恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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イチャイチャだと思った|д゚)?
残念、まだだよ。

筆が乗って、修飾語が長々しくなるのが鯛の御頭の悪い癖ですが、文章までも長くなるも特徴です。




貴方の世界を許す人
前編


時期はゴールデンウィークに突入し、校内も長期休暇の予定で盛り上がっていた。

今年は5月1日、2日が平日で、3日から6日までが連休になっている。

普段なら土曜日も授業が組み込まれているのだが、この連休だけは例外になっている。

丁度この時期は部活動も全国大会の予選を控えているため、練習に熱がこもっている。

 

 

部活動に所属していない香澄と泉美は適当に同級生とは話を合わせつつも、本心ではそれほど興味はなかった。

 

魔法科高校はカリキュラムも詰め込まれているが、部活動を熱心にしている方が魔法大学への内申点が良い。全国大会や九校戦で結果を残せば、校内推薦に選ばれる可能性もある。最も、それを目的にしている生徒はどちらかといえば少数で、大半が自分の趣味や勧誘で興味を持った部活動に所属している。

 

「あーあ。雅先輩と遊べるかと思ったら、実家に戻るなんて残念」

「仕方ありませんよ、香澄ちゃん。雅先輩のご実家は京都なのですから、連休でなければゆっくりもできませんもの」

 

泉美は部活動には所属しておらず、今日は生徒会の仕事もないため、香澄と一緒に帰宅する予定だった。泉美も香澄を諫めつつも時間があれば、雅先輩や深雪先輩を誘ってお茶にでも行きたい気持ちは当然あった。

香澄はふてくされたように泉美の前を後ろ向きに歩いた。

 

「危ないですよ、香澄ちゃん」

「誰もいないじゃん」

 

人通りの少ない廊下であったため、香澄はそのまま、器用に後ろ向きで歩いていた。泉美の予想通りというべきか、案の定、廊下の角に差し掛かったところで誰かとぶつかり、肩を支えられた。

 

「あっ」

 

謝罪の言葉を香澄が口にしようと思った瞬間、その言葉は声にならなかった。

 

「余所見は危ないよ、お嬢さん」

 

自分の背後から顔を覗き込むように、美男子が微笑んでいたのだ。

きりりと涼しげな一重の瞳に、すらりとした鼻立ち、緩やかにほほ笑むその顔に香澄は引き込まれていた。

しかも、着ているのは制服ではなく、なぜか緑色の狩衣であり、結い上げた髪には冠もつけている。なにやらふわりと、清廉な香しさも感じる。

呆けたように泉美も香澄もその美貌に魅入られてしまった。

 

高雅(たかまさ)さん、行きましょう」

 

呆れたように金髪の美人、おそらく香澄と泉美にとっては先輩であろう人がその人に声をかけた。

 

「それじゃあ、またね、お嬢さん」

「は、はい」

 

香澄は姿勢を正して、去っていく後姿を見ていた。

 

「綺麗な人……」

「ボク、びっくりしちゃった」

 

香澄も泉美も面食いというわけではない(もちろん、顔が良いに越したことは無い)が、思わずため息がこぼれ、目を奪われるほどの美貌は入学式で先輩である司波深雪を見て以来だった。

ピンと伸びた背筋は凛々しく、歩く姿さえまるで日本画から出てきた貴公子のようだった。

 

「いったい誰だったんだろう?」

「演劇部ではないですよね」

 

二人とも顔を見合わせて、先ほど青年がやって来た先と去って行った先を見ていた。

 

 

「七草姉妹、何してんの?」

 

やや顔の赤い二人に対して、廊下の先から一人の男子生徒がさして興味なさげに尋ねた。

 

「あ、ユキリン」

「誰がユキリンだ。僕は“よしのり”だ」

 

太刀川 由紀(たちかわ よしのり)

古式の名門、太刀川家の養子の三男坊であり、昨年卒業した元図書・古典部部長、【図書の魔女】と呼ばれた行橋祈子の従弟だ。

香澄と同じC組であり、初対面で香澄が彼の名前を「ユキ」と呼び間違えてから、彼女は面白がってユキリンと呼んでいる。本人としてはユキと呼ばれることはまだしも、ユキリンなどとどこぞのアイドルのように呼ばれるのは非常に遺憾だった。

しかしながら、客観的に見ればそのあだ名は似合わないことは無い。

 

