フリーズしたので再起動して、自動保存から復活させようとしたところで間違えたみたいで、この話の3分の1くらいが消えてました。その日は流石にふて寝しました(ノД`)・゜・。
劣等生はついに、20巻発売されました。これから読みます
例年、第一高校では九校戦の前夜祭当日に会場入りしている。
今年の日程は前夜祭が8月3日、開会式は一日挟んだ8月5日となっている。去年のように会長が集合時刻に遅れてくることもなく、テロリストの自爆攻撃に巻き込まれることも無く、いたって安全に予定通りに一高選手団は会場入りを果たした。
昨年度と違うのは、今年は作業車がグレードアップしたことだろう。キャンピングカーを流用したこの車は給湯システムも搭載されており、昨年度が小型ワゴン程度の規模と設備だったことを考えると格段に豪勢になっている。
当然、これは深雪が一枚噛んでいる。昨年度は名誉ある九校戦の技術スタッフでありながら、狭苦しい作業車に兄を追いやることに不満と怒りを抱いていた深雪は、技術スタッフの居住性改善を断行した。
当然その資金は自分の父に(正確にはFLTの名義で)出させるつもりだったが、雫の父からの寄付でその全額は賄われた。しかも、その台数は4台。
比較的安価なキャンピングカーが登場しているとはいえ、それを流用しているとあればカスタム費用が別途かかる。それも4台となれば、寄付の大きさがうかがえるだろう。それは他校から見てもその充実さは目を丸くするものだった。
深雪は兄のことにはとことんわがままになるが、他のスタッフも恩恵にあやかれるとあって、皆表立って反対することも、意見することもなかった。
今年の一高選手団は競技変更に伴い、本選男女選手各12名、新人戦男女選手各9名、作戦スタッフ4名、技術スタッフ8名の全54名となっている。
作業車には一人ずつ技術スタッフが乗り込む形になっており、達也と五十里も勿論そちらに乗るつもりだったが、二人とも作戦スタッフを兼ねているからと説得されたため、大型バスに乗り込むことになった。
説得したのは誰なのか言うまでもないだろう。
加えて、今年はロボ研が所有しているヒューマノイド・ホームヘルパーのピクシーも作業車に乗り込んでいる。名目としては人手不足な技術スタッフの補助ということだが、ピクシーにはパラサイトが寄生している。一般生徒には伏せられていることだが、達也に従属しており、攻撃性はないため、存在を知っているあずさや五十里も特に問題視していない。
九島家が九校戦を使って稼働実験を企てているパラサイドールもパラサイトを流用したものであり、活動状態にあるパラサイトは互いを認識することができる。ピクシーもその目的で連れてきていることに加え、サイキックの使用許可を出せばいざという時の保険にもなる。
達也がピクシーを同行させることについては、一部の選手やスタッフは疑問と反感を持っていたようだが、昨年度散々達也の奇策を見せつけられた上級生にしてみれば、達也ならばヒューマノイドだろうと無駄なく使うのだろうと半ば感覚がマヒしていた。
一高選手団は定刻通り会場に到着し、前夜祭パーティの開催を迎えていた。立食形式とは言え、前夜祭の段階では各校固まっていることが多い。
生徒会や部活連など顔役はあいさつ回りをしていたり、旧知の間柄ならば話に花が咲いていることもあるが、開始すぐとあってまだそのような者はまばらだった。
達也の隣には深雪が立っており、達也の胸元を見ながら、嬉しそうに微笑んだ。
「どうしたんだ、深雪」
達也は深雪が作り笑いなのか、本心から笑っているのか見分けられるが、いきなり微笑んだ深雪の、心から嬉しそうな様子の理由が気になり、問いかけた。
「お兄様に魔法工学科の制服がよくお似合いで、深雪は嬉しくなってしまったのです」
「改めて、どうしたんだ。もう4か月もこの制服を見ているはずだろう」
深雪の背後に控えた水波もなんなんだ、この人と冷めた目をしていたが、その意見はこの場では少数派だった。
「私もそう思います」
