恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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お久しぶりです。最近日間ランキングに劣等生のジャンルがあると嬉しくなる鯛の御頭です。自分の作品ではなくても、劣等生が読まれているとなると嬉しいですね(*゚∀゚)

忙しさが落ち着いたので投稿できました。忙しさとは裏腹にビックリするぐらいホワイトな雰囲気でビビってます。前は心臓をすり潰して、味噌っかすの気力を毎日絞り出して、気が付いたら奥歯を噛みしめているようなところだったのに………

というわけで、結構元気になりました!
心配してくださった皆さん、ありがとう。感想も、ぼちぼち返していきます(`・ω・´)ゞ




古都内乱編7

10月16日

論文コンペを二週間後に控えた第一高校はコンペの準備の賑やかな様子とは別に、とある一人の来客の話題で盛り上がっていた。

 

「久しぶりね。達也君、雅ちゃん」

「お久しぶりです」

「ご無沙汰しております、七草先輩」

 

来客として応接室に案内されたのは、第一高校元生徒会長にして、七草家長女の七草真由美だった。

 

「ごめんなさいね。一高(ここ)に来る方が無難だと思ったから……」

「いえ。外では話しにくい事なのでしょう」

 

ちらりとドアの方をみて申し訳なさそうに眉を下げながら言う真由美に、淡々と達也は話を進めた。

真由美の名前をこの学校で知らない者はごく少数だ。七草家の影響力は単に魔法師という枠組みだけには及ばず、政財界の領域にもつながりが深い。優秀であることが当然のように求められる七草家の直系筋において、真由美は名前にふさわしい実力と才能を兼ね備えた才女であり、深雪まではいかなくても魔貌と揶揄されるその美貌は上級生下級生どころか、学校を問わず人気を集める一つの要因になっていた。

 

当然、彼女の突然の来訪に生徒たちの関心も集まっており、この応接室に達也と雅が来るまでも興味が隠しきれない生徒たちの視線を浴びていた。

幸いにして雅も伴っていたため、下世話な邪推をされなかったのは、達也の精神衛生上助かることだった。

 

わざわざ学校ではなくても一個人の住所程度、七草家ならば調べることは容易ではあるだろうが確かに真由美の言う通り、司波家にも雅の自宅として登録しているマンションにも、見られては困るものがいくつか置いてある。普通の来客には見えはしないだろうが、彼女の()ならばふとした拍子に何か見えてしまう可能性も否定できない。

そう言う意味もあって一高で面会を行うことは利にかなっているとはいえるが、これから行われる話の内容としては面倒事の可能性も否定はできないこともまた確かだった。

 

「その、調子はどうかしら」

「今年は警備だけですから、去年ほどの忙しさはありませんよ」

 

控えめに尋ねる真由美に、達也は簡単に現状を説明する。

去年は急きょコンペのメンバーに抜擢され、発表に関するデータ集めや機材の準備、根拠となる論文集めなど主役の補佐をしながら、継母に命じられた聖遺物の解析、さらに大亜連合のスパイ対策など、達也の仕事は多岐にわたっていた。それと比べれば、裏で動いている一件はともかく今年は直接コンペの論文に関わらない分、まだ余裕がある方だった。

 

「あら、そうなの?達也君が発表メンバーに入ってないなんて意外だわ」

「ええ。ですから、相談の内容次第では協力できるかもしれませんよ」

 

目的があって達也と雅に面会を求めたのであろうが、真由美の瞳はまだ躊躇いに揺れていた。

 

「そうね。いつまでも私の都合で二人の時間を取るわけにはいかないからね」

 

真由美の言う通り三人とも、それほど自由にできる時間は多くはない。

達也と雅は論文コンペに向けた準備がまだ残っており、真由美も魔法科大学の講義が詰まっている。

一部の名前だけの大学ならともかく、魔法科大学は全国の魔法科高校からさらに優秀な者が選ばれ、最新の研究に取り組んでいる。拘束時間で言えば、時には泊りがけで訓練もある防衛大の魔法科の方が長いかもしれないが、決して大学生だからと言って暇を持て余しているなどとは冗談でも言えない。

一呼吸置いた後、真由美はまっすぐに達也と雅を見た。

 

「二人は名倉さんを覚えてくれているかしら」

「ええ。この度はご愁傷さまでした」

 

達也と雅は二人そろって小さく頭を下げる

 

「死因についてどの程度知っているのかしら」

「他殺と報道されていたことは知っています。おそらく状況から魔法師同士の戦闘だったと」

 

真由美は二人が名倉の死を知っていることはある程度想定していたようで、それほど驚きはしていなかった。

 

