恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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それは、柔らかな慈愛だった。
どれだけ疲れていようとも、どれだけきつく当たろうとも、彼女はすべてを受け入れる。自己犠牲の偽善と取られるかもしれない。
それでも、私たちにはなくてはならない存在だった。
柔らかく体を包み、大丈夫だと問いかけるように、まるで母のような愛で私を離さない。離れようとしても、寂し気に私のことを引き留める。
最も、離したくないのは私なのだが。

彼女には感謝しなければならない。私のためだけに存在し、私を癒し、私を守り、私を救ってくれている。どれだけ彼女に助けられたことだろうか。願わくば、彼女に抱かれて死にたい。





スティープルチェース編7

大会四日目 8月8日。

この日はアイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグとシールド・ダウンのソロが行われる。二競技とも女子が午前中、男子が午後の日程になっており、それぞれ競技開始時間は微妙にずらしてある。

 

氷倒しの場合、試合で使った氷の準備片づけにある程度時間がかかるため、競技時間が多めに取られている。

達也は、一試合目を1分以内で片づけて休憩に入っている深雪のCADのチェックを行っていた。相手選手がトラウマにならなければいいがと心配するような試合ぶりだったが、昨年の深雪の実績から鑑みて、ある程度この競技は各校2位狙いか捨てている部分もあるだろう。

 

 

深雪と達也がいる選手控室のモニターには、別会場で行われているシールド・ダウンの予選の様子が映し出されていた。

女子の予選は二高と三高が同じ予選グループになっており、一高は多少有利な抽選の結果となった。

 

一高からは3年女子の千倉朝子(ちくら ともこ)が出場し、得意とするベクトル操作を使い、肉弾戦を挑んでくる相手を場外に落として順調な様子を見せていた。

相手が突っ込んでくるタイミングに合わせて魔法を発動するため、タイミングが物を言う魔法だが、練習でエリカ相手に散々スピードに慣らされた千倉にとってはまあまあの速度かな、としか思わない程度までになっていた。彼女の実力ならばおそらく、決勝リーグには残れるだろうと一高首脳陣も考えている。

 

一方、優勝候補筆頭と目されているのが二高2年の香々地燈だ。

統合武術中学王者、高校でも各大会優勝を総なめにしている実力に基づき、肉弾戦で相手を圧倒。小柄な体躯を生かしたスピード感とスピードから生まれる重さをもって、相手の盾を次々に破壊していった。

 

丁度この時間には、二高対八高の試合が行われていた。

燈がエリカにも劣らない自己加速術式を用いて八高女子に接近し、相手がスピードに呆気に取られている一瞬で小さい体を利用して懐に潜り込むと、手にした盾同士がぶつかった。見たところ、燈は加速術式が終了する時点に合わせて盾に加重魔法と硬化魔法をかけ、重さと硬さの伴った一撃を繰り出していた。

相手もとっさに硬化魔法を使ったようで、わずかに罅が入った程度で破壊の判定はまだ出ていない。ひるんだ八高選手に畳みかけるように、燈は足でその盾を上段蹴りの要領で場外に弾き飛ばす。

あの衝撃を正面から受けた相手選手の手は痺れが出ており、握力は一時的に低下している。さらに蹴りの一撃も加わり、盾は罅から破損状態となり、場外に落下して完全に破壊された。

手に汗握るような攻防に、会場は熱い歓声に包まれていた。

 

「統合武術の中学王者だからな。動けるだろうとは思っていたが、予想以上に早いな」

「千倉先輩は大丈夫でしょうか」

 

深雪がやや心配そうに達也に問いかける。

 

「ああいった真正面から向かってくる相手の方が、先輩にとって練習経験は多いが、彼女の場合これだけでは済まない気がするな」

「まだ秘密兵器のような物があるということでしょうか」

「推測だが、警戒するに越したことは無いだろう」

 

四楓院家の一員として燈が認められているのかどうか、達也は知らない。しかし、現状この競技への適性は高いとみていいだろう。

お節介だろうと知りつつ、達也は千倉のエンジニアをしているあずさに連絡をすることにした。

 