「私も」
勢いよく同意するほのかに、小さく頷く雫。
「そうそう。去年はしっくりこない気がしていたんだよ」
「だよねー」
スバルと英美も同意し、達也は面食らっていた。達也の周りには二年女子から選抜された生徒が全員揃っていた。しかも、スバル以外は達也が担当する選手だ。
同じ2年男子の十三束や幹比古や森崎は沢木につかまり、3年生に囲まれてこちらも居心地が悪そうにしている。幹比古は昨年度の実績も認められ、今年度九校戦の正式選手としてこの場に立っている。居心地が悪そうにしながらも、去年とは顔つきが違うなと周りの生徒たちもそれは理解していた。
出場競技は深雪が昨年度に引き続きアイス・ピラーズ・ブレイクのソロ、同競技で雫が花音とペアだ。
スバルとほのかは昨年同様、ミラージ・バット、エイミィは3年の先輩とペアでロアー・アンド・ガンナーに出場予定だ。
達也は女子が苦手というわけではないが、間違いなく美少女と呼ばれる少女たちに囲まれて、落ち着かない部分がある。
達也は居心地の悪さを誤魔化すように会場を見回すと、同じように女子生徒に囲まれている男子生徒を見つけた。その人物も達也と目が合うと、その女子を引きつれたまま、達也の方に向かってきた。
「お久しぶりです、司波さん」
「ええ、ご無沙汰しております、一条さん」
真っ先に達也ではなく、深雪に声をかけながらも緊張で強張る一条に対して、愛想笑いが板についた深雪。一瞬場が白けるが、すぐさまフォローに回る人物がいた。
「横浜事変以来ですね。変わりなさそうでなによりです、司波達也君」
一条は男子一人というわけではなく、相棒兼参謀の吉祥寺真紅郎も一緒だった。
「そちらも壮健で何よりだ、吉祥寺」
ややぶっきらぼうながら、彼にしては友好的に達也が応じ、その横にいる一条にも視線を向けた。
「そして、一条。横浜でも大活躍だったそうだな。流石はクリムゾン・プリンス」
「その呼び方、やめてくれないか」
一条は二つ名とも言われる『クリムゾン・プリンス』の呼び方がお気に召さなかったようで、辟易としたような苦い顔をしていた。
「嫌だったか?揶揄ったつもりはなかったんだが」
「仰々しいのが嫌なんだよ。普通に一条、でいいだろう」
「分かった」
達也は素直にうなずいた。
一条はやや意外そうだったが、何が意外かは口にしなかった。その間に一高女子と三高女子の間では和気藹々と交流をしており、達也たちにとっては好都合だった。
「それにしても、本当に来ていないんだな」
一条は会場を見まわしながら、確認するように呟いた。誰が、と言わなくても達也と深雪には理解できたが、吉祥寺が冷静に補足した。
「選手名簿に九重さんの名前がなくて、驚きました。上杉先輩には当然だろうと言われていましたが、昨年の君のようにピンチヒッタ-で出てくるなんてことは無いですよね」
「優勝を狙える選手を揃えているので、その心配はない」
不遜とも、自信とも取られる言い方で達也が冷静に答えると、一条と吉祥寺の目も挑戦的なものになる。
司波達也は二人にとって苦杯を飲まされた相手だ。戦術、戦略もさることながら、レギュレーションの規定はあったとはいえ、実戦形式の試合で十師族次期当主である一条将輝に膝をつかせた無名の家の選手。
一条も吉祥寺も伝手を使って身辺を調べてみたが、彼らに繋がるそれらしい有力な家の名前は出てこない。当然、二人の行動は一条家当主の知る所であり、九重と旧知の間柄ならばその素性が出てこなくても当然と釘を刺され、それ以上の詮索はできなかった。
一条としては深雪に気があるので、ゆくゆくは家柄は気になることであったが、司波達也に雪辱を果たすには関係のないことだった。
「それは楽しみにしています」
「ですが、こちらも去年のようにはいかないですよ」
闘志に燃える二人に心揺さぶられることは無く、達也は高校生らしいなとどこか達観してみていた。逆にそれが二人には挑戦的に見え、益々やる気を出しているのに気が付いていたが、これ以上の言葉は蛇足な気がして、達也は特に反論はしなかった。
