恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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(*゚∀゚)

っていう顔文字が好きです


入学式編8

私と達也は正式に風紀委員として任命された。

深雪はそのことをとても誇らしく思っており、自分が生徒会役員に選ばれたこと以上に嬉しそうにしていた。

生徒会室と風紀委員の部屋は近いため、達也も無理やり自分を納得させていた。最も、生徒会室でなにか命に関わるようなことが起きるなんて考えたくもない事態だ。

 

なお弁当の一件は生徒会室で食べてはどうかという提案をもらった。

渡辺先輩も生徒会室で会長たちとよくお昼を一緒にしているようで、その言葉に甘えさせてもらうことにした。

 

深雪は今朝からさっそくお弁当作りに励んでいた。

私と達也は伯父の下で修業をしていたため、中身はお楽しみとなっている。

 

今日から一緒にとは思ったが、それは叶わなかった。

昼休みの時間に、私は部活動の関係で祈子さんに部室へと案内してもらっている。

少し早いが今日から始まる部活動の勧誘期間なので、顔合わせをしておきたいそうだ。

 

祈子さんの持つカードキーで図書館の特別エリアへと入る。

くぐった扉も防弾仕様であり、一目でセキュリティは厳重だった。

 

FLTでも使用されている最新型の特別キーに加え、静脈認証と監視カメラもセットされている。一般生徒立ち入り禁止のそこに部室があるそうだ。監視カメラも見えるところ、見えないところに設置されている。

 

「こんなところに部室があるのですか」

 

もしかしたら、生徒会室よりセキュリティは上ではないだろうか。

 

「機密資料が多いからね。書籍の管理上、特別エリアに部室があるんだ。ただこのエリアには入れても、その先入れるのは部室だけだよ。他の部屋は間違って入ろうとすると警報が鳴るから注意してね」

「わかりました」

 

さすがは特別エリアというだけあって、廊下にもすでに霊子が多く漂っている。最も濃度が高いのはこの廊下の先のようだ。

 

 

 

今度は更にアナログ式の大きなカギを取り出し、鍵穴に差し込んだ。

先ほどの電子キーに比べると一見、セキュリティの脆弱性は上がるように見えるが、これは鍵と鍵穴に刻印魔法が刻まれた物だった。使用者が鍵にサイオンを流し込み、扉の刻印と一致させなければ開かない仕組みとなっているようだ。これなら単純にピッキングを仕掛けたとしても破られないだろう。

 

重厚な扉を開けると、色とりどりの霊子が溢れだしてきた。光の洪水の先には少しクラシックな雰囲気の部室があった。

 

「待たせたかな?」

「いや、鎧塚がまだだ」

「そうかい。では、ようこそ図書・古典部へ。さっそくだけど、ご飯を食べながら先に始めようか」

 

 

古めかしい木製の扉の先にはすでに4人の先輩方がいらっしゃった。

今日は集まれるメンバーだけ集まったそうだ。

 

教室と同じほどの広さの部室の中はよく整理整頓がされていた。壁には図書館のような文献の閲覧端末があったり、今時では珍しい紙の魔法書も並んでいる。祈子さんによると歴代の研究や学術雑誌もデータ化されており、バックナンバーは備え付けの端末に入れてあるそうだ。

 

また驚かされたのが特別閲覧室用の閲覧端末が設置されていることだった。確かこれは学校側に使用申請を行わないと閲覧ができないはずだ。

しかし、この部活では部活動の時間に限り閲覧を許可されているそうだ。

部活動予算は聞いていないが、どれだけ優遇されているのだろうかと疑問に思った。

 

流石に配膳機はないが、部屋の中央には生徒会室同様、一枚板を使った木製の机が鎮座していた。

普段はこうして昼間に集ることもないそうで、食べ物を広げる時は端末および書籍は全て片づけなければならない規則らしい。

各自、お弁当や購買で購入したであろうお昼を机に広げ、早速自己紹介となった。

 

 

「3-B、副部長の渡良瀬 春一(わたらせ はるいち)だ。研究主題は主に仏経典だ」

 

3年生にしては渋い声の渡良瀬先輩。ご実家がお寺で九重寺のことも伯父のことも知っているそうだ。彼の実家の寺の格式も歴史も古く、家で所蔵されている仏経典の解析が主題らしい。

 

