恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

80 / 118
難産でした_(:3 」∠)_
10話では終わらなそうなので、もしかしたら15話ぐらいいくかも。
恐らく周との戦闘はガッツリカットされるかもしれない………
早く四葉継承編書きたい

ちなみに今回のコンセプトはあざと可愛い子犬系年下男子、九島光宣君です。





古都内乱編10

幹比古たちと分かれた達也一行が最初に向かったのは、京都市東北郊外にある名刹三千院で知られる大原だった。ここは周公瑾が最後に黒羽に目撃された場所であり、周は近くにある小川に沿って京都市内に逃走したとみられている。

目撃されたのは夜ではあるが、昼間のこの時間帯は観光客もそれなりに多く、また周辺には民家も見られ、郊外と言ってもそれほど山奥という場所でもない。

 

「逃げて行った方向で一番近い伝統派の拠点は鞍馬山ですが、達也さん行ってみますか?」

 

律川(りつせん)にかかる短い橋の上で光宣は達也にそう尋ねた。

方角的には鞍馬山は三千院からほぼ真西にある。鞍馬山とは山で隔たれており、逃走ルートとして考えられなくはないが、周の得意とする術式を考えるとそれは違うように達也には思えた。

 

「いや、市街地に戻ろう」

「市街地にですか?」

「鬼門遁甲は方角を惑わす術だから、人が全くいない場所より人気のある方が周囲の攪乱には向いているわね」

 

意外な表情をしている光宣や深雪に雅が補足をした。雅も達也と同じ意見のようだ。

 

「なるほど、木を隠すなら森の中というわけですか」

 

光宣の例えは若干達也が思う意味合いとは違ったが、わざわざ訂正するほどの物でもないため、そのまま話を進めた。

 

「市内の伝統派の拠点は分かるか」

「ある程度、人通りが多くて拠点がある場所と言えば金閣寺と嵐山と清水寺、それと鞍馬寺の方ですね」

「意外と少ないんだな」

 

もう少し多くの場所を捜索することを想定していた達也は、予想以上に光宣が口にした場所が少ないことに言葉通り意外感を覚えた。

 

「京都は本物の伝統を受け継ぐ勢力が奈良以上に強いですから。名前だけの新興派閥は山の方へと押しやられているんですよね」

 

光宣に同意を求められた雅は少し困ったように笑う。

京都市内では、神道は九重家、陰陽道は芦屋家と安倍家、仏教系はさらに宗派ごとに日本古来より脈々とその技と神秘を守ってきた名門の本家や本山が揃っており、迂闊に伝統派のような新興の者が騒ぎを起こすと二度と京都に足を踏み入れることはできなくなる。

長く京都でその秘術を守り続けてきた歴史は、表舞台で華々しい活躍や名声を響かせることは無くとも、人々の中で畏怖と敬意を持たせる。

観光客はともかく、京都に住み着いたとしてもたかが100年にすら満たない伝統派に連なる者たちは、京都に古くから続く家にしてみれば余所者でしかない。

 

「ひとまず、清水寺に向かいましょうか。鹿苑寺方面の方の優先順位は低いと思うわ」

「何か聞いているのか」

「拠点なら具体的な位置まで分かるわよ」

 

雅の発言に光宣は声に出さずに驚きの表情を浮かべていたが、達也や深雪にとっては初耳ではなかった。

光宣と違って、雅は居住地自体が京都市内だった。

九重である雅がそれぞれの流派がどの程度の規模でどこを拠点としているかということは当然教えられており、また九重であると言うだけで、雅の顔や名前は京都市内の古式魔法師にはそれなりに知られている。伝統と格式を重んじる古式魔法師にとっては、問題を起こせば口々に直ぐに知れ渡り、ひいては家の恥となるため、直接的な接点や面識はなくても勢力と管轄は常識の一つとして扱われている。

 