「雅ちゃんは何か聞いていない?」

 

真由美は冷静に雅にも意見を求めたつもりだったが、達也に比べるとやや声色は硬いものだった。

真由美個人が動かすことができる人材は多くはない。

全容は真由美も掴み切れてはいないが七草家としてみれば、情報収集や潜入、工作など息のかかった人間は魔法師、非魔法師合わせて少なくはない数いるだろう。

だが真由美には彼女の一存で自由にできるだけの者もいなければ、彼らが雇われているのはあくまで七草家と七草家当主であり、ボディガードの名倉ですら仕事の一環というスタンスは崩れることはなかった。結局権力があるのは、七草という名前と父という決定権を持つ存在であり、個人的な能力を除けば、真由美はただの大学生とそう変わりない。加えて、全く行動範囲外の京都となると縁も伝手もない真由美にはお手上げだった。

その分、京都でも指折りの名家である九重ならばローカルニュースで取り上げられる以上の情報が入っているのではないか、と真由美が推察することは正しい判断だといえよう。

 

「地元ではそこまで大きな不安が市民に広がっているという話は、今のところ聞いてはいません。魔法師絡みのニュースなので論文コンペの開催を不安視する声は一部メディアから上がってはいるようですが、開催について大きな影響はないと思います。ただ残念ですが、事件の詳細について七草先輩に教えられることは何も」

 

申し訳なさそうに雅は首を横に振る。聞き取り方によっては、雅が名倉の事件について犯人や手掛かりなどを何も聞いていないと聞こえるが、教えられることがないという事に主眼を置けば、知っていても教える義理はないともとれる。

七草と九重の関係は今、密接とは言い難く、敵対とまではいかないが距離を取っていると表現するのが正しいだろう。七草家当主が半ば非合法な手を使って、雅を七草家に招待した一件を九重は許してはいない。

加えて次期当主として指名されている悠の結婚相手が見つかったとあって、多方面から探りを入れてきているということもあり、雅としては真由美はともかく七草家を信用してはいない。

そのため、雅はまだ真由美の出方を伺っていた。

 

「そう。報道通りよ。名倉さんは誰かに殺された。私にはその犯人が誰かわからない」

「私には?」

 

雅が聞き返すと、真由美は躊躇なく言葉を言い切った。

雅からの答えに真由美が特別気落ちすることが無かったのは、情報を知っていても教えられないのか、はたまた知らないのか、そのことは今の真由美にとっては大きな問題ではなかったからだ。

 

「父は、誰が名倉さんを殺したか知っている。確実ではなくても少なくとも心当たりがあるわ。名倉さんは父に命じられて秘密の仕事で京都に出向いていたの」

「秘密の仕事ですか」

 

達也は一瞬雅の横顔を盗み見るが、眉一つ動かさず平静を保っている。

雅は少なくとも地元で十師族が暗躍していたと聞いて動揺はおろか、苛立ちや不快感ですら微塵も気取らせはしない。達也も雅の感情は推測の範囲だが、真由美は珍しく自分のことで精一杯であり、おそらく雅の心の内には気が付いてはいないだろう。

 

「どちらもはっきりと父が言ったわけではないわ。あくまで父が命じた『ある仕事』で京都へ名倉さんは出向き、その内容について私が知る必要はないと言ったまでよ」

「なるほど」

 

暗に裏の、非合法に近いか完全に黒と言える仕事を行っていたことは確実だろう。そしてそれを七草家当主は、真由美に対して少なくとも隠すつもりはないようだということも二人にはわかった。

 

「それで、七草先輩はどうしたいんですか」

 

やや口調がきつくなったのか、視線が鋭くなってしまったのか、はたまたどちらともか、真由美は達也のストレートな言葉に一瞬たじろぐ。わざわざ面会を求めて単に情報収集というわけではないだろうと達也は踏んでいる。そして、話の筋から真由美が何を求めているのかおおよそ算段が付いている。

 

「私は真相が知りたい」

 

真由美はそれでも達也から視線を逸らさなかった。まっすぐに達也を見返し、目的を告げた。

 

「正直に言って私と名倉さんの関係はそれほど親密ではなかった。それでも名倉さんが七草家の命令で命を落としたのは確かだわ。父が死ねと命じたわけではないけれど、死ぬ危険が高いことが分かっていたのは確実だわ」

「つまり七草先輩は犯人が知りたいと」

「ええ。せめて私は七草家の一員としてその事実から目を背けるわけにはいかない。せめて真相を知っておきたいの」

 

真由美は逸る気持ちを押さえながら、言葉を選んでいた。

 

「ご立派です」

 

