに見えるのだから(タチ)が悪い。

 

『我々は強い思念に引き寄せられ、それを核として自我を形成します』

「強い思念?それはどのような感情でもいいのか」

『いいえ。我々を目覚めさせるのは純度の高い思念のみです。あなた方の概念でいえば「祈り」が最も近いものと思われます』

 

ピクシーがどんな『祈り』で目覚めたか聞くまでもない。

達也もそれをわざわざ問うつもりはないらしい。

 

『貴方に尽くしたい』

『貴方の役に立ちたい』

『貴方に必要とされたい。貴方に所有されたい」

『それが私の願いです』

 

まるで懸想するかのうようにピクシーは熱のこもった視線を達也に向ける。エレメンツの依存性という特性もあるだろうが、ほのかの心の内を晒し出す情熱的な告白だった。

 

ほのかは衆目に自身の感情を暴露され、ドサリと音を立てて床に崩れ落ちた。あまりの恥ずかしさに失神してしまったようだ。

あれだけ私も自身の感情を他人に吐き出されてしまったら、立ち直れないかもしれない。

ほのかには心のなかで合掌した。

 

「興味深いな」

達也はほのかに対する“情”ではなく、パラサイトに対する“知”の方に関心があった。

 

「お前たちが受動的な存在で、自我があることは意外だ。つまりお前たちは望んでこの世界に来たわけではないのだな」

『我々は本来、ただ在るだけの存在です。自我を目覚めさせる望みは宿主から与えられます』

「耳が痛いな。責任の所在は一旦置くことにしておいて、ピクシー、お前は俺に従うということか」

『それが私の望みです』

「では俺に従え。今後俺の許可なくサイキックの使用を禁じる。表情を変えているのも念動の一種だろう。それも禁止だ」

「ご命令の、ままに」

 

ややぎこちない発音でピクシーは恭しい様子で音声に切り替えた。

表情も仮面と変わらないものとなったが、瞳だけはその意思を如実に表していた。

 

 

 

「達也、ピクシーに強制停止装置でもつける?」

 

私が言っているのは機械的に強制停止させるのではなく、パラサイト事態を強制的に封じるかどうかだ。

今は道具がないが、四楓院家からは封印に関する道具は借りてくることはできるだろう。九重は専門ではないが、魔性を使役することは四楓院家の一派に長けた者はいる。

私は使役よりも滅却してしまう力が強いので、術が困難ならば依頼することは可能なはずだ。

 

「いや、今のところは必要ないだろう。真偽はともかく、有益な情報は得られた。経緯はともかく、他の個体のことも聞き出せるかもしれない」

 

放たれた吸血鬼は少なくとも1体ではなかった。USNAから逃げ出したのであれば、協力者が複数いると考えてよいだろう。

他のパラサイトも仲間が捕らわれたとあれば、救出に来る可能性もある。

囮としての有効性もあるだろう。

ピクシーが語ったことが事実であれ、虚構であれ、有効な手駒を一つ手にすることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、私は神楽の稽古の帰り道だった。

祈子さんの家での鍛錬からの帰りで、行橋家所有の自動運転車で送迎をしてもらっていた。

 

時間はすでに夜の11時を過ぎ、高校生である身分も考えると補導されても仕方のない時間帯でもある。

24時間稼働している無人コミューターも格安で各地に張り巡らされているが、行橋家もこの時間まで私を引き留めたとあって、ある程度の体裁をとる必要がある。この車両はドライビングAIだけではなく、軍用車両並みの性能を備えているため、一人で帰宅しても安全性は高い。帰りも目的地に着けば自動で行橋家まで戻っていくため、私の手間はない。

 

 

ふと窓の外を見ると、夜でも輝く金髪の隣を通り過ぎた。

振り返ってみると、やはりリーナだった。

防弾仕様のウエアを着ていることから任務だったのだろうが、それにしても周囲のサポートがなさすぎる。

仮にプライベートだとしても、ジョギングをするにしては随分と遅い時間帯だ。

 

私はパネルを操作し、車を道路脇に停止させた。

道路には停車可能ゾーンが設けられているためほかの車の通行の妨げになることはなく、駐車場に停めなくても都合の良い道だった。

ドアを開け歩道に出ると、リーナがしまったという目で私を見ていた。

私はそれに気が付かないふりをして、リーナにごく一般的な疑問を投げかけた。

 

「こんばんは、リーナ。徒歩でどうしたの?」

「雅こそ、こんな時間まで何をしてたのよ」

 

質問に質問で返すのは答えたくない事情があってのことだろう。

 

「稽古事の帰りよ。それより、いくらリーナが強いからと言って一人で夜歩きは危ないわ。乗っていく?」

「申し出はうれしいけれど、大丈夫よ。少しだけでいいのだけれど、マネーカード借りてもいいかしら?」

 

リーナは申し訳なさそうに、おそらく移動分程度の金額を要求した。学校にいる間だけだが、リーナは端末の仮想通貨しか使っておらず、マネーカードは持ち歩いていなかったはずだ。

 

「まさか何も持たずに出かけたの?」

「違うわよ。ちょっと予想外の事態が色々起きて、私も混乱しているの」

 

