雅Side
統合武術部に道着を返却し、制服に着替える。相手は思った以上に呆気なかった。
勧誘の時点では期待を込めた視線が、今では腫物を触るかのような視線に代わっていた。
実力の一端も見せたつもりはない。それでも、自分の実力が一般の女子高校生離れしているのは自覚している。
勝って気分が良くもない戦いと言うのはなんだか虚しいものだと少し感傷に浸りながら、鞄を手に取り、校舎を後にする。
終わったことを深雪に連絡したら、すぐさま正門にいると連絡が返ってきた。
まだ帰っていなかった事に疑問を感じたが、深雪もお近づきになりたいクラスメイトに足止めをされていたのかもしれない。
「いい加減にしてください」
急ぎ足で校門まで向かうと、美月が大きな声をあげていた。
そこではにらみ合っている一科生と二科生の一年生たち。お互いに嫌悪感が溢れている。
「深雪さんはお兄さんと帰ると言っているんです。
それをどうして二人の仲を引き裂くような真似をするんですか」
大人しそうな美月が声を張り上げていたことも驚きだが、彼女がこうまでするほど何かあったのだろうか。
「み、美月ったら何を勘違いしているのかしら」
「深雪。なぜお前が照れる」
「照れてなどおりませんよ?」
対面する達也たちと一科生。向かい合っていたのは今日、深雪を囲んでいたクラスメイト達だ。
状況確認のために一科生の集団の後ろから話しかけた。
「これはどのような状況なのかしら?」
「お姉様!」
「九重さん!聞いてくれ。僕たちは司波さんに話すことがあるというのに、あの二科生(ウィード)たちが因縁をつけてくるんだ」
森崎君が達也たちを指差して言った。思わずその言葉に顔を顰める。
「その言葉は禁止用語よ」
「事実だろう。二科生(ウィード)は一科生(ブルーム)のスペア。
司波さんだって僕らと帰るべきなんだ」
…この人、本当に高校生だろうか。
余りの幼稚さに驚きを通り越して呆れた。高慢も過ぎれば驕りになる。
それが命取りになることを知らない。
家業はボディガードだとは聞いているが、実戦も何も知らない子どもなのだろうか。
「暴論ですね。
そもそも、一科生は二科生に取って代わられる存在だって言っているようなものなのだけれど」
「僕が言いたいのはそうじゃない。彼女は主席で一科生だ。
二科生なんかと付き合っていると評判も良くない。君もそう思うだろう」
「今の時点でどれだけ貴方たちが優れているというのですか」
確かに、どちらが正論かと言えば美月だ。
だが、それを聞き入れるだけのプライドはなかったらしい。
「五月蠅い」
森崎君は美月たちを睨みつけた。
「見せてやろう、これが実力の…!!」
服の下に隠していたCADに手をかけた瞬間、私は森崎君の腕を掴みあげた
「ねえ」
彼の手からは特化型のCADが零れ落ちた。
外れないギリギリの力で関節を捻りあげ、膝を着かせる。
「今、誰に銃を向けようとしたのかしら」
自分でも底冷えのするような声だった。森崎君は顔を真っ青にしていた。
彼の瞳に写る私は冷酷な瞳をしていた。
「このっ」
「ダメッ」
別の魔法の発動を感知し、対応にエリカたちが動こうとしたがそれは第三者によって止められた。
「やめなさい。自衛以外での魔法の使用は犯罪ですよ」
「風紀委員長の渡辺摩利だ。全員、事情を聴く。着いて来い」
生徒会長と風紀委員長の登場に、その場は一気に静まり返った。
あちらはいつでも魔法を使えるように起動式を展開している。抵抗は無意味だろう。
私は森崎君の腕を放した。
さて、どう弁明するかと思案していると真っ先に達也が口を開いた。
「すみません。悪ふざけが過ぎたようです」
「悪ふざけだと?」
私はその意図を推察し、乗ることにした。
「ええ。私の勘違いで、お騒がせして申し訳ありません」
私は丁寧に二人に頭を下げた。
「森崎はクイックドロウで有名ですので後学のために見せてもらおうと思ったんですが、事情を知らなかった雅が取り押さえてしまったようです」
「お恥ずかしい限りです。森崎君も、すみません。
加減はしたのですが、お怪我はありませんか?」
「あ、ああ。問題ない」
肘と肩をさすっている。本気で捻りあげてはいないが、やせ我慢だろう。
本来だったら関節を外して、背に乗って銃口を後頭部に向けるくらいはしている。
「ではそこの女子生徒が攻撃魔法を発動しようとしていたのはなぜだ」
光井さんが風紀委員長の指摘に肩をすくませ、顔を青白くさせていた。
彼女も確かに魔法を使おうとしていたのだ。
未遂とは言え、それは七草先輩によって無力化されたからだ。
「あれはただの閃光魔法です。条件反射で魔法を使えるのはさすが一科生だと思います。魔法自体も単なる目くらまし程度の威力に抑えられていましたし、障害になるようなものではありません」
「ほう………。君は展開中の起動式を読み取ることができるらしい」
