恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

74 / 118

もっと早く更新したかったのですが、後半の魔法理論に3日掛かりました。魔法理論って難しいよう(´・ω・`)
あくまで私の解釈なので、矛盾点あればご指摘いただけると助かります。
同じく、感想などもお待ちしています。



古都内乱編4

10月1日

2096年度、魔法大学付属第一高校の新生徒会が発足した。

役員は会長・司波深雪、副会長・七草泉美、会計・光井ほのか、書記・司波達也、庶務・桜井水波の5名となった。生徒会以外にも、そのほかの委員会や部活動などもこの時期で新体制が正式に発足することが多い。

 

「えっと、一年間よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、吉田君」

 

そしてそれは風紀委員会も同じであり、新しく風紀委員長となった吉田幹比古が代表して挨拶をした。彼としては深雪と初対面でもなく、フレンドリーにしようと心がけていても、些か硬い挨拶となっていた。気恥ずかしさもあるが、彼に深雪の美貌を至近距離から正面で受け止めるだけの度胸はまだ備わっていなかった。

 

雫が次の風紀委員長になるのではないかという大方の生徒の予想を裏切って、当選したのは幹比古だった。

風紀委員長は現職の委員による互選により決まり、雫は幹比古、幹比古は雫に票を入れた。元二科生を風紀委員長にするのはどうかという選民意識の抜けない委員もいたが、その一方で、そんな面倒なことはやりたくないと雫の全身から発せられるオーラに負けた委員が幹比古に票を入れた。

ふたを開けてみれば、幹比古が5票、雫が4票の僅差ではあるが、幹比古が当選した。

 

雫は正式な名称ではないが、副委員長のような立場にはされるようで、幹比古が不在の時は、雫が組織のトップを務めることになる。この時期は3年生の引退や辞任による委員の補充がある場合もあるが、生徒会推薦の生徒は全員そのまま委員を続けることになり、特別な手続きは必要なく、挨拶のみで終ってしまった。

 

やや硬い挨拶をした幹比古とは対照的に、念のため付いてきた雫は隅の方でほのかとガールズトークに花を咲かせていた。

手持ち無沙汰な幹比古は、この場で唯一、話をするのに気を使わない達也に話を振った。

 

「達也、部活連の会頭は連絡があったかい?」

「幹比古達が来る少し前に連絡が入ったところだ」

 

先ほど生徒会の端末に会頭が決定したと連絡があったため、もうじき部活連の新役員たちが挨拶に来る予定になっている。

 

「僕らは戻った方がいいかな?」

 

幹比古は深雪と達也に確認する。決定権は深雪にあると言え、達也の意向は深雪の意向と言っても差し支えないことはこの1年で幹比古は学習している。

 

「論文コンペで色々と共働することもあるだろうから、部活連との顔合わせはあってもいいと思うぞ。急ぎの用事あれば別に構わないが」

「いや、特に今のところはないから、待たせてもらおうかな」

 

幹比古は念のため、一緒に来ていた雫に視線を向けるが、問題ないと首を縦に振った。

 

「達也さん、新しい部活連の会頭は誰だったんですか?」

 

ほのかは達也に問いかけた。

風紀委員会からは幹比古が委員長になり、直接挨拶に行きたいという旨が知らされていたため、事前に生徒会も誰が来るか知っていた。

 

「いや、部活連からは挨拶に向かいたいという事だけだったな」

 

生徒会の端末に連絡があったが、前会頭の服部からの文章メッセージのみであり、新しい会頭については記されていなかった。

下馬評では十三束か雅のどちらかという意見が大半だ。

生徒会も風紀委員会もどちらかだろうという意見には同意しているが、どちらが会頭に就任してほしいかと言われれば答えは決まっている。

 

 

 

 

数分後、生徒会には新たに3名の生徒がやってきた。

 

「部活連会頭就任、おめでとうございます、お姉様」

「ありがとう。深雪と達也相手でも予算要求は手を抜かないから、覚悟しておいてね」

「まあ、どうします?お兄様」

「手強い相手なのは確かだな」

 