達也の物言いに真由美が流麗な眉を吊り上げる。

 

「ですが、それも結局は七草先輩の自己満足と言われればそれまでではありませんか。先輩の護衛を任されるほどの手練であろう名倉さんが敗れた相手となれば、決してリスクは低いと言えないことはご承知だとは思いますが」

「ええ、自己満足よ。それの何がいけないのかしら」

 

確かに褒められた言い方ではないが、達也はあくまで状況を判断したうえで冷静に意見を述べた。その事実だが言葉選びに容赦がない様子に怯むどころか、むしろ真由美は強い意志の宿った口調で開き直ってそう言った。これには達也も雅も意外感を覚えた。

 

「私は七草家の長女。良くも悪くもそれは逃れられないし、今のままでは私はそう胸を張って言うことができない。自己満足だと言われようとも、名倉さんのことに納得ができていない」

 

真由美は七草家の長女という立場を誰よりも考えている。真由美が何をしても、何を話しても全て十師族の一員としての言動となる。真由美個人という個がないわけではないが、彼女にとって七草の名前は生まれてこの方、切り離すことができない忌々しくもあり時に助けられた名前でもある。

逃れられないならば誇れるように自分が納得のいくように、せめて真相を知りたいという姿勢は確かに達也の言う通り立派と呼べるものだろう。

 

「ですが、俺たちに何を望んでおられるのですか。流石に犯人探しとなると、探偵のノウハウもない俺たちに犯人を見つけることは難しいかと思われますが」

 

京都も九重神宮周辺ならば達也もある程度、土地勘はある。悠に息抜きという名目で遊びに連れまわされた経験もあり、京都市内ならば全く見知らない土地というほどではない。それでも、名倉を殺したと思える相手を探し出せるほど京都の町や魔法師に精通しているわけでもない。最近は多少静かになってきた分野違いの野良の魔法師の存在すら達也には感知の範囲外だった。

そう考えてみると達也は雅も同席している以上、真由美は断られること前提で九重家への顔つなぎを依頼しているのかと勘繰った。

 

 

「申し訳ありませんが、今回協力できることはなさそうです」

 

達也も九重と七草の関係が良いとは言い難いことは知っており、四葉から仕事を依頼されていることもあり、七草と九重と天秤にかけるまでもない。可能性の低い予想を真由美が間違っても口に出す前に、達也は雅に視線を向けて席を立とうとした。

 

「待って!」

 

達也の明確な拒絶にもかかわらず真由美は二人を呼び止めた。

 

「犯人はおそらく横浜事変の関係者よ」

 

だが、その言葉は二人をその場に留めさせるには十分だった。

 

「根拠はあるんですか」

「確信ではないけれど、可能性は高いとみているわ」

 

どうやら名倉は真由美のボディガードを離れることも時々あり、その際にはお土産として中華街の物を持ち帰っていたそうだ。真由美は父や名倉本人からどこに出かけていたかは聞くことは無かったが、今としてはそれが彼からのメッセージに思えて仕方なかったそうだ。

 

「確かに名倉さんは中華街に出向き、何かを探っていたのは確かかもしれません。ですがそれを横浜事変と結びつけるのは早計ではないですか」

「それはそうだけど……」

 

達也の言い分は尤もであり、真由美も明確な根拠がないので、強くは出られない。

 

真由美への態度とは裏腹に、達也は真由美を京都の下見に加えてもいいと考えていた。肉体的には一般女性とそう変わりないが、横浜事変の折に彼女の魔法戦闘能力はある程度は把握している。少なくとも足手まといにはならないだろうと踏んでいた。

 

「じゃあ、達也君は私の思い込みだと思うの?」

 

半ば八つ当たりのように真由美が不貞腐れたように達也を睨みあげると、達也は愛想笑いを浮かべた。

 

「いえ、先入観で事実が見えなくなることもある、ということですよ」

 

先入観と思い込みって同じじゃない、という真由美の言葉は二人とも独り言だとして聞き流した。

 

「危険だという事は理解していますか」

 

達也が真由美の意思を再確認する。

 

「ええ。それと、かなり厚かましいお願いだという事は理解しているわ。特に雅ちゃんには協力する義理どころか、こちらは正式に謝罪もしていないんですもの」

「七草先輩は無関係だという事は理解していますよ」

 

雅は暗に気にしていないと首を振る。確かに無礼極まりない招待の仕方だったが、家同士の関係はともかく、雅に実害らしい実害はないので、何時までも話題に出せば嫌味にしかならない。

 

「以前にもお話した通り、私は七草先輩とは良好な関係でいられたらと思っていますから」

 

