恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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入学式編7

3日目~生徒会へのお誘い編~

 

 

朝、登校してきたときに“偶然”七草先輩に呼び止められた。

入学式初日にも予定していた、深雪へのお話があるそうだ。

お昼ご飯に誘われ、私たちは生徒会に向かっていた。エリカたちも誘われていたが、エリカは遠慮なく、断りを入れていた。単に面倒事には関わりたくない性分なのだろう。

 

 

生徒会室に向かうにつれて、監視カメラの数が増えている。

もしかしたら、生徒会ではよほど重要な機密も扱うのかもしれない。

 

インターホンを鳴らすと小柄な先輩に出迎えられた。

中に入ると、奥から深雪、私、達也の順に座った。

深雪は些か気合いが入っているようだし、緊張とも警戒とも違う雰囲気を醸し出していた。

その雰囲気に若干生徒会のメンバーも飲まれていた。

 

 

昼食は3人とも精進料理を選択し、出来上がるまでの間に自己紹介を受けた。

 

生徒会長は七草先輩、凛とした面差しの市原先輩。

小動物を彷彿とさせる書記の中条先輩。通称、あーちゃんというあだ名がとても良く似合っていた。

あとは副会長は昨日の2年生の服部先輩(はんぞー君というあだ名らしい)をくわえた4人が今期の生徒会役員のようだ。

 

そしてこの場にはもう一人。昨日会ったばかりの風紀委員長の渡辺先輩がいた。

彼女はお弁当を持参していた。

 

「渡辺先輩のお弁当はご自分でお作りになられたのですか?」

 

バランスと色合いを考えられたお弁当は少々不格好なものもあるが、とても美味しそうに見えた。

 

「そうだが、意外か?」

 

深雪の問いかけに彼女自身、自分がそのように見られないことを良く知っているようだ。

女性にして荒事も担当する風紀委員長。

姉御気質を窺わせる様子から、弁当作りを結びつけにくい人もいるだろう。

 

「いいえ、少しも。普段から料理をされているかどうかは、その手を見れば分かります」

 

達也からそう言われると、気恥ずかしそうに渡辺先輩は絆創膏を巻いた指を隠した。

私は本当に趣味か、意中の男性でもいるのかもしれないと結論づけた。

 

 

「そうだ、お兄様、お姉様。私達も明日からお弁当にしましょうか」

「それはとても魅力的な提案ね」

「だけれど、食べる場所がね」

「あっ………」

 

 

確かに自動配膳機の食事よりも手作りの方が魅力的だ。

しかし、私と深雪だけならまだしも、学校内で人目を気にせず達也も一緒にお弁当を食べられる場所は早々にないだろう。昨日の事もあるし、言いがかりをつけられるのは懲り懲りだ。

そのことに気が付いて、深雪は少し残念そうだった。

 

「まるで恋人同士のような会話ですね」

「そうだな。達也君、どっちが本命なんだ?」

 

にやりと渡辺先輩が笑った。

からかわれているのだろうが、見方によっては達也は両手に花なのだろう。

私は達也に代わって、意趣返しをすることにした。

 

「そうですね…一度は考えたことはありますよ。もし私が男なのだとしたら若紫のように、幼子の頃から私好みに育てて、寵愛の全てを捧げてもいいと」

 

隣にいた深雪の顎に指をかけ、まっすぐ瞳を見て笑いかけた。

 

「ひぇっ!」

「えっ」

「あら」

「お、お姉様」

 

 

深雪は顔を真っ赤にして視線を彷徨わせたが、私は視線を逸らさずに。まっすぐに深雪だけを見つめる。

触れた白い頬が頬が熱を帯びているのが分かる。恥じらう姿は何とも初々しい。

思わず笑みが深くなる。

 

「………冗談はその辺りにした方がいいぞ」

 

達也は雰囲気を壊すように、ため息交じりに言った。

 

「あら。妬きました?」

 

誰にとはあえて言わなかった。

 

「いらない誤解は不本意だろう?」

 

それもそうだと私は深雪の頬から手を放し、先輩方に向き直ると茫然とした顔と赤らめた顔が並んでいた。

 

「………雅さんって、もしかして」

「冗談ですよ。ちょっとした後輩の意趣返しだと思ってください」

「………本当に冗談か?」

 

 

渡辺先輩は疑いが解けない様子で問いかけた。

 

 

「お姉様、冗談であのようなことを言われたら、深雪は心臓がいくつあっても足りません」

「あら、冗談だけれど本心よ」

「えっ」

 