困った口調で深雪が達也に問いかけ、達也は真面目に雅を見返す。

それでいてクスクスと冗談めかした会話に、場の空気が和む。

 

「論文コンペをはじめ部活連には協力をお願いすることも多いと思いますので、円滑な生徒会運営にご協力をお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

部活連の方は前評判通り、雅が会頭に就任した。

深雪としては会頭という学校の顔役の一人に雅が選ばれることが嬉しい反面、ただでさえ忙しい雅に新たな仕事が追加され、一緒の時間が減ってしまうことに少しだけ複雑だった。

 

「補佐役は五十嵐君と十三束君にお願いしています」

「よろしくお願いします、司波さん」

「よよよ、よろしく、お、お願いしますっ!」

 

十三束ははにかみながら、五十嵐は緊張の隠せない様子で深雪に挨拶をした。

部活連会頭補佐の一人に選ばれた五十嵐鷹輔(いがらし しょうすけ)は成績上位者であり、深雪とは魔法実験などで同じグループになることもあったのだが、まだ深雪の美貌には慣れないらしい。

それ以上に幹比古や雫までいる生徒会室の中で挨拶するというのは、彼でなくとも緊張するシチュエーションではあるだろう。

 

「五十嵐君、緊張しすぎ」

「うっ、すみません」

 

雫に呆れたようにそう言われ、五十嵐はより体を小さくさせた。

 

「雫とほのかは同じ部活動だったな」

「はい、そうです!」

 

達也の問いかけに、なぜか五十嵐が大きな声で答えてしまい、変に注目を集めてしまったことに気が付いたのか、五十嵐は顔を赤くする。

 

「知り合いがいるのは頼もしいわね」

 

雅はちらりと雫とほのかに視線を送った。

 

「五十嵐君、よろしくね」

「部活動の揉め事は任せた」

 

笑顔で気にしていないという雰囲気を出すほのかと、風紀委員に面倒ごとは持ち込まずに解決しろよと言外に示す雫。三人からのフォローに申し訳なさそうに、五十嵐は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

10月2日

 

新体制で動き出した生徒会や部活連、風紀委員会を始めとした新役員たちは、早くも残り1か月に迫った論文コンペに向けて動き出していた。

 

警備体制のトップはその年の九校戦モノリスコードの優勝校が務めることになっており、今年は前部活連会頭だった服部が総隊長を務めている。

今回の開催地が京都であるため、魔法科高校の中では比較的に近い立地にある二高にも仕事は任されている部分はあるが、最終的な警備の責任や諸々の承認は警備総隊長の役目だ。

発表者の警護の方は既に始動しており、担当者はそれぞれローテーションで登下校などで発表者に付いている。

 

雅は部活連に割り当てられた執務室で会場周辺の警戒に当たる警備班の最終案の作成を行っている。

さすがに9名の風紀委員だけでは人手が足りないので、毎年部活連からも各部活動に働きかけ有志を募って警備隊に入ってもらっている。有志という体を取ってはいるが、ある程度魔法戦闘能力を見込まれて採用されているのは言うまでもない。部活連はその人選と得意魔法の整理、把握及び準備期間から当日までの人員配置について案を作成している。

服部が会頭の時にすでに動き出していたこともあって、警備役の選出もあくまで最終確認程度のものだった。

 

「部活連会頭就任、おめでとうございます」

「ありがとう、七宝君」

 

当然、部活連の役員である雅と七宝は否応なしに顔を合わせなければならない。

 

「魔法競技系の部活動の名簿です」

「ありがとう」

 

雅は七宝がまとめたデータを確認し、人員の割り振りを行っていく。

琢磨の今日の仕事は既に終わっているが、まだ部屋に居座っている。なにか言いたげな琢磨の様子に、雅は作業を一時保存すると、琢磨に視線を向けた。

 

「随分と不服そうね」

「生徒会との癒着が目に見えているので、素直に喜べはしないですよ」

「その心配があるならば、そうならないようにしっかり監視することね」

 

