恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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編集せずに投稿してしまったので、再投稿します。

前の話で小和村真紀の名前が唐突だと、指摘いただいたので、編集しています。これでわかりやすくなっているといいなーと思います。


夏バテはしていませんが、夏風邪引きました(´゚ω゚`)
鼻水出すぎて、水分出て行って、干物になりそうでした。


ダブルセブン編7

朝の通学で使うキャビネットの中、達也は雅に昨日の琢磨と七草姉妹の試合の結果を説明していた。

キャビネットの中は達也と雅が隣同士に座り、達也の正面に深雪、雅の正面に水波が控えめに座っている状態だ。

 

試合は最初は学年トップとは言え、一年生らしい魔法の使い方が決して上手いとは言えない試合だったが、七草姉妹が『窒息乱流(ナイトロゲロン・ストローム)』を発動させてからは試合が一気に動いた。

『窒息乱流』は空気中の窒素分布を著しく偏らせる魔法と空気塊を移動させる移動・収束の複合魔法だ。

その流れを操るという制御の非常に困難な術式であると同時に、相手が窒素に偏った空気を吸い込めば低酸素状態に陥り、意識を失う。

 

高校生レベルでは発動すら困難な魔法であり、それを可能にしたのは二人が【七草の双子】と呼ばれる所以でもある『乗積魔法(マルチブリケイティブ・キャスト)』を使用したからであった。

魔法師が同じ魔法を発動しても、それは事象改変の威力が増すどころか、干渉し合い、結果として効力を顕すのは、最も魔法力が大きい魔法のみである。

 

複数の魔法師で行う儀式魔法は魔法式を層別化して分担することで、複雑で巨大な魔法式を発動させることができる。九重神楽も同様に、魔法式を層別化して分担するか、もしくは明確に事象干渉の領域を魔法師ごとに定義している。つまり、とある一つの情報体に対して、複数の魔法師がアプローチした場合、最も強い魔法が優先的に発動されるというのが現代魔法の常識だ。

 

にも拘らず、七草姉妹の場合、魔法式を分担するのではなく、魔法力そのものを二人で掛け合わせることができる。二人が同一の遺伝子を有するだけではなく、魔法演算領域まで同一でなければ有り得ない事象だ。

数少ない魔法師の中にも双子は存在する。

しかしながら、例え一卵性の双子であったとしても、このように乗積魔法が使える存在は両手で収まるだけしか報告されておらず、例外中の例外だった。

 

七草姉妹が発動させた窒素の乱気流に押された七宝君は切り札である『ミリオン・エッジ』を発動。

ハードカバーの本、正確には魔法の刻まれたページが破れ、百万枚を超える紙の刃となり、七草姉妹に襲い掛かった。

二人は窒素乱流によって空気中の窒素を集めていた副産物として、偏在していた酸素を集め、『熱気流(ヒートストーム)』を追加発動して、紙片を焼き払おうとした。

多種類多重魔法制御は第三研究所の魔法師強化プログラムであり、その制御技術は十文字家の代名詞である『ファランクス』にも応用されている。

七草の――第三研の出身である元『三枝(さえぐさ)』だった――二人にとって難易度の高い魔法とは言え、二つの魔法制御は能力の範囲内のことだった。

 

摂氏500度を超える温度下でもミリオン・エッジの魔法式の効力で、紙は刃の形を維持しており、じりじりと高熱の紙片は二人に迫っていた。

かく言う七宝君も真空断層を作って窒素気流を防御していたとはいえ、競り負ければ低酸素脳症を起こしかねない状況に、危険と判断した達也が試合を強制的に中断させた。もちろん、三人分の魔法式を術式解体で強制停止させてからだ。

 

当然、両者とも引き分けに納得しなかったが、途中から面倒に思った香澄ちゃんが手を引いたらしい。彼女としては、これ以上難癖を付けられて問題を持ち込んでこなければ勝負の結果には拘らなかったようだ。

 

一方の七宝君はジャッジが公平ではないと怒り、自分は『ミリオン・エッジ』を制御し、殺傷性のない程度に留めていたと主張する。誰の目から見ても明らかにルール違反だったが、冷静ではない彼はその後も支離死滅な主張で自分の優勢を主張していた。

しかも、審判である達也を無傷で降参させてみせると豪語したという。

そのあまりにも稚拙で不遜な七宝君に、ついに堪忍袋の緒が切れた十三束君が殴り掛かったらしい。

 

「十三束君が?!」

 

マーシャルマジックアーツという魔法競技系の中でも格闘系の部活に所属しているとはいえ、正直温厚な十三束君がいきなり手を出すとは想像できない。

 

