恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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進んでないくせに、相変わらず文章が長いです…
古都内乱編10話以内で収めたいな…

お待ちかねの甘めの話です(`・ω・´)



古都内乱編5

 

先日、雅は大学との合同研究で舞台があったとはいえ、九重の行事には関係のないことだ。

雅は雅で神楽の稽古が日夜ある。

論文コンペに向けて忙しくしていてもそれは変わらず、雅が自宅マンションに帰宅したのは夜9時を過ぎてのことだった。

 

稽古中は携帯端末を触れないので、雅が達也からのメッセージを確認したのは稽古場から家へ向けて走り出したコミューターの中だった。達也は多少遅くなっても構わないから直接話がしたいという一言だけ添えられていた。司波家も雅が自宅として登録しているマンションもセキュリティは通常の一般家庭よりはるかに高いレベルで守られてはいるが、電話や明日学校で話すには差しさわりのある内容であることは容易に推測でき、雅はすぐさま了承の連絡を送った。

 

雅が帰宅して15分程度したころ、来訪を告げるインターホンが鳴った。

司波家とこのマンションは最寄り駅を同じくしているので、徒歩でも移動が可能な距離にある。コミューターを使えば、それ以上に時間は短縮でき、雅も早い到着に驚くことは無かった。

 

「夜分にすまない」

「急ぎの用事なんでしょう」

 

リビングへ達也を案内し、お茶を用意した。

帰宅が遅くなったとはいえ雅は稽古先で夕食は済ませているため、カフェインの少ないハーブティーを用意した。

雅は普段から司波家にいることが多いが、帰宅の遅くなる日や朝早く出かける必要がある場合は、遠慮して自宅マンションを利用している。一人暮らしとはいっても不動資産として所有していた一般家庭サイズのマンションのため、リビングも相応の広さがある。三人掛けのソファーに雅と達也は並んで座った。

 

「野良の古式魔法師に襲われたということで間違いはないのよね」

 

時間も時間のため、雅は本題を切り出した。それは疑問の口調ではなく、あくまで確認だった。

 

「情報は祈子さんからよ」

「あの人も情報通だったな」

 

達也は一瞬驚くも、この東京都内、しかも一高校生相手の事件を四楓院家が知らないわけがないかと納得してしまった。

その情報の出所は達也はおろか、軍の中でも【電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)】と名高い藤林響子でさえ尻尾は掴めていないという。千里眼ほどではないとはいえ、その手の情報収集に長けた異能がある可能性は否定できない。

 

「相手の素性はどの程度分かっているの」

「古式の魔法師であることは間違いない。俺たちを襲撃した時も破魔矢を使っていたし、逃走用に用いたのも自分を認識させにくくする精神干渉系魔法だった」

「そんな代物を破魔矢だなんて呼びたくはないけれど、手法だけ見れば確かに古式魔法師ね」

 

破魔矢と言えば正月に神社や寺社で授与される縁起物であり、本物の破魔矢を知る雅からしてみれば名汚しも良いところだ。

しかし達也が言う破魔矢はS B(スピリチュアル・ビーイング)を介した魔法を妨害する道具であり、魔法式を直接対象に投射する現代魔法にはあまり効果がない。

 

「ああ。それを用いたのは俺たちも古式魔法師と相手は勘違いしていたようだ」

「私のつながりから?」

 

雅がやや表情を強張らせたのを見て、達也は安心させるように雅の手を握る。

雅と達也の婚約は一高の中では比較的有名なことだ。九校戦にも出ていた達也たちが現代魔法しか使っていなくても、その素性を探って何も出てこなければむしろ九重が秘匿していると考えるのが普通だ。加えて、九重八雲に師事を受けていることも知っていれば、自ずと古式魔法師の流れを汲む血筋だと判断してもおかしくはない。

 

「いや、その可能性も否定はできないが相手は俺や深雪の素性までは流石に掴んでいない。先週の日曜日に人造精霊が家の中を探ろうとしていたが、その術者は師匠に捕らえられた。その線から俺たちを黒羽に雇われた古式魔法師だと思い込んだんだろう」

 

周公瑾の裏が誰であろうとも、一介の野良魔法師がつかめるほど達也と深雪の情報のガードは甘くはない。達也たちが協力者だと分かったのも、黒羽姉弟が司波家を訪れた際に雇われ野良魔法師に尾行されていたからであり、尾行を許したのもおそらく四葉家からの指示であることは間違いない。素性までは探らせなくても、達也を囮として使う算段なのだろう。