彼は男子生徒にしては小柄で華奢な体躯をしており、顔立ちはあどけない可愛さが残っている。ツンツンと尖った態度も猫のようで、可愛らしい顔の造形も相まって一部の年上からは可愛いと称される態度に見える。

 

その彼は、なぜか神職用の浅縹色の袴姿で、両手に柏の枝を抱えている。

 

「その恰好は?」

「図書・古典部の実験用。今から野外演習場で実験するんだよ」

「ひょっとして、さっき通った男の人もその関係者?」

「緑色の着物を着ていらっしゃったのですが、ご存知ですか?」

 

香澄と泉美の問いかけに、嫌そうに由紀は顔を顰めた。

 

「そうだけど、それで?実験でも見たいわけ?」

「よろしいのですか」

 

来いとは由紀は言わなかったが、見たいかと言われれば、もちろん泉美も香澄も見たいに決まっている。二人とも古式魔法への造詣は一般的とは言わないが、入試程度の必要最低限のものしか知らない。あのように美しい男性が参加するとなれば、多少のミーハー心があって当然だろう。

 

「公開実験とまではいかないけど、別に部外者禁止ってわけでもないから別に来てもいいけど」

「素直じゃないね、ユキリン。そこは古典部の雄姿を見に来たまえ、くらい言ってもいいんじゃない?」

 

ニヤニヤと芝居掛かったように笑う香澄に、由紀は益々嫌そうに眉間の皺を増やした。

 

「お前ら、絶対来るな」

「やだねー。ついていくよ」

「チッ」

 

乱暴に早足で歩いていく由紀の後ろを香澄と泉美は顔を見合わせて笑いながら付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

第一高校の学校裏には人工林が併設されている。

魔法の訓練だけではなく、軍人や警察官、レスキュー隊員などの進路を希望する生徒のニーズを満たすための体力増強を目的とした施設であり、訓練のために木々の密度や起伏が調整されている。

さらに水路や砂利道、走路や様々な運動用器具も備え付けられており、非魔法競技系の部活動の練習にも用いられている。

 

香澄と泉美は通学用のブーツではなく、野外演習用の安全靴に履き替え、由紀と共にその演習林へと来ていた。二人が履き替えている間に、律儀にも由紀が待っていたのは予想通りのことだった。

 

由紀は草履姿のままであったが、すいすいと両手に荷物を抱えたまま、演習林の奥の方へと進んでいた。小柄な見た目に反して、体は鍛えているようで、多少起伏のある道も難なく進んでいた。

七草姉妹もある程度体力はある方なので、それほど奥でもない人工林の一角に到着するころには、少々体が温まる程度の疲労しかしていなかった。

 

「あら、二人とも見学かしら?」

「深雪先輩!」

「桜井さんも一緒なんだ」

 

見学者の一角には深雪と達也、それと水波の姿もあった。

声をかけられた深雪はにっこりと微笑み、水波は小さく一礼した。

さらにお馴染みというべきか、同じく見学者として美月と幹比古の姿もあった。

本来ならエリカやレオ、ほのかと雫も来るつもりでいたのだが、大会前のため当然のように部活動の練習が入っており、今回は見学に来れない事情があった。

 

「古典部の研究発表と聞きまして、後学のために見学をさせていただくことにしました」

「そうなのね。とても“勉強”になると思うわ」

 

深雪がにっこりと微笑めば、心酔しきった様子で泉美は返事をした。

その様子を見ていた水波と香澄はちらりと視線を合わせ、無言で首を縦に振っていた。

 

二人とも同じクラスではあるが、仲の良い友人というわけでもない。

二人とも達也発案の恒星炉の実験には参加したが、それ以降、特に積極的に話すわけでもなく、かと言って雰囲気が悪いわけでもない。お調子者で活発な香澄と、使用人としての性か大人しく目立たないようにすることが癖になっている水波ではそれも仕方がないだろう。

しかし、この時ばかりは二人とも同意見のようだった。

 

「今日は何の実験なのでしょうか」

「全体説明は鎧塚君からしますが、図書・古典部お蔵入り案件の検証実験って言ったところですね」

 

泉美が深雪に問いかけたところで、図書・古典部部長のマリーと同じく図書・古典部の部員である夏目が見学者の方にやってきた。

 

