恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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2話投稿です。こちらは後の方になるので、内乱編8を未読の方は先にそちらをどうぞ。

当初予定では10話程度の予定だったのに、終わりが見えてこないぞ(; ・`д・´)


古都内乱編9

達也たちと別れた幹比古、エリカ、レオ、燈の四人は新国際会議場の周辺を歩き回っていた。ただ歩きながら周囲を確認しているのではなく、幹比古が派手に探索用の式をまき散らしながらである。一見すると高校生の集まりや旅行にも見えなくはないが、警戒の糸は緩めていない。

 

会場周辺は外国人の逗留者向けのホテルが完備されているだけではなく、池や緑化公園もあり、緑豊かな里山がある。しばらくは何の反応もなかったが、コンペ会場を宝ヶ池の対岸から見ていた時、こちらを見張る気配を感じ取った。

 

「来たみたいね」

 

エリカは幹比古の隣に駆け寄り、日傘を傾け、下から覗き込むように確認した。カモフラージュのためか恋人らしい動作に、燈は一歩下がってレオの隣に立った

 

「んで、エリちゃんは、どっちと付きおうとるん?」

「「はあ?!」」

 

レオとエリカが同時に素っ頓狂な声をあげ、幹比古も危うく躓きかけた。

 

「冗談やめてよ。ミキは幼馴染で、コイツは私の弟子」

「ほうほう。三角関係か。なかなかの悪女やなあ」

 

エリカの説明に、分かっている、分かっていると言わんばかりにしたり顔で燈は頷いた。周囲に古式魔法師が迫ってきているので、誰も気を緩めてはおらず、燈の場違いな問いかけに驚かずにはいられなかった。

 

「こいつが相手だなんて、冗談キツイゼ」

「なによ。こっちこそ、あんたみたいなデリカシーのない男なんか願い下げよ」

 

レオとエリカは互いにそっぽを向きながら全面的に否定した。

 

「そんなカリカリするとハゲるで。あっ、飴ちゃんやけど食べる?」

 

燈がゴソゴソとポケットを探り、手を出した瞬間、幹比古の隣を何かが高速で通り抜けた。

それとほぼ同時に背後で何かにぶつかる音がして、そちらに視線を向けると幹比古たちから10mほど離れた木の上から人が落下していた。

その体と一緒にボーガンと簡易の破魔矢があり、幹比古達を狙っていたのが一目でわかる。

 

「ほら、奴さんのお出ましや」

 

燈はグローブを両手に手に嵌めながら、周囲を見回した。燈の行動は攻撃を仕掛けようと思った側からすれば思ってもみない先制攻撃であり、周囲の緊張が一気に高まる。

 

「はっ」

 

エリカは飛んできた鬼火を、日傘に仕込んでいた銀鞭で薙ぎ払う。

流石に観光地で木刀や模造刀が売っているとはいえ、真剣を持ち歩くことはできないため、達也がFLTの第三課に依頼して大急ぎで作ってもらった武装一体型CADである。

速さに重きを置いて慣性制御・加速術式が組み込まれており、下手に扱えば骨や筋を痛める代物であるが、エリカは難なく使いこなしていた。

 

「先手は向こうに出させるつもりだったんだけどな」

「ボーガン持っとる時点でしょっ引かれて当然。正当防衛や!」

 

愚痴のような幹比古の言葉を燈が一蹴する。

取り囲んでいる敵は分かる範囲で7人。

人数で言えば向こうが有利、地の利もこの場所で待ち構えていたことを踏まえるとあちらにある。

それでも人数差がそのまま戦力差というわけでもなかった。

レオと燈は近くの敵を片っ端から殴ったり、蹴ったりして昏倒させ、エリカも急所に容赦なく銀鞭を振るい、なぎ倒していく。前衛の三人を援護するように幹比古は影に潜んだ敵を察知し援護攻撃を仕掛ける。

古式魔法独特の幻覚も幹比古がそれを打ち破る精霊魔法を行使し、ほどなくして7人は地面に伏せることとなった。

 

「これで終わりか」

「増援の気配はないわね」

 