まるで試合前のようなピリっとした雰囲気をわざと壊すかのように、気の抜けた明るい声で、一人の女子生徒が会話に割り込んだ。
「どうもー。邪魔するで」
一高でも三高でもない、制服。サイドテールにしている髪がピョコっと撥ねている女子生徒だった。
「久しぶりやな、司波兄妹」
にっと効果音の付きそうな笑顔を片手に気軽に手を挙げると、深雪にハイタッチをねだる彼女に、深雪は「久しぶりね」と、パチンと軽く手を合わせる。女子高生らしい気軽な様子に一条が奥歯を噛みしめたのは、達也も吉祥寺も見なかったことにした。
「んで、プリンスは知らんやろうからな。二高二年、
「プリンスはやめろ。それに、1年生で去年の氷倒し本選優勝者だ。知らないわけじゃない」
「今年はシールド・ダウン、ソロに出場予定ですよね。司波君とはお知り合いだったんですね」
一条も吉祥寺も彼女のことは知っていた。昨年度、詠唱による精霊喚起という手法で本選の氷倒し優勝を飾った選手だ。今年度出場予定のシールド・ダウンも中学生統合武術王者の肩書を持って優勝候補筆頭と言われている。
「記憶力ええな、王子様。ついでに一高と三高だけが、美味しいところ取るわけやないから覚えとき」
どうやら先ほどの会話もばっちり聞かれていたようで、一条にメンチを切りながら、燈が宣言する。尤も本人の小柄さと相まって、目つきの鋭い上目遣いにしか見えないのが、勿体ないところだった。どうしても、可愛らしさが抜けないので、深雪は笑っては失礼だとは思いながら、緩む頬を必死に抑えていた。
「それで、世間話をしに来たわけじゃないだろう」
達也が本題を切り出すと、せっかちだなと言いたげな様子で燈は肩をすくめた。
「せやな。紅王子はさておき、ウチが来た理由は分かってはるんやろ」
「香々地さん、おちょくっているのか?」
プリンス、王子様などと一条の二つ名を明らかに意識していじっている燈の様子に、一条は深雪の手前、できるだけ苛立ちを面に見せないように問いかけた。
「天丼や、天丼。ちっさいこと気にしとると、モテへんよ、クリムゾン・プリンス」
余計なお世話だと言いたげな一条を尻目に、燈はふざけた様子を一転、声を潜めた。
「まあ、この九校戦に誰の息が掛かっているのか、知っとるやろ」
同時に燈がなにかしらの術を展開したのを残りの4人はすぐに感じ取った。障壁とまではいかないが、音声を一定方向以上に広がらないようにする術式であり、精霊魔法の一種だった。念のため達也も眼を広げるが、こちらに聞き耳を立てていたり、盗聴の気配はないことを確認する。
「今年の九校戦、変だとは思ったが、やはり九校戦が魔法技能を競わせる以外の意図に浸食されているのか」
「は?調べとらんのか」
聞き間違いかと言わんばかりに燈は眉を顰める。一条がろくに調べていないことをその一言で察した燈は、馬鹿だろうと言いたげな様子で、呆れて聞き返す。
「名前は飾りとちゃうねんよ、王子様。疑問に思ったら調べるなんて小学生でも今時知っとるし、まして危険だと分かっとるなら、情報の有無が死線をわけるなんてザラやろう」
意味しているのはスティープルチェースのことだった。
今年度の九校戦は異例尽くしだ。それでも競技変更や戦闘系競技に偏った競技構成はまだ理解できる。
だが、スティープルチェースは軍事訓練に用いられるものであり、それを疲れが残る最終日に行うリスクを魔法協会が鑑みないわけがない。一種のショー的側面のある九校戦において、競技の様子が一切中継されないのもおかしな点である。
加えて、試合中に死傷者が出れば非魔法師団体の格好の餌食となるのは目に見えた構図だ。去年のような犯罪組織の妨害はまだ事故として
そこまでの状況を分かっていながら、一条と吉祥寺は何も手を打たずにこの場にいることを露呈した。
「喧嘩腰になるな、香々地。だが、俺もその意見には賛成だ。調べられるリソースがあるなら調べるに越したことは無い。知識や情報を知らなくてよかったなんて俺は思ったことがない。知識が足りなくて困ったことはあっても、知識が邪魔になったケースはない。一条はそういった経験があるのか」