「清水寺自体は、本職の方は今回のことには無関係。参道にある観光客向けの食事処の店主が伝統派の(まじな)い師一人と聞いているわ」

「一般の店に偽装しているのか」

 

寺院や歴史的な名所の拠点に匿われれば面倒だと思っていたが、奈良から京都に逃れてきたとなれば名家の影に息を(ひそ)める他ないだろうと達也は思い直した。

 

「ある程度、人の出入りがあっても目立ちにくいでしょう。用心することに越したことは無いけれど、黒幕は確かに随分と悪事に手を染めているけれど、手を貸している方は母数が多いだけあって思想も黒幕に対しての思い入れも違うみたいだから、その辺の見極めがいるだろうっていう話よ」

「あくまで下見という体を装いつつ、向こうの反応を伺う方が無難か」

「休日で人通りも多いでしょうから、できれば穏便に済ませたいですね」

 

清水寺と言えば京都でも有数の観光名所。

古くからの趣のある建物や雰囲気は残しつつも、監視カメラや想子センサーの類は随所に配備されており、制服や私服の警官も歩き回っている。

達也だけならまだしも、雅のいる手前で戦闘行為となれば九重の名前にも響きかねない。光宣の言う通り、騒ぎは最低限にしつつ相手を釣れれば僥倖だろう。

 

「吉田君たちと合流しますか」

 

深雪の確認に達也は静かに首を振る。

 

「いや、このまま5人で向かおう。ただでさえ人数は多いわけではないし、京都市内に周が逃げたという俺の考えが外れている可能性もある。ひとまず、手掛かりになりそうな清水寺周辺から見てまわろうか」

「分かりました」

 

5人はコミューターに乗り込み、一度清水寺を目指すこととなった。

 

 

 

 

 

清水寺までの参道は緩やかに長い上り坂が続いており、途中まではコミューターで上がれることになっているが、達也たちは麓から歩くことにした。

伝統派の拠点は雅が把握しているとはいえ、いきなり門を叩くほどこちらの準備はできておらず、相手の敷地に入るとなればそれなりの術も敷かれている可能性もある。

雅の顔は古式魔法師の中ではそれなりに知られており、例え一見観光地巡りをしているように見えようとも、相手が警戒する可能性は高い。

相手が雅に対して警戒や敵意の視線や気配を発すれば、達也の感覚で捕捉できる。

情報の次元(イデア)を知覚する眼を使っても、今のところは尾行やこちらを監視するような人や魔法は感知されていないが、相手は隠遁や隠密に長けた古式魔法師。並み程度の術者ならば問題ないが、師匠である八雲や四楓院と並ぶような凄腕が仕掛けていれば、達也とて感知できない可能性がないわけではない。

 

周囲を広く浅く警戒しながら進んでいたが、予想以上に5人が進む速度はゆっくりだった。

京都の市内は世界規模の戦争の折に外国からの観光客が一時期途絶えたものの、今は全盛期と変わらぬ人通りを見せている。

また、日本再発見と称して国内からの観光客も絶えずあり、賑やかな女子大生のグループやツアー客であろう高齢者の団体もみられ、治安が比較的落ち着いた今日では肌の色や話す言葉の異なる様々な人種が集まっていた。

 

「凄い人出だな……」

「東京はもっと人が多いのではありませんか?」

 

達也の呟きに光宣がこてんと首を傾げる。

その瞬間、人間によるスリップ事故と玉突き事故が発生する。

光宣に見とれた複数の女性の観光客が事故の発生源だった。

幸い大きなけがにはなっていないようだが、躓いていたのが単に若い女性に留まらない事態が彼の美貌を物語っている。

 

深雪も類まれなる美貌を持つ美少女ではあるが、例えその可憐な容貌に男女問わず見惚れる者がいようともこのような混雑した場所を通ることは珍しく、普段は先ほどのような事故になることはない。

また、達也が悠に連れ出されて遊びに付き合わされた時も、悠自身、黙っていれば神々しく近寄りがたい人ならざるような気配をしているので、こちらも遠巻きに見られるだけで済んだ。

