恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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3月忙しかったのは確かなんですが、それ以上に「小説家になろう」の600話越えの連載にはまってしまって、読み切るのに時間がかかってしまいました(; ・`д・´)

4月から環境が変わって、4月が一番忙しいと言われる所になりました………( ;∀;)
映画まで生き残ります。




古都内乱編6

達也たちが奈良から戻った翌日。

私は達也の部屋で奈良の九島邸で行われた九島烈との会談の結果を聞いていた。

昨日は京都から帰ってきたばかりで疲れているだろうからと、私は自宅マンションに帰っていた。内容的に学校で話をするわけにもいかないので、詳細を聞くのはこれが初めてだ。

 

「周の捜索まで入れた強行スケジュールだったんでしょう。九島は協力してくれたとみていいのかしら」

「確かに協力は取り付けられたから一応の成果は得られたな」

 

達也は九島の協力が得られたと言う割に、あまり表情はよろしくない。僅かに眉間に皺をよせ、深く考え込んでいる。九島は達也に借りがあるはずだが、なにか協力を求める代わりに条件でも付けられたのだろうか。

 

「何かあったの?」

「雅は九島光宣を知っているよな」

「ええ」

 

光宣君と達也と深雪は、今年の春に九重神宮の神楽の観覧の折に顔を合わせていたはずだ。九島の家での話し合いに彼も同席していたのだろうか。

 

「九島烈との会談には参加しなかったが、俺たちが来た目的は聞いていたようだ。土地勘があるからと奈良での捜索に同行したんだが、その際、奈良を拠点としている伝統派と遭遇した」

 

遭遇と言っても、おそらく戦闘になったはずだ。達也や深雪が敵の手先である野良の古式魔法師と戦闘になることは周公瑾の捜索をしている以上、想定される状況ではあるが、予想以上に関西圏域の伝統派が敵側に染められている状況に頭が痛い。

周自体が身を隠しているため、伝統派も表立った行動は少ないだろうが、それでも派閥は違っても今後の状況によっては古式魔法師と世間では認識されている九重に飛び火する可能性がないわけではない。悪い予想が顔に浮かんでしまっていたのか、達也は安心させるように私の手を握った。

 

「それほど手強い相手でもなかったから、傷一つない。敵の身柄も国防軍から横槍を入れてきた情報部へと移されたが、情報入手の伝手がないわけでもない。

それより気になったのは、戦闘で見た九島光宣の実力だ。十師族ともなれば、ある程度才能があることは予想できたが、思った以上に魔法力が高いと思ってな」

「病弱と言っても、コンスタントに実力を発揮できないだけで、九島の秘蔵っ子と呼ばれるくらい実力は九島家の中では抜きんでていると思うわ」

 

私は彼の技量を直接確認する機会はあまりなかったが、燈ちゃんの伝手で聞いた話では二高でも実力者の一人に数えられているそうだ。勿論、理論の成績も上位から数えて早い位置にいる。病弱で学校を休みがちなことを差し引いたとしても、十師族の名前に相応しい実力だと評価はされている。

だが、達也は未だ厳しい表情を変えていない。

 

「起動式の整理がつかないからと複数のCADを使用していたことは珍しいとはいえるが、それ以上に驚いたのは9月に発売した完全思考型CADを完全に使いこなしていた。戦略級魔法を除けば、単純な実力はおそらくリーナに匹敵する」

「リーナに?」

 

そこまでの実力があるとは私も驚いた。リーナの実力は私も達也も今年早々に目の当たりにしており、その達也にリーナに匹敵すると言わしめる光宣君の実力は、まだ一端に過ぎないと言うから底が見えない。家からは特に何も言われていないが、光宣君も一応警戒しておいた方がいいのだろうか。

 

「雅とは以前からの知り合いなんだろう。実力を見る機会はあまりなかったか?」

「光宣君は体調を崩しやすいし、中学も別だったから、年に数回、数えるだけよ。気になるところでもあったの?」

 