エリカも構えをとき、周囲に目をやる。

相手はクナイや巻物を持った忍術使い。隠遁に長けているのは四人とも知っており、警戒は緩めていない。

 

「しっかし忍者とはねえ」

 

レオは足元に転がる敵を見ながら乾いた笑みを零す。

 

「忍者やなくて忍術使いやで。本物には程遠い味噌っかすの連中やけど」

「こっちは古式魔法が盛んで、近くには伊賀や甲賀もある。鞍馬山にも忍術使いが中心となって作った古式魔法師の拠点があったはずだ。この人たちもそこの人じゃないかな」

「鞍馬も汚染されとるんかい」

 

幹比古の言葉に燈が忌々しく舌打ちをする。ニパニパと明るく気さくな燈がそのように隠しもせず顔を歪めるほど、状況はひどいのだろうかと幹比古は思案する。

 

「とりあえず、こいつらどうしよっか。警察に引き渡す?」

「いろいろ聞きたいこともあるんやけど、下手になんかして拷問だ―とか言われても面倒や」

 

燈とエリカは警察を呼ぶことに躊躇いはない。

コネがあるからというわけではなく、自分の正当性に自信があるからだ。

 

「警察か」

「僕もそれが一番だと思う」

 

レオはやや警察に苦手意識があるのか渋っている様子であるのに対し、幹比古は情報端末を取り出し、音声通話機能を起動しようとした。

しかし、すぐさまそれをポケットにねじ込み、片手で持っていた扇型の補助デバイスを広げる。

 

「敵か!」

 

幹比古は想子の塊である探索用の式神を放つ。幹比古はレオの質問に答える暇も惜しみ、眉間に皺を寄せている

 

「あそこや!」

 

燈が叫んだ先を見ると、池の中から水でできた四匹の小さな怪物が飛び出してきた。

 

「化成体か!?」

「違う。実体があるからゴーレムだ」

 

レオの声に幹比古が叫び返す。

幹比古は瞬きもせずにその四匹の怪物を凝視している。

 

軨軨(れいれい)合窳(ごうゆう)長右(ちょうゆ)、それに夫諸(ふしょ)だって?」

(やっこ)さん、大陸の道士やな」

 

牛のような体にとらのような縞を持つ軨軨(れいれい)

イノシシの体に人面を持つ合窳(ごうゆう)

四本の手を持つ手長猿の長右(ちょうゆ)

四つの角を持つ鹿の夫諸(ふしょ)

これらの怪物は大陸で洪水を起こすと言われた怪物であり、池から現れたのはそのミニチュア版だった。

それが次から次から池より飛び出てくる。一体一体は小型犬ほどの大きさだが、どんな術式を秘めているのかまだ判断できず、これだけの数となると数で押される可能性もある。

 

「ちんけな道士や。こんだけの数なら複雑な命令はきかんはずや」

 

燈は近くにいた一体を蹴り飛ばす。勿論ただの蹴りではなく、無系統の想子を纏い、ゴーレムを構成していた術式を破壊する。

 

「本当に冗談じゃないわよ」

 

エリカも銀鞭を振るい、近くにいたゴーレムを倒す。

 

「いったん引いて……えっ?」

 

退却も視野に入れて幹比古が周囲を警戒しているとゴーレムは4人に向かうのではなく、地面に伏せた7人へと向かっていった。

 

「くそったれ」

 

燈は近くにいた忍術使いの男の襟首をつかむと、大きく後ろに飛びのいた。それを追ってゴーレムも燈に群がろうとするが、幹比古が退魔の力を帯びた迦楼羅炎でそれを焼く。

ミニチュアの怪物は地面に伏せた6人にまとわりつくと、その体を生きたまま貪り始めた。

 

「口封じや」

 

燈が咄嗟に叫んだこともあって、エリカと幹比古は慌てて群がるゴーレムを薙ぎ払い始めた。異形の怪物が全て水に還ったところで、レオが硬化魔法を纏い、苦し気にうめく忍術使いに近づく

 

「うげっ」

 

レオが思わずそう呟くのも無理はなかった。

動けなかった忍術使い達は咄嗟に喉や目など急所は守ったようだが、腕や足などを齧られ、骨まで達するようなものはないが、放っておけば失血死の可能性もある。

レオは一人ひとり首元に手を当て、生死を確認する。

 