 

 

 

 

 

達也は深雪の次の試合の準備を終え、昼食後、午後からはシールド・ダウンに出場する沢木の調整の最終確認を行った。

 

「司波君、今日はずいぶんと調子がよさそうだな」

「そうですか」

 

唐突だなとは思いながらも達也は問い返した。

 

「ここ3日はどことなく集中しきれていないように見えたが、結果は出していたし無用な口出しかと思ったんだが、何か悩み事でもあったのか」

 

厳密にいえば悩みではなく、迷いだった。

そもそも達也自身そのことを表情に出したつもりはない。

ほのかや幹比古など周りの友人でもなく、ましてエンジニアとして話す機会の多い五十里やあずさでもなく、沢木にそれを指摘されたことに達也は内心舌を巻いていた。

確かに普段接していないから些細な変化に気が付くということはあるかもしれないが、恐るべき観察眼だった。

 

「今日はすっきりした顔をしているな。覇気が伝わってくる」

「気が付かない内に疲れがたまっていたようです。昨日はぐっすり眠れたので、そのせいでしょう」

 

不自然ではないが上手ではなく、達也自身ならば納得しない回答だが、沢木はそこまで深追いはしなかった。

 

「それは良かった。てっきり嫁さんから励ましの一つでもあったのかと思ったが、その調子で気合入れていくぞ」

 

沢木自身、心身ともに安定。気合も十分な様子だ。沢木は服部会頭と並んで、一高の二本柱と呼ばれているので、今回の優勝も堅いとみている。

 

 

 

沢木のCADの最終調整は問題なく、あとは試合を待つばかりとなった。

まだ午前中の女子の決勝が残っており、それが終わり次第、随時男子の試合が行われる。

 

「本当に司波が言う通り、何か作戦を立ててきているのか」

 

沢木はモニターを見ながら、達也に問いかける。

シールド・ダウン決勝リーグ、最終試合は一高対二高の試合が行われる。

予想通り千倉は順当に決勝リーグに進み、第1試合を見事勝利。あと1勝で優勝が確定する。

一方の燈も第2試合に出場し、危なげなく勝利。千倉とは違い、2試合続けての試合になるが、疲れはまるで見せていない。

 

 

一高は現在、三高を追いかける立場にある。

ここで勝てば一高は大きく三高との点差を縮めることができる。

それは千倉も分かっている。だからこそ、そのプレッシャーを糧にやる気を見せていた。彼女にとっては最後の大会。気合の入り方も十分だった。

 

一方の燈もここまで順当に勝ち進み、あと1勝で優勝なのは変わりない。

千倉の気合と緊張の入り混じる雰囲気とは反対に、すぐにでも試合を始めたくて仕方がないといった臨戦態勢だ。

 

「あれは…」

 

ステージに上がる燈の足元を見て、達也はとあることに気が付いた。

 

「なにか仕掛けがあったのか」

「刻印魔法ですね。ブーツの底に仕込んでいるようです」

 

燈はすでに定位置についており、地面に足がつけられているため、ブーツの底に仕込んであるという刻印は見えない。

 

「加速系か?」

「振動系の術式ですね」

 

沢木がモニターを食い入るように見つめる。

余計に緊張するので、同じ学校であっても自分の出場する種目は見ないという選手もいる中、沢木は他校の戦略傾向がわかるなら幸い、加えて戦法として参考になるのならば積極的に取り入れていくだけの精神的な余裕は十分あるようだ。

達也が1年のころから彼の実力、胆力は見聞きしているので、高校生の試合程度を前に怯むとは当然思ってもいない。

 

「足で振動系となると、桐原のように地面を振動させるのに使う可能性が高いな」

「もしくは盾への直接攻撃は認められているので、蹴りの一撃に振動を加えることで破壊力を増す作戦なのかもしれません」

 