「2-Cのマリアナ・ハーフフォルトです。マリーと呼んでください。

主に西洋魔法の魔導書の研究をしています」

 

両親がドイツ人のマリーさん。祖父の代で帰化して日本人になったそうだ。金髪と鳶色の瞳が印象的な方だ。一高の制服は彼女のスタイルの良さを引き立たせていた。

 

他にも平安文学を原典で読みたいと希望してきた3年の紀野先輩。

それから、文芸を担当している2年の夏目先輩に自己紹介を受けた。

 

「1-Aの九重雅です。よろしくお願いします」

「よろしくね!小説を書きに来たの?それとも研究したいテーマはあるの?」

「日本の古式魔法の現代魔法への応用や古式魔法の解析には興味があります」

 

そういうと、夏目先輩には少しがっかりされた。

文芸部門は万年人不足で、締め切り前はいつも修羅場だと言われた。古典図書解析部門も協力して作品提出前には査読会を行うそうで、特に顧問の古典担当教諭と行橋先輩は容赦なく指導するらしい。

 

 

「ああ、雅ちゃん。そう言えば、風紀委員に任命されたそうだね。おめでとう。はい、就任祝い」

 

思い出したように祈子さんは私の方に、小さなプリンを置いた。

 

「あら、風紀委員ですか。すごいですね」

 

マリー先輩はおっとりとした様子で拍手をした。

しかし、他の部員の方は意外そうな顔をしていた。朝、ほのかや雫に話した時にも同じような反応が返ってきていたので、別段不思議でもない。

 

風紀委員は魔法を使用した校則違反者の取り締まりを行う。

つまり、それだけ魔法に対する実戦能力が求められている委員会でもある。

歴代の委員もほぼ男子で構成されており、渡辺先輩も入れて二人も女子がいることは珍しいそうだ。

 

 

「仕組まれたのは気のせいですか?」

「私は将来性のある新人を見せただけだよ。決めたのは十文字君だ」

 

しれっと言い放つ祈子さんに、若干の頭痛を感じた。

 

「世話にならないようにしないといけないな」

 

そう渡良瀬先輩は祈子さんを見ながら言い、祈子さんは心外だとばかりに肩をすくめた。

 

「事前通知してあるとはいえ、今年の馬鹿騒ぎは派手になるよ」

「何をする予定なのですか?」

 

待っていました、とばかりの様子で祈子さんは一冊の本を取り出した。

ハードカバーのそれは見るからに古く、霊子もそれに集まっていた。詳しくは分からないが、どうやら西洋系の魔導書のようだ。

 

「今回はマリーちゃんと私で実践的な古式魔導書の使い方についての実演だよ」

「実践的?」

「テーマは魔導書を使用した西洋古式魔法の実際だよ。魔導書自体は15世紀ごろのものだね。いわゆる、魔女の決闘の再現と言うわけだ」

 

話を聞けば、“本物の”魔導書を使い法機として魔法を発動する。研究の題材となったのは西洋の魔女の日記とその魔女が記した魔導書らしい。魔導書の解析はすでに終了しており、新歓と研究発表を兼ねて記載されていた魔法式を今日実演してみせるそうだ。

 

「この魔導書は図書部で保有しているのですか?」

「そうそう。図書館って言っても昔みたいに紙の書籍が並んでいるんじゃなくて、どっちかって言うとデータベースの利用スペースがあるだけだろう。魔法科高校らしく紙の書籍も魔導書の写しもあるけれど、あまり利用されていないのが実情。そんな宝の持ち腐れをなくすために、この部屋の下で魔導書の保管と所蔵を行っているんだ。先輩たちが翻訳したものが実際に機密資料として保存されるくらい、良い物は揃っているよ」

 

 

生徒会室と同様、書庫とこの部屋が内部でつながっており、書庫には大量の魔導書が眠っているらしい。

部屋には何十にも結界が施され、侵入者除けもあるそうだ。確かに、まだ書庫に入っていないにもかかわらず霊子濃度が学園の中でも高いのはそのせいだろう。

 

「凄いとは聞いていましたが、予想以上ですね」

「君の本家には及ばないと思うけどね」

 

にんまりと祈子さんは笑った。その意味がどのような意味なのか。

曖昧な言葉だ。取りようによってはどうとも取れる。

 