深雪は赤くなる頬に両手を当てた。

 

「貴方の様な愛らしい子がいて、放っておくほど私が男なら枯れてはいないわ」

 

今度は冷ややかな視線が先輩と達也から投げかけられる。

 

「やっぱり・・・・・・」

 

わなわなとしている中条先輩に向かって真面目に答えた。

 

「冗談ですよ」

 

実にからかい甲斐のある人達だ

 

「お姉様の人誑し…」

 

深雪は小さくそうつぶやき、俯いた。顔の赤みはまだ引いていなかった。それを見て、達也が再びため息をついたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

食事も食べ終わり、本題に入った

 

生徒会は生徒会長に権力が集中する大統領型。

その中でも風紀委員のような例外を除き、各委員長の殆どが生徒会長に任命・否認権がある。

聞いていた通り一高では後輩の育成も兼ね、新入生総代は慣例で生徒会に入ることになっているそうだ。

 

「深雪さん、私は貴方が生徒会に入ってくださることを希望します。引き受けてくださいますか」

 

優しく提案しているが、半強制のようなものだろう。

深雪は私たちの顔を窺うが、二人とも揃って頷いた。これ深雪にとっても名誉なことだ。

 

深雪は意を決して返事を「………会長は兄と姉の成績をご存じですか」

 

 

「深雪」

 

達也は慌てて深雪を咎めた。だが、深雪は言葉を続けた。

 

「有能な人材を生徒会に迎え入れるのであれば、私よりも兄や姉の方がふさわしいと思います。私を生徒会に加えて頂けることはとても、光栄なことです。喜んで末席に加わらせていただきたいと存じます。ですが、その中に兄達も一緒にという訳にはまいりませんでしょうか」

 

達也は半分呆れていた。そんな道理が通るはずがないことも理解している。

深雪だって理解している上での提案だ。だからこそ、深雪の言葉が信じられなかった。

達也の立場を知っている上での言葉だとはいえ、少々出過ぎたことかもしれない。

 

「残念ながらそれはできません。生徒会役員は第一科生から選ばれることになっています。九重さんはともかく、これは不文律ではなく、規則です」

 

この規則を変えるためには生徒総会での規則改定の決議が必要になる。つまり、会長の一存で決められる事態ではないとのことだ。深雪は市原先輩の言葉に落胆を見せた。

 

「申し訳ありませんでした。分を弁えぬ差し出口、お許しください」

 

深雪は丁寧に頭を下げた。

“今の”規則であるのならば、達也の生徒会入りは事実上不可能ということだ。若干達也が安堵していたのも感じ取った

 

 

「ええっと、深雪さんは書記として今期の生徒会に入ってもらいます。よろしいですね」

 

七草先輩は明るい雰囲気を作り出して、深雪に最終確認をした。

 

「…はい。精いっぱい務めさせていただきます」

 

 

深雪は丁寧にもう一度礼をした。

その様子に満足そうに七草先輩は頷き、中条先輩に詳しいことを聞くよう付け加えた。

 

 

 

丸く収まったと思ったが、そうは問屋が卸さないようだ。

 

「ちょっといいかな」

 

渡辺先輩が話に割って入った。

 

「風紀委員の生徒会選任枠の前年度分の補充が決まっていない」

「それはまだ新学期で忙しいから選出中って言っているでしょう」

「それでだ。部活連の方は昨日十文字君から九重を推薦され、風紀委員入りが決まっている」

「すみません、初耳なのですが」

 

 

渡辺先輩の発表に私は耳を疑った。そんな話、誰からも聞かされていない。

 

「そうなのか。十文字君から実力は十二分と聞いているから期待しているぞ。昨日も見事な関節技だったな」

 

にやりと渡辺先輩は笑った。

どうやら、祈子さんの差し金であの場に十文字先輩を連れてきて、風紀委員入りを図ったのだろう。

 

「拒否権はないのですか」

 

「まあ、待て。あと、生徒会の枠が余っているだろう。

確か風紀委員に二科生を選んではいけないという決まりはないよな」

 

「ナイスよ、摩利」

 

七草先輩は思わず、椅子から立ち上がり嬉々として言った

 

「風紀委員なら問題ないじゃない。生徒会は司波達也君を風紀委員に推薦します」

 

「ちょっと待ってください。俺たちの意見はどうなるのですか。

そもそも、風紀委員が何をする役職なのか聞いていませんよ」

 

すぐさま達也は反論した

 

「妹さんにも生徒会の仕事の具体的な説明はまだしていませんよ」

 