千倉はおそらく、燈のブーツに仕込まれた刻印魔法には気が付いていない。

何かしら策を設けていることは警戒しているだろうが、それに瞬時に対応できるかどうかが鍵になってくるだろう。

 

 

会場中の視線が集まり、両者張りつめる空気の中、試合開始のブザーと共に千倉はCADに指を滑らせる。

あと一つ決定ボタンを押せば、魔法を発動させられる。これまでの試合を見ても、相手は先手必勝、一撃必殺。ならば後手でも得意のベクトル操作で盾をはじくことができると前の試合を見て考えていた。

 

しかし、千倉の、会場の予想に反して燈はその場から動かなかった。

 

『丸竹(えびす)押御池(おしおいけ) 姉さん六角蛸錦 四綾ぶったか松万五条』

 

まるで童話でも歌うような朗らかな様子で、燈は盾を構えた姿勢のまま、詠う。

 

『雪駄ちゃらちゃら魚の棚 六条三哲通りすぎ 七条越えれば八九条 十条東寺でとどめさす』

 

会場も突然、今までの戦法を変えて詠唱らしきものを始めた燈に呆気にとられた。会場同様にリングに立った千倉は焦った。詠唱の威力は昨年、九重雅と目の前にいる彼女に見せつけられた。

しかも彼女は去年の大会で1年生ながら氷倒し本選で優勝した。それを成しえたのは後述詠唱の威力だと言われている。

今年は素早い攻防が必要となるこの競技では使ってくる相手はいないとみていた。

しかし、この場面で、この決勝の大舞台で、一歩も動かずにその詠唱を使った。

 

当然、今の詠唱がどんな魔法のためか、千倉はそれが分からない。

だが、詠唱が完成される前に倒してしまえば問題ない。見るところ。CADもまだ使っていないように見える。千倉は準備していた魔法をキャンセルして、偏移解放の魔法の起動式のボタンを押し、決定ボタンを押そうとした。

 

 

途端、まるで目の前に爆弾でも落ちたような爆音と振動にステージが揺れた。

 

 

 

踏鳴(ふみなり)

震脚とも呼ばれる足で強く地面を踏みつける動作がある。魔法を使ってその威力を増幅させるとどうなるのか。

文字通り地面が揺れるほどの振動と爆音に、千倉は一瞬体が硬直する。

その隙に燈は千倉に一瞬にして接近し、自らの手にした盾を叩きつける。振動している地面も普段から稽古がてら野山を駆け回っている燈にしてみれば些細なものだ。

 

千倉は直前で魔法を変更していたため、ベクトル操作で相手を場外にはじき出すことはできない。当然迫ってくる相手に盾を使わないというのは本能的に危険を感じている今、できはしない。

盾と盾がぶつかる鈍い音が鳴る。

 

燈から放たれた一撃は予想以上に重いものだったが、千倉は何とか盾を飛ばされずに堪えていた。相手も策を残していると達也から聞かされた時、最低限相手のパワーに負けないように攻撃をやむを得ず盾で受けるときは両手で支えるよう達也がアドバイスをしたのが功を奏したようだ。

手の先が痺れるような一撃に相手にこのまま上空から偏移解放で空気をぶつけて牽制するか、それともベクトル反転で次に盾がぶつかったときに方向を逸らすか、迷ってしまった。

 

しかし、近接ではその迷いが命取りだ。

千倉が次に目にしたのは口角を吊り上げ、予想通りというような燈の顔だった。燈は片手で千倉の盾の上部をつかむと、自らの体に加重を掛け、地面に対して直角になるように盾を真上からステージに叩きつけた。

 

一高の盾は紡錘形をしている。戦法に合わせて形状はある程度調整しているが、チームとして出した方針だ。

先端が比較的細いその形質上、そこに力が掛かれば当然割れやすい。

千倉は上に弾き飛ばされる可能性を考えていたため、下に引き込まれる動作に咄嗟に対処できなかった。

二度目の攻撃は耐えられず、罅が盾全体に広がった。

 