「少し古いだけですよ」

「君の古いという基準は世間一般で言えば歴史上のことだということを忘れていないかい?」

「九重さんのお家って凄いんですか?」

 

マリーさんが首を傾げた。

 

 

どう返答するか少し思案すると、ドアがノックされた。

 

「ちーす。遅れました」

「遅かったな」

「すんません。実習が長引いたんで」

 

入ってきたのは短髪の男の先輩だった。背は平均的だが、立ち姿は芯がしっかりしているのが印象的だ。

 

「ん?ああ、お前が哀れなる魔女の犠牲者か」

 

私の方を見て、彼は少し同情の目を向けた。

 

「鎧塚君、その言い方はないんじゃないかい?あと自己紹介がまだだろう?」

「あ、悪い悪い。2-Bの鎧塚剣太郎。剣術部と掛け持ちで滅多に来ないが、よろしくな。専攻分野は古典軍記物と古典戦術。それから、古式魔法による歴史解釈だ」

「戦争オタクですよ」

 

夏目先輩が嫌そうに言った

 

「馬鹿言え。歴史ロマンだ」

 

鎧塚先輩は熱く言った。

確かに室町以降の武家文化には長年根強いファンがいる。群雄割拠の戦国時代に江戸から明治の幕末志士たち。男性として惹かれるものが多いのだろう。

 

 

「1年A組の九重雅です。こちらこそ、よろしくお願いします」

「おう、よろしく」

「ちなみに、去年の夏に実験した八艘飛びの実験計画は彼の発案だ」

「あの、瀬戸内海に本当に船を浮かべて行ったという実験ですか?」

 

部活案内から過去の研究をいくつかみさせてもらった。昨年の研究では源義経が瀬戸内に浮かべた舟を八艘、次々飛び移っていったという伝説の再現を行ったそうだ。

 

「そうそう。CADの無い時代にどうやって義経が跳躍を行ったのか。刻印術式と詠唱による再現だね」

 

 

私も軽く流し読みした程度だが、重い甲冑をつけて当時の船も再現して実験を行ったそうだ。術式自体は元々CADを使えば容易なことだが、歴史解釈に魔法という要素が加わる可能性が実証されたとして話題となっていた。

 

「ちなみに、この部活は魔法イグノーベル賞も実績としても名高いんだ」

「イグノーベル賞って人を笑わせて、考えさせる研究に与えられる称号ですよね?」

「そうだよ。古典の歴史解釈なんてその筆頭だね。あと、バナナの皮を踏むとなぜ滑り、それを阻止するための起動式と魔法式の提唱なんて面白いだろう。これは5年前の先輩の研究だったかな」

 

確かバナナの皮がなぜ滑るのかということは90年ほど前に科学的に解析されていたはずだ。

バナナの皮が地面にあること自体、この現代日本においてはまずありえない現象ではある。日本文化はなぜかバナナの皮を踏むと滑るという定番ネタがあるが、なぜそれを防ぐ術式など検証しようと思ったのだろうか。

 

「何の役に立つんですか?」

「設置型魔法による摩擦力の増強に使われる術式になったよ」

「あれは驚きだったわ」

「検証した本人が一番驚いていたよね」

 

魔法とは、本当に使い方次第らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になり、風紀委員が一同部屋に集まっていた。

 

「今日からまたバカ騒ぎが始まる。幸い今年は去年卒業分の補充が間に合った。紹介しよう」

 

渡辺先輩から指示を受け、この場にいる1年生3人は立ち上がった。

 

「1-Aの森崎駿と九重雅、1-Eの司波達也だ」

 

「使えるのですか」

 

 

懐疑的な視線が私たちに注がれる。沢木先輩と辰巳先輩はそうでもないが、この場で初めて紹介された人にとっては二科生と女子という新人は実力に不安もあるのだろう。

 

「3人とも実力は保証しよう。九重と司波の実力はこの目で見ているし、森崎のデバイス操作もなかなかだった。最も、不安ならばお前が指導するか?」

「遠慮しておきます。足手まといにならなければそれでいい」

 

 

この場で昨日の服部先輩のような糾弾はなく、渡辺先輩は説明を続けた。

 

森崎君はまさか達也が風紀委員になっていたことを知らなったようで、先輩達の前で声を荒らげることはなかったが、相当怒り心頭の様子だ。

先日の一件もあり、彼は達也を敵視しているが彼こそ足手まといにならなければいい。

 