 

「黒羽は四葉の有力な分家の一つと言われていることは裏の素性に疎い一般的な魔法師にも既知のことだが、その黒羽が訪れた家を四葉の配下とは思っていない。四葉の魔法師と思っているならば古式魔法を妨害する道具は持ってこないはずだからな。そして相手が俺たちの素性を知らないという事は、俺たちが四葉の協力者として選ばれた理由も分かってはいない」

「つまり、敵の攻撃が私たち以外にも及ぶ可能性がある、ということ?」

 

雅や達也ならば、隠遁術や奇襲に長けた古式魔法の不意打ちだろうと対処できる自信はある。物理的に強硬策に出てきたとしても、それを軽くあしらう程度の技量は持っている。

 

「その可能性が高いとみている。今回の襲撃で伝統派が俺たちを敵と認識していることは明確になった。しばらくは警戒することに越したことは無い」

「分かったわ。でも、私以上にほのかや美月の方が危ないんじゃないの?」

「その辺は師匠にお願いしてある。流石に自分の庭で古式魔法師が好き勝手嗅ぎまわるのは師匠も無視できないだろう。念のためほのかには雫の家にしばらくお世話になるよう話してみるつもりだ。美月の方もエリカか幹比古に登下校は頼もうと考えている」

 

保険は既に掛けてあるが、保険を重ねることは必要な措置だ。

エリカやレオ、幹比古はともかく、美月やほのかは魔法力やその特殊能力は除き、基本的な身体能力は一般的な女子高生と変わりない。八雲には高い借りにはなるだろうが、四葉や黒羽に警戒に当たらせるよりは妥当な選択だろうと達也は既に割り切っている。

 

「今日の襲撃があったとはいえ、明日の九島邸への訪問の変更はしないのかしら」

「ああ。伝統派の狙いが俺たちだと分かった以上、九島への協力の取り付けと周の手掛かりがつかめるなら無駄足にはならないだろう」

 

達也が藤林経由で取り付けた九島のアポイントは明日の18時となっている。

周の居場所は黒羽も探っているだろうが、有力な情報は未だ手に入っていない。これほど捜索が難航していることは、達也にとっても憂慮すべきことでもある。

 

十師族は非常事態を除き、共謀、協調体制を結んではならないと取り決められている。

しかし、達也を経由して四葉から九島に協力を取り付けることは可能だと達也は踏んでいる。九島家として受けることはできなくても、司波達也と九島烈の個人の約束ならば問題はない。

 

「伝統派の主要拠点の多くは京都に集まっているけれど、奈良にもいくつかあるから、周の息のかかった組織はあるかもしれないわね。家から色々聞けたら手助けにはなるだろうけれど、残念ながらまだ釣りの最中らしくて私は静かにしていろと言われたわ」

 

雅は申し訳なさそうに眉を下げた。

今回は四葉真夜から達也に依頼された一件であり、雅が口を挟む義理はない。それでも古式の一大派閥である九重家にとっては他人事ではないが、雅が動くには時期尚早として実家から止められている歯痒い状況にある。

 

表立って九重が伝統派に対して強硬な策に出れば、内戦にもつながりかねない事態に発展する可能性がある。同じく八雲も大々的に動くと、総本山の比叡山まで動き、同様の事態になることが目に見えている。それならば元々古くからの因縁のある九島ならば、過激な伝統派の炙り出しはしやすいと雅も頭では理解している。

 

 

「いらない心配かもしれないけれど、気を付けてね」

 

達也や深雪が遅れをとるとは思わないが、相手は隠遁術に長けた古式魔法師だ。古くから暗殺や秘密裏に動いてきた組織だけあって、土地勘もある分、待ち伏せや襲撃はやりやすいだろう。

 

「油断はしないさ」

「油断はしなくても、無茶はするでしょう」

 

達也の言葉に少しきつめに雅が反論する。

 

「達也が顧みない分、私と深雪が心配するのよ」

「これでも気をつけてはいるんだがな」

「確かに以前よりは気を付けているけど、放っておいたら無茶も無理もどれだけでもするでしょう」

 