市原先輩の言い分も最もだった。達也は閉口せざるを得ない。

 

怯えている中条先輩に達也は視線を向けた。中条先輩はその様子に肩を震わせ、怯えながらも口を開いた

 

「えっと、風紀委員の主な任務は魔法の違法使用による校則違反者摘発と魔法を使った騒乱行為の取り締まりです」

 

要約すると喧嘩が起きたら止めに入る。相手が魔法使用中でもそれは変わらないということだ。

 

「服装関係なんかの風紀のチェックは別の委員が当たることになっている。できれば魔法を使う前に鎮圧してほしい」

 

「あのですね、俺は魔法実技の試験が悪かったから二科生なのですが」

 

 

達也は思わず、声を大きくした。この雰囲気は彼にとって思わしくない方向に向いている。

深雪も兄が名誉ある風紀委員に選任されて喜ばしい様子であり、止める気配すらない。

 

 

「構わんよ」

 

しれっと渡辺先輩は言い放った。

 

「力比べなら私がいる。それに九重も魔法と武術の腕は立つのだろう?」

 

反論しようにも、昼休みの終わりの時間が近づき、続きは放課後ということになった。

 

 

 

 

そして放課後

 

昼間はいなかった、副会長の服部先輩…正式名は服部刑部少丞範蔵というらしい。

彼が達也の風紀委員入りを反対していた

二科生の風紀委員は前例がなく、魔法実技の苦手な劣等生に務まるわけがないともっともらしい理由をつけていた。

遠まわしにだが、私の風紀委員入りも疑問視している様子だった。

一科生とはいえ、女子だから下に見られているらしい。

 

その様子に深雪が怒り、達也も妹が身びいきなどと言われることが望ましくないとあって模擬戦をすることになった。

 

 

 

模擬戦の結果は服部先輩との勝負は見事達也の勝利。

服部先輩も入学以来勝負での公式での黒星は今まで無かったそうだ。

学年でも5本の指に入る使い手だそうだが、実戦はそれだけでは決まらない。

それもそうだ。物理的に彼を本当の意味で倒すことなど、不可能に近いのだから。

 

サイオンの波に酔った服部先輩も苦々しく、口には出さなかったものの、実力を認めたようだ。

 

 

 

達也が使った魔法の解説も終わったところで、不意に渡辺先輩は私に向かって竹刀を振りあげた。

二人の試合に対して万が一を想定し、渡辺先輩が持っていた竹刀だ

 

私はそれを反射的に回避し、彼女の手首を持ち竹刀を手から落とした。

それに対して彼女からの反撃の一手が出る前に振り上げられた腕の流れを利用し、合気道の要領で腕を後ろに回し、地面に倒し腕の関節を締め上げた。

 

「摩利!」

「お姉様」

 

思わぬ乱闘に、悲鳴に近い声が上がった。

 

「いや、参った」

 

早々に渡辺先輩は白旗を上げた。

 

「実力を図るとはいえ、私は無手なのですが」

 

目的は分かったが、困った人だ。私は組み伏せていた渡辺先輩に手を差し伸ばした。

 

 

「聞いていたとはいえ、凄いな。竹刀を落とされてから倒されるまで、全く動けなかったな。私もまだまだ修行が足りないようだ」

 

 

やれやれと渡辺先輩は肩を回した。

肩を痛めるような締め方はしていないので、大丈夫だとは思うがが若干罪悪感もあった。

 

「渡辺先輩。もし当たっていたらどうするんですか!!」

 

服部先輩は大声を上げた。七草先輩たちも渡辺先輩の不意打ちについては知らされていなかったことの様で、戸惑っていた。

渡辺先輩に悪びれた様子はない。

 

「いや、このままだとお前も彼女の実力に懐疑的だっただろう。

私も直に実力を知りたいと思っていたところだ。初撃を避けるぐらいはすると思っていたが、まさか無力化されるとは思ってもみなかったよ。流石は九重八雲の弟子という訳か」

 

 

私は落ちていた竹刀を拾い上げた。

 

「この場合、縦に打ち込むより横に薙いだ方が効果的ですね。後は壁ですから、逃げる範囲が今より少なかったと思います」

「なるほど。参考になった。剣の腕もあるのか?」

「嗜む程度です」

「それも冗談か」

「いいえ、本心ですよ」

 