その言葉は嘘ではなかった。
実際どんな魔法が使われようとしているのか、達也は起動式から魔法を理解できる。
達也の言葉だけでそれが分かる渡辺先輩も只者ではなさそうだ。
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
「誤魔化すのも得意なようだ」
渡辺先輩は未だ疑うような視線で達也を注視していた。
「誤魔化すだなんて。自分はただの二科生ですよ」
達也は自身のエンブレムのない肩を指差した
未だ疑いの念が晴れないその場に、深雪が弁明をくわえた。
「お二人の言う通り、ほんの行き違いだったのです。申し訳ありません」
「私も、重ねてお詫び申し上げます」
二人で頭を下げた。
深雪の助太刀もあってか、先輩方の警戒の雰囲気が少しだけ収まった。
その後七草先輩から一言、二言貰いその場はお開きとなった
森崎君は庇われたことに、感謝も自身の愚かな行動に反省もせず、捨て台詞を吐き、その場を去っていった。
やはり、彼の事は好きになれそうになかった。
光井さんと北山さん改め、ほのかと雫も一緒に帰りたいと申し出たので、駅までの道を一緒に帰ることになった。
「それにしても雅の身のこなし、只者じゃないわよね。何か武術をしているの?」
エリカが好奇心に溢れた様子で聞いてきた。若干だが期待と好戦的な印象も受ける。
彼女も千葉の名前を背負うのならば、剣の腕前は確かなのだろう。
習うスポーツや武道によってただ立っているだけでも、その立ち姿は微妙に異なる。
エリカの普段の立ち姿や豆の出来た手も剣士の手だ。よほど剣術に精通していると思われる。
「九重八雲って知っているかしら?」
「確か、忍術使いだっけ?」
「ええ。伯父だから時々稽古は付けてもらっているわ」
個人的には表に名が出ている時点で忍べていない忍びと言えるかもしれない。
稽古は母から教わった時間も量も多いのだが、彼女たちにはこちらの方が良く知られた名だろう。
「へえ、だからクイックドロウで有名なのに構える前に取り押さえたのか」
「エリカだって森崎君のCADを弾き飛ばそうとしていたでしょう」
「俺の手も一緒にな」
「あら、そうだったかしら」
「んな、てめえなあ」
わざとらしく、上品そうに笑うエリカに西城君は顔を怒りでひくつかせていた。
エリカも分かって、そう言っているのだ。
「流石にあの勢いでCADに衝撃を与えたら、不具合を来すわよね?」微笑ましく思いながら、私は達也に話を振った。
「そうだな。森崎が使っていたモデルはどちらかと言えば、扱いやすさと軽さを重視しているものだったからな。強度自体は武装型である程度は保障されるが、硬化魔法で攻撃されたら不具合が起こるだろうな」
「達也さん、CADにお詳しいんですか」
ほのかは達也に質問を投げかけた。
「実技は苦手でな。魔工師を志望している」
「私とお姉様のCADもお兄様に調整をしてもらっているの」
「深雪さんと雅さんのCADは達也さんが調整しているんですか」
「ええそうよ。お兄様にお任せしていると安心だから」
「少しアレンジしているだけだよ」
達也は謙遜するが、あれをアレンジと言うだけなら、CADに関連する企業のいくつかは完全に廃業することになるだろう。
しかも安心どころか、完全に超一流の調整だ。それだけ達也の魔工技師としての技能は既に卓越している。しかも私だけではなく、実家の方にも大変お世話になっているので私は頭が上がらない。
「それでも、CADのOSを理解するだけの知識も必要ですよね」
「基礎システムにアクセスできるスキルも必要だしな」
美月と西城君はその凄さを短い言葉の中で良く理解していた。
ほのかも更に達也に対する感心を深めているようだった。
「じゃあこれも調整してくれる?」
エリカが先ほど使用しようとしていた伸縮警棒を持ちだした
「無理。そんな特殊なCAD、扱えないよ」
「へえ、これがCADだって分かるんだ」
にやりとエリカは笑った。
若干だが、達也がしまったという雰囲気を窺わせた。
確かに、一般人から見ればただの伸縮警棒にしか見えないだろう。
「刻印術式内蔵型でしょう」
「正解。流石に雅も分かってたか」
「刻印術式って燃費が悪くて今じゃあほとんど使われていないはずだぜ」
西城君は先ほど硬化魔法が得意だと自己紹介された。
エリカの警棒にも硬化系の刻印が施されているのだろう
「お、流石は得意分野。けど、はずれ。打ち込みの一瞬だけ発動するの。兜割の原理と一緒ね」
呆気らかんと言っているが、皆エリカの言葉に沈黙した。
その様子の理由をエリカは理解していなかった。
「エリカ、兜割って秘伝とか奥義じゃなかったかしら」
「ひょっとして、魔法科高校って一般人の方が少ないんですか?」
「魔法科高校に一般人はいない」
美月の素朴な疑問に雫の的確な答えが入り、皆納得してしまった
今回は少し短めです