ブザーが響くと同時に歓声が沸き上がる。シールド・ダウン、女子ソロの優勝はこの瞬間、二高に決定した。

 

会場中は一瞬の出来事に盛大な拍手を送る。燈は千倉に手を貸した後、満足げに会場に手を振っていた。

 

 

 

一方、モニターで観戦していた達也と沢木の表情は当然思わしくないかと思えば、そうでもなかった。同じ学校の選手が負けて不謹慎だと言われるかもしれないが、二人とも戦法に感心していた。

 

「まさかこの競技で詠唱を使ってくるとは予想外だったな」

「いえ、詠唱は囮です。千倉先輩が動揺した隙に、本命は靴に仕込んだ振動系魔法だったようですね」

 

今年早々に図書・古典部が発表して話題となった、踏むだけで発動する刻印魔法を流用したのだろう。あれならばCADに一切触れなくても魔法発動は可能だ。足で想子を操作するのは難しいが、九重の縁者ならば全身で操作できても何らおかしくはなく、加えて想子の自動スキュームも盛り込まれていればさらに容易なことだろう。

 

「あの詠唱は魔法発動には関係なかったのか」

「ええ。ただの京都の通りの数え歌です。実際、詠唱には想子は乗せられていませんでした」

 

今までの戦法はこの奇策のための準備であり、決勝まで温存していたのだろう。

 

「二高は他にもこんな手を使ってくると思うか?」

「いえ。奇策や奇襲は一度使われれば、当然相手も使いにくいと思います。千倉先輩なら無理でも、沢木先輩ならあのスピードで接近されてもカウンターが可能でしょう」

「足場は不安定だが、相手がこっちにまっすぐ向かってくると分かっていれば、難しくはないな」

「戦法は大きく変えず、正攻法で攻めるべきでしょう」

 

達也と沢木は次の試合に向け、すでに思考を切り替えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

8月9日から12日までは新人戦が行われる。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクには泉美、ロアー・アンド・ガンナーには香澄、シールド・ダウンには水波が出場し、前日の沢木や深雪の優勝の好調を引き継ぐように次々に優勝を果たした。

 

当初は女子の花形であるミラージ・バットに、泉美か香澄のどちらかに出場してもらう意見があったが、達也が強引に首脳陣を説得し、二人をその競技から遠ざけた。雅にも協力してもらい、泉美には深雪と同じ競技だから練習中も一緒よと囁き、香澄には去年のバトルボードの経験を生かして、直接指導を行った。その結果、二人は簡単にその競技の練習に率先して取り組むようになった。

二人とも競技適性があると達也は理論立てて説明したが、その裏、ミラージ・バットでは敵わない相手がいると知っているからだった。

 

 

今日一日はオフになっている達也と深雪は、新人戦ミラージ・バットの会場に来ていた。会場はある一人の選手に釘付けとなっていた。

 

「……これは、仕方ないか」

「やはりミラージ・バットで亜夜子ちゃんと勝負をするのは難しいですね。私でも相手にならないと思います」

 

会場では、一人次々と得点を重ねている黒羽亜夜子の姿があった。

亜夜子の得意とする魔法は『極致拡散』、通称『極散』と呼ばれる特異な魔法だ。指定領域内の気体、液体、物理エネルギー的な分布を平均化させ、識別できなくさせる魔法だ。系統で言えば収束系の魔法に該当し、起動式を記述することは可能だが、現実にその使い手はほとんどいない。

せいぜい下位の『拡散』程度ならば使える術者はいるだろうが、達也は『極散』の使い手は亜夜子しかしらない。

鳴った音を拡散させ、どんな音なのか分からなくなることが『拡散』ならば、音の発生そのものが生じなかったことになるのが『極散』だ。隠密行動においてこの魔法は非常に有効であり、亜夜子はその魔法の特徴もって【ヨル】というコードネームを与えられている。

 