言いたいことはそれだけかと、雅は画面に視線を戻す。

琢磨の悪態めいた言葉を雅は全く意に介していない。琢磨の何の捻りもなく、直球的な物言い程度、日頃何重にも猫を被って皮肉を八ツ橋に包んだ魑魅魍魎と渡り合ってきた雅にとって駄々をこねている子どもと変わりなかった。

 

「それと論文コンペとは別件で仕事を頼んでもいいかしら」

「何ですか」

 

雅個人は琢磨を好ましくは思っていなくても、仕事は仕事だと割り切っている。個人的な感情と仕事を行う上での理屈は分けて考えるだけの技量は既に備わっている。

服部が雅を部活連会頭の後釜に据えたのも、責任ある立場での毅然とした立ち振る舞いと物言いができると判断してのことだった。

 

「明日行われる図書・古典部と大学共同の実験の警備よ。風紀委員にも警備をお願いしているのだけれど、どこも新体制になったばかりだし、論文コンペのこともあるから部活連からも一人警備役をお願いしたいということで依頼がきているの」

「古典部の?」

 

琢磨は渡されたA4サイズほどの持ち運び用の端末を見ながら、顔を顰める。琢磨にとって図書・古典部は、理論系の部活動の中では異色の部活動だと認識している。

 

魔法師は社会全体に奉仕する存在であると定義されている。

先進各国において、魔法と魔法師はなくてはならない存在であり、魔法の持つ兵力とそれを必要とする現代社会によって成り立っていることくらいは理解している。論文コンペに出場するような学生レベルの論文でも、いずれは魔法の発展に寄与する一助であることは間違いない。

 

しかし、琢磨に言わせてみれば図書・古典部が日頃研究しているという、日本をはじめとした世界各国の伝承やおとぎ話を魔法解釈することなど、歴史的な価値以上に何があるのか理解できない。同じ魔法師の中でも研究費の無駄遣いだと鼻で笑われ、反魔法師主義を訴える一部からは蛇蝎の如く嫌われていることも確かだ。

 

「予定があるなら、構わないわ。絶対に七宝君でなければならない理由もないからね」

 

雅は古典部が虚仮にされ、不快感を一瞬だけ表情に浮かべるが、偶然視線が逸れていた琢磨には気が付かないものであった。

 

「やりますよ。古典部程度の発表にわざわざ警備に人数を割く必要があるとは思いませんが」

 

売り言葉に買い言葉で、つい琢磨はいつもの癖で引き受けてしまった自分に内心舌を打つ。頭に血が上りやすいことは自分でも理解していて、そうならないように努めてはいるが、長年の癖は中々意識していても早々変わるものではない。

 

「去年の発表時は産学スパイが数名潜り込んでいたわよ」

「産学スパイ?」

「論文コンペ前とあって魔法科大学の関係者以外の外部の人は入らない予定だけれど、念のために警備の眼は多いに越したことは無いのよ」

 

雅が1年生の時に行われた古典部の新歓デモンストレーションを兼ねた研究発表では、国内外の息のかかった産学スパイが摘発されている。

実質的な被害はなかったが、技術は時として莫大な富を、時に残酷なほどの兵器を、時に救えなかった命に希望を与えるものになる。

古典部の研究に価値を見出していない琢磨にそれを述べても、心に響かないことは目に見えている。だから雅は無駄になる諫言も甘言も口にすることは無い。

 

「古典部の発表にそんな価値があるんですか」

「価値があるかどうか、それはあなたの眼で確かめてみたらどうかしら。歴代研究の抄録とその応用研究の実績なら図書館でも閲覧可能よ」

 

疑いの目を向ける琢磨に雅はあくまで冷静に答える。

 

「七宝君にそこまで古式魔法が目の敵にされる理由を知らないけれど、当日は教授もお見えのようですから自分の物差しでの発言は控えるよう忠告しておくわ」

「大学教授がたかが高校生の発表に?」

「それだけの価値は学校側も認めてくれているという事よ」

 

