恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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一万字、久々に超えました(;・∀・)

今回は雅ちゃんも登場します。だいぶ本編を要約していますが、話の筋が通っているでしょうか。


スティープルチェース編6

京都 九重神宮

 

真夏の日差しが照り付ける京都は、観光客が多い時期はあっても絶えることはない場所である。

九重神宮の周囲は緑も多く、地元の人の散歩コースにもなっていたり、夏休みシーズンとあって観光客も多い。

 

一方、表の賑やかな雰囲気とは打って変わって、神職たちが利用する施設は静かだ。

九重家の地下に設けられた鍛錬場では、来週に控えた舞台に向けて最終調整が行われていた。

わざわざ地下に施設が設けられているのは音漏れ防止に加えて、その術式の秘匿性もあってのことだった。部屋に入ることができるのも九重神楽に関わる者たちだけであり、たとえ親族であっても術に直接関わらない者は出入りが禁止されている。当然部屋にも条件発動式の結界が張られており、周囲の精霊を必要以上に刺激しない術式と外部からの諜報を遮断する作用がある。

 

演者たちは実際に舞台で纏う衣装を試しながら、楽師も入れた本格的な合わせが行われている。

今はちょうど休憩中であり、携帯や電子機器は鍛錬場では使用できないが、休憩室なら使用可能だ。

魔法、非魔法に限らず諜報対策が厳重に行われており、電子機器も使える部屋が決まっている。

 

「結果はどうだい?」

 

次兄が私の携帯をのぞき込みながら九校戦の結果を確認した。

九校戦初日の競技はアイス・ピラーズ・ブレイク・ペアの予選リーグ、ロアー・アンド・ガンナー・ペアだった。雫と千代田先輩は氷倒しの予選を危なげなく通過し、新競技のロアー・アンド・ガンナーはエイミィと3年の国東(くにさき)先輩が出場し、優勝。現段階で一高は総合2位の順位につけている。

 

「『海の七高』と呼ばれる実力は確かですよ」

「水上競技はお家芸だからね」

 

去年、七高は一高を巻き込む事故を起こし、今年は大丈夫かと危惧されていたが、むしろ去年の雪辱に燃えており、男子ペアは優勝を飾った。

ロアー・アンド・ガンナーの順位は男子1位七高、2位三高、3位一高、女子は1位一高、2位七高、3位三高となった。

今回導入されたペアのある競技の場合、1位に60点、2位40点、3位30点が振り分けられるため、まだ上位の点差は団子状態だ。

 

「インビジブル・ブリットの散弾型とは面白いアレンジだね」

 

一高の優勝を決定したレースのハイライトの映像を見ながら、兄が呟く。

 

「的を外したペナルティがないですからね。スピードシューティングのように相手の的まで壊す可能性もないですし、ループキャストでマシンガンのように弾数を増やす作戦は、スピード競技で照準が定めにくい点を上手に補っていますね」

 

『インビジブル・ブリット』は三高の【カーディナル・ジョージ】の代名詞とも呼べる魔法で、高等魔法に分類されるが、起動式自体は公開されている。一般公開されているのは狙撃型のタイプだが、その狙撃の要素自体は一点に圧力をかけるという魔法のコンセプトには直接関わらない。エイミィは初挑戦の魔法だっただろうが、上手に本番に向けて調整ができていたようだ。

 

「やっぱり出たかった?」

 

兄が私の顔を覗き込みながら問う。

 

「馬鹿なことは聞かないでください」

 

全く出場する気がなかったかと言えば嘘になるが、優先順位くらい分かっている。今回は九重が今年一番と言ってもいいほど気を遣う演目なのだ。

しかし、達也にパラサイドールの一件を任せてしまうのは非常に心苦しく、許されるならば今からでも駆けつけたい気持ちに変わりはないし、それができないことも、重々承知している。

 

「舞台に立たせていただく以上の誉れはないでしょう」

 

それでも私にも役割はある。花の寿命は短いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

8月6日 大会二日目夜

 

達也は作業車で翌日に向けたCADのチェックを行っていた。

 

大会二日目に行われたのは、アイス・ピラーズ・ブレイク・ソロの予選リーグ、ロアー・アンド・ガンナー・ソロ。氷倒しのソロには深雪が出場し、今年も圧倒的な実力差を見せつけての予選突破。決勝リーグに進んだ他の選手と比べても、深雪の優勝はほぼ間違いないだろう。男子の方も危ない場面はあったが、何とか予選は突破したので、得点が入ることは確実だった、