彼との接点はそれほど多くない。個人的な連絡先も知っていて、時々ある連絡で思わせぶりな恋心を匂わせる言葉を使ってくることはあっても、あくまで季節折々の挨拶やお祝いごとなどで、ほとんど日常会話のようなものだ。彼も私が忙しいのは知っているだろうし、彼は彼で体調が良くない日が多いため、それほど密に連絡を取り合う間柄でもない。

私の思いとは裏腹に、達也は複雑そうに眉を寄せながら、笑った。

 

「恋敵と認定されたからな」

 

心臓が嫌な音を立てる。光宣君との関係に後ろめたい事は何もなくても、まるで達也に叱責されているようでじわりと胸が締め付けられる。

 

「雅に想いを寄せている男がいない可能性の方が低いことは分かっていたさ。あれだけ純な想いならば、猶更雅も無下にはしにくいだろう」

 

達也は淡々と状況を述べているだけ、声色に怒気も軽蔑も含んでいない。

私は面と向かって光宣君に告白されたことは無いが、達也に恋敵と断言したなら彼の気持ちは思わせぶりなのではなく、間違いようもなく恋と呼ばれるものなのだろう。

九島とも縁戚関係にある以上、私が余計な荒波を立てないよう今まで光宣君の言葉を素知らぬ顔をしてのらりくらりと誤魔化してきたが、一度態度をはっきりさせるべきだろうか。それでも明確に言葉にされていない以上、こちらから話を切り出すことも憚られる。

 

「そんな顔をしなくても、雅が絆されることは無いと分かってはいる」

 

達也は握っていた私の手に手を重ねる。

そんな顔と言われても、私は今どんな顔をしているのだろうか。困っているのか、みっともなく悲壮的に縋りつくような顔をしているのかわからないが、私は半ば無意識に重ねられた彼の手を指を絡めて握り返す。

 

光宣君と連絡を取り合っていたことは達也には話してはいなかったが、私からの言葉の中で達也に後ろめたいことや隠し立てするようなものは一つもない。いくら彼が私に想いを寄せようと、私の心はずっと前に決まっているし、これからも変わらないことを願っている。

 

達也は困ったように眉を下げながら、私の頬を撫でる。

 

「まあ、確かに面白くはないな。だが、九島家の協力を得た以上、顔を合わせる機会は今後もあるかもしれない。一応、俺が一緒ならあちらも表立った行動を雅にしてくることは無いだろうから、雅はそこまで態度をいきなり変える必要はないだろう」

 

やや早口に達也は言い切る。

 

正直、付き合いの長い私でも達也の感情は読みにくい。喜怒哀楽を笑顔の仮面の下に押し込めて仕草の一つさえ変えて心情を気取らせない兄たちと比べて、達也は感情の起伏そのものが少ない。読ませないと言えばどちらもそうなのだが、達也自身が意識して隠していなければ、長年の経験でわかるようになってきた。

それでも、今の達也から推測する感情の名前が正解かどうか、私も自信がない。

 

「ねえ、達也。世間一般ではそれを何というか知っている?」

 

覗き込むように達也の顔を見上げると、達也は分かっていたのかバツの悪そうに、眉を寄せた。どうやら、間違いではなかったようだ。

達也は言葉にすることは癪なようで、お手上げだと肩を竦めて小さく息を吐き出した。

こんな小さな変化でさえ、こんなことでさえ達也が私に心を動かしてくれることが嬉しくてたまらない。

私が笑みを深めるほど、達也は複雑そうな困った顔をしているが、達也としても名前が付けられるようになった感情の変化に戸惑いの部分がまだ大きいのだろう。

素直に認めてしまえばいいのに、そこは男子のプライドというやつなのだろう。

 

「達也、あのね――」

 