2、3年生は先に見回りに向かい、1年生は備品と警備上の諸注意と記録媒体を渡された。

 

見回りで喧嘩や魔法の違法使用があった場合、録画記録をする。

ただし、これは保険であり風紀委員の証言はそのまま証拠となるそうだ。

風紀委員はCADの携帯は許可されているが、その分風紀委員が違反を犯した場合は処罰も大きいと釘を刺された。

 

森崎君は第一小体育館、達也は第二小体育館、私は第三小体育館を担当することになった。

エリアでいえば、第一は屋外の運動部、第二は室内の運動部、第三は文化部が主な担当だ。

私が荒事の一番少ない第三に振られたのは、先輩方の配慮があってのことだろう。

 

「質問してもよろしいですか」

「許可する」

「CADは部室の備品を使用してもよろしいですか?」

 

備品のCADとは風紀委員本部でつい先日まで埃をかぶっていたものだ。

達也が整備を行い、いつでも使えるように調整されている

あれは旧式だが、達也曰くエキスパート仕様の高級品だそうだ。

非接触型スイッチの感度がよく、どうやら卒業された先輩の中にマニアがいたのだろう。

 

達也はそのCADを“二つ“借りた。

私はその意図が読めたが、渡辺先輩は期待を深め、森崎君はさらに憤慨している様子だった。

 

CADは複数を同時に使用できるが、不可能ではないと言うだけで、

それは極めて精密なサイオンコントロールが求められる。

そんなことを実技で劣る二科生ができるわけがないと彼は思っているのだろう。使いこなせるわけがないと言い捨て、彼は私たちに背を向けて歩いて行った。

 

 

「見識の狭い方ですね」

 

「そう思う方が普通だろう」

 

 

達也は淡々とそう答えた。

強さを気取られないこと。それは時に強力な武器になる。

しかし、正当に彼が評価されないことは私も心苦しい。

 

「達也がつまらない評価を受けるのは、私も深雪も口惜しいのよ」

 

「そう思ってもらえるだけで、俺は幸せ者だな。雅の家も最初から掛け値なしに俺を信頼してくれて、俺は恵まれているよ」

 

「大切な人ですから」

 

家に決められた相手だなんて言わない。私が全てを捧げてもいいと思えた人。そんな人に巡り合えたことは私こそ、恵まれていると言える。たとえ、進む道が修羅だろうと茨だろうと毒蛇だろうと、歩んでいける。

 

「俺もだよ」

 

その言葉だけで私は私の思いが報われた気がするのだ。たとえ、彼の言葉が仮初だったとしても、それに私はひとたび夢を見て、笑うのだ。

 

 

 

 

 

 

達也とは途中で分かれ、担当区間へと向かう。

勧誘用に外にテントが用意されていて、各部新入生を捕まえては勧誘している。時には部員同士の衝突や、新入生の取り合いも行われる。成績優秀者はそれだけ部の成績に直結する可能性が高く、一種の祭りのような騒ぎとなっている。

 

そんな喧騒が苦手な人や、もともと文化系の部活は比較的穏やかに新歓が行われている。

私の担当区間では今のところ問題はなく、時計を確認するとそろそろ図書・古典部の研究発表の時間だ。

いったん外に出て、地図を確認して目的の場所に向かう。

実施者本人が派手と言っていた通り、室外で実演を行うそうだ。

 

実験エリアに向かうにつれて、人も多く集まっていた。

 

「よ、九重」

「辰巳先輩も見にいらしていたのですね」

 

新入生だけではなく、在校生やスーツを着た外部の関係者も見られた。どうやら大学や他の研究機関からも見学に来ているそうだ。そのためこの一帯だけ、警備員も別途配置されている。

 

「まあ、あの魔女のことだ。どうせ奇抜でド派手で、面白いことをするだろう」

「本人も派手になると言っていましたよ」

「知り合いか?」

「ええ。入部予定でもあります」

 

そう言うと、辰巳先輩は顔をひきつらせた。

 

「九重、今からでも遅くない。確かに古典部はすごいが、考え直した方がいいんじゃないか?」

「みなさん、そう仰いますよね」

 

 

ここまで言われるとため息が出そうになる。そこまで図書・古典部が忌避される理由があるのだろうか。

新歓を兼ねているとはいえ、これほどまで観客を集めている。

研究結果もあげているし、それほど風当たりが強い理由がわからない

 