 

しかし、ロアー・アンド・ガンナーの方は一高首脳陣の心配が的中し、男女ともに結果は4位と得点ゼロの結果となった。何人からか雅が出場していればという泣き言も聞こえたが、そんなことを言っても今更結果は変わらないと誰もが知っているため、翌日に向けた作戦会議にすぐさま切り替えられた。

 

ロアー・アンド・ガンナーに七高は男女アベック優勝を果たし、得点は200点追加される。そして三高は男女とも2位であり、120点が追加される。

その結果、一高の順位は3位に後退。三高自体、残りの競技で七高を追い抜けると目算しているはずなので、一高は去年と違って三高を追いかける格好となる。

 

そして明日行われるのがシールド・ダウン・ペア、アイス・ピラーズ・ブレイク・ペアの決勝リーグだ。

シールド・ダウン・ペア男子には、3年の桐原と2年の十三束が出場し、達也は桐原を担当する。午後には氷倒しのペア決勝に雫が出場するため、調整が必要になる。

また、大会4日目にはシールド・ダウン・ソロに出場する沢木を担当し、アイス・ピラーズ・ブレイク・ソロの決勝もあるため、深雪を引き続き担当する。

ここ二日は優勝候補筆頭の選手がそろっており、また達也もその選手に関わることが多いため、エンジニアとして一番忙しくなることが予想される。

 

そのため、達也は夕食後の時間帯も作業車で1年生の隅須賢人や他のエンジニアと共に明日に向けた調整を行っていた。達也は正当な手順で賢人にCADの調整を教えており、当初は教育目的の部分が大きかったが、知識も1年生にしてはある方であったので、十分助手として戦力になっていた。

作業の終わりが見え始めたころ、達也を一条将輝が訪ねてきた。

 

「こんな時間にすまん。今、時間あるか?」

「少しくらいなら構わない」

 

達也は賢人に休憩を伝え、作業車の光が来ない位置まで移動した。

 

「一年生のエンジニアがいるんだな」

「それを言うなら俺も去年は1年だったさ」

 

皮肉交じりの達也の言葉に一条はまあ、そうだったなと苦笑いを浮かべた。

 

「それで、スティープルチェースのことか?お前が俺のところに来る理由はそれくらいしか思いつかないが」

 

一瞬深雪のことを思いだしたが、流石にこんな時間にわざわざ訪ねてくる内容でもなく、加えて兄に直接聞いてくる内容でもないだろうと達也はその選択肢をすぐに排除した。

 

「ああ。どうも思った以上にきな臭いぞ」

「何かわかったのか?」

「国防軍の強硬派が関わっているようだ」

「国防軍の?」

 

達也は知らない体で話を聞いた。

 

一条は達也が軍属であることを知らない。加えて秘密裏に九重と四葉がこの一件に絡んでいることも知らないはずだ。それを今回、一条に話すつもりは達也にはなかった。

今回の情報も追加で何かわかれば御の字としか思っていない。相手が情報を持ってきたとはいえ、必要以上にこちらの情報を渡す必要はない。話したところで情報の出所を突かれて困るのは達也だった。

 

「ああ、すまない。大亜連合に対する強硬派のことだ」

「それが九校戦の裏で暗躍していると?」

 

ここまでは達也も知っている。

今回の一件は大亜連合強硬派の思惑に九島家が便乗した形になっている。強硬派は魔法師の軍事育成を目論むが、反対に九島は九校戦の場を使って魔法師よりパラサイトを使った魔法兵器の方が有効であると印象付けたい思惑がある、というのが九重の見方だった。

 

「酒井大佐は、俺たち魔法科高校生が魔法大学や防衛大を経由せずに、そのまま国防軍に志願することを望んでいるそうだ」

 

今日明日の開戦を望んでいるわけではないだろうが、強硬派の目的が即戦力となる志願兵の確保ならば、今回の軍事色の強い競技も納得できる。

おそらく魔法科高校生の破壊衝動と闘争本能を解放させたかったのだろう。そうすることで軍人魔法師を目指す若者を増やしたい思惑があったのだろう。

だが、それとパラサイドールを暴走させる術式が結び付かない。強硬派はどこまで九島の思惑を知っているのか、もしくは別に黒幕がいるのか、現段階の情報では確定的な判断はできない。