私は剣士ではないし、剣術を極めているとも言い難い。

実戦で使用できるレベルではあるが、兄ほどでもない。まだまだ鍛錬が足りていない。

だから嗜むとしかいいようがないのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

予想外の騒動があったが、気を取り直し、生徒会室と風紀委員室に向かった。

生徒会室と中でつながった風紀委員本部の扉をくぐる。

そこには整理整頓された生徒会室とは比べ物にならないほど、散らかっていた。紙の書類にCADなどの機器類、待機途中の端末や段ボール箱などなど多種多様なものが乱雑に置かれている。

 

 

「この状況は魔工技師を目指すものとしては看過できません」

「確かに、これでは本がかわいそうです」

 

あまりの状態に達也が片づけを申し出た。風紀委員は男所帯とはいえ、これは散らかりすぎだ。乱雑に置かれた本など目も当てられない

 

「私も手伝おう」

 

申し訳なさそうに渡辺先輩も片づけ始めた。

 

達也はまず、CADや機器関係。私は紙の書類や書籍関係を整理していく。私と達也の周りは着実に片付いていくが、先輩の周りは進みが遅い。本当に整理整頓が苦手なようだ。

 

 

「そういえば、なぜ司波はあれほどの対人戦闘スキルがありながら魔工技師志望なんだ?」

「俺の実力ならどう見積もってもCランクでしょうから」

 

達也は確かに人並み外れた魔法に関する知識と、類まれなる才能を持っている。

 

しかし、事象を改変する力を問う国際ライセンスに準ずる魔法は得意ではない。

ライセンスが全てではないが、ライセンスも一つの指標であり、この学校もそれに基づいた教育と試験が実施されている。

 

しかし魔法師にとって欠かせない魔工技師は近年CADの発展と共に需要も高まっている。

既にプロとして働いている達也からすると、魔工技師“志望”という言い方は語弊がありそうだ。

 

 

「風紀委員については大よそ説明してしまったが、二科生対策に関しては期待しているぞ」

「いきなり二科生に取り締まられる点についてはどうでしょうか」

「少なくとも二科生は納得するんじゃないのか?」

 

達也は自分の置かれている位置を良く理解している。

 

「いきなり二科生の後輩に取り締まられることを良しとしない先輩方はいらっしゃらないと言えますか?」

「早々に意識というものが変わったら、この学校の差別意識なんてもっと早期に解決していただろうよ。だが、一科生の一年生でもまだ差別意識が根付いていないんじゃないか?」

「どうでしょうか。昨日は、お前を認めないぞ宣言をされましたよ」

「森崎の事か」

 

 

誰とは言わずに渡辺先輩は勘付いたようだ。

 

 

「お知り合いですか?」

「昨日、教職員推薦枠で風紀委員会(ウチ)に入ることが決まった」

「えっ…」

 

つまり、彼とは否が応でも同期の委員となるわけだ。

達也は思わず持っていた端末を落としかけていた。

 

 

「君でも慌てることがあるんだな」

「それはそうですよ」

 

達也を驚かせることができたようで、渡辺先輩は嬉しそうだった。

 

しかし、森崎君か…

昨日のことがあり、なおの事顔を合わせ辛い。

今日ばかりは、教室でも彼は私たちを避けるような素振りを見せていた。

 

 

 

話を聞きながらも手は止めない。散らかっていた本棚を整理すると、僅かに霊子反応を感じた

この時代には珍しい紙の書籍。少し高い位置に置かれたそれを抜き出すと、ずっしりとした重みがあった。

 

「魔導書まであるのですね」

 

表紙からして明らかにそうだった。こんなものまで置いてあるのか。

 

「すまん、その辺は手つかずだから私も何があるのか詳しく把握してない」

 

埃をかぶっていたそれは、年代物に見える。日光で焼けているし、状態はあまり良くない。

 

「中を見ても?」

「構わないぞ」

 

 

渡辺先輩から一応許可を貰う。僅かな霊子反応だったから、あまり強力な類ではないだろう。

感知不可能術式も掛けられてはいないし、本当に放置されていただけだったようだ。

 

同じ方向から達也がその文字を凝視していた。

彼にも見覚えのない文字の様で疑問と好奇心の色が瞳に現れていた。

 

 

「何の文字だ?」

 

 

渡辺先輩は反対側から覗きこむが眉をひそめていた。

そこには何語とも取れない文字が並んでいる。学校の魔法言語学でも用いない文字だ。

 

 

「暗号、ですね。原書ではないですから、そこまで危険性はないと思います」

 

 