 

一方、光宣は女顔というわけではないが肌が白く線の細い美少年であり、先ほどのような小首を傾げるような仕草は童話の無垢な王子のようで、どのような年齢だろうと乙女心を擽られるのも無理はない。身動きが取れないほどの人出でもないが、それでも至近距離で見る美少年の衝撃は一瞬周りを見えなくするのだろう。

 

「これだけ人が多いと九重のお祭りでこうやって雅さんと歩いたのを思い出します」

「小学校に上がったくらいだったかしら」

「はい」

 

雅が覚えていてくれたことに光宣ははにかみながら頬を緩ませる。

言葉にしていなくてもこれほど分かりやすい感情はあるまいと達也は光宣を観察する。いくら道が混んでいるからと言って、どことなく二人の距離も近いように感じるのは達也の気のせいではないだろう。

敵意や嫌悪など負の感情を読み取ることを達也は得意としているが、恋愛感情などはあくまで表情や言動を分析して感情を考察しているという方が正しい。

交渉術や戦闘訓練の一種として些細な反応から相手の心理状態を見分けることはある程度鍛えられてはいるが、そんな些細な行動に目を光らせるまでもなく、光宣が雅に好意を寄せているのは否定できない事実であった。

達也と伝統派について話すときは理知的で少し背伸びをした少年という印象を抱くが、こうして雅の隣に立っているのを見ると、年相応に恋をする少年の純情さが伺える。

 

「途中はぐれて半ベソだったのよね」

「もう、それは忘れてください」

 

拗ねたように唇を尖らせる光宣に、またもや周囲では人身事故が発生したのは言うまでもない。

それと同時に達也の隣で重く圧し掛かり、まるで季節を急速に冬にしたような冷気を感じた。物理的な冷気ではなく、あくまで気配だけでそれ程までに寒々とした怒りにも似た雰囲気を醸し出している妹になんと声を掛けるべきか達也でさえすぐには出てこなかった。

下手に深雪を咎めてもこの状況では達也が不甲斐ないと怒りの矛先を向けられる可能性もあり、かと言って無理やり光宣と雅の間に達也が割り込むほど看過できない事態ではない。

深雪はその冷気を笑顔の下に押し込むと、光宣と雅の間に割って入るように雅の腕に抱き着いた。

 

「お姉様、目的の場所は参道の途中にあるとはお聞きしていましたが、せっかくですから本殿の方にお参りをしませんか」

「深雪は初めてだったわね」

 

深雪の突然の行動に雅は少し驚くものの、特に気に留めた様子もなく、後ろを歩いていた達也に確認するように視線を向ける。

その一方で光宣は拗ねるとは別の意味で少し不機嫌そうだった。

 

「本来の目的もですが、論文コンペの下見として俯瞰で市内を見ておくというのも大切だと思うのです。それに相手が潜んでいるのは食事処なのですから、観光客として入った方が自然ではありませんか」

「それもそうね」

 

確かに深雪の言うことは理に適っている。

伝統派が潜んでいるという食事処は参道の途中にあるが、まだ距離があり、また相手がこちらに気付いている様子はない。どこか別の場所でお昼を取るにしてもまだ時間はあり、このまま向かったとしても相手の出方も分からない。

拠点が分かっているなら、こちらが焦る必要もない。

幸いにして鹿苑寺の方は今回の一件には噛んでいないと分かっているので、鞍馬寺を午後に回せば時間的には十分間に合うと頭の中で達也は予定を組みなおす。

 

「達也さん、どうしますか」

 

光宣の確認と共に妹からの無言の笑顔が達也に向けられる。

この状況で達也に反論する権利はないも同然だった。

 

 

 

 

 

 