 

「だが、よく酒井大佐の名前まで分かったな」

 

一条家も国防軍とパイプを持っているだろうが、よくこの短期間で首謀者の名前まで分かったものだと達也は思う。政党政治でもあるまいし、軍内部の派閥は名簿などになっているはずもなく、決して容易ではなかったはずだ。

達也の独り言のような問いかけに、一条は苦笑いを浮かべた。

 

「いや、親父と酒井大佐が昔の知り合いなんだ」

「一条、まさか………」

 

達也がある疑惑を向けると、一条は慌てた。

 

「いや、違う。誤解するな、司波!」

 

これ以上敵が増えるならまだしも、関係性がこれ以上ややこしくなることは流石の達也も面倒だったので、一条の否定は一安心というところだった。

 

「酒井大佐は、佐渡侵略事件で現場の最高責任者だったんだ。一条家が義勇軍を組織して、一先ずは佐渡を奪還し、親父は連隊規模の援軍を要請したが、国防軍は一大隊を派遣する予定しかなかったんだ。沖縄も大亜連合の侵攻を受けていて、国防軍の目がそちらに向いていたから、その事情も理解できなくはない。

だが、酒井大佐が親父の要請を受け入れてくれたおかげで、大兵力があったからこそあれ以上の攻撃はなかった。それは俺も親父も感謝している」

 

一条の話を耳に入れながらも、達也はこじれた事態に備えて、コースの破壊の計画を頭の中で整理し始めた。

最終日は結局、深雪やほのか、雫など主要な競技が終わった後であり、スティープルチェースがなくなったところで問題はない。中途半端に九校戦が中断されると、論文コンペのように魔法協会の面目はつぶれるが、達也の知ったことではない。一高の優勝も達也には、それほど重要なことではない。最優先は深雪の安全である。

 

自作のサードアイならば数キロ程度なら微量質量の照準が付けられ、地表付近ならば火山を刺激することもなく、夜中ならば他校に被害も出ない。問題は首謀者を誰に仕立て上げるかということと、深雪にそれを悟られずに実行できるかだ。

 

「だが、大佐は沖縄の戦闘が一段落すると今度は新ソ連へ逆侵攻をしようと軍部に提案したんだ。親父がいくら諫めても聞きやしないし、結局派遣された連隊が通常配備に戻るまで口論は続いて、喧嘩別れのようになったらしい。昨日親父と話した時も『反乱なんてバカなことをしなければいいが』と悩んでいたが、『もはや他人だから仕方ない』と頭を振っていたくらいだ」

「反乱?」

 

達也が半分、一条の言い訳を聞き流しながら思考を暴走させていると、聞き捨てならない言葉が耳に入った。

それまで達也が冷静に話を聞いていると一条は思っていたので、突然達也が反応した『反乱』の言葉は過激だったかと少々別の焦りも生じていた。

 

「いや、酒井大佐のグループが実際に反乱をもくろんでいるわけではないが、『そのうち反乱でも起こすんではないか』と噂されている程度だ」

「根拠はないが、噂にはなっているということか」

「ああ。そうらしい。とにかく!一条家と酒井大佐は過去に関係はあり、知り合いも多いからその伝手で今回のことも分かったが、現在は無関係だ。酒井大佐も反乱までは俺も考えているとは思わない。企むとしたら若い魔法師を自分の派閥にいれて大亜連合に攻め入ろうと考えているくらいだろう」

 

達也は一条の考えがおそらく違うことを分かっていたが、この一件に彼を巻き込むつもりはなく、話を切り上げた。

 

「それだけでも十分穏やかとは言えない話だが………礼を言う。参考になった」

「別にお前のために調べたわけじゃないから、礼には及ばない。大会中に特に手を出してくることは無いだろうが、動くならば大会後に個別に声をかける程度だと思っている。

詳しいことがわかったら、また連絡する」

「助かる」

「それじゃあな」

 

一条は必要以上にせかせかと歩きながら、ホテルへと戻っていった。

 

 

 

 