「いや、それはないが、それとこれとは………」
口ごもる一条にとどめを刺すように達也が畳みかける。喧嘩腰になるなと燈に注意しながらも、結局達也の言葉もどこか棘のあるものになっている。
「残り12日では十分とは言えないが、何もできないと諦めるだけ短いわけではないだろう」
「将輝。ここは司波君たちの言う通りじゃないかな」
口をへの字に曲げている一条に、吉祥寺はなだめるようにそう言った。
「僕たちの手に余ることだけど、剛毅さんなら何か突き止められるかもしれないよ」
「分かった。家の者に調べさせてみよう」
一条の言葉は吉祥寺ではなく、達也に向かって言っていた。この場で燈に聞くという手段もあったが、あの態度では一割も情報を出す気はないだろうと吉祥寺は目算していた。だから剛毅の名前を出し、十師族の一条家として調べるという形に将輝を誘導していた。
その策略に達也も気が付いており、思ったより上手に一条を転がしているなと吉祥寺に対する評価を改めていた。
その後、雫の従兄経由で文弥と亜夜子が初対面を装って自己紹介を申し出た。そのような体裁をとるように当主である真夜から言いつけられたことであり、達也も深雪もその必要性は理解していた。
去年、深雪と達也はいささか注目を集めすぎた。
四葉家としては二人の素性を探られては困るので、黒羽の二人はいわば今回の注目株として目立つように仕向けていた。深雪も達也も二人が自己紹介を申し出た時、その程度のことは言葉を交わさなくても理解していた。
亜夜子と文弥は現在、第四高校に通っている。
そして巷では、四葉家の配下の中に有力な『黒羽』という分家があるという噂が出ている。
しかし、その黒羽家にどのような人がいるのか、どのような役割を果たしているのかは不明。噂では、音もなく人を殺す暗殺一家、噂では政治家を牛耳る裏の顔役、とある噂では有力とは名ばかりの衰退した家である、などなど名前だけが独り歩きしている状態だ。
秘密主義の四葉家の情報。魔法師にも知られているのはせいぜい当主の名前と、かかわりがある中では窓口となる使用人の執事程度だろう。当然、この会場で『黒羽』の名前を持つ二人に注目が集まるのも無理はなかった。
四高では、本人たちは四葉家とのかかわりを否定しているが、生徒たちの間では二人の実力は知られており、噂を信憑付けるものとなっている。
一般の高校生を舌先三寸で丸め込むのは、第一線で諜報を担う黒羽の二人にとっては朝飯前のことで、上手に周りを利用しながら、着実に四高での立ち位置を確保していた。
文弥が初対面であるという体裁にも関わらず、絶世の美少女である深雪に顔を赤らめたり、積極的に話そうとしなかった様子はじっくり見れば不自然かもしれないが、芝居を壊すようなほどではなく、他の集団にも達也たちと黒羽とは他人同士の間柄に見えただろう。
来賓挨拶の際に九島閣下が体調不良で欠席したことで、会場には少しざわめきが起きたが、それ以外の大きな混乱はなく、前夜祭は締めくくられた。
一高では、学年の人数の関係と男女の人数の関係上、宿泊施設の部屋割りは深雪と花音、五十里と達也ということになっている。
軍施設なので当直兵の見回りはあるが、それも部屋までは入ってこない。
一高も夜間点呼などないので、一年生以外はこの部屋割りが意味することにたどり着いていた。
当然、その部屋割りで深雪と五十里が入れ替わり、達也と深雪が同室になっている。
最初この提案をされた時、達也は耳を疑った。そしてその企てに加担する深雪に呆れていた。五十里と花音は婚約者とはいえ年ごろの男女が同室など外聞のいい事とは言えない。
達也の場合、深雪と同室に忌避感も嫌悪感もないが、万が一それが外部にばれた時に妹の評価が傷つくことを恐れていた。