清水の舞台から飛び降りる、の慣用句で有名な清水寺本堂前の檜の舞台は、やはり観光客であふれていた。

京都を一望できるここは、春には桜、秋には紅葉の名所としても知られているが、まだ紅葉の時期には早く、木の葉の色は夏の濃い緑から黄色に変わりつつある。高く澄んだ秋空は行楽日和と呼ぶにふさわしく、狭い範囲だが京都市内を俯瞰で広く見ることができていた。

 

可能性は低いと知りつつ、達也は想子の多い地点を注視してみる。

達也は周と直接対面したわけではなく、いくら情報の次元を見ることのできる精霊の眼(エレメンタルサイト)があったとしてもそれは砂粒の中から砂金を見つけることのできる千里眼ではない。達也が周を探すにはあまりにも情報は少なく、絞り込めないのが現状だった。

 

「何か分かったか」

 

達也は光宣に問いかける。精霊の眼といっても、使用者の瞳が光り輝くわけでもなく、誤訳から精霊と名前がついていても精霊に導かれるわけでもない。傍から見れば達也の行動は観光として見えただろう。

 

「いえ。思ったより雑多な視線が多くて、僕にはなにも」

「確かにな」

 

達也は雅と深雪に視線を向けた。

二人は檜の舞台に設けられた手すりから軽く身を乗り出して、怖々とその高さを楽しんでいる。他の観光客と変わらない行動だが、雅はともかく深雪は仕事のことなど忘れて無邪気にはしゃいでいるようだった。光宣を近寄らせないためか、深雪は何時にもまして雅との距離が近い。そして光宣を近づけないための深雪の指示なのか、反対側は水波が控えている。

流石に光宣はあそこに割って入るほど空気が読めないタイプではないので、大人しく本来の目的に従事していた。

 

「深雪たちに向けられる視線は全てチェックしている。怪しからん視線は山のように注がれているが、あまりこの件には関係ないだろう」

「す、全てですか」

 

達也の発言に光宣が思わず頬を引きつらせる。

光宣はナルシストというわけではないが、自分の顔が比較的整っていることは客観的な事実として認識している。そして経験的にも人目を集めることも理解している。

そこに10人が10人とも振り返るような天性の美貌を持つ美少女もいるとなれば人目を集めないはずがない。

その害悪を見分けるだけで情報量がどれほど膨大になるのか、それをいとも簡単に“全て”判別している達也に驚愕が生じても無理からぬことだった。

 

「いや、いつものことなので慣れている」

 

達也がチェックしているのはあくまで深雪に対するものだけであり、光宣に対するものまで好意や欲望以外の感情が向けられていても見分ける自信はなかった。

 

そして伝統派が目をつけるのはおそらく雅か光宣だ。光宣は研究を主導していた第九研究所出身の魔法師で九の数字を持つ家系であり、伝統派にとっては因縁の相手と言っても過言ではない。光宣自身が表に登場する機会は少なくとも、前回の奈良の一件で京都の伝統派にも顔が割れている可能性は十分にある。

雅もおそらく警戒は十分される対象だが、伝統派に九重と対決するだけの度胸があるとは思えない。例え大陸の導師の助力を受けざるを得ないほど逼迫していても、九重と事を構えることがどれだけ無謀な賭けなのか分からないほど無能ではないと達也は考えている。

 

「しかし、これではあまり意味がないかもしれないな」

 

達也の呟きに、責められていると感じたのか、光宣は身を小さくする。

叱られた子犬のような表情に周囲から光宣に向けられる視線がヒートアップしている。

 

「いや、光宣を責めているわけではないぞ。光宣の協力にはとても助けられている」

「でも、雅さんだけで十分だったんじゃないですか」

 

半ばいじけたような光宣の言葉に、こちらを観察していた周囲の女性がガタガタと足踏みをしたり手すりに寄りかかっている。達也は女性たちが何を勘違いしているのか分かってしまったが、それを直視する気にはならなかった。ついでに携帯端末を取り出して何かを熱心に打ち込んでいる女性も見なかったことにした。