私が囁いた想いを乗せた二文字の言葉は、秘密ごとのようで、どこかくすぐったい。

昔はただ報われない想いを受け止めてもらうだけで切ない言葉だったのに、同じ言葉でも今はこんなにも意味が違ってくる。

 

「知ってる」

 

達也に呆れたようにそう返される。素っ気ないそんな返事でさえ、私はどうしようもなく胸が高鳴ってしまう。

重なった手が温かいのは私だけではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

裏で達也が動いていようとも、着実に日付は過ぎており論文コンペまで残り20日となった魔法科高校では、準備が進められていた。生徒たちは警備担当やコンペの発表の補助など割り当てがあり、ボランティアも含め、学校はコンペ一色となっていた。

そんな慌ただしさも収まった閉門後の時間帯。

この時間となると、残っている生徒もごくわずかだ。

深雪は既に達也が水波と一緒に帰らせたし、校内にいるのはほぼ男子生徒ばかりだ。

一応閉門しているから生徒は帰る規則になっているが、論文コンペ前の忙しさもあり、コンペの中心メンバーの五十里やその警護役も残っている。当人たち以外にも準備の中心となる生徒会役員である達也や、部活連会頭である雅が閉門後の時間帯に残っていても不審に思う生徒はいなかった。

 

 

雅と達也は一緒に生徒会室で幹比古を待っていた。

傍から見れば生徒会と部活連、風紀委員の会合にも見えるが、時間は既に閉門時間を超えている。特にいくら部活連会頭という役職があっても女子である雅が残るにはあまり褒められた時間ではない。念のため、遅くなる旨を学校に届け出していてもこの部屋に雅がいることを知っているのはごくわずかだ。

 

来客が訪れるまでの短い時間を縫って、二人ともレポートを片づけていた。

達也は昨年度の実績から五十里に手伝いを頼まれたり、服部が率いる警備隊の訓練に付きあったり、もちろん生徒会として様々な関係役員等との調整や準備も並行して行っている。

雅も部活連会頭とあって警備隊の訓練の段取りを中心に、女子の簡単な護身術訓練なども担当しているため、どうしても日ごろのレポート課題が後回しになってしまう。そして本人の忙しさを縫うように、達也は軍と会社、雅は神楽を始めとした稽古事に追われている。

二人きりというシチュエーションであるにもかかわらず、生徒会室の中の空気は甘ったるさとは縁遠いものだった。

 

「幹比古の方は、横浜事変で手引きしていた外国人に関わる件だと伝えているからそういう体で話を進めてほしい」

「分かったわ」

 

二人は情報共有をしながらも、手元のレポートを作成する手は止まっていない。

雅は念を入れて遮音フィールドと結界も展開しながら作業を行っているが、特別疲れた様子はない。この程度の魔法ならば負担でもなく、半ば無意識にでも展開し続けられるだけ慣れた魔法でもある。

二人がレポートをせっせと片付けていると、生徒会室に来訪者を告げるチャイムが鳴った。

部屋に控えていたピクシーが幹比古の生体反応を確認すると、ドアが開錠する。

 

「達也、九重さん、ごめん。待たせたかな」

「いや、丁度いい息抜きだった」

 

達也は気にしていないと言うが、幹比古の視線は達也が展開したままになっているモニターに向いており、そこから並行していくつものレポートをしていたことが読み取れる。魔法科高校の課題は一般教科も決して難易度が低いわけではないが、それを息抜きというのかというツッコミは心の中だけにしておいた。今日はそれほど無駄話ができるほど時間があるわけではないと幹比古も分かっている。

 

「九重さん、急なお願いだったにも関わらず時間を取ってくれてありがとう」

「重要なことなんでしょう」

 

わざわざ放課後の人の少ない時間帯を選んでの話だ。しかも電話やチャットではできない急ぎの用事かつ秘匿性の高い内容であることは言葉にしなくても理解している。

 

「達也、九重さんは僕が聞いた情報は既に知っているという形で話を進めてもいいのかな」

「ああ。大方話してある」

 