深雪は達也のことを敬愛しており、同室でも全く問題はないのだが、あくまでそれは深雪が妹だからである。姉であるならまだしも、自分がそのような立場に置かれて嬉しい反面、やや複雑だった。きっと姉ならば千代田先輩も困った人ね、と笑い深雪を咎めることなどなさそうだが、この状況に姉の心境を考えると心配になる。
達也も深雪が同室の方が今後のことに都合が良いため、結局その提案を受け入れてしまっている。
「もし何か言われたら、先輩の提案に逆らえなかったと証言するんだぞ」
「分かりました」
確かにそうなのだが、容赦なく先輩を主犯に仕立てる達也の遠慮のなさが可笑しくて、深雪はクスリと笑みをこぼした。
全身を黒い服に着替えた達也は、スティープルチェース・クロスカントリーが行われる演習林へと向かっていた。
本来ならばステルススーツか、改造して隠密性のあがったムーバル・スーツが望ましいのだが、軍の任務として動いているわけでもないので、ないものねだりだとはわかっている。
現段階でパラサイドールが設置されているとは達也も考えてはいないが、地形から配置を逆算することは可能であると考え、コースの下見にやってきたところだった。
しかし、達也は実際、コースに入れないでいた。蟻一匹通さないような厳重な警備システムを見ながら、達也は内心舌打ちをした。去年もこのくらい警備をしていれば無頭竜に侵入されることは無かったと考えたが、むしろこれはその侵入を受けての結果だと察した。
正規軍の施設が一犯罪組織にやすやすと侵入され、あまつさえそれに気が付かなかったとなれば、施設の管理者は憤死ものだろう。
達也は精霊の眼を使い、周囲の情報を洗い出す。『精霊の眼』はセンサー類に反応するものではないが、五感外知覚力に鋭敏な魔法師がいれば、勘づかれる可能性はゼロではない。いつでもアクセスを切れるようにしながら、達也は視野を広げていく。
その視野の中に見知った存在を知覚する。物理的な距離は離れていないが、情報の次元では距離が遠いと判断される。つまりそこに存在しているが、限りなく気配が薄い。達也は腕を上げたなと感心しながら、そちらの方向へと歩き出した。
5分ほど歩いたところで達也は闇に紛れた影に話しかける。
「文弥、亜夜子」
驚いたという気配が広がると同時に、影が人の形を成し、その姿を現す。夜目に慣れた達也は驚いた顔の亜夜子と、うれしそうな顔の文弥の姿を認めた。
「いきなり話しかけないでください、達也さん。驚きました」
「そんなつもりはなかったが」
「だったら、あんなに怖い声を出さないでくださいよ」
亜夜子は本気で達也を非難していた。確かに達也は戦闘状態とは言えないものの、それに近い心理状態にある。威圧感のある声になってしまったのも仕方がない事だろう。
反省はしながらも反論と謝罪はせずに、達也は話を進めた。
「それで、お前たちもコースを見に来たのか」
「ええ。ですが、警戒が厳しくて……」
「中に入れなかったんです」
言い淀む亜夜子の言葉の続きを文弥が代弁した。
「中に入れなかった?」
達也は意外性を隠せず、事実を再確認した。
亜夜子の得意とする、『ヨル』という二つ名の由来となった魔法について、達也は知っているどころか、開発に関わったとも言える。その亜夜子の技術をもってしても入れない警備となると、その厳重さが伺える。
「ああ、悪い。責めるつもりはなかったんだ」
亜夜子が唇を噛みしめ、悔しさに苛まれている様子に、達也はすぐさま謝罪した。
「達也兄さんも調査に来られたんですか?」
「ああ。俺も入れずに困っていたところだった」
達也の得意とする分野は戦闘と暗殺だ。八雲に師事を受けた成果から、諜報の技術も一流とはいえるが、生来諜報向きの能力を手にした亜夜子には及ばない。亜夜子でも突破できない警備システムを達也が感知されずに侵入することは不可能だった。
「達也兄さんと、僕らが力を合わせれば、あるいは―――」
「いや、その必要はないよ」
文弥の提案を遮る第三者の声が響く。
「誰!?」
亜夜子と文弥が警戒心を最大限にする。声を掛けられるまで気配はしなかった。諜報で年齢の割にかなりの場数を踏んでいる文弥と亜夜子でも感知できなかった。その実力はそれだけで十分理解できた。