しかし、達也がそのような女性陣を意識の外に排していても、深雪は音の発生源が気になったようだ。光宣と達也と周囲を見回し、状況を把握したのかにっこりと笑みを張り付けて二人の傍に寄ってきた。

 

「お兄様、あまり光宣君をいじめてはダメですよ」

 

絶世の美少女が絶世の美少年を庇う。

その様子は先ほどの光宣の言葉もあって、深雪を見ていた男性、光宣を見ていた女性、それにつられるように何事かとこちらを見た周囲の者たちを硬直させた。深雪に悪気はなくても、先ほどの勘違いのボヤに油を注ぐような発言だった。

 

達也は快楽的な殺戮や猟奇的な殺人はともかく、自身が行うものも含め、必要な殺害については忌避感を覚えない程度に倫理観が歪んでいることは理解している。だが、性的思考に関してはあくまで一般的な感性を持ち合わせている。プラトニックな関係ならともかく、肉体的な愛欲は忌避感を覚える。

達也はフェイクで深雪と雅がそのような対象ではないかと一高の一部の生徒(変態)に騒がれていることも耳にしてはいるが、半ば当事者として自分に向けられる視線は非常に不快だった。

 

その不快な視線から逃れるため、達也は周囲の要注意人物を再度確認する。悪意のあるなしはチェックしているが、決定打はなくとも念のために怪しげな者はマークしている。

 

達也はその人物たちの中で一人だけ異質な視線を捕らえた。

異常ではなく、異質。

その男の戸惑いは周囲と同様。だが、顔には下世話な好奇心や欲望ではなく、呆れが浮かんでいた。なぜこのような子どもたちを自分は見張らなければならないのかと言わんばかりの顔だった。

 

「冗談もその辺にして、先に進みましょうか」

 

雅も男に気が付いたのか、達也の表情を見て分かったのか、この場からの移動を提案した。

 

「そうだな」

 

他の3人の返答を待たず、二人は参道経路に沿って進んでいった。

深雪はそれだけで分かったのか何も言わず、静かに雅の隣に並び、水波は戸惑いこそすれ少し遅れて深雪の後を付いて行った。

一方何も説明されていない光宣はそういかず、水波を追い越して達也の隣に立った。

4人で並べないほど狭いため、深雪と雅は達也と光宣の後を付いて歩くように後ろに下がる。

 

「達也さんも雅さんも急にどうしたんですか」

 

相手は魔法を使っていなかったから光宣が分からなかったのも無理はない。深雪や雅は分かっているだろうが、水波もまだ確信はないだろう。

達也は答える代わりに情報端末を取り出し、スタイラスペンで書き込み、デジタル文字に変換されたディスプレイを光宣に見せる。

 

『尾行者らしき男を発見した。誘い込むから気付いていて誰か分からないふりをしてくれ』

 

光宣は指示の意味がよくわからなかったのか、一瞬首を傾げた後、辺りをきょろきょろと見回したり、見当違いな方向に振り返ったりする演技をした。要するに尾行者がいるが、それが誰だか分かってはいないということを相手に分からせたかったのだ。

 

まさか相手も尾行に気がつかないふりならともかく、気が付いているふりをするとは思いも寄らなったのか、ぴったりと一定の距離を開けて光宣の後ろに付いてきた。尾行者は二流なのか、あるいは実力に自信があるのか、達也にとってはようやく見えた魚影に慎重に糸を垂らしていた。

 

 

 

奥の院から音羽の滝へ降りる坂道は、子安の棟へ向かう所で分岐点になっている。どちらに進むか達也は振り返って深雪や雅と話をしながら、尾行者を視界に入れる。

尾行者も同じように立ち止まるのは変だと思ったのか、カメラを取り出し、本堂を下から撮ったり、木々に阻まれてあまりいい画ではないだろうが子安の棟を撮ったりして誤魔化している。

しかしいつまでたっても動かない達也たちに痺れを切らしたのか、男は忌々し気に音羽の滝の方に向けて5人の横を通り過ぎるように歩いて行った。

 