 

「姐さんにも会頭にも認められる腕なら、他の部活からも引く手数多だろう。魔法競技系しかり、武道系しかり。それをなんで態々古典部なんだ?」

 

「確かに、風紀委員の末席を汚させていただいていますが、個人的には得意なことと興味のあることが別であってもいいとは思います」

「得意なことと興味のあること?」

「料理が上手で、趣味だとしても全員が料理人にはなりませんよね」

「ああ。仕事と趣味は直結しないってやつか」

「そうとも言えますね」

 

 

肩をすくめ、勿体ないなと辰巳先輩は言った。武道系の部活は最初から入るつもりはなかった。

私が手ほどきを受けているのは武術と演舞。片方は神事のための舞だが、もう一方は人を傷つけるための技術だ。人に見せられるようなものではない。

それに、古典部に入れば家にある古書の解析もより進むだろうし、新たな技術も取り入れることができるかもしれないと期待している。

 

 

「俺は近くで警備しておく。九重は入口付近を頼んだ」

 

「分かりました」

 

 

警備のことで二つ、三つ確認をして辰巳先輩と持ち場に分かれ、私は記録端末のスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

私はお昼休みにあった、打ち合わせを思い出した。

 

和やかな自己紹介から一転、古典・図書部の部室は張りつめた雰囲気となっていた。

 

「産業スパイですか」

 

「ああ、高校生だからって、易いだろうと舐められているんだろうね。使われる文献やデータは貴重なものが多いからね。論文コンペよりはマシだろうけど、国内外から狙われてもおかしくはない。特に新歓の喧騒に紛れ込んで、泥棒猫には警戒が必要だね」

 

「それで私、というわけですか」

 

「よくわかっているじゃないか」

 

 

要するに警備名目でスパイを潰せと言われているのだ。だから私を風紀委員に推薦したのか。

入学早々、一杯食わされたものだ。だが、私も産業スパイが手引きするのは頂けない。

それは私たちの平穏な学生生活の障害となり得る。

 

「邪魔する奴には容赦しなくていいけど、発表のことも配慮してくれると助かるね」

 

特にマリーさんはこの研究にかける思いも深く、魔導書の研究は中学生のころから行ってきたそうだ。他の部員も自分たちの研究成果を汚されることを是としていない。

なにより、今後達也が活躍するかもしれないこの場でそのような憂いを残すわけにはいかない。

 

「風紀委員会もこのことを知っているのですか?」

 

「渡辺と十文字君には伝えているよ。

こちらとしても、鎧塚君を中心に警戒はしておくけど保険は多いに越したことはないだろう」

 

古典部に加え、風紀委員も対応に当たるということだ。

もしかしたらこちらも実戦ということになり得るが、さっそく調整した特化型の出番とならなければいいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

会場に設置された巨大ディスプレイによって、研究目的と研究結果が発表されていく。

近年、魔法という要素を加えた歴史解釈や伝説の解析は盛んに行われており、今回もその一環だそうだ。

 

古典部所蔵の魔女の日記をもとに、イギリスで伝説となっている黒い丘の魔女戦争を再現が始まろうとしていた。

 

CADを使用しない魔法に興味を持つ在校生。

 

お手並み拝見と期待を込めた来賓。

 

良からぬことを企む招かれざる者。

 

それぞれの視線を一身に集め、西洋魔法の実演は始まった。

 

 

 

サッカーコートほどのグラウンドで、マリーさんと祈子さんは互いに魔導書を持って対面していた。

 

実演するのは西洋の古式魔法であり、CADは使用しない。

 

古式魔法と言っても、流派や時代によって一括りにはできない。

精霊魔法に化生体の生成、陰陽道に通ずるものに始まり、魔法薬草学や魔法言語学、魔法幾何学などは古式魔法から派生したものが多い。

 

今回は精霊を使役し、事象を改変する魔法の一種だった。

予め、仕掛けられた魔方陣と焚かれたハーブによって精霊が喚起されている。

 

精霊への干渉はサイオンに頼りっきりだが、術式は攻撃性に富み、詠唱によってその威力は格段に上がっていた。

二人の立つ地面には複雑な魔法陣があり、詠唱も加わって魔法の発動を補助していた。

 