夏の九校戦のことがあるのか、雅の意見に残念ながら達也は反論を持ち合わせていなかった。

 

 

達也はカップの中を一度空にした。

雅が二杯目を入れる様子を見ながら、話題を変えるために今まで抱いていた仮説を口にする。

 

「確かに、無茶をしてきたのは分かっている。できることが普通の魔法師に比べれば少ないからな」

 

新しくいれられた紅茶に手を付ける。二杯目だが、紅茶の温度は下がることなく、少し濃い飲み口も思考を整理するには良い刺激となっていた。よいティーポットを使っていても温度は下がるものだが、その点も雅が魔法を使って温度を一定に保っていたことは見えていた。

 

「そもそも事象を改変する演算能力は俺にはない。激情の一部を白紙化して後天的に植え付けられた部分も、一般魔法師の最低限のレベルだった」

「だった?」

 

過去形の形容に雅が聞き返す。達也は『分解』と『再成』の魔法に演算能力をすべて取られており、ごく普通の魔法師が使える事象を改変するという魔法が使えない。激情を一つだけ残して白紙化することでそのキャパシティを確保したが、ごく小さな力しか使うことができないはずだ。

 

「若干、事象改変に対する魔法力が向上している。実感したのは今年の春ごろだ。何があったか考えれば、一番可能性が高いのは雅だ」

「私?」

 

雅と共に過ごす時間が増えた高校の1年目。

それ以前からあった感覚と否応なしに向き合わされ、否定し、周りから諭され、理解した感情は、長い冬を超えてようやく芽吹きの春を迎えた。それでも目に見えない感情という存在は、達也の頭をひどく悩ませたものであり、未だにそうである。あの魔法がかけられてから碌に考えてこなかった10年間分のツケだと思えば、そうなのかもしれないが、慣れないことには変わりなかった。

 

「雅に対する感情をないとは言えないということは、四葉深夜がかけた魔法が解けかけている可能性がある」

「えっ…」

 

雅が呆然と息を呑む。

 

いくら魔法が永続的な効果を発するものが少ないとはいえ、四葉深夜が達也に施した魔法はとても強力だ。精神に働きかける魔法はとても希少で、その使い手もまた限られている。

四葉の魔法師は研究所の成り立ちから精神に働きかける魔法を得意とする者も比較的多いが、一人一人使える魔法が異なるため、深夜と同じ能力が使える魔法師がこの先出現するかどうかもわからない。誰が望もうと望まざるとも達也に課せられた楔は、一生このままである可能性の方が高かった。

 

「一般的な人間と同程度の感情の起伏が戻るなら、激情を白紙化して後付けした仮想魔法演算領域の規模はさらに低下すると考えるのが理論的には納得できる」

「だけど実際には事象改変能力が向上している」

 

戸惑いがちな雅の言葉に達也は首を縦に振る。

 

「その通りだ。しかし、まだそのあたりの仕組みが解明できていない。魔法が行使された6歳当時と比較するなら、脳神経学的な発達は当然しているが、それでも今になって急に魔法力が向上したことに、正直戸惑っている部分もある。そもそも魔法が解けかけているというのもあくまで可能性だ。精神の領域はまだ不可解な領域であることは確かで、解析となると俺でも手間を取る」

 

事象改変に対する魔法力が向上したとはいえ、あくまで達也の基準で考えればという話である。今まで同学年の中で下から数えた方が早い順位から、下の上、良くて中の下へと言ったところだ。国際的な基準を元に格付けしても、未だにどれだけ頑張ってもCランク相当の魔法力しかない。

 

「そっか」

 

雅はホッとしたような、それでいて少し泣きそうな様にも見えた。おそらく達也以上に、雅はこの魔法に苦しんできただろう。

 

達也は自分の感情を口にすることは苦手だ。単なる物の好き嫌いならいいが、嬉しさや驚いたという言葉は相手に印象付けるための演技である感覚がどうしても抜けはしない。

いつか雅の望む言葉を、一点の曇りもなく口にすることができればと望まないわけではない。あの日の告白も雅だからわかるようなものだったが、未だに直接的な言葉にできない自分を悠ならば不誠実な臆病者だと皮肉に笑うだろう。

 