文字や歴史書。古典関係の曰くつきの品々は時折呪いと呼ばれるものを含んでいる可能性がある。

この本からの敵意は感じなかったし、本物でもなかった。おそらく感じた霊子は原書の残り香だろう。

 

 

「原書だと何か問題があるのか」

「原書はそれだけで持つ人が持てば現在の法機と大よそ同じ効果を持つこともあります」

「そうなのか」

 

 

達也の魔法に関する知識は桁外れだ。

彼個人の特性を踏まえたとしても勉強熱心で知的好奇心も旺盛だ。

彼の目標とするところは高く、厳しく、険しい道であり、足りない部分をを解決する手段として彼は努力を惜しまない。

 

魔法理論に関しては詳しいどころか造詣の深さはこの学校の教師をも凌ぐ部分もあるだろう。

 

しかし、彼が得意なのはどちらかと言えば現代魔法のシステム面。

古式魔法に関する分野ならば私の方が詳しい部分もあるのだ。

 

 

「ええ。起動式が内蔵されているのと同義です。これは写しですから、原書のような効果はないでしょう。何もしなければただの本ですが、念のため解析をしてもらった方がいいでしょう」

 

「君はできないのか?入部したばかりとは言え、図書・古典部なのだろう。これが原書ではなく写しだと分かる時点である程度なんなのか目星がついているんじゃないのか?」

 

「私にはまだそこまで知識はありません。専門家に任せた方がいいと思います」

 

「専門家?」

 

「【図書の魔女】ですよ。彼女は古今東西の魔術書の解析を行っていますので、私より仕事は早いと思いますよ」

 

「行橋か。あいつ、苦手なんだよな」

 

 

苦々しく渡辺先輩は腕を組んだ。確かに、あの人を食ったような性格は私も得意ではない。

(良くも悪くも目立つ)変人揃いで有名な古典部の中でも変人と認識されている筆頭らしい。

 

「行橋とは、図書・古典部の部員か」

 

「部長だよ。一高の歩く図書館、図書の魔女、魔導書辞典(グリモワール・ディクショナリー)なんて呼ばれているそうよ」

 

「それは凄い二つ名だな」

 

達也はそう言うが、【電子の魔女】(エレクトロン・ソーサリス)【妖精姫】(エルフィン・スナイパー)も似たようなものだと思うのだがとはここには口に出さない。

 

私は本を閉じ、元の位置に戻した。

 

「ひとまず、この件に関してはそれでいいと思います。掃除の続きをしましょう」

 

 

そう言うと、再び渡辺先輩は眉をしかめた。本当に片づけが苦手らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋が片づけ終わったころにドアをノックする音がした。入って来たのは一科生の先輩、二人だった。どちらも背が高く、鍛えられているのが制服の上からでも分かる。

 

「姐さん、いらしてたんですね」

「委員長、本日の巡回終了しました。逮捕者ありません」

 

 

二人は綺麗に片付いた部屋を見回して驚いていた。

 

「この部屋、姐さんが片づけたんですか」

 

髪の短い先輩は驚きながら、渡辺先輩に問いかけると先輩は持っていた紙の束を振りかぶった。

 

「イテッ」

「鋼太郎、姐さんと呼ぶなと言いているだろう。お前の頭は飾りか!」

 

 

渡辺先輩は丸めた冊子で姐さんと呼んだ方の先輩の頭をパンパンと叩いていた。

 

姐さん・・・・

 

なるほど、彼女には似合う。

思わず達也と顔を見合わせて笑ってしまった。

 

「それで委員長、その二人は新入りですか」

「ああ、生徒会と部活連の推薦枠で入った新人だ。1-Aの九重雅と1-Eの司波達也だ」

 

紹介をされたので、軽く会釈をした。

 

「へえ、紋なしですか」

 

値踏みする視線が私たちに向けられる。新人が女子と二科生。渡辺先輩がいるとはいえ、実戦で女子が軽んじられることは少なくない。

 

 

「辰巳先輩、その表現は禁止用語に抵触する恐れがあります。この場合、二科生と言うべきかと」

 

「お前達、そんな単純な了見で二科生だとか女子だとか下らない先入観があると、足元掬われるぞ。ここだけの話だが服部も正式な試合で足元をすくわれたばかりだ。九重も対人戦闘に関して十文字君のお墨付きだ。入試の成績も次席だしな」

 

「なんと、あの服部が」

 

「会頭も実力を認めるとは、驚いた」

 

「これは頼もしい新入りだな」

 

「逸材ですね、委員長」

 

 