実際研究分野がマイナーすぎて、研究者も国内外で少ないことに加えて、全国で九校ある魔法科高校の中で魔法の歴史研究や魔導書の解析をやっている部活動は一高にしかない。大学側からも協力は惜しみなく行われており、研究者の囲い込みのために早くから共同研究にも手を出している。

入試のための点数稼ぎと陰口を言われることもあるが、所詮成績や結果を残していない生徒の嫉妬に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、10月3日

 

琢磨が嫌々ながらも演習林で行われるという古典部の実験会場にやってくると、既に見学者を含め、20人程度の人が集まっていた。

演習林の中でも奥まってはいるが、やや開けた場には、大学の研究者らしいスーツを着込んだ壮年の男性や、研究の補助員らしい大学生、それとどんな役割なのか場違いな白い狩衣を着込んだ人物が5人ほどいる。

 

「へー、七宝も来たんだ」

「七草か」

 

どうやら雅が言っていた風紀委員からの警備は香澄が配属されていたようだ。

琢磨は以前と違って七草姉妹を見かけても、理由もなく突っかかっていくわけでもなく、普通の同級生とほぼ同様に話をすることができている。

この変化は1年生の中で一時期話題になったが、この時点ではすでに下火になっていた。

 

「あんたも警備役でしょう。でも、司波先輩と深雪先輩が目を光らせていて、手出しするような馬鹿は出てこないと思うわよ」

「司波先輩たちも来ているのか」

 

琢磨は見学者の中に二人の姿を見つけた。そこには確かにこの時期は論文コンペに向けて忙しいはずであろう生徒会の会長と書記が、二人揃ってこの場を訪れていた。

 

部活動でも大掛かりな実験の場合、生徒会にも届け出が必要になることは知っているが、立ち合いが必要であるという規定はない。大学関係者が来ているというだけあって生徒会役員がいてもおかしくはないだろうが、会長1名で十分であるはずなのに、あの兄妹の方がデキているのではないかというような密接ぶりだ。兄弟のいない琢磨にとって一般的な男女の兄妹でもあれほど近いという話は彼ら以外耳にしたことがない。

 

「実験が始まるみたいだよ。そろそろ持ち場に行ったら?」

「言われるまでもない」

 

琢磨の不遜な言い方に香澄は特に気にすることもなく、自分の持ち場へと歩いて行った。

香澄に言われるまでもなく、時間のことは琢磨の意識の中にあった。ただ今は会場全体を見渡して、気になる点がないか探していただけだったと琢磨は己の中で言い訳をする。

 

琢磨が任されたのは生徒の見学エリア周辺、舞台から見ると上手の方の警備だ。古典部と一般の見学者は既に集まっており、香澄も同じく下手側に警備についている。

 

 

実験用の舞台は麻縄で仕切られた10m四方の空間だ。

警備役には実験概要は知らされており、琢磨もおおよその内容は頭に入っている。

今回の研究としては日本神話にも登場する太陽の黒点に住むという八咫烏(やたがらす)を主軸に据えた実験であり、難易度としては現代魔法のAランク相当だとされている。日本を統一した神武天皇を、八咫烏が熊野国から大和国まで先導したという神武東征の故事の再現だ。

 

舞台後方には、赤い絨毯が敷かれており、そこには白い狩衣を着た5人の楽師が並び、舞台中央とおぼしき場所には一人の少年がいる。舞台と言ってもステージを組むこともなく、何の舗装もされていない人工林の地面だ。

 

今回の実験の肝であろう舞台に立つ少年は、長い黒髪を赤い紐で高い位置で結い上げ、身にまとった白い狩衣も楽師とは違って光が当たるとよく分かるが、銀糸でなにか紋様が記されている。白塗りはしていないだろうが、元々肌が白いのか目元に施された赤い化粧が良く映える。

体格からしてまだ少年、おそらく15歳から16歳。琢磨と同じ1年生だろう。顔に馴染みがないが、二科生であれば知らない生徒もいるし、一科生でも化粧で多少知っている顔と印象が違うかもしれない。美少年と言われればそうだが、唇に差された艶のない赤い紅がどことなく蠱惑的な印象を醸し出している。

 