「それこそ、今まで術式は分かっていても術者がいないから再現できないなんてザラにあったから、埃をかぶっていた研究の掘り出しもしているところなのよ。あ、あとで資料は回収するから、無くしたり、コピーとったりしないように」

 

夏目が達也たち7人に実験の概要が示された紙の資料を手渡した。

A4サイズの紙の両面に文献解析の結果、今回の実験の目的、手法、結果の見込みが記されている。流石に研究論文の全文は乗っておらず、抄録程度の内容であり、あくまで説明のための補助資料といったところだ。

 

「あと、最近出るらしいんですよねぇ」

 

意味深な様子で、マリーは頬に手を添えながら、ため息をついた。

 

「出るってもしかして……」

 

美月が恐る恐る尋ねた。

 

「幽霊ですよ」

 

現代魔法科学では幽霊という存在は定義されていない。

幽鬼や精霊、悪魔の存在は比較的研究が進んでいるが、幽霊(ゴースト)に関しては、概念としてはあるが科学的には実証されていない。

死者の体を使うキョンシーも移動魔法や傀儡の要領で動かしていたり、魔法式にどのように動くか記述されている。定義はされていないが、科学的に観測できないだけであり、存在はしていると論じる研究者もいる。

 

大半は22世紀を前になんとオカルトじみたことかと鼻白んでいる泉美や香澄のような反応が一般的だ。

しかし、案の定、なにか嫌な気配を感じていたのか、美月の顔は青くなった。

 

「なんでも演習林に闇夜に浮かぶ光を見たり、演習中に耳元でささやく声が聞こえたり、誰もいない茂みに枝が絡むわけでもなく裾を引かれたなんてこともあったそうです。当然、噂だって半分笑い話なのですが、最近やけに骨折する人が出てきたようで、墨村先生がついでに祓の舞をしてしまえばいいだろうと今回の実験を提案されたのです」

「気休めだとしても、実力でも、祓えの力はお墨付きでしょう」

「まあ、そうですね」

 

マリーと夏目の言葉を受け、達也は太刀を()いている狩衣の人物に目配せをした。

その人物と達也の視線が合うと、彼はゆっくりと一度瞬きをした後、小さく微笑んだ。

自分に向けられたものではないにも関わらず、香澄も泉美も赤面してしまうような、高貴で美しい表情だった。

 

「司波先輩、お知り合いですか」

 

じとりと、訝し気な視線で香澄が達也を見上げた。雅というものがあろうに、まさか男色の気があるのか、と香澄は感じたのだが、この司波達也という先輩はちょっとやそっとじゃ表情の変化がなく、いつも涼しい顔をしている。例外はもちろん、深雪や雅に関することであるが、今も香澄の邪な考えを分かっているであろうに、不快であるとも、図星であるとも読み取れない。

 

「後で説明する」

 

達也がそう言って前を向いてしまったので、後で説明すると言うのならば、と香澄はひとまず引き下がった。

 

「この場には霊子除けの結界が張ってあるから、悪いものがこちらに飛んでくる可能性はかなり低い。美月も幹比古もあまり心配しすぎる必要はないだろう」

「そうですね。まだ、幽霊だなんて決まったわけではないですよね」

 

達也の言葉に美月は気丈に拳を握りながら、そういった。

 

「たとえ万が一、何かあれば幹比古が守ってくれるさ」

「え、あっ、その、そうだけど、達也!」

「なんだ?」

 

いつもはエリカが幹比古と美月を揶揄う鉄板ネタを達也が言ったことに、幹比古と美月は顔を赤くした。下級生たちは、先輩方はそんな関係なのかとニヤニヤと笑みを浮かべ、深雪は珍しい兄の様子に小さく笑いをこぼした。

 

 

 

 

 

「準備はできたし、んじゃ、始めるぞ」

 

発表者である鎧塚が大きな声を上げた。

 

「新入生は今回、初めて古式魔法を見るってやつもいるだろうから、改めて基礎的な部分について説明する。

古式魔法と一口に言っても、密教系、神道系、真言系等々、流派によって術や作法は異なるが、おおよそ現代魔法100年より以前に使用されていて、デバイス発明以前の魔法を全部ひっくるめて古式魔法と呼ぶことが多い。その中でも儀式魔法は雨ごいや豊作祈願、はたまた戦勝祈願のために用いられ、神前に捧げられるものと、攻撃のために、大掛かりな術を複数の魔法師で分担して行うためのものがある。今回はそれほど大掛かりじゃないから、詠唱なしの歩法によっての術のみだが、詠唱や器楽を併用する場合、魔法を発動する領域を明確に分ける繊細さが必要であり、術者は自分が魔法のどの要素を担当しているのか意識しなければならない」