達也は朝、既に一度幹比古から呼び出されていた。

昨日、達也が危惧していたように伝統派に雇われた野良の古式魔法師の手は美月にまで波及した。幸い、送り迎えには幹比古が付いており、美月には気取られることなく撃退したが、勘の悪くはない幹比古が単に産業スパイと思うにはきな臭い案件だった。

幹比古から問い質された達也は詳しいことは話せないと前置きしながらも、横浜事変で手を引いていた外国人が伝統派に匿われている可能性が高いと伝えた。幹比古は横浜事変の関係で軍の任務に関わる問題だと思ったようだが、達也はその言葉を否定しなかった。

今の幹比古にはそれが四葉から依頼された件だとは一言も言っていない。幹比古を達也の事情に巻き込むには時期尚早だった。

 

「念のために聞くけど、九重さんの身の回りは大丈夫かい?」

「流石に相手も私の名前が怖いみたいよ」

「古式魔法の大家に正面切って喧嘩売る馬鹿がいる方が驚きだよ」

 

幹比古の口調は冗談交じりのような気軽さを演出するようにしていたが、言葉の裏で小さく安堵する様子が達也や雅には見て取れた。達也も雅も些細な表情や声から心情を読み取る術は、親切心を衣に纏い近づいてくる悪意のある大人を見分けるために身についており、同級生で接点の多い幹比古が気にしている懸念は達也も雅も織り込み済みだった。

幹比古は一息ついて、達也と雅に向き直った。

 

「まず立場をはっきりさせておくよ。伝統派は良くも悪くも古式魔法の一大派閥。古式魔法師は大きく分けて伝統派を支持する派閥と敵対する派閥に分かれていると言っても過言じゃない」

「吉田家はどちらに属すんだ」

「ああ。吉田家は宗教的秩序から早くから離れてた家だ。神々を祀るのも神へと至る術法を見出すため」

 

これは伝統派に多くみられる傾向だ。

 

「だからこそ、吉田家は伝統派と敵対している。そもそも旧第九研究所に協力していた伝統派と吉田家では考え方が違う。力が増せばいいと考える伝統派と違って、僕らは昔から神へと至る術法を目指している。だから根本的に考えの違う彼らの手を取りようはない。聞くまでもないけど、九重も伝統派の味方というわけではないだろう」

 

「今のところ明確に敵対はしていないけれど、確かにお互い味方には数えられないわね。だけど、九重は表立って伝統派とやり合うつもりは今のところはないわ。あくまで私たちも神様に捧げる奉納の一環で魔法を用いているだけで、古式魔法師の派閥争いに持ち込むつもりはないわ」

 

二人ともそれぞれの家の矜持がある。九重も吉田も立場は違っても、大きく分ければ伝統派とは対立する派閥の一つと言える。

 

「幸いにして、今年の論文コンペは京都だ。警備の観点から現場周辺の下見に警備チームを向かわせることを予定していたんだけど、そこに僕も加わろうと思う」

「伝統派の巣穴を突くつもりか」

「だから達也も警備チームに回ってくれたんだろう。達也は市内を自由に動いてもらって構わないよ。去年の一件もあるから、会場周辺を広く見て回るという名目にしておくから」

 

一戦交えるつもりかと探るような達也の問いに、幹比古はそのつもりだったのだろうという表情で答える。達也は論文コンペ当日の役割として警備チームに組み込まれている。幹比古の提案は達也にとって有難い申し出だった。

 

「幹比古はどうするつもりなんだ」

「僕は囮だ。会場の新国際会議場から目一杯探索用の式を放って、伝統派の神経を逆撫でしてやるつもりだ」

「あら、面白そうね」

 

雅が軽い口調でにやりと口角を上げる。

幹比古も同調して大きく頷く。

 

「伝統派が手を出して来たら正当防衛。これは吉田家の喧嘩になる。家としても協力は惜しまないつもりだよ」

「戦力差はどうなの?」

 