 

「では、お願いします」

 

教授らしき壮年の男性が合図をし、少年が頷く。

 

横笛から始まり、琵琶や太鼓の音が重なる。

音に合わせて優雅に少年が歩みだす。

ひらりと華麗に広げた扇と、指先から足先まで意識が行き届いた動きだと素人目にも分かる。

動作自体は非常にゆったりとしている。

雅楽や神楽を知らない者からすればひどく退屈に見えるだろうが、全くそれを感じさせない。

 

琢磨からしてみれば、物珍しい部分もあるが、なぜだか視線が引き付けられる。自分の役割が会場警備であることは理解しているが、それでも目は自然と少年の動きを追ってしまう。同じく警備役の香澄を盗み見ると、彼女も同じ状態のようで、気を引き締めなければと琢磨は周囲の演習林を見渡す。

 

 

 

5分ほどしたが、まだ事象改変の気配はない。おそらく舞台に精霊を喚起しているのだろうが、まだそれ以外の魔法の発動兆候はない。

警戒していたはずの産業スパイや怪しい動きを見せる見学の生徒もいない。

 

本当にただの古典様式の舞台ではないかと疑問を持ち始めたころ、横笛が鳥のように甲高くなると、少年は足を止め、扇を宙に放る。

くるくると高く上がった扇に視線が集まるが、その背後、突如として太陽の方角から金色の鳥が現れる。太陽の輝かしさを顕在させたかのような金色の翼の鳥は一直線に少年へと向かい、飛翔する。

 

やがて落下した扇を少年が高い位置で手に取ると、その鳥はそのまま扇に止まり、金色の粒となって弾け、光の粒が吸い込まれるように少年の白い狩衣が金に染まる。まとめられた黒髪も、根本から毛先にかけて金色に染まり、睫毛も瞳も淡い色に変わっていく。目元に入れられた魔除けの赤だけが、彼だった証を残している。

少年が落ちてきた扇に手を伸ばして受け止めると、扇から金の風が流れる。その風の流れが彼に纏うと、腕に翻る長い狩衣の袖が翼のようになる。

 

 

なんだこれはと、見学者たちは一様に目を丸くする。そして再び舞い始めた少年は動きこそ優雅だが、質素だった舞台が一変、金色の光溢れる世界へと変わる。

動きも先ほどと変わらない。

変わらないからこそ、その美しさが際立つ。

足は地面についたままで、それでいて鳥が舞うように軽やかで、艶めく翼のような袖が翻るたびに、まるで羽ばたいたように風が流れる。

今度こそ、目が逸らせない。

吸い込まれるように、魅入られるように、舞台の少年に釘付けになる。

実験の主催者たちでさえ、計器そっちのけで食い入るように舞台を見ている。

 

 

やがて曲の終わりを迎え、舞い終えた少年が膝を付き、首を垂れると、徐々に金色の光が体から背中に向けて離れ、大きな鳶のような形を取り、声高々に一鳴きする。そして太陽の方角へと飛び去って行った。

 

 

 

 

空気が止まる。

誰も声を出さない。

これが魔法であることは誰もが理解している。

それでも単に魔法と呼ぶにはあまりにも美しい光景だった。

 

「成功だ」

 

主催であろう壮年の男性が、歓喜を押さえきれない様子で絞り出したような声でつぶやく。

 

「お、おおー」

「うおおおお」

 

その言葉に反応して、実験の企画側からは歓声が上がる。見学者たちも釣られるように拍手を送る。

 

 

楽師たちもようやく緊張から解放されたのか、やれやれと僅かばかり姿勢を崩す。中にはよほど緊張していたのか、荒い呼吸をしながら絨毯に突っ伏す者もいた。

 

少年が区切られた舞台から外に出ると、大学の大人たちにすぐさま囲まれる。実験の測定をしていた研究者たちは興奮冷めやらない様相で少年に矢継ぎ早に質問を重ね、手元の端末に記録を残していく。

楽師たちも同じように舞台から離れ、準備されていた椅子に座ってひとまず休憩をしている。

 

 