 

資料を見てくれ、と鎧塚が言ったことで、見学者たちは一斉に渡されていた紙の資料に目を通す。

 

「今回の実験は、古典部のOBが文献を解析まではこぎ着けたが、実践にまで至らなかったケースだ。

研究では、とある信心深い武家の人間が、家に降り注ぐ悪縁を断ち切るための祓いの舞ということと、その術式で用いた歩法についてまで解析されている。今回はその実証実験だ」

 

資料には、とある関東近辺の有数な武家に続いた不幸を祓うために行った舞だと記されている。

 

「文献の記述にある術の作法に則り、祓詞(はらえことば)で場を、神酒で地を既に清めてある。

歩法については、予め陣を描いてからそれに想子を注ぎ込むタイプと、歩を刻み、想子を注ぎながら陣の形成を行うタイプがある。今回は後者のタイプだ。歩法自体馴染みのないやつは、原理としては刻印魔法に近い発想だと思ってくれ」

 

紙の資料には菱菊模様を更に図案化した歩法で刻む陣について、描かれている。

菱菊模様は魔除けと厄除けの意味合いのある図案であり、時期に合わせて衣装にも同じ模様が刻まれており、衣も菖蒲の重ね色になっている。

菖蒲は尚武とかけられ、武家に好まれる図案でもあり、今日の舞台を行う人物の冠にも咲いたばかりであろう菖蒲の花が飾られている。

 

「今回の研究では、術式の発動は歩法がメインだが、刀の持つ切る力を補助するためのものだと伝えられている。

神話の時代から謂れのある刀は存在し、権力の象徴であったり、御神刀として家を守ったり、宝剣として大切にされてきた。だが、刀の本質は切ることにある。人や物だけではなく、悪鬼悪霊、悪縁、病を切ると謂われのある刀もある。

今回の実験も一部の生徒が面白がって広めただろう、悪い噂を断ち切る意味合いもあると思ってくれて構わない」

 

実験場は演習林の一角

春過ぎとは言え木陰はまだ薄ら寒く、10mを超える木々が立ち並び、日の光をさえぎっている。比較的空間のある林の中に設けられた実験場は、見学者と検証者の間は地面から10cmばかり上で杭に留められた注連縄で区切られており、結界の役割を果たしている。

 

「んじゃ、頼むぜ。ここからは、俺らは良いといわれるまで決して声を出すなよ」

 

鎧塚が狩衣の男性に声をかけると、ゆるりと礼をして、清められたといわれる場所に立つ。

狩衣姿の男性が帯刀している太刀を抜く。

きらりと日の光を受けた刀を、正眼に構える。

流麗な舞のようであり、精錬された剣術の型のようであった。

 

男が一歩、一歩踏みしめるたびに、風の精霊が活性しているのが、達也や美月の目には見えていた。精霊を見ることはできなくても、幹比古は精霊の波長を感じており、見学者も一様に息をのみ、その美しい姿に見入っていた。

 

緑色の狩衣の内側は紅梅色となっており、品格がありながらもどことなく色気を感じさせるものであった。

音のない舞台にもかかわらず、まるで風がそれを彩るように、木々の葉を揺らす音が響く。

 

しばらく、見学者たちがその姿に見入っていると、いつの間にか、どこからともなく刃が交わる音がしていた。

空を裂いているはずの刀がなぜか、見えない刀とぶつかるような、金属同士がぶつかる音が響く。

緑が深くなった木々は、激しい風を受けて騒めき、まるで魔物を駆り立てるように、激しく枝がしなる。

風を裂く刀は何時しか、見えない相手を退治するように、勇ましいものへ変わっていく。

 

何もいない、何も見えない、だが、確かに何かそこにいる。

有り得ないと目は訴えるが、魔法師としての感覚がそれを否定する。

 

「(犬…?)」

 

人並み以上に目の良い美月はオーラカットのレンズの向こう側、霊子溢れる景色にぼんやりと二本足で立つかのような巨大な犬の姿を見た。犬は牙や爪で刀を防ぎ、喉元を食いちぎらんばかりに荒々しく口を開ける。