渡辺先輩の言葉を皮切りに、二人の反応が期待を込めたものに変わった。先ほどの視線も、本当に使える人材かどうかという事だけを見ていたようだ。

 

渡辺先輩が優等生に浸る一科生と劣等感にさいなまれる二科生を良しとはしていないことが分かった。人選もできるだけそうしているそうだ。

 

私もまだまだ観察眼が足りないと思った。

この雰囲気は達也にとっても良い居場所になるだろう。

 

「3年の辰巳鋼太郎だ」

「九重雅です。よろしくお願いします」

 

握手を求められて、右手を差し出す。辰巳先輩が私の手を握って少し驚いたようだった。

確かに、女子にしては掌が固いだろう。

剣も銃も、武術も行う手だ。白魚のような美しい手とは言い難いものがある。

 

だが、先輩のその目はむしろ納得や期待が込められていた。

 

「2年の沢木碧だ。くれぐれも下の名前で呼ばないようにな」

 

続いて、もう一人の男子の先輩が手を差し出した。

 

「よろしくお願いします。素敵なお名前だと思うのですが、厄除けの名前ですか」

「いや、そう言うわけじゃないんだが、厄除けってどういうことだ?」

 

 

碧と言う名前は男性では珍しいかもしれない。

この言い方からしてかなりからかわれてきたのだろう。

 

 

「体の弱い男児にはあえて女名を付けることで、悪鬼から身を護るという手段です。身内にも数人いるので、沢木先輩もそうなのかと思いました」

 

「へえ、そんな迷信があるのか。よかったじゃねーか」

 

 

ニマニマと辰巳先輩は沢木先輩の肩を叩いた。

沢木先輩は出鼻を挫かれたと思ったようで、達也の手を強く握った。

 

 

「司波もよろしくな」

 

一瞬驚いたようだったが達也は僅かに手を捻り、握手を解いた。

 

「よろしくお願いします」

「凄いな、沢木の握力は100キロあるんだぜ」

「それは、すごいですね」

 

 

以前、雫が言っていた魔法科高校に一般人はいないと言う言葉が思い出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日が沈み、暗くなってきた頃、七草先輩が生徒会室から降りてきた。どうやらそろそろ生徒会室を閉めるらしい。

 

「摩利、貴方がこの部屋を片付けたの?」

 

綺麗になった風紀委員本部をみて驚いていた。

彼女が就任してから、ずっと汚いままだったのかもしれない。

七草先輩は私たちを見て、ああと納得した様子だった。そして思い出したかのようにぷりぷりと可愛らしく怒った。

 

「それより、達也君、雅ちゃん。酷いんじゃない?」

「どういう事でしょうか?」

 

話の流れがつかめず、問いかける。

 

「もう、二人ってば婚約しているんでしょう。しかも生まれたときからの運命の相手なんですって」

「なに!?本当か」

 

達也と二人で顔を見合わせた。

 

「深雪ですね」

 

困った子だ。

 

「そうよ。あーちゃんなんて、真っ赤になって大変だったんだから。

リンちゃんも珍しくミスするし、それに、お姉さんにこんな重大なことを教えないだなんてひどいわ」

「そこまで驚かれたことに衝撃です」

「声高々に人に言い回る様なことでもないですよね」

 

 

確かに、達也とは生まれたときからの婚約者だ。

家の決め事とは言え、私は彼を想っているし、決定に何ら不満もない。むしろ婚約を決めた曾お婆様には感謝してもしきれないくらいだ。

 

「雅のその落ち着き、花音にも見習わせたいよ」

 

渡辺先輩がため息をつきながら私たちを見ていた。

 

「花音さん?風紀委員の方ですか」

「いや、陸上部の2年生だ。あいつも婚約者持ちなんだが、学校中でベタベタしているのが見れるからそのうち分かるぞ」

 

渡辺先輩は辟易とした様子で、両肩を竦めた。

 

 

魔法師は血筋に由来する部分が大きい。

親と得意な術式が似ていたり、血族によって使える術式もある。

この国の魔法師は十師族を筆頭に師補十八家、百家と格付けが行われている。

研究所由来からか、名立たる家は数字が名字に入っていることが多く、数字持ち(ナンバーズ)と言われている。

 

話を戻すと、魔法師は血筋によって実力がある程度見込まれるともいえるのだ。

優秀な血を継ぐために、幼少のころから婚約者がいることも少なくない。

渡辺先輩が取り上げた人たちはおそらく、その類なのだろう。

 

 

「けど、二人とも普通の家よね?生まれたときからの婚約って珍しいわね」

「親同士が妊娠中から男女であったら、婚約させましょうと話していたそうですよ」

 