加えて、もう一つ得意とする魔法が『疑似瞬間移動』だ。

瞬間移動と言っても、あくまで疑似的なもの。自分やあるいはパートナーを空気の繭で包み、慣性を中和し、真空チューブの中を一瞬で通り抜けて移動する複合魔法の一種だ。

 

ミラージ・バットでは真空チューブが他の選手の妨害とみなされるが、ダウングレードさせれば目にも止まらない速さで目標まで到達できる。

飛行魔法ほどの長距離や横移動には適さないものの、地面に降りてから再度跳躍するその速さは桁違いだった。

 

結局、亜夜子の独り舞台。

圧倒的な点差で優勝を飾った。

 

 

 

 

 

 

 

8月12日 新人戦最終日。

 

前日に引き続き、今日はモノリス・コードが行われ、今日の結果で新人戦の優勝が決定付けられる。

一高は現在、新人戦での得点は一位であり、新人戦の点数の半分は総合成績に反映されるため、一勝でも勝ち星を重ねてほしいところである。

本選選手も最後のオフをゆったりと満喫していた。

 

学校ごとに朝食の広間が割り振られており、バイキング形式のメニューが取り揃えられている。試合開始まではまだ時間があるため、達也たちは朝食をゆっくりと取りながら雑談をしていた。

広間にはテレビが備え付けられ、朝のニュースの中では九校戦の結果などもハイライトで放映されている。芸能ニュースのコーナーになったところで、達也は視線をテレビに向けた。

 

「あ、九重神宮って雅のところだっけ」

 

達也の視線に合わせてエイミィが反応すると、つられてそこで食事をとっていた面々も一斉にテレビの方を向く。

番組では11日夜に行われた九重神楽について取り上げられていた。

全国ニュースで一神社の行事が取り上げられることは時々あるが、時間はそれほど長くはないことが普通だ。一方、そのテレビ局では九重神宮の成り立ちから神楽についてまで、時間を割いて解説をしていた。

 

 

九重神宮は日本屈指の厄除けのご利益があると言われている。

悪神や邪神、悪霊なども転じて丁寧に祀れば災厄を免れると信仰されてきた。日本で最も強い厄除けの神と言われているイザナミを祀る九重神宮もこの考えのもと、生まれたとされている。

そして九重とは宮中を示し、かつては京都御所の鬼門に構え、宮中に入り込む災厄を退けていた逸話はいくつも残っている。

 

今回話題となっているのはやはり九重神楽。

その神楽で演じられたのはコノハサクヤビメの火中出産の伝説だ。

日本神話の中で、天照大神の孫であるニニギノミコトは美しいサクヤヒメに結婚を申こむと、それを喜んだ父は姉のイワナガヒメと一緒に妻として送り出した。

 

しかし、ニニギノミコトはサクヤヒメだけを選び、醜いイワナガヒメを送り返す。姉妹の父が彼女たちを嫁がせたのは、生まれてくる御子が岩のように長く生きることができ、木の花が咲くように繁栄することを願ってのことだった。

しかし、サクヤヒメだけを選ぶというのならば、御子は花のような命となるだろうと、告げ、以降生まれる御子は神と比べると短命となってしまった。

 

その後、二人は結ばれ、一夜にして子どもができた。

しかし、ニニギノミコトは、一夜にして子ができるのはおかしい、その子は国津神(土着神)の子ではないのかと、サクヤヒメの不義を疑う。

ニニギノミコトは天津神の子(天界の神の子)

生まれてくる子もまた天津神の子であると証明するため、誓約を立て、サクヤヒメは産屋に火を放つ。

そして三柱の子どもを無事に生み、そのうちの一人の孫が神武天皇であり、これが日本の皇室の始まりであると言われている。

 

 

二柱の出会いからサクヤヒメの出産までの流れを今回の演目で披露し、一部様子を収めた写真が公開された。元々九重神楽自体公開されることは少ないが、昨今の魔法師への批判的な風潮を鑑み、政府やマスコミからの要望もあって公開に至ったという裏があるが、流石にその点については言及されることは無かった。