狩衣の男性はそれを冷静にさばき、攻撃を流し、鋭い突きを繰り出す。

彼を味方するように波長を送る精霊も同じく、きっと見えていない生徒には独り相撲のように見えるかもしれない。

だが、そこには確かに化け物と対峙する姿があった。

 

「(あっ…)」

 

美月は声が漏れないように、口をふさいだ。

男性が一刀両断すると、犬のようなものはその姿を保てなくなり、まるで蛍のような光へと変わった。少し日が陰り、オレンジ色に染まる雲に光が昇っていく様は、静かに天に召されるような情景だった。

男性は刀を静かに鞘に納めた。

 

「終わりましたよ」

 

男性がそう言うと、ドッと歓声と拍手に沸いた。

 

「先輩、すごいですね。なんか、よくわからなかったですけど、手に汗握りました」

「古典部ってみんなこんなことができるようになるんですか」

 

一年生部員らしき生徒たちが、鎧塚に興奮気味に聞いている。

初めて見る生徒にしてみれば、華やかさは無くても、初めて見る古式魔法に興味津々だった。

 

「言っとくが、入部したからって、あれができるようになるとは思わないことだな」

「知識と技術を齧ることができても、大半は才能です。できない人は、全くできません。現代魔法に置き換えればできないことはない魔法も、古式魔法の再現とするには力量が足りないってことはよくあることです」

 

マリーが鎧塚の言葉を補足する。今回も文献の解析で終わっていたのは、再現できる人物がその当時部員にいなかったからだ。

古式魔法は体系化された部分もある一方、個人的な技量によるものが大きく左右される。

 

泉美も香澄も拍手を送りながら、感嘆していた。

 

「CADもなく、あれだけ高度な光波振動系魔法が使えるなんて驚きました」

「途中の戦っている様子もすごかったよね。誰かが機械で音出していたんだよね」

 

きょろきょろと七草真由美直伝であろうマルチスコープを使いながら香澄が機械を探すが、どこにも機械は見当たらない。

 

「いや、音声装置などは使ってない。あれも、術の一環だろう」

「一つの刻印で異なる二つの魔法式を発動させることができるんですか」

 

達也の言葉に香澄は質問を続ける。資料に乗せられている歩法のための陣は一つだけ。複数の陣を用いるとは書かれていない。

 

「菱菊模様は菱模様と菊文様の組み合わせだ。それぞれ別の術のために陣を刻み、一つの術が終わると、その次の術が発動するように仕掛けられていた。同じ振動系ならば、それほど難しいことでもないだろう」

「そうなんですか」

 

古式魔法に関しては一般的な知識程度しかない泉美はやや納得しかねる様子で問いかけた。

 

「ああ。ついでに言えば、この大規模な風も精霊を利用した術の一部だ」

「あっ、やっぱりそうだったんですね。狩衣に風系統の精霊が多く集まっていたので、香を焚きしめてあるんですよね」

「特に実験には必要ないことだっただろうが、演出の一環だろう」

 

美月は始まる前から、菱菊模様の狩衣自体に精霊魔法が掛かりやすいようにしてあるかと思ったが、かすかに風に乗ってきた香に精霊が引き寄せられているのが見えていた。

 

「ちょっと待ってください、司波先輩。じゃあ、あの人は振動系の術を二つ使いながら、尚且つ精霊魔法も使っていたということですか?

CADもなしに?」

「そんなに驚くことか?」

 

香澄の驚き様に、今度は達也が首を傾げる。

なにせ、魔法発動におけるCADの使用の有無は、発動速度において天と地ほども変わる。さらにそれを複数の術式ですることは、相当魔法力が高くなければ難しい。

第三研究所と第七研究所出身の家系である二人からすれば、多重魔法発動は困難な事ではないが、それをCADなしで行えと言われたら当然無理だと断言できる。

例えるならば一般人がスキューバダイビングをしなければ潜れない深さと時間を、素潜りでやっているようなものだ。歩法や香の補助があるとはいえ、気休め程度のものでしかなく、あくまで術者本人の力量が物を言う。

 

「そっか。普通は凄いことだよね」

「雅さんだから、私たちもつい納得してしまいました」

「雅先輩?」

 

泉美も香澄も今日は雅の姿を見ていない。図書・古典部の所属と聞いているが、記録や会場の手伝いもしていないようだった。神楽の稽古があると聞いているので、部活よりそちらを優先したのかもしれないと二人は考えていた。