「おい、あんた」

 

達也は眉を顰めたまま、不機嫌そうな声で尾行者に声を掛けた。男は明らかに動揺を見せるが、自分ではないと言いたげに足早にそこを立ち去ろうとする。

 

「聞こえなかったのか。そこのあんただ!」

 

ただでさえ目つきが鋭い達也が怒った顔をして見せれば、迫力が出る。

その様子に周りの観光客も何事かと足を止める。

 

「な、何の用だね」

 

達也が呼び止めた男は、いかにも気弱そうな感じで足を止める。

どこにでもいそうな凡庸な顔の中年男性だ。背が高いわけでもなく、特別鍛え上げられているわけではない、人込みに紛れてしまえばすぐに誰だったか思い出せなくなるようなこれといった印象の薄い男だった。

ギャラリーからみれば善良な市民が質の悪い学生に絡まれているように見える。現段階では達也の方が理不尽に絡んできたとみなされるだろう。

 

「あんた、俺の連れを盗撮していたな」

 

だが、この一言で野次馬たちの視線は男に集中する。

深雪や光宣のような滅多にお目にかかれない美少女と美少年を盗撮するなど、いかにも冴えない中年男性がしでかしそうなことだ、周囲は達也の発言を信じ込んだ。

 

「濡れ衣だ。何を根拠に」

 

男がカメラを慌ててショルダーバッグにしまいこんでしまったのも、周囲からの冷たい蔑みの視線に拍車をかけた。

 

「濡れ衣かどうか、警備員に判断してもらおうか」

 

既に周囲は完全に達也の味方だった。男の退路が断たれていくにあたって、遂に男は苦し紛れに人込みをかき分けるように走り去った。だが一般の中年男性程度の脚力で、軍で鍛えられた達也に勝てるはずもなく逃走距離十メートルほどで呆気なく取り押さえられた。

 

 

 

 

 

 

男を取り押さえた後、ギャラリーが通報しようとしていたが、「この人も生活があるから可哀そうだ」と物憂げに投げかけた慈悲深い光宣の言葉にそれ以上の騒ぎになることは無かった。勿論この言葉は達也が言わせたことだが、美少年フィルターが掛かっているのか、多少戸惑ったような声も盗撮魔を前に気丈にふるまっているようで、女性陣の庇護欲を擽ったのも効果的だったのだろう。

光宣は危なくなったらすぐに助けを呼ぶんだよと周りに念押しをされ、近くにあった自販機で買ってきたのか、温かい飲み物を人数分渡されていた。顔がいいのも使いようだなと達也は無感情にそう感じた。

 

 

野次馬から解放され、比較的人目の少ない場所まで男を連れて移動すると、達也の詰問は始まった。

 

「俺をどうするつもりだ」

 

男は先ほどの気弱な様子から一変、憎たらし気に吐き捨てた。

 

「別にあんたをどうこうするつもりはない」

 

達也の言葉に男が怪訝に眉を顰める。

 

「職業倫理に反することは理解した上で問う。雇い主は誰だ」

「……なんのことだ」

「彼が日本の魔法師の頂点に立つ十師族だと知っているな」

 

達也の言葉に男は無言を通す。動揺もないところを見ると知っていると言っているようなものだった。

 

「魔法を使えば魔法師に見つかる。街中には想子レーダーも配備されている。だから魔法の使えない一般の探偵に探らせるのは悪くない考えだとは思う」

 

雇い主にはその探偵の実力までは見る力量はなかったようだが、と達也は心の内で付け加えた。

男は逃走できる隙を探すように目だけを動かすが、達也が一睨みすれば大人しくなる。別に達也たちは男を取り囲んでいるわけではないが、男からすれば見えないプレッシャーに包囲されているような圧迫感は存在し、単なる脚力だけなら目の前の男子に敵わないことは既に理解している。

 

「答えられないか」

 