「お兄様を雑草(ウィード)などと許しがたい言葉で侮蔑したのです。いい薬でしょう」

 

深雪の当然と言わんばかりの表情を肯定するように水波ちゃんも首を縦に振っている。その場に吹雪が吹き荒れなかったか心配だが、蒸し返さない方が賢明だろう。

 

「それで、七宝君は無事だったの?」

 

ノーガードの状態で本気の十三束君に殴られたのなら頬や顎の骨が折れかねない。男子にしては小柄な体躯であったとしても、【レンジ・ゼロ】の二つ名(忌み名)は近接戦闘での無類の強さを誇ることを示している。

 

「流石に手加減はしていたようだ。尻餅を付く程度でケガもしていない」

「思わず手が出るってことは、よほど教育係として見てられなかったようね」

 

十三束君からは、何度か七宝君の対応について相談されていたが、彼の態度が軟化することは無かった。十三束君はそれでもストッパーとしてあくまで冷静に対応していたようだが、今回の一件は許せるものではなかったようだ。

 

「お姉様は彼の無礼千万な態度を許されるのですか」

 

むすっとした深雪は不服そうにそう尋ねた。

達也に対する暴言は許せるものではないが、的外れも甚だしいことではあるし、達也が無関心を決め込んでいる以上、私が口出しするのも余計なことだろう。

 

「確かに部活連でも七宝君の態度は問題に挙げられたこともあるけれど、謙虚という言葉を覚えれば、才能としてはあるのだから腐らせるのは惜しいという話もあるからね」

 

まるで自分が一番優れているといわんばかりの彼の態度は正直目に余るものであるが、部活連として彼を全く評価していないわけではない。

 

「七宝の近辺については藤林さんが一枚噛んで調べている。どうやらどこかの野心家に踊らされているようだ」

「煽てて木に登らせて首を絞めているってこと?七宝家の力を削ぐことが目的かしら?」

 

師補十八家の一角、十師族に一番近いといわれながらも、規模や勢力は決して大きいとは言えない。だからこそ、十師族には届かなくても、七宝家ならば、という考えがあってのことだろうか。

去年のようなテロ行為を誘発させる国外勢力は表立って動いていないが、マスコミ工作などの魔法師に対するネガティブキャンペーンを行っている。

確かに激情的な七宝君が表立って事件を起こせば、それだけ騒ぎ立てる輩は出てくるだろう。裏で糸を引いているのが国外勢力となれば独立魔装大隊が動くのも納得できる。

 

「その点についてはまだ不明だ。ひとまず、明日の15時から七宝と十三束で試合をすることになったから、後援者には近いうちに接触することが考えられる」

「十三束君が直接指導するのね。今日は予約が取れなかったの?」

 

十三束君が直々に教え込むとなれば、天狗も多少は落ち着くだろう。

 

「ミリオン・エッジは使い捨ての魔法だ。準備とクールダウンの時間を考えてのことだろう」

 

ミリオン・エッジは一度、魔法を発動直前の状態まで持ってゆき、その状態で待機させており、魔法式構築の時間を必要としない条件発動型遅延術式だ。

一撃必殺とは言えば聞こえはいいだろうが、再発動させるには新たな媒体を準備する必要があり、切り札と言っても、使い勝手はあまりよくない。

十三束君はミリオン・エッジを実際に目にしているので、その攻撃力を遠距離魔法なしに戦っても勝てるとわかっているから勝負を持ち掛けたのだろう。

 

「動きがあれば、連絡する。雅の手を煩わせることはないと思うが、もし何かあれば教えてくれ」

「わかったわ」

 

そうこう話しているうちに、最寄り駅まで到着した。

爽やかなはずの春の風は、どことなく不穏な空気を感じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七宝琢磨と女優、小和村真紀は同盟関係にある。

二人はお互いの目的のため、魔法師の手駒を欲している。

そのために琢磨は一高内で自分の派閥を作り、将来的に十師族になった時の傘下の獲得を目論んでいた。

 

北山家のパーティに真紀が出席したのもその一環だった。

魔法師の中で特に派閥に所属していないことと、成績優秀者であることを踏まえ、北山雫とその友人とのコネクションを築くことが目的だった。

結果としては光井ほのかの反応は上々だったが、北山雫には顔と名前を覚えてもらった程度、九重雅や司波兄妹の反応は今一つどころか完全に袖にされた形となった。

 