「師匠、普通に登場してください」
「こればかりは忍びの性だから仕方ないさ」
達也はため息交じりに、影に視線を向ける。
「達也さん、この方がもしかして?」
亜夜子は八雲の正体に見当を付けたのか、警戒心をわずかに緩める。
「亜夜子の考えている通りだ」
「この方が、九重八雲先生なのですね」
感慨深げに文弥は頷いた。二人にとって八雲の名前は表に知られている以上に、知っている。諜報を担う黒羽をもってしても正体の全容がつかめない相手だった。亜夜子と文弥に感知されなかったのも、彼ならば悔しいながら納得できる。
「師匠、それで必要ないということは、何かわかったのですか」
「まあね。中には何も仕掛けてなかったよ」
「入れたのですか?この警備網の中で!?」
思わず声を上げた亜夜子は慌てて、口をふさぐ。二人が四苦八苦していた警備システムを突破したなんてとても信じられなかった。
「いやいや。それほどでも」
八雲はいつも通り軽い笑みを浮かべ、鼻高々で謙遜もない言い方に、達也は大人気ないとは思いながらも話を進めた。
「侵入手法は気になりますが、中にはパラサイドールはまだ仕掛けてなかったということでよろしいですか」
人の発する遠赤外線を受動的に感知するパッシブセンサー類ならば亜夜子の魔法を用いれば、無力化にはそう手間を取らない。問題は近赤外線を使用したアクティブセンサー類をどう誤魔化したのか、ということだ。
近赤外線は人体に影響のない不可視光線で、可視光と遠赤外線の間の波長の光である。その光線を反射したり、遮ったりするものを全て高感度で検知するため、照明や自動ドアなどの人感センサーにも用いられている。
八雲にそのセンサーを欺いた手法を聞いたところで、手の内を簡単に明かすとは達也も思っていない。それよりも本来の目的を優先するべきだと考えた。
「今はまだ普通の障害物が計画的に配置された演習林だね」
「パラサイドールが配置される位置の特定はできそうですか」
「いや。どこだろうと同じだろうね。その程度は運用可能な実践的な兵器として開発が進んでいると考えていいんじゃないかな」
当日の配置すらわからないとなれば、今回の調査は無駄足だったようだ。
八雲が中に入ってみて、普通の障害物というならば、去年のように呪物が埋め込まれている可能性も低いだろう。
「あとひとつ、伝言があるんだ」
「伝言ですか」
「そう。『とりあえず、最終日までは問題なし。思考は試合に使った方が有効だよ』だって」
八雲をメッセンジャーに使うとなれば、兄弟子である風間少佐かと見当をつけていたが、内容を聞いて達也は眉を顰めた。どうも友人のような気楽すぎるメッセージだった。どんな確証をもって最終日まで問題なしと言っているのかも気になる。
「誰からの伝言ですか」
「君たちのクライアントだよ」
達也はまた悠さんかと、内心ため息をついた。あの人ならばこの状況になることを見越しての伝言なのだろう。
日本中どこにいたところで千里眼の領域から逃れることはできない。その精度の高さから未来まで見通していると言われるほど、九重当主の身に受け継がれる類まれなる異能だ。
「もう少し早く伝えていただいても良かったのではないですか?」
「まあ、僕の方は念のために呪物の類のチェックも頼まれていたし、達也君に連絡したところで黒羽の二人と僕は初対面だから、出くわしたら面倒なことになっていただろう」
八雲の言うことは頷けるものはあるが、反論したくなる気持ちを押さえ、達也は八雲に礼を言い、文弥たちに声をかけ、別々にホテルへ戻っていった。
この作品の文字数はルビも含めて、60万字を超えるのですが、400字詰めの原稿用紙で考えると1500枚分です。1500枚っていう数字だけみるとにすると大した事なさそうですが、500枚入りのコピー用紙の厚さを見て、あっ(;・∀・)って思いました。
あと表に雅ちゃん出てこないけど、どうしようか(; ・`д・´)