雅が長年叶わないと笑顔の裏で涙を流し、報われない想いを抱え続けていたからこそ、達也は今も簡単にその言葉を口にはできない。

一緒にいる時間が長くなったからか、些細な表情や仕草は雄弁に達也を想っていることを示していることに気が付くようにもなった。

言葉にできない感情の代わりに抱きしめ、口をつけ、贈物をする。

雅が喜ぶ顔が見たいということに間違いはないのだが、言葉にできないから行動で誤魔化していると言われれば、確かに自分は臆病なのだろう。

 

雅は達也の肩に頭を寄せる。確認するまでもなく、嬉しそうで幸せそうに頬を緩める雅は、言葉以上に雄弁に達也を想っていると語っているようだった。それを見て、達也は自然と頬は緩むし、どうしようもなく安堵している。

こんな関係を築けるとは、昔の自分は夢にも思わなかった。もしかしたらと想像しなかったわけではないが、望みとしても奥底に隠し、無理だろうと否定してきた。

深雪のために存在し、深雪を害する全てを排除する。例えそれが雅であろうと変わらないと言い聞かせてきた。それが今となっては自分より少し高い雅の温度が心地よく、手放し難い。

 

 

達也は寄りかかる雅に少し力を入れて寄りかかる。

徐々に力を入れれば雅の体は傾いていき、アイボリーのソファーの海に黒い絹の髪が広がる。

覆いかぶさるように達也が雅の顔の横に手を付くと、何か言おうとしていた雅の声をふさぐように達也は雅と唇を重ねる。

唇で啄むように戯れるように可愛らしいものから、徐々に長く、深いものへと変わっていく。

はしたなく舌を絡めたり、唾液を零すようなことは無く、ただ触れては離れ、時折音を立ててまた重なる。

 

雅は所在のない手を達也のシャツを握りしめることで誤魔化す。嫌ではないけれども、それでも逃げ出したくなるような恥ずかしさで顔に熱が集まる。

強引な達也の様子に、何かあったのだろうかと考えるも、霞のかかったように頭はうまく働かない。背中に手を回すことはまるで自分が続きを強請っているようで、縋りつくこともできない。

そうしている内に節だった男性らしい指が雅の首筋をゆっくりと這い、鎖骨を撫で上げ、胸元に降りようとしたその時、雅は気が付いたように達也を押しのけた。

 

「達也っ」

 

雅の制止に達也は素直に体を引いた。

 

「すまない。あまりに無防備だったからな」

 

達也は雅の手を取って起き上がらせると、困ったように笑う。

その表情に雅は困惑する。達也が訳もなくこのようなことをするとは思っていないが、その回答は予想外ではあった。

 

「激情が戻るという事は、こういうこともあるとは想像していなかったか」

 

達也も健全な、とは言い難いかもしれないが年齢だけで言えば17歳の男子高校生である。激情が白紙化されているとはいえ、食欲や睡眠欲など体を保つために必要な最低限の感情、欲望は残されている。当然、枯れているのかと周りに冷たい目で見られようとも、性欲もないわけではない。

 

しかも婚約者である雅は世間一般で言っても美しい容姿をしている。上品な服装は本人の清廉さを引き立てるものであり、無意識レベルで磨かれた所作は細部まで美しい。

それでいて達也の前では年相応に顔を綻ばせ、時に口づけ一つで白い肌が色めく。

この部屋には二人だけで、司波家であれば気にする深雪も水波もここにはいない。状況も整っていれば、その先を知りたいと悪魔が囁くことは無理からぬことだった。

忠告も込めて達也はそう言ったつもりだった。

 

 

「達也」

 

雅は達也の目を見据え、手を握り返した。

 

「大丈夫よ」

 

達也の忠告の意味を雅は理解している。しかし態々試さなくても、この程度で雅が達也を嫌いになることも、避けるようになることもあり得ない。それだけ雅は達也を信頼しているし、想っている。

 

雅のこの体は雅一人のものであるようで雅一人が自由にできるものではなく、九重雅は九重直系の娘であり、高雅は九重神楽の演者であり、【鳴神】は彼の方の臣下であり矛である。

心だけはいくらでも達也に与えることが出来ようとも、今は雅の全てを渡すことはできない。

達也もそれを知っているから、雅の思いを無視してその先に手を伸ばすことは無い。

雅はそう信じている。

 

 

達也は雅の言葉をかみ砕き、行間を思案した後、何か言いたげに開きかけた口を閉じた。

その目はバツが悪そうに雅から視線を逸らしている。雅は静かに達也の胸に頭を寄せる。

 