「一応全員生きてるぜ」

 

相当な激痛であるにも関わらず、ショック死した者はいない。

忍術使い達の訓練の賜物なのか、元々痛めつけて殺すための術式なのかは分からないが、いずれにせよ見ていて気分の良いものではない。

 

「おかしい」

 

エリカは銀鞭を構えたまま、呟く。

 

「どうして水が地面に染み込まないの」

 

ゴーレムが制御を失ってただの媒体の水になれば、普通の水と変わらない。それがなぜか地面に血と混じったまま浮いている。

 

「うおっ」

 

レオが叫び声と共に4mほど飛び退いた。予備動作も術式もなく恐ろしいジャンプ力だが、今はそれを議論する場合ではない。

血の混じった水は勢いよく池に戻っていく。

 

「敵の魔法だ」

 

幹比古の声にエリカもレオも戦闘態勢を取る。

池の水が魔法で渦を巻き、そのスピードが徐々に速くなっていく。

そして轟轟と音を立てて渦の中心から浮かび上がったのは、泥水でできた異形の大蛇だった。

 

相柳(そうりゅう)……」

 

呆然と幹比古がその巨大な蛇を見上げる。相柳は四凶と恐れられる混沌の部下にして、九つの人顔を持つ巨大な蛇だ。

 

「千客万来やな」

 

苦々しく燈が吐き捨てる。

 

「避けて!」

 

九つの人顔が口を開いたのを見て、幹比古は叫ぶのと同時に風の障壁を展開する。

相柳の九つの口から細い濁流が放たれる。4人はそれぞれに直撃を避け、地面からの跳ね返りは幹比古が展開した風の障壁が遮断する。

だが、地面に伏せた忍術使い達はそうもいかない。

ミニチュアの怪物に齧られた時以上の呻き声が忍術使い達から上がる。人体にかかった混濁した水は、そこから泡を出して忍術使い達の体を溶かしていく。

 

「酸?!」

「いや、腐食の術式だ」

 

エリカの言葉を幹比古は否定する。

 

「気を付けて!酸と違ってあの水が掛かった以外の部分も溶かされている」

 

溶けた傷が広がっていく様子を見れば、幹比古の言葉は疑いようもない。

 

「吉田の坊ちゃん。こんだけデカイ術式なら術者も近いな」

「ああ。だが、正確な位置がつかめない」

 

林の中から漏れ出した術式の気配からおおよその場所は掴んでいる。しかし放った探索用の式から応答はないため、よほどの手練れか相手が鬼門遁甲のような隠遁の術を使っている可能性も高い。

伝説上の怪物の名前の通り、その攻撃の威力は驚異的でエリカとレオの身体能力を以っても避けるのが精一杯。幹比古も障壁を張るので精一杯で、とても新たな式を打てるほどの余裕はない。

 

「ウチが術者叩くから、その間持ちこたえられるか」

「あまり長くは持たない」

 

苦し気に幹比古は答える。

 

「2、3分もあれば十分や。撤退するなら、このオッサンも連れてってや」

 

燈の言葉にエリカとレオは拒否感を示す。燈が庇っていた忍術使いは気を失った成人男性だ。運ぶのはおそらくレオの役割になるだろうが、敵をわざわざ助ける義理はない。

それに意識を取り戻したときにこちらが攻撃されない保証もなく、意識がない人間はそれだけで大きな足かせとなる。

 

「魔法で軽くして運べば大した重さやないで。証言者は必要や」

 

燈はポケットからハンカチサイズの布を広げると、それを自らの手首に巻く。

 

「んで、3分いけるか?」

「分かった。ただ彼のことは期待しないでくれ」

 

幹比古が相柳を見ながら、頷く。

撤退しようにもこの状況であればそれすらも難しい。

そんな状況下で自分達の安全すら危ういのに、足手まといの保証まではできなかった。

 

「無理すんじゃねーぞ」

「当たり前や」

 