達也は一度冷静になるために息を吐きだした。

替え玉に使えそうな首謀者が見つかったことは幸いだったが、偽装工作をするにしても最終日まで正味10日を切っている。四葉や八雲の手を借りれば可能かもしれないが、彼らが達也の軍事演習場の部分爆破に手を貸すとは思わない。

柄にもなくあれこれ迷っているようだと、達也は自身の疲れを自覚した。一先ず、今日の作業を仕上げてしまおうと達也は作業車に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

大会三日目

この日はシールド・ダウン・ペア、アイス・ピラーズ・ブレイク・ペアの決勝リーグが行われ、シールドダウンでは十三束、桐原ペアが見事優勝。

ピラーズ・ブレイクのペアも花音、雫ペアが危なげなく優勝を飾った。

しかし、シールドダウン女子ペアが三高のペアに接戦の末、予選敗退。三高ペアがそのまま優勝し、2日目終了時点で40点だった一高と三高の点差は100点に開いてしまったため、お祭りムードとは言えなかった

 

その夜、達也の作業車ではお茶会が開かれていた。テーブルにはコーヒーと少々の茶菓子が並び、まるでキャンプのような様相だった。作業車自体キャンピングカーを流用したものであり、その性能と3Hを使って、息抜きに集まっていた。

去年のように達也の部屋に集まるにしても今年は人数が多く、またロビーとなるといつまでも集まっていれば迷惑になり、かと言って今年は達也の部屋は深雪と同じだ。ほのかもそんな部屋には入りにくいし、表立ってそれが周りの生徒に知られると面倒になることは理解しての結果だった。

 

このお茶会も初日夜から行われていたが、徐々に人数が増え、今日の段階では2年生女子選手とエリカ、美月、幹比古、レオ、水波、賢人に達也を加えた計12名となった。これ以上増えるならば流石に椅子と机を調達しなければならないだろうが、今のところその見込みはない。

 

「雫、優勝おめでとう」

「まあ、雫の実力なら当然だよね」

「おめでとう、雫」

「ありがとう」

 

去年は深雪に苦杯を喫した雫に、今年は屈託なく飛び交う

その言葉に、雫ははにかみながらお礼を言った。

この場にいない花音もよほど去年、1年生にしてやられたのが悔しかったのか、存分に五十里に甘えていたのを下級生たちは見ていたので、二人ともよほど嬉しかったのだろう。

 

「明日は深雪だね」

 

雫は恥ずかしさを誤魔化すのと、深雪へのエールを込めて、話題を振った。

 

「深雪は頑張りすぎない方がいいんじゃないかな。肩に力が入ると、思わぬ落とし穴にはまるかもしれないし」

「落とし穴にはまった程度で深雪が負けるなんて思わないけど、気を張りすぎてフライングで失格になるのは心配よね」

「もう。スバルもエリカも私がそんなおっちょこちょいだと思っているの?」

 

スバルとエリカの言葉に深雪はおどけた口調で抗議をした。

 

「まあ、そうだけどね」

 

スバルが苦笑いを浮かべ、深雪もそれ以上の追及はしなかった。

 

「それより、エイミィの機嫌が直ってボクは一安心だよ。あのまま一晩中不貞腐れていたら、困ったものだったよ」

「不貞腐れてなんかないよ!」

「じゃあ、拗ねてた?」

「す、拗ねてないもん。拗ねてなんかないもん」

 

無気になって反論するエイミィにスバルは「まあまあ」と彼女を諫める。スバルとエイミィは同室である。会場に来てからは二人で行動することが多く、彼女に機嫌を傾けられるとスバルも居心地も悪いだろうし、友人として何とかしてやりたかった部分もあるのだろう。

 

「何かあったの?」

 

深雪はエイミィにではなく、スバルに聞いた。

 

「何もないってば!」

「いや、十三束のやつがね……」

 

その程度の反論ではスバルの口は塞げず、彼女が暴露した原因に、ああ、と納得する者が多かった。

 

「十三束君がどうかしたんですか?」

 

事情の分からなかった美月は隣に座っていた雫に問いかけるが、その質問にはエリカが回答した。

 

「どうせあの女とイチャイチャしてたんでしょう」

「あの女?」

「平河千秋よ」

 