 

「今、鎧塚先輩と話しているのが、雅だ」

 

二人は揃って狩衣の男性と達也を見比べた。

 

「司波先輩、冗談はよしてくださいよ。どこからどう見ても、大学生ぐらいの男性じゃないですか」

 

面白くない冗談だと、香澄は鼻で笑った。

 

「振動系魔法で声帯の振動数を下げれば、女性も男性のような声が出せるそうだ。身長も10cm以上高いだろうが、靴で何とでも調整はできる。あとは化粧でどうとでも、顔は変えられる」

「本当に、雅先輩……?」

 

信じられないものを見るかのように、香澄と泉美は男性にしか見えない雅を凝視した。

九重神楽のすごさ、素晴らしさは耳にする機会があっても、実際どれほどのものなのか、香澄と泉美はその片鱗を見た気がした。変装の達人なら七草の家人にもいるが、ここまで美しく仕立てる人物は知らない。

驚愕の瞳で二人が雅を見ていると、茶目っ気たっぷりに雅は内緒だよと言わんばかりに口元に立てた人差し指を持っていき、片眼を瞑った。

 

「はうっ」

「泉美!?」

 

キューピッドに心臓を打ち抜かれ、恋する乙女のように泉美は胸を押さえた。アリだと思った自分は悪くない。悪いのは美しい雅先輩だと、泉美は赤い顔で恨めしそうに雅を睨み付けた。

 

「お姉様の人誑し」

 

不服そうに深雪が呟くのもいつものことだった。

 

 

「深雪先輩、九重神楽って実際どんな感じなの?」

 

香澄はミーハーな片割れを放置し、深雪に問いかけた。

 

「そうね。古式魔法の至高、現代に神代の美を伝え、まるで神様が舞うようだと言われているわ。一観覧者としてならば、天上の美を凝縮して、幸福と慈愛の瞳に祈りを乗せて、どんな画家にも描けない極彩色の世界で、ただ優雅に悠然と、立つ姿だけで打ち震えるほど素晴らしいのよ」

「へえ。司波先輩もそれで雅先輩に惚れたんですか?説明してくださるんですよね」

 

ニヤニヤと茶化すつもりが見え見えの香澄は、揚げ足は取っていると達也に問いかけた。昨年、散々先輩方から雅との関係を突かれた達也にしてみれば、香澄の質問は随分と可愛いものに思えた。

 

「そうだな……“天津風”と言ったところか」

 

今日の姿を見てか、かつて桜姫と呼ばれた姿を思い出してか、達也はすんなりとその言葉が出てきた。

 

「あまつかぜ?」

 

疑問符を浮かべる者が多い中、達也たちの前に資料を集めに来た夏目だけは何とも言えない、渋い顔をしていた。

 

「夏目先輩、資料の回収ですか?」

「そうだけど、いや、司波君が意外とロマンチストというか、その言い回しを使うことに驚いただけ。まあ、時期は違うけど九重さんには合いすぎた内容だし、ちゃんと本人の目の前で言ってあげなさいよ」

 

夏目がわかる内容ならば、当然、雅もこの言葉の意味を理解する。流石に本人にきちんと言えと言われれば、照れくさい部分もあるが、傍から達也を見ている者たちにはそれは一切読み取れない。

 

 

 

その話題にされている雅はと言えば、鎧塚と墨村教授と話しているようだが、話を聞いていた鎧塚と墨村の表情が一気に曇った。

 

「はい!撤収。神酒と塩撒いて帰るぞ」

 

鎧塚は両手を打ち鳴らして、部員たちに指示を出す。

 

「えー。もうですか」

「もっと見たいです」

 

文句を垂れる新入部員を鎧塚は剣術部で鍛えた肺活量で一喝する。

 

「詳しい解説は部室でもう一回するから、一度戻るぞ」

 

怒気を一瞬孕んだ声に、新入生はすぐさま大人しくなった。

不測の事態が起きたのか、墨村教諭も眉間に皺を寄せている。

 

「と、言うわけで、解散になったから、貴方たちはここまでね。また、実験の機会があればよろしくね」

「はい、ありがとうございました」

 

資料を夏目に返し、見学者一行は、演習林を後にした。

 




続きます。
次回はイチャイチャというか、この話の核心的な部分に触れます。

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