伝統派は古式魔法の一大派閥。言い換えればそれだけ力も人数も揃っていると言える。吉田家も名門とはいえ、有能な魔法師がいたとしても単純な物量の差で状況は覆されることがある。

 

「一人ひとりの戦力なら負けはしない。大事なのはあくまで向こうから手を出してきたという事実だ。古式魔法師は面目を重視するから、古式諸派の家々もこちらから手を出せば傍観に回るだろうけれど、伝統派が僕らに手を出せば事が大きくなる前に仲裁に入るだろう」

「確かに、軍や警察が押し寄せれば、市街地を戦場にすることになりかねないからね」

 

そうなれば周公瑾の捕縛はより難しくなる。混乱に乗じれば乗じるほど、この国が荒れて喜ぶのは彼に他ならない。

 

「でも京都で吉田家が大きな顔をして喧嘩をすると、この先足を踏み入れるのが大変よ」

「確かに、吉田家全体が絡むことになれば事情を説明しないわけにはいかないだろう」

 

古式諸派が仲裁に入れば、否応なしに伝統派は調べられることになる。達也にとっては望ましい展開ではあるが、京都という特殊な土地柄を考えると得策とは言い難い。

吉田家がいくら伝統派と敵対し、九重もその風潮であるとしても、吉田家の基盤はあくまで関東だ。九重を始め古式魔法の大家が揃う京都の市内で、外様の吉田家が我が物顔で荒立てれば遺恨になりかねない。

加えて、幹比古だけではなく吉田家が絡むとなれば幹比古にさえ説明ができていない達也の事情をその親族までするとなると、現実的にはほぼ不可能だ。

 

雅と達也が懸念を口にすれば、幹比古は想定済みだというように頷く。幹比古自身も達也が軍属であることを両親に告げ、家として協力を求めることは守秘義務もあること以上によい言い訳が思い浮かばなかった。

 

「じゃあ作戦その2だね。伝統派の中には大陸の古式魔法師も加わったんだろう。だったら、想子波のパターンがこの国の術式とは違うからね。達也に散々鍛えられたおかげで、想子波のパターンの識別は僕の十八番だ」

 

幹比古は誇大にではなく、自信をもってそう断言した。今の彼は神童と呼ばれた以前の実力を上回る実力を手にしている。一時期のスランプなどこの力を手にするための踏み台にしかならなかったとも思えるほど、今や幹比古は一高の中でも実力者に数えられている。

探索用の式を放って伝統派に術を使わせることで、敵の居場所を突き止めることは変わらない。ただ喧嘩をするのは吉田家ではなく、あくまで魔法科高校生として次に行われる論文コンペの現場周辺の下見に来て、伝統派に因縁をつけられたという体を取るのだ。これならば、多少伝統派と小競り合いがあったとしても、軍まで動くような事態にはならない。

 

「九重さんには、事前にわかる範囲でいいから伝統派の勢力範囲を教えてほしい」

「分かったわ」

「日程はどうするの?」

「正式な日程は生徒会や学校側にも話を通してからになるけど、学校側に根回しもして、早くて金曜日には生徒会と部活連に話を持ちかけられると思う」

「分かった。生徒会の方でも手を回すよう深雪に行っておくよ」

「土地勘がある方がいいでしょうから、私も参加の方向で話を進めておくわ」

「よろしく頼むよ」

 

幹比古はこれまでにない強力な布陣に、敵対する伝統派を哀れに思い、思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月12日 金曜日

 

論文コンペの準備は俄然忙しさを増してきていた。

メイン発表者である五十里は自ら陣頭に立って準備に追い込みをかけ、警備担当である服部も訓練に積極的に参加し現場の声を拾いながら連携を密にしている。

生徒会の方も京都への移動の手配や関係機関との調整連絡に追われていた。

そんな激務な各所属から時間をひねり出して場が設けられたのは、閉門時間直前であった。

 