黒い防弾仕様の服装通り、作戦行動中だったらしい。

魔法を使った形跡は感じられるので、CADまで相手に奪われたのだろう。

リーナにはサポートスタッフが必ず付いて行動しているはずだし、そのスタッフもやられ、通信手段まで奪われるとあれば相当相手は手練れだろう。

 

USNA最強の魔法師部隊の隊長が遅れをとる相手などおそらく数えられるほどしかいない。となれば、ある程度相手の目星も付く。

連絡はないが、後で確認すれば裏がとれるだろう。

 

 

「ここじゃあ目立つから、渡すにしても、ひとまず乗ってちょうだい」

「え、ええ」

 

いくら深夜に近い時間帯とはいえ、人通りがないわけではない。

そんな時間に言い合っていたら自然と不審な目を集めてしまう。

リーナはおとなしく私の後に続いて車両に乗り込んだ。

 

 

 

 

何時間走っていたのかわからないが、リーナの額にはうっすら汗がにじんでいた。私は未開封のペットボトルのお茶を差し出すと、リーナは申し訳なさそうにそれを手に取り開けた。どうやら相当喉も乾いていたようだ。

 

 

「それで、相手は達也?」

 

リーナは答えるより雄弁に動揺を見せた。お茶を吹き出さなかったのは彼女の矜持だろう。

 

リーナ自身、実戦経験は豊富なようだが、諜報や交渉には向いていないのだろう。人材が豊富で役割分担が明確にされていて必要ないならそれでも良いが、トップであるならば甘いままでは居られないだろう。

 

「ああ、ごめんなさい。作戦行動中だろうから、話さなくて結構よ」

「じゃあ、なんで聞いたのよ」

 

リーナはむっと頬を膨らませながら反論した。

 

「深い意味はないわ。それより、リーナ。家までのお金で十分なのよね」

「ええ」

 

私の回答に納得していないが、早く帰宅したいリーナは不本意ながらも頷いた。

 

「作戦本部に行かなくても良いの?貴女の所在を本来ならバックアップチームが総力を挙げて探し出すはずが、探しにすら来ない。貴女のフォローを後回しにしなければならないほどの事態が起きていると考えるのが普通じゃないかしら」

 

戦闘後のシリウスの回収、しかもおそらく負けた彼女の保護を二の次にする程のことだ。

例えば、USNA本国で何かあったのか、あるいは日本における作戦行動で甚大な被害を被ったか。

いずれにせよ、スターズ総隊長を置いてまで先に解決しなければならない案件なのだろう。

 

リーナもそこで初めて気が付いたようだ。

いくら通信等がやられても、衛星等を使って探し出せないわけではないし、彼女に作戦を命令した上官が彼女の安否すら確認しないのは不自然だ。

 

「作戦本部の場所なら知っているわ」

 

兄を通じてスターズが使用している建物は把握している。

本来なら一国の首相ですら知らない情報だが、兄の手にかかれば地図で家を探すようなものだ。この国にいる以上、千里眼から逃れることはできない。

 

「なぜ、貴女がそれを知っているのかしら」

 

リーナは殺気を滲ませた。

狭い車内だが、わずかに半身になり、何時でも戦闘態勢がとれるようにしている。リーナは丸腰であるが、曲がりなりにも軍人。それも最強の魔法師部隊のトップとあれば、当然白兵戦の知識も技術も修得しているだろう。

 

私の答え次第によっては実力行使に出てくる場合もあり得る。

最も、その場合私も容赦はしないし、CADがある分、何倍も私が有利な状況であるには変わらない。

 

それを踏まえた上で私は事実だけを述べた。

 

「私の伯父が誰だか貴方も知っているでしょう」

 

情報の出所を千里眼()ではなく、忍者(八雲)だと仄めかした。

 

「×××!」

 

リーナの口から思わずスラングが飛び出した。仮にも上流階級のマナーと教育を仕込まれているだろうに、流石に叫ばずにはいられなかったのだろう。彼女も伯父に一杯食わされていたはずなので、再びしてやられたと口惜しさ半分、怒りは満載といったところだろう。

 

私もそうとは言っても出所が叔父であると断言したわけではなく、リーナが勝手に勘違いしただけだ。

 

疲労と失敗が重なるとこういった単純な言葉遊びに引っかかってしまう。

やはり軍人としての成熟度は精神面も含め、達也に遠く及ばない。

甘いといえばいいが、きっとその甘さは彼女を苦しめる原因ともなっているだろう。

 

力があるがゆえに登用される。

自分の意思とは関係なく、そうせざるを得ない状況に彼女もまたあるのだろう。

 

「ひとまず、そちらでいいかしら」

 

ナビに住所を入力し、夜の道に車を走らせた。

 




裏話


羞恥心でぶっ倒れたほのかは、雅が運びました。

ちなみに他の男子の場合
五十里 ⇒ 花音が許さん。
達也 ⇒ 深雪が許さん。お姫様抱っこなら私かお姉さまにっ
幹比古 ⇒ ヘタレ。力的に運べるけど、女の子に触る?!羞恥心で無理。
レオ ⇒ 一番角が立たないが、面白くないので却下

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