 

曾お婆様のことはここでは言わない。知っている人がいるのならば、私と実家のつながりが漏れてしまう。それは現段階では好ましいことではない

 

 

「へえ、ドラマみたいなことがあるんだな。二人とも不満も不服もないのか?」

「むしろ達也君はこんな美人な婚約者がいて、さぞ鼻が高いでしょうね」

 

 

二人とも新しいおもちゃを見つけたように、問いかけた。

これは今後根掘り葉掘り聞かれる覚悟をしなければならないだろう。

 

 

「そうですね。自分には雅は勿体ないくらいですよ」

 

達也は柔らかく微笑んだ。

 

「そう思っていただけるのならば、光栄です」

 

その言葉が“本心ではないかもしれない”とは思いつつも、舞い上がっている私がいた。

惚れた弱みとはなんと弱いことだろうか。そうやって期待させて、私の心をいつも揺さぶるのだ。

 

「まあ、お熱いこと」

「摩利は良いじゃない。素敵な恋人がいるんだから」

 

 

七草先輩はいいなーとため息をつきながら言った。

 

七草先輩も贔屓目なしの美少女、もしくは美人のお姉さんと言えるだろう。

しかしながら十師族であるのならば、どうしても家に惹かれて寄ってくる男性もいるだろう。

立場もあり、自由恋愛という訳にはいかないことも理解している。

 

だから渡辺先輩や私たちが羨ましいのだろう。

 

 

「やはり渡辺先輩も恋人がいらっしゃったんですね」

「やはりってどういうことだ?」

 

納得したように私がそう言うと、なぜ知っていたのかという疑問を投げかけた。

 

「お弁当は花嫁修業の一環なのかと思っていましたから」

「なっ」

 

花嫁という言葉に大げさに渡辺先輩は反応した。

まだ彼女の場合はまだ恋人同士であり、そこまでは進展していないのだろうと推測できた。

 

 

 

 

 

 

 

幼馴染で婚約者。それが私と達也の関係だ。

 

その関係を彼がどう思っているのか

 

私にはまだ測りかねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…司波家…

 

 

 

 

CADは魔法を高速かつ確実に発動させるためのツールとして近年目覚ましい発展を遂げている。

それにかかわる技術者も多く、国内、国外ともに優秀な技術者はそのまま国の技術力につながる。

魔法が国防の要となる現代社会において、魔法技工師もなくてはならない存在なのだ。

 

そんなCADの欠点は古式魔法以上に細かな調整が必要になる点だ。魔法はちょっとした睡眠不足やストレスで発動結果が左右され、心理的側面と体力的側面も大いに影響する。

粗悪な調整だと魔法が発動しないだけではなく、吐き気や幻覚など有害な反応を引き起こす可能性があるのだ。そのため、技師の技術と信頼関係が必要になる。

 

私が下宿させてもらっている司波家には、企業並みの設備が整っている。

 

CADの調整をしてもらうために、達也の部屋に向かった。

 

「達也、入ってもいいかしら」

「どうぞ」

 

達也はモニターの準備を進めていた

 

「深雪が先ほど、顔を真っ赤にさせて部屋に戻って行ったのを見たのだけれど何をしたの?」

 

私の言葉に、達也は思わず手を止めた

 

「誤解をするような言い方だな」

「分かっているわよ。異性の前で下着姿になれと言われて羞恥心を持たない方が不思議ね」

 

私もこれからこの浴衣を脱ぐことになると思うと、緊張して仕方がない

 

 

「深雪から釘を刺されたよ。雅がいるのに会長や委員長と親しくするのはどうなのかと」

「だから、わざわざ私たちの事を伝えたのね」

 

絶対の秘匿事項と言うわけではないが、年ごろの高校生が一つ屋根の下。

しかも婚約者となれば、色々と想像が尽きない人もいる。

 

もっとも、そんな下世話な妄想の塊のような出来事は私と達也の間にはない。

解放された性の時代は終わり、結婚するまで操を貫く女性も多い。

しかし世間一般から言えば、この状況は男子として枯れているらしいが、仕方のないことだと理解している。

そうでなければ、高校生の段階で同棲など家から許されるはずがない。

 

それに私自身、まだ捨てられない物が多くあるのだ。

 

 

そうこう考えているうちに、機器の準備が整ったようだ

 

 

 

 

夜着に着ている浴衣の紐をとき、下着姿になる。彼の視線が私の体に注がれる

 