琢磨は呆然としていた。これが古式魔法だとは信じられなかった。

無媒体での魔法は難易度が低ければ、少々時間を掛ければ可能である。一般的な技量を持つ魔法科高校生ならば、ごく簡単な基礎単一系の術式の場合、20秒程度あれば発動できる技術である。つまりCADは魔法の発動時間を短縮するための道具に過ぎない。

しかし、この実験では歩法や雅楽が魔法式を構成するとしていたが、単に閃光を作り出すような単純なものではなく、次々に舞台の様相が切り替わる。最近FLTが完全思考型CADの製品を発表していたが、今回の実験ではそれを使ったと言われた方がまだ信じられる。

 

 

「お疲れ様です、行橋さん」

「やあ司波兄妹。態々ご足労頂き悪いね」

 

琢磨は親しそうな様子で楽師と話している司波兄妹の会話に聞き耳を立てた。一高OBが参加することは知っていたが、行橋という苗字に心当たりはなかった。研究所生まれ魔法師の系列ならともかく、琢磨はそれほど古式魔法の家系には明るくない。九重雅と親しい司波兄妹なら多少つながりはあってもおかしくはないのだろう。

 

「それにしても金鵄(きんし)とは、大きく出ましたね」

「身内贔屓と言われるかもしれないだろうけれど、論文コンペの成功を願うなら、瑞獣のほうが縁起もいいだろう。本当は赤竜をしてもらう予定だったんだけど、時期が合わなかったからね」

「確かに、今は秋か冬の演目ですね」

 

司波達也と行橋と呼ばれた女性は実験について理解していると言いたげな様子で、話をしている。聞き耳を立てていた琢磨からすれば、赤竜も聞き馴染みのない単語だった。かろうじて瑞獣というのは、縁起のいい伝説上の生き物で、鳳凰とか、青龍だとかという事は聞いたことがある。

 

「すみません。時期が合わないって、どういうことですか?」

 

司波兄妹の近くにいた香澄が時期という言葉が引っ掛かったのか、二人に問いかけていた。科学的実験において、環境条件が同じならば、いつ、どこで行っても同じ結果が得られるという再現性を求められる。時期が悪いという事は、魔法発動には季節性、あるいは日照条件などが影響しているのか確認しているのだ。

 

「日本神話の当時のできごとには大陸文化の思想を色濃く残している部分がある。その中でよく登場する五行思想は、この世の万物は木・火・土・金・水の五つの元素から成り立っているとされ、四季はこの五行の移り変わりであると説かれている。方角や色などあらゆるものがこの五つに当てはめられ、大陸で古くから信仰されていた竜のなかでも、赤竜の守護は南で季節は夏に分類されている」

 

恐らく古式魔法への造詣も一般程度と言える香澄に対して達也は細かに解説をしていく。

 

「対して金鵄(きんし)とは八咫烏、金烏とも同視されており、吉兆、勝利、建国の象徴と言われている伝説上の生き物だ。五行説で言えば金行は、方角は西、干支は酉、季節は秋が割り振られているから、京都で論文コンペがあるのも見越しての選択でしょう」

「ご名答。まあ、五行説は古式魔法の基礎みたいなものだからだね。基本的にどの流派も大なり小なり押さえている事柄だろう」

 

達也の解説に満足げに行橋は頷いた。

 

「まあ、再現できたのも演目の時期性云々より雅ちゃんの実力だけどね」

「は?九重先輩」

 

聞き捨てならない言葉に琢磨は思わず声を出してしまう。

四人の視線が琢磨に集まる。

 

「おや?今回の主役だろう」

「あれが、九重先輩だっていうのか」

「美少年に磨きがかかっているから、素人目でも玄人目でも判別はつかないね」

 

行橋はやれやれ、またこのパターンかと言いたげな様子で肩を竦める。

 

琢磨はもう一度、あの少年を探す。

まだ大学教授たちに囲まれていたが、背の高さも確かに似ている。

だが、顔立ちは全く違う。確かに中性的かと言われれば、中性的かもしれないが、それでも立ち振る舞いや声色などは明らかに男子のそれだ。

 