「お邪魔します………」

 

幹比古は風紀委員会本部と生徒会室を繋ぐ直通階段に慣れない様子で、生徒会室へ入室した。

 

「時間通りだな、幹比古」

 

どうやら幹比古が最後だったようで、生徒会メンバーと部活連を代表して雅は既に席についていた。

 

「あれだけ忙しくしているのに、遅れてくるのは流石に気が引けるよ」

 

文字通り、生徒会役員の中でも飛びぬけて忙しいのは達也だ。論文コンペの発表内容の準備そのものにも関わり、警備の訓練に顔を出し、生徒会の通常業務も手掛けている。達也だからできるのであって、通常は一人が行う仕事量ではない。

 

「皆さんが吉田君のような心がけだったら助かるのですが、難しいものでしょうか」

 

深雪は半ば諦めが籠った様子でため息をついた。

 

「時間がないことは確かだから話を始めましょうか」

 

先に生徒会室で待っていた雅が本題を切り出すと、幹比古は慌てて空いた席に座った。事前に雅が話題を切り替えたからいいものの、どこで深雪の不満が吹雪くか冷や冷やしながら行う会議程胃に悪いものはないだろう。

幹比古はさっそく手に持っていた大判の電子ペーパーを会議用の机に広げた。京都市内の地図が机いっぱいに広がり、京都市内の様子が俯瞰で分かるようになっている。

 

「今日打ち合わせをお願いしたいのは、現地の警備に対する下見についてです」

 

幹比古は改まった様子で話を始めた。

 

「当日の警備については服部前部活連会頭が中心になって進めてくださっています。他校との打ち合わせも先輩自らやってくださっているので、その点はお任せしても大丈夫だと思います」

「二高の方も率先して警備には念を入れてくださっているようで、地元警察や魔法協会とのやり取りも今年度は大きな問題なく進行しているそうよ」

 

上級生が十師族の権力と実力をもって関係機関にある程度要望が無理にでも通った過去と異なり、服部は他校とも組んで関係機関との調整に先陣を切って動いている。

一高からは開催地が遠いため、警備担当が一高であることを不安視する声もあるが、流石十師族の下で交渉を見てきただけあって妥協点の見つけ方も話の落としどころもよくわかっている。同じ魔法科高校生からも、服部の押しつけがましくなく、細やかな対応は好意的にみられている。

 

「服部先輩をお呼びしなくても大丈夫なのですか」

「あくまで私たちが考えている下見は情報収集だから、服部先輩としてはきちんと報告をしてくれればいいと言われたわ」

 

泉美の質問に、同じく警備の担当として動くことの多い雅が答える。

 

「それで、会場はここです」

「ずいぶん外れの方ですね」

 

泉美の遠慮ない言葉に幹比古は乾いた笑みを浮かべた。論文コンペの行われる国際会議場は京都駅からは離れている。重要な史跡や寺社が集中している地区を外し、尚且つ昨年度のテロを考えてみても京都市内で魔法関連の大きなイベントをするには、まだ一般市民の理解が得られていないことが伺えた。

 

「確かに市内の外れに見えて、去年と違って周囲の交通量は多くないけれど、その分自然が多いから潜伏しようと思えば、場所もたくさんある。そして近くに潜伏できる場所がなければ少し離れたところに拠点を設ける可能性もある。去年の一件を例に出せば、論文コンペの会場自体が陽動だったし、中華街の方でも小競り合いがあったから、会場周辺の下見だけでは不安が残ると考えている」

「つまり吉田君は会場を含め、広く京都を見回るべきだと考えているんですね」

 

幹比古が地図を会場周辺から京都市内一帯に切り替えたところで、深雪が予定通りの合いの手を入れる。

 

「去年の二の舞はごめんだからね」

「賛成だな。俺たちは高校生だが、できる限りのことはやっておくべきだろう」

 