一般的な計測は両手からサイオンを感知して行う。しかしながら服にも微量ながらサイオンが存在するため、全身のスキャンを行う際にはできるだけ邪魔になる存在がない方がいいのだ。

ここまで厳密に測定することは珍しいことでもあるが、そこは達也のこだわりだと理解している。

 

 

測定台の上に横になり、測定を受ける。

心臓はこの上なく早鐘を打っている。羞恥心で今すぐ逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。

けれど、なんとかそれを押しとどめてじっと待つ。

 

そうして自分の心と戦っている内にようやく測定が終わった

 

週一回のこととはいえ、慣れることはないだろうと思った。

測定が終わり、浴衣を着直す。

 

「見せてもらってもいいかしら?」

「どうぞ」

 

モニターに向かって調整を行っている達也の横に座る。画面には数字の生データが並んでいた。

通常はこの数字がグラフ化されているものを元に調整するのだが、達也はマニュアルで全て調整しているのだ。

 

「使い心地に違和感はあったか?」

「全く。むしろ家で調整するより良かったわ」

 

実家にも調整機はあったし、自分自身でも調整をできるようにはしていたがやはりプロの手技は違うと実感させられた

私の場合、やり方もやり方だったため、学校で調整が必要になった場合困るのだ

 

「古式魔法に関しての調整は俺も勉強になる」

「負担だと思ったら、何時でも言ってね」

「そんなことはないさ」

「頑張りすぎて深雪が気をすり減らしているわよ。勿論、私もそうなのだけれど」

 

 

達也は私達より遅くまで起きていて、私達より早く起きる。

それは研究であったり、鍛錬であったりするのだが、身体を壊さないか二人で心配している。

いくら彼が常人より鍛えているからとはいえ、アンドロイドではない。疲れもするし、怪我もする。達也は自分自身を顧みない節もあるから余計に心配なのだ。

 

 

「好きでやっているんだ。お前達は気に病む必要は無いよ」

「達也に製作から頼んだとはいえ、特化型の方はじゃじゃ馬でしょ?」

 

今回は風紀委員に選ばれたこともあり、特化型の調整をメインにしてもらっている。

 

「確かに、雅以外が持っても使えない仕様だな」

 

このCADには、一般に公開されていない術式も内蔵されている。

現在、パウダー・レールガンという兵器は存在する。

高温で熱した金属粉末を電磁力で打ち出すと言うものだ。

 

しかし、私が使うレールガンはそんなものを必要としない。

雷神とも呼ばれる四楓院家の秘儀でもある。やりようによっては核シェルターにすら穴を開けて無力化すると言われている術式だ。

 

「それに、雅のチューニング方法は、誰にも真似できないだろうな」

 

やり方が特殊すぎる私のCADの調整方法。

その方法はCADに電子を流し込み、直接調整するというもの。

通常は機械でシステムを調整したり、全自動同調性の測定値から微調整を行うのが一般的だ。

しかし私はCADだけあれば調整できる。しかも、インストールしたい術式を自分が知っていれば機材を介さずに挿入できる。

 

その方法を説明した時には達也もさすがにどういう顔をしたらいいのか分かっていなかった。

なにせCADそのものに介入して起動式を組み込むのだから、エンジニア泣かせだと苦笑いされたのは未だに覚えている。

 

私が感覚で調整しているところを、達也は理論立てて調整をしている。その理論の勉強をこうして教えてもらいながら、やっているのだ。

 

 

「どこか違和感は?」

 

30分もかからずに調整が終わった

CADを持ってみるが、手に馴染む感覚は自分で調整した以上だった。

 

 

「いいえ。相変わらず完璧」

 

毎回感心させられる技術だ。

実験室での試し撃ちも問題なく終え、調整は終了した。達也も出来栄えに心なしか満足そうだった。

 

明日も学校があることだからと、そろそろ休むことにした。

同じ家の中だと言うのに、律儀に私の部屋まで送ってくれた。

 

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

「雅」

 

部屋の前で別れを告げると、達也は私を引きとめた。

なにか言い忘れていたことでもあったのだろうか

 

達也は私を引き寄せて、額に唇を落とした。

まるで恋人がするかのような行動に私は思わず固まった

 

「おやすみ」

 

ああ、本当に狡い。

 

こうやって、期待して、自惚れて、そして思い知らされるのだ。

 

 

私がいかに彼を好きなのだと言う事かを。

 

 

 

 




一万字超えた(・Д・)

話の区切りから理想はこのくらいなんです・・・

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