歴代総理や寺社仏閣に関わる九重の縁者、とある高貴な方々もご列席されたことを報道していた。映像はないが、何点か公開された写真には絶世の美女と美丈夫が舞台で夏なのにまるで春のような柔らかく、美しい笑顔を浮かべていた。比翼連理を表すように、夫婦として慈愛に満ちた表情を浮かべている。

 

「なるほど。これは九校戦も辞退するしかないね」

 

次々に恍惚と興奮を隠し切れない表情で神楽の感想を述べる列席者を横目で見ながらスバルが呟いた。スバルの前に座っているエイミィも首を無言で縦に振っている。

 

「雅って、本当にすごかったんだ」

「今更?」

 

雫は首を傾げて尋ねる。

雫は古くから続く大企業の娘であり、九重神宮の名前は両親の結婚に関わったとしてよく聞かされていた。その家の古さも、家格も比肩する家は数少ない名家であると知っている。

しかし、雅自身はそのことを積極的に公言するわけではないので、友人たちの中でも雅の家については認識の差がある。

 

「いや。魔法師としてすごいのは知っていたけど、家の方は想像以上でビックリしたってこと。だってこれ、例えるならば教会で生演奏付きで、首相や英国王室の方々を前に讃美歌を披露するくらいのことでしょう。私、もしそうなったら泡吐いて倒れるよ」

 

茶化す様子もなく無理、無理と真顔でエイミィは首を横に振った。

九校戦も国会議員や芸能人なども見に来ることはあるが、選手が直接その人物と関わる部分は少ない。しかも来賓の方々はVIPルームに案内されることが多く、後夜祭でも大学関係者や企業から声が掛かる生徒がいる程度だ。

九重神宮はそれを招待する側の人間だということが何より、その名前の大きさがわかることだった。

 

「それにしても、美人に拍車がかかっているね」

 

スバルは携帯端末を取り出し、九重神楽に関するニュース記事をさらっていた。内容は魔法を使った神楽に擁護的なものであったり、魔法師そのものに批判的であったりと様々だが、どの情報誌も掲載写真は変わらない。

衣装や楽器もすべて魔法道具であり、本来は秘匿されるべきものだ。その写真が公開されるだけで、相当な政治的圧力があったこと、内部外部で揉めたであろうことは、聞くまでもなく達也は推察できた。

 

「スバル、見せて」

「はい」

「ありがとう」

 

エイミィはスバルから携帯端末を受け取ると、一通り見てそれを隣に座っていた雫に渡す。

拡大された写真には、まるで花咲き零れんばかりの慈愛に満ちた表情のサクヤヒメとそれに寄り添う凛としたニニギノミコト。

どちらも美しいと言える容貌だが、特にサクヤヒメの方はまるでCGかのように均整の取れた顔立ちと花も霞むような美貌をしている。

長いまつ毛に彩られた黒い瞳と、白くきめ細やかな(かんばせ)

そこに紅に染まった唇が得も言われぬ色気を醸し出し、写真ですらため息が出そうなほどその容姿は人並み外れている。

 

「綺麗……」

 

エイミィから携帯端末を渡されてそれを見た雫やほのかも、そう呟くほどだった。

 

「司波君はあれだけ美人の恋人なら心配はないのかい?」

 

スバルの問いかけに、司波兄妹は一度顔を見合わせると、何とも言えない複雑そうな表情をしている。普段ならば、雅が褒められれば本人より誇らしげにする深雪も何と言ったらよいのかわからないかのように、達也を見ていた。友人たちの誤解を解くために、達也は重い口を開いた。

 

「おそらく雅の兄だ」

「兄?」

 

一見的外れな回答に、スバルは問い返す。

 

「雅は男装舞しか今はしていない。となれば、その女性役は雅の兄だろう」

「姉じゃなくて?」

 

雫は端末の写真を見ながら再度確認する。

 

「男性だ」

 

達也の答えに、深雪を除く女性陣は信じられないと言わんばかりの表情だ。

 

「だって深雪みたいな絶世の美貌なんて二人といないと思っていたけど、しかも男性!?」

 