達也の援護射撃に深雪と幹比古は大きく頷く。

 

「それで、下見のメンバーはどうするんだ」

「僕は行こうと思っている」

「学校の方は大丈夫なのか」

「北山さんの方にお願いするつもりだよ。それと達也と九重さんにも一緒に来てほしい」

「構わないぞ。警備の担当が一人でも現地を見ておくことは必要だろう」

「私も日程によるけれど、可能よ」

 

予定調和の打ち合わせだが、この忙しい時期に警備や警護の担当として大きくかかわっている雅や幹比古、生徒会役員として手腕を振るっている達也が抜ける以上、他の生徒会役員に理解してもらうためには必要な会議だった。

 

「お兄様、お姉様。私もご一緒させていただいてもよろしいですか」

「深雪も?」

 

今初めて聞いたという風に雅が聞き返す。このような役回りは雅の方が向いていることは達也も重々理解している。

 

「ええ。応援の皆さんが泊まるホテルの方々と直接お目にかかって打ち合わせをしておきたいのです。万が一の事態のために、シェルターなども直接確認しておきたいですし、如何でしょうか」

「深雪、そんなことだったら私が……」

「ほのかは移動や予算のことで細かなことを個別に頼んでいることがあるでしょう。私は全体の統括で特定の仕事を受け持っていないから、私の方が動きやすいでしょう」

 

深雪の言い分はほのかも分かるが、達也と名目上は会場周辺の下見という名前の京都旅行に行きたくなかったかと言えば嘘になる。そしてそれはほのかだけではなく、期待した表情で深雪を見ているのは泉美も同じだった。

 

「泉美ちゃんには副会長として私の代理を頼みたいのだけど、お願いできるかしら」

「勿論です。お任せください」

 

泉美は二つ返事で了解をした。泉美の思惑を予想してか、彼女が同行を申し出るより早く、深雪は別の仕事を頼む。

確かに生徒会長の代理は副会長と相場が決まっている。一年生である泉美には荷が重いかもしれないが、深雪に期待されていると分かると、全力でやり遂げると息巻いている。

 

「日程はどうする?」

「ギリギリにはなるけれど、論文コンペ前の土日がいいと思う」

「妥当な線だな」

「回りたいところを教えてくれたら、私の方でルートを考えておくわ」

 

閉門時間が近づいているという事で、詳しいことは後日、実際に下見をするメンバーで詰めていくという事で、その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

達也たち4人を乗せた帰りのキャビネットの中、深雪は隣に座る雅と端末を見ながら、当日のルートについて相談していた。

深雪も下見だとはわかっているものの、どうしても観光気分となってしまうのは仕方ない。雅の実家のある京都市内だが、意外と深雪は訪れた回数はそれほど多くない。

 

生粋のお嬢様かつ四葉家の次期当主候補である深雪の行動範囲は、未成年であるためそれなりに制限されてきた。今は高校生になって家に報告しなくても外出は自由になったが、一人ではいまだに出かけることを許されていない。彼女の眩いばかりの美貌に引き寄せられた悪い虫はどこにでもおり、上流階級出身の教師のいるプライベートな習い事ならともかく、常に彼女の隣には水波か達也がいる。

文字通りの箱入り娘の深雪の事情を達也は知っているからこそ、深雪が多少浮足立っていても咎めることはしなかった。

 

「ちなみに、あの場では聞かなかったけれど、宿泊先はどうするの?」

「論文コンペで使えるホテルが押さえられるといいと考えている。水波、頼んでもいいか。当日も深雪と雅のサポートを頼みたい」

「畏まりました」

 

水波は一瞬驚いた表情をわずかに浮かべるが、静かに了承を示した。水波の主は深雪であるが、深雪が達也の提案に何も言わない以上、ガーディアンである水波には基本的に拒否権はない。

 

「この時期は観光客も多いから、もし部屋がいっぱいなら、ウチに泊まる?」

 