レオが声を掛けるのと同時に燈は自己加速術式を使い、幹比古が張った風の障壁から抜ける。

囮のように飛び出した燈に相柳があの濁水を浴びせるかと思いきや、相柳は全く感知していない。三人ともその様子に驚くが、恐らくあの手首に巻かれた布が隠遁の術を補助する役割を担っているのだと幹比古は理解した。

一瞬で燈の姿はその場から見えなくなり、林の中へ消えていった。

 

「ああは言ったけど、3分で片付くのか」

「彼女、九重さんの親戚だよ」

 

先ほどの燈の戦い方は、どちらかと言えば現代魔法を駆使したスタイルであり、近接戦闘がメインだった。

しかし、九校戦でみせたような詠唱や靴に仕込んだ刻印術式など、決して古式魔法が苦手というわけでもない。雅の親戚ならば人並み以上に古式魔法に対する知識も対策もあるはずだ。

 

しかし、幹比古にもこの場を乗り越える考えがないわけではない。

伝承をかたどった傀儡(ゴーレム)は、その伝承によって力を増している。

相柳も邪神とはいえ、水の眷属。

その上位固体であり、水の最上位神霊である「竜神」にアクセスして行使する術式ならば倒せる可能性はある。

可能性があっても発動に至らないには理由があった。この術は幹比古が力を失うと錯覚するほどのスランプに陥った術式である。

 

(今の僕にできるのか……)

 

幹比古は自問する。

かつて以上の実力を手にできたと言う自覚はある。

それでも神霊を御せるかと言われれば、躊躇いは消えない。

燈が術者を倒してくると言ったが、3分以上かかる可能性もあり、それまでに自分たちがこの場から安全に逃げられる保証もない。

 

 

 

幹比古は決断に悩んでいたが、結局その決断を下す必要はなくなった。

突如相柳の中心、九つの顔の真ん中に位置する顔の奥に強烈な想子光が生じた。

弾道を描いて照射されるのではなく、情報体の次元に座標が定義されることで突如そこに発生する想子情報体。

そして九頭人面蛇身の巨体は爆発した。

怪物を模した傀儡式鬼を作ると言う結果が壊されたことで、傀儡形成の魔法も崩壊し、飛び散った水飛沫はただの水となり、池に落ちていく。

忍術使い達を蝕んでいた腐食の術式も止まった。

 

「大丈夫か」

 

三人とも何が起こったのか問う必要はなかった。

ダークレッドのブルゾンに黒いスキニーパンツ、黒いブーツ、赤と黒を基調とした拳銃形態の特化型CADを持つ同世代の少年。初対面でも彼らはその人物の名前を知っていた。

 

「一条将輝」

 

レオがその名前を呟いた。

颯爽とした佇まいの少年。十師族一条家の長男、一条将輝がそこに立っていた。

 

「ん?お前たち、一高の」

 

将輝は1年生の時のモノリスコードで対戦した幹比古とレオの顔を覚えていた。正確には対戦したから覚えたのではなく、戦略的な考察のために何度も試合映像を見たため嫌でも覚えていると言った方が正しい。

 

「吉田幹比古だ。一条君、助太刀、ありがとう」

「いや、どういたしまして。十師族としてあんな悪質な魔法が市内で使われているのを見過ごすわけにはいかないからな。気にする必要はない」

「それでも助かったよ。結構危ないところだったからね」

「あの観察しとったのは一条の坊ちゃんやったんか」

「うわっ」

 

一条は背後からした声に咄嗟にCADを向ける。

幹比古も突如現れた燈にギョッとした。

 

「エリちゃん、無事か」

「大丈夫よ」

 

燈が音もなく戻ってきていた。さほどまだ離れていなかったのか、それとも加速の術式で移動したのかは分からないが、彼女の方も何かあって戻ってきたのだろう。いくら燈が小柄で一条の背後にいれば隠れる背丈とはいえ、至近距離で気配がしなかったのは、手首に巻いた布の術式が影響していた。

 

「香々地か。脅かすな」

 

将輝はすぐさまCADを下ろす。

 

「すまんな。んで、どないする?とりあえず術使っとったやつは死んどるけど、確認行くか?」

「殺したのか?」

「殺したんと違うで。血を供物にしよったから、死んだんや」

 

燈の言葉に幹比古はやはりそうかと顔をやや落とし、残りの三人は訳が分からず首を傾げる。

 