エイミィはあり得ないと、達也と深雪に確認する。

これだけの美人が男性なんて、女子としてとても信じられなかった。

歌舞伎や演劇の舞台での女装は珍しくはない。

それでも写真ですら見惚れるばかりの美貌に、これを男性ですと言われて「はい、そうですね」とは素直には頷けなかった。

 

「まさにとりかえばや、だねえ。男女逆転していることの衝撃もだけれど、男装を難なくこなす雅の多彩さには驚かされるよ」

 

スバルは演技掛かったように、やれやれと肩をすくめた。

その感想に異論を唱える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

達也たちの朝の騒ぎはさておき、新人戦最終日のこの日。注目を集めている選手がいた。

モノリス・コードは今年度から新人戦も本選も総当たり戦となり、試合数は昨年度より増加している。

一高、三高が勝利を重ねる中、同じく勝ち星を挙げていたのが四高だった。例年、四高はそれほど九校戦での成績は良くない。

技術系の学校であるが、戦闘面において他校に劣っていることは無い。しかし、一、二、三高と比べると選手層の厚さの差は出てくる。

 

一高は三高に辛勝をすると、モノリス・コード優勝、新人戦優勝の二文字が見えてきた。選手もやや浮足立つが、それを引き締めるように三高が四高に負けたというニュースが入ってきた。

 

続けて行われた一高対四高の試合では、その噂の彼が活躍を見せていた。

 

「ちっ」

 

琢磨は四高のとある選手に苦戦していた。

 

「ちょこまかちょこまかと」

 

琢磨は悪態を付きながらも、攻撃の手を緩めない。

ステージは岩場ステージ。

大小さまざまな岩が転がるステージは、岩を防御に使ったり、それを相手にぶつけたりとできる一方、地面のクッション性がなく、足場も不安定なので、そちらにも注意を払わなければならない。

大岩から大岩へ飛び移り、琢磨を翻弄しているのは黒羽文弥。

 

四葉家との親類関係が噂されている『黒羽』という家の苗字と一致している。そしてそれを裏付けるように姉の黒羽亜夜子は圧倒的な実力差を見せつけ、ミラージ・バットの優勝を果たしている。弟の文弥もこれまでのモノリス・コードの勝利に貢献していることは間違いない。

 

「ぐっ」

 

琢磨は真正面から受けた見えない攻撃に苦しげに息を吐く。

無系統魔法『幻衝(ファントムブロウ)

形はないが、衝撃としてまるで琢磨の攻撃のタイミングに合わせるかのように意地悪く攻撃が襲ってくる。昨年は達也もこの魔法をモノリスでは使っていたが、達也より威力は上であり、加えて『ダイレクト・ペイン』も織り交ぜている。

 

文弥が得意とする精神に直接痛みを感じさせる系統外魔法『ダイレクト・ペイン』。威力は本来のものから落としてあり、魔法技術者でもその魔法が使われたことに気が付いている者はおそらくほぼいないだろう。

 

琢磨自身も威力の強い『幻衝』であるとしか認識していない。しかし、一撃で意識を刈り取るまでに威力を下げているとはいっても、衝撃や痛みが蓄積されると当然、集中力は落ちてくる。

文弥は琢磨の攻撃を搔い潜り、『幻衝』を打ち込み、ついにダウンさせた。

 

 

トータルの結果では、新人戦は一高の総合優勝。

しかし、その一高を圧倒した四高の黒羽姉弟の活躍は、益々その噂の信憑性を高めていた。

 

 

 




前書きのタイトル『ああ、お布団(¦3[___]』

予約投稿にしてみましたが、できているかな(*´>д<)

某テーマパークで数年前にとある漫画とコラボしていたロンギヌスの槍の刺さったココア(ホットチョコレート?)並みに、甘くて、思わず壁を叩きたくなるようなシチュエーションを思い浮かびました。しかし、盛り込むにしても原作軸で言えば2年の冬の予定です。残念。




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