琢磨にそれを告げるのは真紀のプライドが許さず、後の三人は七草家と関係があると嘘を告げた。七草と聞いて頭に血が上ったのか、真紀の女優としての演技力に見事に騙され、琢磨は司波兄妹と九重雅が七草派であると信じ切った。生徒会入りを断ったのも、そのためだった。

 

真紀とは同盟関係、対等な立場だと思っている琢磨は、彼女の掌の上で面白いように踊っていた。多少背伸びをした自己承認欲求の高い男の子は、一筋縄ではいかない芸能界において演技力で若手ナンバーワンと呼ばれる地位を築いてきた真紀が、そっとその心の隙間を埋めるように、甘言を囁けば、ころりと信頼を置くようになった。

 

 

真紀と琢磨は度々、真紀のマンションで密会を行っているが、この日訪ねてきた琢磨は何時にもまして不機嫌な様子だった。

また面倒そうだと思いながらも、真紀はいつも通りに彼を迎え入れた。

苛立ちと愚痴を彼にぶつけられるのを避けるために、ブレイクタイムも含め、真紀は遅めの夕食に琢磨を誘った。

用意したバケットのオープンサンドに香りづけとしてリキュールが掛かっていたのも偶然のことであったし、用意していた果実水にもアルコールが少し多めに入ってしまったのも、仕方がないことだった。

 

琢磨は夕食を既に済ませていたが、食べ盛りの高校生という年齢と、むしゃくしゃしていたので暴食気味になってしまったこともまた仕方がないことだった。

自分用に用意した夕食を琢磨がほとんど食べきったのを目にし、真紀は変幻自在な「顔」の後ろに、にやりと悪い女の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後の時間帯、自宅にいた達也は藤林に七宝琢磨の件で呼び出され、指定された場所に二輪車で向かった。雅は今日も神楽の練習で不在であり、深雪と水波に留守番を言い含めて外出している。

 

駅にバイクを止めた達也は、大型セダンに乗り込み、七宝琢磨がマンションに入っていく様子を見ていた。彼がこちらの監視の目に気付いた様子はなく、おそらく諜報訓練のようなものは受けていないと見受けられた。

 

セダンの中には藤林だけではなく、何故か真田もいたが、十師族と折り合いが悪くて才能があるのならば、独立魔装大隊にスカウトすることも念頭に置いてのことらしい。達也としては、こちらに手出しをしてこなければ構わないが、現在の状態では何かしら噛みついてくることが目に見えてわかっている。この一件に関わっているのも、七宝の身を案じてのことではなく、昨年のブランシュのように二人目、三人目の面倒な相手が出てくることは、避けたい事情があってのことだ。

 

ため息交じりに説明する達也に、真田と藤林は小さく噴き出した。

要するに、潰しても湧いてくる鬱陶しい相手の面倒は懲り懲りだということだ。

 

「あ、接触したみたいよ。聞く?」

 

琢磨につけていた盗聴器から、”黒幕“の声が聞こえてきたようで、藤林は付けていたイヤホンから車内のスピーカーモードに音声を切り替えた。

スピーカーは若い女性と七宝の会話を車内に響かせた。

 

「部屋は?」

「所有者の名前は小和村真紀。今絶好調の若手人気女優。父は小和村喜夫(さわむらよしお)。カルチャー・コミュニケーション・ネットワーク、通称カル・ネット社の社長ね。テレビ局を含む複数のメディア企業を傘下に持つ持ち株会社ね」

「反魔法師を訴えるマスコミが黒幕ですか」

 

やれやれと呆れた様子の真田に、藤林はモニターに彼女とカル・ネットに関する情報を表示した。

 

「一概にそうとも言えないみたいね。今回の魔法科高校生が軍事利用されているっていう暴論にはどちらかと言えば批判的で、一高で達也君が成功させた恒星炉の実験も肯定的に報道しているわ」

 

カル・ネットが取り上げた記事が表示されるが、確かに今までも魔法師に対して極端に批判する意見は少なく、今回のマスコミの反魔法師風潮にも一歩引いた態度で報道している。

 

「それにしても、黒幕があの人気女優ですか。人は見かけによらないとよく言いますね」

「父のコネクション、芸能界の顔の広さでいえば、ありえない話ではないでしょう」

 

真田のつぶやきに、藤林は冷静に切り返した。

彼女の美貌は確かに、一般的な思春期の少年ならば憧れるものであり、直情的な七宝が手玉に取られることは十分想像できる。北山家のパーティで少ない時間、彼女と接した達也にも、その演技力の高さは伺えるものだった。

 

 