「血を供物に、水を材料に作った傀儡術式だからだね。傀儡の操作術式は古式魔法の一種だけれど、魔法発動後も術式の本体と術者の精神とはつながり続けている」

「魔法が発動したら『情報』の逆流が起きないように、魔法式を魔法師から切り離す現代魔法とは違うんだな」

 

幹比古の補足説明に一条は興味深そうにうなずく。

 

「とりあえず、見に行ってみよか。プリンスはどうする?」

「プリンスはやめろと以前にも言っただろう」

 

一条は鳥頭かと一瞬暴言を吐きそうになったのをグッとこらえた。

 

「居場所は分かっているのか」

「一条君も来るかい?」

 

幹比古の問いかけに、一条は静かに頷いた。

 

 

 

 

秋になり、雑草も夏ほど繁殖力もなく、下草がまばらとなった斜面を幹比古達は歩いていく。

唯一無事だった男はまだ気絶していたため武装解除をしたうえで手足を縛り、猿轡を噛ませ、更に木に括り付け、幹比古が式神で見張りをつけさせた。万が一逃走しようにも、幹比古が式神を通じて雷撃を打ち込み気絶させることもできるし、たとえ逃走しても顔が分かっているため、警察に捕まえられるのは時間の問題だ。

 

幹比古の予想通りそれほどの距離もなく、汗をかかない内に方術士の元へと到着した。

 

「………分かっていたけど、気持ちのいいものじゃないね」

 

方術士はうつぶせに倒れていた。

 

「自業自得や。悼みはしても、後悔する必要はあらへん」

 

暗い顔をしている幹比古と対照的に、燈の顔はまだ怒りの方が滲み出ている。

 

「死んでいるのか」

「脈はないな」

 

将輝のつぶやきに、白髪頭の方術士の隣に膝を付き、首筋を確認したレオが神妙に答えた。死体を前にしてニコニコしているほどレオは空気が読めないわけでもなく、淡々と事実を告げた。

その顔を確認すべく、体を反転させたところで、彼の動きは止まった。

誰もが息を呑み、数々の死線を超えたエリカでさえ悲鳴を噛み殺した。

それほどまでに壮絶な死に顔だった。

 

「……吉田、確認なんだがこいつは俺があの術を壊したから死んだのか」

 

幹比古の傀儡の説明から一条はその考えに行きついていた。

一条は自分の選択が間違いだったとは思っていない。

そして人を殺したのも今回が初めてではない。

あのタイミングで「爆裂」を使ったことは正しい判断だったと言えるが、その判断すら今となっては迷いを生ませるほどその死に顔は壮絶だった。

 

「あの種類の魔法は術が巨大になればなるほどその反動も大きくなる。それを理解していない術者はまずいない。香々地さんの言う通り、自業自得だよ」

 

幹比古は小さく首を振った。

燈が敵を殺さずに術を止めさせることが、間にあう可能性もなかったわけではない。それでも時間が掛かればかかるほど、幹比古達の安全は危ぶまれた。結果的に見れば無傷だったが、決して楽な戦いというわけではなかったのだ。

 

「……すまん、吉田。気を遣わせたな」

「いいよ。助けられたのは僕らだ。合わせて警察への説明も僕らがしておくよ」

「いや。俺も付き合う。えっと、それからそっちの彼女…」

「千葉エリカよ。私に気を使う必要はないわ。こういうのは慣れているから」

 

エリカの言葉に一条は目を見張って硬直する。【剣の魔法師】の二つ名を持つ千葉家の名前は彼も耳にしたことがあるようだ。

 

「千葉って千葉家の」

一高二年(・・・・)の千葉エリカよ」

 

そして今度はエリカの突っ慳貪(つっけんどん)な態度に目を白黒させた。家族を除けば一条は同世代の女子からこのようなぞんざいな扱いを受けることは早々ない。例外と言えば、未だになにかにいら立っている香々地ぐらいなものだろう。

 

「失礼した。三校二年の一条将輝だ」

「ご丁寧にどうも。西城レオンハルトだ。よろしく」

 