そこでようやく美月はエリカが言いたいことを理解した。

平河千秋は今回、エンジニアとして十三束のCADの調整を行っていた。彼女はソフト面よりハード面の方が得意であり、CADのアジャストなどは良いが、起動式のアレンジは苦手分野だった。しかし、十三束のエンジニアとして選ばれたことに気合を入れており、苦手な起動式のアレンジも担当教員であるジェニファー・スミスの元に通いつめ、それを完成させた。

実際、彼女がアレンジした『爆風(ブラスト)』は試合でも威力を発揮し、遠距離が苦手な十三束でも遠距離攻撃ができるように手元の空気塊を打ち出すという魔法を成功させていた。コンセプト自体は達也から十三束に伝えられていたが、それは平河千秋の知らないところである。

試合後の夕食の時間帯に十三束と親しげに話していたのを選手のメンバーは見ていた。

 

「十三束君のことだから、本当に感謝の気持ちを示していただけだと思うよ」

 

ほのかの慰めに、エイミィは何でもないってば!とその裏の感情を大げさに否定していた。

 

「エイミィ。十三束君はダメだよ」

「何が‼??」

「十三束君は達也さんと違って本当に鈍いんだから、はっきり言ってあげないと」

 

雫が省略していた部分を後出しされて、エイミィは微妙な顔で達也を見ていた。達也を弁護する気はないが、弁護したくてもできないという顔だった

引き合いに出された達也もどんな顔をするといいのかわからず、微妙に困惑した表情をしていた。達也自身、鈍いというより、その感情の自覚を避けていたということは認識しているので、反論できないという部分もある。

しかし、達也の困惑も長くは続かなかった。

 

『マスター』

 

ピクシーが達也にテレパシーで呼びかけた。達也はある状態にならない限り、テレパシーの使用を禁じていた。

つまり今がその状態ということを意味していた。

達也は静かに立ち上がると、機械の調子が悪いみたいだから見てくると、どうとでも取れる言い訳をして、作業車の中に入った。

 

 

 

 

作業車ではピクシーが運転席の情報パネルに地図を示していた。どうやら同胞の位置をキャッチ、つまりパラサイドールの位置を捕捉したようだった。

しかしこちらが捕捉できたように、向こうもこちらを捕捉したようで、反応はすぐになくなった。どうやら休眠状態にしたようだが、それまでの段階で移動した様子はない。

向こうにこちらの存在を認識されたのは不安材料だが、達也は無駄足になる可能性も含め、装備を身に着けて車の外に出た。

 

 

 

達也が外に出ると、お茶会は既にお開きになっており、深雪が彼らを見送っているところだった。

 

「達也さん、おやすみなさい」

「司波君、深雪、お邪魔しました」

「司波君、御馳走様」

 

賑やかにホテルへと戻っていく一行に深雪は小さく手を振っていた。

 

「お兄様は今からお出かけなのでしょう。そう思いまして、みんなには引き揚げてもらいました」

 

恐ろしいまでに正確に兄の行動を深雪は見据えていたが、達也もそれも今更かと動揺を面に出さなかった。

 

「お兄様、行かないでください」

「深雪?」

 

深雪は強い意志を目に、達也の前に立った。

 

「お兄様が今、敵の元に向かわれる必要があるとは深雪は思いません」

「だが、ピクシーが敵の居場所を探知した。ようやく掴んだ手がかりだ」

「それ以前の問題です。私がお尋ねしたいのは、なぜお兄様がこの問題を、九島家の実験を事前に阻止しなければならないのですか。確かに、九重から依頼を受けていることではあります。ですが、お兄様が九島の実験とその結果に責任を負われる必要はどこにもありません」

 

深雪は毅然と言い放った。達也もその言い分は理解できる。

 

「同時にお兄様は、スティープルチェース・クロスカントリーに出場するすべての選手に対して責任を負う道理はありません」

 

そもそも達也が依頼されたのはパラサイドールの破壊もしくは封印に関することのみであり、それがもたらした被害については九重は言及していない。つまり、被害がどの程度出ようと、九重はこの一件を咎められない。達也はおぼろげながら深雪が言いたいことを理解し、自分の過ちについて気が付いた。

 

「お兄様に身勝手で、浅ましい我儘を言います。お叱りは後から甘んじて受けいれます。ですから、聞いてください」

 

深雪の意思は揺らいでいなかった。

 