盗聴器の音声では、琢磨と真紀が食事を終えた頃、琢磨は多弁に愚痴を漏らしていた。琢磨はフェアな勝負ではなかった、公平な勝負なら俺が勝っていたと何度も口にしている。

 

それを真紀は聖母のごとく柔らかく甘い声で嫌な雰囲気一つ出さずに聞いていた。勝負運に恵まれなかっただけ。琢磨は実力がある。そんな小さな勝負の結果にあなたの将来は左右されない。

真の実力者は最後に必ず勝つことができる。だから大丈夫。

真紀はそう甘言を乗せる。

 

『真紀……』

 

しばらく会話が途切れると、鈍くドサリという音がした。

まるで誰かをソファーに押し倒したような音であり、スピーカーからは湿っぽい音声が響いていた。

 

「あらあら、面白いことになっているわよ」

 

年頃の男女がいれば、このような展開はあり得るが、それが人気女優と高校に上がったばかりの未成年ともあれば、目も当てられない。

面白がる藤林に対して、真田と達也は呆れもせず、かといって赤面もせず、いたって表情を変えず涼しい顔をしていた。

 

「これは都合がいいですね」

 

盗聴器を通して聞こえる音声に、達也はしばし考える素振りをした後つぶやいた。

 

「あら、何を企んでいるの?」

 

楽しそうな表情のまま、藤林は問いかけた。

 

「つい最近、女性芸能人による少年売春が話題になりましたから、たまにはこちらがマスコミを利用しても構わないでしょう」

「よくもまあ、そんなことをすぐに思いつくものだね」

 

達也の提案に、真田は頬を引きつらせた。技術が絡めば、性格が悪いのは真田も変わらないので、その証拠に“すぐに”の部分にアクセントが置かれていた。真田もこれを利用する手立てを時間があれば思いついたと言外に示していた。

 

「実行犯になると学校側が受けるダメージも大きいですので、未遂のうちに踏み込みましょう」

 

真田と藤林の反応も意に介さず、達也は淡々と提案をした。

 

 

 

 

 

 

黒の覆面に防刃防弾、電波吸収素材仕様のアーミースーツを纏った達也は、ベランダから小和村真紀のマンションに侵入した。

真紀と事に及ぼうとしていた琢磨には強力睡眠剤入りのスポンジボールを投げつけ、無力化し、女性ボディガード二人も達也の前に手も足も出ず、地に伏すこととなった。

 

真紀は侵入者が達也だと気が付いたようだが、達也はそれを意に介さず、淡々と交渉を進めた。未成年に手を出さないこと、七宝琢磨と切れることを要求し、了承すれば盗聴していた音声データは削除すると提示した。

彼女のキャリアを考えると要求を呑まざるを得ない。

 

それだけを告げて達也は来たとき同様、ベランダから外に躍り出た。

生身で地上二十階から飛び降りれば、いくら魔法師とはいえ無事では済まない。慌てて真紀がベランダから下をのぞき込むが、彼の姿は一切見当たらなかった。

 

いないのも当然。達也は下ではなく、マンションの屋上にいたのだ。

当初の予定では背負っているグライダーで地上に降りる予定だったが、小和村真紀の部屋に向かう途中に不審な機影を見かけていた。

それは黒い小型の飛行船だった。一瞬ステルス飛行船かと勘ぐったが、機体の形からマスコミや映画関係者が使用する空撮用の飛行船によくあるタイプだった。

 

「少尉、こちらに接近中の飛行船はどこの所属かわかりますか」

「捕捉しているわ。フライトプランによればテレビ局のものね」

 

高度は飛行船にしては低く、単に遊覧しているだけではないだろう。

黒一色で塗装されていることから、なにかしら良くない意図があってのことだ。

 

そのテレビ局は小和村真紀の父が傘下にしているテレビ局のライバル局だった。真紀のスキャンダルを狙っての盗撮か、いずれにせよ未成年とこんな時間に二人でいる姿を撮られるのはまずい。

 

達也は藤林にこの地区のサイオンレーダーをオフにするように頼み、トライデントを右手で抜いた。飛行船からは縄梯子が降りてきたのが見えたので、どうやら部屋まで侵入する気のようだ。

早く片付くと思ったが、もう一仕事必要そうだと達也は跳躍の術式を発動させた。

 

 

 

飛行船に乗り込んだ達也に浴びせられたのは、日本語の怒声ではなく広東語か北京語のような東亜大陸系の言語だった。

しかも、手には拳銃。銃口が五つ、こちらを向いている。

彼らがただのテレビマンではないことは一目瞭然だった。

 