達也はわざとらしくため息をつき、口元だけに笑みを浮かべて多機能ウオッチに手を伸ばした。これはCADでもなければギミックを仕込んだ特注品でもない、単なる腕時計だ。

だが、目の前にいる男は動揺を走らせる。

 

「無断で魔法を使えばお前たちの方がお縄だぞ」

 

その言葉に深雪がクスリと笑みを零す。単に男の言葉が面白かったのだろうが、男にしてみれば魔女の微笑みにしか見えなかった。

 

魔法師にとっては衣服同然のようなCADも、一般人にはそれを見分ける術はほぼない。せいぜい腕に巻いた機械で魔法を使う程度の認識しかない。

達也が単に腕時計に手を伸ばすだけで、魔法を使う準備をしていると男が認識することは達也の予想された結果だった。

 

「待って。この人も仕事で命じられただけなのでしょう」

 

雅が悲し気に首を振り、達也の腕をつかむ。

 

「だが、その危険を理解して受けている。相応の覚悟はあるのだろう」

 

達也は雅を一瞥すると、冷酷に男に言い放つ。男は益々顔を青ざめさせ、縋るように雅に視線をやる。

雅は男をみると、観音様のように慈母に溢れた笑みを零す。男にとっては地獄におろされた1本の細い蜘蛛の糸のようだった。

 

「■■■■■■」

 

だが、その男の表情は雅が優しく紡いだ言葉で凍り付く。

なぜ、と男が小声で呟く。

雅が言ったのは間違いなく男の依頼主の名前と居場所だった。

 

「思考が読めるのか!?」

「魔法を使っていたら警備員が飛んでくるだろう」

 

暗に既に知っていると達也が言えば、男は苦々しく奥歯を噛む。

男の反応で既に答えを言ったのと同然だった。

 

「さて、依頼主は確認できた。お前はもういい」

 

達也は男に踵を向けた。呆気に取られる男は達也の言葉が信じられなかったのか、未だにその場から動こうとしない。

 

「どうした」

 

達也が緩慢に振り返ると、男は緊張で体を強張らせたまま問う

 

「……良いのか」

 

先ほどのように油断させておいて地に落とされたのでは堪ったものではない。

 

「お前の顔は覚えた。どこに行こうとすぐ分かるから、言いたいことが残っているなら今の内だぞ」

「い、いくらなんでもそんなことができるのか」

「なぜできないと思う」

 

あくまでも冷静で抑揚のない達也の言葉に男の顔が恐怖で引きつる。

自分など敵ではないと、何時でも殺せると言われているのだとそう思えた。

 

「そこのお嬢ちゃんの言う通りだ。嘘はついてねえ」

「嘘をついていないなら怯える必要はない」

 

さっさと行けと達也が顎でしゃくると、男は足をもつれさせるように参道を走り下りて行った。

 

 

 

男の背中が小さくなると、深雪は堪えきれなくなったのかクスクスと笑みを零す。

 

「お兄様もお姉様も人が悪い」

「あら、飴と鞭は話し合いの基本でしょう」

 

フっと笑って見せる雅はどこか蠱惑的に見えた。

 

「その割には随分と楽しそうだったではありませんか」

「そう見えた方が効果的だろう。魔法を使ってしゃべらせるわけにはいかないだろうし、そもそも俺には精神干渉系の術式の適正はないぞ」

 

尾行者を前にした雅と達也のやり取りに光宣は呆気に取られていた。

顔にはあまり現れてはいないが、水波も達也のそのような芝居がかった脅し方に意外感を覚えた。水波は達也に、どこか問答無用で指の一本や二本、折る程度の拷問でもするのかと思っていた節がある。

 

「相手も確認できたことだから、行きましょうか」

「はい」

 

光宣と水波は顔を見合わせた後、三人から一歩遅れるように後ろについて歩き出した。




今週の衝撃
・魔法科高校の劣等生 キャラソン発売
・豆司波達也
・まだ21巻読んでないのに、22巻が届いた
・前回の投稿から1か月以上経過

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。