暗い雰囲気を吹き飛ばすように、殊更明るい口調でレオも自己紹介をした。

 

「てか、プリンスも視察か」

「ああ。万が一、来週のコンペで昨年のようなことがあったら困るからな」

「ふーん。ツレはおるんか」

「いや、一人だ。だから時間の都合はつく」

「まあ、一先ずポリさんへ連絡やな」

 

燈が端末を取り出すよりも早く、エリカが既に警察へと連絡を繋いでいた。

 

「エリちゃんが連絡してはるみたいやからそれは一旦置いといて、一条の(ボン)。土曜日ってことは学校に届けは出しとるやろうけど、二高にはなんも連絡しとらんよな?」

 

燈は端末をポケットにしまいながら確認した。一高他各校で事前に下見がしたいと名乗りを上げた高校は今日までのところで済ませている。

生徒が来るのではなく、宿泊先のチェック等を兼ねて事務方の職員が出てきている学校もあれば、二高との交流を兼ねて生徒が来ている学校もあった。だが、一条の今回の視察について燈は耳に挟んでいない。

 

「あ、ああ。今回の一件は私的に休みを取っているから俺は公休というわけじゃないな」

「はあ!?」

 

燈の怒気を含んだ反応に、一条だけではなく、当事者ではないレオや幹比古も体を固くする。エリカも担当刑事と話しながらだが、何事かと目を向けている。

 

「プリンス、今すぐ学校に連絡せぇ。この後警察行くなら学校にも連絡行って休みの裏付け取られるで」

 

一高と二高からの視察は公休扱いになっており、なにかしら大きな問題があれば生徒から学校へ連絡をするし、関係先から学校に連絡がいく。

だが、一条はあくまで今回は私的な休みであり、学校は一条が京都に下見に来ていることを把握はしていても、学校として許可を出してはいない。

 

「証言者と路上カメラでこっちの過剰防衛にはならんやろうけど、ただでさえこっちの人らはポリさんも軍も魔法師は古式魔法師寄りで、現代魔法師には風当たりきついんやで。そんなとこやのに学校無許可で休んで問題に首突っ込んだって自分大馬鹿もんやな」

 

燈が忌々し気に吐き捨てながら再度携帯端末を取り出した。

 

「助けてもろうたことには感謝しとるで。でもそれとこれとは別の話や。一条のボンボンが正当防衛だろうと警察沙汰の問題起こして学校無断欠席したってなると、三高はコンペの参加はできても応援に来るなって話になるで」

「そんなに飛躍するか」

 

一条も燈の暴言にかなり苛立ちはするが、コンペの応援禁止などと言われれば聞かないわけにはいかなかった。

 

「別に理由なんて向こうさんにはなんでもいいんや。要するに責任の所在と建前の問題。自分でっかい看板背負っとるんなら、下と裏はしっかり固めんとあかんやろ。ド阿呆」

 

燈は一条の根回しの甘さに嫌気を覚えながら、端末で雅と光宣に必要最低限の内容を記してメールを送る。

通話にしなかったのは、向こうがどのように動いているのか把握できていないためであり、必要以上の心配は不要と伝えるためでもあった。

エリカが通報を終えて、端末を切ったのを確認して燈は切り出す。

 

「警察さん来はる前に、何人かはさっきん所に戻ろか」

 

警察を待つ間にも、二高に連絡を入れたり、実家に連絡を入れたりと連絡をしなければいけない先はいくつかある。

証言者が動いた形跡はないと幹比古がなにもしていないところを見ると伺えるが、あの状況を野ざらしにしておくのは気が引けた。

忍術使いたちが結界を張ってあってこの周囲には人除けがしてあり、戦闘は周りにはそう気づかれていなかっただろうが、術者が倒れた今、結界もなくなっているため通行人が死体を見つけて騒ぎ出さないとも限らない。

燈はこれからの長引くであろう事情聴取を考えると、疲労が倍にもなったような気分だった。

 

 

 

 




一条君がけちょんけちょんに言われて申し訳ない(´・ω・`)
だが、高校生らしいと言えばそうなんだだが、一条家として看板を背負うにはまだ自覚のない甘ちゃんだと思うんだ。
………七宝ほどじゃないけどな。

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