二人とも行動に家の名前が伴う以上、本人たちの気持ちはさておき、家の意向を無視できないことに変わりない。雅の言葉ですらあくまで社交辞令ではあるが、全くの嘘というわけではない。

 

「それよりも、本当によろしいのですか」

「ええ。お願い。私に力を貸してちょうだい」

 

真由美の真剣な言葉に、雅は達也をみた。

 

「―――わかりました」

 

雅の了承も得たこともあり、達也は仕方ないと言った様子で協力に同意した。

真由美も目に見えてホッとしている様子だったが、内心達也も安堵している部分がある。今回の一件は真由美が強く望んで、達也と雅が協力しているという体裁をとるために、随分とまどろっこしいやり取りではあったが、時に交渉には回り道も必要であることは理解している。

 

「それで、具体的に七草先輩は何をなさるつもりですか」

「ひとまず名倉さんが殺された現場に行きたいと思っているの。達也君たちも京都へ下見を考えているでしょう」

「ええ、次の土曜日に」

「達也君には現場への同行を頼みたいの。勿論、論文コンペの下見が優先よ」

 

達也ではなく雅に良いだろうかと真由美は目で問いかける。婚約者のいる手前、実質二人で出かけるとなると流石に真由美も体面を気にする部分はある。その程度気にしないという雅のすまし顔を盗み見つつ、達也は事務的に話を進めることにした。

 

「今のところ21日の日曜日でしたらある程度時間は取れるかと思います。時間と場所は先輩の都合に合わせます」

「ありがとう。詳しいことはメールでまた連絡します」

 

真由美はソファーに座ったまま、深く頭を下げた。達也はその後、名倉の遺留品について真由美に確認し、その日の面会は終わった。

達也も雅もここまでの話の中で名倉の死に周公瑾が関わっていた可能性は低くないと考えている。黒羽家当主の右腕を奪い、未だに黒羽家の追撃を逃れている周ならば数字落ちの名倉の敗北にも納得がいく。しかも七草家当主の命令で周を追っていたとなれば、七草家と周が裏でつながっていた可能性も否定できない。

 

いずれにせよ、達也がやることは大きく変わらない。

周が無頭竜やパラサイドール、横浜事変の黒幕として動いていたことは黒羽からの報告で聞いている。魔法師の立場を悪くする者、魔法師を狙う者、つまりそれは深雪もその対象にはいっているということだ。四葉から与えられた任務ではあるが、達也の中ではすでにこの一件はコンペまでに片づけなければならないものとして位置づけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉家本家の所在地は、十師族であっても正確にその場を知る者はごくわずかだ。おおよその位置は旧長野県と旧山梨県の辺りだと言われているが、秘密主義と言われるだけあって世界各国の諜報部門が衛星を使ってもその正確な位置は把握されていない。

実際には旧長野県のほど近く、旧山梨県にある地図にもない狭隘な盆地にある村が四葉の本拠地である。周りを取り囲む山々は深緑から秋らしく色を付けた木々が増え、秋らしい景色へと切り替わりつつある。一見のどかで一昔前の日本の原風景とも呼べるような村で、一際は立派な平屋建てが四葉家本家の邸宅である。

 

「そういえば、達也さんの方はどうかしら。真面目に働いているのよね?」

「今のところ、大きく反抗的な態度は見られませんが、黒羽家の手を掻い潜る相手とあって流石に苦戦はしているようです。また、開発中の新魔法についても特に隠し立てすることなく、慶春会の席で披露できるだろうと報告を受けています」

 

その固有の魔法から【夜の女王】と恐れられる四葉家当主であり、この四葉家邸宅の主人である四葉真夜は腹心の部下である葉山から報告を受けていた。

真夜は周公瑾の捕縛を達也に依頼したが、これはあくまで依頼の体を取った命令であることくらい、達也が理解している前提で行っている。四葉家に恭順かどうか、達也への試しの意味合いも含まれている一件でもある。

 

「詳細は聞かなかったのかしら」

 

しかし、真夜としては達也が開発している新魔法の方が気になるようだった。彼女は当主としてあちらこちらに指示をし、情報収集をする傍ら、彼女は魔法師の性能向上を最優先課題とする四葉家らしく魔法研究に多くの時間を割いていた。死の魔法師工場と悪名高い四葉の研究は常軌を逸したものから、基礎研究まで幅が広い。当主が研究に理解を示していることから、予算も大幅に割かれている部分でもある。

当然、彼女自身新しい魔法と聞いて興味があるのは事実だった。

 

「恐れながら、奥様方(・・・)の目的にはそこまで確かめる必要はないと存じましたので」

「あら、目的というほど大それたものではないのよ」

 