「お兄様は私だけを守ってくださればいいのです。お兄様が責任を負われるのは、この場で私だけです。お兄様が一高の生徒を、まして他校の生徒までお気遣いになる必要はないのです!」

 

深雪の声は泣きそうなほど震えており、その目に溜まった涙を隠すようにうつむいた。

 

「パラサイドールなど当日まで放っておけばいいのです。パラサイト本体さえ解放されなければ、試合終了後に本体は私がまとめて壊してしまえばいいのです。それでも行くというならば、僭越ながら全力で止めさせていただきます」

 

深雪はうつむいていた顔を上げ、挑戦的な本気の瞳で達也を睨み付けるように見上げた。

この宣言に達也は本気で狼狽した。

 

「よせ、深雪。まさか俺の『眼』を封じる気か」

「明日の競技は棄権どころか、魔法が使えなくなって退学の可能性もありますね。ですが、これ以上お兄様に無理をさせるよりましです!」

 

深雪は興奮した様子を隠さず、泣き声で達也を必死に止める。その目からはボロボロと涙がこぼれていた。

達也は朝から夕方まで選手のCADの調整、他の技術スタッフからの相談に乗り、その後には後輩の技術指導に翌日の準備。加えて国防軍と九島家のことをしていれば、いくら達也でも身が持たないことを深雪は心配していた。いくら達也がどれほどの困難を可能にしてきても、どれほどの茨と毒蛇の中を渡ってきたとしても、彼は万能ではない。自らのことを顧みて心配しない兄を諫めるのは妹である深雪の責任でもあり、姉が不在の今、それができるのも深雪だけであった。

 

そこでようやく達也は、深雪が思い詰めていることすら気付けないほど、疲れ切っていたことを自覚した。それと同時に自分の心の中で巣食っていた迷いも消えてしまった。

 

「深雪がそんなことをする必要はない」

 

達也は穏やかに優しく深雪に語り掛けた。

 

「今日はこのまま部屋に戻ることにするよ」

「お兄様……?」

「俺が間違っていた。深雪の言うことが正しいよ」

 

深雪は俄かに信じられなかった。本当ならば、一般的な倫理観からすれば達也の行動の方が正しい。自分が説得できるとは思っていなかったので、強引な方法を示唆したのだし、それでも無理なら止む無く姉の助力を得るところだった。

 

「今は、お前だけ守れればそれでいい。俺が守るべき相手は深雪だけだ。俺はお前がいてくれるだけでいいんだ」

 

その言葉は深雪の望む言葉で、深雪に達也を縛り付ける言葉だった。

深雪は呆然と達也を見つめる。先ほどの雄弁さはどこに言ったかのように、口はまるで開かない。

 

「部屋に帰ろう」

 

達也に背中を押され、深雪は促されるまま、ホテルへと足を向けた。

その姿を終始背景に徹して一から十まで見ていた水波は、むず痒そうな顔をしていた。

 

 

 

 

3人がホテルに帰る途中、達也の携帯端末に着信があった。

着信相手は雅。

珍しいなと思いながらも、水波に深雪を部屋まで送るように言いつけると、達也は周囲に人気のないことを確認して電話に出た。

 

『こんばんは、達也』

「こんばんは」

 

電話越しだが、久しぶりに聞く雅の声に微かに達也の頬が緩む。

 

『今、電話大丈夫だった?』

「ああ。どうしたんだ、急に?」

 

基本的に今の時期、雅は稽古にかかりきりだろうし、神職としての務めがあり、朝も早いため、緊急の連絡の可能性もあった。

 

『ちょっとだけ、声が聴きたくなって迷惑?』

「いや、構わないよ」

 

緊急ではないことにひとまず安堵し、珍しいこともあるのだと達也は思った。

 

雅から達也に甘えてくることは、あまりない。奥手とか初心ということもあるだろうが、基本的に達也にその感情を押し付けないためでもあった。

今までは達也に対して、雅は叶わない片思いをしていた。嫌われないように、疎まれないように、重石にならないように、触れられた温かさに愛おしさを感じながらも、どこか苦しさが抜けなかった。

 

一方、達也は言葉にできない感情を確かめるように雅に触れていた部分もある。慰めや婚約者としての体裁など雅を繋ぎとめるための理由をあれこれつけていたとしても、雅のことを達也はいつの間にか手放しがたくなっていた。その感情を自覚してからしばらく経ったが、いまだにどこか胸がむず痒い感覚には慣れない部分があった。