(まま)ならないな」

 

達也は少し乱れた雅の髪を梳きながら、ため息交じりに答えた。随分と子ども染みた行動だと達也も今更ながらに反省した。

我儘を言って親を困らせる子どものように、達也は無意識に雅の愛を試していた。達也が忠告という体を取りながらも、それを踏まえて雅は大丈夫だと答えた。揺らぐことのない瞳と声色に、達也は毒気を抜かれてしまっていた。

 

「それが思いというものでしょう」

 

雅にしてみれば、可愛い甘えだ。それを言葉にすれば達也が拗ねるまではいかなくても、不服そうにすることは目に見えているから口に出しはしないが、どうしても口元は緩んでしまう。

達也にもそれは伝わっているようで、髪を遊ぶ手がどことなくぎこちない。

 

 

雅も達也も世間一般から言えば特殊と言われる家庭で育っている。

雅が歴史ある九重で与えられたのは、厳しくも全てはどんな苦境に立たされても前を向いて歩けるだけの教養と知識、そして優しい家族からの愛だった。

対して四葉から達也に与えられたのは兵器としての在り方であり、逆らわない従順な兵士としての役割であり、妹を人質にしたガーディアンとしての教育という名前の訓練だけだった。愛情や慈悲を向けられることが皆無だったわけではないが、四葉家当主と分家の各家からの意向に表立って逆らう者がいないのも確かだった。

 

達也に施された訓練と呼ぶには過酷すぎる地獄の日々の中で、激情さえ唯一妹を守るためのものだけを残された達也が、比較的まともに対人関係が築けているのも3歳までは庇護下に置いてくれた雅の両親の存在があったからだと理解している。

それでいて何度雅から想いを伝えられても、根底で時折黒い影が雅の恋心を利用しているだけではないかと達也に囁く。雅を好意的に思うのは現段階では害がなく深雪が親愛を寄せている存在であり、九重の名前の価値を蔑ろにはできないからだと理由をつけていた時期もあった。

 

その考えを否定したいと思っても、そう思考している時点で可能性も捨てきれないことも確かだった。そうやって達也がいくら雅に対して宿る感情に対して理屈を捏ね回して立てようが、今となっては雅を想っていることは疑いようのないことだった。

 

「むしろもう少し我儘を達也は言うべきじゃないかしら」

「四葉の支配から離れること以上の我儘か?」

「それは深雪のための理由でもあるでしょう。第一、それは目標であって我儘じゃないわよ」

 

我儘と言われても、達也には欲望の類は薄いことは変わりない。いくら自分の感情の機微に多少は気が付けるようになったとはいえ、長年の思考パターンや行動は早々変わるものではない。我儘と言われて、雅にこれだけのことを許されている以上の我儘は達也には思い浮かばなかった。

 

「そうだとしても恵まれているよ、俺は」

 

この力を達也は望んで得たわけではない。

時に悪魔と形容され、時に神と畏怖されるこの能力によって達也は存在を忌避されてきた。

生まれたことすら祝福されなかった。

使い勝手のいい駒として育てられた。

そこにあるのは肉親の情ではなかった。

 

しかし思い返してみればトーラスシルバーとしての今までの実績は、深雪を四葉から解放するための一つの手段だったが、深雪がその功績を喜ぶだけではなく、確かにあの研究室は自分の居場所の一つとなっている。

深雪の護衛と魔法科大学とその系列高校のみに許される資料の閲覧を目的に入学した魔法科高校も、いつの間にか気の置けない友人や自分を慕う後輩、認めてくれた先輩がいる。

普段は物臭でも学ぶべき点の多い師もできた。

 

達也はかつて雅の曾祖母にして、先々代の九重当主である彼女の言葉を思い出した。

 

『力を持つ子。貴方は多くの事に縛られるでしょう。それでも、幸福はあります。これから先の人生、多くの事を学び、多くの事に躓き、多くの事を成し、多くの人と出会うでしょう。良い縁、悪縁。全て貴方の糧となります。あの子と幸せになりなさい』

 

今となってはその意味も分かる気がした。

 





甘いのでしょうか。切ないのかな。いかがでしたでしょうか。
感想たくさんいただいて、感激です。励みになります(*・∀・*)

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