葉山の窘めるような口調に、真夜は僅かに肩をすくめる。一般的には俗っぽい動作だが、彼女が行えばどこか気品のある気さくな雰囲気さえ伺わせる。

 

「あの子が私の甥だからという理由ではないわ。彼を排斥することは四葉の利益にはならない」

「実の甥御様だからという理由で差し支えないかと存じますが」

「葉山さん……」

「失礼いたしました」

 

咎めるような口調に、葉山は恭しく一礼する。本来ならば謝罪ではなく、差し出口だったと口にすのが正しいようだが、真夜が拗ねたように少し赤くなっているところを見ると謝罪で間違いはないようだった。

 

 

 

真夜は葉山の言葉に荒立てることもなく、紅茶の新しいものを淹れさせながら、もう一つの懸念事項を口にした。

 

「それと、九重はなにか動きがあって?」

 

今回の一件は九重から四葉に管轄が移されたが、九重の意向は無視できない存在だった。

京都は名門と呼ばれる古式魔法の家々が揃っている。その中でも九重はその歴史の長さで追随を許さない。

代を重ねるごとに魔法師としての性能が良くなっている現代魔法師を見ればわかるように、魔法師の才能は血統に由来する部分が大きい。神の使いや巫女と崇められ、単にシンボルとしての役割ならいざ知らず、千里を見通す眼をもって、この国の中からさらに選抜きの魔法師を選び、血筋に入れてきたとなれば、その積み重ねた時間の重さはどれほどか推し量ることすら難しい。

諜報・暗躍は四葉のお家芸だが、それでも馴染みのない土地ならば九重が動いていたとしても捕まえることは至難である。僅かでもなにか動きがあるのなら、それによって多少四葉家としての動き方も左右される。

 

「今のところは静観しているようです。伝統派と少々騒ぎが起きても目を瞑るとのことでした」

「あら、随分と寛容ね」

「あちらも(しがらみ)が多いでしょうから、かえって外部の者の方が怪しまれることは少ないでしょう」

「歴史が長いと言うのも大変ね」

 

真夜は他人事のようにおっとりと首を傾げる。そもそも、九重は神職としての役割があり、裏を纏める四楓院も海外勢力の侵攻のみその姿を見せるとされている。

暗躍する鼠を狩ることは古くからしているだろうが、今回の獲物は四葉が狩ることに意味があって管轄を移してきたのだと踏んでいる。周の裏に何者がいるのか追っている最中ではあるが、これだけの事件を引き起こしてきた人物の後ろ盾となれば小物というわけにはいかないだろう。

 

「そちらの一件は達也さんの働きに期待させてもらうとして、あの準備は整っていて?」

「中々骨が折れますが、恙なく進めております」

 

葉山の中で準備と呼ばれる案件はいくつか思い浮かぶものがあるが、主語を隠してのこととなると、思い浮かぶものは一つしかなかった。

 

「そう。内外の反対は多そうだけれど、(くつがえ)すだけの理由を持ってこられる方がどれほどいるかしら」

 

真夜は葉山の良好な報告に笑みを深める。実に内緒ごとを抱えた子どものように無邪気でいて、その雰囲気から来る妖艶さがどことなく背筋を寒くする笑みだった。

 

真夜の計画を知る者は、この家に置いて葉山しかいない。

腹心の部下にしか打ち明けられない重大な決定であり、下手に動けば真夜の立場すら危うくさせかねない計画であり、リスクを承知でもそれを取るだけの見返りが得られる計画でもあることは確かだった。

 

「少なくとも七草家は反対を表明するかと思われます」

「そうね。丁度良い年頃の子どももいることですし、他の家と結託してということもあり得えないことではないわね」

 

真夜は秋らしく少し高くなった空をぼんやりと眺める。

 

その計画は単に打算だけではない。

後悔、それとかつて少女だった真夜が願ったほんの微かな夢の残り香。

奇跡に縋るほど、夢に溺れるほど、ありもしない現実を願うほど、真夜はもう子どもではない。残酷で、醜く、汚く、吐き気のするほど憎たらしい理不尽な世界に復讐するために作られた魔法がある。その存在が消え果てても、地の底に落ちようとも、彼女が世界を呪う声は止まらない。

その魔法を忌避し、恐れた者たちによって殺されかかった魔法は、何度挫けても折れないただ一縷に想いによって新たな枷を作り出した。

 

「野暮なこと」

 

それを奇跡だとは呼ばない。

まして魔法なんて言わない。

恐ろしく気の遠くなるような長い糸に絡め捕られただけなのだから。

 

 




果たしてそれは、誰が絡めた(意図)だったのだろうか。

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