「流石は雅先輩」

 

香澄は感嘆と共にため息をつく。

琢磨は己の眼が鈍らだと言われているようで、苦々しく奥歯を噛む。

 

「この舞台ですが、魔法をわざわざ使わなくても、立体映像で可能なものですよね。それのどこに研究的な価値があるといえるのですか」

 

琢磨は優位性を確かめるように実験の意義を問う。

現代の映像技術を用いれば、空中に立体映像を映し出すことは可能であり、つい80年ほど前にはプロジェクションマッピングの技術は確立されている。古式魔法の再現実験であることはともかく、単純な再現可能性でいえば、現代技術をもってすれば可能であると琢磨は判断した。

 

「おや、随分と無礼な物言いだね」

 

琢磨の悪態ともいえるべき意見に、行橋はまたこれかと半ば諦めた様子でため息をつく。

 

「まあ君の言う通り、立体映像を使えば再現可能な現象だね。それは、確かに認めるよ。あれほどの現象を再現できるなら、ぜひ再現してほしいものだけれど」

「では、今回の研究の意義を教えてください」

「おいおい、君って本当に主席入学者かい?」

 

それにしては随分とお(つむ)が残念だなと、行橋は言いたげに鼻で琢磨を笑った。

小馬鹿にされていることが目に見えてわかり、琢磨は拳を握りしめる。騒ぎを起こすつもりも、実験自体を馬鹿にしているつもりもなかったが、それでいて相手に貶されれば苛立ちもする。

 

「司波君、説明する?今にも君の妹が冷気振りまきそうな様相だけど」

「お兄様、ぜひともお願いします」

 

琢磨が深雪を見ると、絶対零度の笑みを浮かべていた。

顔が笑っているのに目が笑っていないとはこのことを言うのかと、身に染みて琢磨はその怒気に半歩下がる。

 

達也は妹の様子ではなく、説明を丸投げした行橋にため息を内心つく。説明は構わないが、軽率な琢磨の言い分は確かに気に障るものだったのは確かだ。

 

「今回の研究の目的は伝説上の古式魔法の再現実験ですが、そこから導かれる研究の意義としては魔法発動工程(プロセス)に関する提言、具体的には複数の魔法師が関わる場合の魔法発動の領域分担に関する提言でしょう」

「魔法の発動工程?」

 

再現実験そのものが意義ではないのかと琢磨は首を傾げる。

 

「複数の魔法師が同一対象のエイドスを改変しようとすると、複数人の魔法力が合わさった強力な事象改変作用が働くのではなく、より魔法力の強い魔法師の魔法が優先される」

 

達也が述べた理論は、七草の双子のように完全に同一の魔法演算領域を使って発動する乗積魔法(マルチブルキャスト)を除き、一般的に言われている魔法の性質だ。

例えば100kgの重量の物体に対して魔法師10人が同時に移動魔法を使った場合、一人当たり10kg分の魔法力で移動が可能なのではなく、10人の内、最も魔法力の強い魔法師の魔法が発動し、その人物が100kg分の魔法力を行使しなければならない。場合によっては互いの魔法が干渉を起こすので、100kgの質量を移動させる以上の魔法力(負担)を必要とする。

 

「だが儀式魔法のように、複数の魔法師が関わる事象改変の場合、術者が担う事象干渉の対象を明確に定義するか、魔法式を層別化して分担することで巨大な魔法式の発動を可能にしている」

 

例を挙げると、平面上に置かれた固体の物体Aを地点Bまで垂直に上昇させ、一時停止、その後減速して同じ地点に戻すだけでも、魔法の工程は加重系反重力魔法、移動系停止魔法、加重系重力制御魔法、移動系停止魔法の四つの工程を必要とする。

この工程はそれぞれ独立した魔法ではなく、一連の工程であり、この現象を成立させるには四つの工程を可能にするだけの魔法力が必要となる。もし魔法力が足りなければ、最初の重力に反して物体が浮く、という現象すら発生しない。