その雅からならば電話一本程度、可愛いお願いと思えるものだった。

 

『でも、なんだか不思議な感じ。以前は電話が多かったのにね』

「そうだな」

『あ、そういえば九校戦、雫もエイミィもすごかったわね。特にインビジブル・ブリットの着眼点と起動式のアレンジはみんな褒めていたわよ。桐原先輩も優勝だったから、達也が担当した選手の不敗神話は継続中ね』

「俺の実力じゃなくて、選手が優秀だからな」

 

選手の活躍が達也の実力であるかのように誇大に言われることが多いが、達也は選手の実力であると自身の技能を驕ることは無かった。周りから謙遜が過ぎると言われることもあったが、必要以上に目立つことは達也にとっても望ましいことではない。今年度はさして新しい魔法の提案もしなかったし、選手として急きょ出場する事態も起こらないはずだ。ついでに言えば、黒羽の二人が話題をさらってもらうことを期待している。

加えて、レギュレーションの範囲内であれこれ考えるのは、普段最新の研究を行う達也には良い経験だった。起動式のアレンジは達也の十八番と呼べることであり、普段軍事目的を第一にした研究が主になっているため、ある程度ルールの固定された競技用の調整はそれはそれでやり甲斐があった。

達也にしてみれば九校戦自体はそれほど重要なことではないが、かと言ってそれを怠惰に過ごすほど腑抜けてはいない。

 

『優秀な方が多いのは知ってるわ。達也も加わればまさしく“竜に翼を得たる如し”って事よ。でも今回は担当試合数も多いし、九重(ウチ)からお願い事もしてしまったから、心配していたんだけど、無理してない?』

「さっき深雪に諫められたばかりだよ」

 

達也は苦笑いで答えた。電話のタイミングが良すぎるが、雅は達也の担当選手を知っているので、忙しくなる日は承知していたのだろう。達也の無理も雅にはお見通しだったようだ。

 

『やっぱり。けど、こってり絞られたなら、私が今更言うまでもないわね』

 

雅から事前に無理をしないようにと釘を刺されていたので、達也は少々申し訳ない気持ちになっていた。

 

「そっちはどんな様子だ」

『精進潔斎がちょっと大変かな。豆腐は美味しいけど、そろそろ別のものが食べたい』

 

精進潔斎とは食事も肉や魚を断ち、菜食に努め、飲酒もしないことである。タンパク質は豆腐やおからなど大豆製品から、エネルギーはご飯から摂取する。甘いものは神楽の稽古で体力を消耗するので多少ならば食べてもよいとされているが、バターや卵も肉食の類になるので、和菓子などが中心で品数も限られる。そんな食生活が続けば、気を付けていないと体重が落ちて舞台映えがしなくなるので、体型維持のためにも食べなければならない。

特に雅は男性の役ばかりなので、衣装でわかりにくいとはいえ、あまり細すぎると華奢で役に合わないことがあるので、毎日体重計とにらめっこしている。加えて小食というわけではなく、精進潔斎にも慣れているとはいえ、今年は舞台の数が多いため、その分潔斎の期間も増えているので、口寂しいものはある。

 

「深雪も連れてケーキでも食べに行こうか」

『九校戦優勝のお祝いも兼ねてね』

 

雅の中では現時点で三高と100点の点差がついていても、一高の総合優勝は揺らいでいないらしい。なんだか選手団より頼もしい言葉に聞こえた。

 

『じゃあ、ありがとう。深雪にもよろしくね』

「ああ」

 

時計を確認すれば普段の達也からすればさして遅いとは言えない時間だが、雅も気を使って早めに切り上げたのだろう。

もう少しだけ聞いていたい気持ちもあったが、雅も明日は当然早いだろうから、達也も長引かせるようなことはしなかった。

 

『おやすみなさい』

「おやすみ」

 

電話を切ってしまうのが名残惜しい、だなんて随分と自分も変わったものだと達也は思いながら、今度はきちんとホテルへと足を向けた。

 




思ひ寝に 我が心から みる夢も 逢ふ夜は人の なさけなりけり



CV.中村悠一の『おやすみ』の破壊力は凄いと思うの



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