起動式は魔導書に記録されており、それを詠唱によって呼び出す。

CADに記述されるような数字とアルファベットで定義される式よりも起動式の長さは短く、速度は劣るものの事象の改変は起きていた。

 

宣言通り、派手な魔法だった。

炎で作り出したドラゴンの対決に、鎌鼬の応戦。地面に干渉し、高い壁を作り上げての防御。

 

これでパターン化された戦いだから凄い。

二人ともかなりの実力者だが、CADもなしにこれほどの魔法が使える人が実家の関係者以外にもいるとは私も驚きだった。

 

呆気にとられる観客に必死に解析用のコンソールをたたく来賓の方々。

当の二人は消耗しているが、楽しそうだ。

 

 

だがそこに、余分な悪意を感じた。喚起されている精霊たちが私に敵の存在を知らせる。

会場を見回るふりをして、静かにターゲットの背後に近づいた。

 

「風紀委員です。御同行ください」

「なんのことかな。私は今回招待された学者なのだが」

 

私は正面からスーツ姿の男性に近づいた。来賓以外にも研究所や企業からの招待はある。

来賓席以外にも学校外の関係者は多く見られる。

一見するとこの男性も怪しい点は無いようにも見える。

 

「映像機器は使用禁止と案内がありましたよ」

 

私はネクタイピンを模したカメラを手に持った。

怪しくは見えなくとも、重大な規約違反だ。今回カメラの類は一切持ち込み禁止となっている。

それを持ちこんだ時点で黒だ。

 

「なにっ」

 

相手は私が目の前に持ち出すまで盗撮用カメラを盗られたことに気が付かなかったようだった

 

「くそっ」

 

私からカメラを奪い取ろうとしていたスパイの後ろ手に回り、肩の関節を外す。

鈍い音がして、男性がうめき声をあげた。肩を押さえて蹲るスパイを、駆けつけた警備員に引き渡す。

 

近くにいた生徒たちには問題ないことを告げ、警備に戻る。

会場全体を見回すと、あきれるほど情報略取を狙う者が尻尾を見せていた。よほど今回のことは良い餌になったようだ。

 

 

「辰巳先輩」

『なんだ』

 

私は辰巳先輩に通信を入れた。私から通信に緊迫した空気が伝わったのか、相手も声を押さえていた。

 

「壁際のマスコミ風の女性…黒いタイトスカートとメガネの方です。ハッキングツールと盗撮製品を装備しています。メガネのつるに盗撮用レンズが埋め込まれているはずです」

『本当か』

 

辰巳先輩は驚きながらも、冷静だった

 

「ええ」

『わかった。話を聞かせてもらおうじゃないか』

「できるだけ穏便にお願いしますね」

 

 

その後も会場全体を見回し、警備員と風紀委員に連絡を入れ、スパイを検挙してもらう。

逃走してもその先には部活連から派遣された対人戦闘になれた先輩方が無事捕らえてくださったので一件落着と相成った。

 

研究発表は無事成功。生徒たちにもスパイの近くにいた人以外は、何があったかもわからないだろう。約束通り、穏便に終わらせることができて一先ず安心した。

 

 

文字通り、会場からは興奮の歓声と拍手が鳴り響いていた。

マリーさんはうっすら涙を浮かべ、とても誇らしそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私は事の顛末を聞くための事情聴取でかなり時間を取られた。

遅くなってしまったし、待たせて悪いと達也と私のおごりでこの前とは違う喫茶店に入った。

 

「雅も今日は大変だったみたいね」

「話が早いわね」

 

エリカはもうどこからか情報を仕入れてきていたようだった

 

「俺も噂で聞いたぜ。古典部の研究発表の警備で、産業スパイを一網打尽にしたとか」

「産業スパイですか。雅さん、危なかったんじゃないですか」

 

美月は若干顔を青くしていた。彼女は私が風紀委員入りしたことも心配してくれていた

私が荒事に向いていなさそうと言われるのはよくあることだ。

 

「取り押さえたのは警備員と風紀委員の先輩方よ。私は特に危ないことをしていないわ」

 

実際、スパイと対峙したのは一度きりで後は情報提供ばかり行っていた。手柄は取り押さえた人にこそ相応しいだろう。

 

「あの広い会場でお姉さまがスパイを見つけなければ、被害が拡大していたでしょう。穏便に終わったのはお姉さまの活躍があってこその結果です」

 