雅の提案に達也も水波も目を丸くする。

 

「それは、最終手段だな。水波、部屋は高くても構わないからできるだけ同じホテルで頼む」

「はい」

 

水波にしてみれば、雅とは少なくとも悪いとは言えない関係だとは思っているが、流石に自宅に、それも古式魔法の大家である九重の邸宅に泊まるという提案は心臓に悪いものだった。深雪と達也ならばまだしも、九重本家の面々と面識のない自分がいくら使用人らしく空気に徹しようとあくまで九重にとっては客人として扱われるため、落ち着かないことは目に見えて分かっている。水波は深雪の許可を得て、論文コンペでも使用するホテルの予約状況を確認するために端末を起動させる。

 

「面倒ごとを抱えたまま、九重に世話になるほどの厚かましさはないよ」

「あら。残念」

 

雅も断られることは分かっていたのか、少々残念そうに肩を落としてみせた。

 

「水波ちゃん、私は宿泊の数に入れなくていいわ。ホテルと自宅はそこまで離れているわけではないから、当日落ち合うことも十分可能よ」

 

京都の外れとはいえ、京都は人気の観光地だ。交通網も整えられているため、多少郊外のホテルでも割安だからと国内だけではなく外国からの旅行者も少なくない。特にこの時期は紅葉を目当てにした観光客も多く、土日となればホテルは既に満室の可能性もある。

雅が自宅に泊まるとなれば、達也と幹比古、深雪と水波を同室にすれば可能性は上がり、更に最悪周辺のホテルのスイートも想定して水波は予約画面に向き合った。

 

達也は達也で現地の情報を集めるために、端末を開く。

本格的な情報収集となるとデスクトップの端末の方が向いているが、地方ニュースや政治ニュースの中に手掛かりになるようなことが隠れていることもある。

表の動きも把握していなければ、それに付随する裏の情報も拾うことはできないとは彼の師の言葉だった。

いつも通りの速読で配信記事を読んでいた達也が僅かに眉を顰めた。

 

「お兄様、どうかされましたか」

 

達也の表情の変化に気が付いた深雪が声を掛ける。

 

「ああ。この記事をみてくれ」

 

達也から端末を受け取った深雪は雅にも見やすいように近寄りながら、記事を確認した。

達也が見ていたのは京都市内の有名観光地で他殺死体が発見されたという京都のローカルニュースだった。

殺された人物の名前は名倉三郎。

同姓同名でなければ七草真由美のボディガードをしていた初老の男性だ。

 

「雅、聞いていたか」

「いえ、まだよ」

 

雅にも知らされていなかった事案ではあるが、達也にはこれが周とは無関係とは思えなかった。

名倉はおそらく数字落ち(エクストラナンバーズ)、十師族を作り出した魔法技能師開発研究所の出身であり、一度数字のついた名を与えられながら剥奪された家のことだ。

達也も接したことは少ないが、立ち振る舞いから相当な手練れだと窺い知っており、それが無残な姿、つまり魔法戦闘で敗れたならば、それができる人物も限られている。

黒羽貢に手傷を負わせ、未だに黒羽家の追跡を掻い潜っているあの男の存在を達也は意識せざるを得なかった。

 




基本、チートというか、強い故に不遜なキャラが好きです。強いから許された傲慢さと孤独みたいなものに惹かれます。
具体的に挙げると、マギの紅炎さんとか、Dグレの神田とか、黒バスの青峰とか、07-GHOSTのアヤナミ様とか、ギアスのシュナイゼル様とか、テニプリだと跡部様と幸村君でした。
大抵、主人公のライバル的やラスボス的なポジションにいることが多いですね。そう思うと私がお兄様を好きになることは必然でしたね。

ちなみに、もうすぐ10年来の友人になる友人1の好みは天才にはなれない秀才で友人2の好みはマッチョとのことでした。聞いているとハマるキャラクターにはその人の憧れも詰まっている気がします。

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