達也は冷静に『分解』を発動し、向けられた拳銃を解体した。

だが、男たちはバラバラと床に転がる銃のパーツに見向きもせず、真鍮色の指輪を達也に向けた。

魔法師にとって不快極まりないノイズが発生するが、達也はトライデントの引き金を二度引くと、キャストジャミングのノイズが分解され、五人の男たちの両足の付け根を打ち抜いた。

 

しかし、それだけでは終わらなかった。

崩れ落ちる男たちのうち、一人が何かを握りしめていた。

開け放たれたままのゴンドラの入り口から達也は身を宙に投げ出したと同時に、飛行船は爆発した。

 

このまま落下すれば達也の身が危ないことは理解していたが、この飛行船の残骸がマンション街に落ちれば大惨事は免れない。

爆風に晒される中、達也は体をひねり、トライデントを飛行船に向ける。

仰向けに落下しながら、雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)を発動させた。

 

飛行船が塵状となったのと同時に、達也は慣性制御の術式を呼び出す。真紀のマンションとは別の棟の屋上に背中から落下したが、落下した位置とマンションの高さで慣性制御があまり効果がなく、『再成』がなければ全身骨折で二度と歩けないどころか、命はない状態だっただろう。

 

『達也君、なにがあったの?』

 

通信機から聞こえる藤林の声も流石に焦っていた。

 

「どうやら飛行船はハイジャックされていたようです。元々、テレビ局もグルだったかもしれませんが」

 

達也は落下の痕跡を魔法で消し、マンションから飛び降りた。

減速魔法を使い、着地直前のスピードを緩やかにし、地面に降りる。藤林たちが乗っているセダンとの距離はそう遠くなく、加速魔法ですぐさま移動して車に乗り込む。

遅い時間とは言え、十分起きている人がいる時間帯だ。監視カメラも切ってあるとはいえ、人目に付くのは避けたかった。

 

「お疲れさま」

「流石に驚きました」

 

覆面を取りながら、全くもって涼しそうな顔で達也はそう切り出した。

真田と藤林は視線を合わせたが、それ以上話を広げるのは避けた。

 

「手掛かりはテレビ局の方にあると思いますが、乗っていたのは東亜大陸系の一員でした」

「それについては、こちらで詳しく調べてみるわ。ひとまず、今日は撤収しましょう」

「了解」

 

大型セダンは静かに、マンション街から夜の交通の流れにその車体を紛れ込ませた。

 

 

 

 

 

翌日の夜、達也は自室で藤林から連絡を受けていた。あの飛行船に乗り込んでいたテロリストかマフィアの正体についての調査報告だ。

 

『飛行船はテレビ局から盗み出されたもので、フライトプランの申請コードも盗用されたものというのがテレビ局側の言い分ね。残念ながら人員については、チャイニーズマフィアということ以上は分からなかったわ』

「チャイニーズマフィアということは、身元が分かっているんですか」

『無頭竜の残党、ロバート・孫、首領だったリチャード・孫の甥の従兄弟に当たる人物が飛行船強奪を指揮していたらしいわ』

「甥の従兄弟ですか?」

 

ほとんど他人でなはいか、と思ったが、達也の身近にも血縁に組み込まれている例を思い出したので、口にはしなかった

 

『まあ、ほとんど他人よね。実際少人数しか付いてこなかったみたいだから』

 

どうやら藤林も同じことを思ったらしい。

 

『もちろん、昨夜みたいなことは少人数では不可能。黒幕か裏で手を引いている支援者がいるはずなんだけど、正体は不明よ』

「正体不明ですか」

『ええ』

 

未遂とはいえ、東京都心でテロとなれば由々しき事態だが、藤林の調査でその黒幕の尻尾すら掴めないことの方が達也にとっては深刻に思えた。

現段階では証拠不十分という点もあるだろうが、油断ならない相手というのは間違いないだろう。

対外関係なら四楓院が出てくる場合もあるが、それはあくまで最終的なことであり、何かしらの情報が【千里眼】からもたらされる事はあったとしても、彼らは達也が望む情報を無条件で差し出してくれる相手ではない。

 

厄介ごとが自分達に降りかからなければいいがと、エゴイスティックに達也は願うばかりだった。

 




次の話でさらっと書きますが、七宝君が十三束君に瞬殺されるシーンはカットしました。感想では、七宝君がフルボッコにされるのを望んでいる方が多くてびっくりです。

この話で、雅と達也が会話するシーンが少なくて、寂しいです(´・ω・`)
次は、盛大にイチャイチャさせますので、お楽しみに

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