生徒会からは市原先輩が見学と警備に来ていたはずだから、深雪も生徒会で事の顛末を聞いていたのだろう。

 

「にしても、どうやって会場で特定のスパイを見抜けたんだ?知覚系魔法か?」

 

西城君は首を傾げ、疑問を投げかけた。研究発表が行われたのはサッカーグランドとほぼ同等の会場サイズだ。

達也の【精霊の目】や七草会長の【マルチスコープ】なら可能だろうが、私程度の実力では肉眼だけだと会場全てをカバーしきれない。

だから少し助けてもらったのだ。

 

「精霊魔法の応用よ。雷に関連する精霊に会場を見張らせて、盗聴器やクラッキングツールなんかを発見したの」

「精霊魔法ってそんな風にも使えるんですか?」

 

美月が意外そうに聞いた。精霊魔法も基本的には情報の改変の媒体に使われることが多いし、精霊自体も実体を持たない情報体と定義されている。知覚系魔法との関連があまり想像できないのだろう。

 

「ええ。精霊と対話できれば可能だと思うわ」

 

この地には私の目となり手となる精霊が手助けしてくれる。

その存在に多くの人たちは気が付いていない。

多くの魔法師は活性化された精霊を感じることができる。

私の場合、活性化されていなくても精霊を見て対話することができる。

実家では誰だってできることで、それほど難しいことではなく、呼吸をするかのように当然のことだった。

 

 

「ちょっと待って、精霊の対話ってどれだけ高等技術なのか知らないわけじゃないでしょう」

 

エリカは私の言葉に、一人狼狽していた。

 

「そうなの?」

「何年も修行してもできない人もいるくらい、難しいのよ」

「エリカ、古式魔法にも詳しいのね」

「あ、いや、そういうわけじゃないけど」

 

エリカは言葉を濁した。知られたくない関係もあるだろうと、私もそれ以上は追及しなかった。

 

 

 

私が遅れたのはともかく、達也もひと悶着あったそうだ。

演舞中の剣道部に剣術部が突っかかった。

そこまでならただの喧嘩だが、剣術部が殺傷ランクBの高周波ブレードを使用。

言うなれば竹刀を持った相手に真剣で切りかかったようなものだ。

 

しかし、その違反者はすぐさま達也によって取り押さえられた。

騒動を起こした剣術部だけ風紀委員に摘発され、それに納得しなかった剣術部員が次々に殴り掛かってくるが、それを達也は全てかわし、流し、14人もの相手を捌ききった。

 

確かに、剣術部は竹刀を持たない戦い方に慣れていないと言える。

しかし、魔法を発動しようとしても全て発動せずに終わっていたとエリカは語った。

その絡繰りに深雪も私も気が付いていた。

 

「魔法式の無効化はお兄様の十八番なの。お兄様、キャストジャミングをお使いになられましたでしょう」

「深雪には敵わないな」

 

達也はその原理を語るつもりはなかったようだが、深雪に言われたことで説明しないわけにはいかなくなった。

 

「それはもう、深雪はお兄様のことならば何でもお見通しですよ」

「それ、兄妹の会話じゃないぜ」

 

 

甘い雰囲気を出しそうな二人の雰囲気に、西城君が思わず突っ込みを入れた。

エリカは半ば呆れ、美月はほんのりと頬を赤らめていた。

 

「そうか」「そうかしら」

 

しかし二人にとっては、自然な会話であり特に違和感のない様子だった。

まあ、世の中には色々な解釈があるのだろうと、私は少し冷めたミルクティに口を付けた。

 

「このラブラブ兄妹に突っ込みを入れようとした方が間違っているよ」

「それもそうか」

 

角砂糖をかみ砕いた雰囲気にエリカと西城君はやれやれと言った雰囲気だった。

一人、美月だけは本当にそんな関係ではないかと悶々とした様子だった

 

「私とお兄様が恋人に見られるのは光栄ですが、お姉様には申し訳ないです」

 

深雪は私にちょっと遠慮した様子で、はにかんだ。

 

「深雪と達也が深い兄妹愛で結ばれていることは事実でしょう。

そうね・・・・でも、少し私も寂しいわ。以前は私の後ろをお姉さま、お姉さまと雛鳥のように愛らしく着いてきていた深雪が今ではお兄様一辺倒ですもの」

 