儀式魔法で魔法式を層化している場合、別々の術者がこの四つの工程を切れ目なく繋ぎながら行うことで、同じ結果を得ることができる。

 

「これは儀式魔法に使う要素、具体例としては詠唱、器楽、歩法等によって層別化を図っていると言われているが、その層の切れ目を科学的には証明できていない。今回の研究から、層別化した魔法式の分担の体系化がされたならば、魔法力の小さい魔法師でも複数人ならば大きな事象改変を行うことができる可能性が示唆される、という事でしょうか」

「お見事。大正解」

 

行橋は満足げに頷いた。

 

「昨年発表された飛行魔法のように、タイムレコーダー機能によって魔法発動時点を正確に記録する、つまり魔法の終了条件を充足させることで、同一エイドスに対する魔法式の上書を防ぐことはできている。これに倣ってデジタル的な処理の面からも現在は研究が進められている分野だが、この研究では古式魔法を切り口に複数の魔法師で巨大な事象改変作用を生み出す方法を研究している。CADもない状態でこれだけのものができる魔法をただの属人的技術と切り捨てるには、まだ議論が足りないだろう」

 

行橋はにんまりと笑みを深めた。

 

九重神楽は見た目の絢爛さ厳粛さに惑わされがちだが、それを再現している術者にしてみれば針の上を歩くような精密な魔法であり、一分の失敗も許されない。人数が多ければそれだけ呼吸を合わせることも難しいことは言うまでもない。

今までは属人的な技術として、術式自体の秘匿性もあり、表立った研究は行われていないが、九重の演目ではなく、歩法や詠唱自体は大学で用意したものなので、研究を進めるには問題のない題材である。

それを務めるにも、それだけの人材が今回揃ったので再現実験も可能であったのだ。

 

「古式魔法も歴史の上に胡坐をかいているわけじゃないんだよ、七宝家のお坊ちゃん」

 

文化とは政治や民衆によって常に隆盛と衰退を繰り返し、歴史を刻んでいくものであり、その歴史の陰に消えた伝統も少なくはない。長い歴史を持つということは、それを残すだけの価値とそれを担い、支えてきた者たちの努力があって成立する。

 

「科学的にも意義のある研究という事は理解できました」

 

七宝は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、苛立ちを抑えるような声で吐き出した。

 

「それは結構。ちなみにそこの司波君は、実験概要を読んだだけで応用研究までの推察をやってのけたけどね」

「生徒会には内容を知らせていたんでしょう」

 

鎮火したかに見えた七宝の八つ当たりに、何を思ったのか行橋はさらに油を注ぐ。七宝琢磨程度が多少睨んだところで達也の心情に波風一つ立ちはしないが、正直達也としてはいい迷惑だ。

 

「聞き間違えてはいないかい。私は実験概要と言っただろう。今回の目的はあくまで再現実験。司波君の推論は、教授や共同研究者が執筆する部分であって、概要には載せてないよ。第一、先行研究があるとはいえ、まだ実験段階の論文の内容を魔法科高校とはいえ外部に持ち出すなんかしたら大問題だよ。術者も勿論、実験に関しての同意と守秘義務があるからね」

 

達也は自力で考え付いた答えだと行橋は言う。

確かに行橋の言うことに間違いも矛盾もない。

だからこそ、同じ実験概要を渡されただけで、司波達也がたったあれだけの情報でそこまで実験を理解して、その展望まで述べることができることに悔しさを感じる。

魔法の使い方だけではなく、理論面やCADの調整技術の高さも知っていた、知っていたつもりだったが、実際に見せつけられるのとでは違う。

 

この日、琢磨は九重雅と司波達也の実力について、再認識することになった。

 

 




七宝琢磨m9(^Д^)プギャーってなったかな?
君とは格が違うのだよ、格が( ・´ー・`)ドヤ


原作の深雪ちゃんの迷走、書記長:司波達也については、雅と達也の説得の末、設立されなかったことになっています。
書ききれなかった(;・∀・)
あと今回の雅ちゃんのイメージは某刀の擬人化(男)の烏の父上です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。