「それはお兄様の素晴らしさを知らなかった愚かな頃の私です。

もちろん、お姉さまには昔も、今も、未来永劫変わらぬ敬愛をささげておりますよ」

 

深雪は私の両手をとり、恍惚した様子で私に笑みを浮かべた。

 

言葉通り、昔も今も変わらず私を慕ってくれているが時々フィルターがかかっているのではないかと思う。

時折この子は私を神聖化している節があるのは事実だ。特に“ある事件”以降それは顕著だ。

達也にそれとなく聞いてみたら、彼の知る限りずっとそうで一緒に暮らしている今もそれは変わりないそうだ。

まあ、かわいい義妹に慕われて嬉しくないはずがないのも事実だ。

 

「お、おう」

 

「えっ」

 

「深雪さんたちって………」

 

だが、距離の近い私たちに達也以外の三人はその事情を知らないため、顔を赤らめていた。

見方によってはそう見えなくもないだろう。

そうだとしたら深雪は本当に魔性の美少女となってしまうな。

 

 

「そう言えば、ずっと聞こうと思っていたんだけど、達也君と雅って付き合ってるの?

何度かそれっぽい発言を聞いたんだけど………え、本命はどっち?」

 

「渡辺先輩と同じようなことを聞くのね」

 

 

渡辺先輩という言葉を出すと、エリカは隠しもせず嫌そうな雰囲気を見せた。

もしかして、入学以前からの知り合いだったのだろうか。

 

「まだ説明していなかったかしら。お付き合いではなくて、お兄様とお姉様は許嫁同士なのよ」

 

深雪はここでも隠す様子もなく、むしろ誇らしげな様子で私たちの関係を暴露した。

 

「許嫁?」

 

「ってことは…」

 

「ええ、婚約者とも言うわね」

 

 

深雪は追い打ちをかけるように、もう一度事実を認識させるように3人に説明した。

 

「「「婚約!!」」」

 

三人とも思わず大きな声を上げていた。その声に、私も達也も少し驚いた。

 

「マジかよ、達也」

 

「ああ」

 

「そんなに驚かれるとは思わなかったわ」

 

「今日一番、いや今月一番の衝撃だ」

 

西城君は私と達也を見比べていた。渡辺先輩達も信じられない様子を見せていたし、そんなに不思議なことだろうか。むしろ似合わないと言われたら悲しくなる。

 

「じゃあ、何時から付き合ってるんだ?」

 

「付き合うというか、婚約が決まったのが生まれて1か月もしない内だったわね。性別が分かった時点から話は上がっていたらしいわ」

 

「お姉様とお兄様はまさに出会うべくして出会い、縁を結ばれたのです」

 

誕生日もおよそ10日違い。幼少期の記憶のほとんどが達也と過ごしたものだ。

 

達也が一般的な魔法がうまく使えないと知っていても、特殊な魔法に演算領域がとられていたとしても、たとえ特殊な実験を受けていたとしても、日陰の身であろうとも、その決定は今まで覆ることはなかった。

 

曾お婆様の決定に私は感謝している。

この先どれだけ素敵な男性が現れようと、どれだけ困難があろうと、私の唯一は彼だと言える。

一生かかっても叶わない想いかもしれないと、心の奥で苦しみながら私はこの想いを消し去ることなどできはしないのだ。

 

 

 

話は戻るが要するにキャストジャミングはアンティナイトを使用せずに魔法を外部からキャンセルさせる方法だ。

 

サイオン波によって擬似的にアンティナイトと同様の効果を得る方法で、無系統魔法に属する魔法の一つであり、未公開の魔法である。

 

対抗魔法の一つであるアンティナイトは希少価値が高く、一般には流通していない。

だから魔法師の脅威にはなり得ていない。

それを使用しない魔法妨害は、非魔法師にとっては魅力的な技術である。

エリカの言うとおり、魔法を中心として国力を担っている現代において社会基盤そのものが揺らぎかねない。

キャストジャミングに対抗する方法はその妨害以上の魔法力が必要となるため、軍略的な面でも公開すべきではないことを達也は考えている。

 

西城君達は達也が理論的に新しい魔法を生み出したのに、目先の利益に囚われず先を見通した様子に感心しており、深雪も兄が認められたことでとても誇らしそうだった。

 

 


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